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オニメさんのプロフィール

住所
栃木県
出身
栃木県

ソニー・ロリンズは三度カムバックしたといわれています。 アンソニー・ホプキンス主演の「世界最速のインディアン」の二人をめざしています。 ということはだいぶ歳もくたびれていますが、精神には衰えはありません。 なにせ吸血鬼作家ですから。 よろしくご愛読のほど。ズズイットおねがいします

ブログタイトル
田舎住まい
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/onime_001
ブログ紹介文
吸血鬼テーマーの怪奇伝奇小説を書いています。田舎ではスローライフをたのしんでいます。
更新頻度(1年)

105回 / 365日(平均2.0回/週)

ブログ村参加:2007/08/13

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ハンドル名
オニメさん
ブログタイトル
田舎住まい
更新頻度
105回 / 365日(平均2.0回/週)
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田舎住まい

オニメさんの新着記事

1件〜30件

  • ルナと妻のふたりサッカー。 麻屋与志夫

    7月3日金曜日●妻がパンとどんぐりをはじく。指先ではじかれたどんぐりはカラカラと音をたてて廊下をころがっていく。まちかまえていたルナが前足できれいにはじきかえしてくる。梅雨の夕暮れ薄暗い廊下でふたりサッカーのはじまりだ。●この季節になると昨年「せせらぎ公園」でひろってきたどんぐりは、なかの核が乾いてちいさくなる。転がすとかわいらしい音をたてる。●「さあ、ルナちゃん。ここサッカー場よ。外に出て遊べないのだから、ここをピッチと思って。広々とした野原だとおもって。さあ、いくわよ」妻のかけごえとともに、はじまったふたりサッカーはいつまでもつづいている。●そとは小ぬか雨。紫陽花。うなだれた薔薇の花々。クチナシの花の匂いがまだ部屋にはただよっている。●梅雨の日の小景。麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができ...ルナと妻のふたりサッカー。麻屋与志夫

  • くちなしの花が咲いていた。 麻屋与志夫

    7月1日水曜日●ベニマルからの帰りだった。カミサンがふと立ち止まった。君島さんの前庭の隅で身をかがめている。手招きをしている。いい匂いがしている。すぐにわかった。彼女の興味をひく花が咲いているのだ。●梅雨時のどんよりとした大気のなかで白い八重咲の花がぼうっとうかびあがった。●さらに近寄る。濃艶な甘い香り漂ってきた。八重咲のクチナシの花。こんもりと咲き誇っていた。●「きれい」「いい香りがする」「きれい」ふたりで話し合っていると、君島さんが声をかけてきた。「切り花にしてあげますよ」●梔子の花言葉は「よろこびを運ぶ」●花言葉通りに、すごく幸せな気分になった●いつもの家の屋根。青いシート上に二匹のネコがいた。●クチナシの花と猫を見たよろこびを家に持ち帰った。麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。...くちなしの花が咲いていた。麻屋与志夫

  • わたし散らかす夫。あなたキレイキレイカミサン。 麻屋与志夫

    6月30日火曜日わたし散らかす夫。あなたキレイキレイカミサン。●今朝はすこし寝すぎた。目が疲れているので見まいと思っていたテレビを昨夜見た。「BLOOD-CLUBDOLLS2」おもしろくなかった。わたしがGGになったのでこういうスタイリッシュな映像美学に感動しなくなったのだろう。ごめんなさい。●キッチのカリモクのテーブルがすがすがしい。そういえば昨夜妻がアルコールでふいていた。みちがえるような白さ。清らかさ。花瓶には季節の花。紫陽花。彼女が園芸に精進している。趣味の域を脱している。庭に出て彼女の作品を見るのが好きだ。心が癒される。●毎日の庭の花々をテーブルやわたしのデスクの周辺に飾ってくれる。●わたしは無精者で乱雑に散らかしてばかりいる。●顔だってつごうによったら、眼の周りだけしか洗わない。さすがに目やにのつい...わたし散らかす夫。あなたキレイキレイカミサン。麻屋与志夫

  • 八十七歳。まだ思うような小説が書けない。 麻屋与志夫

    6月28日日曜日激しい雨の朝●還暦を迎えた時には、あと五十年は生きてみせると豪語していた。●古希。あと四十年とまだうそぶいていた。●傘寿の祝いを子どもたちが新宿の「墨絵」で催してくれた。あと二十年とすこし弱気になった。●昨年、今年と二度にわたって脳梗塞で倒れた。さいわい、事なきを得た。それでもさすがに、弱気になった。八十七歳の誕生日を迎えたが、摂生に努め一年一年をぶじに生き抜こうと思っている。●雑誌デビューが同期の作家はほとんどあちらに逝ってしまった。忘れられた、寂しい作家であるわたしは再デビューなどとはもうオコガマシクテかんがえられかきなくなっている。●死ぬまでにこれがわたしの作品だと、自己満足でもいいから言い切ることのできる小説を書き上げたい。●書けたら死んでもいい。だから、心配しないでください、まだまだ生...八十七歳。まだ思うような小説が書けない。麻屋与志夫

  • 目がつぶれるほど本を読みたい 麻屋与志夫

    6月27日土曜日●万緑の庭を眺めながら毎日小説を書き継いでいる。ブログが疎かになっている。わたしにとっては小説の執筆に没頭しているときだ。●そう書くと幸せそうだが、そうでもない。わたしは小説の中身よりも方法論にこだわるわるいくせがある。●いつになっても、どうしてこんな作品しか書けないのだと非学凡才の身を嘆くばかりだ。●このところアラン・ロブ=グリエの諸作品をよみあさっている。●本棚のまえで動けなくなることがある。あまりにおおい雑書にうんざりすることもある。●この本を死ぬまでにどれくらい再読できるのだろうか。麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。カクヨムサイトはこちら今日も遊びに来てくれてありがとうございます。お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。皆さ...目がつぶれるほど本を読みたい麻屋与志夫

  • 鶯の音に誘われて小説を書いている。 麻屋与志夫

    6月3日水曜日●早朝四時。ウグイスの鳴き声で起こされた。鶯だけではない、野鳥の鳴き声で起こされるなんて、幸せだ。書斎の窓を開ける。蔓薔薇のアンジラが朝露にぬれて少しうつむきかげんにに咲き乱れている。●「今年はねどの薔薇も花が大きいのよ」と妻が言っている。天候に恵まれているからなのだろうか。街はコロナ騒ぎで森閑としているのに、わが家の庭は華やいでいる。●コロナといえば、在宅勤務が話題になている。外出禁止は若者にとってはつらいだろう。こちらは、万年ひきこもりのGGだ。●散歩にでて野歩き、街歩きを楽しむ以外は、家の中で仕事をしている。家が仕事場だから、それなりの工夫はしている。独りで閉じこもることのできる部屋がある。書棚には万巻の雑書が並んでいる。よくもこう買いそろえたものだ。小説を書く際の、参考資料もある。将来、江...鶯の音に誘われて小説を書いている。麻屋与志夫

  • 満開の薔薇が待っていた。妻も猫ちゃんも――。 麻屋与志夫

    5月24日日曜日●早朝。鶯の音でおこされた。まだ四時だった。田舎暮らしのよさは自然と一体になって生きていけるということだろう。いやそんなことを意識する必要はない。自然のなかに抱かれて生きているのでこのtranquilityがごくあたりまえなのだ。●うぐいすがきれいな声で鳴いている。ルナも起きてきてダイニングの窓から庭をのぞいている。すこしくびをかしげているところがカワイラシイ。●庭は薔薇の花の真っ盛り。五月の薔薇とはよくいったものだ。この薔薇が凋落すると梅雨。梅雨が明ければ夏。わたしは六月の末の生まれなので八十七歳になる。●月の始めに、異変があった。板書の途中でチョークを取り落とした。「きたな、またきたな」とおもった。脳梗塞だ。去年は言葉にでた。ロレロレで言葉が言葉にはならなかった。●今年は、手にきましたね。そ...満開の薔薇が待っていた。妻も猫ちゃんも――。麻屋与志夫

  • チビ白、最後の挨拶なんてことないよな。 麻屋与志夫

    5月2日土曜日●「白が……白がきている」妻の声が裏庭のverandaの方角でしていました。わたしはあわてて掘りゴタツから立ちあがりました。いつのまにかさっとたちあがっていました。膝関節症なのでなんども気合をかけないとだめなのに、よほど興奮していたのでしょう。●二匹の野良猫白はかつてのわが家の裏庭で開いていた「猫レストラン」の常連でした。大きいほうのbigホワイティ。それにチビ白。いちどこのブログにも登場したことがあります。歩道で死んでいたのをまちがいなく目撃したのに、翌日はけろっとしてレストランにやっきたあのチビ白です。車にはねられて一時気を失っていたのでしょうかね。●あれからでも、既に三年くらいの歳月が流れています。野良猫の三年は、飼い猫の九年くらいに匹敵するのでしょうかね。だって、たった四五年が野良猫たちの...チビ白、最後の挨拶なんてことないよな。麻屋与志夫

  • TSUBAKI お部屋でシャンプー 麻屋与志夫

    TSUBAKIお部屋でシャンプー●四時に起床。寝床で書いた、人狼に襲われる場面の描写が気に入った。はやくパソコンに打ちこみたい。●頭がかゆい。キーボードに濃厚接触をこころみようと興奮しているので、体温があがったのだ。●GGはわかいときから風呂ギライ。頭を洗うのはなおさらきらい。頭を掻けばフケがポロポロとおちたものだ。●いまでは「お部屋でシャンプー」のような便利なものができている。今朝は朝からおせわになった。●おおもとの蓋を無意識にあけてしまった。ひゃっといっきに液体をあびておどろいた。あわてて両手でよくすりこんだ。快適。おかげですっきりした。●ソレニシテモフタノアケカタマチガイ。なんてやっぱりいくらか、ボケだ。GGはまだフレイル前期だと自負しているのに、これではヤバイとフルイ上がってしまった。●早く、書きかけの...TSUBAKIお部屋でシャンプー麻屋与志夫

  • SUNTORYの「美感遊創」211で「フレイル」という言葉を知った。 麻屋与志夫

    SUNTORYの「美感遊創」211で「フレイル」という言葉を知った。●カミサンもわたしも年より、若く見られる。実年齢から言ったら、年寄りだ。●今月号の上記のパンフレットでフレイルという言葉が目についた。●フレイルとは加齢とともに、健康から要介護状態へと移行する中間の段階です。と、解説してあった。●わたしは持病の高血圧でお医者さんにかかっている。でもここ15年進行はしていない。歩く速度はたしかに遅くなっているが、一時間以上歩くことができる。ベニマルにカミさんとかいものに出かける。帰路は大きなリックに八キロくらいの荷物を背負って歩く。それでも歩行が遅くなったり膝が痛むときがあるので「そろそろ年貢の納め時か」などと昭和一桁生まれのわたしは考える。●「木村さんね。血圧が高いのも、立派な病気ですからね」と先生に忠告された...SUNTORYの「美感遊創」211で「フレイル」という言葉を知った。麻屋与志夫

  • 例え明日世界が滅びようとも、わたしは化粧する。 麻屋与志夫

    4月10日金曜日例え明日世界が滅びようとも、わたしはお化粧をする●隣街県都にある東武デパートに化粧品を買いに行くと妻が意気込んでいます。●三橋鷹女の「白露や死んでいく日も帯締めて」という美にたいする激しい渇望の句を思い出しました。●「白装束に着替えさせられるのは、いやですからね」●妻もこの句がすきなので、若いときからそういいつづけています。表向きはそうした解釈でいいのでしょうね。でも、妻もわたしもこれは芸術への祈りにもにた熱望の句だと解釈しています。わたしの場合でしたら、死んでも小説をかきつづける。妻は絵画的な美を追い求める。●「ねえぇ、わたしがいつまでもキレイなほうがいいでしょう」貧乏書生の妻としては化粧品にお金をかけることに引け目を感じているらしく、ときどきそういいます。●ところがここのところのコロナ騒ぎ。...例え明日世界が滅びようとも、わたしは化粧する。麻屋与志夫

  • 義母の死 俳句の周辺

    3月30日月曜日俳句の周辺「月刊万葉1997,8,1」梅雨寒や粗食の膳に妻とありまた梅雨の季節がめぐってきた。子育てがすんでからというもの、毎年同じょうな日常をくりかえしている。五月晴れの陽射しの強い日、掘りごたつの掛布団が暑苦しいというので、とってしまった。二階のベランダまで頭にのせて持ち上げるのぼくの役目だ。ともかくふつうの布団の倍も大きい。八人は入れる横幅が二メトールはある炬燵だ。華奢な妻にかわって、日向に干す。「猫の毛がいっぱいついているわ」「抜け毛の季節だからな」こんな会話がはずむのも、毎年のことだ。「すこし早く炬燵止めすぎたかしら」「鬱っとおしい、なに食べる気がしない」「でも、なにか食べるだけは……」「なにも食べないですめば」「そうはいかないわ」ありあわせの食事となる。子どもたちも三人とも上京しても...義母の死俳句の周辺

  • 「ヒッキー」になってみませんか?  麻屋与志夫

    3月29日雪●三月も末になってから降る雪は珍しい。それもわたしの田舎町としては初雪だ。●おりから、コロナウイルスの蔓延で毎日新感染者数が発表され、世の中が騒然としている。雪で外出を控える人が多いだろうから、都内の感染者が跳ね上がらないことをねがうばかりだ。●コロナウイルスが恐怖の鱗粉をまき散らして猛威をふるっている。外出は控えるようにとの呼びかけも若者にはあまり効果がないようだ。●わたしは物書きのハシクレだ。むかしから、家の中が職場だからいつもどおりの生活をしていればいいのだからなんら困ることはない。そういうわたしからみるといまの若いひとたちはむきなって、楽しみを外にもとめすぎるようだ。●原稿を書くのに疲れればジャズをきく。カミサンがコーヒーをいれてくれる。アメショウのルナが寄ってきてスリスリをしてくれる。ヘソ...「ヒッキー」になってみませんか?麻屋与志夫

  • 「禁猟区」の標識がまだ残っていた。 麻屋与志夫

    3月28日花曇り●昨日御殿山からの帰り、裏道を下って切通しにでた。いまどき、この道を切通しなどと呼ぶ人はほとんどいないだろう。ふと道端をみたら「禁猟区」の標識がまだ立っていた。だいぶ古い。わたしが子どものころからあった。標識を支える棒が半分ほどの高さになっていた。それでも昔ながら標識が残っていた。●わたしの家の近く、教会の前にもあった。弁天池のそばにもあった。両方とも、いまはない。●年のせいか、昔からあったものがなくなっていくのは寂しい。「禁猟区」の標識がまだ残っていた。麻屋与志夫

  • さまざまなこと思いだす桜

    3月27日晴●妻と御殿山で花見をした。いつものことだが、花見をしているひとはいなかった。広い野球場をみわたせる。誰もいない。周辺の観覧席になっている土手の桜が今年もみごとに咲いた。五分咲きといったところだ。●コロナ騒ぎがあるので、世の中が騒然としている。終戦後、ここで韓国人がフットボールの試合をするのをはじめてみた。手をつかわないので、すごく奇妙な感じがしたのをおぼえている。●あのグランドを友だちと走り回った。そのときの野球仲間はもう全員故人になってしまった。●セブンイレブンで買ってきたシャケのおにぎりを一個。稲荷ずしを一個食べた。まだまだはずかしいほど食欲がある。●焼き鳥一本と菊水のゴールド缶は家にもちかえった。さまざまにことを思いながら飲む。午睡。麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます...さまざまなこと思いだす桜

  • 「これじゃ、寒戻りだんべな」 麻屋与志夫

    3月17日火曜日●おどろいた。天気予報がドンピャで的中した。寒い。室温5℃。「冴え返る」という季語を思いだした。家内に教わった季語だ。●もっとも、この季語は2月ごろのことらしい。●わたしの田舎では「これじゃ、寒戻りだんべな」という。この季語も桜の咲くころの寒さをいうらしいですね。俳句の季語に関しては全くの素人。悲しくなる。●「だんべな」という方言もいまどきの子どもは使わない。急速に、「田舎」がこの町から消えていく。●薬局、酒屋さん、衣料品店、魚屋さん。町から商店が消えていく。土地の言葉で会話を楽しみながら、買い物をする習慣もすっかりすたれてしまった。マニアル通りの慇懃無礼な挨拶しかもどてこない。●それでも人間がいるうちはいい。ロボットが人間の職場に浸透してきている。これでは、まるで侵略だ。●鶯が鳴いている。これ...「これじゃ、寒戻りだんべな」麻屋与志夫

  • 春の食卓 麻屋与志夫

    2月18日火曜日●レースのカーテンに濾されたやわらかな春のひざしが枕元にさしこんでいた。すこしねすごしたが、このほのぼのとした日の光をたのしんでいるとルナもおきだして、アーチをつくりながながとあくびわしている。のどかな春の日のはじまりだ。なにかいいことがありそうなうきうきしたきぶんになる。しあわせは、なにもおおげさなことでかんじるわけてはない。●この春のひざしをあびているだけでじゅうぶんたのしい。●ルナが部屋から部屋へとびわっている。猫ちゃんにも、この春のひざしのあたたかさ、あかるがわかるのだろう。●こうしたありふれた平凡なひとときをあじわうことができるのも、わたしが年老いたからだろう。●昨夜はF・ポール・ウィルスンの「ナイトワールド」の上巻きを読んだ。なんど読み返しても面白い。「ザ・キープ」にはじまるこの大長...春の食卓麻屋与志夫

  • 「山川異域 風月同天」 わたしは言葉の力を信じる 麻屋与志夫

    2月15日土曜日●新型肺炎をめぐりニュースが入り乱れている。中国の新聞で――。日本からの支援物資の箱に「山川異域風月同天(場所は違っても、同じ自然を共有している)」という漢詩の一節が書かれていたことを紹介し、「無数の人々の琴線に触れた」とたたえた。この詩は奈良時代に天武天皇の孫、長屋王が唐の僧、鑑真を日本に招く際に贈ったとされる。●恐怖をことさら書き立てたり、伝播させるようなニーュスのなかにあってすがすがしい記事だ。●わたしは物書きなので、言葉の力を信じている。言葉に絶対的な信頼を置いている。●再三書いてきたが「止まらない栃木県」という自虐的な標語。効果がありました。言葉の力をまざまざと具現してくれたこのスローガンに乾杯。どなたの作品なのでしょうね。●ベニマルに行く途中、二か所ほどシグナルのない横断歩道をわたり...「山川異域風月同天」わたしは言葉の力を信じる麻屋与志夫

  • 黒板が白い涙をこぼしている 麻屋与志夫

    2月10日月曜日●朝、教室に入っておどろいた。寒い。あわてて寒暖計をみてさらに驚いた。寒暖計が狂ているのではないかと疑った。●2℃しかなかった。黒板には太く大きな文字がびっしりと書いてある。消し忘れていた。中2の特訓をしてそのままになっていた。●筆圧があるので、一度消したくらいでは、チョークの粉が残っている。●チョークの粉の粒子がスッと黒板を流れ落ちた。●黒板が白い涙をこぼして泣いているようにみえた。●ゴメンナ。いたらない教師でごめんな。でも、大勢の生徒で華やいでいたときもあるのだから、あのころがなっかしいよな。黒板に話しかけても、返事は戻って来ない。●学校の先生方が、定年で退職してから――でも、GGは26年も余計に黒板のに前に立っている。まさに円熟の授業をしていると、わたし的には思っているののだが……。●世間...黒板が白い涙をこぼしている麻屋与志夫

  • 「塾で教室を新築できるんけ」 麻屋与志夫

    2月8日土曜日●今日は午後から中三と中二の特訓がある。妻は中三の数学の授業を二階でやることになった。しばらく使ってない教室なので掃除をしている。●「よくこんな汚い教室にきてくれるわね」とため息をもらしている。もちろんキレイに越したことはないが――。ついに教室を新築することはできなかった。●土建屋さんの子が生徒で来ていた。「塾で教室が建てられるの」素朴な質問をされた。洋品屋さんの子にいわれた。「塾で銭になるんけ」返事に窮した。●べつだん、「赤ひげ先生」をきどっているわけではない。金銭には淡泊すぎたので、老後こんなに貧窮するとは思ってもみなかった。なぜか、六十で寿命、とおもっていたふしがある。いまでも、終活などという言葉はキライだ。いのちがけで、小説をかきつづけて、ソの途中でパタリと死ぬ。それでいいではないか。●た...「塾で教室を新築できるんけ」麻屋与志夫

  • 寒い朝。ひとりボッチで考えたこと―― 麻屋与志夫

    2月7日金曜日●まだ、「止まらない栃木県0.9」にこだわっています。わたしはながいこと、半世紀を超える期間――東京と鹿沼の地理上の空間だけではなく、心も二都物語ではないが、いったりきたりしています。故郷では村八分にあい、死ぬような苦しみを味わいました。東京にいる時はその苦しみがいやされました。ところ変われば、しなかわる。●ひとにはそれぞれ住む環境や教養その他、諸々の事情によって考え方がちがうものだ。ということを学びました。平べったく言えば、寛容の心をゆったりと長いことかけて涵養することを学びました。いまでは村八分にあってよかったとさえ思えるようになりました。●当時の苦境に救いの手をのべてくれたのは、わかいお母さんたちでした。鹿沼で初めての進学塾を始めたわたしの考えに同調してくれました。「子供に最適の教育環境をあ...寒い朝。ひとりボッチで考えたこと――麻屋与志夫

  • 「止まらない車」のつづき。0.9――文化水準は??? 麻屋与志夫

    2月6日木曜日●今朝のブログに珍しく反響があったので、そのつづきです。●栃木県の反対の県は長野県です。インターネットで調べてみました。止まってくれた車には、手を挙げて挨拶しましょうと長野県の某町では、小学生に教えているとあった。やはりなあ。そうなのだ。教育の問題なのだとうれしくなった。●マテドクラセド止まってくれない車がとまってくれた。わたしたちは、感謝の気持ちを必ず手を挙げて表している。妻など最敬礼をすることもある。老人性の膝関節症をわずらっているので信号機のあるところまで歩くのが辛い。この辛さは、老人になってみないとわからないだろう。あいかわらず、止まらない車がおおすぎる。●長野県は日本でも昔から教育熱心な県だ。隣組ごとに読書会があるとわたしが若い時にはいわれていた。それに出版関係者には長野県人が多いと聞い...「止まらない車」のつづき。0.9――文化水準は???麻屋与志夫

  • 止まらない。0.9は警察の責任ではない 麻屋与志夫

    2月6日木曜日●なるほど、予報どおりだ。今朝は寒波到来。あまりありがたくはない。予報がいつものように、大げさすぎて、外れればよかったのに。かじかむ手でキーボードに向かう。●暖房のスイッチを押しておいた。そのうちあたたかくなるだろう。足元の寒さ対策としては、最近覚えたのだが、毛布を巻きつける。マーメイド、人魚のようだ。●もっとも、マーメイドは映画「スプラッシュ」その他諸々のマーメイドがでる映画でも美女ということになっている。GGのマーメイドなんて見たことも聞いたこともない。●このところ大手の葬儀社が町に進出してきた。チラシ片手に、宣伝員が街をめぐっている。どんなきれいごとを並べても「葬儀はうちであげてください」ということだ。これではまるで「早く死んで葬式はバンタン当社に、どうぞ、どうぞ、お任せを……」ともみ手をし...止まらない。0.9は警察の責任ではない麻屋与志夫

  • ルナが「へそ天」でわたしを、おもてなし 麻屋与志夫

    1月5日水曜日●KEYCOFFEEスペシャルブレンドの香ばしいにおいが食卓にたゆたゆしている。ひとくちすすっては一行書き、右手をのばし「へそ天」しているルナとたわむれる。●写真が載せられないのがざんねんだ。「猫と亭主とわたし」妻のブログでご覧になってください。●このところわが家に来てから一年とちょっとになるので、ルナがだいぶ慣れてきた。八か月もペット売り場のケージのなかで生活していた。だからルナは子供の時に覚えなければならない猫らしい、かわいらしい仕草をなかなかしなかった。ところが、このところわたしがパソコンを打ていると「ちょっかい」をだす。手をのばしてくる。キーボードにのる。●先日などはキーボードにのって「しぬた」とうちこんでしまった。右足が「し」を押し、左足で「ぬた」と偶然押したのだ。妻が松戸まででかける朝...ルナが「へそ天」でわたしを、おもてなし麻屋与志夫

  • 春の朝。食卓の猫のヒゲ。 麻屋与志夫

    2月4日火曜日●節分が過ぎた。立春という言葉をきいただけでこころがうきうきする。言葉には不思議な力があるものだ。●朝の食卓にながながとルナがよこになっている。わたしたちも食事がすみお茶を飲みながらくつろいでいた。ふとみると、猫の白くながいひげがゆれている。ルナの細いひげをゆらしているのは春風のようなエアコンの微風だった。●こういうときだ。ああ俳句が詠めたらいいのにな。エアコンがゆらす猫ひげ春立ちぬ猫のひげエアコンの風にゆれにけりエアコンがゆらす猫ヒゲただ一本●悲しい。恥ずかしい。俳句をたくみに創るともだちがなんにんかいた。みんなあちらにいってしまった。いきていたら、わたしの短詩形式の非才ぶりを詠嘆するだろう。結社をもつていたかれらに師事したものを。早世した、その他の分野でも芸術家として大成していたともだちのこと...春の朝。食卓の猫のヒゲ。麻屋与志夫

  • 死は背後から音もなく迫ってくる。GGには天から降ってきた。 麻屋与志夫

    2月2日日曜日●徒然草に「死は背後から音もなく迫ってきているものだ」という言葉があったと記憶している。●わたしの場合。死は天からふってきた。といっては、おおげさだが、アトローム血栓性脳梗塞におそわれた。●昨年の六月末のことだった。それはテレビで妻と「ベンジャミン・バトンの数奇な運命」をみているときに起きた。「おれと同じくらいの年で、生まれたことになるのだな」とかたわらの妻にはなしかけようとした。唐突に、口からお茶がこぼれた。●「どうしたの」と妻がきいている。声をだそうとするが声が出ない。がさがさした言葉にならない音がしている。●「どうしたの。どうしたの?」という妻の声が尖る。甲高くひびく。●わたしは、卓にのっているノートを引き寄せた。書いた。『お茶のめなかった。吐いた。声が出ない』●それからさきのことは意識が途...死は背後から音もなく迫ってくる。GGには天から降ってきた。麻屋与志夫

  • こんな塾がありますか。入魂円熟の授業。特訓は無料。 麻屋与志夫

    2月1日土曜日●月がかわった。二月は高校受験前ひと月。塾の先生としてのわたしにとってはいちばんやりがいのある月だ。●塾の授業というのは、一教科週二回二時間。月八時間。……とほぼきまっている。ところがそれだけでは、おもうような成績向上はのぞめない。そこで冬期講習。十日間で十万円。溺れるものは藁をもつかむ。大盛況らしい。●わたしは地元の人間なので、親たちが教育費の値上がりで困っているのを良く知っている。●半世紀、ほど、塾の主宰としてやってきたが、特訓授業は一銭も親たちに負担をかけたことはない。東京で暮らしている子供たちは「バカみたい」と批判する。●毎年今頃になると、三年生は月に十五時間くらい特訓授業をやってきている。これを授業料に換算して、いただくことになったら……などと、さもしいことは考えたことがない。●塾などと...こんな塾がありますか。入魂円熟の授業。特訓は無料。麻屋与志夫

  • 百歳まで生きて、GG文学を書き続けたい  麻屋与志夫

    1月30日木曜日●巨大な影。巨大な影が、床に投影されている。脚が0型にゆがみ、ギイッガシャと擬音を入れた漫画みたに歩きだした。これではまるで稲妻をあびて命をあたえられたフランケンシュタインの戯画みたいではないか。●枕元のスタンドをつけたので、背後からひかりを浴びたわたしの影だった。床どころか上半身はむこう側の壁にうつっている。狭い部屋ではない。11坪もある部屋だ。●不気味におもって立ち止まっているわけにはいかない。尿意は切迫している。フスマを開けた。廊下へのガラス戸を開けた。一段高くなっている洗濯室、洗面所、バスルームへの重いガラス戸を開けた。やっとトイレにドタドタとナダレこむ。間に合わなくて、すこしもらした。股にタムシができるはずだ。この痒さを耐えに耐えていることを書きたい。ジギャクネタもいいとこだ。かゆい。...百歳まで生きて、GG文学を書き続けたい麻屋与志夫

  • 清潔な妻と無精GG  麻屋与志夫

    1月27日月曜日●病院でどうにか診察をすませ、ATMに診察券を挿入して支払いをすませた。さあこれからが大変だ「待ち時間50分」pharmacyの窓口に提示されている。●待合室のテーブルで待っていると妻がセブンイレブンでサンドウィッチを買ってきた。●テーブルを除菌ウエットティッシュでていねいに拭いている。周りのひとがおどろいて注目。小さな町だから、はじめてこうした行為みたのかもしれない。●わたしの母もおどろくほど清潔好きだった。わたしが小学生のころ、古本屋から本を買ったり借りてきたりすると嫌がった。当時は、古本屋が本の貸し出しもしていた。高くて買えない本は借りてきた。できるだけ母にみせたくないので、こっそりと読んでいた。●妻にいわれて除菌テッシュで手を拭きサンドウイッチを食べた。●母と妻というもっとも身近な清潔に...清潔な妻と無精GG麻屋与志夫

  • 新しい酒を古い革袋に入れる――随筆に猫の話題はつまらないの???

    1月26日●新しい酒を古い革袋に入れる(あたらしいさけをふるいかわぶくろにいれる)とは。《新約聖書「マタイによる福音書」第9章から》新しい内容を古い形式に盛り込む。内容も形式もともに生きないことにいう。●わたしは随筆を書くのか好きだ。いままでに、かなりの随筆を発表してきている。日本作家クラブ発行の『随筆手帳』NO.34に『蛸壺』を発表した。随筆賞に選ばれモンブランの万年筆をいただいた。いまも、愛用している。●だが、この形式は古すぎるような気かしてならない。●ところが過日、随筆家のOさんがこんなことを言っていた。彼とは長いつきあいでリスペクトしている。なんでも、気軽に話し合える。●「猫の話は、あまりにも話題がおおすぎて、ありふれているから、あまり書かないほうがいいと皆で話し合った」●あれあれ、なんだかおかしな話題...新しい酒を古い革袋に入れる――随筆に猫の話題はつまらないの???

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