chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
mogmas
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2022/10/18

arrow_drop_down
  • 既にそこにあるもの

     先日行った九段下の「昭和館」からお堀沿いに歩きはじめ、清水門から入って、科学技術館の前を通り過ぎて「東京国立近代美術館」へ。ここへ来るのは15年ぶり(画家・望月晴郎のこと&後日談参照)、常設されていない祖父の絵を見ることはできないが、「大竹伸朗展」を見に来たのだ。 #002大竹伸朗展 東京国立近代美術館(ShinroOhtake TheNationalMuseumofModernArt,Tokyo)およそ現代美術とかアートには疎い売れない画家の孫だけど、「大竹伸朗」の名前ぐらいは知っていたしテレビの特集で見て興味を持っていた。 のっけから⁉️だ。不思議だし、イメージの奔流に圧倒される。大竹の活動の基盤は凄まじいまでの「スクラップブック」。年齢的に近いせいか、ちょっとうなづける切り抜きがあるなぁ。 しかし...既にそこにあるもの

  • 寒、さむっ、暑、あつっ

    立て直す前の我が家は冬の朝、キッチンの洗いおけの水が完全に凍りつく寒さだった。水道管は何度か破裂したし、酔っ払って床寝しようものなら翌朝凍死してしまうようなボロ屋だったから、命の危険を感じて建て直したのだ。建て直してキッチンは日当たりの良い2階になり断熱性も良くなったが、オヤジの部屋は相変わらず陽の当たらない階下で、夏はエアコンいらずだが冬は冷蔵庫のようで、しっかり厚着してネックウォーマーと冬用のルームブーツと手ぶくろをしないと、なんの作業もできないほど凍える。去年の半ばくらいまで4、5年は絶不調だったので、体が冷えて夏でも薄着などできなくて、熱いラーメンを食べても汗ひとつかかなかった。だから冷やすエアコンはあまり必要としていなかったが、冬場はそうもいかず暖房をつけていた。しかしもともとエアコンの風はどう...寒、さむっ、暑、あつっ

  • エンゼルにはまだ早い

    「あたしが、おじさんのエンゼルケアしてあげるから、安心して」 「かいもしょちゅ」の水割りをグビっと飲んで「ヨーコ」が言った。(白金酒造の芋焼酎) このブログには以前からいろんな「ようこ」が登場するのをご存知の方もいらっしゃいますが、今回の「ヨーコ」は小僧の小・中学生からの同級生で、しょっちゅう我が家に遊びに来ては泊まっていったりして、寝ぼけてオヤジの胸に踵落としを喰らわして肋骨を折ったムスメであります。その「ヨーコ」が半年ぶりくらいに我が家にやって来て、芋焼酎を飲むというので出してやったのが「かいもしょちゅ」で、鍋をつつきながらお互いの近況を話している時に口をついて出たのが上記のセリフ。 「ヨーコ」は老人介護施設で働いていて、「おじさんよりでっかいお爺ちゃん(どこがじゃ:(;゙゚'ω゚'):)をお風呂に入...エンゼルにはまだ早い

  • 昭和なお散歩

    季節は大寒、北の街ではもう悲しみを暖炉で燃やしはじめてる頃だけど、東京は晴れて陽射しも穏やかだからこれ幸いと歩きに出た。 本日は半蔵門線で九段下まで出て、靖国通りの交差点のところにある幕末の「蕃書調所」跡地に建つコロナのずーと前から来てみたかった「昭和館」に来た。しかし開館まではまだしばらく間があったので、隣の再建された九段会館(旧称は軍人会館)へ入ってみた。こちらは2011年の東日本大震災による天井崩落事故の影響で廃業したのちに一般競争入札で東急不動産が落札して、九段会館の一部を残した上で地上17階建ての複合ビル「九段会館テラス」に建て替えられて去年の10月に再開業したのだ。オヤジ的にはフォークのコンサートを聴きにきた場でもあるし、サザンオールスターズがデビューした地でもあるから、どんな風に再建されたか...昭和なお散歩

  • 死は存在しない

    4年前にアキバの三井記念病院に入院していたとき、4人部屋の同室の患者が次々と退院して1人になって、個室状態な病室で退屈していたところへ「投げちゃん」が面会に来てくれた(((o(*゚▽゚*)o)))♡ 彼女と話して癒された患者はその夜は早々と寝つくことができた。 0時を回った頃だったろうか、突然眩い光が閉じた瞼を貫いて差し込んできた。 ピンポイントでこの目を照らす光はサーチライトのようではあるが、それよりは穏やかで輝くような白色で暖かみがあった。 とはいえ、こんな時間に煌々と灯りをつけてなんだと危ぶみ、薄っすらと目を開けて病室内を見たが、室内は暗く枕元のライトも消えていて誰も居なかった。 訝しみながらも再び目を閉じて静かに呼吸を繰り返していると、また光が、仰向けに寝た頭の後方から照らしてきて、それがキラキラ...死は存在しない

  • ただ今、寅さん

    「どっか行きましょう。柴又とか」 朝イチで突然小僧が言った。 なぜ柴又?と思ったが、もう何年も行ってないし(2010年柴又〜帝釈天〜寅さん〜笑がおの湯参照)「寅さん記念館」もリニューアルしてることだし、それじゃあ行ってみようとなった。 まあだいたい京成高砂駅で金町線へ乗り換えるのだが、この辺りもかつて走っているし、たった一駅だから歩くことにした。 柴又駅前にはそこそこの人がいて「寅さん」や「さくら」の銅像の写真を撮っていたが、参道には人は少なく、帝釈天もでっかい賽銭入れはあったが参拝の人は少なかった。また小僧がおみくじを引きたいというので引いたら「吉」で、「病人本ぶくすべし」とあった。まあまあ、だね。引いたおみくじを結んでいる側から、若い「源公」みたいなお兄ちゃんが片っ端から結ばれたおみくじをゴミ袋に入れ...ただ今、寅さん

  • 病院始め

    元旦から1日も欠かさず毎日5〜6㎞歩いているが、まだ500mくらいしか走れない。 すぐに足が重くなり、乳酸が溜まったようなだるさがでて歩いてしまう。 そんなに食べても飲んでもいないのに腹は凹まず、頬っぺたにも肉がついているせいで、久しぶりの人から「ちょっと太った?」と言われてしまう。 昨年10月以来の診察になる「マリコ先生」(相変わらずおキレイ)からもそう言われてしまったが、やはり運動量が足りないのだ、と思う。  朝イチの女子医大病院は空いていて、すぐに診察室へ呼ばれた。 暮れの28日にやったMRIの結果を聞くためで、画像を見た限りでは一応問題ないが、膵管の中ほどがキュッと細くなっているのが気になるという。 こういうところが癌になりやすいので、定期検査が必要だと言うのだ。 😑まあ一昨年、でっかい嚢胞に癌の...病院始め

  • ウソでしょ⁈絵馬娘‼️

    ♫ツンツクツクツクツンヒヤ〜ヒャ〜ラララ〜♪ ラジオから「伊藤四郎」さんの「春の海」が聞こえてきました。 お正月です。 除夜の鐘も初日の出も見たり聞いたりしなかったけれど、今年も無事「親子で朝風呂一杯」ができました。小僧はヒューガルデンのノンアル、オヤジの新年の御神酒は広島の「誠鏡」⬇️御節はすっかり忘れて貯まっていたANAのマイルでお取り寄せ、どうせ当分は飛行機に乗ることもないからね。 少し良い気持ちになって近所をお散歩、晴れて空気は澄んでそれほど寒くもなく、5.4㎞歩いたら汗ばんだ。  2日目。 7時前に小僧と家を出て、土手へ出ると雲ひとつない空の向こうに富士山が見えた。 せっかくだから隅田川七福神巡りでもしてみるかと東武線の線路沿いに歩いて、毘沙門天のある「多聞寺」へ。社務所の人が打ち水をしているだ...ウソでしょ⁈絵馬娘‼️

  • ポンコツな2022を振り返ってみた

    夢のようだ。ほんとうに、夢のようだ。今日が、大晦日だなんて。よく、生きてたよなぁ、自分、生きのびたよなぁ、我が家。この1年半あまり、仕事もできずに入退院を繰り返し、年の瀬も自宅に戻れず病院生活かと思いきや、間際で家に戻れて、なおかつ酒もちょっと飲めちゃったりして、とりあえず「正月」を過ごすことができて、仕事始めならぬ病院初めから1年がスタートしたものだ。それが夢ではなくしっかり現実だということを噛みしめるために、振り返って見るとしよう。 2021年12月22日、31日間入院していた女子医大病院から退院した。「31日目退院‼️」絶食のおかげで女の子みたいに痩せた体はすっかり筋肉が落ち、自宅の階段すらまともに上れなかったし、食事制限もあったけど、なんとかこの年の瀬を自宅で過ごせた。そして、 1月三ヶ日は家に篭...ポンコツな2022を振り返ってみた

  • このまま何事もなく年を越して・・・

    と、タイトルの言葉を前々回の19日のブログ「今年はクルシマナイ」に書いたが、それから2日後の21日の朝、自分のベッドの上で小僧がえずいた‼️小僧が引きつけを起こす前などのちょっとした物音に敏感に反応するかあちゃんがまず駆けつけ、オヤジがタオルと洗面器を持って後に続いた。が、間一髪で間に合わず、布団の上にゲロゲロパッバ!(◎_◎;)昨夜食べたものが当たった⁉️いやしかし、オヤジもかあちゃんもなんでもなく、前夜も特におかしな様子はなくとっとと寝たのに・・・。 汚した布団とシーツを取り替え、着替えさせた小僧はグッタリして、夕方まで寝ていて落ち着き、翌朝はもうなんでもない顔をして作業所に行くといってきかない。しょうがないからかあちゃんが送って行って、何かあったらすぐに迎えに行けるように待機していたが、何事もなく帰...このまま何事もなく年を越して・・・

  • ルドルフの鼻はなぜ赤い?

    【過去ログ発掘シリーズ第37夜2005-12-2813:11】 今から17年前に書いた記事を発掘した。削除するのも惜しいから、この際公開することにした。仙台の調子コキ、いやさ「バーバーくん」、久々にキミのネタを御覧じよ。今年のクリスマスのネタにいかが( ̄∀ ̄)くそう、「バーバーくん」にまたまんまとはめられてしまった。(なにをどうはめられたのかは、今となってはすっかり覚えていない)伊達に浮き世床でハサミを振るっちゃいないな。小癪なシザー・ハンズ野郎め。オヤジをいたぶる術を知っている。悔しいから調べてやったぜ。なにって、「ジンタクロース」の話さ。黒塀の向こうから、粋に着こなした姐さんが顔を出し、「ちょいと車屋さん。ひとっ走り向島までやっておくれな」と呼びかけると、「ほいきた、姐さん合点だ」と威勢のいい車屋の兄...ルドルフの鼻はなぜ赤い?

  • 今年はクルシマナイ??¿

    毎日5、6㎞歩いて、時どき走っているのに、まだ長い階段で息が切れて足が重くなる。  久しぶりに堀切橋を渡って荒川の反対側の遊歩道を見ると、ナンバーカードを付けた人たちが走っていた。 土手の立て看板を見て、それが「足立フレンドリーマラソン」だとようやく気づいた。すでにスタートから3時間以上経っていたから、ビギナーランナーが喘いで走り、歩き、立ち止まったりしているだけだった。 一緒にそれを見ている小僧に 「お前もあんな感じだったな」 と、2010年12月23日に我ら親子と「サバ兄」の3人で参加した「第1回足立フレンドリーマラソン」を思い返した。 あの時のコースは川の反対側の河川敷で、荒川ロックゲート先のハーフの折返し地点を過ぎてから小僧が喘ぎはじめ、記録更新する‼️と宣言した小僧の背を押して走ったのだった。(...今年はクルシマナイ??¿

  • かくやのこうこ

    霊園の墓守りを弟にバトンタッチした今年は、ばあさんが亡くなって10年目。 ばあさんとは言っているが実の母親で、最晩年はパーキンソンと認知症が酷くなり、施設に面会に行っても実の息子が誰だかわからず、暑い夏の日に静かに誰も気がつかないうちに息をひきとった。 そのばあさんの形見のひとつが50年ものくらいの糠床だった。 子どもの頃よく糠をかき混ぜさせられ、その所帯じみた匂いがついた手がイヤだったが、漬けあがったキュウリやナスは抜群に美味かった。 糠床の底には古漬けになったキュウリや生姜が埋もれていて、ときどきそれを取り出しては刻んでちょっと醤油をかけて親父の晩酌のアテになっていたが、これがまたあと引く旨さで、横から箸を伸ばしてとってはメシをかっこんだものだ。 それが「さんやのおこうこ」とか「かくやのこうこ」だと教...かくやのこうこ

  • 熱川、ちょっとうら寂し

    「オレの手術が終わったら温泉ですね」 ずっとそう言い続けていた小僧の手術が終わったのは10月の半ば、それから様子見ということもあったが、まあいろいろマヌケなこともあってそれどころじゃなかった。 しかしいつまでも塞いでいたりアクションを起こさなけりゃ何も始まらないわけで、このまま年を越したって残念な新年になることは目に見えているし、思いたって小僧とオヤジの気晴らしに一泊で出かけることにしたのだ。  まあ我ら親子は障害者手帳のおかげで100㎞超えたら鉄道運賃は半額だし、その他もろもろ割引の効くこともあるから、エイやっと予約を決めてふたりで「踊り子」に乗った。 行き先は熱川。 小僧がそこへ行きたかったワケは、正月早々伊藤園ホテルに宿が取れた2014年の1月、我が家の3人と「ハマちゃん」、「ホリちゃん」、「むっち...熱川、ちょっとうら寂し

  • 近代映画スタジオ発祥の地

    墨堤通りを白鬚橋方面へ歩いていると、「何だあれ❓」と小僧が指差した。見れば団地をバックに堂々と立っているのは誰あろう「榎本武揚」ではないか。幕末・維新を生き抜き晩年はこの地に屋敷を構え悠々自適の日々を過ごした、と碑に書いてある。この像があることをオヤジは何十年も前から知っていたけれど、小僧は気が付かなかったのだ。 幾度もこの道を通っているのに「ボーっと歩いてんじゃねーよ!」 と突っ込みながら先を行くと、道端に「隅田川七福神散歩」の道標が目に止まった。 ふとそれを見て「何だこれは❓」と呟いてしまった。もちろんこの道標を知らなかったのではなく、幕末の外交官「岩瀬忠震」の終焉地があることでも「長寿庭園」でもない。 この地に「日活撮影所」があったことだ。ぜんぜん知らなかった・・・。「ボーっと生きてんじゃねーよ!」...近代映画スタジオ発祥の地

  • 酸辣湯が食べたい

    アメリカの作家「アンドリュー・ヴァクス」のハードボイルド小説に、前科27犯のアウトロー探偵「バーク」の活躍するシリーズがある。  レギュラーの登場人物は、獰猛な体重140ポンドの「パンジイ」と名付けられたナポリタン・マスチフをはじめとして、どいつもこいつも一癖も二癖もある脛にキズ持つ連中が「バーク」と共にさまざまな事件に大暴れする。 聾唖だがカンフーの達人で運び屋の「音なしマックス」。 男も女も惚れてしまう美貌 ?の男娼「ミシェル」。 普段は浮浪者のなりをしているが予言者“プロフェット”とも言われている「パーク」のムショ仲間「プロフ」。 ゴミ捨て場を隠れ蓑に、兵器から車の改造まで何でもござれのマッド・サイエンティスト「モグラ」。 そして、料理の味がグルメ批評家どもの注目を浴びて、田舎者どもが店に押し寄せる...酸辣湯が食べたい

  • 名画座に入り浸りだった頃

    先日本屋でチラッと立ち読みして、もっと読みたくなって買った雑誌「東京人」。今は無き名画座の話しを懐かしく読んで、今から45、6年前の名画座に入り浸りだった頃のことを思い出した。あの頃はビデオもDVDもBlu-rayもなくて、ネット配信なんて夢のまた夢ちっとも考えもしなかった時代だったから、ロードショーが終わって見逃した映画が2番館、3番館へ下りてきたら「ぴあ」や「シティロード」をこまめに探して、北は宇都宮、南は藤沢あたりまで名画座を渡り歩いて観に行ったものだ。 名画座では2本立て3本立ては当たり前で、オールナイトで5本立てなんてのもあったから、1日最高10本の映画を観たりもした。 コンビニもまだない時代だったから、家でおにぎりを作って水筒にお茶を入れて、入れ替えなんて無粋なシステムなんかなかったから一歩も...名画座に入り浸りだった頃

  • 秋に咲く桜もある

    この一週間9〜12㎞ほど毎日歩き、時どき走りを繰り返していたら、今日は朝から尻っぺたが痛い。ふくらはぎもちょっと筋肉痛で、10年前なら「よしっ‼︎」とさらに追い込んで走り込んだりしたものだが、もはやそんなことはできるはずもなく、ただのんびりと気ままに歩くのみだ。ご近所の小さい秋を愛でながら、気負わず歩いた。 この実は誰かが採るのだろうか?柿は皮がペロッと剥けるくらい柔らかいのが好みだ。  「鈴木清順」監督の「ツィゴイネルワイゼン」で「大楠道代」がいやら〜しく食べたあのぐちゃぐちゃ気味の柿がそそる😏そんなことを考えながらキョロキョロしながら歩いていると、おっ⁉️👀これはひょっとして桜⁇ 花の名前に疎いが、これはどう見ても桜の花にしか見えない。なるほど、気候変動でビックリして咲...秋に咲く桜もある

  • 国立競技場と神宮外苑銀杏並木

    朝イチのクリニックが終わって、若松河田駅に向かう途中、ふと思った。 そういやここ2年余り、毎回女子医大やクリニックの行き帰りに都営大江戸線を使っているが、上野御徒町駅と若松河田駅間を往復するだけで都庁前で乗り換えてぐるっと六本木や両国方面へいったことがなかったし、その逆方面にも行くことはなく途中下車したこともなかった。 障害者の特典で無料乗車券を持っているというのに、ぜんぜんそんなことを考えず、ただ家と病院・クリニックの往復のみで、時どき昼食を適当に食べることはあっても、途中どこかへ寄り道して気晴らししたりすることなんて思いもしなかった。 つまんねぇポンコツだな😑 と、やっと思ってちょっと気晴らしすることにした。 天気もいいしさ、大江戸線を都庁前で乗り換え、国立競技場駅で下車してみた。  ...国立競技場と神宮外苑銀杏並木

  • 隅田川のばんくし〜⁉️

    毎日5~6㎞くらい歩いたり走ったりすることは変わらず続けているが、ま、それぐらいしか体を動かすことも気晴らしもなく、特にお金がかかることもないし、時間を気にすることもなく気ままにできるから性に合っている。いつものように隅田川の遊歩道を白鬚橋の方へ向かっていて、ふと立ち止まった。⁉️女の子の、顔❓ おかっぱの、女の子❓ なんかそう見えるけどなぁ。たまたま擁壁に雨のしみかなんかが垂れてきて出来たのか、そのうち消えるのかも、と思っていたが、別の日にまた見ると変わらずそこにあった。 どう見たって女の子の顔に見えるけど、これいわゆる「パレイドリア現象」というやつだと思って、ためしにかあちゃんと小僧にも見せたらやはり女の子の顔と認識したし、このオヤジが病んでいてそう見えたわけではないとわかったが、 まてよ、我ら家族が...隅田川のばんくし〜⁉️

  • すっからかん

    日々の暮らしはいやでもやってくるけど 静かに笑ってしまおう いじけることだけが生きることだと 飼い馴らしすぎたので 身構えながら話すなんて あぁおくびょうなんだよね   作詞:岡本おさみ作曲:吉田拓郎 「襟裳岬」より   嗚呼、染みる・・・ オヤジの秋は~なにもない秋です~  ひとりになるのは誰だって怖いから つまづいた夢に罰を与えるけど 間抜けなことも人生の一部だと 今日のおろかさを笑い飛ばしたい なにかをひとつ失くした時に 人は知らずになにかを手にする  作詞:康珍化 作曲:吉田拓郎 「全部だきしめて」より  おくびょうでも、間抜けでも、生きて食ってだせれば、明日はやってくるポンコツでも、すっからかんでも、笑いもすれば夢もみる歩けるところまで歩いてみるさ  さらに番組はつづきますm(__)mすっからかん

  • アメリカン・ドリーム

    (過去ログ発掘シリーズ第39夜2006-02-0117:46)『フィラデルフィアの下町に古くからあるその仕事場に、さえない中年男のポーリーは半分住み込むような格好で居着いていた。郊外の安アパートに一応の部屋があるのだが、家賃を滞納している上電気も止められてしまっており、帰っても気分が落ち込むばかりなので、自然と職場が住まいのようになってしまったのだ。しかし、ポーリーが帰れない本当の理由は「酒」だった。仕事着のポケットにはウイスキーの小瓶がつねに入っており、作業中にちびりちびりとやるのである。真夏でもはく息が白くなる冷蔵庫の中で行われる作業には、身体を暖めるウイスキーが欠かせない。一日の仕事が終わる頃にはもう小瓶の酒は空で、当然夜の長さに耐えられないポーリーは、本格的に飲み始める。そしてアパートに帰れなくな...アメリカン・ドリーム

  • 画家・望月晴朗のこと後日談-その2

    【過去ログ発掘シリーズ2007/3/13】東京国立近代美術館の主任研究員(!!)の方から、再びお尋ねのメールを頂いた。 「このたび読売新聞都内版の連載「近代美術の東京」でこの作品を紹介させていただくことになったのですが、読売さんより、作家のお名前にルビを振りたいという希望がありました。「望月晴朗」は「せいろう」と読むのでしょうか、それとも「はるお」でしょうか。当館の登録は「はるお」、しかし画中のサインは「SMochizuki」となっています」 それに対してオヤジの返信は、 「祖父はその当時カッコ良かろうと気取って「晴朗」にしたようなので、読みも「せいろう」でいっちゃって頂ければ本望ではないでしょうか」 という相変わらずのかる~いノリ。 だって、関係者が次々と他界して、事実を知っている人がいないんだからしょ...画家・望月晴朗のこと後日談-その2

  • 画家・望月晴郎のこと & 後日談

    【過去ログ発掘シリーズ2006年8月22日】 竹橋にある「東京国立近代美術館」へ足を踏み入れるのは、およそ20年ぶりのことだ。入館料1300円のところ、65歳以上は無料なのでばあさんはフリーパス。小僧の障害者手帳のおかげで、付き添い2名まで無料ということで、かあちゃんとオヤジもタダで入館できてしまった。家族4人しめて5200円浮いたぁ、ありがたや。ホッとするほど静かで涼しい館内は、芸術をご観賞の人々で賑わっている。1階で開催中の「モダン・パラダイス展」では、ゴーギャン、モネ、マチス、カンディンスキーという巨匠たちの作品が展示されているが、我々一行は一瞥するだけで通り過ぎ、美術館の所蔵品ギャラリーの会場を目指した。エレベーターがシンドラー製でないことを確認して4階に上がると、館内の案内表示板をたよりに奥へ進...画家・望月晴郎のこと&後日談

  • 最低最悪の誕生日

    死にたい気持ちになったのはこれまでに何度かあったが、それよりも悔しくて情けなくて申し訳ない気持ちの方が勝って、かろうじて生きている、といった方がいい。体の傷が癒えてきたと思ったら、今度は深くバッサリ心の傷を負ってしまった。何か良くないことがおきなきゃいいがと懸念していたら、見事に、ものの見事にしっぺ返しを喰らっちまった。よりによってそれが誕生日のバッドプレゼントになっちまうんだから、ほんとうに間のわるいポンコツだよ・・・。魔は魔を呼び、不幸は不幸を招く。嘘はより大きな嘘で塗り固められ、無知な信念は善意の嘘で支配される。裏切りは身近なところから、思いもしない形で降りかかり、全てを灰燼に帰する。己れの愚かさ、不用心さを思い知った時は時すでに遅し。患ってばかりのこの数年で、生涯最低最悪の誕生日を迎えることになっ...最低最悪の誕生日

  • 小僧の石

    雨上がりの空に、思わず足を止めて写真を撮った。朝の空気は冷ややかだけど、4㎞ほどを折り返してきて汗をかきウインドブレーカーを脱いだ。4回目のコロナワクチンを打った右腕は3日経ってもまだちょっと痛かったが、腕が上がらないということもなく、熱はまったく出なかったので、朝からずっと雨だった昨日以外は今月はずっと歩いたり走ったりしている。退院から3週間目の診察を女子医大で受けて数値は問題なしとなり、暮れの28日にMRIを撮って今年は終わりだ。あらためて急性膵炎の原因が何かと問うと、免疫抑制剤と考えるのが自然だと「マリコ先生」は言う。だからと言ってそれが「薬害」とは思わない。夫婦とはいえ他人の腎臓を受け入れて、その免疫力がどれくらいなのか見極めて処方するのは極めて難しいことだから。入院中にナースや検査技師から聞いた...小僧の石

  • 女王陛下の焼そば

    握り寿司ゃ天ぷらは、江戸時代に路上の屋台から生まれたことは周知の事実だが、幕末から明治の世になってからは内蔵食=モツ焼、焼鳥、クズ肉・スジ肉を煮込んだ煮込み、牛めしなども登場し、焼いた田楽、味噌おでんは煮込みのおでん=関東炊きに姿を変え東京の路上から生まれた。文明開化のその時代、路上グルメの代表選手ともいうべき「文字焼屋」(まだお好み焼という名はない)はどうしていたのか?近代食文化研究会著「お好み焼きの物語」によれば、明治になって世の東西で食べられるようになった西洋料理と支那料理はマナーや敷居がいささか高かった。そんな料理店から安くてマナーを気にする必要のない庶民の洋食屋台が明治30年代くらいから東京の街に広がっていき、同じ時期に人形焼や鯛焼きなどの焼菓子の影響で衰退していた「文字焼屋」が、子供向けの洋食...女王陛下の焼そば

  • 1年経ってみて

    このブログに移ってもう176日経った。この前のもその前のブログサイトにもなかったサービスの1つに、時どき「貴方の1年前の記事です」とメールで知らせがくることで、備忘録のようにブログを使っている身にはなかなか便利で、読み返してあの時はああだったか、こんなことをしでかしてたかと、反省したり感謝したりしてついついたくさん読んでしまったりする。そういうことがあったので、下書きしただけで忘れていた昔の記事や、なぜかインポートしそこねて埋もれていた記事を掘り起こして【過去ログ発掘シリーズ】として最近アップしているのだが、病気の「ビ」の字も気にしていなかった頃の、まだおデブで呑んだくれてくだを巻いていた頃のおバカ記事は今読み返しても面白いしノリノリだし、まるで別人が書いたみたいだ。だから今後も掘り出し記事を、加筆訂正し...1年経ってみて

  • 港町名物「ふー」を食べる 「タコは見ていた」 外伝

    【過去ログ発掘シリーズ2006/7/19】 海沿いを走るローカル線に長いこと揺られ、その駅で降りたのは私だけだった。  電車が発車し、遠ざかると、とたんに静寂がおとずれた。  真夏だというのに、セミの鳴く声すら聞こえない。  ひんやりした駅舎を出ると、午後の陽がカッと照りつけ、汗がじわりとにじみ出るのを感じた。  小さなロータリーには客待ちのタクシーが1台、運転手は退屈しきって鼻をほじっている。  見渡すとどこか懐かしい感じのセピア色の港町で、駅舎のすぐ脇には、昔ながらの円筒形の郵便ポストが置かれ、その赤色がやけに目に鮮やかだった。 潮風の中に馴染みのある匂いがただよっている。  港を背にして数件の土産物屋が並んでいるが、どの店の店頭にも「たこ焼」の焼き台があり、そこから油とソースの入り交じった匂いが漂っ...港町名物「ふー」を食べる「タコは見ていた」外伝

  • お帰り🙌ファットバーン ゾーン

    昨日は前日までとは打って変わって良い天気☀️ということで♫ 歩きはじめたじーちゃんが赤いUAのじょじょはいておんもへ出たいとウエア着た ♪9時過ぎに自宅を出て白鬚公園に入り、歩いては走りを繰り返しながら、明治通りを渡って隅田川の遊歩道に進んだ。白鬚橋を越えて先へ行くのは1年半ぶりだろうか?距離を伸ばして、少しでも長い時間動き続けることがリハビリの第二段階。どこかから翔んできた塩辛トンボや赤とんぼを道連れに、とりあえず桜橋まで行って折り返そうと汗を拭う。舗装路を歩いたり走ったりする分には何でもなかった脚が、桜橋の階段を上るとちょっと重かった。桜橋を越えて、言問橋や吾妻橋まで行くのはもうしばらく先だな🤨桜橋架橋10周年記念のモニュメントの原画は、なんと「平山郁夫」画伯であった😳...お帰り🙌ファットバーンゾーン

  • 青雨寒暖

    我が家のベランダの大葉もそろそろ終わりか、花が咲いた。これを取るか、少し放っておいて穂紫蘇になってから刺身に添えようと様子を見ている。先週前半は晴れが続いていたから荒川の土手には蝶やトンボが翔び、バッタも跳びまわっていた。河原の草むらを歩き、サッカーゴールからゴールの間や野球のグラウンドの外野からバックネット間まで、行き帰りにをゆっくり走った。毎日、最低でも5㎞は歩き走ったが、まだまだダメだ、ま当たり前のことだが😕先月でようやく毎週の医者通いがなくなったが、今月は小僧の入院・手術があるから落ち着かない。晴れて良い陽気だったのが、後半一転して気温が下がり雨風が吹き荒れた。しかしタイミングよく雨が止んでいる間に外へ出て、ひと汗かいて戻ってくる途中でびしょ濡れになるというルーティンを続けた。さす...青雨寒暖

  • タコは見ていた

    過去ログ発掘シリーズ2006年5月23日 ふと後ろを振り返ると、そこにはタコの足がありました。  タコの足は1本ぽつんと行儀よくそこに座っていました。   居間で新聞を読んでいる時、視線を感じて振り返ると、やはりそこにはタコの足がありました。  タコは同じ姿勢のまま、じっとこちらを見つめているのです。   トイレでしゃがんでいました。  気がつくと戸のかたわらに、タコの足が静かにかしこまっているのです。   なんだか寒くて、布団にくるまって寝返りを打ちました。  視線の先にタコの足が休んでいました。  穏やかな寝息をたてているような気もします。   家の中では、どこにいてもタコの足に見られているのです。  それはわたしだけが感じている幻想なのか、かあちゃんに聞いてみることにしました。  テレビを見て背中を...タコは見ていた

  • オットコマエのばあさん、恐るべし

    【過去ログ発掘シリーズ2005年9月27日】 選挙も終わり、小泉総理が余裕しゃくしゃくで所信表明をしているニュースをみていて、我が家のばあさんが元気だった頃の話を思い出した。それは、午前と午後の両方TVで国会中継が行われた時のこと。ばあさんは一心にその中継をみていて、突然憤慨し、某国営放送局へ電話し、ラチがあかないと知るや、今度は某朝日新聞へ電話。なにやらメモを取ったと思ったら、再び受話器を取り上げ、プッシュボタンを慎重に押し始めた。ややあって相手が出ると、落ち着いて話し始め、しばらく待たされた後「地元の支持者だってテレビをみているんですからね。しっかりしてくださいよ」と噛んで含めるように言うと、満足したように受話器をおいた。その間テレビは、国会議員の退屈なダラダラとした読み上げを写している。再びテレビの...オットコマエのばあさん、恐るべし

  • パザニア、ニョッポギ、スイカニンジン

    「ハトシ」を作ったときに切り落としたパンの耳の一部は揚げて塩とカレー粉をまぶして食べてしまったが、大部分は冷蔵庫で保存しといた。退院したらラスクでも作ろうかと思ったが、ちょっとまてよ、無難すぎてつまんねぇなあと思い直した。すると夢枕にパスタの神が現れてこう囁いた。「バッカスの僕よ、近ごろラザニアをないがしろにしておるな」と。そう囁かれてもこの5年ほど、いろんな食事制限や絶食が続いていたためラザニアとはすっかり縁がなくなり、すんなり絵が浮かんでこない。はて?イタリアかスペインのイカしたお姉さんの名前?「ラザ〜ニャ💋」はたまた昭和の良い子の頃、川や田んぼで捕りまくった「エビラ」のモデルのあれ?それ、ザリガニ‼️ラザニアとニしか合ってないし😆などとおバカな妄想をしていて、ラザニア...パザニア、ニョッポギ、スイカニンジン

  • ほくそ笑みがえし (過去ログ発掘シリーズ)

    2016年2月の過去ログより「スーちゃん」の実家が千住新橋を渡ったところにあった釣具屋だったので、オイラたち昭和の良い子はチャリで見に行ったりして、用もないのにウキなんぞ買っちゃったりしたものだ。「ランちゃん」はその当時からちょっと色っぽかったので、オイラは庶民的でプクプクした「スーちゃん」派だった。でも今見ると「ミキちゃん」もいいやね、どうしてるんでしょうかね?というわけで、「キャンディーズ」のラストシングル「微笑みがえし」であります。良いよねぇ、振り付けが昭和だよねぇ、良い時代だったような気がするけど、親の世代は世知辛かったことも多々あったんだろうねぇ。今はもっと世知辛く、往生際の悪い大人が目立つよねぇ。それではみなさん、「微笑みがえし」のメロディーにのせて、唄っちゃいませう。🎶「ほく...ほくそ笑みがえし(過去ログ発掘シリーズ)

  • 元気があればなんでもできるんダー!!!

    かつて千住の呑み横にあったカウンターだけの小さなお店に、仕事が終わってからご飯を食べによく行っていた。ある晩ママが常連さんに、「ちょっと待ってね、もうすぐイノキが来るから」と言った。えっ!!  と振り向いたオヤジの脳裏に燃える闘魂「炎のファイター~INOKIBOM-BA-YE~」が鳴り響く。『おい、本当かよ』とワクワクして待っていると、「お待ちどうさま」と言ってマスターが入ってきたその手には、エノキの袋がのっていた😳なんとママは茨城弁で「エノキ」のことを「イノキ」と発音していたのであった、チャンチャン🤪今から42、3年前の六本木、バーガーインを背にして外苑東通りを渡り、ロアビルの隣にあったビルの2階に「アントンリブ」があった。生意気にも六本木5丁目に住んでいた若造は、1、2...元気があればなんでもできるんダー!!!

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、mogmasさんをフォローしませんか?

ハンドル名
mogmasさん
ブログタイトル
お好み夜話-Ver2
フォロー
お好み夜話-Ver2

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用