chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
田舎住まい https://blog.goo.ne.jp/onime_001

吸血鬼テーマーの怪奇伝奇小説を書いています。田舎ではスローライフをたのしんでいます。

ソニー・ロリンズは三度カムバックしたといわれています。 アンソニー・ホプキンス主演の「世界最速のインディアン」の二人をめざしています。 ということはだいぶ歳もくたびれていますが、精神には衰えはありません。 なにせ吸血鬼作家ですから。 よろしくご愛読のほど。ズズイットおねがいします

オニメ
フォロー
住所
栃木県
出身
栃木県
ブログ村参加

2007/08/13

arrow_drop_down
  • 瓦 麻屋与志夫

    3月29日金曜日雨●夜来の雨がふりやまず、まだ降り続いている。16年も前に書いた随筆をどなたか読んでくれた。そこはパソコンのありがたさ。ポンとキーを打った。下記の随筆があらわれた。読み返したがけっこうおもしろいので再録しました。2008-03-1922:15:00 Weblog3月19日瓦(随筆)瓦への憧憬は幼少の頃からあった。明治維新のあと、士魂商才という言葉があるが、母の実家は瓦屋になった。剣をもつ手で粘土をこね始めたわけである。そうした、父の苦境におちた環境の激変について、母はぼくによく話してくれた。朝の陽光をあびて働く父や瓦職人の姿を実にリアルに話してくれた。まんじゅう型の瓦窯から立ち上る紫煙を、庭先にでて家族全員で眺めたときの感慨など、明治を生きた人々の姿が、強烈な印象となって、ぼくの幼い脳裏に...瓦麻屋与志夫

  • 可憐な青い花、イヌフグリは西洋では「天の瞳」 麻屋与志夫

    可憐な青い花、イヌフグリは西洋では「天の瞳」麻屋与志夫2015-03-1409:57:13 ブログ3月14日土曜日●都会ではあまり見かけなくなった。わが街ではいたるところに咲いている。●「イヌフグリ」少女には名前の由来は教えにくい。でもこの可憐な花はいかにも早春の野辺にふさわしい。道の辺に、裏路地に、となりの空き地に、そしてささやかなわが家の狭小庭園にも咲いている。●「ことしも春が来ましたよ。春ですよ。春ですよ」と早春の大地に薄紫の小さな花を開花させる。コバルトブルーの星くずをまきちらしたようだ。天と地をひっくりかえせば、星の瞳といわれる西洋のネーミングもよくわかる。どうしてこの花に対して、こうもつけられた名前が、それこそ天地がヒックリカエッタほどの差があるのだろうか。このアドケナイ花に対して日本名は失礼...可憐な青い花、イヌフグリは西洋では「天の瞳」麻屋与志夫

  • 卒寿の新人作家めざして 麻屋与志夫

    3月12日卒寿の新人作家めざしてみなさん、卒爾(そつじ)なが90歳、卒寿(そつじゅ)の新人作家なんてきいたことがありますか。わたしの知る限りでは黒田夏子さんが75歳で芥川賞。おいらは芥川賞なんて畏れ多い賞をねらっているわけではありません。ささやかな、小さな暖簾をわけていただいて文筆業に専心したいだけです。非才、無能、誇れる学歴もない田舎町に住む90になるジジイが願うには少しハードルがたかすぎるのかな。人生百年時代なんて言葉がもてはやされている。それも肉体的健康が強調され、もてはやされているが。80になっても奮い立つ。なんのことはない強精剤のコマーシャル。おいどんは、90歳にって人さまによんでいただけるような小説を書きたいと奮い立っています。そもそも吾輩は考えるのだが、日本においては世界でもそうだよねー。小...卒寿の新人作家めざして麻屋与志夫

  • メイキングオブ「白比丘尼」 麻屋与志夫

    3月7日木曜日メイキングオブ「白比丘尼」前作「白比丘尼」を書くにあたっての、手の内を紹介したい。日本の読者はとくに年配の方は小説は実際に作者が経験したこととおもいこむ。これは日本独自の私小説の影響なのだ。作者がわたしという一人称で小説を書くと、そっくりまるごと作者の自画像だとおもいこまれてしまう。そのてん、平成からブームのファンタジー、幻想による小説をわたしはすきだ。いままでにも「浜辺の少女」―カクヨムに載っています、のような、ムンクの浜辺の少女は吸血鬼で栃木県の大谷出身だというわたしなりの幻想小説、転生ものを書いています。これからもながく生きられたら浜辺の少女のような、さらに恋愛を前面に押しだし、主軸とした作品を書きたいとねがっています。ホリゴタツで、歩行もままならず毎日家の中ですごしている翁にとっては...メイキングオブ「白比丘尼」麻屋与志夫

  • わか見え美人の妻の正体は 麻屋与志夫

    3月3日超短編(28)卒塔婆どさっと卒塔婆をひとかかえほどヒロャンがなげだした。下のお寺の墓地からぬいてきたものだ。「ツヨシちゃんチには細引きが売るほどあるよな。明日はここにもってきてよ。この卒塔婆で秘密基地つくろうぜ」八〇年も前のことだ。ぼくらが、第二次大戦が終結をむかえる夏、八月のことだった。外塔婆は細長い木の板。梵字や戒名などがかかれている。墓地にさしてあった。今のように金属でお墓の脇に卒塔婆立てなどはなかった。火葬ではなく土葬。雨が激しく降るとシャレコウベが露出したりしてとても気味の悪い場所だった。卒塔婆をほそびきでつないだ。木簡のような状態につないだ卒塔婆を外壁とした。つなぎめのすきまには周囲の木の枝を切ってうめこんだ。かぜがふきこまなくなった。剛はただみているたけだった。剛だけが小学生。ヒロチ...わか見え美人の妻の正体は麻屋与志夫

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、オニメさんをフォローしませんか?

ハンドル名
オニメさん
ブログタイトル
田舎住まい
フォロー
田舎住まい

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用