住所
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出身
-
ハンドル名
オリバーさん
ブログタイトル
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 新着ブログ
ブログURL
http://ogccl.blog10.fc2.com/
ブログ紹介文
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリーの新着メッセージを紹介
自由文
更新頻度(1年)

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ブログ村参加:2010/12/30

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オリバーさんのブログ記事

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  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (10)

     ああ、公的生活の罠。公的生活の罠とはこれです。すなわち、主の奉仕において、私たちは何か言うべきことを持っていなければならないのです。私たちはそれを得ます。何か言うべきことを得ます。行って何かを用意し、学び、書き、まとめ、そして「これは主のメッセージです」と言います。それはこのようなものではありません。それは、それが自分たちに期待されているから、その時のために造り上げたものです。それはその時のため...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (9)

     ほんの僅かな真の啓示、霊的知識は、知的に理解した真理の山全体よりも、遥か遠くまで進みます。これらの事柄を語る時、誰もがここでは無力になると言えます。これは誰にでも伝えられるものではありません。それは霊的知識です。しかし、あなたはそれを指摘することはできます――「これに関して私たちは主のもとに行かなければなりません」と言うことはできます。この問題をすべて主のもとに持って行きなさい。私たちにとって、そ...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (8)

     御存知のように、それを通して神が事を行われた民・世代は、神の力を経験的に知っていた世代であり、まったく弱かった世代は、その歴史をすべて持ってはいたものの、主を経験的に知らない世代でした。数々の事柄を通り抜け、ヨルダンを通り、小刀で割礼を受け、ギルガルで彼らの間を小刀が通った世代――この世代は知っていました。そして、神はこの世代と共に最初に力強いことを行われました。主を知らなかった世代が士師記の世代...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (7)

     神の御言葉は御霊の中で常に真の効力を発揮してきました。それは知性に対する単なる知識ではなく、良心を打ちます。そして、良心が打たれない限り、御言葉は機能しません。そして、御言葉が御霊の力の中で発せられない限り、それは決して起きません。また、その器は、それ自身は土でできていますが、それを外側のものとしてではなく内側に持たなければなりません。あなたたちが人前に出て行くとき、最も聖なる方の雰囲気ではなく...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (6)

     あなたちの多くはおそらく、神のみこころの中で、主のための奉仕の領域に進み出ようとしているかもしれません。かなりの量の聖書知識と聖書の中に含まれている様々な教理についての知識を携えて進み出ようとしているかもしれません。おそらく、大量の真理、いわゆる「光」を携えて進み出ようとしているかもしれません。ああ、私はあなたに訴えたいと思います。あなたに警告したいと思います。主は次のことをあなたに語ることを望...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (5)

     主から私たちに与えられるものにはみな、現場での徹底的訓練が必要です。まったく見事で素晴らしい話やメッセージを聞くことではありません。それにどれだけ力や権威があるのか、それがどれだけ徹底されたのか、その在り処が頭の中かそれとも存在中なのかは、すぐに分かります。それは存在のまさに繊維中に造り込まれなければなりません。それが済まない限り、それは無力な真理です。理解された真理、効果的な真理ではありません...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (4)

     私の供給や話は無力です。これらの事柄を供給することを欲する人はみな、ここでは無力です。述べられた事柄に知的同意を与えること、知的に理解すること、真理であることを認めることは、あなたがそれを完全に得たことを意味しません。頭が痛くなるまでうなずいたとしても、依然としてこの事柄では子供のように無能であるおそれがあります。これはどうしようもありません。話すことでそれを乗り越えることはできません。それは起...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (3)

     私たちが読んだコリント書の節に来ると、そこでは途方もないことが述べられていることに気づきます。「その力の卓越した偉大さが神のものであって、私たちのものではないことを」。その力の卓越した偉大さとは何でしょう?それは土の器の中に私たちが持っている宝である、と述べられています。「神は私たちの心の中を照らして、その知識を与えて下さいました……」。それはイエス・キリストの啓示です。それが霊的知識です。もちろ...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (2)

     エペソ書の節に来ると、自分が天上にいることを思い出します。そして、エペソ書の結果、その壮大な頂点は、信者たちの内に最終的に、キリストについて最初にそうだったものを有効化することであることを思い出します。神は彼をよみがえらせて、天上で御自身の右に置き、あらゆる支配・権威・主権・権力よりも遥かに高くされました。主イエスの場合これは真実であり、彼はそこにおられます。一章のこの点と壮大な頂点である六章と...

  • 「霊の力の回復」第七章 霊的知識の問題 (1)

     聖書朗読:士師記二:七、二三、三:一、三一。エペソ一・一七。二コリント四:四、六、七。 愛する人よ、主にはこの時、霊の力の回復というこの大きな問題に関して私たちに話すべきとても重要なことがあると、私は感じています。それはほんの一言ですが、聖霊がその言葉を発して、私たちがそれを理解できるようになるとき、それは主にとってとても重大な意味を持つことになると私は確信しています。それは霊的知識の問題と関係...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (10)

     十字架は私たちを消滅させるためであり、私たちを一掃するためである、と私たちはしばしば考えます。実は、その強調点は命にあるのです。十字架のメッセージは命を生じさせなければなりません。それはとても多くの人々の中に死を生じさせます。それはあなたを窒息させ、あなたを打ちのめします。それで、あなたは動くのを恐れるようになります。十字架によって命が生じなければなりません。なぜなら、私たちは死んで、自分は死ん...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (9)

     パウロは彼の肉体の弱さについて述べています――「死は私たちの内に働きます」。しかし、それは死に属する権威ではありません。死は別の権威の手の中にあり、その権威が死を用いて命を生じさせます。これは何でしょう?彼自身におけるキリストの死の働きです。主イエスの命がこの体に現わされるのは、主イエスの死がそこに働いているからです。矛盾ですが素晴らしい真実です。征服者がたやすく一掃します――圧倒的な征服者が自分の...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (8)

    手段としての十字架 十字架。この箇所が示しているのは、霊の力に関する三番目の主要な点――十字架――です。すなわち、主イエスは死なれたこと、彼は十字架に付けられて葬られた、という意味における十字架です。彼は一度限り永遠に罪に対して死なれました。私たちは彼にあって死にました。しかし、主イエスは死んで、死者になりましたが、状況を次のように変えました。すなわち、御自身が受け入れた弱さを通して少しのあいだ御自身...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (7)

    命の霊の法則 二番目の点について、短い言葉を敢えて述べることにします。八章二節「キリスト・イエスにある命の御霊の法則が罪と死の法則から私を自由にしました」。一点目が焦点としてのキリストだとすると、二点目は力としての御霊です。「私を自由にしました」。聖霊は常にこの焦点に関して働いておられることがわかります。彼はこの焦点を持たなければなりません。この焦点は主イエスです。ですからキリストは道です。聖霊は...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (6)

     このような時を主はどのように対処されるのでしょう?御自身の御子である主イエスを最高の卓越した地位にもたらして、彼を焦点とすることによってです。最初はそうでしたし、主の民の間に力があった時代は常にそうでした。力の秘訣は、主が御民の生活の中で最高のすべてを支配する焦点であることでした。主に関する事柄ではなく、主御自身です。契約の箱は主の表現を表していました。そしてそれが中心にあって、主の民の敬慕の地...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (5)

    「私」ではなくキリスト 私たちの生活原理は主イエスでなければなりません。彼が私たちが専念すべき対象でなければなりません。神秘的なことを述べ尽くしたので、あなたたちの多くに向かって言わせて下さい。主が御民の中で、またその間で、霊の力の回復に取り組まれるとき、彼は新たな方法で彼らを主イエスに連れ戻さなければならないのです。彼は彼らを単なる事物、単なる教理、霊的生活にすぎないものに関するあらゆるものから...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (4)

     霊の力の回復の方法を私たちは知らなければなりません。私はますます次のことを感じるようになりつつあります。すなわち、大量の霊的知識、霊的教え、霊的指導は、決して力の秘訣ではないのです。それは力ではありません。霊の事柄のこの領域では、教え、指導、教理、光自体は全く力の秘訣ではありません。大量の光、大量の教えや指示を持っている人々のとても多くが、時として違反者の頭になったり、死をもたらしたり、凶器とな...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (3)

     彼らの霊に関する彼らの常套句は、「彼らはそれを彼らの霊の中に持っている」です。そして、それは死と弱さをもたらします。それは往々にして活動を停止させる、というのは全く真実です。本物の行動を停止させるのです。ですからすでに述べたように、多くの時、祈りが出てきません。霊の中で祈らないようなことがあってはならない、と人々は祈るのを恐れるからです。多くの人は霊的生活の活動面の多くに参加するのを恐れます。霊...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (2)

    自己で占有されることによる麻痺状態 自意識はすべて弱さです。今、すべて忘れたとしても、「自意識はすべて弱さである」と書き留めて下さい。自己分析、自己凝視、自己検査、自己に占有されることは何であれ、自意識です。そして、いかなる形や種類の自意識もすべて弱さです。弱さです。この点に関して、またこの文脈において、真理の主観的な面はとても危険なものです。 真理の主観的な面という言葉で私が何を言わんとしている...

  • 「霊の力の回復」第六章 三つの主要な要素 (1)

     神に愛されている人よ、私は信じていますが、私たちが共に集まるこの数日間における神の御心は、私たちが力の回復の問題に携わることです。これが、この時に関して彼がその中に私自身の心を導いておられる道であると思われます。 力の回復。もちろん、これが直ちに意味するのは力の喪失です。あなたたちを説得して、主の民の間でかなり力が失われてきたこと、そして、私たちは力の回復を非常に大いに必要としていることをあなた...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (12)

     この世の君が治めているのではなくイエス・キリストが主である、という証しがこの地上になければなりません。主の民のすべての団体は「隙間」です。神の子はみな、「この世の君」の普遍的支配の中の隙間です。あなたはそうでしょうか?この時代の神、この世の君は普遍的に支配しているわけではないことを示して宣言するために、私は立っているでしょうか、あなたは立っているでしょうか?それには代価が必要です。あなたたちはこ...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (11)

     主が得なければならないのは、御民についてのこの内的なものです。彼らが彼を知るとき、彼はまさに彼らの内側の命となります。そして苦難によって彼らが死の中に飲み込まれつつあるかのように思われる時、主は依然として生きておられ、それで終わりではないこと、むしろ、主は苦難を通して偉大なことをなしうることを彼らは知ります。時々私たちは「私たちは精力的でなければならない」と考えましたが、私たちが最も衰退している...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (10)

     信仰によってエノクはいなくなりました、神が彼を取られたのです。この御言葉がどこに出てくるのか御存知でしょうか?「何某は死んでその父祖たちと共に葬られた」という単調な文が続く長い章の中です。先に進んで行くと、「エノクは神と共に歩み、そしていなくなった」(創五・二四)という御言葉に行き着きます。神は復活、昇天の命の証しとして、死の普遍的支配に介入されました。ギデオンは「神は自分の内におられる」という...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (9)

     二番目と三番目の試練は羊毛に関してでした。ほとんどの人はこの羊毛の件を誤解しています。あなたは人々が自分たちの羊毛で「主を試そう」と言うのを耳にしてきました。しかし、神はそれよりもずっと適切な根拠を私たちに与えて下さっています。それは主を辱めることですが、この羊毛の件には無限の価値があります。まず第一に彼は言いました、「この羊毛を外に置くことにします。その上にだけ露が下りて、周囲はすべて乾いてい...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (8)

     弱さの時代にあって、次のことに決着がついていないなら、私たちは神にとって何の役にも立ちません。すなわち、キリストは復活されたこと、神はキリストのゆえに私たちを受け入れて下さったこと、この愛されている御方にあって私たちは愛されていることです。とても多くの人は依然としてこれを確信していません。主は自分たちを大いに喜んでいて本当に自分たちを愛して下さっているのか、それとも、主は自分たちに敵対しておられ...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (7)

     第一に、彼のいけにえです。彼の祭壇が築かれ、その上に彼のいけにえが置かれました。そして、主の御使いがそれに触れると、それは燃やし尽くされて、火の中で上って行きました。ここでギデオンは自分を主にささげて、主が自分を受け入れて下さったことを自ら目撃します。この贈物は、自分自身を主にささげる贈物・行為を表していました。「ですから、兄弟たちよ、神のあわれみによってあなたたちに懇願します。どうかあなたたち...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (6)

     これが主に対するギデオンの返答でした。霊の力の回復の問題では、私たちは進みながら断片を拾い集めなければなりません。これがその道です。その後、信仰を構成する神の働きが始まりました。それはギデオンを神の御心通りの地点にもたらすためです。神の御心では、彼は勇敢な勇者でした。しかし、彼自身はそうではありませんでした。そこで、彼が神の御思い通りの者になる過程が始まりました。そして、それは信仰が構成される過...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (5)

     さて、次の出来事はギデオンが問いを発したことであることに気づきます。それは麗しい問いです。それは議論のように聞こえます。「主が私たちと共におられるなら、どうしてこのようなことが私たちに降りかかったのでしょう?」。ここで言葉が一つ変わっていることがわかるでしょうか?どうしてこのようなことが「私」にではなく「私たち」に降りかかったのでしょう。この意義がわかったでしょうか?ギデオンは自分自身に生きてい...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (4)

     ギデオンの箇所に来ると、主は言わば壁の後にやって来て、木の下に座し、ギデオンがミデアン人から少しの食物を保とうとして隠れて働いているのをご覧になります。その後、彼はギデオンに「勇敢な勇者よ、主はあなたと共におられます」という極めて驚くべき言葉を語られます!彼は到底勇者などではありませんでした。「私は私の父の家で最も小さな者です……」。彼は試されて、彼の父の偶像、画像、林を破壊するよう命じられた時、...

  • 「霊の力の回復」第五章 主を私たちの命として知る (3)

     今日の状況はまさにこのような類のことで穴だらけです――偉大な僕たちが神によって起こされ、用いられます。それらの僕たちはまったく神からであり、信仰の人、信仰の僕であって、神の力と神の信仰を証しします。それは神に信頼することによってであり、助けを求めて肉や世に決して頼りません。この人々はまさにこの路線で攻撃を受けつつあり、彼らの高い立場から降りつつあります。訴えを始めて、自分たちの必要をあらゆる方面に...