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1件〜100件

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (10)

     この地球が新たに整えられるとき、それは他のすべての世界に影響を及ぼすでしょう。キリストの贖いは天と地の万物を和解させるものである、という感覚があります。それが一体何を意味するのかを十分に予言することは、聖書に照らしてみても不可能です。しかし、千年期を超えて、代々の時代がさらに広大でさらに壮大なかたちで展開していくであろうことは確かです。その結果は最終的に、義のみが宿る新しい天と新しい地です。そし...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (9)

     第三に、物質界は超自然的な変容を遂げます。人が変化させられるだけでなく、人の住まいも素晴らしい変容を遂げるのです。罪の痕跡、苦しみと死の記憶は消し去られます。墓場はなくなります。死という恐ろしい事実は遠い過去の記憶にすぎなくなり、墓場は死者を明け渡すだけでなく、分離と破壊の業をやめます。低次の被造物の野性的で野蛮な本能は服従させられます。獅子は雄牛のように温厚になり、狼は小羊と共に伏し、コブラや...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (8)

     第二に、信者たちは超自然的に変容させられます。この祝福された望みは、栄光を受けたキリストだけでなく、その聖徒たちの栄化をももたらします。眠っている者たちは、キリストの全能の力の超自然的・瞬間的な顕現によって、死者の中からよみがえらされ、生きている者たちは、その直後に変化させられることになります。両者に臨むこの変化により、彼らは栄光を受けたかしらの完全な似姿に全く変容させられます。 この出来事は並...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (7)

     さて、聖霊がこの輝かしい希望を啓示されるとき、その超自然的性格のいくつかの点が現れます。 第一に、それはキリストを超自然的に啓示します。主イエスが超自然的な人としてかつてこの地上に住まわれた事実を受け入れているなら、彼がこの地上を再び訪問し、その至高の主としてさらに長くそこに住まわれることを、どうして奇妙に思うのでしょうか。すべてのクリスチャンはこう信じています、かつてこの地上の舞台を歩まれたこ...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (6)

     パウロは、テサロニケ人への二つの手紙を書いたとき、この偉大な真理に言及しました。また、すべての手紙の中でそれについて、さいわいな霊感と期待を与えるものとして、何度も言及しています。 ペテロはこの「祝福された望み」について多く述べています。また、彼らの中で最も実践的で神秘主義やいかなる夢想からも最も遠かったヤコブですら、当時の苦闘している虐げられたクリスチャンたちに、労働組合やストライキによってで...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (5)

     主イエス・キリストの務めは、将来の来臨を示す荘厳な実物教材で、その頂点を飾りました。ガリラヤでの素晴らしい働きから転じようとしておられた時のことです。彼は弟子たちを連れてヘルモン山の高台に行き、一時の明るい輝きの中、ご自分の神性の表から覆いを外して、来臨の栄光の輝きをことごとく現わされました。彼ご自身の変貌した御顔と御姿の中に、弟子たちは再来される時の彼を見ました。他方、モーセとエリヤの中に、弟...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (4)

     アブラハムも同じように、この来るべき時代の力の下で生きました。彼は約束の地を契約によって受けたものの、彼自身はその地ではよそ者であり、後に受け継ぐことになる嗣業を信じつつ亡くなりました。彼がカナンにおける唯一の所有地であるマクペラの洞穴をあれほど大事にした理由は、そこが彼の愛する妻の埋葬地であり、輝かしい復活のときに将来その地を受け継ぐことになるという神の契約の保証だったからでした。彼に対する神...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (3)

     エデンの門の奥にいたケルビムの神秘的な姿の、まずはその輝かしい頭と、そして最終的にはそのすべての肢体は、贖われた人間の予型でした。獅子の顔は王者の風格を、雄牛の顔は力を、人の顔は完全な人間性を、高く舞い上がる鷲の顔は気高さと神との合一を物語っていました。これはみな、まずキリストにおいて、次に彼に贖われた者たちにおいて成就されるべきものでした。それはエデンの門に置かれた写真のようなものであり、失わ...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (2)

     さらに、私たちの人間生活の体制は、現在はさらに偉大でさらに長続きするものの不完全な予表にすぎないことを、こぞって証ししています。私たちが今日感じ、目にし、知るものはみな、無限の未来の胚子にすぎません。私たちの本性の最深部にある本能は、より広大な領域、より荘厳な生活、より安住できる故郷について私たちに告げます。地上で私たちは、愛する者の上で墓が閉じる時になっても、まだほとんど愛することを学んでいな...

  • 「現在の真理」第六章 超自然的な希望 (1)

    「祝福された望み、すなわち、大いなる神また私たちの救い主イエス・キリストの栄光の出現を待ち望むようにさせています。」(テトス二・十三)「神の日の到来を待ち望み、また早めなさい」(二ペテロ三・十二) 第二ペテロ三章の冒頭で使徒はある思想家の学派について述べています。その学派は終わりの時代に現れて、「彼の来臨の約束はどこにあるのか?先祖たちが眠りに就いて以来、万物は創造の初めからそのままである」と言う...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (10)

     たんなる天然的健康や物質や器官には、生まれながら利己的で天然的な欲求への傾向があります。しかし、キリストが私たちの心を満たされる時、聖くないものに対する欲求は取り除かれます。そして私たちは、死すべき肉体に神の接触を受けたことのない人々の強い感覚的命から発する、無数の悪の暗示から救われます。 神癒は、その最も深遠で最も高度な意味においては、自己耽溺や地的な考え・感覚・行為に向かう多くの傾向性から救...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (9)

     結論として、この超自然的な体の偉大な真理は、不信仰に反論するためのきわめて実際的な現在の真理です。それはこの時代の不信仰に対する反証です。ティンダル教授は、キリストの弟子たちに肉体的奇跡を実際に起こすよう要求しました。賢明な人でそのような僭越な要求に挑む人はいませんでしたが、神はそれを引き受けられました。その日以降、文字通り数千の神癒の事例があり、それらの事例は多くの点で使徒たちの記録と同じよう...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (8)

     さて、神癒にまつわる多くの不可解な経験はこれで説明がつきます。あなたの体の実際の状態は常に治してもらえるとはかぎりませんが、イエスを仰ぎ見続けさえするなら、あなたに与えられている内なる力、あなたの存在の深みにある超自然的な泉、活力と生命力を、あなたは見いだすでしょう。この活力と生命力によりあなたは、自分の上にのしかかるあの重苦しい症状を克服し、肉体の命に対するあらゆる圧迫をその症状にもかかわらず...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (7)

     この崇高な思想を仔細に追うことは紙面と時間の都合で許されません。これに関するもう一つの例を追加するだけにします。それは、彼が述べている肉体の棘についてです。これは多くの研究者や注解者を困惑させてきました。 さて、これまで説明してきた原理により、この難問を解くことができます。さしあたってパウロの棘は肉体の病気だったとしても――それに関して私たちは深刻な疑念を抱いていますが――、また、彼の祈りに応えて文...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (6)

     しかし、この深遠な真理は、使徒パウロの務めと模範を通して、後の聖霊の教えの中で、きわめて深くかつ壮大に解き明かされています。この真理は、彼の教えと経験全体を、天の泉から発する金色のパイプのように貫いています。 非常に生き生きと、彼は私たちの生けるかしらであるイエス・キリストとの合一の教理を展開しています。「私たちは彼のからだ、彼の肉体、彼の骨の一部なのです」と彼は述べています。主は私たちの体のた...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (5)

     私たちの祝された主は、この深い霊的真理をきわめて深遠な講話の中で私たちに教えてくださっています。そして、偉大な原理をキリスト教時代全体を通して私たちのために残してくださいました。この原理は、その上に主ご自身が自らの生活を建て上げて、ご自身の体において敵の攻撃に勝利されたものです。その講話は、その教えがあまりにも際立っており、その範囲があまりにも深くて心を探るものだったため、弟子たちの多くはそれを...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (4)

     しかし、新約聖書に目を向けると、私たちの偉大な教師であり模範である主イエス・キリストについて最初に目にするのは、これと関係しているものです。彼は荒野に立ち、サタンとの最初の戦いをくぐり抜けて、私たちの人生に対する偉大な見本を私たちのために示してくださいました。その誘惑の最初のものは肉体的なものであり、肉体の力を人間的源から得るよう誘惑するものでした。彼はそれにどう対処されたのでしょう?――すでに申...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (3)

     これはこの国全体に言えたように、その国の最も優れた個々人にも言えました。ですから、モーセの人生は明らかに超自然的でした。彼は、たいていの人なら遺書を書き、葬式の準備をしているであろう八十歳の時に、偉大な働きを始めました。そして、百二十歳になっても、彼の目はかすまず、体力も衰えなかった、と記されています。それどころか、彼は険しい山に悠然と登り、成熟した姿で神の戦車に乗り込み、勝利の力と自発的明け渡...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (2)

     神聖な啓示を辿っていくと、次にアブラハム、イサク、ヤコブの物語で、私たちの体における神の超自然的命の明確な現れに出あいます。ここでは、約束の子が生まれる前に、天然の力は失われました。これは、神の御子の誕生は天然的な方法ではなく超自然的な方法によることを示す予表のようなものでした。約束の子であり、来るべき方の最初の型であるイサクは、両親の天然の命が尽き果てて、神が超自然的に直接触れて彼らの体に新し...

  • 「現在の真理」第五章 超自然的な体 (1)

    「イエスを死人の中から復活させた方の霊が、あなたたちの中に住んでいるなら、キリストを死人の中から復活させた方は、あなたたちの中に住んでいる彼の霊を通して、あなたたちの死ぬべき体をも生かしてくださいます。」(ローマ八・十一) 体の贖いはキリスト教の真理として受け入れられています。クリスチャンの間の主な違いは、その適用範囲に関するものです。多くの人は、私たちの贖いのこの部分は、現在の時代の終わりに、私...

  • 「現在の真理」第四章 超自然的な教会 (6)

     教会には超自然的な運命があります。教会の召命は栄光の教会になることであり、いつの日かキリストは、しみやしわや、そのようなものが何もない教会をご自身にささげられます。教会は、黙示録が示す新しいエルサレムの全き栄光をもって輝きます。教会の花婿でありかしらである方の光と麗しさを反射しつつ、燦然と輝きます。教会は宇宙の驚異となります。訪問者がすべての星からやって来て教会を見つめ、その一方で、付き添いの御...

  • 「現在の真理」第四章 超自然的な教会 (5)

     教会は超自然的力を賦与されています。教会に聖霊のバプテスマが与えられています。教会にはキリストの生ける心が宿っており、その一方で、かしらは仲介のために御座に座して、教会の益のために万物を支配しておられます。 キリスト教はこの点で、他のどの組織とも異なります。どの組織にも一人の頭がいますが、その心は死んで冷えています。キリスト教の心は聖霊であり、聖霊は依然として神の全能のかぎりを尽くして教会の懐の...

  • 「現在の真理」第四章 超自然的な教会 (4)

     教会には超自然的な目的があります。教会は地的王国ではなく、天的民です。教会の主と同じように、教会は「私の王国はこの世のものではありません」と言うことができます。教会は、莫大な寄付金、社会的優位性、宗教議会、市長選、王室の後援と、何の関係があるのでしょう?愛する方の腕に寄りかかって荒野から上って行くのが教会です。偽物の、地的な、堕落した教会の目印は、地上の権力という獣に乗って、肉の腕と同盟を組み、...

  • 「現在の真理」第四章 超自然的な教会 (3)

     教会には超自然的な命があります。私たちは教会の中へと生まれなければなりません。それに加えられることはできません。私たちは主に加えられ――使徒行伝のこの節(五・十四 訳注)は文字通りにはこう訳されなければなりません――それによって教会に加えられるのです。 「一つ御霊によって(by one Spirit)」もっと正確に言うと「一つ御霊の中で(in one Spirit)」ユダヤ人も異邦人も、奴隷も自由人も、私たちはみな一つからだ...

  • 「現在の真理」第四章 超自然的な教会 (2)

     教会は神聖なかしらを戴いています。「据えられている土台以外の土台を据えることはだれにもできません。その土台とはイエス・キリストです」。キリストは教会と大いに密接に関係しているため、教会についての偉大な章である第一コリント十二章では、教会はまさに御名で呼ばれているほどです。キリストの教会ではなく、キリストと呼ばれているのです(一コリント十二・十二)。「体が一つであっても多くの肢体があり、体のすべて...

  • 「現在の真理」第四章 超自然的な教会 (1)

    「キリストもまた教会を愛して、そのためにご自身を捨てられました。それはキリストが教会を聖化し、言葉による水の洗いによって教会を清めるためであり、またそれは、しみやしわや、そのようなものがなにもなく、聖くて傷のない栄光の教会を、彼がご自身にささげるためです。」(エペソ五・二七) 私たちの人間生活には社会的・集団的要素があります。したがって、キリスト教は超自然的な人だけでなく、神聖な社会も含んでいます...

  • 「現在の真理」第三章 超自然的な生活 (6)

     信者の生活で、祈りの神秘と務めほど、超自然的で神聖な不思議はありません。力ある政治家のダニエルは、公務や自分を待っている宮廷からの訪問者たちから離れて、丸三週間、クロスよりも偉大な王の御座の前で顔を伏せて祈り続けました。彼が祈っている間、地上最強の征服者は眠ることができませんでした。彼は自分の国の保存文書とユダヤ人に関する記録を求め、夜が明けて朝になると、書記官を呼んで、次のような勅令を口述しま...

  • 「現在の真理」第三章 超自然的な生活 (5)

     神の導きはクリスチャン生活の超自然的特権の一つです。聖別されたすべての魂のために、神は明確な計画と神聖な予定を持っておられ、それを一般生活全般から引き上げ、際立たせ、崇高なものにしてくださいます。それはとても単純な生活で、とても地味な所でなされるかもしれませんが、神がそれを形造り、成形し、持ちいておられるという事実により、言語を絶するほど高い威厳を帯びます。ヨセフの生涯、エステルの生涯、パウロの...

  • 「現在の真理」第三章 超自然的な生活 (4)

     聖霊のバプテスマは、私たちの生活における五番目の超自然的事実です。その効果は本質的にキリストの内住と同じであり、私たちがキリストとの合一にあずかるのは聖霊を通してであるのですが、それでもそれはクリスチャン生活における別個の特権であり経験です。預言者エゼキエルは、回心した魂の経験を描写するとき、主が彼らの内に置かれる新しい心と新しい霊について告げた後、次のようないっそう高度な約束を付け加えました、...

  • 「現在の真理」第三章 超自然的な生活 (3)

     クリスチャン生活における次の超自然的事実は子たる身分です。私たちは直ちに天の家族の一員になります。このこともまた、神の統治の先例に全く反する、きわめて驚くべきことです。天使たちはとても高度な存在でしたが、あえて神の家族に加わろうとはしませんでした。しかし、罪深い人が天の宮殿の敷居をまたぎ、放蕩者が御父の懐に戻って、大天使ですらあずかり知らない地位を要求したのです。「見よ、なんという愛を、御父は私...

  • 「現在の真理」第三章 超自然的な生活 (2)

     クリスチャン生活の二番目の超自然的事実は再生です。再生は義認とは全く異なるものです。後者は、私たちの神との関係を正しくします。前者は私たちの性質を正しくするものです。再生とは、神から直接伝達される、神ご自身の存在のように純粋で聖なる新しい命を、神が人間に分与されることです。これは道徳的向上、自己改善、より良いことをすること、より良くなることではなく、恵みの奇跡、新創造です。それはあまりにも驚異的...

  • 「現在の真理」第三章 超自然的な生活 (1)

    「私は生きています。しかし、私ではなく、キリストが私の内に生きておられるのです。」(ガラテヤ二・二〇) 聖書の最良の版は聖なる生活です。神はご自分の超自然的な書を、ご自分のすべての子供たちの生ける経験に翻訳することを願っておられます。 ある人がウォルター・スコット卿に「私は本を書こうと思います」と言ったところ、彼は「一冊の本であれ」と答えました。 使徒たちの敵どもは、癒された人が彼らのただ中に立っ...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (10)

     頭脳で聖書が理解できない時、それをあなたの胸にしまい、あなたの心に刻み込んで、あなたの悲しみ・罪・必要に適用しなさい。そうすれば、それが真実であることがわかります。聖書はあなたを探り、回心させ、満足させてくれるからです。 ある盲目の少女が瀕死の状態で横たわっていました。彼女の麻痺した指では、大切な聖書の点字を触って読めなくなりました。悲しい叫びと共に、彼女は聖書を落とし、「私の大切な聖書、あなた...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (9)

     この書が真実であることを知りたければ、この書を額面通り受け取りなさい。それを心に受け入れて、単純・率直に読み、従うことによって試しなさい。そうすれば、この書が主張するとおりのものであることがわかるでしょう。 かつて私が牧師をしていたある町に聡明な弁護士がいました。その弁護士には、私の牧会に参加している若い妻がいました。彼女は熱心なクリスチャンでした。彼は悪名高い懐疑論者であり、その地域の代表的な...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (8)

     この本の影響力。この本は人間社会を変革しました。受け入れた国々を文明化しました。プロテスタント諸国の偉大さと力の秘訣はこの本にあります。それが異教徒の集団の中に入り込むと、見よ、フィジー諸島の人食い族は優しいクリスチャンになり、野蛮なインド人は平穏なキリストの弟子となり、利己的な中国人は英雄的な殉教者となり、劣悪なアフリカ人はきわめて気高い大人になります。一夫多妻制の人は妻たちを手放し、魔術師は...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (7)

     主イエス・キリストの生涯と人物像。イエスの物語は福音書が真実であることの最も強力な証拠です。このような物語は、それが文字通り真実でないかぎり、全くなんの説明もつきません。このような人物像は私たちにとって奇跡です。それを思いつき、考え出し、このような記録というかたちで展開する精神の持ち主はだれでも、素晴らしい文学的業績のゆえに、神聖な者として不滅の栄誉を受けるに値するでしょう。 誰がこの素晴らしい...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (6)

     予言の二番目の区分はユダヤ人に関するものです。大昔のモーセの時代から旧約聖書全体にわたって、一連の明確な予言の系譜があります。それらの予言は、彼らの民族史的大事件、国々の間における彼らの優位性、彼らが異邦人征服者たちの力の下に陥ること、罪のために捕囚にされること、メシヤを拒絶すること、すべての国々の間に散らされること、他のすべての国民との区別が保たれること、最終的に彼ら自身の土地に回復されること...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (5)

     予言。人間の鋭い知性は、将来についてある程度の確度で推測することに成功するかもしれません。しかし、異教徒の神託や賢者・賢人のきわめて大胆で賢明な推測と、聖書の明確な決定的予言との間には、無限の隔たりがあります。 予言の基準はきわめて単純かつ明白です。 第一に、予測された出来事は十分遠い未来のことでなければなりません。 第二に、予測は明示的なものでなければなりませんし、地域、状況、名前など、間違い...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (4)

     しかし、満足いく証拠によって実証された事実こそ、それは神によってなされたという証しの正しさを示す決定的な印であり証拠なのです。キリストはご自身が行った業をご自身の神聖な性格とご自身の教えの正しさを示す証拠として明確に主張されました。もし神が聖なる神であるならば、その主張が真実でないのに、それに応じて、その証しを承認されるとは考えられません。 ストラスブール大聖堂の大時計の製作者兼管理者が、大聖堂...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (3)

     神の御言葉の超自然的性格と至高の権威を示す五人の証人を連れてくれば十分でしょう。 奇跡。この書は超自然的試練によって私たちに訴えかけます。その証人たちの超人的な力を証拠として主張します。この書は無限の創造主に対して、いかなる被造物の力も超えていることがわかるような御業によって、そのメッセージを証明するように訴えかけます。デイビッド・ヒュームの著作で有名になった奇跡に対する標準的な反論は、奇跡は自...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (2)

     この聖なる書物の擁護者・教師たるべき人々の多くが、この書物を完全に否定しないまでも、その至高性を損ない、その無誤謬の権威に疑問を呈する人々の仲間入りをして、少しでも安っぽい人気を得、高い教養を身につけようとしている傾向を見るのは、とても悲しく残念なことです。聖書は、すべてか無かのいずれかです。鎖の強さはその最も弱い箇所によって決まりますが、もし神の御言葉が絶対的かつ完全に真実でないなら、それは私...

  • 「現在の真理」第二章 超自然的な書物 (1)

    「あなたたちが再生されたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の生きている、存続する言によるのです。なぜなら、『すべての肉は草のようで、人の栄光はすべて草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に存続する』」(一ペテロ一・二三~二五)。 今日、神の御言葉の霊感性と最高の権威ほど、人の心に強く訴える必要のある証しはありません。悪意あるサタンと傲慢な人間文化は、かつ...

  • 「現在の真理」第一章 超自然的な神 (7)

     最後に、私たちの心と生活の中に啓示される神の啓示は、あの輝かしい神の出現――これを時代は待ち望んでいます――の前味わいにほかなりません。私たちはあの祝福された望み、偉大な神であり私たちの救い主であるイエス・キリストの輝かしい出現を待ち望んでいます。キリストは待ち望んでいる花嫁の心にご自身の性格を投影しておられます。ご自身をその人々に対して大いに現実的なものとしておられます。そして彼らのために、ある日...

  • 「現在の真理」第一章 超自然的な神 (6)

     結論として、神がご自身の至高性を強調されるのは、人間の無知で愚かな高ぶりのためなのです。私たちは、人間が自己満足している時代に、奢った人間が「さあ、行って、その頂が天に届く都と塔を建てよう」と言っている時代に生きています。それに対して神はあわれみとさげすみをもって、「さあ、下って行って、彼らの言葉を混乱させよう」と言っておられます。 しかし、神が常にご自身を主張されるのは、私たちとは違って、ちっ...

  • 「現在の真理」第一章 超自然的な神 (5)

     ハガイ書には美しい約束の数々があります。それらの約束の中で神は、ご自身の奮闘している小さな群れに向かって――彼らは困難な時にわずかな力しかないのに回復の偉大な働きを成し遂げようとしていました――「私はあなたたちと共にいる。私の霊があなたたちの間にとどまっている。あなたたちは恐れる必要はない。強くあれ、そして、成功を確信しつつ働きなさい」と告げておられます。この美しい段落では、預言者が「万軍の主はこう...

  • 「現在の真理」第一章 超自然的な神 (4)

     神のビジョンによってイザヤは務めに召されました。また、それによって強められて、同胞の拒絶に耐え、反抗的な民のただ中でただ神と共に立つことができました。 聖書の中で、エレミヤに対する神の壮大な約束ほど素晴らしいものはありません。「主はこう言われる、それを造った者、それを形造って確立した主、主がその名である。私を呼べ、そうすれば、私はあなたに答え、あなたが知らない大いなる素晴らしい事をあなたに示そう...

  • 「現在の真理」第一章 超自然的な神 (3)

     神がモーセのもとにやって来て、途方もない働きに送り出そうとされた時、神がモーセの心に一つだけ印象付けようとされたのは、ご自身の超自然的な臨在が彼と同行するということでした。モーセのすべての恐れと疑いに対して、神はただ「私は在りて在る者である」とお答えになりました。神はただご自身の大いなる小切手を振り出して、それに署名し、モーセがなんでも好きなことを書き込めるようそれに空欄を残されました。神はこう...

  • 「現在の真理」第一章 超自然的な神 (2)

     私たちは時々、その人の個性よりも、その人が帯びている神の臨在の方に強い印象を受ける人物に出会います。これがエノクの特徴でした。彼について一つだけ述べられている素晴らしい点は、彼が神の臨在の中を歩んだことです。サムエルやエリヤについては、各々、「神の人」と認められていたことが記されています。 私たちが人生で望んでいるのは、神を知ること、神と共に歩むこと、神の人となること、そして次に他の人々に神を供...

  • 「現在の真理」第一章 超自然的な神 (1)

     聖書の最初の文章は、私たちを人間や自然ではなく、神と向き合わせます――「初めに神」とあります。確かに、「創造された」という動詞がその後に続きますが、それに至るずっと前に強調のための間があり、無限の神が私たちの前に立って、無限の空間を満たし、ご自身の内に全被造物と、後に全能の御手から発することになる無数の存在とを抱かれます。聖書は神と共に始まります。すべての本、すべての人生のすべての章が、同じように...

  • 「現在の真理」序文

    「現在の真理」(二ペテロ一・十二)。 霊感された真理はすべて必要であり重要ですが、神がある時に強調されるある真理があります。神は常に時代と世代に語りかけておられますが、決して闇雲に語るのではなく、常に的を射たことを時代に即して語られます。 時代の思潮が一人の人間の至高性になびいて、主権者たる法王を天の総督また地上におけるキリストの直接的代理人と認めよという教えがなされた時、神はジャン・カルヴァンを...

  • 「現在の真理」目次

    現在の真理すなわち超自然についての真理A. B. シンプソン目次序文第一章 超自然的な神第二章 超自然的な書物第三章 超自然的な生活第四章 超自然的な教会第五章 超自然的な体第六章 超自然的な希望第七章 超自然的な働きオリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館...

  • もっと効果的な武器の必要性? (5)

     今日、私たちは聖書を教えることに失敗していることに短く触れたので、決定的真理を生物学的観点から、公理的明確さをもって、また、聖書の科学的記述にしかるべく注意を払いつつ、教えることによって実現された成功について述べることにしましょう。この方法が用いられる所はどこでも、(1)生命の起源について、(2)命の諸々の水準について、(3)贖いの真理の全体像について、(4)神の御言葉の決定的真理を適用される聖...

  • もっと効果的な武器の必要性? (4)

    命の二つの水準 長年にわたる一定期間の調査により、ある事実が明らかになりました。その事実は、驚くほど少数のクリスチャンしか実際に知っておらず、再生の瞬間に人の霊の中に入る命の性質に関するものです。命よりも経験がクリスチャンたちの前に示されており、その結果、永遠の命の性質に関して彼らの心の中に多くの混乱が生じています。そのため、型への同形化はほとんど不可能になっています。この問題はさらにずっと深刻で...

  • もっと効果的な武器の必要性? (3)

     私たちが認識する必要があるもう一つの弱点は、聖書の科学的正確性を示すことに私たちが失敗していることです。それにより、近代主義者は進化論という巧妙な毒を人々の心に注入する絶好の機会を得ています。クリスチャンの教師たちが、「聖書は科学的であると期待してはいけないのでしょうか?」「聖書は科学の教科書ではありません」と言うのを、私たちは何度聞いてきたことでしょう。 このような話の結果は極めて悲惨です。そ...

  • もっと効果的な武器の必要性? (2)

    罪とは何か? クリスチャンの大多数に問いかけてみさえするなら、客観的真理に関する知的理解の大きな欠如がわかります。一つの例として、罪の問題を取り上げることにしましょう。大多数のクリスチャンは、罪の性質に関して、かなり不適切な認識を持っています。罪とは悪い行いを特にすることである、と彼らは思っているようです。しかし、行動を生じさせる姿勢について彼らは見落としています。有名な宣教士訓練施設を卒業したあ...

  • もっと効果的な武器の必要性? (1)

    勝利者誌 一九二九年 十巻 四月号 掲載。「神の贖いの御計画」の著者による。 今日、根本主義と近代主義との間の戦いにより、多くの眠っていたクリスチャンは目を覚まし、戦いに積極的に参加するために武器を身に着けています。この事実にもかかわらず、根本主義は破壊的な近代主義の教えに対して勝利を勝ち取っていません。近代主義の教えが大いに嘱望されているのです。 聖書学校、訓練授業、福音活動、預言的会議、根本主義的...

  • 彼の魂の苦しみ (3)

     少しして、「成就した」という大きな勝利の叫び声が、十字架上の方の口から発せられました。彼は「すべての人のために死を味わ」われました。そして、神の贖いの計画は完全に執行されました。霊の暗闇は今や過ぎ去り、今や、「父よ、私の霊をあなたの御手に委ねます」(ルカ二三・四六)と言うことができます。贖いの御業が成就されるまで差し止められていた肉体の死が、今や体に臨みます。 十字架刑による死は、ゆっくりした時...

  • 彼の魂の苦しみ (2)

     イザヤ五三・十~十二には、この罪を担う方の魂について三回言及されていることがわかります。「あなたが彼の魂を罪のためのささげ物とされる時」。「彼は自分の魂の苦しみを見る」。「彼は死に至るまで自分の魂を注ぎ出した」。 ゲッセマネの園で、大昔に述べられたこれらの言葉が成就されました。魂のこの苦しみの原因がこの章の六節に示されています、「主は、私たちすべての者の罪科を彼に負わされた」。 すでに述べたよう...

  • 彼の魂の苦しみ (1)

    勝利者誌 一九四六年 二七巻 十月号 掲載彼はひどく悩み、大いに悲しんで、彼らに言われた、「私の魂はひどく悲しく、死ぬばかりです………。」(マルコ十四・三三~三四) 奇妙な言葉です、これをイエスが述べられるとは!これは何を意味するのでしょう?「私の魂はひどく悲しく、死ぬばかりです」。三人の弟子がこの言葉を耳にしましたが、その意味を理解しそこないました。彼らは彼の苦難にあずかれませんでした。イエスはゲッセ...

  • 終わりの時代の戦い (5)

     この世界大戦では、軍事作戦が成功した結果、敵の弾薬や武器は破壊されました。同じように、私たちの大敵は、私たちの唯一の武器である「御霊の剣」(それは、神が語られたことです)を私たちから奪おうとします。神の約束はどれも攻撃を受けます。明け渡している神の子供が約束をかなえてもらおうとするとき、その約束が示す真理を、サタンはことさらに否定するようなことはしません。御言葉の意味について、その実際的適用に関...

  • 終わりの時代の戦い (4)

     サタンは、キリストが自分を打ち負かしたことを知っています。というのは、敗北した時、彼は「公然とさらしもの」(コロサイ二・十五)にされたからです。しかし彼は、キリストの勝利には自分の地位を変える力がある、と認めることを拒みます。自分は人類の支配者である、と見なし続けます。そして、このような手段により、自分の敗北について人類を無知な状態に保つことに成功しており、依然として人類を支配しています。私たち...

  • 終わりの時代の戦い (3)

    彼の命を現わす力 キリストは、最後のアダムとして、神の贖いの素晴らしい計画を 完全に執行されました。彼は、人類のすべての構成員が神の子供そして栄化された子になれるようにしてくださいました。人がなすべきことはただ、キリストが自分のためにしてくださったことを取得して、彼の栄光のためにそれを現わすことだけです。言い換えると、クリスチャンがなすべきことはただ、キリストにご自身の命を生きてもらって、自分の霊...

  • 終わりの時代の戦い (2)

     エデンの園に戻ると、そこで主なる神は新しく創造された夫婦に――主権(dominion)――を与えられました。人は王として、もしくは、支族の皇子として創造され、慈悲深く統治するための権威を着せられました。ただしそれは、人が創造主に拠り頼み続けるならばのことでした。子たる身分のための備えもなされました。アダムは神の非受造(永遠)の命のための器官である霊を持つよう創造されました。また、彼はこの命を選ぶ力も与えられ...

  • 終わりの時代の戦い (1)

    勝利者誌 一九四二年 二三巻 四月号 掲載 この経綸の終結の時代における霊的戦いは、祈りの戦いに似ているかもしれません。それに関して、現在の世界大戦には類似点が多々あります。 徐々に、しかし、確実に、諸国民は次の事実を理解するようになりました。すなわち、征服と隷属を狙う残酷で強力な暴君に抵抗して勝利しなければならない、という事実です。敵の存在と狙いを認識することにより、人々の用意は整いつつあります。究...

  • 新しい命と古い命 (5)

     これは一体化の問題です。心の一体化です。これが第一の点です。罪に対して死なれた時のキリストと同じ心であることです。罪のために死なれただけでなく、罪に対して死なれた方の心にあずかりなさい。「同じ心構えで自分自身を武装しなさい」(一ペテロ四・一)。キリストの観点に立って、その観点から罪を見なさい……罪に対して死んでいるという観点です。私たちはキリストと一体化されて、彼と共に死にました。そこで古い命は終...

  • 新しい命と古い命 (4)

     どのような手段で信者はこれを経験できるのでしょう?信仰により認めることによってです……これにより私たちは、古い命から分離する力としてのこの死の効力を実際的に受け取るのです。 信仰には、その根拠となる事実が必要です。思い込みは事実の代わりに幻想を抱きかねません。これが信仰と思い込みの違いです。信仰には、その根拠となる神聖な事実が必要です。思い込みにはそのような事実はありませんし、神の保証もありません...

  • 新しい命と古い命 (3)

     次の点は、聖なる死は一つだけである、ということです。この死以外の、世にある死はみな、その中に罪の痕跡があります。罪なき死、キリストの死以外のいかなる死にも力はありません。古い命を終結させる力を見いだすことを、あなたは望んでいるでしょうか?……さて、キリストの死はあなたにとっていかなるものでしょう?まず第一に、あなたは信者としてこう言うでしょう、「それは人の咎を贖うものです。私の諸々の罪を彼は担って...

  • 新しい命と古い命 (2)

     次に、別の問題が生じます。古い命をどのように死に渡すのでしょうか?それをどのように殺すのでしょうか?今晩、あなたはそのような状況にあるでしょうか?自分自身を十字架につけ、自分自身を死に渡そうとしているのでしょうか?……古い命は死によってのみ終結させられる、と神の御言葉は述べています。しかし、いかなる死によってでしょう?…… 古い命を終結させられるのは、ただキリストの死の力だけです。数年前、聖なる命は...

  • 新しい命と古い命 (1)

    勝利者」誌 一九二七年 第八巻 一月号掲載。「信仰生活」誌 一八九七年 一月二八日号より。注記:大いに感謝しつつ、一八九七年にエバン・H・ホプキンスがケズイックで与えた以下の(かなり縮約された)メッセージを紙面に掲載します。ホプキンス氏はケズイック運動の「神学者」としてあまねく認知されています。編集者はクリスチャン生活の形成期に彼の牧会の下で過ごした十二年間を神に感謝しています。彼を通して編集者は、真...

  • 抜き身の剣を持つキリスト (7)

     さらに、彼のあの剣はカルバリの炎の中で鍛造されました。それは愛の剣です!私のためのキリストのこの剣を、彼は大きな代価を払って、私の生活の中に、私の罪との戦いの中にもたらしてくださいました!それは愛の剣です。キリストの愛はそれを私の生活の中にもたらして、私の自己満足に切り込み、私の弱さと無価値さを私に知らせますが、それはさらに彼を知り続けるよう私を鼓舞するためです。彼が私を愛しているからこそ、彼は...

  • 抜き身の剣を持つキリスト (6)

     大いに率直に話すことを許してください――これを皮肉ったり、落胆したり、失望したり、あなたに痛みと悲しみをもたらしている人々について悪口を言ったりしないでください。彼らを蔑んだり、軽蔑して見下したりしないでください。あなたが感じている刃は彼らの剣ではなく、イエス・キリストの剣なのです!剣をもたらすために来た方が、それをあなたの生活にもたらされたのです。それは、あなたが虐待されているという、まさにその...

  • 抜き身の剣を持つキリスト (5)

     あなたが最初にキリストを理解した時、それは剣の一突きのようでした。また、あなたが二回目にキリストを生活の模範、自分が似るべき方として理解した時、それは、あなたの成り立ちのまさに中心を貫く剣の一突きのようでした。そうであるからには、あなたがキリストを自分の主人として理解する時は、どれほどなおさらそうであることでしょう? 彼は言われました、「私が来たのは、自分の家族の者たちが、その人の敵となるためで...

  • 抜き身の剣を持つキリスト (4)

     彼をさらによく知るようになるとき、私たちは彼が、「もしあなたの目があなたをつまずかせるなら、それをえぐり出して捨てなさい!」といったことを言われるのを耳にします。最初、彼がナザレやベタニヤやカルバリの恵み深い人であることが、私たちにはほとんどわかりません。しかし後になると、彼は私たちを対処する最も優しく、最も真実な方法を取っておられることがわかるようになります。「彼が来たのは平和ではなく剣をもた...

  • 抜き身の剣を持つキリスト (3)

     さて、愛する人よ、この御言葉が成就される三つの方面について、私と一緒に考えてもらいたいと思います。 第一に、人がキリストを知り始める時、キリストとその愛と恵みを最初に理解し始める時、それはその生活にどのような効力を及ぼすのでしょうか?貫く剣の効力です。あなた自身の経験を思い返してください。キリストを知り始めた結果、どのような影響があったでしょうか?あなたがどのように彼を知るようになったのかについ...

  • 抜き身の剣を持つキリスト (2)

     キリストは何者でいかなる方なのか、生活における彼の意図は何か、神の救いは何を意味するのか、インマヌエルなる方の偉大な使命は何を意味するのかを、人の魂が理解し始める時、これを理解した結果必ずわかることは、キリストが来られたのは平和ではなく剣をもたらすためであるということです。それは鋭い俊敏かつ鋭敏な剣の刃であり、個人においても、社会全体においても、切って征服します。 キリストを知る知識から生じる最...

  • 抜き身の剣を持つキリスト (1)

    勝利者誌 一九一一年 三巻 三月号 掲載。講演者による校正はされていません。「私が地上に平和をもたらすために来たと思ってはなりません。平和ではなく、剣をもたらすために来たのです。」――マタイ十・三四。 「私が来たのは平和ではなく、剣をもたらすためです」というこの御言葉は、イエス・キリストに関する私たちの通念とは真逆なので、「これは矛盾している」「これはキリストがご自身の務めに関して通常述べておられる考え...

  • 今も活動している霊 (4)

     サタンは、言わば、偉大な独裁者であり、彼より劣る悪鬼どもはみな、その判断を汲み取って、同じ霊を自分たちがその中で働いている人々の中に息吹き込みます。それゆえ、彼は「活動している霊(単数形)」の「支配者」であると、ここで述べられています。霊が単数形で述べられている理由は、彼らの支配者がひとりだからです。ひとりの支配者が他のすべての霊を導き指導して、こうして一つの道を行かせ、人々の心の中に一つの同じ...

  • 今も活動している霊 (3)

     2.さて、「今も活動している霊」という御言葉の二番目の解釈に移ることにします。それは……これらの悪鬼どもの働きの効果についてです――あの共通の霊を悪鬼どもは、近年、不従順な子らの中に生じさせています。それを使徒は一つの例として持ちだして、それがどのように活動しているのかをエペソ人たちが理解できるようにしました。それがどのように活動しているのか、そこでどのような霊が人々の中で神に逆らって、またキリスト...

  • 今も活動している霊 (2)

     悪魔は私たちの中で何ができるのか、と問われるなら、私はこう答えます。 悪魔は、第一に、気づかれずに、霊として、自分の望む思いをあなたの中に入れて、なんでももちかけることができます。それを想像の上に銘記することができます。すると、いずれ、悟性がそれを受け入れることになります。ヨハネ十三・二に、悪魔は「ユダの心の中にキリストを裏切ろうとする思いを入れた」とあります。悪魔がユダの中で働きました。彼は思...

  • 今も活動している霊 (1)

    勝利者誌 一九一四年 六巻 十・十一月号 掲載。エペソ二章についての説教から。さらに読みやすくするために、言葉の追加や繰り返しの削除をしています。「というのは、私たちの格闘は肉や血に対するものではなく、主権者たちに、権威者たちに、この暗闇の世の支配者たちに、天上にいる悪の霊の勢力(文字通りには『霊であるところの悪』あるいは『高き所の霊的な悪』)に対するものだからです。」――エペソ六・十二。「……この時代の...

  • 私たちの愛を鼓舞する十字架 (5)

     4.十字架は全世界に対する愛を鼓舞して力づけます。十字架はすべての人に向かって救いを明示します。なぜなら――神はそれほどまでに世を愛されたからです。イエスは十字架から御座に行き、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよと言われました。十字架の愛はすべての人に手を差し伸べます。それが私たちの心の中に入るとき、それは私たちにすべての人を愛させます。そして、贖われた私たちの全存在をこの愛の奉仕に明け渡すよ...

  • 私たちの愛を鼓舞する十字架 (4)

     3.十字架は私たちの隣人に対する愛を鼓舞します。十字架は価値なき者や敵に対する愛です。十字架によって贖われた者として、私の愛にそれ以外の規則はありません。第二の戒めは第一の戒めと同じく重要です。心を尽くしてあなたの神である主を愛しなさいという戒めは、あなた自身のようにあなたの敵を愛しなさいという戒めよりも神聖である、ということはありません。地上での務めのまさに最初から、山上の垂訓の中で、彼はこれ...

  • 私たちの愛を鼓舞する十字架 (3)

     2.十字架は兄弟たちに対する愛で私たちを鼓舞します。すでに見たように、神の中にまた私たちの中にある神聖な愛は愛することを喜びます。それがまさにその性質だからです。太陽のように、それは善人の上にも悪人の上にも輝きます。信者の心からそれは流れ出ます。神から生まれたすべての人の上に神から臨んだものとしてです。「生んでくださった方を愛する者はみな、彼から生まれた者も愛します」。 愛する力を与えるのは十字...

  • 私たちの愛を鼓舞する十字架 (2)

     1.十字架は神に対する愛で私たちを鼓舞します。もう一度言わせてください――十字架は動機づけるだけではありません。私たちはこれほどまでに私たちを愛してくださった神を愛すべきこと、感謝して愛すべきことを、みなが認めます。しかし、そうはいきません。ある動機によって、強い願いが生じるかもしれませんが、力を与えることはできません。神に対する私たちの愛が神が求めておられるもの、心を尽くした喜びに満ちた愛となる...

  • 私たちの愛を鼓舞する十字架 (1)

    勝利者誌 一九一〇年 二巻 五月号 掲載。一八九九年の南アフリカ開拓者誌より。「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して、私たちの罪のために、御子をなだめの供え物として遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たちよ、神がこのように私たちを愛してくださったのですから、私たちも互いに愛し合うべきです。私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちの中に住んでおられ、そして彼の愛が私たちの中で全うされ...

  • 神の愛を啓示する十字架 (4)

     3.この高価な真珠のために払うべき代価を覚えていてください。十字架はその代価がいかなるものかを告げます。永遠の愛は、すべてを手放して放棄する以外に、愛ではないものを捨て去る方法、勝利して私たちを神の全き愛の中へと導く道を切り拓く方法を、見いだせませんでした。この神聖な愛の命が私たちの中にあるすべてのものを所有し、満たし、支配するためには、どれほど徹底的に物質的命を憎んで失わなければならないのかを...

  • 神の愛を啓示する十字架 (3)

     神の心の願いが成就されて、人が神の愛の力の下で彼のみこころどおりに生きるよう導かれる道がいかなるものか、私が再び簡単に述べようとしている間、どうか来て耳を傾けてください。 1.十字架と共に始めなさい。来て頭を垂れて、ここで二つの学課を学びなさい。この愛の豊かさを把握したり受け入れたりすることが自分には全くできないという学課と、神は大いに喜んでそれをあなたの中に与えてくださるという学課です。すべて...

  • 神の愛を啓示する十字架 (2)

     その性質上、愛は、自分自身を知らせることを願います。愛する対象を得ることを願います。その心を勝ち取って、見返りにその愛を受けないかぎり、それは安息できません。今、考えてみてください。驚くべき栄光の中におられる神は、罪人を罪に定められましたが、それでも御子を与えて、御子を憎んで十字架につけた人々のためにその罪定めを担わされたのです――これは知識を超越した愛ではないでしょうか?この愛は十字架によって私...

  • 神の愛を啓示する十字架

    勝利者誌 一九一〇年 二巻 四月号 掲載。一八九九年の南アフリカ開拓者誌より。「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して、私たちの罪のために、御子をなだめの供え物として遣わされました。ここに愛があるのです。」――一ヨハネ四・十。 宇宙には、神の愛ほど素晴らしく、美しく、さいわいなものはなにもありません。神は愛です。「愛は自分の利益を求めません」。神たる方の栄光は、彼と彼が持っておられるものは彼ご...

  • 十字架と「携挙」(8)

    なぜ弱い人がいるのか こういうわけで、ある人々は弱く、ある人々は「眠」った、つまり、死んだのです、とパウロは述べています。それは、彼らが「みからだをわきまえ」(一コリント十一・二九)なかったからです。自分たちが吸収すべきキリストのからだは霊的実体であることを彼らは見ていませんでした。どんな方法で私たちは「食べる」のでしょうか?信仰によってです――信仰によって「取って、食べなさい、これはあなたたちのた...

  • 十字架と「携挙」(7)

    頂点である携挙 携挙は成熟に達した新創造の頂点です。その時、新創造は自らが出てきた所、また、属している所に昇ることになります。 エノクは昇るために苦闘した、とあなたは思うでしょうか?彼は大いに神の中に住んでいたので、地上にとどまっていられなくなり、それで昇って行ったのです。あなたの中に植え付けられている神の性質を通して、あなたの中に力が働いています。神の時が来たら、それは昇って行くことになります。...

  • 十字架と「携挙」(6)

    カルバリでの新創造 さて、カルバリを見つめる時、「最初のアダムの堕落した種族はそこで終わったのです」と自分に言い聞かせてください。カルバリで神は、新創造を、新しいアダム――天からの主――のかたちを持つ新しい種族を、造ること再び開始されました。天にいる人はみな、第二のアダムであるイエス・キリストのかたちを帯びているでしょう。 あなたは今、個人的に、カルバリについてこう言わなければなりません、「無力な罪人...

  • 十字架と「携挙」(5)

    愛されざる天 これは決定的に重要です。なぜなら携挙は、神がある瞬間、奇跡的に御業をなして、「土くれ」を「霊」に変え、この今の世を愛している人々を彼らが愛していない天にもぎ取られる、というものではないからです!教会は全般的に用意が整っていません。というのは、十字架をほとんど知らないからです。しかし、神は、用意が整えられるよう祈る多くの人を、明らかに備えつつあります。あなたが次のことを認めることが大事...

  • 十字架と「携挙」(4)

    古いアダムの携挙はない さて、「古いアダム」は携挙されえないことを明確に理解しましょう。私はかつて会った一人のとてもとても大きな福音の奉仕者を思い出します。彼はとても大きかったので、ボクサーのように見えました。ある日、彼は私に言いました、「僕は時々思うんだけど、かりに自分が『すっかりバラバラにされ』たとしたら、どれくらい天使的なものがあるだろう!」。彼が言わんとしたのは、彼の大きな巨体が彼の道の邪...

  • 十字架と「携挙」(3)

    福音の知らせ 福音の大いなる完全な知らせは次のようなものです。一、カルバリの十字架で、主イエスは私たちの身代わりとなって、木の上で私たちの罪をご自身の身に負われただけでなく、堕落した人類の代表人――彼はご自分の無罪性を完全に維持しつつ、堕落した人類と一つになられました――として死なれたこと。一、神の御子はご自身のパースンの中で私たちを十字架に連れて行き、私たちの代わりに死なれたこと。一、「古い人」――古...

  • 十字架と「携挙」(2)

    姿勢の力 姿勢の力の例としてローマ六章を見ましょう。なぜなら、おそらく、この集会の大多数は、携挙の基礎――つまり、十字架上でキリストが成就された御業という基礎――についてはっきりしていないかもしれないからです。ローマ六章は、あなたのために主イエス・キリストによってなされた御業に基づいて、罪に対して取るべき姿勢について描写しています。あなたが罪に対して取るのと同じ姿勢――ローマ六章に示されているように――を...

  • 十字架と「携挙」(1)

    勝利者誌 一九一四年 六巻 七月号 掲載。マトロック大会でのメッセージ。 霊の事柄を理解・経験するには「霊にしたがって」生きなければならない、というのは真実です。しかし、神の子供たちはそれでも、姿勢の途方もない力を学ばなければなりません……。彼らは理解していないのです、一日中毎瞬、自分の周囲の事柄に対して自分の「姿勢」を実際に決めていることを。そして、霊的生活でもし「経験」のみに頼るなら、自分の感情の変...

  • 「来たるべき時代の力」(9)

    上への召し 主イエスは「天を通って行」かれました。もし私たちが自分の霊的存在の全力を、言わば上に向けて「傾け」ていたなら、霊・信仰・祈りに力があったでしょうし、上への召しに向かって突き進むパウロの姿勢と同じ姿勢を取っていたでしょう。彼のようにあなたも、「キリスト・イエスの中で私を上に召してくださった神の召し(中略)目標に向かって突き進んでいます」と言っていたでしょう。 これに関する感傷は少しも役に...

  • 「来たるべき時代の力」(8)

    よそ者であり巡礼者である こうしたすべてのことから、へブル十一章に描かれている信仰の英雄たちについて述べられていることが思い出されます。彼らは諸々の約束を受けて、「それらを遥かに仰ぎ見」て、それらの現実性について大いに確信するようになったため、それらを「喜び迎え」、握り締めて、「自分たちは地上ではよそ者であり巡礼者であることを告白」しました。彼らは自分の希望と願いをすべて天のふるさとに堅く置いたの...

  • 「来たるべき時代の力」(7)

     4.新しい時代に関する祈り。「聖徒たちの祈りが立ち上った(中略)その御使いは香炉を取り、それを火で満たして地に投げた。すると、雷鳴と稲妻と地震とがあった」(黙示録八・三~五、欽定訳)。これは天の観点から見た祈りの効力を垣間見せており、いかに祈りが神の経綸上の諸々の御旨と関係しているのかを示しています。神は、イスラエルのために行うと言われたことを実行するために、ダニエルに祈らせました。あの強情な国...

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