記憶のなかから立ちのぼってきた、なつかしい声を聞く。自分の、保育園に通っていたころの声だろうか。あどけなくてふわふわとした、高い声。「あいりせんせい、けっこんしたの?」「そうだよー、ひろくん」「ええとねえ、ええっと……でめとー?おでめとー?」「わあ、ありがとう」 応じる保育士の声がふっといたずらっぽく揺れた。「ひろくんはだれとけっこんしたいかなぁ?」「だれと?」「けっこんは、すきなひととずうっとい...
BL小説『いつか君に咲く色へ』連載中です。人の感情を色で把握できるDKとその色をもたない同級生のおはなし。ゆっくり恋になっていきます。
『ありえない設定』⇒『影遺失者』と『保護監視官』、『廃園設計士』や『対町対話士』(coming soon!)など。…ですが、現在は日常ものを書いております。ご足労いただけるとうれしいです。
3月の結果発表の日は僕までもありとあらゆることが手につかず、英語の単語小テストで歴代最低点を叩き出したり(先輩たすけて)、学食でカレーうどんとカレーライスをまちがえて注文してしまったり、やることなすことそんな感じだった。世界が自分からすこしずれて、ふわふわと足の裏が地面についていない感覚がある。午後3時きっかりに机の下でこっそり見張っていたスマホに先輩から『合格』とかえってそっけないほどの報告が入...
先輩が借りてきてくれたDVDをマンションのリビングで並んで観る。寄り添うように座っているので、ニットを着た右腕が先輩の左腕にくっついていて、いまさらだけれどそれだけのことに胸が騒いだ。画面を流れゆく洋画コメディーに春の終わり、先輩のクラスが演じた劇を思い出した。「学園祭の時の先輩のクラスの演劇、おもしろかったです」「俺は、脚本だったけどな」「……脚本」「なんでそんな顔なんだよ」だってすごい。2年後に演劇...
ほんとうは家族で過ごすはずだった翌日の午後4時、姉さんに「ちょちょ、ちょーっと急に用事が」と平謝りに謝って家を飛び出した。駆け出す背中に「彩里!あんたはまたそうやって彼女がいるのを自慢して!」とちょっととげとげした声がぶつかってくる。いいえ、彼氏です。会える、会える、先輩に会える。わくわくが胸のなかでポップコーンみたいにはじける。マフラーの下でこみ上げる笑みを隠せない。実秋先輩に抱きしめてもらえる...
《冬》本格的な受験シーズンの到来とともに、実秋先輩はほとんどキシャツーすることがなくなった。朝、電車に乗っても先輩はいない。校舎のどこをさがしてもいない。わかっていたことだけれど、訪れてしまうと膝から崩れ落ちそうなほど寂しかった。それでも毎日LINEでメッセージのやり取り(邪魔になってはいけないので『おはよう』と『おやすみ』だけで我慢している)をしている。12月も半ば、姉さんと一緒に父さんと母さんへの...
またすこし、息が苦しい。ときどき、気が遠くなりそうになります。だれもわたしを愛さない。わたしはだれの必要にもなれない。それよりなにより、わたしがわたしをこの世界に必要な存在だと思えない。なんでもいい、どんなことでもいいから、自分を肯定できるなにかがあれば、こんな気持ちにはならないのでしょうか。考えてはいけないことを、また、考えてしまっています。溺れるってわかっていながら水に飛び込むカナヅチみたいに...
山道をごとごとと進んで公園に到着しバスを降りると、さすがの広さもあって車内ほどには混み合っていない。あたりをきょろきょろ見まわしていた先輩がちょいちょいと僕の肩をつつく。「彩里、あっち行こうぜ、滝があるって書いてある」先輩の指さすほうにはなるほど、滝がある旨を示した木の看板がある。20分ほど案内板にしたがって歩いていくと(先輩は涼しい顔で歩くけれど、なかなかどうして山道だった)だんだん樹で覆われた...
「どっかって、どこに?」『どこでもいいよ。彩里の好きなところ、どこでも行こう』「それじゃ、先輩の誕生日の意味がない」『それでもいいよ。彩里、どこに行きたい?』デートプランなど練ったことのない頭で必死に考える。なかなかどうして、これは難儀だ。先輩が僕を海に誘ったときはどんな気持ちだったんだろう。こんなふうにどきどきしただろうか。しばらくお待ちください、というと先輩が爆笑した。ふっと近場の山の中腹にあ...
秋の気配が濃厚な坂道を一気に下り、ベスと母さんの待つ動物病院に到着した。また連絡するよ、と言い置いて、先輩がもと来た道を漕いで登っていくのをちょっとだけ見送って、院内に飛び込んだ。「彩里!」待合にいた母さんがぱっと立ち上がり、僕の顔を見て「髪の毛そんなにぐしゃぐしゃにして。走ってきたの?」と尋ねた。申し訳が立たないことに、これは先輩が行為のあいだにしたことだ。うん、まあね、とあいまいに返事をして「...
秋の中間考査が終わり、そのあとに続く合唱コンクール、遠足とつぎつぎに学校行事をこなしている間にも、実秋先輩と過ごせる高校生活の終わりは近づいてくる。聞きたくない足音ばかりが耳につくのはなぜだろう。したくもないカウントダウンをしてしまうのはどうしてなんだろう。知り合って、打ち解けた初めからわかっていた。実秋先輩とは少なくとも二年、離れ離れになること。でも、恋人どうしになれるなんて思っていなかったから...
「でも、だけど、実秋先輩がいなくなるのは、耐えきれないくらいさみしい」先輩は一度だけゆっくり目を閉じた。そしてその目をすぐに開けると、置いていくみたいだな、と困ったようにつぶやいた。僕は先輩との思い出の詰まった電車に揺られて、先輩のことを思い出しながら二年通学して、そして。突然、訊くのをすっかりわすれていた重大なことを思い出した。「そういえば、どこの大学受けるの?」実秋先輩が盛大に噴き出した。「い...
《秋》朝の電車のなかで、そっと重なっている先輩と僕の指をだれも咎めない。古典の単語帳に目を落としていた先輩が、不意に話しかけてくる。「彩里とこうやって通学できるのもあとちょっとだな」ひゅるりと一足早い北風が心を通り抜ける。冬になれば大学入試のための特編授業で実秋先輩の通学は不定期になる。うん、と答えて重なった指をそっと絡めた。寂しさはそばにいることでしか埋め方を知らなかった。あのあと。夏、旅館での...
びっくりするような快感といっしょに、指一本できつかったなかがほどけていくのが自分でわかった。キスされたり乳首を食まれたりしながら、指を増やされ、ローションを足され、時間をかけてさんざん弄った僕の後孔のなかで先輩が指をまだ遊ばせている。めちゃくちゃに、気持ちがよかった。声を我慢できない。聞こえるはしたない水音も鼓膜を震わせれば性感に転化するのはなぜだろう。「彩里、はじめてなのに、こんなにはやく馴染ん...
必死でふうふう息を整えていると、実秋先輩がいとおしげに僕の汗だくの前髪に触れた。たったそれだけで、たった髪の毛に触れられただけで照れていた春の終わりからは考えられないいまがある。髪をなでながら先輩が言う。「脚、もっとひらいて。彩里」その姿勢を想像すると恥ずかしくて蒸発できそうだったけれど、先輩の声がどこか祈るように聞こえたので、素直に従った。それでも先輩が立てた膝のあいだに割り込んでくると、いたた...
押し倒されたふとんの上で実秋先輩を見あげる。僕にのしかかっている先輩は見たことのない顔で、僕のシャツのボタンを上からゆっくり外していく。胸をすっかりはだけてしまうと、またキスされた。そうしながら首筋や耳たぶを指で撫ぜられるととても気持ちよかった。先輩の唇がすこしずつ下のほうに移動し、僕の胸にたどり着く。乳首にキスを落とされると、たしかな快感が走った。実秋先輩は少しほっとしたように笑うと、そこに歯を...
「彩里、行こう」ふっと唇を離して実秋先輩が言う。片割れをなくしたように、濡れた唇がすうすうしてさみしい。行くってどこに?と間抜けに問うと「部屋に戻るんだよ」と先輩は旅館のほうを指さした。「ここだと、いつ人がくるかしれない」「……え?」「彩里、なぁ、うんといやらしいことしよう、な。気持ちいいことしよう」僕が思いきりうなずくと、先輩はよくできましたというふうに僕の頭を撫ぜた。花火の後片付けを終え、薬局で...
「僕も、先輩のしてくれたことぜんぶ、うれしかったです。先輩が好きです。もっと一緒にいたいと思ってます」金魚すくいの簡易屋台にきてくれたこと、髪の毛に触らせてくれたこと、廊下で光のような声で呼び止めてくれたこと、かわいいだろ、と言ってくれたこと。そしてなにより、毎日キシャツーで僕に笑いかけてくれたこと。記憶はあふれるばかりで、そのひとつひとつを伝えると泣いてしまいそうだった。突然に思った。あと、半年...
言われた言葉の内容より、その口調にまずびっくりして、言葉を失った。内容に、さらに返す言葉が迷子になってしまう。「彩里、ごめんな。ほんとうはこれ、出かける前に言っておかなきゃいけなかったな」「どうして?」「察しろよ。俺は」先輩の声が宙でほどける。ややためらうような間のあとで、深く長いため息をつくように先輩が言う。「俺の好きなやつは彩里なんだよ。お前が好きだ」ストレートな告白に呆然ととする。嫌悪じゃな...
宴会場での夕飯は確かに豪勢だった。お造りも天ぷらも、固体燃料で煮立った小鍋も海鮮尽くしで、先輩と僕は「うまいな、これ」「そうですね」と次々平らげていった。「彩里、なんでイクラよけてんの?苦手?」「ううん、むしろ逆です。好きすぎて最後にとっておきたい」実秋先輩が嚙み殺した声で、子どもみてえ、と笑った。すっかりお腹いっぱいになって、部屋へ戻ろうとすると、実秋先輩が言う。「彩里、花火したくね?」「花火?...
部屋のドアを開けると、冷房の心地よい風が全身を包む。思わず、ため息が漏れた。「涼しい!天国のそよかぜみたいですね」「さっきまで天国のプールで泳いでるみたいな顔してたくせに」僕は座卓の座布団に膝を抱えて座り、先輩は窓際の椅子に陣取った。先輩の向こうに夕暮れの海が見える。「先輩、お腹すきましたね。お菓子持ってくればよかったです」「そりゃお前、あんだけ泳げば腹も減る」実秋先輩はあきれたように言う。さっき...
実秋先輩がひらひらと手を振って海を示す。「ほら、はやく泳いでこいや。ここで見てっから」「先輩は泳がないんですか?」「俺、日に焼けるとひりひりしてつらいの」「えっ、じゃあなんで海に?」「しいて言えば」と実秋先輩は僕を見て、ゆっくり瞬きした。「彩里と過ごした、夏の思い出がほしかったから」めずらしく照れたようにうつむいて追い払うしぐさをするので、僕も恥ずかしくなって「いってきまーす」と海に駆け出した。実...
「チェックイン済ませてくるから、彩里はここで待ってろな」「ありがとうございます」フロントに向かう実秋先輩の後ろ姿を見送り、キャリーケースの持ち手に腕と顎を乗せてロビーの椅子に座った。畳の香りがして、なんだかなつかしい気持ちになった。おばあちゃんの家にきたみたいだ。先輩はフロントで受付の人と和やかになにか話している。ぼんやりとその背中を眺めていたら、くるりと振り返った。「彩里、おいで」ちょいちょいと...
待ち焦がれて、緊張と高揚でアラームよりずっと早く目が覚めた出発当日。駅に現れた実秋先輩は、黒のスニーカーにブラックデニム、黒のTシャツ、と上から下まで真っ黒けの全身黒づくめで、テンションのおかしな僕はそれだけで笑いが止まらない。僕の服装はジーンズに犬のワンポイントの入ったシャツ、青いスニーカーだ。「先輩、それ、サングラスかけたら職務質問が入る格好ですね」「うるせいやい」先輩といつもの電車に乗り込む...
姉さんの疑りぶかいまなざしを真正面から受け止める。「同じ高校の、先輩で、男」ひと言ひと言区切るように言う。そう、といった姉さんはまたにやにや笑いだした。「かっこいいの?」「うん、すっごく。いろんなこと知ってて、バスケがうまくて、僕の話をちゃんと聞いてくれる」実秋先輩のことを話し出すと、思わず知らず声が弾む。僕の表情をじっと見ていた姉さんは「へーえ?」と一言言い放ち、自室へ引っ込んだ。しばらく戸棚を...
その晩。実秋先輩から連絡がこないかなぁという期待のせいで、僕にしては珍しくスマートフォンばかり触ってしまっていた。ふだんは本を読んだり、DVDを観たりして暮れる夜を、電子機器がかわりに埋めていく。だんだん眠くなってきて、もうそろそろ寝ようかなという頃合いにスマホが実秋先輩からのメッセージを受信し、僕はぱっちり覚醒した。ぽこんという音とともに現れた『彩里、ここだぜ』というメッセージの下の海水浴場の地図...
「なぁ、彩里。海に連れて行ってやろうか」窓の外をみながら、ぽつんと先輩が言った。突然だったので、流れとして言葉がつかめない。おうむ返しに聞こえた単語を繰り返す。「……海?」「俺と海に行かないかって誘ってる」「行く、行く!行きます!日本海でも太平洋でもオホーツク海でも!」やっと理解が追いついて、さっきまでのしおらしい気持ちが一瞬で吹き飛んだ。テンションの乱高下の激しいやつだな、と先輩は低く笑い、じゃあ...
シートに腰を下ろすと、実秋先輩とまっすぐに目があった。なぜだか逸らしたくなるのをこらえて、僕を見る目を見返す。はじめはからかうように細められていた先輩の目がふっと凪ぎ、やわらかくてやさしい表情をともした。「で、彩里。お前は何が言いたい」「えーっと、えーっとですね、今度は僕が先輩の髪の毛に触ってみたいです」「は?」「きのう、バスケの試合中の先輩の髪がとてもきれいだと思って。だから」照れたのかそれ以上...
《夏》梅雨が明けると今度は球技大会がある。(その前にあった考査とその惨憺たる結果については遠く忘れてしまいたい)くじ引きで僕はバスケットボールに振り分けられた。球技全般が世も末という勢いで不得手なので、コートの隅っこで、できるだけボールが飛んできませんように、あわよくばだれも僕に気づきませんようにと祈りながら極めて消極的に試合に参加(参加って言えるのだろうか)していた。前半戦が終わって、ネットで区...
六月に入ると一気に空気が湿り気を帯びる。梅雨入り宣言が例年より二週間近くはやく発表された。僕が電車に乗ると、実秋先輩はいつもの席でいつものようにだるそうな姿勢で僕を見上げ「彩里の髪、癖がなくてうらやましいな」と言った。先輩の髪はわずかに波打っていて端っこがちょっとはねたりしている。先輩、くせ毛だったんですねと言うと、この時期だけは手に負えねえと悔しそうに返ってくる。口調でわかる。どうやら本気で悔し...
校舎のなかではじめて実秋先輩と偶然にすれ違ったのは、僕がもっと実秋先輩と過ごすにはどうしたらいいんだろうと、そんなわがままなことを思いはじめたころ。梅雨時に入るちょっと手前の春の名残の光の差し込む、昼休み明けの教室移動のときだった。先輩は5、6人の友達と一緒で、先に気がついた僕がちいさく会釈をして通り過ぎようとすると「彩里!」と屈託なく手を振ってきた。光のような声だった。小柄な先輩の友達が怪訝そう...
五月の連休明け、二日間にわたって学園祭がある。僕たちのクラスは多数決の結果で金魚すくいの屋台を運営する運びとなった。いつもの電車に揺られながら、実秋先輩は「俺らは一年のとき、駄菓子屋だったな」と言った。「ことし、実秋先輩のクラスは何やるんですか?」「三年生は演劇、うちのクラスは去年大流行したドラマのギャグパロディーをやる」「えっ、おもしろそう。観てもいいですか?」「なんで俺の許可がいるよ」「だって...
それから僕と実秋先輩は毎朝、乗り換え駅までのキシャツーのあいだ好き勝手にしゃべったり笑ったりして過ごした。大人が見たら眉をしかめるだろう勢いで。実秋先輩は知識と話題がとても豊富で、話していて飽きるということは全くなかった。対等に接してもらっていることが、こそばゆくて、誇らしかった。毎日何を話そうかと朝から心のなかの淡い水色の風船が膨らみ切っている。「休み、なにしてんの?」と実秋先輩が聞いたところか...
「で?彩里、入学式はどうだったよ」翌日、実秋先輩が僕に尋ねた。実秋先輩相手に意地を張ってもしょうがない気がしたので、正直な感想を述べる。「高校入試が終わったばっかりなのに大学の話をされて、人生って延々とこんな感じなのかなってびびりました」僕の返答のどこがおかしかったのか、実秋先輩はまたげらげら笑った。お前どうしてそんなにいちいち俺のツボなの、と言って。姉が僕と同じタイミングで受験生だったんですけど...
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記憶のなかから立ちのぼってきた、なつかしい声を聞く。自分の、保育園に通っていたころの声だろうか。あどけなくてふわふわとした、高い声。「あいりせんせい、けっこんしたの?」「そうだよー、ひろくん」「ええとねえ、ええっと……でめとー?おでめとー?」「わあ、ありがとう」 応じる保育士の声がふっといたずらっぽく揺れた。「ひろくんはだれとけっこんしたいかなぁ?」「だれと?」「けっこんは、すきなひととずうっとい...
煙草の煙が漂ってくると、パブロフの犬もあきれ返る勢いの反射で彼のことを思い出す。僕を抱いた後は煙草が吸いたくなるといった彼。ゆうらりとくゆる一本きりの煙の時間をひっそりとベッドのなかから見守っていた。眼鏡をかけるほどではない軽い近視だった目が、遠くを見るように眇められる、それが色っぽくて好きだった。あの視線が、なにを映していたのかを僕が知るすべはもう、どこにもない。 よく晴れた冬の日曜日の昼下が...
「お疲れさま、ふたりとも。先にあがるね。あ、そうだ!透琉(とおる)くんに教えてもらったレシピ、このまえ試してみたの」「うわあ、ありがとうございます!どうでした?」「レンチンでぜんぶ作れちゃうのね、時短わざは透琉くんに聞けってね」 はじける笑い声を歩生(あゆむ)は背中で聴く。話題そのものに、ものすごい遠心力で弾き飛ばされたのを感じる。相容れない、水と油のように。 バイト仲間の透琉はモテる。主に、パー...
ルーティンというものは破られたときのほうが、守られたときより「そこにある」ことを主張しはじめる。 由糸(ゆいと)の場合、ウィークデーならこんな感じだ。決まった時間に起きて、毎朝飲むサプリメントを服用し、軽く胃に食べものをいれて出勤。帰ってきたら食事のまえに簡単に風呂をすませ、休日に作り置いた数品やスーパーの半額シールの貼られた惣菜で夕食をとって、本や新聞をめくり、だいたい日付が変わるころにベッド...
こんなことでもなければ、20代でふるさとの地をもう一度踏むことはなかっただろう。 視線をめぐらせ見あげる空から、気まぐれに三月の雪が降ってくる。そういえば、この地では死んでいく冬が最期の力を振り絞るように、こんな雪が降ることがあるのだった。襟足から容赦なく冷気が忍び込んでくる。薄手のコート一枚でやってきたことを後悔した。音もなく降る雪に、無沙汰を咎められている気がして、柚希(ゆずき)はちいさく肩を...
もうなにも出ないから、もういいから、と訴えても、やめてもらえなかった。なかの刺激がよくてよくて、無意識にまだ、とかもっと、と口走ってしまうたびになんども奥に射精された。なにも出ないままでいかされたとき、脳髄ごとけいれんを起こすような快感に絶叫した。溺れそうで苦しくて、苦しいことがしあわせだった。 果てのない交合が終わったのは、夜明けちかかった。あちこち痛む身体をなだめすかして起き上がると、響生が...
だから、何のためらいもなく響生の指が後孔をうかがってきたとき、興奮よりも恐怖を覚えた。肌はほてっているのに血の気の引くような、ふしぎな感覚。「ねぇ、ひびきさ……っ!あの、ねぇ、その、……ほんとにできる、の?」 響生が無言で陽詩の手を掴む。そのまま導かれた先の熱に反射的に指先がびくっとした。「陽詩にあれだけしといて、俺のが無反応とかそっちのほうが変態くさいだろ」 軽く笑った響生の指が体内にもぐりこんで...
「すごくいまさらなこと訊くけど」 ベッドサイドのあかりだけが生きた仄暗い部屋、ベッドの上で陽詩がせがむままのキスをしながら、響生が問う。「陽詩くんって、ゲイなの?」 陽詩は答えないまま、自分にのしかかっている男に口づけをねだる。スプリングをきしませながら、なかばもう自暴自棄なのか、響生が熱心にそれに応じた。「こういうキス、したことある?」 響生は舌先だけを陽詩の舌にからめ、誘い出した。ふたつの唇の...
数日後、響生が住むアパートの最寄り駅の改札で、陽詩は姉の恋人の帰りを待っていた。 ここで、姉といっしょに響生を待ったことがある。あの夜は、三人でたこやきパーティーをした。姉はとても楽しそうにはしゃいで、そんな姉を響生がやさしい目で見ていた。 そして今夜は。陽詩は、墨を流したように暗い空を見上げた。 ――……今夜は、後戻りのできない取り引きをする。「陽詩くん?」 背中に、聴きたがえようのない響生の声が...
「ドナーの適合検査……?あの、僕も?」 三日後の朝。ダイニングテーブルをはさんで向かいに座る父親の顔を陽詩が見上げると、父親は「すまないが、検査を受けてくれ。繭子のためだ」と憔悴しきった面持ちでうなずいた。「陽詩がいま、将来に向けて大事なときだっていうことはわかっている。できるだけ、おまえの心身の負担にならないようにはしたいんだが……巻きこんでしまって、ほんとうにすまない」 陽詩は居心地悪く、椅子の上...
ハイレベル模試を全教科受け終わり、家路を辿る途中の自販機で買ったスチール缶のココアを片手に自宅のドアをひらく。いちどきに、重く沈み、暗く淀み、つめたく凍りついた空気に全身を包まれた。家じゅうが閉じた冷蔵庫になってしまったかのような異様な雰囲気にかすかに身震いする。ふっと、このさきの人生には何一ついいことがないんじゃないかという予感がした。 空恐ろしい未来予想を振り払うように、陽詩(ひなた)は精い...
ぽた、と膝に落ちたのが溶けたアイスクリームの雫だったとき、やっと、別れ話をされているのだと理解した。夏の終わりの夜のはじまりはまだ明るく、一瞬でぬるくなった濃紺のうえのミックスミントアイスの色はいかにもすずしげだ。 人工色の緑を指先でふき取り、ふふ、と千緒(ちお)はちいさく笑う。アイスだって。涙じゃなくて。たぶん、650円くらいの値段の恋だったんだ。 涙さえ流す価値さえない恋だったのだと、だれかに...
ふっと、帰ってきている気がした。曇りガラスのむこうに、朝からしとしとと降っている雨の足跡を刻んで。麻杜(おと)は人参をさいの目に刻んでいた手を止め、じっと硝子戸の外の気配をうかがう。犬が甲高く鳴く声、バイクの走り抜ける音。昼下がりの休日の、なんということのない音の光景。きっと、聞いた通りの風景が硝子の引き戸越しには広がっているのだろう。「麻杜」聞こえない声が聞こえる。触れられない腕がそっと手の甲を...
彩葉の目を覗きこみ、清音が感じ入ったように言う。「菅原がちゃんと感じてくれて、すごく気持ちよさそうでよかった」「……気持ちよすぎて頭がへんになるかと思った……。いろいろ見苦しくてごめんね……」 さっきまでの交わりの名残はもう、身体の奥に残るあまい感覚と、シーツを汚しているもろもろの体液にしか残っておらず、彩葉はかすれた声で言うと咳きこんだ。その拍子に後孔からくぷりと清音の放ったものがあふれ、シーツに伝...
「ん、ああんっ、……あぁっ、いい、気持ちい……っ、あ、あっ、……いく、いっちゃう」 清音の歯が乳首をかすめた瞬間、目を閉じ、浮かせた腰をふるわせてさらさらと流れるような射精をする。存分に出したはずなのに強烈な快感は引かず、高止まりのままの性感に彩葉はもうどうしたらいいのかわからない。ただ、身体がそうしたいと思うがままにあられもなく乱れた。荒い息のあいだから、自分を抱く腕に訴える。「あぁぁ……ん、清音、まだ...
じわじわと、清音の性器に浸食されていく。ちっとも怖がらずに清音を受け入れたそこが気持ちよがって、ひくひくと飽きることなくあたらしい異物を啜るのがわかった。ゆるく彩葉を抱きしめ、腰を進める清音が、あっ、とちいさく掠れた声を洩らす。「ゃ……、待って、菅原、……なに、なにこれ」 彩葉の内腑の蠕動を予想していなかったのだろう。とはいえ、彩葉は彩葉で指とは較べるべくもない質量がなかに挿ってくるので、痛苦しいや...
後孔にそろりと最初の指が差し込まれてからどのくらい経つのか、彩葉には判然としない。はじまったころは違和感に清音の指を押し出そうとばかりしていた彩葉の粘膜は、いまや喜んでなかで蠢く指を三本も咥え、啜り、しゃぶっている。ぬちゃぬちゃという粘着質な水音は、清音が彩葉の後孔にたっぷり含ませたローションで。「……だいぶ慣れた?痛くない?」 清音の問いに、枕を抱えて脚をおおきくひらいたまま、声も出せない快楽に...
清音の声で彩葉に吹きこまれるのは慈しみなのに、はっきりと欲情をにじませている。清音が早く彩葉を自分のものにしてしまいたいと思っているのがわかる。だって、唇に優しく口づけながらも清音の手は。「あ、ぅ……ん、あぁ……、んっ、あ」 とうにしとどに濡れていた彩葉の性器に触れる清音の手には、いっさいの躊躇も遠慮もなかった。彩葉が分泌したぬめりを借りて、水音を立てて、反応をうかがいながら追い上げてくる。過ぎた性...
「菅原」「……どうしたの?」「ここ、こりこりになってきた。すごい、指で弄れそう」 したたるような声で言うや否や、清音が指先で彩葉のはっきりと赤みをまとったふたつの尖りをつまんだ。そこから注がれる快感に息を呑んだ彩葉の喉から、うわずった声が迸る。「あ、あぁ、……っ、や……!」 反射的にぎゅっと目をつぶってしまったので、否応なしに触覚と聴覚が研ぎ澄まされる。はっきりわかる。清音にどんなふうに触られているか。...
「菅原、こら、じっとしてて」「ごめん、想像以上に恥ずかしい、これ」「……こら、もう、強硬手段に出るよ」 そう言って、彩葉のパジャマのボタンをベッドの上でひとつずつ外しながら、真上から彩葉を押さえ込んでいる清音が器用に脚で彩葉の動きを封じた。直接、肌に触れる清音の指がくすぐったくて身をよじりたいのに思うように動けない。こんなときなのに笑いだしそうになる。 されるがままにパジャマをはだけられ、素肌に手の...
智伸の目が、ぱちりと見ひらかれた。その背後で、花火が爆ぜる。つぎつぎに、生まれては消える。一瞬、観客を楽しませるためだけにつくられた存在であることに、なんの疑問も抱かずに。「……え?」「智伸がいないこれからを生きていける気がしないんだ。全然しない。俺をわかってくれるのも、受け止めて励ましてくれるのも、もうお前しかいないから、だから……」 みっともなく、声がゆがんだ。 たったひとりで刻まれた不在の記憶...
音と振動に一瞬、地震かとも思ったけれど、昼間の花火の話を思い出す。ふたりの泊まる部屋は海べりからは離れた高台にあるのに、意外なほどふかく響く音に思わず優羽は首をひねって窓の外を見た。「花火、見えてる」 優羽の声に反応して智伸も外を見る。「ここからだとちいさいけど、あれだよな」 智伸は浴衣をひっかけただけの姿で窓辺まで歩いていって椅子に身を沈めた。先ほどまでの余韻でまだだるい優羽は寝ころんだまま窓...
優羽の三度目の射精と、智伸が優羽のなかに飛沫を散らすのが同時だった。 どろりと内腑に智伸の吐きだしたものを感じたとたんに、優羽はまたひどく興奮した。性器をなかから引き抜こうとする智伸に荒い息のすきまから思わず口走る。自分でもびっくりするくらい鼻にかかった甘ったるい声だった。「やぁ、……や、まだ、抜かないで」 なかばで止まった智伸のものがみるみる硬度を増していくので、とっさに口走ったこととはいえ、さ...
「ごめんな、お前、いったばっかりでちょっとしんどいかもしれないけど」 しばらく堪えていた智伸のものが一気に奥まで届いたとき、優羽はすがっていた背中にぎゅっと力を込めた。すこし乱暴なほどの快感が走る。荒い呼吸をそのままに優羽にキスをして、深い場所でつながったまま、智伸がもどかしげに言う。「俺とこうしたこと、ずっと覚えていて……気持ちよかったなって、ときどき思い出して」 優羽の目じりからぽろぽろと涙がこ...
目を閉じる。智伸の荒い息遣いが聞こえるのに、ひどく興奮した。耳からの刺激にあっという間に絶頂が近くなる。「あ、……っ、あっ、や、だめ、出る……いく、から」「俺も、いきそ……っ、ん」 二人分の白濁を手のひらに受けて、あわただしく智伸が優羽の腰の下に浴衣をあてがった。そのせわしなさにすこし笑いそうになる。 忘れない。忘れることなんてできない。夕方の光が仄明るいなかで、カーテンも閉めずにこんなふうに智伸と肌...
ぎゅっと一瞬だけ強く握った手をすぐに離して、智伸が横顔で淡く笑った。はっと胸を衝かれるような、寂しげでうつろな笑顔だった。こんなにがらんどうな笑顔を、ひとはできるものなのか。「お前が好きだよ、優羽。俺がお前を好きだったこと、思い出してくれたらやっぱりうれしい」 風に紛れて聞こえないような声で智伸が言う。馬鹿、と声には出さずに思う。 ぜんぶ覚えておくと言っただろう。つらくないわけじゃない、悲しくな...
ふたりが食べ終わっても店の外には順番待ちの人たちがひしめくように立っていたため、ふたりは早々に店をあとにした。海までの坂道をゆっくりと下っていく。 目のまえを行く男女が仲睦まじげに手をつないで、顔を寄せあってなにごとかささやきあっている姿を、優羽は幾重にも胸がよじれるような思いで見つめた。 こうして智伸と自分が歩いていても、だれもふたりが恋人どうしだとは思わないだろう。 智伸がいなくなったあとに...
花火?と首をかしげた智伸はスマートフォンで何やら検索をはじめる。ややあって、「あぁ、これか。海上花火大会」とつぶやいて画面を優羽のほうに差し出した。 智伸のスマホを受け取って目を走らせる。どうやらこの土地では季節にかかわりなく頻繁に花火が上がっているらしい。「どうする?見に行くか?」 智伸に選択権とともにスマホを手渡す。携帯の画面を眺めながらすこし考えた智伸が「きれいだけど、行かなくていいかな」...
「強くならなきゃ」とちいさくもう一度声にすると、ゆるゆると智伸が首を横に振る。「そのままでいいよ、強くなくていいよ、優羽。俺が好きになったのは、いまの優羽だから。好きなんだよ。弱いとことか、いっぱいいっぱいまで溜め込んで、爆発しちゃうとことか」 自分はどうしたらいいのだろう、と考える。こんなふうに存在を肯定されて、変わらなくていいと言われて。智伸がしずかに目を閉じた。「ずっと、優羽のそばにいたか...
「なぁ」 智伸に呼びかけた。ゆっくりと相手がこちらを見る気配がする。「お前、怖くないの。その……病気のこと、死んじゃうとか、だんだん身体が動かなくなるとか。俺だったらもっと取り乱して、泣き喚いていると思う。平静じゃいられない」 優羽の言葉に智伸はすこし考えこむそぶりを見せた。しばらく黙ったあと、すこしずつ紡ぐように言葉を口にする。「『怖い』の第一波は乗り越えたのかもしれない。また怖くなったり、夜眠れ...
「ほんとだから、怖かった。こんなにしあわせなことがあるはずがないって思った。優羽もなにか言うわけじゃないから、確かめたら終わりみたいな気がして、なんにも言えないまま卒業して。大学入ってから後悔したよ、伝えておけばよかったなって。だから社会人になってまた距離が縮んだときは、今度こそうまくやろうって思って、」 智伸の声が途切れる。その矢先に病気のことが発覚したのだろう。つくづくタイミングを逃してばかり...
来てみたのはいいものの、さほど智伸にとって興味を惹かれる展示がなかったようで、早々に美術館をあとにした。 来たときと反対車線のバスに乗って急坂を駅前まで下りていく。ビー玉を落としたら延々と海まで転がっていきそうな街だな、と優羽は妙な感慨を覚えた。そのすこしばかげた物思いを智伸に伝えようとしたけれど、窓の外を見ている横顔のしずけさに口をつぐんだ。 駅前まで戻って、路線バスを乗り換えて温泉宿へ帰る。...
優羽は智伸の頬に手を伸ばした。その手をそっとつかんで、智伸が指先で手のひらの輪郭をなぞる。覚えておけたらなぁ、とちいさな声で言う。「なにを?」「なにもかも。優羽のことはもちろん、大事なことをなにもかも」 ごめんな、という声とともに手が自由になる。智伸の指先の感覚が残る手をぎゅっと握りしめた。ちいさく息を吸い、みじかく言った。「忘れていいよ。だいじょうぶだから」「えっ?」 虚を突かれたような顔にふ...
その晩はひたすら互いを貪った。脚を肩に抱えあげられて、智伸の身体のうえに乗り上げて、さまざまに体位を変えながら。 何回いかされたか優羽は覚えていない。なんど出されたかも。ただ、身体の満足だけを追っているあいだは智伸のこれからを考えずにすんだ。それだけがわかっていた。 明け方、みじかい眠りにつくまえに、智伸がやさしく優羽の肩を撫ぜながら「あしたがいい日でありますように」とつぶやくのが聞こえた。もう...
智伸の指の抜き差しがはっきりと暴く動きに変わった。ひっきりなしの快感に翻弄されて、優羽の心身から羞恥や遠慮が消しゴムをかけるように薄れていく。いきそう、と訴える。「や……あっ、……あぁん、あぁっ、……いく、おれ、いっちゃ……っ!」 はしたなく喘ぎながら優羽がのけぞった身をふるわせて射精すると、智伸は片手で白濁を受けた。「ごめんな、これ、使わせて」 智伸は自分の性器に優羽が放ったものをまぶすと、優羽のなか...
もう恥ずかしがっていてもしかたないので、関節の許す限りいっぱいに大きく両脚をひらいた。さらされる感覚に、ぞくぞくした。 智伸の指が後孔をうかがう。ふちをなぞるように円を描いて、ときどき入口にぴったり指を押し当ててくる。はしたなくこぼしているもののせいで、そのまわりが潤っているのがわかった。 内腑にごく浅く侵入してきた指を、優羽の身体は拒まなかった。むしろ、その呑むような動きに智伸が驚いたように尋...
その問いかけに、気持ちを確かめる疑問符に、智伸の喉がかすかに鳴った。それが答えだという気がしたから、優羽のほうから唇をあわせた。 ついばむような口づけが、ほどくのも難しいような深いものにかわるのにさして時間はかからなかった。智伸は優羽の座る椅子に半分乗り上げるようにして、優羽の唇を、舌を貪った。優羽は智伸の背に両腕をまわして、与えられるがままにキスを受けた。「優羽、抱いてもいいか?俺、いなくなっ...
窓際にしつらえられた椅子に腰かけていた優羽は、軽やかな音とともに洗面台で歯を磨いている智伸を見遣った。「なぁ、智伸」 口をすすいでいる智伸が軽く振り返りちょっと待って、というジェスチャーを返してくる。コップに歯ブラシを立てて、「なに?」とやわらかに問うてくる。「あしたがいい日でありますように」「……え?」「このまえから俺にそう言ってくれるだろ。優しく光っているみたいな祈りの言葉。これってなんなの?...
智伸が居心地悪そうに身じろぎした。湯がゆれる音が立つ。「なんだよ、人の顔見てにやにやして」「いや、智伸のこと無理やり連れだした気がしてたけど、やっぱり来てよかったなって」「……いやだったら来ないよ」 ぽつんと落ちた言葉が浴場に響いた気がした。 ふたりでのぼせる直前まで湯につかって、のんびりと浴衣に着替えて部屋に戻る。智伸がしごくゆったりと言う。「気持ちよかったー……。ふやけるかと思った」 白湯を飲み...
目的地には快適に到着した。スマートフォンを改札にかざして駅前のロータリーに出る。かなりの人出ですくなからず驚いた。温泉宿へのバスに乗り込む。いきなりのジェットコースターみたいな急坂にやや気圧されつつも、隣に座った智伸に話しかける。「きょうは冷え込んでいるから、温泉が楽しみだな。想像するだけでぽかぽかになりそう」 智伸はバスのフロントガラス越しに坂を眺めていたけれど、優羽のほうを向いて楽しそうに笑...