オリジナル恋愛小説を掲載しています。
■伯爵家の箱入り娘は婚儀のまえに逃亡したい(完結) 伯爵令嬢のシャーロットはもうすぐ顔も知らないおじさまと結婚する。だから最後にひとつだけわがままを叶えようと屋敷をこっそり抜け出した。そこで知り合ったのは王都の騎士団に所属するという青年で——。
暑さがやわらぎ、夕方や朝方には涼しさを感じるようになったころ。 両親たち一行が領地から帰ってくるという連絡があった。もうすぐシーズンオフが終わるのでそろそろだとは思っていたが、実際に一報を耳にするとそわそわする。これまでは一度もそんな気持ちになったことはないのに。 まあ初恋なら仕方ないか——。 先日サイラスに言われたことがふと脳裏によみがえり、思わずふるふると頭を振った。執事が不思議そうな顔をして...
その日から、アイザックのシーズンオフが始まった。 宰相補佐の仕事は基本的にほとんどなくなるので、その分、勉強に時間を当てる感じだ。執務室で資料を読み込むこともあれば、宰相に教えを請うこともあるし、若手の勉強会や意見交換会に顔を出すこともある。 家では可能なかぎり当主である父の仕事を代行している。後継者として当然のことで、いまのうちに経験を積んでおきたいという考えもあった。普段からある程度は任せて...
ショーンの一時帰宅から半月が過ぎた。 ここしばらくは雨の降りしきる日々がつづいていたが、今日はひさしぶりに天気が良い。空は高く、雲は白く、カラリとした初夏らしい蒼穹が広がっている。その下でアイザックたちはささやかなティータイムを過ごしていた。「アリアの新しいドレスはどうかしら?」 母のイザベラが得意げな顔をしてティーカップを置き、そう尋ねてきた。 陽光の降りそそぐ庭園に目を向けると、透明感のある...
「兄さん、ひさしぶりだね! 会いたかった!」 ノックもなくアイザックの部屋に突撃してきたのは、弟のショーンだ。 満面の笑みで、ふんわりとしたやわらかい栗毛を揺らしながら、抱きつかんばかりに大きく両手を広げて駆け寄ってくる。アイザックは椅子に腰掛けたまま無表情で嘆息するものの、毎度のことなのでいまさらだ。「おまえ父上に呼ばれたんだろう」「あとで行くよ。まずは兄さんの顔を見たくってさ」「そうか……」 シ...
「やあ」 自室を飛び出し、階段を駆け下りて応接室の扉を開けると、そこには第二王子のサイラスがソファに座っていた。なぜかその腕に大きな花束を抱えて。アイザックはその場に立ちつくしたまま眉をひそめる。「おまえ、約束もなく急に来るのはやめろと言っただろう」「行けるかわからない状況だったんだ」 だから約束を取り付けられなかったと言いたいのだろうが、それなら別の日にすればよかったのだ。悪びれもせずにこやかに...
「確かにお預かりした」 アイザックはソファでひととおり書類を確認して、そう応じる。 向かいに座っているのは、パブリックスクール時代の同級生レイモンド・チャーチルだ。宰相であり現ベルファスト公爵でもあるメイソンの次男で、今日はベルファスト公爵に正式に依頼していた書類を、息子の彼が届けてくれたのである。「君が来るとは思わなかった」「父が僕に仕事をさせたがってるんだ」「ああ……」 苦笑して肩をすくめるレイ...
「さすがわたくしの見立てだけあってよく似合ってるわね。とってもきれいよ」 支度を終えたアリアの全身を上から下まで眺めて、母のイザベラは至極満足げに頷いた。 濃青色を基調としたドレスには銀糸で繊細な装飾が施されており、清楚ながらも華やかな印象だ。濃青色のトークハットも純白のショートボブによく映えている。胸元には極細のチェーンを通したプラチナの結婚指輪が輝いていた。「ほら、あなたもこっちに来なさい」 ...
「何だって?」 それは、ある晴れた休日のことだった。 アイザックはスペンサー邸の自室で公爵家の仕事をしていたが、使用人に来客を告げられ、その思いもしなかった客人の名に大きく瞠目した。次の瞬間、ハッとはじかれたように自室を飛び出していく。 乱暴に応接室の扉を開くと、そこには確かに名前を聞いたそのひとがいた。 ふわりとやわらかな金髪、なめらかな白い肌、宝石のような青緑の瞳、かすかに甘さのある端整な顔、...
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