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オリバーさんの新着記事

1件〜30件

  • 「十字架と神の都」 第二章 都の門(1)

     聖なる都、新エルサレムは、究極的に完成・成就・栄化された神ご自身の民の性質であることを、私たちは見ました。 彼は今、十字架を通して、永遠の御霊によって、この都を建造されつつあります。ご自身のかたちに、御子のかたちに、個々の構成員を形造られつつあります。このために私たちは定められました(ローマ八・二九)。神の民はキリストを明確に示すものです(二コリント三・四章)。都の門 黙示録二一章では、この都の...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(9)

     主が求めておられる民は、地とその諸々の道から切り離されて、ご自身との関係の中にもたらされた民です。彼らの愛情は地上にあるものではなく、天にあるものに据えられていなければなりません。コロサイ三・一、二――「もしあなたたちがキリストと共に復活させられたのなら、上にあるものを求めなさい。そこでキリストは神の右に座しておられます」。 復活と昇天は一つの行為であることを思い出してください。ヨハネ二〇・十七を...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(8)

    パレスチナとシオン パレスチナは、神聖な事柄の中に侵入する人の天然的知性です。パレスチナの人々は御言葉の中では常に無割礼の者と呼ばれています。十字架から離れて、神聖な事柄を把握する、人の天然的知性です。バビロンに、私たちは天然の人の努力を見ます。パレスチナに、私たちは神の事柄を把握してその中に侵入する人の理性を見ます。 言葉の知恵による十字架の宣べ伝えがありますが、言葉の知恵はそれを無効化します(...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(7)

    バビロンとシオン バビロンは、人の努力の産物であり、堕落した人の栄光です。「私たちは都を建てよう(中略)名を挙げよう」創世記十一・四。またダニエル四・二九~三〇「この大いなるバビロンは、私が自分の権力の力と、自分の権威の栄光とによって(中略)建てたものではないか?」。 ここに私たちは、天然的・宗教的な人の栄光を見ます。というのは、バビロンは常に宗教的であることを、私たちは知っているからです。黙示録...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(6)

    エジプトとシオン ラハブは――エジプトです。天然の能力の象徴です。アブラハムは約束の地の中に入りました――そこは信仰による神の約束の地であり、信仰の最大の試練がそこで彼を待っていました。彼は異教徒がそこを占有しているのを見いだしました。彼らの偶像崇拝の祭壇が至る所にあり、その土地に大きな飢饉が起きました。そこで、彼は代わりにエジプトに向かいました。それは明らかに約束と矛盾することであり、約束を否定する...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(5)

     特に教会のために書かれたエペソ書に移ることにしましょう。どれほどそれは「天上」について述べていることでしょう。エペソ一・三、二・六、四・十を参照。 主の民は、これが意味するところと代価を、なかなか受け入れません。私たちはあまりにも地上のものを欲しています。自分の労苦に対してすぐに見返りが得られる類のものを欲しています。感覚を満足させるもの、見えるものを欲しています。私たちを地から切り離して天的な...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(4)

     黙示録二一・二二「私はその中に宮を見なかった」。なぜでしょう?この民は礼拝する民です――彼らが礼拝です。それは場所によらない霊的な礼拝です。 ヨハネ四・二〇「私たちの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたたち(ユダヤ人)は、礼拝すべき場所はエルサレムであると言われます」。主は答えられました、「真の礼拝者たちが、霊の中で、また真理の中で、父を礼拝するようになります。そのような者たちを父は礼拝者として探...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(3)

    第一の特徴は天的性質と霊性である それは「天から出て来」ます。それゆえそれは、天から出て来れるようになる前に、まず天の中にあったにちがいありません。 「彼らは天の都を探していました」。ヘブル十一・十「彼は土台のある都を探してしました。その建設者と作成者は神です」。 「私たちの国籍は天にあります」ピリピ三・二〇。 神の御言葉の中に、天の都のための材料について多く見いだされます。それが示唆するところは...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(2)

     神の都は、私たちが行くことになる場所であるだけでなく、神の都でもあり、私たちはその一部です。 私たちは場所としての天に行くことになります。永遠に、無限の雲に行くわけではありません。むしろ、神の都、天の都、新エルサレムについて考えるとき、私たちは教会、キリストのからだについて考えようとしているのです。まさに、究極的事柄と関係しているあの都の性質と特徴を扱おうとしているのです。私たちは今、諸々の時や...

  • 「十字架と神の都」 第一章 究極的な事柄に関する考察(1)

    黙示録二一・九~十一「彼は私を御霊の中で、大きな高い山に連れて行き、聖なる都、新エルサレムが天から出て、神から下って来るのを私に見せたが、それは神の栄光を持っていた。その光は最も尊い宝石のようであり、水晶のように透明な碧玉のようであった。」黙示録二一・十八「その城壁は碧玉でできており、都は純金であって、透明なガラスのようであった。」黙示録二二・一「また彼は、水晶のように輝く命の水の川を私に見せた。...

  • 「生活と奉仕との関連におけるケルビム」 目次

    生活と奉仕との関連におけるケルビムT. オースチン-スパークス目次第一章 賛美の意義第二章 ケルビムの意義第三章 車輪――神の熟慮と御旨第四章 教会と生き物オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館...

  • 「十字架と神の都」 目次

    十字架と神の都T. オースチン-スパークス目次第一章 究極的な事柄に関する考察第二章 都の門第三章 力、堅固さ、光、主権第四章 光の都第五章 神の都オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (11) 完

     最終的に、あなたはこれをこの大会のメッセージとして受け入れるでしょうか?主に「あなたの負担を私の心の上に置いてください」と求めなさい……「これがあなたの負担であることを私に示してください」と求めなさい。主が話しておられることがわかるでしょう。それでも主は、ご自身の民、ご自身の僕たち、彼らのとりなしに頼らずに、それをしようとはされません。主が開始して、「私、私は黙っていない、私は休まない」と言われる...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (10)

    「あなたたち、主に思い出していただく者たちよ、自ら休んではならない、彼がエルサレムを堅く立て、この地でエルサレムを讃美とされるまで、彼を休ませてはならない」 「主に思い出していただく……」。これはどういうことでしょう?主に思い出していただくには、まず、主が求めておられるものを知っていなければなりません。情報を得て、知っていなければなりません。知っていて初めて、なにかを主に持ち出して、「さあ主よ、さあ...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (9)

    「私はあなたの城壁の上に見張り人を立てた、ああ、エルサレムよ、彼らは決して昼も夜も黙していない」 「私はあなたの城壁の上に見張り人を立てた……」。これは何を意味するのでしょう?この見張り人たちはなんのためにそこにいるのでしょう?彼らがそこでこのように熱心に警戒しているのは、異質な要素、邪悪な要素の侵犯・侵入からこれを守るためです。見張り人たちは警戒しています。警戒しているのは、なにがあってもこれを邪...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (8)

    「あなたはもはや『捨てられた』と言われず、あなたの地は『荒れ果てている』と言われない。むしろ、あなたは『ヘフジバ』と呼ばれ、あなたの地は『ベウラ』と呼ばれる」 ヘフジバと何でしょう?これは述べたばかりのことの続きにほかなりません。ヘフジバは「私は彼女を喜ぶ」を意味します。私は彼女を喜ぶ。ああ、これを期待するのは行き過ぎでしょうか?これはあまりにも高い基準でしょうか?これが実現するという希望の根拠は...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (7)

    「あなたは、主の口が名づける新しい名をもって呼ばれる」 新しい名です。新しい名です。どんな名でしょう?名は名声を意味します。あなたがどう呼ばれるか、人々があなたをどう呼ぶかによって、通常、人々はあなたを評します。イスラエルの名は名誉に欠けるものになっていました。諸国民はイスラエルを、あまりほめられたものではない名で呼ぶことができました。そして、主はここでこう述べておられます、「今、私は黙っていない...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (6)

    「諸国民はあなたの義を見、すべての王はあなたの栄光を見る」 これは何を意味するのでしょう?「私は黙っていない。私は休まない、シオンの影響力と証しが世界に再び確立されるまでは。シオンがその地位と影響力を取り戻して、その証しが諸国民の間で認知・感知されるようになるまでは」。主の負担は、その影響力と証しが世界に感知される民、真に感知される民を得ることです――世人はその民からなにかを感じるのです。 全般的に...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (5)

     これの示唆するところがなんとかわかるでしょうか?あのささやかな書であるルツ記では、贖いの問題、嗣業の贖いがかかっていたことを、あなたは覚えておられるでしょう。嗣業を贖う責任、贖う近親者として振る舞う責任を、ボアズは引き受けるのでしょうか?ナオミはルツにこう言いました、「私の娘よ、じっとしていなさい。あの人は、この問題に決着がつくまでは、安息がないでしょうから」。この問題に決着がつくまで、彼は休み...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (4)

    回復のともしび、贖いのともしび これは何でしょう?回復された彼らの義というともしびです。これが希望です。見てください、主が述べておられるような内面の霊的状態に関する限り、まったく希望はありません。なんの将来も、なんの見通しもありません。なんの解放も、なんの救いもなく、なんの証しもありません。なにもありません。それに続くものはみな宙ぶらりんです。主が御心に適う民を、シオンが霊的に真に意味するところの...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (3)

    「その義が輝きのようにあらわれいでるまで」 主は常にここから開始されます。主が常にどこから開始されるのかを知ることは重要です、きわめて重要です。開始する方法が少し先に示されています。主は常に、ご自身の民の内側の状態から開始されます。すべてがそれにかかっており、すべてがそれに続きます。これ――彼が関わっておられる民の内側の状態――に直面しない限り、どうにもなりません。その義、その内側の状況――その内側の状...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (2)

     章の区切りは少し誤解を招きます。六一章にはこうあります、「主の霊が私の上にある。主が私を油塗られたゆえに。それは私が柔和な者に良い知らせをもたらすためである」。誰がこれを述べているのでしょう?私たちはよく知っています。預言してメシヤが述べておられるのです――キリスト、主イエスは、肉身を取っていた当時、まさにこの言葉は自分と関係しており、自分によって成就された、と話されました。話しているのは彼であり...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第八章 主の負担 (1)

     「あなたたちはシオンに来ているのです……」。この言葉の豊かで完全な内容をもう一度見ることにします。今晩これを、シオンに関するこの最後のメッセージで、イザヤの預言書の六二章の最初の七つの節から見ることにします。「シオンのために私は黙っていない、エルサレムのために休まない、その義が輝きのようにあらわれいで、その救いが燃えるともしびのようになるまでは。諸国民はあなたの義を見、すべての王はあなたの栄光を見...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第七章 シオンの宿命 (13)

     そして最後に、シオンはサタンの王国全体を打ち倒すきっかけとなるものです。これが御言葉に啓示されていることです。シオンはエジプト、バビロン、アッシリア、ローマを打ち倒すきっかけでした。ローマはシオンに対して頭をもたげました(私は今、霊的な言語でシオンについて述べています)。すると、ローマに何が起きたでしょう?あの強力な鉄の帝国はどこにあるでしょう?打ち砕かれ、粉々にされ、散り散りになりました……塵に...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第七章 シオンの宿命 (12)

     ですから神は、シオンを建て上げるために、シオンを得なければなりません。彼は事物を建て上げようとはされません、シオンを建て上げられます。そして、シオンは御子の豊かさに対する証し、生ける証しであって、その表現です。神は加えるために植え付けられます。神が植え付けられるのは、他のすべてのものに対する論拠を得るためです。驚くべきことです。これにより別の領域が開かれますが、それを探求する時間はありません。し...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第七章 シオンの宿命 (11)

    神のいっそう大きくて偉大な目的の手段/ ですから、それが表しているもの、あの証し、主イエスのパースンと御業と神に定められた地位に対するあの全き証しが、心に対する啓示として、神の民の心に対する啓示として、諸国民の中に植え付けられなければなりません。植え付けられなければなりません。そこに植え付けられなければなりません。神の戦略は次の通りです。彼は一つの証しを植え付けられます。その証しは御心に適うもので...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第七章 シオンの宿命 (10)

     これがイスラエルに実現しない限り、神は諸国民に触れませんでした。神はこの内的状況を、諸国民に触れるための基本的条件とされました。他の事はそれに続きます。確かに、昼が夜に自然に続くように、神がご自身の望んでいるものをご自身の民の中に得る時、他の事はそれに続きます。魂が救われるために特別な努力をする必要はありません。人々は絶えず静かに救われるでしょう。なにかが外に出て行って、生活に触れ続け、ますます...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第七章 シオンの宿命 (9)

    リバイバルの原動力 一般的にリバイバルと呼ばれているものは、その目的・目標として、一つのことと関係しています。魂の救い・回心と関係しています。「リバイバル」という言葉に関する一般的観念を、ほぼ完全に要約してこう言えると思います。すなわち、大々的に人々が救われることである、と。まあ、私たちはこれに反対はしません、どうか主がこれを与えてくださいますように。しかし、リバイバルというこの問題は、教会の霊的...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第七章 シオンの宿命 (8)

     自分たちは選ばれており、自分たちの働きこそ、あらゆる働きの中で神から与えられた唯一の働きである、と考えている個々人には、常に大きな制限と危険があります。そのようなものはなんであれ、原則に違反しており、確実に行き詰まることになります。私たちはこれを共有しているのです。つまり、神の御旨は一つの民、彼の教会と関係しているのです。彼の教会を真に表現しているもの、つまり、真の教会、天的からだの性格を帯びて...

  • 「あなたたちはシオンに来ているのです」 第七章 シオンの宿命 (7)

    集団的観念 つまり、シオンは主の民を全員一つに結びつけるものなのです。主の民は国家としての中心をシオンに見いだしました。シオンが彼らをまとめる力であり、彼らを一つにするものでした。もちろん、これは、彼らが所定の時に全員シオンに登って行った時は、当然文字通りその通りでした。すべての部族から人々がそこに来て、国民の一体性を祝い、享受しました。彼らは多くの場所で離れて生活しなければならず、その間の数ヵ月...

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