美術の旅人 Voyageur sur l'art   
読者になる
住所
出身
ハンドル名
美術の旅人 Voyageur sur l'art  さん
ブログタイトル
美術の旅人 Voyageur sur l'art  
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/emaus95
ブログ紹介文
「美術」との多様な出会い。見たこと、感じたこと、思ったこと。
自由文
-
更新頻度(1年)

14回 / 365日(平均0.3回/週)

ブログ村参加:2014/11/19

美術の旅人 Voyageur sur l'art  さんの人気ランキング

  • IN
  • OUT
  • PV
今日 10/20 10/19 10/18 10/17 10/16 10/15 全参加数
総合ランキング(IN) 38,718位 48,092位 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 975,445サイト
INポイント 10 10 0 0 0 0 0 20/週
OUTポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
美術ブログ 342位 448位 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 8,214サイト
美術鑑賞・評論 13位 17位 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 435サイト
今日 10/20 10/19 10/18 10/17 10/16 10/15 全参加数
総合ランキング(OUT) 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 975,445サイト
INポイント 10 10 0 0 0 0 0 20/週
OUTポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
美術ブログ 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 8,214サイト
美術鑑賞・評論 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 435サイト
今日 10/20 10/19 10/18 10/17 10/16 10/15 全参加数
総合ランキング(PV) 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 975,445サイト
INポイント 10 10 0 0 0 0 0 20/週
OUTポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
美術ブログ 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 8,214サイト
美術鑑賞・評論 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 435サイト

美術の旅人 Voyageur sur l'art  さんのブログ記事

1件〜30件

新機能の「ブログリーダー」を活用して、美術の旅人 Voyageur sur l'art  さんの読者になりませんか?

ハンドル名
美術の旅人 Voyageur sur l'art  さん
ブログタイトル
美術の旅人 Voyageur sur l'art  
更新頻度
14回 / 365日(平均0.3回/週)
読者になる
美術の旅人 Voyageur sur l'art   
  • 野中光正氏の最近作を展示して。

    おそらく15年近くになるのでしょうが、野中さんは、日記を書くように毎日朝の9時から12時までの3時間の間に1枚の作品を仕上げるのを日課にしています。今回の展示会では、その膨大な数の作品の中から私がピックしたものを時系列に従って並べて見ましたが、彼の内部で生起する出来事および事実がより一層鮮明に感じられるようになりました。過去から現在まで、一作家の濃密な「今」の連続を一気に眺めわたすことができる、企画者であり鑑賞者であるがゆえの特権を味わうことができました。彼にはシュルレアリストのように内奥の自我を探ろうという、あるいは、西洋の抽象画のように概念的な思考のレベル、形而上的な世界へと探求を進めようという意図もありません。むしろ、最初にそういう意図があることを、創作の喜びを疎外するものとして、彼は嫌うのです。日々移り...野中光正氏の最近作を展示して。

  • 野中光正&村山耕二展 9/20(金)〜28(土)

    この二人のコンビでの展示は、今年で何回目になるだろうか。野中さんの展示はもっと長く10年以上になると思う。野中さんの展示を続けているのは、具体的な作品を通して、「抽象とは何か」ということを、今まで観念的に展開されてきた知識や既成の理論の受け売りに基づかず、自分で感じ考え続けて行くためである。言葉を変えれば、画家にはある必然性を持ってなされている行為の意味を画家ではない私が知りたいという願望に基づく。その自分の側の勝手な要求に、野中さんは作品を持って応答してくださる力量を十分にお持ちの作家であった。自分自身の覚書の意味もあって、以下にこれまでの自分が関わった展示に際してのコメントをまとめてみた。まずは身近に迫った展示会の案内から●野中光正&村山耕二展2019.9.20~28確かに確かにモノと心がぶつかり合い、作家...野中光正&村山耕二展9/20(金)〜28(土)

  • タイニーハウス界のウィリー・ワンカ Kirsten Dirksenのユーチューブ映像から

     →タイニーハウス界のウィリー・ワンカ←カーボウイハットにロン毛結び、ランニングシャツ、短パンで筋骨隆々の日焼けした肌を露出させ、モーゼのように杖を片手に、しかも「裸足」で、テキサス郊外のロードサイドのだだっ広い敷地をエネルギッシュに歩き回って始めから終わりまで、マシンガンのようにしゃべりぱなし。こういうエキセントリックなキャラの爺さん・・正直、大好きだ。この爺さん、こんなバカなこと誰もしないような、しかしエコロジーの時代にすごくいいことをしているのだ。それは何かというと、アメリカでも次々古い住宅が壊されゴミにされているのだと思うが、その古材を大量にかき集めて来て、タイニーハウス、それもアーリーアメリカの伝統的な様式の家を作り上げ、ホームレスを始めプアな層に破格値で建売として供給しているのだ。理不尽な法律をクリ...タイニーハウス界のウィリー・ワンカKirstenDirksenのユーチューブ映像から

  • 橋の下の隠れ家 Kirsten Dirksenのyoutube映像から

    →橋の下の隠れ家←高速道路の橋の下にはたっぷりした空間がある。しかし、スペインの配管工FernandoAbellanas以外に、これを利用してこんな遊び場を作っちゃおうなんてことは考えもつかないし、まして実現した人なんていなかったに違いない。手回しのゴンドラを動かして橋梁に押し付けると、誰にも邪魔されずに本を読んだり、絵を描いたり、ビデオを見たり、夜はマットを引いて寝ることさえできるインビジブルなプライベートルーム(まるで子供の隠れ家のようだ)が出現する。彼が住むペイポルタはスペインのバレンシア市近郊の小さなベッドタウンだが、彼のリアルな生活空間である自宅もこれまたユニーク。通りに面したアパートメントの裏に接合してたてられていた粗末な建物を解体し、3年かかって構造体以外はすべて自分で少しづつデザインし立て直した...橋の下の隠れ家KirstenDirksenのyoutube映像から

  • 忘れられた巨人シリーズ Kirsten Dirksenのyoutube映像から

    https://www.youtube.com/watch?v=g73esx9z37sトップ映像の野原や森林のあちこちに置かれたいろんなポーズの巨人像にまずびっくりした。登ったり、滑り台にしたり、くぐり抜けたりして、夢中になって遊んでいる子供たちの姿が見られる。もっと驚くのは、これら6つの魅力的な巨人像がすべてコンテナなど廃材のみで作られていることだろう。デンマークのトマス・ダンボ(と二人の従業員)は、通勤途中はもちろん、ビッグシティ、コペンハーゲンの街中のゴミ集積場所や大きなゴミ箱や建築現場、マーケット、フェスティバル会場などを漁ってあらゆる使えるゴミを集めてくる。運転免許をとる時間もトラックを買う金もないので、それらを運ぶのはもっぱらリアカー付きの自転車である。ワークショップのための倉庫には、それらありとあ...忘れられた巨人シリーズKirstenDirksenのyoutube映像から

  • 縄文の炎・藤沢野焼祭2019 8/10(土)〜11(日) 一関市

    44回を迎える藤澤野焼祭りに今年も参加した。これに参加しないと夏は終わらない。しかし、例年ほど熱くなれなかったのは、比較的涼しかった天候のせいばかりではない。いつもの窯焚きメンバーであり古くから付き合いのあるW氏や90歳(たぶん)のK氏が体の不調ゆえに参加しなかったのが大きかった。しかし、W氏から預かった作品は窯に入れた。そこで翌朝5時過ぎにはいそいそと起き出して、鎮火した窯へ作品取り出しのため向かった。そこにはすでに窯から取り出した作品を眺めているH氏がいた。H氏は毎年縄文土器のレプリカを作り続けている。その力あふれる作品を見て並みの情熱ではないなあ、と思っていた。しばし、その彼と話す機会を得た。彼は各地に赴いて実にたくさんの縄文の出土物を見ている。縄文街道と言われる群馬では、見事な火焔土器に触れさせてもらっ...縄文の炎・藤沢野焼祭20198/10(土)〜11(日)一関市

  • 平福百穂展 7月13日(土)〜9月1日(日) 宮城県美術館

    突然目の前に出現した「もの」に驚いた。タイトルには「七面鳥」とある。それが今まさに六曲一双の屏風の上を、体を膨らませたりデフォルメさせながらコロコロと動いているようで、見る者もその動きとともに余白のうちに巻き込んでしまいそうだ。一般の絵の概念、それも流派に分かれ、チマチマとした約束事に縛られた日本画という狭量なカテゴリーなど、吹っ飛んでしまうような、命あるもの実相をまさに写し取ってダイナミックな存在感がある。これを見られただけでこの展示会に来た甲斐があったと思った。平福百穂というと、どのような作品を描いた作家なのか皆目知らなかった。角館にありながら中央画壇でも大家として業績を残した経緯から、地元を中心に過大評価されているのではとも思っていた。展示会の案内チラシの代表作とされる小さな作品写真からは、やはり表面的な...平福百穂展7月13日(土)〜9月1日(日)宮城県美術館

  • 馬渡裕子展 5/3~6/16 リアス・アーク美術館(気仙沼市)

    昼間に我々が経験したことや見たことは無意識層の中に積み上げられ、夢の中で唐突に予想外のイメージとなって蘇ることがある。馬渡さんの絵は、この夢のイメージをスナップショットのように、キャンバスに定着させたもののように見える。しかし、夢の形や色をそのまま写実することは難しい。なぜなら夢は眠っているときの脳の働きによって生まれる極めて主観的な閉じた体験だからである。目が覚めて我々は夢の片鱗を元にそれを再構築しようとするが、それはすでに意識の世界の出来事であり、「そのような夢を見た」と言ってるに過ぎないのかもしれない。まして、色や形を正確にとなると‥‥さて馬渡さんの絵についてである。そう言うことだから、その一見夢のように見える世界は、精神分析の対象になるような夢の報告ではなくて、画家が意識的に作り出した世界ということにな...馬渡裕子展5/3~6/16リアス・アーク美術館(気仙沼市)

  • 佐立るり子「デジタルと感覚」5/28~6/9 Gallery TURNAROUND

    コンピュータのデジタル環境で作られたものであっても、モノとして出現するときにはアナログとして存在し始めなければならない。佐立氏がトライしているように、コンピューターソフトで作られたものでも、出力時点では紙や布といったアナログ素材を抜きにしては存在できないからである。故に「純粋デジタル」というのがあるとしたら、我々の脳内にしかあり得ないし、それは純粋には取り出し得ないし、我々が五感で触れて見れるものは「デジタル的なもの」でしかない。だから問題があるとしたら、目の前の驚くべき現実を忌避して、別の現実(バーチャルリアリティ)を創り出せると思っている、本質的にイデオロギーの発生装置である脳に実装された宿命的な指向性の問題なのであろう。しかも、そのような「脳化」の方向は、世の権力を後ろ盾としている。そういう指向性の強い人...佐立るり子「デジタルと感覚」5/28~6/9GalleryTURNAROUND

  • 第6回とうほく陶芸家展inせんだい開催にあたって 東北の地から、暮らしに美と潤いを与える器をこれからも。

    東日本大震災の2年後、2013年、当展示会は、窯の倒壊など被災した陶芸家を支援する取り組み(東北炎の作家復興支援プロジェクト)の一つとして開催されました。展示機会を失った陶芸家たちに展示場を提供し、そこでの作品の展示販売が、作り続ける気持ちを応援し、復興に必要な経済的支援につながればとの思いがありました当初は、伝統窯、個人窯の作品の展示販売だけでなく、ネットを通して取り組みを知った英国の陶芸家グループ(Kamataki-Aid)から寄せられた作品をオークション販売したり、結局は厳しい状況の中廃業せざる得なくなりましたが、江戸初期から続く相馬駒焼(東北最古の登窯は、整備され、相馬市によって現在一般公開中)の支援をアピールしたり、啓発的な企画を加えておりました。現在はシンプルに作家との交流を図りながら、作品を選んで...第6回とうほく陶芸家展inせんだい開催にあたって東北の地から、暮らしに美と潤いを与える器をこれからも。

  • 横山崋山 4/20~6/23 宮城県美術館

    入り口を入ったところに墨画の蝦蟇仙人図が2幅かかっていた。右が横山崋山、左が曽我蕭白である。曾我蕭白は横山家と交流があった画家で、父の横山喜兵衛宛の書簡も展示されていた。これが何とも不思議な魅力を持ったいい字なのである。さて、蝦蟇仙人図は一目瞭然、曽我蕭白の方がいい。迫力に歴然とした違いを感じる。崋山の蝦蟇仙人図は蕭白のこの絵の本歌どりのわけだが、雷神図において光琳が宗達に叶わない以上に見劣りがする。足や衣の位置を変えたりして崋山独自の蝦蟇仙人にしようと努力しているのだが、また技巧を凝らして丁寧に描いているのだが全体的にちんまりまとまっていて弱々しい。それでもこれは若い時の作なのでだんだん面白くなって行くのかなと思い期待しつつ見ていったが、そして橋本雅邦風の濃淡画法にこの作家独自の魅力を次第に濃厚に開花させて行...横山崋山4/20~6/23宮城県美術館

  • いつだって猫展 4/19~6/9 仙台市博物館

    帰ってきていつになく疲れを感じた。一緒に行った私の娘も同じことを言っていたから、必ずしも年のせいだけではあるまい。ゴールデンウィークが始まったばかりで、天気が良くて、思いのほか博物館が混んでいたせい?しかも、左右に振り分けられた狭い展示場にこれでもかと詰め込まれた作品を、うねうねとした列に連なりながら見たせいか?それもあるかもしれないが、主たる原因はそうではないと思う。絵自体に疲れたのだ。何しろこれでもかこれでもかと猫の図像を見せられた。それもパターン化された大量の猫キャラの図像である。連続で猫のアニメーションを見せられたようなものだ。または猫をアイキャチにした広告チラシを次々と見せられたようだ、と言うのは言い過ぎだろうか。しかし、まあ、猫だけに限ってもこれだけの量の図像を生産し続けた江戸時代とは何だったのだろ...いつだって猫展4/19~6/9仙台市博物館

  • 古田愛美 『私がいなくなる時』 4/23〜28  ギャラリーTURNAROUND  

    ギャラリーターンアラウンドのそばを自転車で通りかかった。窓際にオーナーの奥さんが立っていてなんとなく目があってしまい、立ち寄ることになった。白い手で呼び入れられた訳ではないが、「アミナダブ」の主人公よろしく、こういう時は素直に従うことにしている。展示していたのは、美術大学を卒業して2年という若い女性木彫家の作品である。入り口には船越桂風に部分着色された彫刻がある。ポストモダニズムを経過した若い世代には船越保武より、やはり息子の桂の方が圧倒的な影響力を持っているのだろう。しかし、神なき時代、ブリューゲル親子のような、アノニマスな継承は受け入れがたい。個性的であることが芸術の至上命題である時代であるから、作家は当然別の個性の発露を欲望する。はじめはおずおずと控えめに、聖者とは違う、普通の人間の装いをまとわせ現代を生...古田愛美『私がいなくなる時』4/23〜28ギャラリーTURNAROUND

  • 野中光正 昭和45年東京下町素描集II 序文

    1971年、当時西新宿に超高層ビル群を次々出現させつつあった、急激な社会変化の波は、戦後の強烈な生活の匂いが漂よう下町の風景をも、かろうじて余命を保っていた江戸の面影もろともに、一気に消し去ろうとしていた。同じ頃、野中が描いた東京下町の姿は、まるで幻の生き物のようで、建物は喘ぎ揺らいで見える。ためらいのない筆の運びで、大胆に省略が施された風景描写は、一瞬の若い魂のエッセンスと陰影を映しつつ、誰もが逃れ得ない無常の真実を浮き上がらせている。これらの風景が、包装紙やレコードの宣伝帯、薬の袋、書店の注文票など、生活の中で出会う雑紙の切れっ端に描かれているのに驚きつつ、一層の興味を引かれる。現場にそれら多様な肌合い、色合いの紙を持参して、その場で風景にふさわしい材料を選んで描く。その独特な手法に心に働きかけてくるものに...野中光正昭和45年東京下町素描集II序文

  • 充ち来るもの  Loving Vincent を見て

    鳥のさえずりは彼らを充たしているものが何であるかを問わず語りに物語っている。それらは、暗闇に出会っては沈黙をし続けるもの。私のうちには哀しみをもってしか未だ存在しえぬものだが、見えない風や光の兆しに幽かに感じても指の先からたちまち零れ落ちてしまう。あえかに思われて幼子の眼差しと笑顔のうちにここに満ち充ちて確かに存在していると感じられるもの。繰り返し押し寄せては詩を孕ます追憶の波頭を越えて決して歌ではない!心の奥に秘せられたシンバルよ、高らかに鳴り響け!智恵においては知り得ぬ満ち充ちて来るものを迎えるとき。LovingVincentは、世界中から100人以上の画家が集い、フィンセント・ファン・ゴッホのアルルでの最期の日々を、1コマ1コマ、ゴッホの油絵タッチで描いた長編アニメーション映画である。最新の研究からゴッホ...充ち来るものLovingVincentを見て

  • 野中光正&村山耕二展 生成と変容 9月21日〜26日 東北工業大学ロビー 企画/杜の未来舎ぎゃらりい

    少しでも多くの方に見てもらいたい、との思いで、今回は皆さんにも立ち寄りやすい一番町の東北工業大学ギャラリーで以下展示を企画いたしました。野中さんについては人物と画家としての生き方も含めて惚れ込んで10年近く毎年のように展示会を開いています。少しでも流行や西洋の借り物ではない彼独自の抽象を理解し評価してくれる人が増えてほしいと願っています。村山さんとも付き合いが長いですが、そのオリジナルを作り出す勇気とユニークな才能にはいつも感服させられています。1970年、20歳前後、野中は東京下町の風景を憑かれたように描いた時期があった。この今なお見る者に迫ってくるリアリティの質は、30歳前後から手がける版画の技法を駆使した「抽象」(ミクストメディア)においても変わらない。野中が自分にとって「具象」と「抽象」の区別はない、と...野中光正&村山耕二展生成と変容9月21日〜26日東北工業大学ロビー企画/杜の未来舎ぎゃらりい

  • 古代アンデス文明展 7/29~9/30 仙台市博物館

    娘がいささか興奮気味に帰って来た。「おとうさん、すぐ見に行って。美術なんてものがぜ〜んぶぶっとんでしまうよ」。というわけで翌々日には世界中を覆う殺人的なヒートウェーブの最中、自転車をこいで3つ橋を渡り博物館に行ってきた。そこで展開されているのは、人類の夢の世界であった。しかし、それは女性が思い描くようなアワアワとしたメルヘンの世界ではない。動物と人間が接続し、生首が飛び、恐ろしい神が幼児の捧げ物を所望するような想像を絶する悪夢の世界であった。先週見たばかりの「ディズニー展」とはえらい違いだ。しかし、この「蒼古的な」(この言葉久しぶりに使う。大学の学部時代ユング派の心理学者の講義で聞いて以来のこと。)夢は、人類に通底する原初にあった夢なのであり、怖い世界であるがどこか脳神経系が発達しすぎて窒息しそうな頭を、曇天の...古代アンデス文明展7/29~9/30仙台市博物館

  • ディズニーアート展 6/16-9/13 宮城県美術館

    地方の美術館は特別の企画がない平日にいくと、どこもガラガラでゆったりじっくり作品を見れる至福を味わうことができる。もともと集客なんて自分たち研究者の仕事とは毛頭考えていない学芸員にとっては天国であろう。だが、そうはいかなくなっている最近の厳しい財政事情がある。美術のことなんてまったく興味のない納税者にすれば、なぜこんなところ(とりわけチンプンカンプンで説明抜きでは成り立たない現代美術、説明すらできない抽象画など)に税金を投入するの、ということになる。だからすべて出展交渉等お膳立てをして、協賛協力企業もはりつけて、マスコミ各社も両手をあげて応援します、何しろあの膨大な既存マーケットを持つディズニーアニメの世界ですから、子供たちはもちろん家族ともども熱心なファンが夏休みのこの時期に大挙押し寄せ成功間違いなしですよと...ディズニーアート展6/16-9/13宮城県美術館

  • 第5回とうほく陶芸家展inせんだい開催にあたって 手の人が作る小さな器が巻き起こす生活の微風

    昔ながらの器がなかなか売れないのは、和の生活が消えてしまったことにあると誰もがいう。確かにめったに膝を折って食事をすることはなくなった。しかし、だからといってそこで長い間積み上げてきた器のかたちや厚みや重さや色彩の感覚を捨てていいということにはならないと思う。伝統の窯を交えて、この展示会を続けて行く意味のひとつは、そこにある。これまでの器に受け継がれてきた蓄積を大事にしつつ、流行に流される器でなくて、現代の生活に根ざした「使える器」を作り続けて行く、その道筋と環境がこの展示会でのお客様との対面、そして作家同士の交流の中から生まれて来てほしいと願っている。ここに集まっている作家は、いずれも器を作って売ることを生業として、またそうありたい(正直厳しい世の中だから必ずしもそういかない現実がある)と思っている作家たちで...第5回とうほく陶芸家展inせんだい開催にあたって手の人が作る小さな器が巻き起こす生活の微風

  • 予告 野中光正&村山耕二展  2018 6月14日(木)〜23日(土)杜の未来舎ぎゃらりい 

    創るもの、生まれるもの。このふたつがうまくミックスされ、バランスされたところに作品が生まれる。創り込みすぎてもだめ、生まれたままでもだめ。作品として成り立つには、分かたれないひとつのもの=美として成立していなければならない。このふたつを絶妙にバランスさせるものは何か。神というか、自然というか、それは人間の知恵においては、永遠の謎なのだが、作家のモチベーションの大元にあるのものに違いない。個性も年齢も出自もすべてが違うふたりが年に一度の展示会で出会い続けられるとしたら、この共通点においてだと思っている。村山の作品は、日本からモロッコまで、世界を巡る幅広い行動力から生まれてきている。無辺の大地から抽出されたエキスが感界で捉えられ、美とつながる野生の思考に育まれ、手の内でいのちあるかたちとなって吹き出している姿を見る...予告野中光正&村山耕二展20186月14日(木)〜23日(土)杜の未来舎ぎゃらりい

カテゴリー一覧
商用