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  • もくたん徘徊:31 強引

    台湾の医師チームが、英字医学誌に研究論文を投稿したら、国籍を「中国台湾」にしなければ掲載しないと、出版社から通知が来たという。(大紀元時報ニュースレター20200829号)「中国台湾」と呼ぶ国はない。実在しない国名を、そのように書けという、何ごとも強引にやってのければ皆それに従うと、あのおじさんたちは思っているのだ。そんな相手にのほほんと付き合っていると、やがては何かで「中国沖縄」と書かなければ許可しないということになりかねない。「なんくるないさー」では済まされないのだ。にほんブログ村もくたん徘徊:31強引

  • もくたん徘徊:30 適性

    人それぞれ、仕事の適性がある。政治家にも適性がある。国政にも地方政治にも万能であれば、国政参画も可。地方政治向きの人が国政に手を出しても、うまくいかないだろう。なぜか、その人は、目の前のことや、身近な狭い範囲のことには気配りもよく人に好かれるが、国全体のことには知恵が回りきらないからだ。こういう性格を、地方性というのかもしれない。地方性の総理候補、そんなのは全く無資格。にほんブログ村もくたん徘徊:30適性

  • 国難

    無言・・・だが、ひと言。日本を捨てようと思っている人を、総理にしてはならない。にほんブログ村国難

  • もくたん徘徊:29 破壊願望

    西欧人は壊すことが好きなのだろうか。破壊を意味する英語が、なんと12もあるという。break,destroy,ruin,damage,smash,crash,crush,tear,demolish,dismantle,ravage,subvert国として収まったかたちが長続きしないのも、破壊願望を持つ人たちが多いからかもしれない。見習わないほうがよい文化もある。お隣の殺戮容赦、制覇願望もその仲間と言えそうだ。にほんブログ村もくたん徘徊:29破壊願望

  • もくたん徘徊:28 空間

    サイバー空間を仮想のものと思っていると、それがとんでもない誤認になっている。サイバー空間は仮想空間ではなく実空間なのだ、間違えるな、という警告もされている。なぜ間違うのか、それは手で触れることのできない空間だから。触れられない不確かなものは仮想なのだという、とりあえずの盲目誤認が、心を落ち着かせるからだろうか。にほんブログ村もくたん徘徊:28空間

  • もくたん徘徊:27 世論管理

    中国が反米を管理?何事かと思ったら、沸騰防止作戦の模様。世論は湧き上がらせるもので、時期と程度を調整しなければ、無用の爆発は困る。世論は調査するものと思われているが、実は調整管理するものだった。にほんブログ村もくたん徘徊:27世論管理

  • もくたん徘徊:26 連綿

    歴史はつながっていなければ意味も価値もない。西欧の歴史には、目覚ましいことがらが処々方々にあっても、一つの国で何千年も続く歴史があるのは日本だけ。国境など意に介さず、世界制覇を目標にしている組織がある。その組織は、連綿と続く日本の歴史を忘れさせよう、記憶を絶えさせようと、金力言力を駆使して、あらゆる社会活動の場に効果を浸透させて来ている。文化への侵略は、善隣友好などというヘラヘラした態度を見せていたのでは、決して防ぐことはできない。にほんブログ村もくたん徘徊:26連綿

  • もくたん徘徊:25 再び おきて

    国家機密でもある首脳の健康状態について、国会で説明を要求する大バカ丸出しの野党党首がいる。それが機密事項であるかどうか以前に、他人の健康状態を根掘り葉掘り聞き出すことが、人間としてしてよいことなのかどうか、その判別のつかない人は、社会のおきてを身に着ける機会に恵まれずに、体だけ大きく口だけは達者に育ってしまったのだろう。こういう人が国会議員、しかも党首を名乗っている、そのことは国辱でもあり、それをニュースに仕立てて喧伝するのは国家機密漏洩ではないのか。にほんブログ村もくたん徘徊:25再びおきて

  • もくたん徘徊:24 家歴・社歴

    家族には歴史があって、家族を結び付けている。いくつかの家族が寄ると集落になる。集落には社会が構成され、それぞれの集落が歴史を持つ。また、何か目的を持った個人が、集めたり集められたりして集団ができる。企業あるいは会社と呼ばれるその集団には、集落とは性格が異なった社会が構成される。その集団にも、寿命に応じた歴史がうまれる。集団の寿命が尽きれば、その集団の歴史はそこまでとなる。企業を売り渡してしまえば、そこまでの歴史は売られた先に吸収されるか、捨てられるか、直接の対話はそこで途切れる。思い出そう、あの言葉を。歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である歴史はつながっていなければ意味も価値もないのだ。にほんブログ村もくたん徘徊:24家歴・社歴

  • もくたん徘徊:23 家族

    産まれた子は命名され家族の一員になる。母親と子の二人だけでも、それは家族。親子は社会の最小単位で、断ち切ることのできない結合分子。それを家族でないとする論拠はどこにもない。家族の分断を図る他力が許されないのもおきての一つ。してはならないおきて破りを、政策にする悪党群が、一つ海を隔てた向こう側にいる。にほんブログ村もくたん徘徊:23家族

  • もくたん徘徊:22 社会人

    人間は、生まれたときすでに社会人になっている、と昨日書いた。社会人であるはずの母親のおなかの中にいるときから、人間は社会人なのだ。もし母親が、社会人であることを拒んだり、母親を反社会人に仕立てようとする圧力に抗しきれずにいたとしたら、おなかの中の子は社会人になり損ねる。というよりも、胎児を腹に抱えただけの女性に母親の資格はなく、その女性は妊娠という自然現象の中にいる哺乳動物に過ぎない。にほんブログ村もくたん徘徊:22社会人

  • もくたん徘徊:21 おきて

    高校からの歴史教育では遅く、中学以前の澄んだ心に沁み込ませておくべき何かが、歴史にはあるはず、と昨日書いたが、そのなかでだいじなのが社会のおきてだろう。社会はおきてがあって成り立っている。おきてが気に入らないからなくそうと考えるのは革命思想、それを行動に移すのがテロ行為である。人間は、生まれたときすでに社会人になっている。社会人であればおきてを背負っている。おきてに縛られたくないと社会の外に出てしまえば、山のサルにも劣るただの生きものでしかなくなる。サルでもおきてを持っているからだ。にほんブログ村もくたん徘徊:21おきて

  • もくたん徘徊:20 時期

    E・H・カーは『歴史とは何か』で、「歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である」との名言を残した。通常の対話は双方向でなければ成立しない。過去は現在に何かを伝えることができても、現在から意思を聞き取ることはできない。カーの言う対話は、現在が絶え間なく過去から学び取れということなのだろう。それには、高校からの歴史教育では遅きに失するということではないか。中学以前の澄んだ心に沁み込ませておくべき何かが、歴史にはあるはずだから。にほんブログ村もくたん徘徊:20時期

  • もくたん徘徊:19 教科消失

    学習指導要領の中学校の教科には、歴史の教科がなかった。高等学校の教科はどうだろうか。<高等学校の教科>各学科に共通する各教科等国語、地理歴史、公民、数学、理科、保健体育、芸術、外国語、家庭、情報、理数、総合的な探究の時間、特別活動地理との混成科目のようになって歴史が加わている。ごくまれとは思うが、中学校までの人には学科として歴史を学ぶ機会は来ない。生徒でいたとき、歴史の授業に面白みを覚えたことが一度もなかった。中学の1年か2年かは忘れたが、初めての歴史の授業で、生徒の笑いを待つかのような切り出しのH先生の言葉だけは耳に残っている。「そもそも、歴史とは何なのか」そうだった、中学校に歴史の教科を入れない指導要領を作った人たちは、歴史とは何なのかを、生徒の心に植え付けることを、きっと嫌っていたのだ。にほんブログ村もくたん徘徊:19教科消失

  • もくたん徘徊:18 検定

    「中学歴史検定済不合格」という本がある。amazonに寄せられた書評の最初の記事にはこう書かれている。「不合格になるということは、本当に正しい歴史が書いてあると文科省が認めたという事」著者の出自、日常の言動を知れば、教科書に向けて検定申請したものに、ウソ、デタラメが書かれているとは考えられないので、この書評は正鵠を射たものなのだろう。となれば、教科書検定は、正しい歴史が書いてあると不合格になるということなのか。その前に、中学校には歴史の教科があるのかと、文部科学省の資料を見ると、「歴史」という科目がない。これはまたどうしたことなのだろう。学習指導要領<中学校の教科>国語、社会、数学、理科、音楽、美術、保健体育、技術・家庭、外国語、特別の教科道徳、総合的な学習の時間、特別活動にほんブログ村もくたん徘徊:18検定

  • もくたん徘徊:17 定型句

    そんな気はさらさらないのに、口から出すと、強い意志を表明したような気になる定型句がある。例えば、粉骨砕身、骨をうずめる、共存共栄、ボランティア、一兵卒。定型句の使用目的は、もちろんその場のウケ狙い。にほんブログ村もくたん徘徊:17定型句

  • もくたん徘徊:16 実行表明

    むかし「男は黙って・・・・ビール」という宣伝句があった。いまこれが通じる人の割合は、世界中でどのくらいだろうか。秘匿の必要もないことを、だまって続け、実行表明をしないやってます地蔵は、無意味な存在でしかない。子供じみた世界中の多くのメディアに、大人ぶった様子を見せても、その真意を伝える能力は、メディアにはない。いつかはわかってくれるという願望は、永久に無意味な幻想に終わる。努力の宣伝はクサくなるが、実際に行っていることを、さらっと伝える、そんな「力を持った文学者を秘書官に」とまで書いて、さて正式の職名はとそれらしいホームページを開くと、出てきたのがこの図。図表の文字をなぜこんな濃い色で塗りつぶすのか、まったく意図がわからない。政治というものは、わかりにくさに価値があるとでも、先生方は思っていらっしゃるのだろうか...もくたん徘徊:16実行表明

  • もくたん徘徊:15 会議案内

    文部科学省のメルマガに二つの会議案内が載ってきた。・新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会(第12回)の開催について・新しい時代の高等学校教育の在り方ワーキンググループ(第10回)の開催について質問受口が見つかってこれから質問文を書こうかと思っていた矢先、先日読んだトンデモニュースとかかわりのありそうな議題なので、質問は1週間先送りにしようか。そうこうしているうちに気合が抜けそうな気がしないでもないが。にほんブログ村もくたん徘徊:15会議案内

  • もくたん徘徊:14 質問受口

    捜しものは「ある」と思って探さないと見つからない。文部科学省のホームページにも「文部科学省に関する御意見・お問合せ窓口案内」というページがあった。普通の窓口案内とは違って、そこでクイズを一発かまされる。「幼稚園、小学校、中学校、高等学校教育関連」という看板があって、そこに内容が指定されている。小学校・中学校・高等学校の授業における学習内容(以下1~4に掲げる分野を除く)に関すること1.体育に関すること2.外国語教育に関すること3.情報教育に関すること4.専門高校における産業教育に関すること4項目の指定があれば、それに該当しないと受け付けないのかと、通常の頭では考える。ところが、この4項目は、該当項目でなく除外項目なのだ。このページを作ったお役人のニヤニヤ顔が想像できる。もし受付嬢に、「これとこれこれにこれ」と4...もくたん徘徊:14質問受口

  • もくたん徘徊:13 検索の藪

    Webの検索は、何かを知るには便利だが、その事情を確かめるにはなかなかうまくいかないことがある。国語教育から文学作品を追い出して、生徒会の規約や駐車場の契約書を読ませるようになるという、とんでもないニュースが入ってきた。文部科学省のホームページから、そのことを審議された経緯などを探ろうとしたが、大きな藪にどこから足を踏み入れたらよいのか、まだ見当を着けられずにいる、はてさて。にほんブログ村もくたん徘徊:13検索の藪

  • もくたん徘徊:12 山を動かす

    今年の8月10日は山の日だった。<2020年>8月8日(土)8月9日(日)東京五輪閉会式の予定~不成立8月10日(月)山の日来年は1日ずれて8月9日になる。<2021年>8月7日(土)8月8日(日)東京五輪閉会式の予定~未定8月9日(月)山の日山はほとんど動かなくても、山の日はつける理屈次第でいつのまにか1日2日は簡単に動く。山の日に何をしようというわけでもない、曜日通りの表の仕事をしている人たちが、多分もっと休みたいからそう決めたのだろう。山の日があり、海の日があっても、川の日はない。毎年どこかの川が暴れるのは、人々の生活に山よりも海よりも多くかかわっている川の日をなぜ作らないのかという、川の神のお怒りなのではないだろうか。にほんブログ村もくたん徘徊:12山を動かす

  • もくたん徘徊:11 金乞人

    いま、千代田のどこかで行われる記者会見は、金乞人の集まりらしい。質問の意図が、金乞人根性丸出しなのだ。その金乞人たちを操る者は、ある筋からの指令、あるいは要請をもとに、発言、失言の狙いどころを決め、質問の言葉や順序を用意する。その指示に従うことが記者の仕事だと教え込まれている金乞人たちは、その質問が、何を意味しているかなどには全く無頓着、命ぜられた筋書き通りにただただ質問を続ける。なぜそんなことを仕事と思って続けるのか、生活がカカッているからという、自分への慰めかごまかしの言葉を忘れずにいるからだ。にほんブログ村もくたん徘徊:11金乞人

  • もくたん徘徊:10 監獄国

    パノプティコンという読みにくい言葉が目についた。カナ書きならパン・オプティコンとしてくれればわかりやすいのに。これが、すべてを見張る装置だと知ってみると薄気味が悪い。考案者はこれを、犯罪者の自力更生のための教育・改造に役立たせるシステムだとしていたが、保護する目と見張る目では、カメラの目つきも変わるだろう。教育と改造の文字を並べられると、ウイグルの人々惨状が想起される。中国のワルたちは、自国の全土まで、さらにいずれは世界中を、パン・オプティコンのシステム下に置こうという大野望を巡らせているらしい。にほんブログ村もくたん徘徊:10監獄国

  • もくたん徘徊:9 明確

    尖閣に、すぐに置いてほしいものがあった。置けばよい、毎日中身を確かめに行けばよい。鳩がくわえてきた便りが入っているかもしれない。それがあったら、世界に向けて大ニュースになる。この実効支配には、決死隊のような常駐もいらない。ヒントは、「尖閣に郵便ポストを」という1242への、海外からの一通のメールから。にほんブログ村もくたん徘徊:9明確

  • もくたん徘徊:8 途絶

    開発途上国と呼ばれる国がある。実態との乖離の甚だしい呼び名の一つである。そう呼ばれることを恥辱と感じなければ、自ら呼び名が返上されることはない。呼ばれることで生まれる利益があるから。開発のつもりが借金漬けで占領の憂き目に遭い、開発行為を途絶させられた国もある。開発援助のなかには、開発を途絶させた末の侵略を目的に行われているものもあるのだった。にほんブログ村もくたん徘徊:8途絶

  • もくたん徘徊:7 耐久力

    報道に載らない測定結果には意義深いものがある。その一つに、逆境への耐久力がある。なかには素っ頓狂なのがいても、それはばらつきの裾のほう。自慢にならない裾野の広さは、寄せ集め民族でできた国に、顕著に表れている。やはり耐久力は信頼性の重要な要素なのだ。にほんブログ村もくたん徘徊:7耐久力

  • もくたん徘徊:6 無宣言

    目的も方法も知らされずに行われた測定には、終結宣言は出されない。目的の位相が変わっていても、終わりました、もう結構ですとは、どこからも誰からも声がかからない。記録は必要、発表は無意味でも、続けていた毎日報を止めるには根拠を求められ、それが別の騒動のもとになる。伝える側は騒動を知らせればよいので、紙面や放送時間はそれで埋められる。締まらない事柄を話題にすると、話題の転換もまた難しくなる、これは参った。にほんブログ村もくたん徘徊:6無宣言

  • もくたん徘徊:5 測定

    人の心の動きを測るには、測られていることを知られてはならない。知ってしまえばそれまでよという唄があったが、測られているということへの心の構えができてしまうから。心の構えは自由を束縛する。束縛された心は、もう自分のものではなくなっている。それぞれのものでない心のうちに、測る価値はないのだ。にほんブログ村もくたん徘徊:5測定

  • もくたん徘徊:4 反応

    反応は測定によって確かめられる。測定は、反応を確かめるだけでなく、反応を操作することもできる。病気の測定にしても、罹病以前に特定できた感染者数を、測定結果として発表すれば、それが増加している間は人心は不安側に反応する。感染即罹病でないことはわかっていても、感染者数が前日より増えたという測定結果を聞いただけで、不安度は高まる。その測定が、反応の変化を測定しているということには、多くの人は気づかない。にほんブログ村もくたん徘徊:4反応

  • もくたん徘徊:3 影響

    騒動の目的を捉えにくいのは、1回ごとの目標を、目的達成においてないから。目的に向かって、じわじわと歩が進めば、その回の騒動は成功。1回ごとの騒動が、社会の空気に影響を与え、何かわからない不安を持つ人の割合が増えていけば、その騒動は成功とされるのだ。にほんブログ村もくたん徘徊:3影響

  • もくたん徘徊:2 騒動

    騒動には目的がある。騒動に加わった者のほとんどは、その目的を知らない。目的を知らないのは、知らされないから。騒動の多くは、目的を知ってしまえば、それがお好みの奇人は例外として、バカバカしくて参加したくなくなり、騒動は成立しなくなる。ものごとは、例外を先に考えていたのでは成功しないのだった。にほんブログ村もくたん徘徊:2騒動

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