大正浪漫亭からレトロな照明のある赤い欄干の小橋の先は、年貢米を納めた米蔵と呉服屋さんの蔵に挟まれた石畳の路地に続きます。蔵の白と黒の対比が鮮やかで、大正時代の…
大正浪漫亭からレトロな照明のある赤い欄干の小橋の先は、年貢米を納めた米蔵と呉服屋さんの蔵に挟まれた石畳の路地に続きます。蔵の白と黒の対比が鮮やかで、大正時代の…
恵那市明智町は、大正の頃製糸工場が多くあった建物が残され、大正レトロモダンなまちなみが残っています。大正浪漫亭広場からのスケッチ、山腹にある大正ロマン館やとん…
JR明石駅のホームからもよく見える明石城。東西の幅が380m三の丸からの高さ約20mの立派な石垣の東西端に巽櫓と坤櫓の三重櫓があります。 にほんブログ村
淡路島の岩屋港との航路の発着場近くから見ると、遠くに1657年頃造られたという旧波門崎燈籠堂(明石港旧灯台)が望めました。 にほんブログ村
中山道大井宿は江戸から46番目の美濃路随一の宿場。信濃屋は、明治の建築様式を伝える木造3階建てで、かつて福沢桃介や北原白秋も訪れた由緒ある旅館。 にほんブログ村
木曽川の発電所は1919年~1926年の間に7発電所が建設され、1923年に竣工した読書発電所は当時日本一の出力だった。半円形の窓、屋上に突き出た明かり窓など…
芦屋川から東側の住宅地は阪神淡路大震災で大きな被害を受け、区画整理事業により道路等が整備されました。その住宅地から一段高い所に象徴的に教会があります。 にほん…
桜が満開で川岸には花を楽しむ人達がたくさんいました。阪急電車の高架橋の後ろに、フランク・ロイド・ライト設計のヨドコウ迎賓館が見えました。 にほんブログ村
(平成13年9月のスケッチ)重厚感のある瓦屋根の上には、幅のある箱棟が、その両端には大きな鬼瓦が載っています。黒漆喰塗りの壁の窓には重厚な観音開扉があり、厚い…
(平成13年9月のスケッチ)江戸時代から通りに面した商家を蔵造にすることで、廻りからの類焼や飛び火を防いだ。明治26年の大火災からの復興の際、この伝統的な蔵造…
1923年に運転開始された落差で発電する水路式発電所。資料によると、当時風致問題があり自然景観との調和と近代を象徴する記念性がデザインの課題とされたよう。対岸…
木曽川に沿うように旧中山道が通っています。庇の出の大きな屋根、上階が低く出桁造りの家屋や土蔵があり、背景に雪を被った中央アルプスが南北に連なる景色は、宿場とは…
(平成14年3月のスケッチ)熱海駅から少し東側の高台からみた熱海湾のけしき。慰安旅行中心の温泉観光から個人や家族による体験・交流型への観光客のニーズの変化で衰…
(平成14年3月のスケッチ)古くから伊豆の国一番の神社として栄えている三嶋大社。神池の周りや参道には見事な桜が咲き誇り、屋台も並び大変な賑わいだったことが思い…
網干の町を東西に流れる川に架かる東雲橋からは、両岸に停泊するレジャーボートなどが、遠くには海岸沿いの工場群の高い煙突が林立しているのが望めました。 にほんブロ…
セルロイドの技術指導者のイギリス・ドイツ・スイスの技師の宿舎として明治42年に建てられた異人館で2棟が現存。アメリカのコロニアル様式との共通点が多いそう。 に…
揖保川沿いには丸亀藩の網干陣屋跡に門が復元され、通りの前には、大正時代に建てられた豪壮な屋敷構えの水井家住宅が、スケッチの右手前には凝った造りの建物の鮮魚店が…
大正から明治初期に建てられた網干銀行頭取や町長を務めた山本氏の住宅。3階を望楼とし、そびえるような黒塗壁の洋館は古い街並みの中のラインドマーク的存在です。 に…
明治期にセルロイド工場の創業や鉄道が開通するなど経済の隆盛期に、網干銀行は煉瓦建て銅板葺き、かどを円形にし頂部にネギ坊主型のドームを載せた特徴のある本店を建設…
電車の時間待ちでホームから南東を見ると、お城や古いレンガ造りの建物が見えました。尼崎城は「創業の地に恩返しを」と私費で建設し市に寄贈されたもの。煉瓦の建物は明…
炭山地区の真ん中を流れる志津川沿いに上流の方へ行くと、ログハウス風な母屋に単管で上屋を架けた窯場のある窯元がありました。 にほんブログ村
都が京に置かれた時代に職人達が移り住んだのが始まりで、現在約50軒の窯元がある「陶芸の里 炭山」地区の入り口に協同組合炭山陶芸があり、10軒位の窯元が並んでい…
赤い門の総門を入り、緩い幅の広い階段を行くと正面にどっしりとした大きな瓦屋根の本堂を、右手に三重塔を落葉した大きな樹木越しに見られました。 にほんブログ村
「くろ谷さん」と呼ばれ親しまれているお寺で、巨大な山門を入り右手に行くと、小高い山腹を埋めつくすように墓地があり、頂にある三重塔が望めました。搭は文殊菩薩を本…
京大には重要文化財(建造物)が1施設、登録有形文化財が11施設あるようです。スケッチは登録されている建物ではありませんが、赤煉瓦に白石材の帯のある重厚な建物と…
百万遍の交差点から今出川通りを東へ緩い坂を上って行くと、書店や飲食店等が並ぶ先に、風格ある重厚なレンガ造りのレトロな外観の建物1930年創業の喫茶店進々堂があ…
神戸煉瓦倉庫前辺りから、左手には旧神戸港信号所を、右手には川崎重工のドックを、正面にはポーアイとの連絡橋である赤いアーチの神戸大橋を望めます。 にほんブログ村
海岸通りの北側を通る乙仲通には、海運業隆盛の頃らしき建物が所々に見られ、古いビルや倉庫等が雑貨店や衣料店に改装され、独特のレトロな空間になっています。通りから…
浮御堂近くにある荒池園地。通路沿いの崩れかけ苔むした土塀越しに、陽を浴びた明かるい広場が、日陰寄りには草を食む鹿たちが見られました。 にほんブログ村
城の東側の堀沿いから追手向櫓、多門櫓、追手門を桜並木越しに見たところ。ここでは盆梅展が開催されていて、桜の開花時期にお城祭りが開かれ、市民の憩いの場になってい…
高台寺南門道からねねの道を見ると、高台寺公園の法面の大きな桜の木が覆いかぶさる先に、特徴ある祇園閣が望めました。 にほんブログ村
展望所から正面には二年坂が、少し西には、八坂の塔や遠くの京都タワーが一望できました。 にほんブログ村
八坂神社南楼門の前を通る神幸通を東へ行くと、西欧の古い街並みの様なけしきに出会いました。明治42年に国内外の賓客をもてなすための迎賓館として建築されたホテル長…
四条大橋の袂にある大正5年創業の老舗洋食レストラン。外観は、アール・デコ、スパニッシュなど当時流行の様式を取り入れたそうで、今見ても珍しいデザインです。 にほ…
錦小路通と東洞院通の交差点にある昔ながらの青果店。四条通りからすぐの飲食店や百貨店などの並びにあり数少ない和風木造建物のお店で、懐かしさを感じさせる佇まいです…
高倉通から錦天満宮までの狭いアーケード街の錦市場。スケッチは高倉通からの入り口辺り。コロナ禍で閑散としていましたが、観光客も戻り賑わっていました。 にほんブロ…
東横堀川に架かる本町橋の北側にある本町橋船着場。水辺の賑わい創出、船運の活性化の拠点として、木造2階建ての「ベータ本町橋」が整備されています。 にほんブログ村
こども本の森中之島の前辺りから西側をみた景色。遊歩道化された中之島通の正面には中央公会堂を、背後には市役所他高層ビル群が望めます。 にほんブログ村
明治37年に竣工し、住友家から寄贈された図書館。ギリシャの神殿建築様式で、ドームの銅屋根や玄関の石柱等は当時のまま。風格ある偉容が中之島の格を上げています。 …
石垣島から那覇空港で乗り換えの際、さくら色のジンベイザメがラッピングされた機体があり、行きの時は、関空で青いジンベイザメを見ました。 にほんブログ村
シーサーの乗る赤い瓦の屋根の伝統的家屋やサンゴ石灰岩の塀、ハイビスカスやブーゲンビリアの南国の花々の咲く白い砂の道をゆっくりと観光の水牛車が行きます。 にほん…
竹富島の家々の屋敷囲いはサンゴ石灰岩の野面積みやふくぎの防風林、赤瓦の屋根など伝統的な建築様式を踏まえ、古い沖縄の集落景観を残しています。又、道が白い砂なのは…
竹富島は太古の昔に珊瑚礁が隆起し、琉球石灰岩から成る平たい島。なごみの塔からは島の集落の特徴である赤い瓦の伝統的な家屋や庭の南国の植物が望めました。 にほんブ…
関ヶ原の戦いの折には、西軍石田三成の本拠地となったそうで、昭和11年国宝に指定されたが、戦火で焼失し、昭和34年に外観は昔のままの姿で再建され、城下町大垣のシ…
江戸から明治時代にかけて、大垣城下と桑名を結ぶ水門川の船町港は、物資や人の往来の中心であった。その港の標識と夜間の目印として住吉燈台が1840年に建てられたと…
大阪ステーションシティ11階にある風の広場からは、工事最盛期のうめきた公園が一望できます。南北をつなぐ長い歩行者デッキやイベントスペースの大屋根施設などが見え…
JR大阪駅の屋上に拡がるドームで覆われた広場で、金と銀の大きな時計塔がシンボルになっています。遠くにはHEPFIVE観覧車も望め、非日常感があります。 にほん…
田園風景の中にケヤキ並木と大きな松の木、遠くには体育館の赤い屋根、背後は丘陵地を切り開いた新興住宅地や給水塔が望める大都市近郊での風景です。 にほんブログ村
西表島と由布島の間の浅瀬を水牛車でゆったりと往復。水牛車の中では、島や水牛の話しを聞き、三線で民謡を歌ってくれ、雰囲気やけしきを楽しめました。 にほんブログ村
ヤエヤマヒルギ、オヒルギなどからなるマングローブ林。タコの足状に地表より上から斜めに根が伸び幹を支えるようになる支柱根や板のようになる根など、亜熱帯地域の汽水…
二階から見た市街地内のようす。3階建ての建物に囲まれた様な中に、赤瓦や白瓦の屋根が見られました。 にほんブログ村
首里王府時代、八重山地方は三つの行政区に分けられ、そのうちの一つ宮良の頭職(現在で言う町長)の私邸。王府時代の住宅建築には階級による規格があった。当家は、首里…
かつて大垣城の外堀であった水門川沿いには、松尾芭蕉の句碑が立てられた「ミニ奥の細道」や「奥の細道むすびの地記念館」が整備されています。 にほんブログ村
大垣城の南側の旧美濃路に建つ1755年創業の御菓子処。岐阜は柿が有名で、干し柿を潰しジャム状にしたものを原料に仕上げた柿羊羹が名物商品。建物は濃尾震災後のもの…
四つ辻当たりの養老街道沿いには、大きな土蔵が建ち並んでいます。右手の腰板張りに赤壁の建物はとてもインパクトのあるもので、近くの十六銀行赤坂支店の建物や塀にも同…
八重山博物館を見学した後まち歩きしていると見かけたサーターアンダギーのお店。赤瓦を白い漆喰で固めた古美た家屋に特徴のある看板が掲げられ、まちなみに変化を与えて…
土産物屋の多いユーグレナモール近くの細い路地沿いに飲食店が並ぶ中に、イメージする石垣島らしい佇まいのお店がありました。 にほんブログ村
本年も隔日で掲載しますのでご笑覧ください。 絵では表現できないきれいな青のグラデーションの海と湾内に浮かぶ島々が作り出す美しい広々とした景色。グラスボートから…
赤坂の北側にある金生山は、珊瑚礁が隆起してできた山その90%が生物石灰岩で、江戸時代から現在に至るまで石灰や大理石の産出が行われ続けています。駅近くに、大きな…
杭瀬川の渡し場の船待ちの宿場であったが、新たに物資の集散する河港として発展してき、明治、大正時代石灰産業の発展に伴って出入りする船は、数百艘を数えたそう。 に…
赤坂宿を東西に通る中山道と北へ行く谷汲街道、南へ行く養老街道の十字路。この辺りには、豪商や名主等の伝統的な町並みが集まっています。 にほんブログ村
大阪メトロの堺筋線と谷町線、阪急の千里線が乗り入れている繁華街。左手前には、大阪くらしの今昔館があり大阪の都市居住の歴史と文化が学べます。その横のアーケードの…
1923年(大正12年)に山崎蒸溜所の建設が始まり、国産ウイスキーという新しい市場への挑戦の歴史がスタートし、100周年を迎え、日本のウイスキーは高い評価を得…
赤坂宿は江戸から数えて56番目の宿場で、旧杭瀬川の赤坂港や西国三十三番満願霊場である谷汲山の巡礼で賑わった宿場。右手は、江戸時代中期の町家で、元々は米屋を営ん…
西濃鉄道は1927年(昭和2年)設立で現在1路線で貨物鉄道を運営している。その社屋はJR美濃赤坂駅前にあります。 にほんブログ村
東海道本線の支線美濃赤坂線の終点の美濃赤坂駅を起点に金生山から産出する石灰石輸送を行っている西濃鉄道。秋田臨海鉄道から譲渡されたきれいな赤い車体のDE10形は…
平成14年4月のスケッチ記憶が定かでなくスケッチに記入されている町名から検索しましたが、20年経っているので分かりません。絵から推察すると、妻入り土蔵造りで軒…
ヴォーリズ建築事務所の設計による1930年築の教会。正面中央部のアーチの窓や右手にある尖塔が印象的です。後で調べたら、道路沿いの煉瓦塀も国登録文化財で、窓や戸…
鈴鹿山地を源流とする豊富な伏流水が伊庭川となって集落内を巡り、伊庭内湖に至る。各環境に応じた管理のもと多様な植生が展開し、希少種や琵琶湖の固有種が生息する環境…
伊庭の町中には縦横に水路が巡っており、正厳寺の北側の水路には小舟がありました。田舟と言われ昔は一軒に一艘あり、人の移動や荷物の運搬に使われていたそう。 にほん…
伊勢街道は、吉野川沿いの狭い所の山裾を通っており、スケッチの三叉路を下ると直ぐに吉野川にで、むかしは対岸に渡る「桜の渡し」があり、地元の人達だけでなく吉野詣で…
原木を乾燥させ製材する加工工場が数多くあります。また、大和上市には伊勢街道が通っており、伊勢詣でや高野詣での人達や大峰山で修行する人達の拠点としても賑わってい…
大和上市は室町時代より上流から吉野川を使って運ばれてきた木材を引き上げ木材の市が開かれ、また、吉野の入り口として商業地域としても発展してきた。上市駅の対岸の吉…
集落内の高台で、植林された山を背景に茅葺屋根の家がありました。この住宅には生活感があり、秋の日差しを浴び穏やかな佇まいでした。 にほんブログ村
集落内は斜面地をくねくねと続く道沿いに建物が建ち、その屋根が折り重なるように見えます。空家らしい家が多く見られたが、この手前の家の軒先には洗濯物が干されていま…
前のスケッチの対岸から見たところ。鈴鹿山脈の麓にある山間集落の佇まいです。手前の斜面がお茶畑になっています。 にほんブログ村
谷筋による寒暖の差と御池川により生じる朝霧により銘茶「政所茶」が生産される政所集落。スケッチ右側の川沿いの斜面に茶畑がありました。 にほんブログ村
平成14年9月のスケッチ小平地区へは、八高線児玉駅から暑い中徒歩で1時間以上かかって行ったことが思い出されます。当時も蚕を飼っていなかっと思いますが、どの家も…
平成14年9月のスケッチ児玉町の小平地区は古くから養蚕が盛んで、蚕を飼育するため、屋根の上に温度や湿度を調整する小屋根を付けた「高窓の家」と呼ばれる養蚕住宅が…
集会所の前を通り御池川へ降りて行く途中振り返った集落のスケッチ。どの家屋も茅葺にトタンを被せた屋根になっていますが、昔は、ほっこりした茅葺屋根の集落の景観だっ…
箕川町は東近江市の東部山間に位置し、愛知川の支流御池川に囲まれた高台に集落があります。集落の入口部分のまちなみ、道路より少し低い所に4・5軒の元は茅葺屋根の民…
平成14年7月のスケッチせんだいメディアテークは伊藤豊雄氏設計で、樹木の幹の様な13本の不規則なチューブと7層のスラブで構成され、周りはガラスで覆われ開放感が…
平成14年のスケッチで未掲載のものがありましたので随時掲載します。明治24年に創業された3,000haの広大な敷地の民間総合農場。明治から昭和初期にかけて建設…
宇治川で唯一のダムで1964年に完成。高さ73mのドーム型アーチ式で人造湖は鳳凰湖と命名。手前の煉瓦造の建物は、旧宇治川電気志津川発電所。 にほんブログ村
穂谷の集落の北側には、きれいに整理された段々畑が広がり、枝豆や里芋を栽培している中にコスモス畑が点々とあります。 にほんブログ村
昭和初期の贅を尽くした近代和風建築とステンドグラスがはめられた尖った屋根の洋館のある豪商の邸宅。とんがり屋根は遠くからも目立ち、その大きな屋根は少しアンバラン…
奈良時代に高僧行基が開創し、弘法大師が大師像を刻み厄除けの誓願を行ったことから「厄除けうたづ大師」として信仰を集めるようになったそう。 にほんブログ村
重要文化財に指定されている江戸時代後期の町家。出入口に突上げ戸、その両脇のミセの前には、蔀戸とばったり床几を構え、これらの建具を開放して商売をしていた商家の特…
猿沢池の東端辺りから北に興福寺五重塔が望めます。左手の五十二段の階段にレッドカーペットが施工され、イベントに先立ちセレモニーが実施されたようです。 にほんブロ…
駅寄りの南街区に建設中の5棟、その右側中央部に4.5haの都市公園が計画され、2024年のまちびらき予定。大阪駅前に広がる広大な公園は、梅田の景色を一変させる…
駅の西側に出ると正面にある1階が店舗、2階から住宅の築50年位経っているような建物。店舗の看板は非常ににぎにぎしく、空洞ブロックを使用したバルコニーの外観はレ…
杉玉の架かったなまこ壁で漆喰塗りの蔵の前には水場があり、小路沿いには三つの蔵が並び、小路の正面には、大通寺の鐘楼が見える風情のある通りです。 にほんブログ村
町を貫く木曽川の急流にせり出すように建つ「崖屋造り」の家並み。表通りは2階、川側は3階建てで、岐阜県の郡上八幡の小駄良川沿いで見たけしきに似ています。 にほん…
木曽福島は中山道の宿場町、江戸と京の中間に位置するため関所を置き「入鉄砲出女」が厳しく取り締られた処。上の段町は、昭和の大火での焼失を免れ、家並みや用水や高札…
低層階の大きなアーチや円筒のコーナーは、旧神戸阪急ビルのデザイン、色彩、素材が踏襲され、コンコースもクラシック感を持たせつつモダン要素も取り入れた高級感ある内…
神戸市が策定した神戸三宮「えきまち空間」基本計画に則り官民が連携して事業が進められ、その先駆けとして阪急三宮駅東口北側の広場が整備されています。抽象的な円盤を…
島の東側本村地区には、家プロジェクトの施設が点在しています。スケッチは漁港越しに見たSANAA設計の直島港ターミナルのある景色です。 にほんブログ村
島の南側にあるつつじ荘バス停近くの突堤に草間彌生作「南瓜」があります。開けた瀬戸内にポツンと置かれている感じ。遠くに高松市街がぼんやりと望めました。 にほんブ…
役場前バス停の所に特異な建物があり、調べたらポストモダンの旗手ともよばれる石井和紘氏設計の直島町役場でした。護王神社の階段から見えた上階屋根部は、和風の落ち着…
宇野港から船で約20分、直島の宮浦港に近づくと突堤の芝の緑と赤いかぼちゃが色鮮やかに目に映りました。赤かぼちゃは草間彌生氏、左手の白い作品は藤本壮介氏の直島パ…
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大正浪漫亭からレトロな照明のある赤い欄干の小橋の先は、年貢米を納めた米蔵と呉服屋さんの蔵に挟まれた石畳の路地に続きます。蔵の白と黒の対比が鮮やかで、大正時代の…
恵那市明智町は、大正の頃製糸工場が多くあった建物が残され、大正レトロモダンなまちなみが残っています。大正浪漫亭広場からのスケッチ、山腹にある大正ロマン館やとん…
JR明石駅のホームからもよく見える明石城。東西の幅が380m三の丸からの高さ約20mの立派な石垣の東西端に巽櫓と坤櫓の三重櫓があります。 にほんブログ村
淡路島の岩屋港との航路の発着場近くから見ると、遠くに1657年頃造られたという旧波門崎燈籠堂(明石港旧灯台)が望めました。 にほんブログ村
中山道大井宿は江戸から46番目の美濃路随一の宿場。信濃屋は、明治の建築様式を伝える木造3階建てで、かつて福沢桃介や北原白秋も訪れた由緒ある旅館。 にほんブログ村
木曽川の発電所は1919年~1926年の間に7発電所が建設され、1923年に竣工した読書発電所は当時日本一の出力だった。半円形の窓、屋上に突き出た明かり窓など…
芦屋川から東側の住宅地は阪神淡路大震災で大きな被害を受け、区画整理事業により道路等が整備されました。その住宅地から一段高い所に象徴的に教会があります。 にほん…
桜が満開で川岸には花を楽しむ人達がたくさんいました。阪急電車の高架橋の後ろに、フランク・ロイド・ライト設計のヨドコウ迎賓館が見えました。 にほんブログ村
(平成13年9月のスケッチ)重厚感のある瓦屋根の上には、幅のある箱棟が、その両端には大きな鬼瓦が載っています。黒漆喰塗りの壁の窓には重厚な観音開扉があり、厚い…
(平成13年9月のスケッチ)江戸時代から通りに面した商家を蔵造にすることで、廻りからの類焼や飛び火を防いだ。明治26年の大火災からの復興の際、この伝統的な蔵造…
1923年に運転開始された落差で発電する水路式発電所。資料によると、当時風致問題があり自然景観との調和と近代を象徴する記念性がデザインの課題とされたよう。対岸…
木曽川に沿うように旧中山道が通っています。庇の出の大きな屋根、上階が低く出桁造りの家屋や土蔵があり、背景に雪を被った中央アルプスが南北に連なる景色は、宿場とは…
(平成14年3月のスケッチ)熱海駅から少し東側の高台からみた熱海湾のけしき。慰安旅行中心の温泉観光から個人や家族による体験・交流型への観光客のニーズの変化で衰…
(平成14年3月のスケッチ)古くから伊豆の国一番の神社として栄えている三嶋大社。神池の周りや参道には見事な桜が咲き誇り、屋台も並び大変な賑わいだったことが思い…
網干の町を東西に流れる川に架かる東雲橋からは、両岸に停泊するレジャーボートなどが、遠くには海岸沿いの工場群の高い煙突が林立しているのが望めました。 にほんブロ…
セルロイドの技術指導者のイギリス・ドイツ・スイスの技師の宿舎として明治42年に建てられた異人館で2棟が現存。アメリカのコロニアル様式との共通点が多いそう。 に…
揖保川沿いには丸亀藩の網干陣屋跡に門が復元され、通りの前には、大正時代に建てられた豪壮な屋敷構えの水井家住宅が、スケッチの右手前には凝った造りの建物の鮮魚店が…
大正から明治初期に建てられた網干銀行頭取や町長を務めた山本氏の住宅。3階を望楼とし、そびえるような黒塗壁の洋館は古い街並みの中のラインドマーク的存在です。 に…
明治期にセルロイド工場の創業や鉄道が開通するなど経済の隆盛期に、網干銀行は煉瓦建て銅板葺き、かどを円形にし頂部にネギ坊主型のドームを載せた特徴のある本店を建設…
電車の時間待ちでホームから南東を見ると、お城や古いレンガ造りの建物が見えました。尼崎城は「創業の地に恩返しを」と私費で建設し市に寄贈されたもの。煉瓦の建物は明…
宇多津町は、中世以降港町として栄え、由緒ある神社仏閣や古い町家が多く残っており、昭和30年代までは瀬戸内の気候を生かした、日本一の塩のまち。町の中央を流れる大…
「愛染かつら」のモデルになった縁結びで有名な寺院。1597年に豊臣秀吉により伽藍が復興され多宝塔が再建された。大阪市内最古の木造建造物です。 にほんブログ村
黒漆喰塗り、うだつ、格子、犬矢来など伝統的な要素を持った芳村酒造。左側にある二段のうだつは、松山地区ではここだけの意匠の様です。 にほんブログ村
宇陀松山城下町の重要な出入り口であり、宇陀川を渡ると左に直角に曲がり、西口関門を通ると今度は右に直角に曲がる道になっていて、侵入者への防御の構えだったのでしょ…
阪急三宮駅近くの高架下にあるロンドンでよく見かけるパブ風な外観の飲食店。壁全体が黒い大判のタイルで覆われ、額縁などは凝った重厚な造りで、赤いフレームや金字を使…
元町から高架線路沿いの北側を三宮方面に行くと、高架と道路沿いのビルとの間にスレンダーな阪急三宮ビルが望めました。 にほんブログ村
地図で調べると、桃香野城跡や九か所に千体摩崖仏が点在していたり、茅葺屋根の江戸中期の旅籠を兼ねた農家の菊家家住宅があるなど、歴史のある集落のよう。その集落内で…
柳生の里と月ヶ瀬梅林との中間辺りにある集落邑地町。起伏のある山間地で布目川に沿って集落が形成されているそのいっかくで、高い石積みの上に立派な蔵等がある豪農の屋…
高槻城主だったキリシタン大名高山右近はマニラに追放され、臨終の地にある大聖堂を模して高山右近記念聖堂が建てられた。 にほんブログ村
元京都大学農場跡地に防災機能向上や弥生時代の遺跡の保存・活用を目的として造られた安満遺跡公園。昭和5年に建てられた白壁、赤瓦の建物がレストランや体験室や展示室…
大正内港の北東角に造船所があり、浮桟橋からスケッチ。地図で確認すると、二つの造船所の様です。 にほんブログ村
地下鉄東山駅のすぐ東側にある白川橋からの白川。少し前のスケッチで落葉した大木が寂しげですが、もう暫くすると新緑に、夏にはうっそうとした緑が、白川とあいまって涼…
奈良市内にある団地内のスケッチです。画一的な白い四角な建物群の中に、集会所と受水槽室の赤褐色の洋瓦で葺いた四角形状の屋根が印象的でした。 にほんブログ村
旧歌姫街道の続きの木津平城線に架かるニュータウン(現在はオールドタウン)の歩行者専用橋「蓬橋」。総レンガタイル貼りで凝った意匠やお洒落な街灯が、背景の建物と相…
「天王寺七坂」の一つ、坂の上にある「愛染堂勝鬘院」から名付けられた。坂の南側には高校があり、その建物とカーブした坂が美しい景観を作っていました。 にほんブログ村
上町台地には「天王寺七坂」があり、その一つ口縄坂、道の起伏が「蛇(くちなわ)」に似ているからとも。手前の寺院の古木の枝垂れ桜の花が、少し咲き始めていました。 …
道路の両側にある黄桜酒造の醸造所や酒蔵を活用した酒販売店や地ビールレストラン等があり、風情のある通りです。 にほんブログ村
坂本龍馬が幕府役人に襲撃された寺田屋。手前の史跡庭園になっている所に当時の建物があり、鳥羽伏見の戦いで焼失し、今の旅籠は旧宅に倣って明治期に建てられたようです…
大阪港駅から北へ行った海岸通りの交差点からは、大観覧車や天保山ハーバービレッジの入口にあるキリンの像や海遊館の特徴ある姿が見られます。 にほんブログ村
薬師寺西方の少し高台の住宅地から見た2本の三重塔。東塔と西搭で色彩や屋根の反り等違いが見られます。 にほんブログ村