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インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。 またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。 自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。

ブログタイトル
悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ブログURL
http://sinjerusalem.livedoor.blog/
ブログ紹介文
聖書とスヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。
更新頻度(1年)

755回 / 335日(平均15.8回/週)

ブログ村参加:2013/08/13

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哲学・思想ブログ / キリスト教 カリスマ派

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ハンドル名
インターネット新教会さん
ブログタイトル
悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
更新頻度
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悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳

インターネット新教会さんの新着記事

1件〜30件

  • 善と真理の関係Ⅶ

    善と真理の関係Ⅶ行動において信仰の真理を仁愛から分離する者達は良心を持つことが出来ない。1076, 1077番、・なぜ、信仰を仁愛から分離し、またなぜ信仰が救うことを言ったかの理由。2231番、・人間が再生される時、主は人間の許の真理に善を吹き込まれる。2063, 2189番、

  • 25-3333~3336意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3333~3336意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3333.「そしてエサウは食べ、また飲んだ」が、それを自分自身のものとしたことを意味することは、「食べること」の意味が善を自分自身のものとすることから知られよう。そのことについては、2187, 2343, 3168番に示された。また「飲

  • 26-3484~3485原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3484~3485原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3484. A plurima experientia instructus sum quod non sit nisi unica vita, quae est Domini, quae influit et facit ut vivat homo, immo ut vivant tam boni quam mali; illi vitae correspondent formae quae sunt substantia

  • 善と真理の関係Ⅵ

    善と真理の関係Ⅵ・真理は流入によって自然的な人間から呼び出され、上げられ、また理性の善に植え付けられる。3085, 3086番、・真理が善に連結される時、真理は人間のものとされる。3108番、・真理が善に連結されるためには理解からの合意と意志からの合意があらねばならな

  • 25-3326~3332意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3326~3332意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3326.「エサウは言った。見よ、私は死に向かってさ迷よっている」が、その後、彼が甦ることを意味することは、「エサウ」の表象が自然的な善であることから知られよう。そのことについては、3302, 3322番に示された。また「死ぬこと

  • 26-3482~3483原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3482~3483原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3482. Loquela quae in Verbo, tametsi coram homine simplex, et aliquibus in locis rudis, apparet, est {1}ipsa loquela angelica, sed ultima; loquela enim angelica, quae spiritualis est, dum cadit in voces humanas, no

  • 善と真理の関係Ⅴ

    善と真理の関係Ⅴ・救う信仰と言われる信頼、即ち信任は善い生命(生活)の中に居る者達の許でなければ与えられることが出来ない。2982番、・善は真理の生命である。1589番、・真理が生命を得たと言われる時、1928番、・主からの善はどんな種類の真理の中へでも流入するが、

  • 25-3325-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3325-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[11]初期の霊的な教会において、即ちそれが建てられるべき時は、外なる教会の許の真理の教義が長子であり、また内なる教会の教義の真理、即ち同じことであるが、外なる教会の許の信仰の教義と内なる教会の許の信仰そのものが長子である。

  • 26-3480~3481原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3480~3481原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3480. Ostensum etiam est quomodo immunda apud illam gentem non impediverint quin Verbi interiora, seu ejus spiritualia et caelestia, in caelo usque sisterentur; immunda enim removebantur ut non appercepta, etiam ma

  • 善と真理の関係Ⅳ

    善と真理の関係Ⅳ・信仰によっては誰にも救いがないが、しかし仁愛である信仰の生命(生活)によってある。2228, 2261・仁愛の信仰を持つ者達に天的な王国がある。1608番、・天界において凡ての者達は仁愛とそこからの信仰により注目される。1258番、・もし善を心から欲する

  • 25-3325-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3325-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[7]それらから主はユダヤ教会において神的な人間性に関して、また主御自身への愛の中に居る者達もまた「長子」によって表象されたことが明らかである。なぜなら、彼らは主の中に居るからである。しかし、聖言において「長子」は二様の表

  • 26-3479原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3479原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3479. Judaei qui ante Domini Adventum vixerunt, sicut etiam qua postea, non aliam opinionem de ritualibus Ecclesiae suae habuerunt quam quod cultus Divinus solum consisteret in externis; quid repraesentabant et significa

  • 善と真理の関係Ⅲ

    善と真理の関係Ⅲ・天使的な生命(生活)は仁愛の善の中にあり、また天使達は仁愛の形である。454, 553番、・主への愛は主御自身の似姿であり、また隣人への仁愛は主御自身の像である。1013番、・天使達は誰でも主への愛を通して信仰のものを認める。202番、・愛と情愛を除い

  • 25-3325-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3325-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3325.「今日の如くあなたの長子の権利を私に売れ」が、外観上真理の教義が時間に関する限り前にあったことを意味することは、「売ること」の意味が自分自身に要求することであることから知られよう。また「今日の如く」の意味が時間に関

  • 26-3477~3478原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3477~3478原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3477. Dictum est quod continua sint repraesentativa in caelis, et quidem talia quae involvunt arcanissima sapientiae; quae patent coram homine ex sensu litterali Verbi, sunt tam pauca respective sicut aquae oceani

  • 善と真理の関係Ⅱ

    善と真理の関係Ⅱ・善からの真理を除いて他のものは真理ではない。2434番、・真理は善の形である。3049番、・真理は本来善の像を持ち、またその像から善の中にその似姿そのものを持つ。3180番、・真理である種は仁愛である善の中に根付く。880番、・信仰は善の生命(生活)の

  • 25-3324-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3324-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[6]信仰によっては誰にも救いがないが、しかし仁愛である信仰の生命(生活)によってある。2228, 2261・仁愛の信仰を持つ者達に天的な王国がある。1608番、・天界において凡ての者達は仁愛とそこからの信仰により注目される。1258番、・

  • 26-3475~3476原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3475~3476原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3475. Quod in caelis continua repraesentativa existant qualia sunt in Verbo, aliquoties prius dictum et ostensum est; repraesentativa illa sunt talia ut spiritus et angeli illa in multo clariore luce videant quam q

  • 善と真理の関係Ⅰ

    善と真理の関係Ⅰ・なぜ善と真理の間に区別された考えが持たれないのか、2507番、・内なる人間の道を通して流入する善は知られないが、しかし外なる人間の道を通して流入する真理は熟知されている。3030, 3098番、・真理は善を受け入れる容器である。1496, 1832, 1900, 2063,

  • 25-3323~3324-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3323~3324-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3323.三十一~三十三節、「そして、ヤコブは言った。今日限りあなたの長子の権利を私に売れ、また、エサウは言った。見よ、私は死ぬためにさ迷っている。しかるに、これと比較して長子の権利が何なのか?同時に、ヤコブは言った。

  • 26-3474原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3474原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3474. {1}Quidam spiritus ad me venit, non diu post excessum ejus e corpore, quod concludere potui ex eo quod adhuc nesciret se in altera vita esse, putans se vivere in mundo; perceptum quod is deditus fuerit studiis, de

  • 最初の悲嘆

    最初の悲嘆最初の悲嘆があったことは真理が自然的な善に導入される時、最初の悲嘆を作るのでそこからそれがある。というのは、良心が悩ますからであり、また不安を引き起こすからである。なぜなら、強い欲望があるとそれらに対して霊的な真理が戦うからであるが、しかしその

  • 25-3322-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3322-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[6]それ故今や、なぜ次のように言われたか明らかである。「エドム人を嫌ってはならない。なぜなら、彼らは兄弟であるから、エジプト人を嫌わないように。なぜなら、彼らはその地の外国に居たからである。」申命記、23.7、ここの「エドム

  • 26-3471~3473原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3471~3473原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3471. Quod `fuerunt amaritudo spiritus Jishako et Rebeccae' significet quod inde primum dolor, constat ex significatione `amaritudinis spiritus' quod sit dolor; et ex repraesentatione `Jishak et Rebeccae' quod sit

  • 自然的な善と霊的な善

    自然的な善と霊的な善自然的な善は両親からあるが、しかし霊的な善は主からある。それ故に、人間は霊的な善を得るためには再生されなければならない。それがもし為されるなら、先ず正しいものそのものからのものと比べて他の源泉からの真理が彼に接合される。その真理は人間

  • 25-3322-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3322-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3322.「それ故に、彼はその名をエドムと呼んだ」が、そこからの善に関するその性質を意味し、それに真理の教義が結ばれたことは、「名を呼ぶこと」、或いは「名で呼ぶこと」の意味が性質であることから知られよう。そのことについては、1

  • 26-3470原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3470原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3470. `Et accepit mulierem Jehudith filiam Beeri Hittaei,' et Basemath filiam Elonis Hittaei': quod significet adjunctionem veri naturalis aliunde quam ex ipso genuino, constat ex significatione `mulieris' quod sit verum

  • 遺伝の善と悪

    遺伝の善と悪自然的な善、即ち人間がその中に産まれる善が何であるかは誰にでも熟知されている。しかし真理への自然的な善が何であるかは例え誰にでも熟知されていても僅かな者達しか知らない。自然的な善、或いは人間に生来与えられる善は四つの種類がある。即ち善への愛か

  • 25-3319~3321意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    25-3319~3321意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3319.「そして、エサウはヤコブに言った」が、自然的な善からの主の認識を意味することは、「言うこと」の意味が認識することであることから知られよう。そのことについては、1791, 1815, 1819, 1822, 1898, 1919, 2080, 2862番に示

  • 26-3468~3469原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

    26-3468~3469原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3468. Vers. 34, 35. Et fuit Esau filius quadraginta annorum, et accepit mulierem Jehudith, filiam Beeri Hittaei, et Basemath filiam Elonis Hittaei. Et fuerunt amaritudo spiritus Jishako et Rebeccae. `Fuit Esau fili

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