苦心して取り付けた空気作用管ですが、実機5号機の空気作用管の取り回しパターンがどうだったか?実のところ確証がありません。<久保和夫氏撮影 1960年代後半?>広島スタイルの典型的な取り回しはハンドレールの上側を這うパターンですが…<権田純朗氏撮影 1951.8.27>東海道
日本型蒸気機関車の真鍮工作が中心です。のはずが... 最近はかなり脱線、迷走しています。f^_^;)
1/87 12mmと1/80 13mmの蒸機模型の真鍮工作を中心に楽しんでいます。最近はそれ以外のジャンルにも拡がりつつあります。
スチームドーム、煙突に続き次なるヤマ場はハンドレールの工作です。実はハンドレールを紙で作るか真鍮線にするか悩んでいましたが、先ずは紙で作ってみる事にします。2枚貼り合わせたケント紙から0.5mm幅の細帯をカット、今回は端面に瞬間接着剤を塗り乾燥後にサンドペーパ
このブログで2016年1月2日にアップした1976年の梅小路蒸気機関車館の写真ですが、日にちを特定してみたくなり考察してみました。私が幼い頃に父親に連れて行ってもらった時のものですが、確か小学2年生の1月だったと記憶しているので1976年となり、そして曇りで時折り小雪が
ようやく懸案だったスチームドームと煙突がひとまず形になってちょっと一息。古典機D7らしくなってきましたかな。次なる懸念案件はハンドレールです。どうやって作ろうかと… これまた悩ましいです。σ(ー ー;)
安全弁とその他諸々をこさえました。材料は爪楊枝です。最初は爪楊枝の頭を活用して… と思ったものの、そのままでは太過ぎるので結局モーターツールに咥えてヤスリで削って細く成形してと、あれやこれやと結構手間がかかりました。屋根の上には汽笛と排気弁?を取り付け。こ
続いて煙突をこさえました。まあ、このままでも悪くはないのですが…せっかくなので煙突もパテ盛り成形しました。
オリジナルだと残念な形状のスチームドーム。という事で積層方法で作ってみる事にします。ボール紙8段重ねで… なんか仏像の頭みたい。なのでタミヤパテを盛ってその上から塗りパテを塗ってみました。乾燥後にヤスリで形を整えて仕上げはサンドペーパーで表面を整えて… まあ
いよいよ意を決してスチームドームを作ろうと思います。まずはスチームドームの径に合わせて丸めたダミーの紙をボイラーに当ててピッタリ合うRを探し当てます。まあCADが使えればこんな当てずっぽなどしなくていいのですが… σ(ー ー;)TAKE4で探し当てました。そして型紙から
シリンダー下にドレンコックと正面下に排障器を取り付けました。排障器はもう少し細くしても良かったかな?何ぶん紙なので強度との兼ね合いが難しいところです。なんかクワガタのツノみたい…下廻りはこの辺にしておきましょう。
最初に作ったキャブですが…屋根縁にそれっぽく樋らしきものを付けてあるのですがどうも気に入らず…上から貼り合わせる形で折り返し屋根にしました。これで少し古典機っぽくなりましたかな… (^ω^;)>次はどこを作りましょうかね。
スライドバー、クロスヘッド、そしてメインロッドをつけました。これらは型紙は全く使わずに現物合わせで寸法を決めて切り出しました。そして謎の?ジョイ式弁装置をこさえました。ジョイ式弁装置の構造は、汽車好きクラーケンさんがブログで公開されている5680形図面(2014/1
サイドロッドを切り出しました。ケント紙2枚貼り合わせた紙とボール紙からそれぞれ2本づつ。それぞれを貼り合わせます。うーん、ちょっと分厚過ぎたかも… (ー ー;)>そして動輪に糊付け。反対側も取り付けました。
動輪にもブレーキを付けてみました。まあテンダーにブレーキがあって本体はノーブレーキという訳にはいきませんのでね… f^_^;)ブレーキ引棒もあります。それっぽくシリンダーを付けました。そろそろロッドをこさえなくては!ですね。
板バネモドキを作ってみました。そしてスポーク動輪の奥に付けてみたのですが…うーん、チラリズム効果いまいちでした。σ(ー ー;)
ちょっと休憩、次はどこを作ろうかと思案中。テンダーはまだ連結器とバッファが残っています。本体はロッドをこさえなくてはなりません。ジョイ式弁装置ってなんなんなん?(何なのかな?の高等関西弁)煙突とスチームドームをどうやって作ろうか、ハンドレールはどうしようか
スプラッシャーを作り直しました。今回はオリジナルの型紙は使わずに現物合わせでこさえました。そして早々に床板に糊付けしちゃいました。後々に寸法合わずで破綻しない事を祈るばかりです。ボイラーとキャブを仮乗せ。たぶん大丈夫でしょう… (^ω^;)>
悪ノリしてブレーキシューを取り付けました。引き棒も付けてあります。これでシルエットは格段にカッコ良くなるはず。上廻りを載せてみました。まだ仮り載せですが…まあ、まずまずの出来上がりかな。ウシシ… って感じです。v(^o^;)
気まぐれ順に作っていますが、次はテンダー下廻りをば。テンダー板枠を取り付け。そして板バネ。ケント紙とボール紙の計12個を切り出すのにめっちゃ時間が掛かりました。不揃いな板バネに途中心折れそうになるのを堪えながら… なんとも疲れました。軸受け箱を型紙から作って
少しづつ古典機の姿になるのを眺めながらニンマリしたいところですが… ハタと気になる箇所発見。本体とテンダーの床板の高さが合っていません。テンダー側が0.5mmほど高いですなあ、うーむ、やはりここは高さをツライチに揃えたいところ。という事でテンダー側を0.5mm下げて
シリンダーを作りました。作る順序は特に考えながら計算している訳ではなく、気ままに作っています… f^_^;)シリンダーは実機に模してケント紙2枚分を挟んでやや後方が下がるように傾けて取り付けました。本当はもう少し… ケント紙3枚分ぐらいまで傾けたかったのですが、隙
次は…テンダーをこさえることに。型紙から切り出して2枚重ね、3枚重ねと補強しながら作りました。型紙の通り作ったのですが… 前面妻板が何故か二重になってます。どう見ても変だべ。ハサミで前方の妻板をカットして、適当に石炭取り出し口を付けておきました。
基本構成の車輪周りがひとまず出来たところで…初めてレールに載せてみました。おお!12mm幅のレールにピッタリとハマりました。少し感動… v(^o^;)ボイラーを仮り載せ… まずまず、いい感じです。さて、次はどこを作りましょうかね。(^ω^;)>
最初に作った主台枠と床板ですが…主台枠は先台車と干渉するみたいなので切り込みを入れました。そして動輪は主台枠に直接糊付けするのではなく、まずは台紙に貼り微調整しながら主台枠に貼り付けることにします。ところで、作り方を見ると動輪は「上を切りとる」とあります
漸くスポーク車輪が出来上がったので…先台車を作製…テンダー台車も作製。紙の車輪を糊付けで固定するので気軽に微調整ができず結構神経つかいます。テンダーの床板を作りました。水平度は厚紙を挟んで調整しました。
気持ちが切れてしまわないうちにテンダー車輪も作ってしまいます。作り方は動輪、先輪と同じです。実機のテンダー車輪径は940mmなので1/87して11mmにしました。えーと、スポークは何本なんだろう?<ネコ・パブリッシング刊 片野正巳著「1号機関車からC63まで」より>うーん、
動輪の次は先輪を作ります。実機5680形の先輪径は838mmなので1/87すると9.6mmですが製作の都合上10mm径にしました。フランジ部分は外径11mmでケント紙を2枚貼り合わせ。タイヤ肉厚部分はボール紙2枚の貼り合わせ。輪芯部分はボール紙を3mm径の革ポンチで抜き落として2枚貼り
なんとかスポーク動輪が出来ました、ふぅ〜。でもまだあと先輪が4輪とテンダー車輪が6輪残っています。スポーク地獄が続きます… σ(ーoー;)
動輪製作の続きです。先ずはボール紙を0.8mmぐらいの帯にして2枚貼り合わせて4mm長さにカット。スポークを輪芯とタイヤの間に均等に差し込んでいきます。この "均等に" が難しいのですが…13本差し込みます。スポークの両端部分を爪楊枝の先に付けた木工用ボンドで固定します
次は動輪を製作する事にします。先ずはフランジになる部分をケント紙からコンパスカッターで切り出します。外径は17mmで2枚づつ貼り合わせるので最小8枚あれば良いのですが、失敗を恐れず… いや失敗を恐れて余分に5枚作りました。続いてタイヤになる部分…実機5680形の動輪
年末からの紙蒸機に戻り淡々と工作が続きます。ボイラーボンドを貼り付け… f^_^;)そして適当に火室部分を作ってみました。煙室前方の端梁。動輪カバー。仮り載せしてみました。うーん、動輪カバーはもう一回作り直すかもしれません…
年が明けて今年の抱負は… うーん、特に思い付きませんなあ。もう半年以上もハンダゴテを握っていないし糸鋸やヤスリも然り… 紙工作やっているバヤイじゃないんですが、まあ、焦らずに復活のその時を待つとしましょう。で、今年の目標は「とにかくこれ以上はもう増やさない
新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。愛犬クマ今住んでいる所はベランダから御来光を拝むことが出来てとてもお得です。今日はお天気も良くとても晴れやかな初日の出を拝むことができました… v(^ω^;)
「ブログリーダー」を活用して、クマさんをフォローしませんか?
苦心して取り付けた空気作用管ですが、実機5号機の空気作用管の取り回しパターンがどうだったか?実のところ確証がありません。<久保和夫氏撮影 1960年代後半?>広島スタイルの典型的な取り回しはハンドレールの上側を這うパターンですが…<権田純朗氏撮影 1951.8.27>東海道
丸2日かかって悪戦苦闘の末、空気作用管の仮付けをしました。0.25mmならまだしも0.2mmのリン青銅線を自在に扱うのはなかなか難しいものです。少し鈍らせると直ぐにグニャっとなるし… σ(ー ー;)台座はロストパーツを奢ってやろうかとも思いましたが、なんとなくオーバースケー
<鉄道ジャーナル社 驀進! C62ニセコ 沖勝則氏撮影 1988.5.15>火室部分のケーシングは鷹取工場が勝手にカットした⁉︎という考察結果となりましたが、鷹取工場で整備を受けていた宮原区&梅小路区の17輌全ての機関車が割礼?を受けたかどうかは分かりませんが、まあ大方のカマ
<プレスアイゼンバーン C62 西尾克三郎氏 1955.9.6>C62の火室部分のケーシング有無を論じる小ネタ第3回目ですが、この程度のネタで何日も引っ張るのは少々お恥ずかしいので、そろそろ考察結果をご報告すべきかと…<プレスアイゼンバーン C62 田中肇氏撮影>考察結果は、前に報
C62の火室部分に覆いのケーシングがある無しの謎を追う… の2回目です。1号機に続き2号機も考察してみます。北海道時代から現在に至っては火室部分はケーシングで覆われています。<高田隆雄氏撮影 1948年7月9日>製造間もない頃の自動給炭機性能試験を実施している時の有名な
いま作製しているC62は、1950年代の青年期の広島スタイルの特定機番5号機という、ちょっとハードルを上げたお題となっています。<髙木宏之著"国鉄蒸機機関車史"より 1954.6.22 佐竹保雄氏撮影>なんと言ってもその当時の写真がこの一枚だけなので、これ以外の部分は謎がいっぱ
もう何度も登場していますが、今年も押入れから出して来ました、亡き母の形見の梅酒です。昭和63年(1988年)に漬けたもので36年が経ちました。まさにリアル昭和の梅酒です。今思えば、昭和63年といえば最後の昭和の年の梅となります。鰻の秘伝のタレの様に黒々としています。
集中力が途切れそうなところを我慢しながら… 続けて機関士側ランボードもこさえました。他にも小細工すべき箇所は色々あろうかとは思いますが、まあ適当に割愛と追加をしていきます。砂撒き管が邪魔… 実は実機同様にボイラーとスキマのあるランボードに仕立てようかとも思
ランボードをこさえました。それだけの事ですが…苦行の穴に真鍮線を一本づつ植え込み、裏からハンダ付けして高さを0.3mm程度に揃えます。反り曲がりを注意しながら裏板を貼り付けて… なんだかんだと結構時間掛かりました。(-。-;)>
ランボードの継ぎ目ボルト表現の真鍮線植え込み穴を穴開けしました。0.3mmドリルをピンバイスに咥え合計74箇所、千本ノックのような苦行でしたが、板厚0.25mmの柔い網目板が幸いして、何とか一本も折らずに最後まで開け切りました… (^ω^;)>
キャブ妻板を本体にハンダ付けで固定しました。どの段階で妻板を取り付けるかはいつも悩むところなのですが、今回は早々に付けちゃいました。そしてキャブ床板もハンダ付けしました。キャブは屋根裏にビス取り付け座を取り付けて…脱着式にしました。屋根1箇所と床2箇所の3箇
丸っと1年振りに帰って来ました。今年のGWは工作そっちのけで青年期のC62写真を探しまくっていましたが、そういや昨年から放置したままのC62がいたなあと反省… (ー ー;)>1950年代の青年期の広島スタイルを作っていましたが、しかと眺めながら… どこまで作ったか、再開はどこ
今回のD50&D60まとめて改軌工作では、イコライザーの機構を作り分けてその効果の違い等々を確認する事になっていました。まだまともに走るところまで至っていませんが、まあ、当方なりの大方の結論は出たので報告しようと思います。オーソドックスな3点支持イコライザーとロ
2両まとめての改軌工作ですが、ロッドの引っ掛かりが激しくまともに走りません。まだまだ調整が必要な状態です。そして下廻りを完成させるだけでもまだまだやる事いっぱい… σ(ー ー;) 上廻りも… 元が宮沢模型なので、かなりの部分に手を加えないととてもじゃないが見るに耐
タバコをやめて?中断して?やっと2ヶ月が経ちました。取り敢えず一本も吸わずに我慢出来ています。正直まだ "我慢" の気持ちが結構ありますが。そして吸わずのタバコはカラーボックスの上に置いたまま、手を上げれば直ぐに取れる所に置いたままにしてあります。特に深い意味
もう一台の方も同様に作りました。なんとやる気のない感じですが…とりあえず2台目も完了という事で。
ギヤボックスとモーターホルダーを板を渡して合体させた状態…モーターとウォームギヤを装着。モーターシャフトには内2.0mm×外2.4mmの真鍮パイプをハンダで固定しました。これにて一台完了!あっ、シャフトをシリコンチューブで繋がないと… 忘れていました。(ー ー;)>
ギヤボックスとモーターホルダーを板を渡して合体させました。有り合わせの端材を現物合わせで強引に…スッポリ収まったのでまあ良かろう… (^ω^;)>
1ヶ月振りに進めました。もう適当なところで一旦お預けにしようと思っています。モーターホルダーをこさえます。厚さは1.0mmです。高さ位置調整を行います。さて、次はここからギヤボックスとモーターホルダーを一体化しなければならないのですが、どうやって合体させよう…
高橋弘氏の超有名な写真 "瀬田川を渡るC622号機特急つばめ号"(1954年3月7日撮影)。恐れながら当方ブログにも何度となく載せさせて頂いていますが、おそらく商業誌でもこの時代のC62や特急列車をイメージさせるシーンの代表として、鉄道専門誌に限らず一般誌でもこれからも末
塗装の方はと言いますと、最初にトップガードを吹いて、大雑把にマスキングして緑を吹いて… 次に屋根に赤+茶の謎の塗料を吹いて… ランボード淵に白を塗装して… ここまでは既に報告したものです。そしてここからが新しい報告でして、屋根をマスキングして…ランボード淵
1mほどの直線を行ったり来たり… うーん、なんか引っ掛かりがあります。ナンデダロ?ドシテダロ?主動輪にかなりの振れが出ていました。これを修正するのはまた難儀な作業… なんとかそのままで誤魔化したいところ。σ(ー ー;)動輪とロッドの間にブッシュをかましたところで取
ロッドを装着して転がり確認。ウォームギヤの噛み合わせを調整。ウォームの歯を研ぎました。これだけの作業ですが、あっちこっち調整が必要で結構な時間がかかりました… (´Д`;)>
プレーリーが無事にレストア完了したのでパシフィックの方も追い込みをかけましょう。端バリが取れてしまい… うぎゃ〜からの続きです。ハンダ箇所の塗装を剥がし取り付けようとしているところ…騙しだましコテを当ててハンダ付けしました。なんとか無事に着きました… (-。-;
動画編集しました… (^o^;)>
先日、本屋をうろついているとふと目が止まり… ついつい買ってしまいました。(^ω^;)>A4サイズの箱を開けると… 真ん中にチマッとトミカの箱。まあ、ミニカーだからこうなるわな。幼い頃、たまーにミニカーを買ってもらった記憶が蘇ってきます。フェアレディZも買ってもらっ
HOアメリカンプレーリーのレストアが漸く完了しました。故人となるある有名なモデラーの最初期の頃の作品で60年前のものとなります。大方の部分は自作されていました。まあ、故人の最初期の作品なので作りはかなりアバウトでしたが、全体のプロポーションとバランスは設計セ
最後の試運転としたいところです。パワーパックは棒型モーターと相性が良い?昔のカツミKP-23を引っ張り出してきました。ギヤ比が高いのでかなりゆったりとした走り出しですが、スロットルを上げていくとそこそこのスピードまで上がっていきます。中速時に気持ちモーターの挙
ひとまずギヤ音が並レベルまで低減出来たところで最終仕上げに進みます。ヘッドライトの接点を取り付け。そしてもげてしまったベルを再度取り付けます。低音ハンダで騙しダマシ取り付けました。最後に角とか擦れて塗装が剥げちゃった箇所をタッチアップでチマッと補修してフ
走行絶不調の元凶は解決できたもののけたたましいギヤ音は変わらず。まあこれは塗装前からでしたが… (ー ー;)>もう一回だけモーターシャフト直結ギヤボックスに挑戦してみる事にします。そして今度はホイールギヤの歯の溝をマイナスドライバーの先を研いだ刃で溝堀りをしまし
SE15モーターに換装してストレスフルな低速機関車になってしまい… なかなか上手くいきませんのぉ… σ(ー ー;)もう一回原点に立ち返って棒型モーターに戻し元々のモーターシャフト直結にしてみました。なんとかウォームとホイールギヤの超絶絶妙な噛み合わせ加減に調整します
モーターを缶モーターに換装してオーソドックスな駆動伝達構造に変更して…これにてレストア完了!としたいところ。往復試運転… しかしだが、電源をフルスロットルの12Vにしてもスピードが遅すぎる〜!速度を測ってみたところスケールスピードで30〜35km/hぐらいでライトが
パシフィックの主台枠後端バリがうぎゃ〜っとなってしまい… またまたプレーリーに戻ることにします。今回こそプレーリーの方は完成まで持ち込みたいところですが… これまた難儀しておりまして、ギヤボックスを奢ってやったのですが走らせるとどうにもこうにも絶不調です…
下廻りを組んでいきます。ロッドを装着。転がり確認をします。オイルを挿していないので少々硬さが感じられますが、まあ引っ掛かりは無いので合格としましょう。… 駄菓子菓子!台枠後部の端バリがポロリと取れてしまいました。うぎゃ〜って感じです… (´Д`;)>
先にテンダーから仕上げる事にします。グリーンを吹いてマスキングしてツヤ消し黒を吹いて…乾燥後に面荒れした部分を#2000のサンドペーパーで面を均してから仕上げにツヤ消しクリアーを吹いて塗装が完了。標識灯と思しきところに紅挿し。石炭はオリジナルの物にもげた部分を
本体のボイラー廻りをマスキングして屋根とランボード淵を塗装しました。屋根はかなり以前に調合した赤+茶色の謎の塗料を吹き付けました。そしてランボード淵にはツヤ消し白を塗装。この後、屋根とランボード淵をマスキングしてツヤ消し黒を吹き付ける予定… あっ!火室下を
塗装を進めました。下塗りにトップガードを吹き、日光モデルの緑を吹きました。緑の色名は… 言ってしまうとその色にしか見えなくなるので内緒という事で… (^ω^;)>そしてテンダーはマスキングの後にMrカラーのツヤ消し黒を塗装しました。下廻りも同じくツヤ消し黒を塗装し
メッキをかけたところで…動輪スポーク部分と先従輪の輪芯部分をエナメル塗料で筆挿ししました。一方プレーリーの方はといいますと… ギヤボックスを奢ってやったにもかかわらず走りが安定しません。何でやねん… (´Д`;)>
マッハのニッケルメッキセットでなかなか上手くメッキが掛からず… ふと息抜きにサンポールメッキで実験してみました。ネットであちこち検索しながら… ニッケルメッキの場合は4倍希釈との事のようなので、サンポール1:水3で電解液を作ります。検体は真鍮材とし、メッキ無し
車輪はメッキが剥がれた状態、ロッド類は真鍮自作の物だったのでニッケルメッキを施しました。マッハのニッケルメッキセットを使っての施工ですが、うーん、なかなか上手くメッキが乗らん。えらく時間が掛かってしまいました… (ー ー;)>