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「廻向」という言葉がある。開くと「廻らし向ける」という意味である。良く、我々自身が行う修行の過程でこの語を用いる場合には、我々が読経などの善行を行い、積んだ功徳を、仏・菩薩などに「廻らし向ける」時「廻向」という。或いは、自らの行いとして、行為の方向を変えていくこと、「振り向ける」事を「廻向」といったりする。以下のような用例はどうか。釈迦牟尼仏、すでに十二年中頂戴して、さしおきましまさざるなり。その遠孫として、これを学すべし。いたづらに名利のために天を拝し、神を拝し、王を拝し、臣を拝する頂門を、いま仏衣頂戴に迴向せん、よろこぶべき大慶なり。『正法眼蔵』「伝衣」巻これは、「伝衣」巻にある一節であることからもお分かりいただけるように、「御袈裟」について述べている。つまり、釈迦牟尼仏は、出家してからというもの、十...頭を下げる先を廻向してみる
ネット上での繋がりなのだが、昨年から御袈裟に関する勉強会を行っている。そういう中で、当方としては「伝衣」について興味関心を抱かざるを得ないのだけれども、それに関する記録を見ていたところ、気になる記載があったので記事にしてみようという次第である。まずは、以下の一節をご覧いただきたい。一伝衣一頂先年、当住瑾和尚に附す。一常衣一頂宗円長老に遺附す。「宝蔵菴抄劄随身行李状」、『徹通義介禅師喪記』所収、『続曹洞宗全書』「清規」巻、原漢文こちらは、曹洞宗の大本山永平寺3世・大乘寺御開山の徹通義介禅師(1219~1309)の御葬儀に関する記録である。現在『続曹洞宗全書』「清規」巻に収録されている本書は、義介禅師の法嗣である瑩山紹瑾禅師による記録だとされている。そこで、これが何について書いてあるかというと、義介禅師が遺弟...「伝衣」と「常衣」の話