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プロフィール
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又三郎さんのプロフィール

住所
山口県
出身
未設定

人生、不条理そのものですが捨てたものではありません。

ブログタイトル
闇の中で煌めいて
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/117goo-2009/
ブログ紹介文
無常な人生にも命の煌めく瞬間があります。
更新頻度(1年)

58回 / 365日(平均1.1回/週)

ブログ村参加:2010/07/08

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ハンドル名
又三郎さん
ブログタイトル
闇の中で煌めいて
更新頻度
58回 / 365日(平均1.1回/週)
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闇の中で煌めいて

又三郎さんの新着記事

1件〜30件

  • 芥川

    近代におけるヨーロッパの変容と芥川へのリスペクトは無関係ではないが、これは上手くまとめらている。   武田鉄矢  芥川

  • 期待

    不合理から産まれた福を感じる昨今、さらに期待を寄せて、句を2つ。 沈み行く夜の底へ底へ時雨落つ しぐるるやしぐるる山へ歩み入る期待

  • 彼岸花

    近所の小径を歩くと、クロアゲハがユラユラまとっていたが、白い彼岸花に留まった。彼岸花

  • 普遍的な時間

    闘病で亡くなる寸前、万策尽き、伯父は暗い表情で天井を見ている。私も似たような気持ちだったが、新聞をふと見ると、広告の中に日本猿の赤子の写真があった。何とも愛くるしい.....私はそれを手にとると伯父貴、見て!と開いて見せたところ、その猿に負けないくらい愛くるしい表情で笑ったのだ。元気なころでも、あまり見せたことのない忘れられない一瞬である。  OneWayTicket普遍的な時間

  • 依存症

    終活のつもりで、整理をしていると、敬愛する元校長の手記が出てきた。以下抜粋。 『....年齢を重ね、経験も重ねると、物事の決断は早くなると考えていた。だが、私の場合は違っていた。最近は、言葉や文章の重み、決断の重みをズシリと感じる。物事の背景を知れば知るほど、世の中には、はっきりと言えないことが多いことに気づいた。単純に上下左右には分けられない、いや、分けない方が良いことが多いのだ。教育は早く決断し早く成果を出す人間を作り出すことだと思っていたが、昨今の事件や世情を観るに、それは違っていたように思う。今更遅いかも知れないが、今後は良い意味での優柔不断な人間を生み出すことに微力ながら貢献したい...』 久しぶりに再会したような感動があった。 確かに、人生は単純には決められないことが多いものだ。科学的な普遍性とは異...依存症

  • 信念

    信念を持つことは素晴らしい。それが人々の平安に寄与する限り。しかしその信念が人々を選別し分断し狂気に走らせた歴史を持っているなら、それでも素晴らしいと言えるだろうか?  「信念は、真実にとって嘘よりも危険な敵である」ニーチェ信念

  • 内包するもの

    生命や死の正体を探る上で興味深い事象がある。(以下は比喩表現を含む)量子もつれhttps://wired.jp/2019/07/16/quantum-entanglement-photo/時間とはhttps://wired.jp/2020/03/19/quantum-gravity-will-shape-the-world-carlorovelli/近年の量子論によれば、存在するのは出来事の連なりや変化そのものだけであって、時間とは、それを説明するために創作された概念(仮定)であり、量子もつれという観察された事象から述べるなら、人間が感知し活用している物理的な時間や距離や速度が当てはまらない世界がある。どこにあるのか?量子の世界は万物に内在している。貴方にも私にも、あれにもこれにも、つまり、万物に内包されている...内包するもの

  • 夏の別れ

    思い出の写真が、妹からの知らせに入っていた。時間が止まってほしいと幸せな時ほどそう思う。しかし時は過ぎ、別れは確実に訪れる。我家の愛犬も夏であった。2匹が元気に遊んでいた頃を思い出し寂しさが蘇る。  Arrietty'sSong夏の別れ

  • こんな日には

    台風の影響で降ったり曇ったり風も強いこんな日でも窓からの景色を全身で見て聞いてるとすべてが懐かしく新しい   夏休み  夕立、その他こんな日には

  • 不思議な気持ち

    仮面ライダーのショーに孫を連れて行ったときのこと。孫を楽しませたいと言いながら、結構自分が楽しんでいる。この歳になり不思議である。ストーリーもキャラも何気にバカバカしいのだが、何故だろう。歴代の仮面ライダーたちと握手した時は、なんだか照れてしまったが、なんとなく嬉しいのだ。やがて、その謎が解けた。 のっぽさんからのメッセージ 仮面ライダーではなく、孫を出汁に、子どもの頃の自分に会っていたのだ!不思議な気持ち

  • 生きづらさ

    コロナ以上に人生を困難にしているものがある。 凝り性で、必死になり、「人より優秀でなければいけない」「成果を出して評価されないといけない」強烈な思い込み(強迫観念)で自分を駆り立て、やがて心身疲労して燃えつく...しかし、また力が戻ると、取り憑かれたように、何かに邁進する。周りには気を遣って良い人だが、時折、癇癪を起こしたり、密かに憂さ晴らしをしている。裏表のある、アップダウンな生き方は社会的強迫観念の強い、或いは強かった親に育てられた歪みからなのだが、素直にそれを認めることは難しい。見るもの聞くもの、成果で人を評価するものが多く、もう宗教的脅迫に近いものがある。先ずは自分に素直になることから始めると、何かが変わるかもしれない。 参考 参考  俺生きづらさ

  • 大変

    大変な時代になってきた犠牲者は子供たち💦大変

  • あぶな!

    木に太い蔓性が伸びた。ターザンごっこを孫に教えてやろうとすると、母親たちが一斉に「あぶない!やめて!」 昼に外食をしていると、突然厨房からガラガラっと音がしたすかさず孫が、「あぶな!」 子どもから見れば、大人の方が、危ないのだ。あぶな!

  • 夏と秋のあいだ

    夏がしぼんでしまう前にもう一度庭の手入れをしよう花に水をやろう花はもう疲れている花はまもなく枯れるもしかしたら明日にも。世界がまたしても狂気になり大砲がとどろく前にもう一度いくつかの美しいものを見て楽しみそれらに歌を捧げよう。 そしてまもなく、もっと早い時間に明かりを灯さなければならなくなる。そしてやがて暗闇と霧と寒さに慣れてしまうだろう。ヘッセ 夏と秋のあいだ

  • タカサゴユリ

    山砂(サンシャ)で締めた部分にも、2年前から咲き始めたのだが、幹が短めである。タカサゴユリ

  • 足元

    今年も庭にタカサゴユリが咲く時期となった。野生で強く、暑い盛りから秋口まで楽しめる。 それを眺めて想ったのだが、(以下、自戒も含めて) 花の根本には土と水分があり、生き物の残骸が栄養になっている。花に心あるならば、土に感謝しているだろう。花の為に、ひと肌脱いだものたちなのだ。 人生に花を咲そうとするなら、少しでも自分に労力を掛けてくれた存在を忘れず、それを表すことは大切なことだ。いざとなれば、再び、ひと肌もふた肌も脱いでいただくことも可能だ。だが、悲しいことに、人は恩義を忘れがちである。うっかり踏み付けてしまい、逆上を買うこともある。希望は萎び、理想と真逆な結果になることさえある。天に感謝する前に、先ずは足元を覗き、感謝すべきなのだ。足元

  • 潮騒のモニュメント'81

    大きくうねった国道の内側に海沿いの山を造成した一帯があるコンクリートで固められ階層となったところに当時としては斬新な建物やマンションが並んでいる建物は上部が削り取られ 古いモニュメントのように 雨にボーっと漂っている その中のひとり暮らしの上品な老女は来客があるとその「恵まれた人生」名士だった夫との昔話に花を咲かせ高級老人ホームに転居するか何年も迷っていると云う「被災地の人からすれば贅沢な悩みでしょうね」   崖と海に挟まれ人を寄せ付けない無機質な空間が孤独を増幅するだが・・それでもこの場所から離れようとはしない  今日も時という魔法が 潮さいに乗せ遥かなふるさとの香りを運んでいる   引き潮潮騒のモニュメント'81

  • 海岸

     海の家は閉鎖中 人は疎らで 海も寂しそうだ   遠い渚海岸

  • 再編 世間では名うての青年学者苦学し命を削るようにして多彩な人類の英知を学び その奥義に通じただが純朴な彼には惚れた女の涙は解せず堕ちた者のように自分を責める 苦悩は  求道者の本能を 呼び起こし草木を枕の旅に出た夜風に吹かれ吸い込まれそうな星空が日々の教師となった体得したことは己がとても小さな存在で頭の中に神があるのではなく神の中に自分があること * だが内奥には更に彼をせき立てるものがある すべてのことを味わうまで我等の旅が果てることはない *万有内在神論 野生の涙 風にふかれて    旅

  • 忘るるなかれ

    小六の孫が原爆の番組が始まると正座して見ていた。   黙祷 この「あやまち」を忘るるなかれ  血まみれの鳩 そちらが謝れ忘るるなかれ

  • 初めてのプール

    騒いでた年上の子たちも少し静かになった。 年少の子の初めてのプールは、水を見る目が何時もと違う。 おずおず近づくと、瞳を大きく開きじっと水面を吸い付くように見てニッコリした。 そうだ梅雨が明けて以来この瞬間をこの瞳と笑みを待っていたのだ。 写真を撮るのを忘れたがたしかに心に写しとった。 すぐにまわりの木々に大きな笑いと歓声が響いた。初めてのプール

  • 天命

     行きたいところに行けない逢いたい者に逢えない哀しみが漂う日々  己を知り天命を知れば人生に絶望なし それを教えくれるものは形状は異なれどすべて真理であり、 信条の違いなどは、声の違いほどの意味もないような気がしてきた。  参考  ヘレンケラー&中村久子 歎異抄   天命

  • 胡瓜

    「きゅうりありますか?」 小用で訪ねていると、畑が上手な家人に突如言われる。 とっさに今朝少しだけ残っていた、きゅうりの酢物が頭に浮かぶ。 「あります。」 「そうですか?またあげましょう。」 はい、貰いそこね。胡瓜

  • 歓迎

     無下な暑さの前に 凍えた冬を辿る 遅すぎる夏を 歓待するために   TheStar ラハイナ歓迎

  • コロナ差別

    コロナ差別を促してきたマスコミが差別を非難してたが、説得力なし そう言えば、過剰なコロナ報道に異を唱えそうになった人を慌てて黙らせてたなあコロナ差別

  • 他界

    特定の宗教によって思想を統一し、アイデンティティの均一化をはかる時代は唐に終わっているが、各国の対応の違いから、パンデミックでもそうした統一を生み出さないことは明らかである。しかし新たな霊的進化を模索する為の経験をしている可能性はある。自粛警察=歪んだ正義の排出もあるが、日本と異なる強毒性を示す国では、自分より地域の人たちを考慮した、ある種の自己犠牲を示す人たちもいたり、集団と個の在り方で特筆すべき人たちもいる。これと霊的向上との関係性は不明だが、個々の物理的な死の意味を考える機会が増えたのは確かだ。裏返すなら生の意味を考える機会も増えたように思う。さて、死を他界とも言うが、これは慣用句として使うだけかもしれないが、意外にも死の本質を述べているのかもしれない。信条に依らず人がすべて他界できる、つまり物理法則から...他界

  • 疑問

    エベン・アレグザンダー氏が見たものが、脳の生み出す幻想ではない根拠とされているのは、昏睡状態の彼の脳は、見たり聴いたり判断したりの部分が無活動であったこと、またその時、実の妹さんとは知らないで見ていたと思われる点である。事実を探る定番から述べるなら、医師がこの話をでっち上げるメリットはあるだろうか?本が売れた際の印税や名声からエベン医師が嘘をつくとは考えにくい。彼の本はベストセラーになったが、白い目で見られ排除されるだけで終わる可能性もあった。既に素晴らしいキャリアのある人間が、単なる嘘や思い付きでそんな危険を冒すだろうか?また、医師が嘘をついている場合、家族ぐるみ、病院の他の医師ぐるみの巨大な嘘であったことになり、これもリスクを考えたら割に合わないだろう。さらに医師は既存の宗教界からは「だれでも天国に入れる可...疑問

  • 死とは何か③

    原理主義的な信仰が重んじられる状況を保つには、その教義に依存させる必要がある。その教えに従うかどうかで命が左右されるなら、支配層にとっては都合が良い。 わき目をそらさせてはいけないのだ。信仰に依存させ献身させる必要がある。となると、信者でない者が幸福になったら不都合なのだ。 信仰があるなら光に 不信仰なら暗闇に 大概、こうした点は信仰を固定化するために曖昧でなく明文化してあり、これは報復感情有る者、支配層共にウインウインなのだ。これは人の元来の本質や心の救いとは逸脱している。  さて、動画のポイントは幾つかある。 ①医師が脳の専門家であったこと②実の妹さんの存在③特定の信仰を薦めてはいない 続く死とは何か③

  • 死とは何か②

    勧善懲悪や正義を訴えたいとなると、カルト宗教にハマる傾向が有る。私も同様であったが、それらは相対的なものである事実を忘れている。(自己評価も高くない。)結果として不毛な闘いや議論、または独りよがり(内心の承認欲求で他人の評価に過敏)を続ける場に身を置きがちである。そうした状況にある方たちにとって不都合な内容を含んでいるのが下記の体験である。  ある医師の体験ここで、特に注目したい部分がある。 続く死とは何か②

  • 死とは何か

    芸能人の死を聴くと、死が身近に感じられ、自分の消滅に対する恐れや後の心配ごとが頭を過ぎる。 しかしその多くは思考のせいであり、死の実態を表してはいない。若い時は思考で答えを探ろうとしたが、それは迷路のようなものである。 年齢を重ね、考えることと実際との違いを痛感することが増えた。実際、考えても仕方ないことが多い。いや、むしろ考え違いで物事の真実や思わぬ喜びを得ることもあることに気づく。 端的に言えば、今は死後の世界を感じるだけである。イメージで言えば、『木の実が熟して落ちる。その種も実質は木であり、その種がまた木になる。たとえ木にならなくても、周りには肥やしになる。人間は木ではないが、心が宿った木のようなものである』理屈は無く、そう感じるだけである。 幼児期から自然に接し、また死生感に及ぶ現象を経験したり、興味...死とは何か

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