1いくつか、同時多発的におきた精神にかかわる「物事」をあげてきたが、この内容をあまり詳しくはかきたくないとは、思っている。と、いうのも、実在の人物であり、本人はむろん、まわりで、関わった人も二次的なショックをうけるということがありえる。実際のことであるが、たとえばとして、二次的ショックのひとつをあげてみる。本人が抱えている状況を知らず、心無い嘲笑やいやがらせを行う。と、いうことがあった。その当時、憂生も憤りを感じ、記事をあげた。その中の一言であるが「憂生がどんな思いで、その人たちに接しているか、判ったらけして、そんな心無い言葉をあびせかけることはできない。自分の思いにまけて、愚劣で姑息な嫌がらせをするのもけっこうだが、彼らの内面がわかったとき自分のしでかした事をどうやって、謝れる?彼らは当然、許してくれる...依存・・・1
8今、思うと本当に馬鹿であり純粋だと思う。だが、こういう馬鹿だから、できた?ことだったかもしれないとも思う。彼の申し出はー自分は脳腫瘍で、手術をうける。憂生みたいに応援してくれる人がほしいーと、いうことだった。それは、意識をなくした彼女に対する憂生の応援をみて彼もまた、確率的に低いとされる手術に望むための勇気を与えてほしいと、いう意味なのだろう。憂生としては、彼女のご主人の必死の思いが胸に沁みている。そして、彼は自分でしか応援を頼めない。いたく、同情して、憂生は彼女のときのようにみんなに呼びかけた。病院に入院した彼はメールをよこして今の状態と憂生、ありがとう。みんなのメッセージが届いている。そんなことを告げてきた。ご丁寧にまたもそれを皆に伝える。他に頼むものがいなかったのか?と思わぬでもない。サークルに何...依存・・・2
14そして、憂生は何人かの人に相談にいった。実際のところ、憂生も混乱していたと思う。頭では、理解してもなぜ、そういう状態の人間をのばなしにしているか。たとえば、被害者の女性の親族などが彼をうったえたとしたら?当然、刑事裁判とかになり、そして、彼には責任能力がないから無罪放免になる。そうでなくても、法定にたたされたとき彼の精神もどうなるか?悪いいいかたをすれば罪はとわれないだろうけど罪を隠蔽したともいえる。そうせざるを得ない状況もかかえていたというのも判らないでもないがそれさえ、本人にはわからない。自分のしでかした事もわからなければ彼女たちにもうしわけなかったとも認識しない。ひどい言い方かもしれないがそれで、生きているといえるのだろうか?ネットの中に作り上げた人格にのっとられてまるで、パソコン人形のように感...依存・・・3
20憂生が決断したことは、正直を言うと、いちかばちかの賭けだったとおもう。そして、なぜか、それが、解決の糸口になると、しんじていた。それは、今までの憂生を自分が信じていたといっていいかもしれない。決めると、覚悟した。どっちが先だろう。覚悟してから決めた。か。おそらく、誰も理解しないだろうし、孤立無援になるだろうし、多くの人間からもののしられるだろう。けれど、なぜか、失敗するという思いはなかった。失敗するかもしれない賭けをするわけにはいかない。人一人の命がかかっているのだから。憂生が彼に何を言ったか、細かいところは今はもう覚えていない。ただ、社会復帰しろ。と、言ったことと最後に、お前は社会に戻るように努力しろ。憂生は、物書きとして、ずっと、ものを書き続ける。と、いった。それから、彼の不調がはじまった。おそら...依存・・・終
笙をよくする。ひちりきも横笛にもひいでていた。理周の住まいは寺の敷地の端の小さな小屋である。本来、寺男なるものが住まいする小屋に女性(にょしょう)である理周はくらしていた。理周が洸円寺の外れに住まうようになったのは、理周の性が女として機能しだした頃からである。理周を育ててくれた洸円寺の和尚艘謁も、理周の女の機能の発祥は当然くるものとして、判っていたことであった。が、寺の中には男ばかりがうようよしている。理周は尼でもなければ艘謁の娘でもない。寺の前で行き倒れた女が連れていた子供である。母親は直ぐに死んでしまったが、子供には行く宛もないとわかった艘謁は、一人で食えるようになるまで面倒をみてやることにしたのである。女の機能を具有した理周が若い修行僧と同じ屋根の下で、寝起きを共にする。どう考えても、互いのために良...―理周―1白蛇抄第12話
寺の隅の小屋に、どんな人がおるのかも知らぬ。寺とは縁もゆかりもないのか、小屋をかりうけてすまわせてもろうているだけか、よく判らぬ女がいる。よく判らぬのは、ことさら、女が笙をよくするせいである。朝早くから雅な御召しを着込んだむかえがやってくる。それっきり、女はおらぬようになるのである。境内を掃き清めていたこ坊主が、出かける理周にきがつくと、庭帚を動かす手をとめた。ぼんやり突っ立ったまま、門にきえてゆく理周をみおくっていた。「これ!」叱られた声に振り向くと、寺の修行僧の頭角である晃鞍がたっていた。叱られた事は、どっちであろう?女性をみていたことか?掃除の手を休めていた事か?いずれにしろ、こ坊主はあやまるしかない。晃鞍はこの寺の住職である艘謁の一人息子である。この宗派は妻帯を禁じられてはいない。が、若いうちから...―理周―2白蛇抄第12話
晃鞍が十三の歳であったろうと思う。寺の門の前に行き倒れの女が仰臥した。小さな手が門を叩き、幾度と僧を呼ばわる幼い少女の声が響いた。でてみれば、息絶え絶えの女がへたりこんでいる。晃鞍は慌てて父親を呼びに堂に入った。寸刻のちに、女は担ぎこまれた布団の中で息をひきとったのである。母親の枕元に座る少女は泣き声も上げなかった。身体の弱かった母親が、いつか逝く。覚悟がついていた。何度かこんな覚悟が現実になるかもしれない事をくぐりぬけて、ここまできたのかもしれない。その時がとうとうやってきた。少女は事実を受け止めるだけしかなかった。何ゆえたびをしていたのか、判らないが弱い身体をおって、歩き続ける母親の姿は少女の心の中に祈りを作らせたのかもしれない。もう・・・。苦しむ姿をみないでいい。かすかな安堵が少女のなかにある。「綺...―理周―3白蛇抄第12話
ところが、三年もたったころであろうか。理周は相変わらず、母堂にすまいしていたのであるが、突然、居をうつされた。すくなくとも、晃鞍にはそう見えた。「理周・・・こわくはないか?」寺の隅に住まい、理周は一人で煮炊きをして、一人で飯をくうた。米や野菜をはこびこんでやると、必ず晃鞍はそう尋ねた。夜のしじまはひとりではこわかろう?なんで、父艘謁が理周をこんな寂しい所に一人すまわせるか、わからない。「理周がおなごになったからです」「おまえは、はなから女子じゃわ」馬鹿なことをいうておる。「ご母堂に穢れをもちこんではなりませんに」「ああ」やっと、わかった。女子には障りがある。だが。「もう・・・なのか?」「ええ」「うとましいの」「はい」「あ、ならば?」謡いの場にもでれぬのか?雅楽のほうはどうなる?「その時はでられませぬ」「そ...―理周―4白蛇抄第12話
「理周?」晃鞍が物思いに耽る理周を呼びかけた。「ああ?はい?」「きちんと戸締りをせねばいかぬぞ」僅かに男の生理が理解できるようになってきている。晃鞍、十七になる。男としては晩生かもしれぬ。「よほど。ここに一人おる方が無用心でいかぬわ」やっと、理周の立場がわかってきた。母堂におっても、ここにおっても、女子であることには代わりはないのであるが。「よいか。誰がきても、何をいわれても中に入れては成らぬぞ」なにがあるかわからない。「わかっております」艘謁にもくどいほど念を押された事である。「ふむ」晃鞍は頷く理周を改めて見なおした。やたらとほかの修行僧の目に触れぬ方が確かにいいかと思った。妹は存外、美しい顔立ちをしており、伸びやかな身体は、華奢な女子のか弱さを色として芳せはじめている。理性とは別の物がこれを手折りたく...―理周―5白蛇抄第12話
「嫁にくれ?と?」尋ね返す艘謁に禰宜はいささか、とまどいをみせる。「そう・・ではないのだが。まあ・・にたようなものだ」由緒は正しい。身分も、人品も決して卑しくない。が、立場上、下賎の者を妻に迎えるわけには行かない。理周に心を寄せた雲上人は、思い余った。側女といえばいいか。男子をなせば、それでも、格は上がり、衆目の認めるお方さまに遇せられる。それを頼みに、理周を迎えるしかない。雲上人に頭を下げられて禰宜はやってきた。「ふ・・む」天涯孤独の身の上の理周にとって、悪い話ではない。普通なら会うこともかなわぬ相手である。それが・・。「本意であらせられるはいうまでもない」「うむ」「どうであろうの?」「理周がどういうか」そこである。だが、遊び心であるなら、こんな禰宜に頭を下げず、理周をよびつければよかろう?―伽を求むー...―理周―6白蛇抄第12話
理周は余呉にいる。小さな浮御堂が余呉湖の端にたたずんでいる。山は四方をかこみ、大きな湖の北に位置する余呉湖をつつみかくしている。琵琶の湖にくらぶれば、水溜りほどに小さな余呉湖を知るものは少ない。清閑と水をたたえている湖は山の藍翠を映しこんで、漣さえ立てない。時折、通り過ぎる一迅の風が湖面に銀色の皴をつくり、なだらかなみどりを深くのみこむと、静まり返った水面は一層藍が濃くなった。「母上をここにおつれもうそうとおもっておる」羅漢寺にいる賢壬尼は薬師丸の母親である。「ここに?」あまりにひっそりとしすぎておりはすまいか?横笛の手を休めた理周は、怪訝そうに薬師丸を見た。「京の都も殺伐としすぎていて、母上にはかなしそうだ」きいたことがある。京の都には子を喰らう鬼女があらわれると。むろん。もともと、女は鬼ではない。子供...―理周―7白蛇抄第12話
「よ・・よめにゆくのか?」晃鞍は余呉から帰ってきた理周に尋ねた。「どうすれば・・・」正しくは嫁に行くのではない。昨日の夜にひとつとて、やぶさかな想いを滲ませなかった薬師丸を考えてみても、薬師丸からの申し出を艘謁から聞かされたときには、狐につままれた気分だった。「き・・・きのうは」理周はその薬師丸と一緒だった。判っていることであるが、改めて問い直さずに置けない晃鞍である。「そう・・なのです」昨日の薬師丸を見ている限り、こんな申し出が既に成されていた事さえ微塵だに感じさせなかった。ゆえに一層不可解なのである。「すると・・・?」もう既に約束はかわされたものなのか?その身体で証をたてたことなのか?晃鞍には理周の惑いが見えない。嫉妬が目を狂わせ、狭い疑心だけにとらわれている。同じ頃同じ事にもがく男がほかにいることさ...―理周―8白蛇抄第12話
息をのんだのは艘謁である。堂に姿を見せぬ晃鞍。嫌な予感がした。理周を女子としてみているのは、自分だけではない。直感が理周の元へ走らせた。扉を開けた艘謁の目に飛び込んできたのは、男と女の絡みだった。晃鞍?理周を抱いているのは晃鞍である事は既に判っている。艘謁が思った事は、理周を抱く者がだれか?ではない。理周が男として受け入れる相手が晃鞍なのかということである。男はすぐさまに女の顔を見詰め一瞬のうちに判断を下す。理周の悲しい諦念がその顔に浮かび上がっていた。「晃鞍」静かに呼ばれるまで晃鞍は理周の住まいへの侵入者に気が付きもしなかった。ゆっくりと、振り向いた晃鞍のまなざしには思いつめた物があった。「晃鞍・・」じっと、まなざしを艘謁にむける。「これが、本心です」だから、親と言えど、邪魔立てをするな。獲物を手中に納...―理周―9白蛇抄第12話
永常は不知火をみつめている。脇に座る娘のほほの色は最初にここをおとずれたものとは雲泥の差になっている。首尾はどうだったか?きくまでもない。「お茶になされまし」永常の妻女が盆を運んできた。「ようございましたね」妻女の目にさえ事の解決が良きものだった事がみえる。「はい」素直に妻女にうなづける。「都の見物はなさらないでおかえりですか?」「長浜には、不知火導師を待っておられる方があまたいらっしゃるでしょう」「そうですね」陰陽師の生活は自由勝手のように見えて、そうはいかない。「祭りもとどこおっておりますし・・」妻女も永常の留守の時には、一日の終わりに結界をはりなおすことさえある。永常が不知火と共に庭に降り立つのを、目の端で捕らえながら妻女は理周にそっと尋ねた。「不知火様とも?」深まるものがあったか?「いいえ。いえ、...―理周―39白蛇抄第12話
長浜に帰り着いて、七日もすぎたころだろうか。不知火の元に女が尋ねてきた。「ぬい、・・いえ、不知火さんは?」「おりますが」婀娜っぽい姿が玄人であることをうかがわせる。理周の胸に湧くのは女への嫌悪感ではない。悋気。それさえ、通り越した焦燥が募る。理周の目の前に不知火の新町の天女がたっている。理周は不知火の天女にもなれぬか?「おまちください」自分でも顔色が沈んでくるのが判る。「だれぞ、きたようだが?」居間の不知火が理周をみかえした。「はい。おなごのかたです」「おなご?」いぶかりながら不知火はたちあがった。玄関先に出てみれば居るは、「節ではないか?」「ぬいさんとは、おてんとう様の下で合うことなぞないとおもってたんだけどね」「ふむ。で、なんぞ?」肌を合わせた女である。情が移ってないといったら嘘になる。「いえね。年季...―理周―終白蛇抄第12話
私がのちにはっきりと自分の妙なセンスを自覚することになるそも初めが彼だった。春半ば、友人の結婚式に招かれ、私は岡山にやってきた。中国地方いったいには私の親戚が何人かいて、そのつてをたどり、のちに私がこちらにくることになるとは、この時はひとつもおもっていなかった。旅費を浮かすために、叔父の家に宿泊を頼んだため、結婚式前日に叔父の家にはいることになった。さっそく、酒をくみかわすことになり、従兄弟も階下の居間にやってきて、話はもりあがり、深夜遅くまでのんだ。次の日の結婚式は新幹線のもうひとつ先の駅に程近いため昼から披露宴には充分まにあうということもあり、かなり、飲んだと思う。ひさしぶりが、拍車をかけ、翌日はいささか、酒の気が残っていたと思う。次の日の結婚式には、無事出席でき、新婚旅行に出発する二人を見送ると私は...彼の魂が・・
1彼女は聡明なひとだった。才媛というのに近いだろうか、チャット(足跡)の中に短歌が混ざりこんでいた。一見で、目をひく。言葉選びもうまく、独特な世界観をつくっていた。およばずながらと、こちらも、短歌で返礼した。すると、返歌がくる。それに返す。また返歌が来る。そういう繰り返しが何度かあったのがきっかけで話をするようになったように記憶している。こういう些細なきっかけで個人的な話をきくようになることが多くあり、自分でも不思議に感じていた。おまけに、必ずしも、解決とはいかないのだけどそれなりに、揉め事を解決していた。この謎がとけたのが、六星占星術からだった。憂生は天王星人になる。この星人の特徴がおおかた、当てはまる。まず、自分のことを隠し立てしない。そのため、逆に相手の懐に簡単に飛び込んでしまえる。次に乱世の覇者と...疑似憂生中事実
夕方の空はむせてくるしい。護摩をたく不知火は薬師丸に念を入れる。護摩をけしさることのなきよう。夕刻にあらわれた西園はことのつぶさに驚嘆を見せていたが不知火を信ずる娘を信じた。六ぼう星が描かれてゆく。頂点に立つは不知火。左右の地点に立ったふたり。賢壬尼と西園は一心に唱えるべき印綬をうけた。護摩がいぶり、それぞれの配置に人が立ち、六ぼう星の中天には白絹の理周が立った。「天知る。地知る。我知る。げに恐るべきは人の身なりて人を喰らう。白日の元に現される者。りくぼうの輪廻にとらわれる。汝の名やいかに?汝の想いやいずこ?」理周の中に呼び込まれた鬼女が生霊が口を開きだした。「などか、我だけが苦しまねば成らぬ?」「何にくるしめる?」こごまった声に問い直す事は、鬼女が何ゆえに人の子をくらうかということである。「われの子は山...―理周―38白蛇抄第12話
端座する薬師丸である。不知火は礼をすると薬師丸の前に腰を落とした。法要の前に言い出した薬師丸の頼みごとを聞く事になった。「羅漢の里でも子を食われた」京の都の羅刹。鬼女の噂は聞かぬことでもない。だが、この静かな里にも鬼女が業をおとしていったという。「賢壬尼は子を失った母親の悲しみもさながらに・・」鬼に成り代わった女こそが救われねばならぬという。「なるほど」多くの母親が子を亡くしたというに、鬼女の心は瑣末であり、癒える事がない。「ところが、居場所すらつかめない」賢壬尼は鬼女を宥めたい。女子であらば、きっと、子を亡くす母親の苦しみはわかろう。解るはずの女子が何ゆえ子を喰らう?心の深い闇を拭い去ってやりたい。それいがい、消え果た命にあがなえる法要はない。「それが心残りなのだ」だが、どうしょうもない。と、諦めていた...―理周―37白蛇抄第12話
西園は理周の横顔をみつめつづけ、抜かれた笛の袋に目をさらえつづけていた。やがて、静かに理周の笛の音が流れ始めた。西園の瞳が大きく見開かれ、やがて静かに伏せこまれた。理周が吹いた曲は母から何度も教えられた音階である。西園が忘れるはずはない。ただ一人、理周の母のために作った謡である。溢れてきそうな涙を堪え西園は理周と自分しか知らぬ謡の曲をならべた。理周は並べ吹かれ始めた西園の音に笛を止めた。静かな曲が流れてゆく。音階が変わり始めてゆく。理周の主旋律をならべよと西園が吹く。深く息をすうとと理周は主旋律を重ね合わせた。親と子の心が重なり合った。確かに父である。確かに娘である。泣くまい。貴方の娘。理周であると張り叫ぶ言葉はこの笛の謳い。とめるまい。かの恋うる人の誠に答えるは、貴女に捧げたこの謡い。奏で続け、重ね合わ...―理周―36白蛇抄第12話
「きいておられたのですか?」西園からである。不知火の問いに「似た者同士・・話しやすかったのでしょな」答える賢壬尼にさらに問う。理周の事は?「戒実から聞かされたときにすぐに・・わかりました」西園寺の恋の果て。「あれも・・どんなによろこぶか」賢壬尼は涙を抑えなかった。「よくも・・女手一つで誠をつくしてくれた」拝み参らせ。「苦しかった事と思います」ぽつりと呟く不知火の目に西園の悲しい姿が浮かぶ。それを晴らすが、理周の姿。「よくぞ・・おつれくだされた」「いいえ」不知火の振る首に賢壬尼は手を合わせた。西園の心の闇は理周が拭う。理周の心の闇は西園が拭う。「女子の愛がいかに大きいか・・よう・・理周をうんでくれた」それが西園の心であろう。穿ってみれば賢壬尼が見せ占めた誠でもある。「は・・い」「ありがとう」「いえ。私はそれ...―理周―35白蛇抄第12話
が、とんでもなく不知火がためいきをついた。「よわったの」世話女がまにうけおってから、本当に布団は一組しかしいておらぬ。くすりと理周が笑った。「理周。また・・なきましょうか?」「あ?」泣いた理周であらば、不知火は弱りもせず一組の布団の中に抱きかかえてくれた。「ははは」そうだの。こだわることもない。妙に意識するからおかしい。「せまいかの?」高い天井を見詰平らに眠る事になった。「貴方が一緒だと心強い・・」「わしは・・・こまる」「はあ・・・めいわくですか?」「ねごとはいう。はぎしりはする・・」「う、う、うそ?ほんとうですか?」「うそじゃ・・・」べっかんこをしてみせて、蝋燭の火を消した。だけど、男、不知火本当に困った。はよう、事を済ませて新町に駆け込まねばならぬ。男の身体はままならぬ。寝返りも打てない状況の自分に苦...―理周―34白蛇抄第12話
「そちらはなんという・・」遅ればせながら名を尋ね二人で奉納の席に座ればよいと協賛を示す。「不知火と申します。陰陽事を少々」「え?陰陽師?長浜の四天王。玄武を護る不知火・・か?」らしくない姿は元々だが旅支度であるから、いっそう陰陽師には見えない。本人が名乗りを上げても信じてもらえるかどうか怪しい。が、薬師丸は唸った。「ならば。こちらもたのみがある」理周の邂逅が終えた後。母賢壬尼の心残りをはらしてほしい。委細話された事に気が急いてもいかぬだろうと陰陽師の性質なるものを見抜いてか。理周をちらりと霞み見ると、「万事うまく、そのあとでいい」我らが去ったあともそのことまでも含め、ここに寝泊りをすればよい。いうと、広い本堂の端で布団を敷きこむ世話女をみた。「我らは奥にはいる。このものらに整えてやるがよい」つけたした。「...―理周―33白蛇抄第12話
深々と頭を下げる理周である。「薬師丸様には愛顧を顧みぬ・・」続く言葉を薬師丸が受けた。「いわぬでよい・・」薬師丸の申し出は理周には雅楽師としての愛顧としてしか考えられぬ。わざわざ、もう、断りを入れぬでよい。先に見せたお前が心、読めぬうつけではない。「それより・・たのみたいことというておったの・・・」「はい」「きかせてみや」「明後日。ここで開かれる雅楽奉納のお席に理周を・・」簡単なことであるが、「それが・・ために長浜からここまで?」雅楽師としてか?賢壬尼の二の舞奉じる気でおった、薬師丸への侘びか?はたまた同じ宿業繰り返しかけた理周だからこそ、賢壬尼の心をなぐさめられるか?親子の因縁をおもうたか?「父に一目あいとう御座ります」「あ?」あいたいもなにも、誰かもしりませぬ。今さら、おうてどうなります?むこうも理周...―理周―32白蛇抄第12話
薬師丸の声に振り向いた理周の手が、側におる男の袖を掴もうとするかのように見えた。『え?』不安げな理周が頼り、縋るのはこの薬師丸でないのか?薬師丸の声に顔をほころばせ、「逢いとうなってしまいました」例えばそのようなことをいって、薬師丸の側に駆け寄る。従者の男は二人の姿に背を向けて、若き想い人達の抱擁をやり過ごしてくれる。「理周」理周が高い声で自分を呼んだ。「薬師丸様にお逢いできる処遇では有りませぬが・・お願いがあってまいりました」凛と通る声が震えているようでもある。逢えない処遇と、理周が言った。だが、お願いがあるとも言った。足元の踏み板を見詰ていると、涙が落ちそうである。理周は薬師丸の元に来ない。だから、お逢いできない。おそらく二度と会うつもりはなかっただろう。だから、薬師丸の喜びをけすことにうろたえ、従者...―理周―31白蛇抄第12話
出立する二人を見送る夫婦はためいきをつく。「綺麗なお嬢さんなのに・・」見かけではわからぬ不幸をしょいこんでいきてきたのであろう。もの寂しい匂いが、つきまとう。不知火はそれをふきとばしてやりたいのだろう。『父にあえるといいの』帰りはきっと、明るい娘が顔をみせてくれるだろう。永常ははなむけがわりに道中の加護を祈った。「ふう」溜息を付き玄関をくぐる永常を妻女は怪訝にみた。「どうなさいまして・・」「いや。羅漢の里にまで現れた鬼女のことを・・」「ああ」永常は話せなかったのだろうと、妻女は頷いた。「あやつなら、ひょっとして、すくえるのではないかとおもうたが・・」「それどころではなさそうですものね」少女の項の細さが一層寂しさを物語っていた。不知火が心をくだくのがわからぬでない。「いわぬほうがよかったのですよ」「そうだの...―理周―30白蛇抄第12話
「おうてみるか・・・」「え?」「薬師丸におうてみよう」出来る。出来ぬ。でない。己の心のまに思いを伝えてみよう。「わたしは・・どういえば」薬師丸の申し出を断るのが、理周の心であるなら「わしが嫁になったとでもいうておけ」「はい?」「理周には好いた男がおった。そういうておけば晃鞍も艘謁も安泰じゃろう?」「でも・・」薬師丸に嫁に行かぬのかと聞かれた理周は、いかぬといっている。「阿呆。いちいち、本当の事を答えねばならぬものか・・」「はい?」「それは・・好いた男にだけにしておけ」「ああ」薬師丸が好いた男でないのだから、理周が本当の事を答える必要がない。こういう理屈を理周に言うておるのだ。なるほど。どうも、杓子定規で一辺倒。「ゆうずうがききませなんだ」「そこが理周のよいところだがの」はははと愉快そうに笑う不知火の瞳がや...―理周―29白蛇抄第12話
羅漢寺の尼が居を移す。雅楽奉納を最後に羅漢寺を去る。ここにあの方がよばれるだろう。むろん、尼の子は、長浜の薬師丸である。と、成れば、当然、「しっておるのではないか?」だが・・・当然、薬師丸も来る。「これをつてに・・」理周を見て、いいかけた永常がこまった。俯いた理周の顔が上がってこない。「どうした?」不知火がきずいた。まだ・・・。なにかある。永常を振り向くと、不知火は手短に話を治めようとした。「つまり。そのつてで奉納にくわわればよいというのだな?」「そうだが・・」理周の様子が、それも難しい事のようにおもわせる。「わかった」この先の理周の事は不知火がきく。外に出ようとする二人を、永常が止めた。「わしがおって、はなしにくいなら」永常がそとにでてゆく。どうせ、ここに泊まるつもりで永常をたよってきたのでもあろう?「...―理周―28白蛇抄第12話
永常の所である。不知火がつれてきた女性をふむふむと頷いてみていた永常である。「雅楽師ですか?」あれから比佐乃と一樹は落着した。大きなおなかを抱えた比佐乃を連れ戻るとつい、この間玉のような男の子を生んだ。大輝と名づけたと不知火に聞かせたが「あ。澄明がかかわったのだ。うまくゆく」と、すんだことでしかない。「それよりも、たのみがある」長浜の陰陽師が女子を連れて、頭を下げる。弥勒が池の法祥ではあるまいが、ならぬ恋に出奔をはかったか?判らぬものは、本に男と女のなれそめである。どう見ても、親子ぐらい歳が離れている。不知火が惚れるも無理はない。浮世離れした美しい女性である。それがよくもまあ。風采が上がらぬ。一言で言えばそう。もさもさ。そんな男に・・・。選んでも選びはしない。蓼食う虫も好き好き。げに判らぬものは、男と女よ...―理周―27白蛇抄第12話
夜半すぎ寝苦しさに寝返りを打つ不知火が触れた者は理周の背だった。『おい?』理周がいつの間にか不知火の布団の中にもぐりこんでいた。「どうした?」背中の震えが、理周の涙を語っていた。「・・・・」判らぬでもない。父との邂逅がどうなるか?おそろしくもある。かなしくもある。普通の娘であれば、こんな思いに降られる悲しみも知らない。不知火はそっと理周の背中を抱いた。「おうてみようぞ」「はい」なくしたくないものこそは、精一杯堪えて堪えて生きてきた自分かもしれない。わしがおる。いってやれぬ言葉を飲み込んで理周の背中を引き寄せ不知火は胸を当てた。暖かい。温もりが理周を包むと理周はさらに泣いた。こんな、温もりがほしかっただけだ。望んではいけない。堪え続けた理周をいともたやすく不知火はいだきこんで、温もりをあたえてくれる。『望ん...―理周―26白蛇抄第12話
不知火は物思いに耽るかのような理周を見ていた。「理周、笛をみせてくれぬか?」呼び覚まされた子供のように不知火を見詰返したが、「はい」さまに理周は立ち上がった。袋ごと横笛を渡すようにと、理周の前にてをのばす。渡された袋から既に逸品である。笛を抜き出すと、不知火は掌(たなごころ)に受けて眺めた。思った通りこれも品がよい。理周が吹くより以前に使われた笛は前の持ち主がどんなにか大切に扱ったかさえも、みてとれる。「良い品じゃな」雅楽師なら、この品をてばなそうとは考えはすまい。「母に贈ったというたな?」「はい。それを理周が五つの時から・・ふいております」「これを見ておると・・父親の思いがみえてくるようだ」理周の母と父。この二人にどんな経緯があったのかわからない。だが、何らかの理由で添い遂げられぬとなった時、男はこの笛...―理周―25白蛇抄第12話
「京にゆかぬか?」新町から帰ってきて四、五日目の夕刻だったろうか。不知火が理周を呼んだ。「京?」何のために?理周の心を見ていた不知火である。―京になにか?―言い出せない言葉を飲み込んだのは、既に不知火が理周の生い立ちも陵辱も、考えも、思いも全て読んだ上なのだと思ったからだ。「いこう」何故、簡単に理周をうなづかせられるのだろう?変転。兆し。変わり目。不知火という男は理周の中の物を問う。問われた事は理周に強い決心を持つことだと諭されている気がする。逃げぬ事だといわれ、目をそらすなといわれている気がする。「わかりました」「横笛をわすれずにな」ああ。やはり。そうだ。京は父の都。横笛は理周が父の子である唯一の証。父が誰か判っているというのか?判っていて、理周にどうしろと言う?「みさだめぬか?」察したのか、不知火はに...―理周―24白蛇抄第12話
溜息混じりに帰る夜道は、暗い。ここより暗いのは、理周の淵だろう。なんで・・そうなる?だが、翳りを拭う者は理周自身だ。何故。かほどにこらえる?悲しいほどに、諦めている。何故、愛される自分を求めてやれぬ?なにもかもを諦めている。節の半分でもいい。愛されたいんだよう。その心さえなくしたのか、はなから、あきらめてたゆえか。陵辱は理周の心をえぐりはしない。自分にいいきかせて、理周は、心など求めない。一つもきずかぬふりをして、なにから、めをそらす?『とっつあんだけが・・まことだろう?』節の言葉の裏にある意味。これは理周の境遇を知っている女がわざわざ、不知火に見せた大きな穴。艘謁に父を求めたか、理周。成りえなかった親子。「・・」成れるわけがない。理周の心に父はない。ない父に、甘える術も、求める心もどうあるべきか。『理周...―理周―23白蛇抄第12話
「なんだよ?また?節なのかい?」節はもうすぐ足を洗う。「おしくなったかえ?」にやにや笑いながらも、遣手婆は節を呼ぶ。「あら?」すこし、節の皮肉が入る。「あたしなんかの相手をしてていいのかい?」だまって、節の手を引いた。「ぬいさん?」「いいから」『そうだね』手をひかれ、節は二階に上がった。あいかわらずのいきなり。「ぬいさん」誤魔化したい心を、ぶつけられぬ欲情を、替わりにいくらでもうけとめてやるさ。やすいもんさあ。「なあ。節はなんで、父子だとおもった?」やっぱり、気に成るのは理周の事。突然、話し出した事がなんのことか?節がすぐに判ると思い込んでるくらい、心の中を占められているのにもきがついてないんだろうか?なんのこと?わざとといなおして、不知火のこころをみせつけてやろうか?「最初は晃鞍だと思ったんだ」なんで?...―理周―22白蛇抄第12話
それから・・・・・「理周」いつのまにか。理周をそう呼ぶようになっていた。「きいてよいか?」不知火の前に座った理周は神妙な顔になる。「あの?」「いや、そうかしこまらんでよいに・・」なんだろう?「いや。ここに来たときに・・横笛を持っていたろう?」「ええ・・」それだけは理周のものなのだ。「だいじなものだろう?」とうぜんである。「ならば・・なぜ、ふかぬ?」「あの?ききたいことって?」「そのことだがの?」何を聞く事がほかにある?理周はわらいだしそうになった。この人のことだからもっと難しい事を聞くのかと思った。理周がふえをふかぬわけだって、とっくに察していると思った。「ん?」「だって・・」「なんだ?」「笛を吹けば、ここに理周が居るのがしれてしまいます」不知火は、はははと笑った。「それでふかぬか?ふきとうないか?」出来...―理周―21白蛇抄第12話
「ぬいさん」うとうとしかけた不知火は節の声にびくりとてをうごかした。「ああ。ねむっちまって?」「おきておる」不知火の背をさすりながら、節は情夫(まぶ)のようだなとおもう。「拾った女って理周さんだろ?」「え?」不知火がしっかり目を開いた。「なんでしっておる」「言わないでおこうかとおもったんだけどね」「なにを?」「あのさ」不知火の目をのぞきこんだ。「ぬいさん・・どうおもうかなってさ」「だから、なにを?」大きくいきをすると、「洸円寺の晃鞍が捜し歩いてんだよ」行く当てのない理周が一等簡単に身を沈められる場所。女郎屋。売れる物がない男は、精一杯稼ぐか。川原のおこもさんか。「なるほどな」酷い目に遭った理周であるのに、不知火に返す礼を女で返すと考えるもといはここかもしれない。どのみち、不知火を頼らねば苦界に沈むしかない...―理周―20白蛇抄第12話
その頃、理周である。かんぬきを落として、居間にすわりこんでいた。人気のない部屋は広く、不知火が活けた花だけが行灯の灯りにぼううとうきあがってみえた。不思議な人だとおもう。男のくせに理周よりもよほど器用に花を活ける。それよりも、もっと。不知火には惚れた女が居ると澄明がいった。惚れた女がいながら、新町に通うといった。新町の女の事を天女だともいった。欲がありながら、理周の女は要らぬと叱り付けた。このどれもが、不思議。晃鞍は理周に惚れた?惚れた女を、抱く事でわがものにしようとした。不知火はあきらめておるといった。欲をなげうちたい女子はほれておらぬでもよいという。晃鞍は、欲をも理周になげうった。惚れておれば無体も構わぬか?不知火は惚れておらばこそ、新町で欲をすすぐという。惚れられぬ女はどこまでいっても、男の欲をすす...―理周―19白蛇抄第12話
「あああー。やだ」「なんだ?きゅうに」素面のまなざしで、節が気乗りのなさをみせていた。「だって、ぬいさん。なんか、かんがえてんだもん」節を素面にさせたのは不知火だった。「やっぱ。妙ちゃんのほうがよかったんだろ?」「いや」「じゃあ・・なんだよう」答えようとしない不知火に「つれないねえ」一くさり文句をいって、不知火からはなれようとした節をおさえた。「きいてくれるか?」真面目な面構えに変わる不知火である。「ど、どうしたんだよ?」「まあ・・色々と。おもうところがあってな」「う・・うん」少し肌寒さを覚えた節は上掛けをひっぱりあげた。「はなしてごらんなよ」肢体をつないだまま、深い仲の女の情がからんだ。女を拾ったという。そこから、不知火の話が始まった。「手篭めにされて・・死ぬつもりだったんだろう」「ふん」どうせ、女はい...―理周―18白蛇抄第12話
さらに三日。若い身体はああも細いというのに見事に元に戻る。理周が家事をよくこなす。「てなれたものだの?」十三のときから・・・何もかもを一人でこなした。なれどころではない。声をかけてみるものの、不知火が落ち着かない。女っ気のないところに突然、女がすまいだす。不知火にとって、目下、女は新町で特別な事をいたす相手だけが女であったのだから、見た目が同じ女であれば、不知火の意思に反して、男が騒ぐのも無理がない。「いかぬのう」呟いたひとりごとにさえ、女がふりむく。「どうなさいました?」「なんでもない」とは、いったものの、これが自分かと思うほど、女子を意識させられる。「夕刻に出かけてくる」どうも、たまっておる。たまったものを始末せねば、これはこれで、理周に向ける目が汚くなる。「理周もゆきます」陰陽事とおもったのであろう...―理周―17白蛇抄第12話
「この・・着物は?」じぶんのものではない。が、女物である。妻がおられるのか?てっきり独り者だと思わされていた。男はそういう風体と匂いをしていた。「ああ」答えかけた不知火は戸口の物音に気が付いた。「それを着せてくれたひのえがきたわ」不知火の感はやはり、たがわなかった。「どうですか?」顔をのぞかせた澄明は風呂敷つつみをもっている。着替えの着物をくるんでいるところをみると、今日当たり理周が起き上がれるとふんでいたのであろう。「あ・・あの」理周がとまどうのは無理もない。この人が不知火の今天女なのだとおもったからである。こんな、綺麗な人がいるというのに、自分はなんということをいってしまったのだろう。「熱はさがりましたね。不知火は粥を炊いて・・」理周に尋ねかける澄明の横から不知火が寸を入れなかった。「重湯にしたわい」...―理周―16白蛇抄第12話
「わたしは・・」母をにくんでいた。父さえ知らぬ子に母はどこまでも、女としてしかいきなかった。追いすがる子は、母をとらえる男の影をにくんだ。憎んだ以上にもっと、その影のものでしかない女という生き物がまた自分も同じである事を恐れた。「わたしは・・」その憎むべき女をいためつけてやりたかった。身と皮のように離れない女が憎い。どれほど、うとましいものであるか。女がうけとめれるものは、浅はかな男の欲望だけしかない。そんなものしか、受け止めれない女が自分の裏表に一心同体にすまう。「理周さんは、受け止める事がへたくそなのだ」呟いた不知火に再び、理周はふいをうたれた。この人は人の心を読むのか?疑問がやっと理周に男の生業(なりわい)を気付かせ、陰陽師不知火の名前が頭に浮かんだ。「理周さんは。無償で愛される事など、この世にない...―理周―15白蛇抄第12話
礼の言葉を出しかける理周に「それはまあ・・いいのだが・・・」不知火は理周の思い出したくない事に触れる事にすこしばかりためらった。「洸円寺には・・知らせておらぬのだ」躊躇った言葉が理周のわけを察している事がうかがいしれた。「しらせてよいものかどうか。判断つきかねたのだが。艘謁殿は心配なされておろう?」どうするのか?その答えは、理周には今後の進退も問うものである。艘謁は悔いておろう。艘謁の手を離れると、理周は横笛をだいた。横笛を抱いて、小屋を出た。理周を止めることさえ、思いつかぬかのように、艘謁は理周をみていた。「ここにおれ」いえぬ言葉である。ここにおって、妾になっておれ。とめれば、そういう事になる。誰の?艘謁の?晃鞍の?それとも、ふたりの?理周は己の女をあざ笑う。畜生道におちましょうか?男の心を二度と、うけ...―理周―14白蛇抄第12話
理周がいつ、目覚めてもよいように不知火は粥をたいた。初めは硬い粥を炊いたが、理周の熱はさがらなかった。起きる事も叶わぬとわかると、理周のために炊いたかゆをたいらげ、新たな粥は緩めた。手拭いを替えて、額を触るがどこからこんな熱が出るのかと思う。熱っぽさは唇をかさつかせ肌もかわくようだった。水差しの水を口に含ませてやるが、理周は水を飲む意識さえなかった。不知火は理周の鼻をつまみ、僅かにあけた理周の口に水差しをそえてみたが、理周は力なくむせこんだ。戸惑うたが、不知火は理周に口移しで水をあたえた。不知火が塞ぎこんだ唇は理周の唇から水をおとすことなく、僅かづつ嚥下されるのがわかった。理周の嚥下を確かめながら、水を注ぎ込んでやる量を加減し、理周の口の中に水をおとしこんでやる。僅かな水分でも、理周の息がらくになったよう...―理周―13白蛇抄第12話
程なく澄明は隣室をでてきた。「手数をかけさせたの」「いえ」「どうかの?」「ここ、三日四日。熱が下がれば人心地をとりもどせるでしょう」痛い傷がある。「なってしまったことは・・・とりかえせませぬ」そうであるが・・・。不知火を見詰た澄明がふとほころんだ。「だいじょうぶですよ」優しい男である。雅楽の席で見かける少女を不知火も澄明もしっていた。むろん、理周もこちらをしっている。「それで・・このことは・・」理周の父である洸円寺の艘謁にしらせないほうがよい。読んだわけでない。陵辱の痕をだいて、湖に飲まれかけた理周である。艘謁の元に返れないということであろう。さすると、理周をなぶったのは、寺のものか。あるいは艘謁か。理周は不知火に考え付かせる事が出来る、女の身体をしていた。細い身体に女がいる。哀れにもそれを掴み取ろうとす...―理周―12白蛇抄第12話
いつのまにか、雨は降り注ぐ。琵琶の岸辺に立つ、理周の肩もすっかりぬれそぼり、こ糠の雨は、髪に絡みつくと珠を結んだ。額を伝いおちた雫は顎をなぞり、理周の泪に溶けた。いっそ、しんでしまおうか?湖はおいでと波を引き、来るなと波を寄せた。母はしあわせだったとおもう。死ぬ事さえこわくなかっただろう。理周には母のような想いという浄土もない。この世に生き、この世を去る間際まで、母は寂しい女だった。一度(ひとたび)生を手放そうと考えた理周は、母ほどにも幸せな自分でない事に気がつかされた。寂しさだけの哀しい女であっても、母は女であった。理周の身体を舐めた男。理周が彼等にとって、女でしかないこと。兄を失った時、同等に理周を女と見る父を捨て去る。理周は女でしかない。彼らは理周を女としかみない。貴方達の望んだ事はこれなのですよ。...―理周―11白蛇抄第12話
「でていった?」艘謁に告げられた事実は腑に落ちない。理周ではない。何故、父が理周を黙ってでていかせた。晃鞍が、したことは理周をおいつめただけであるのか?項垂れる晃鞍に艘謁は言葉を選びながら話し出した。「理周は男をうとんでいたとわしは思うておった」えっと小さな声が晃鞍の喉で飲み込まれた。「しかし・・違った」晃鞍は父の言い出す言葉を待つ。「あれは・・・自分が女である事をうとんでいた」男という生き物がいる限りいつかは理周は理周でなく、女という生き物にならざるを得ない。「あれは・・・。母親の生き様がこたえていたのだろう。どんなに悲しかろうと女であった母親があわれだったのだ」母のように、想いをもつ。これが女である事の悲しさ。男という、片割れしか女にはいないのだろうか?理周は一生、笛をふいていきてゆこうとさえおもった...―理周―10白蛇抄第12話
ひっきりなしの投稿はそれでおわるはずwwwと、書いたので、一応確認しに行ってきました。SO2(20編)からは、2編だけかな?と、思っているが・・・ボーマン・ボーマン・5-ジンクスー(11)ボーマン・ボーマン・6-時には乙女のようにー(7)アダルト15編?は、ちょっと、遠慮しておくとして・・・よく見てみると有りましたね。彼の魂が・・(1)を、含む一連の「事実」不思議な事も含めいろんな事が、人間の精神を歪ませたり、死んだ後も残っていたり現実世界で、知らぬうちに白河澄明ばりの「解決」を行ったり・・・書くに迷いつつ自分の中の事実として書いたもので物語ではないので、それは、ひょっとして覚書・日記という物になるのかもしれない。まだ、あった。
宿根の星幾たび煌輝を知らんや(40)終えました。―理周―白蛇抄第12話(11)と、2本立てを企てたのですが・・・正直、理周が、うもれてしまう。宿根・・もでしょうね。お互いが潰しあってしまう。と、思い、宿根・・・を先にしました。理周は、白蛇抄独特?の話・エピソードを絡ませながら、そのエピソードの解決が主人公の心を解きほぐしていくと、いうパターンなので、そこに、宿根・・が入ってくると気分的にエピソードがふえた錯覚になってしまうのでは?筆者本人も気に入っている作品をごちゃまぜにすまいと決めて後回し。(ご馳走は後に取って置くタイプですwww)これで、書きおろしは「空に架かる橋」の一本になりました。白蛇抄もあと12話~17話これを揚げ終え最後に「空に架かる橋」をゆっくり、連載形式で投稿したら(おそらく)憂生文庫(お...宿根・・・を先にしました。
領国との均衡が崩れる。君主の崩御を表ざたにするには時期が悪すぎた。渤国の君主である量王の心そのまま、外海を境に眼前の渤国は微かな霧にけぶりその姿を現さない。いま、天領の地でさえ渤国の間者が入り込んでいる。御社の瑠墺でさえ、血生臭い匂いをかぎ、君主の元に参じてきていたが、間者の横行は目に余る。一説に君主の崩御の裏にも間者の企てがあったともいう。齢五十五。死に急ぐ年齢ではない。毒を盛られたともいう。急逝すぎたせいもあるが、瑠墺の天文敦煌の知識によれば、天運星の語る通りであり、君主の宿星も衰退を表していた。国が滅びる。この運命を読んだ瑠墺の胸中やいかばかりであったか?君主の崩御の原因が病気であれ、暗殺であれ、どの形にせよ、亡国への軋みが始まる。国が滅びると判っておりながら、この国に留まるか?小手先だけの崩御の揉...宿根の星幾たび煌輝を知らんや序
代を継ぐ皇子は父の棺の前をかたぐ。柔らかな土をすくい棺にかける頃に、皇子の執着はきれてゆく。「とにかくは、間者をこれ以上・・・」やっと取るべき執政の一つを口に出すと瑠墺を自室に同道させた。「どう・・おもう?」唐突に尋ねられた意味を察しながら瑠墺は尋ね返した。「なにがでしょうか?」皇子が迷うのは当然量王の侵略のことである。皇子は皇位も継がぬまま亡国の末代として流刑の民になる。せめてもそれが量王の差し延べる救いである。星も流離の色を見せているが、口に出す事は瑠墺には辛い。「生きておれるのは・・・あと、どのくらいだろう?」「そのお覚悟であるのならば」瑠墺はやっと重たい口を開いた。「それまで、無駄としりつつ間者を絶つのも、無益か?」亡国の時は近い。無益に人の命を絶ち、争いを起こし、民を苦しめるなら、あっさりと量王...宿根の星幾たび煌輝を知らんや1
漁記の宿に集まる男たちは、明るく唄う。手水鉢の水をたたきに撒きながら絹はためいきをついた。君主の崩御さえ知らぬ獅子は国を揺るがす間者の追撃に躍起になっている。「今朝もやられた・・」血生臭い話をしながら酒を酌み交わす。命を天に任せた男は何故もこうも明るいかと絹には不思議である。男たちの話は続く。庭先の絹の存在を歯牙にもかけていないから話は筒抜けに絹に届く。「間者は皆細工物をみにつけている」「細工物?」「印のようなものなのだが、何で作られたかわからぬ・・」「柘植か?石蝋?鹿の角?」「しいて言えば・・鹿の角ににておるのだが・・・」言葉をとぎらせて、杯を煽る。「剣牙往来と刻印されておるらしい・・」もくもくと酒を飲んでいるだけだった象二郎が「木邑。すると・・・。これか?」象二郎が懐に手を突っ込むと果たして、その手の...宿根の星幾たび煌輝を知らんや2
絹は庭を出ると玄関先にも打ち水を撒き始めた。絹はそっと辻の向こうを見渡した。座の中に数馬がいなかった。数馬はおそらく有馬兵頭の旅篭に立寄っているのであろう。絹がもう、おっつけやってくるだろう数馬を意識するにはわけがある。数馬は仲間内でも手練れの士である。有馬だけならともかくも、数馬まで相手では才蔵も本来の目的を遂行できまい。「姐さん」絹が外に出てくるのを待っていたのだろう、ひょいと才蔵が絹の傍らにやってきた。「ちっと、手をあらわせておくんなせえまし」才蔵は絹の手桶の前に手を差し出した。杓で水をすくい絹は才蔵の手に流し込んでやる。こうしておれば通りがかりの労務者が絹の水を借りただけにしか見えなかった。「有馬は瑞樹の宿におります。数馬が側を離れれば今日は有馬一人・・」座に集まった男たちの顔ぶれを絹は思い浮かべ...宿根の星幾たび煌輝を知らんや3
絹が帳場の向こうの賄場から徳利を盆に並べて、持ってきている。「絹。わしらのところか?」徳利のいく場所を訪ねると「おまちかねでしょ?」と、先のことなぞ忘れたように明るい。数馬は絹の手から盆をとる。「これは、わしが持っていってやるに、絹に頼みがある。使いを一つ、頼まれてくれぬか?」「よござんすけど・・・」何か、うろんげな事を言い出されぬかと絹の言葉尻は歯切れが悪い。「この先の有馬殿の宿に何か見繕って酒と一緒に届けてくれぬか?」「は?・・え、ええ」「どうした?」快諾できようはずの使いにすんなり快い返事がもらえぬとなれば数馬もいぶかしい。「いえ。有馬さまがこられておらぬのは、どこぞに出かけてらっしゃるのかとおもっておりましたので」慌てて口裏を還すと「ああ。そういうことか」絹にはどこかにでかけおらぬと思った有馬が実...宿根の星幾たび煌輝を知らんや4
数馬の盆はたたみに置かれ徳利の酒にてをのばすとじかに口をつける。「どうも・・・かなわぬか?」ついでに帳場の絹を口説いてみたものの思わしくない数馬をからかう木邑に数馬は真顔になるとぐっと手を合わせた。「有馬が御社の瑠墺にあうまでは泳がせておく。それまでに絹がこと・・・」「頼む・・・」絹の正体を知らぬ木邑ではない。「お前も馬鹿な相手にほれたものだの・・・」「あれは・・・」「絹のことはいいわ。我らはお前の酔狂ぶりにめをつむっている。それだけだ。絹が間者の取りもちをしている間は我らもつごうがよいが、絹自らが動いたら。命の保障は出来ぬ」「・・・・」大きな男は泣くのではないかと思うほど、顔をゆがませた。「わしは・・・あきらめられん」「天下が揺るぐというのに、色恋がだいじか?」「わしが生きておらねば、天下が揺るごうと判...宿根の星幾たび煌輝を知らんや5
絹は目指す宿屋の前に出るために辻を回る。山紫水明を象った庭の椿の囲い込みを廻ると宿の前につく。有馬がどの部屋にいるか判らない才蔵は庭の植え込みの中に身をかくして機会を窺っているだろう。合図に印をうちならしてみよう。いなければ才蔵も様子がおかしいときがついて、一端は撤退と決めたのかもしれない。で、あれば、今度、又、絹の元に来るだろう。住み込みの女中なんてお職は動きにくくて仕方が無い。でも、この国に来て寝る所さえないんだから贅沢は言ってられない。そう宥めているうちに「漁記」がただの宿屋で無いと判った。絹の身の置き所として口利きで入ったと思っていた宿屋には、いくつかの集団を作り志士と呼ばれる男たちの棟梁格があつまっていた。集めた情報の交換と天下国家の情勢判断。渤海への策を練り合わせていた。そこに絹を送り込んだの...宿根の星幾たび煌輝を知らんや6
「こんにちは」『漁記』の使いだと告げ、有馬の名前を出すが女将はいささかふしぎな顔をしていた。あやしんでいる。ここまで名を語り有馬を狙うという者がいると伝えられているのか?「『漁記』のどちらさんどす?」「絹といいます」「ああ。きいてます」どうやら絹を使い立たせる約束は先になされていたようである。「数馬?」木邑はゆらりとたち上がった数馬をみとがめて、こえをかけた。「厠じゃに・・いちいちうるさいわ」数馬は振り向かず木邑に答える。「そうか・・・」絹の運命を思い量って泣く男の挙動は気にかかる。「国がなからば好いた女子と行きこす土地がのうなるわ」ゆらり、ゆらりと身体を動かすと一馬はそう答えた。「そうだの」木邑は数馬の背に頷いて見せる。絹が為にこそ、志士として生きて絹と共に生きる活路を開く。数馬の胸のうちが一言で語られ...宿根の星幾たび煌輝を知らんや7
―自分勝手な思いに絹さんが、自分を殺すまねをしちゃいけない。貴方は優しすぎる。お人よしすぎる―自分のそこから沸いてくる思いをつかんでいかなければ見せ掛けの思いに流されるだけ。それは、ひいてはまたも量王を寂しさに突き落とす結果を生む。また、量王も寂しさ、悲しさが深すぎて、もがいてるだけかもしれない。寂しさに耐えかね、絹で埋め合わせられると思い込んでるに過ぎない。おぼれるものはわらをもすがる。そんな量王であるのならば、量王は、いつか、つかんだものがわらであることに気がつきわらをもつかんだ己の無様に泣く。お互いの気持ちが本物でないのなら結局は量王と瑠璃波のくりかえし・・・。だが、小さな拒絶と、迷いを見せる絹の心を量王はまたも掴み取る。「判っている。私の心が本心なのか迷っておろう?そして、絹波も私に対し誠であろう...宿根の星幾たび煌輝を知らんや38
絹は空耳かと思った。昨日の夜のあの印がなっている。その叩き方はあの碑の有馬と同じ。三つならして、ひとつ。三つならして、ひとつ。まさかと思いながら絹は懐の印を鳴らし返した。まちがいなく、呼応する。三つならして、ひとつ。三つならして、ひとつ。有馬に違いない。数馬が象二郎が有馬が戻ってきている。だけど、ここ。敵地の真っ只中。姉さん・・・・。絹波のすがる眼に瑠璃波がうなづいた。「判ってる」有馬が箒星。輝きだした陰星が絹の心を捉えている、あの男。どうしても読めなかった瑠墺の思いが今、流れ込んでくる。多分、ずっと前から瑠墺は瑠璃波に語りかけていたに違いない。『量王の元から絹さんを逃がし、和国のものといったん、和国へ帰参させられたし』さらに瑠墺からの語りが続く。『孝道を首に決起がおきます。ドーランが指をくわえてみている...宿根の星幾たび煌輝を知らんや39
さあ、絹にどう話すか、瑠璃波が絹をみつめた。絹波?絹の胸の下、腹の中に小さな命の息吹が光っている。絹波・・?このこ・・まだ気がついていない。「絹波・・あなた・・わかっているの?あなたは、私を「おばさん」にしてしまったのよ」キョトンとした顔で瑠璃波の言葉を考えてる絹に瑠璃波は笑い出してしまった。「あなたは、量王の正后になれないってことよ。ちゃんと、別の人の妻ですって、貴方のおなかの中の子供が怒っているわ」「え?え?・・子供・・?」数馬の子供。それ以外の何者でもない。絹の眼の中にいつかの有馬の赤子を抱くしぐさがよみがえってきていた。「大丈夫。今度こそ、貴方の婚姻をかなえて見せる」絹に約束をすると、瑠璃波は有馬たちをかくまう場所へ案内するために城外へと抜け出していった。量王の申し出をうまく切り交わしながら絹は時...宿根の星幾たび煌輝を知らんや終
「絹波は和国でどうやって暮らしておった」量王の問いに絹は我に帰った。「小さなはたごのした働きを」6畳ほどの女中部屋に3人の女子衆と一緒に寝起きしていた。「和国にはひとりでいったのか?」「もちろんです。仲間連れではすぐに危ぶまれます」思わず渤国の言葉でやり取りをしてしまったりお互いのことを聞かれたときに、ちぐはぐな部分も出てきかねない。独りのほうが何かと都合は良い。「あやつらとは?」有馬たちのことをさす。「才蔵という間者を殺されました。有馬は和国の志士たちの信奉を集めていた人間でしたのでさぐりをいれ、命を狙っていたのですが有馬ではない誰かに殺されました。私が間者であること知った志士たちが渤国の情報を得ようと渤国へ乗り込む手立てに私を使おうとしたのですが・・・」有馬という男がさほどのものに見えないのは量王もま...宿根の星幾たび煌輝を知らんや37
なんとか、夕刻までに絹の元へ。数馬の焦りが手に取るように判る。絹にほれた男であればこそ、絹に惹かれた量王の心が読める。有無を言わせず、量王は絹を済し崩す。元々の絹の宿星が呼応して絹を正后に収める。その第一歩が始まる。なんとしても、食い止めたいのは和国のためではない。絹に焦がれた男のやむえぬ心情でしかなく絹なくして、生きてはおらぬ。は、数馬の本心である。有馬たちが和国に帰っていく姿を見届けると絹は考えなおしを促す独りの部屋に入った。浮かんでくるのは昨夜の有馬との最後の邂逅である。有馬は瑠璃波の嘘だといった。自分の心を偽っては成らぬといった。瑠璃波が己の心を偽っているように絹も己の心を偽ってはならぬといった。何をいつわっているのか、それさえ、まださなかでなかった絹の中から、沸いた涙が絹に偽りがあることだけを微...宿根の星幾たび煌輝を知らんや36
翌朝になると、有馬たちは量王の居城からおいたてられた。「さて・・・こまったものですね」有馬は同伴する役人3人をみつめ、つぶやいた。門兵は黙って突っ立て居る。門兵と役人。―どう、くらますか―有馬は突然、象二郎と数馬に声をかける。「私のように」深々と門兵と役人に頭をさげると、有馬は昨晩の泥鰌掬いをおどりはじめた。「通じなくて良いのです。歓待の礼に踊りを披露しているとそれだけ、判ってもらえばよいのです」有馬にはなにか、考えがある。疑うことなく象二郎も数馬も有馬を倣い深々と頭を下げると、有馬の踊りに加わった。妙な腰つきで踊る和人の礼を察したか役人も門兵も遠慮なく笑い声をあげ、踊りを見つめ続けていた。物見遊山の旅心しかないと思わせるための一芝居であったが、これが功を奏した。門を離れ街路にはいると、役人は気をよくした...宿根の星幾たび煌輝を知らんや35
星読みの想念のさなかに、混ざりこむ声は量王のものだ。「量王さま」瑠璃波が選んだ言葉は僕としての瑠璃波を表明していた。「少しばかり、おまえの言うた事がわかってきた」―絹波にあえば判る―その意味である。「おまえが、暇乞いをしたくなる気持ちも察する。すまないと思う」絹波を一目みて、運命の相手だと悟ったという。「はい」瑠璃波もとうに覚悟はついている。遅かれ、早かれ、告げられる決別に逆らう術はない。「おまえにすれば、わが妹が正后に招じ入れられるをみるは、つらかろう」すでに、量王の意志も固まっていると告げられた。「暇乞いをお許しねがえますか?」瑠璃波が答える言葉はこれ以外に何があろう。量王は返事を渋る。星読みの才はこの先の政道に必要だと思えた。「私はもう、まともに星を読める女子ではありませぬ。それに、絹波の星の運命。...宿根の星幾たび煌輝を知らんや34
有馬もそうだが、象二郎も数馬も寝付けずにいる。庭に人影が映るとそれが空を見上げている。星読みであろう。と、いう事は「絹さんはひとりですね」有馬がつぶやくと象二郎が付け加えた。「星読みに近づいているものがいる」その背格好からみても、「量王ですね」瑠璃波が絹に何をはなしたか、それが一番気に架かる。「きいてきましょう」数馬を制し有馬が行くという。「貴方はいま、嫉妬と不安で、冷静ではありません。冷静でない男はすぐに、女子を自分のものだと確認したがる。でも、そんな流暢に確認をなさってる時間は無いのです」およそ、女に疎そうな有馬だからこそ、見えるものがあるのだろう。あるいは、こういう我執を嫌うからこそ、有馬は自分を女に疎くしているのかもしれない。「絹さん・・絹さん・・」絹の部屋の近くで印が小さく打ち鳴らされ、絹を呼ぶ...宿根の星幾たび煌輝を知らんや33
そして、翌朝。有馬たちは出立を余儀なくされることになる。有馬がひょいと立ち上がると絹に声をかけた。歓待の礼にもなりませぬが、和国の踊りにてひとつ、返礼をとお伝え下さい。そして、数馬と象二郎を促す。「馬鹿になりきりましょう」歓待の宴に興じるお調子ものになると有馬が言う。はあ、と、頷いたものの踊りなぞ、知ったものではない。「どじょう掬いでよいです」とにかく、宴に酔う。これに徹するだけでよいという。それにしても、「どじょう掬いですか?」「簡単でしょう?どじょうがそこにいて、捕まえようとすれば、踊りになるのですから」そして、3人は一礼をすると、量王にむけて、どじょう掬いを踊って見せた。有馬がどこで、どう覚えたか。天性のものなのか。流暢を通り越し、量王の笑いを誘い出していた。食事が終わると3人は寝所に案内された。絹...宿根の星幾たび煌輝を知らんや32
「瑠璃波の妹御だな」と、声をかけた量王をまじまじと見つめながら絹は「絹波と申します」と、渤国での名前を名乗った。量王は姉、瑠璃波の想い人である。正式に婚姻をかわしていないが、兄といっても良いかもしれない。だが、絹が量王を見つめる瞳の中に非難がある。瑠璃波を正后に迎えず星読みの才を利用し瑠璃波の女をむさぼる。姉の恋心を考えると量王ばかりを責めるわけには行かない。量王が悪いのではない。瑠璃波がかなわぬ身代に上り詰めようとする欲と情にほだされた量王のふがいなさでしかない。数馬が絹をかえたのかもしれない。量王という統治者への忠誠はあったものの、男としての量王の在り様を以前の絹は憎んでいた。だが、数馬の一言が絹をうがった。ー男というものは弱いものだ。絹がなさせてくれぬから、他の女で紛らわすー数馬はぬけぬけといいぬけ...宿根の星幾たび煌輝を知らんや31
「ここが?」高い塀がどこまで続くか。量王の居所は平城であるが、堅固な要塞を呈している。同道した役人は門前の警護兵に何か告げると有馬たちを招き入れる者をしばらく、一緒に待ち受けていた。警護塀が量王に取り次いだか、見るからに重職と思われる高官が現れ有馬たちを塀の中に招じいれた。いきなり通された部屋は晩餐の用意がすでに整っている。大きな長い大理石の卓がしつらえてあり、隙間もないほどに豪華な食事が並んでいた。まずは、お食事をなされるように絹が高官のの伝言を有馬たちに伝えた。「客というわけか・・」つぶやく象二郎は余念なくあたりを見回す。「食事を先に召し上がってください。後から、量王がやってきます」それも、伝言のようだった。贅を尽くした食卓の料理は量王の権勢を見せ付ける。「茶店の団子を買い占めるどころではないですね」...宿根の星幾たび煌輝を知らんや30
「達者で」孝道のはなむけは一言でおえたが、誰よりも絹の心に響いた。渤国へ行くと数馬に告げられた絹は孝道に打ち明けたように成り行きに従っていた。「絹」数馬が絹を呼ぶ。数馬の指が震えているのはなぜだろう。絹が渤国へいけば、絹は渤国の者数馬は和国の者絹が渤国へ行くは、国を分かたれたものの定めがごとく別れを意味する。数馬との別れ・・・。それでよいのだろうか?絹は心の軋みを振り払った。それも、成り行きならば従うしかない。渤国への舟は瑠墺が手配してくれた。交易の舟に乗り込み、渤国へ入る。とり調べはたやすくあるまいが、絹が剣牙の印を持っている。いくつか、間者から取り上げた印もある。それを見せれば・・・数馬の策に「言葉はどうする」と、象二郎が笑った。私が、と、絹が申し出た。量王の懐刀である、星読み、瑠璃波を渤国で、知らぬ...宿根の星幾たび煌輝を知らんや29
甘やかな時がすぎると、量王は衣をかつぐ。なにおか、決意するか、ひきつまった顔で瑠璃波は身支度を整えていた。あまりにきりつまった顔の瑠璃波に量王はかける言葉をみつけられずにいた。闇の中、庭へ歩み出ると瑠璃波はいつものように空を見上げた。「星・・?」小さな星がひとつ、瞬いている。蒼白く、凍てつく冴えをみせ、まばゆい。これが、有馬か?はたまた、瑠墺か?絹波の星は相変わらず灼熱の赤。これが、量王を照らし、量王の地位を存続させている。だが・・・。絹波が量王を拒んだら・・・。・・・・。拒むのが当たり前かもしれない。ひとつにあのこの中に誰かが住み始めている。もうひとつ。このおろかな姉を思い、量王の寵愛を受けようとはすまい。こんなことになるのなら、はじめから、絹波の定めに任せればよかった。量王の衰退は瑠璃波の予感なのか、...宿根の星幾たび煌輝を知らんや28
やがて・・・。「私には、正しい選択を見出すことは出来ません。流れのまま、なるがまま、自然という大きな川に身を任すしかない気がします」瑠墺が結んだ言葉にすかさず数馬が異を唱えだす。「だから、絹を量王に合わせてみろというのか?なるにまかせてしまえというのか?」瑠墺は数馬を見つめる。どういえばこの男に得心を与えられるか。その思いにたって、沸いてくる感情を口に乗せていくしかなかった。「数馬さん。貴方という一人の人間の駄々っ子な感情だけでは、絹さんが打帰る葛藤を解決できない、と、申し上げているのです。ですが、私は貴方というに人間をして絹さんの宿星に一石投じさせるために天が出会いを仕組んだとも思えるのです。そうでなければ、とっくに、量王の正妃に納まっていたはずでしょう」有馬は瑠墺の言葉を咀嚼している。かみ締めなおした...宿根の星幾たび煌輝を知らんや27
「私が遣わされた先の小さな旅籠に志士たちが集まってきていたのです。仲間の才蔵が有馬を付けねらっていたのですが、有馬の宿に忍び込んだ所を一殺されました。私は才蔵をやった人間を知りたいと思いました」孝道は少なからず驚愕を感じている。有馬を狙う間者がいる。孝道にすれば、有馬の存在は瑠墺によて、初めて知らされたものでしかない。だが、間者たちの判断でしかないのかもしれないがいずれにしろ、有馬が重要視されている。警邏隊のごとく、志士たちが間者を叩ききっているのは知っていたが、間者にとって、有馬が一番やっかいな存在ということになる。「私は自分が間者と知られているとも知らず。才蔵を手引きしてしまったのです。結局、才蔵を殺してしまったのは私なのです。志士たちの信奉を集める人間の警護が甘いと思っていた私も浅はかでしたが逆に、...宿根の星幾たび煌輝を知らんや26
今さら、君主の崩御を隠してみてもせんない。渤国の間者に知れたところでこれも、瑠墺の言うとおり量王はすでに、星読みによりて和国の君主の死を知っている。へたに隠す必要もないと踏んだ心がいっそう、孝道の心の垣を取り払っていた。「御社のが・・、私のように、死に急ぐものが、増えてはいかぬと、まだ、領民には伏せていますので、私も死に装束を羽織っているだけです」はやる決起が生み出す結果は良くない。それは、才蔵の横死をまのあたりに見てよくわかっている絹である。「時をせいて、死を早めるは、あとに残されたものが無念です」絹にすれば己の心情を語ったに過ぎない。だが、孝道が決起を暴挙に変えない裏側には、絹の言う思いを慮るものがある。えんじゅの根方に眠る君主からみても、流言におどろされての決起では、君主もいそはらに孝道をつれいって...宿根の星幾たび煌輝を知らんや25
御社の瑠墺は流れ込んでくる星読みの思念を振り払った。「星読みは、どうやら、量王を絹さんに託す気ですね」と、なると、今、絹を渤海につれいくは絹を量王に渡しにいくにしかないとなる。だが・・・、と象二郎はうなった。「少人数でも量王の懐に飛び込めるということでもある」「その通りです」事実だけを言えば象二郎の言うとおりである。量王に近づく手段さえなかったものが、星読みの采配により、たやすく量王に近づけるかもしれない。「われわれが渤海にいこうとしている事は、もう星読みによまれているということですね?」有馬の考えはこうだ。絹を量王に合わせるまで、星読みが有馬たちの行動を制さぬように采配を振るうだろう。だが、絹が量王にあったら・・・。今度は我々が虜囚になる。なにか、交換条件がないと虜囚をのがれることはおろか、量王に近づく...宿根の星幾たび煌輝を知らんや24
「瑠璃波?」日中であるというのに、瑠璃波は何を思うか杯をあおっている。量王の傍らから姿をくらますと、酩酊するほど、酒瓶をころがしている。「何を・・?いったい、どうしたという?」瑠璃波は一点をみつめたままである。「わしの定めが落ちるか?それで・・・この杯か?」瑠璃波は首を振るしかない。「事実を知ったとて、わしはかまいはせぬ。ここまで、のしあがったのだ。十分、思うように生きた。それに、ひとはいつまでも同じところにおれるものではない。頂上を極めれば・・いずれ、降りるしかない。ましてや・・・」量王は口をつぐんだ。正妃をむかえ、後継者を得る。どこの王でもそうするだろうに、量王は正妃を迎えようともしなければ後継者を得ることもできずにいた。子を成せない身体は量王なのか、はたまた瑠璃波なのかはわからないが、量王は瑠璃波を...宿根の星幾たび煌輝を知らんや24
沈黙が長すぎる。数馬のいらだちが堰を切りそうになると瑠墺はもう一度、なるほどと頷いた。「なにが、なるほどなのでしょうか」数馬に口を開かせぬために象二郎が機先を制して、柔らかな口で瑠墺にたずねた。そうせねば数馬の苛立ちがきっさきだってしまう。「あなたの思ってらっしゃるように、そちらの方は事を急ぐ。でも、今回はそれが、功を奏している」象二郎が数馬を押さえるために、有馬をさしおいて、口を開いたと見抜いている瑠墺であると、察すると有馬の持ち前の性分である。へたに探るよりも、ざっくりと腹の内を明かすことにした。「それでは、お尋ねします。事を急ぐが功を奏したとは、いかなることでしょう?」有馬の内をみぬくと、瑠墺は孝道に女間者とともに席をはずすように告げた。「え?」絹にとっては、不服であるが承諾せねば話が進まぬとわかっ...宿根の星幾たび煌輝を知らんや23
星読みの哀しい横顔がまだ瞳の中にのこっているのかと瑠墺は思った。有馬たちが伴ってきた女間者は量王の懐刀である星読みに良く似ていた。なるほどと瑠墺は思う。星読みの哀しい顔がなぜだったか、見て取れた。星読みと女間者には血のつながりがある。それも、かなり濃い・・・。姉妹と考えて間違いないだろう。そして、瑠墺が読み取ったように女間者が量王の正妃であるはずだった。どうやら、実の姉である、星読みが女間者と量王の出会いを阻止したと見える。おそらく、その頃には、まだ、女間者の運命星は小さなまたたきしかなかったのだろう。量王の存在に気がついた星読みが妹より先に量王に近づいた。だが、それも、運命星のなせる業。量王は星読みを介し、正妃となる星読みの妹との邂逅を果たすはずであった。だが、星読みは自分の力故に妹の存在の意味を解した...宿根の星幾たび煌輝を知らんや22
「あと、ふつか」御社の瑠墺は有馬達がやってくる日に検討をつけていた。大きな湖は望月のかけた格好である。垂線には湖のきわで聳え立つ孤高の山々が連なり大きな屏風をつくっている。膨らんだ弧は平坦な平野と喫水しており、湖からの疎水が畑に肥沃な実りを与えていた。確かに弧を廻る道はなだらかであるが湖が抱いた弧はおおきすぎた。湖を迂回して一端北上してから帝都に入る道は賑わい、道端には旅人を癒す宿も充分に完備されており、なおかついくほども歩かぬうちに、次の町がみえてくる。それがどんなに旅人をささえるか判っていたが、桧田に尋ねて得た、最も帝都に早く着く道を選び歩いた有馬達は、湖の屏風板の後ろにそびえる山を登りつめ、山路の行程はくだりにかわっていた。「勝手に足があるきよるわ」急な坂が足を運ばせる。小走りに駆け下りる道は、もう...宿根の星幾たび煌輝を知らんや21
「御社の」孝道はときに瑠墺をそう呼ぶ。宮中の中庭。えんじゅの木の根方に静かに眠る菩提に手を合わせた孝道は御社の瑠墺もまた、孝道と同じに手を合わせ終わるのを待った。「崩御もひたかくしで弔廟に祭る事もかなわぬ。我らは公に悼むことさえできず、いつまでえんじゅの根方を薫王の褥にしておくつもりでいるのか?」腹の底に薫王に殉ずる決意を忍ばせた男は静かにではあるが、引きを許さぬ口調で御社の瑠墺に問いかける。「もう、しばし」崩御をあからさまにすれば、孝道は共に渤国にせめいる同士を集結し始める。孝道と居並ぶ重臣の名の下一糸報いなからばと志を同じにする者があっという間に集まり、和国は戦火に飲まれる。結果亡国をはやめるだけである。だが、亡国の兆しが和国に大きな皹を入れ始めている事を知っている孝道はわが命を消滅させるなぞ、既に惜...宿根の星幾たび煌輝を知らんや20
翌朝早く宿をでると一行はこの先の行程を確認しあった。「まず、神津山をこえる。この先道は二本に分かれるが北道をえらぶ」北の道はけわしい。だが、都への最短距離をもつ。海路を選べば、安全は保障されるであろうが、日数は着いた港からの迂回をふくめると、北路の三倍はかかる。やむを得ず陸路を選んだ有馬達はさらに大湖の南を周遊する平坦な道と都に一直線に伸びる山路とのどちらを選ぶかを考えた。大きすぎる湖を廻る道とて山路のゆうに倍の日数を要する。「女子の足には、つらいかもしれない・・」が、有馬の胸に沸く不安は一刻も早く御社の瑠墺にあえと囁いていた。この不安に素直に従う事で有馬は間者の襲撃を何度ものがれて生き長らえている。今までの通り越しで自分の感を信じるだけの裏打ちが出来上がった男は、是に従いたい。不安の実体がなんであるか、...宿根の星幾たび煌輝を知らんや19
部屋に戻った数馬はもう一度絹を綺麗だといった。絹はうつむいたまま、数馬にたずねた。「御社の瑠墺と云う、男はなにものなのですか」数馬に尋ねなくとも、もう直ぐ有馬は御社の瑠墺にあうことになる。「俺もはっきりとはわかっていない」和国天領の自社仏閣の総帥の位置にまでのし上がった男が、人の定めを読むときく。それが御社の瑠墺とよばれているということしかしらない。「その男に逢って、何がわかるというのですか?」「さあ・・・」人の定めを読んでみたとて、何の益になるか。例えば、和国と共に滅ぶと教えられたとて、何のてだてがうてよう。仮に渤国との戦いに勝利するといわれないからとて、戦をやめてどうなろう。是と同じように先の運命がわかってみたとて、今更渤海に潜り込む事をやめるわけもない。「ただ・・・」数馬は自分の考えが荒唐無稽すぎて...宿根の星幾たび煌輝を知らんや18
宿に着けばいっさきに上り框で足をすすぎ、板の廊下を素足で踏みながら有馬は宿屋の主人をよぶ。何を言うか知らないが、今度は有馬が一人で采配を振るっているのは確かで有馬の言葉にふんふんと頷きながら宿の之主人は確かめるように数馬と絹を見返ると「わかりました」の声だけが急に大きくなった。宿屋の主人の様子からもよほど馬鹿でもない限り、有馬が宿の主に何を言ったか判る。案の定、宿の主は数馬と絹に此処でお待ちくださいと言い置くと有馬達三人をおくの部屋に案内していった。「どうも、お前と俺は夫婦者ということらしいな」歴然の事実になっている絹との結びつきである。是を妙に絹だけに別の部屋をあつらえても、数馬の事だ。どうせ、夜中に絹の元にしのんでゆくだろう。こそこそと妙な隠密行動を取らさせるより、あっさり、夫婦者とした方が早いと考え...宿根の星幾たび煌輝を知らんや17
旅支度もすっかり整うと有馬は極楽蜻蛉の安気な金持ちの態を装う事にやっきである。道中でも、道楽者なら、「こういうのだろう」を口に出してみる。「そこの茶店の団子を買い占めてきてくれま・・いや・買占めてこいですね」付け焼刃の大店の旦那はやけに丁寧に命令するものだから、桧田は笑い転げながら、旦那のわがままを宥める。「そんなにいっぱい、たべきれませんよ」数馬は有馬が思いつく旦那の豪放ぶりが、「茶店の団子買占め」くらいでしかないのがおかしくて、「団子ですか?」と、いったきり、止まらぬ笑いに痛み出した腹をおさえてもまだ笑っている。象二郎も同じく寡黙な男らしくふっと吹きだすと口中で笑いをかみ殺すのに必死になっていた。絹は、といえば、有馬のき真面目ゆえに、なんでもない一言が大の男をこんなにも朗楽に笑わせるのだと、思うと有馬...宿根の星幾たび煌輝を知らんや16
―理周―7白蛇抄第12話で、思い出したことがある。非常に巧くかけたとブログで自画自賛したことがあった。**********小さな浮御堂が余呉湖の端にたたずんでいる。山は四方をかこみ、大きな湖の北に位置する余呉湖をつつみかくしている。琵琶の湖にくらぶれば、水溜りほどに小さな余呉湖を知るものは少ない。清閑と水をたたえている湖は山の藍翠を映しこんで、漣さえ立てない。時折、通り過ぎる一迅の風が湖面に銀色の皴をつくり、なだらかなみどりを深くのみこむと、静まり返った水面は一層藍が濃くなった。***********すると、読者さまから、クレーム。平板すぎる。物足りない。もっと、書き込めるでしょう。情景描写になってない。***********ごもっともなのである。どういうところが巧いかを説明していなかったのだからそのまま...物書きの「象り」
読書について/ショーペンハウエルから・・1を、読み直して思う。★本を読むというのは、私たちの変わりに他の誰かが考えてくれるということだ。その真理は、それを求める気持ちが高じてきた正しいタイミングにあらわれ、心に留まり、決して消え去ることはない。★読んだ本から得たものを、自分の糧にして、そこから自分というものを考え見出していくことです。ぴったりとあてはまる事ではないが、他の誰かが考えてくれたことが心に留まり、決して消え去ることはない読んだ本から得たものを、自分の糧にして、そこから自分というものを考え見出していくこれは、自分にとってまさに、大江健三郎の「洪水は我が魂に及ぶ」そのものだった。他の誰かが考えてくれたこと(を、含む、いろいろに)気が付き学ぶ。それを、大江はラーニング(学習・学ぶ)といった。ラーニング...自分の軸になっている
動きだした妹、絹の星がいっそう輝きをまし、穏星にまばゆい光を差し込みだしている。絹は量王の星の影にさす者に近づき始めている。今は影を作らす事の出来ないまばゆさで穏星をも照らしているだけだが、絹の星の輝きがませば灼熱の光で一瞬で穏星をやきつくすかもしれない。瑠璃波は絹の星のまたたきが穏星を照らし始めていくのを、ぞっとした思いで眺めていた。量王を護る宿命の強さが絹を支配している。穏星を焼き尽くす事が叶えば、邪魔者もなく量王の星を輝かせる。そして、この事は、瑠璃波もまた、量王の星の煌輝を損なう存在でしかないとして、絹の宿命に滅ぼされる自分である事を教えられていた。「どこにおいやっても・・あのこは自分の宿根のままに生きるだけなのか」三年前、瑠璃波は天空に突如現われ輝く量王の星をみつけた。蒼碧に光る星に瑠璃波の魂ま...宿根の星幾たび煌輝を知らんや15
御社の瑠墺が星を読む。この時、例えば在る場所において、天変地異、地震が起きると知るとする。通常、星読みならこの自然の起す天啓に逆らうことはしない。黙って自然のなすがままの選択に任せる。天の思惑に人間風情が抗う事が間違いであるとしっているからである。天により何らかの淘汰を受けなければならない人間の宿命を変えた時、その歪みがどんな形で起きるかわからない。例えば、地震で命をなくすはずの人間を救い出してみても、天が彼らを狩ると決めている以上別の手立てがこうじられる。実際、多くの人を救い出してみたものの、その中から疫病がおこり、狩るべき人間を擁護した罰を課せられたのか本来無関係な人間までも巻き込んで、大きな被害を生じさせた例がある。天の思惑に逆らう事の畏敬を知る星読みは、宿命を読んでみるだけである。読んだ宿命を知る...宿根の星幾たび煌輝を知らんや14
有馬兵頭の宿に出向いた男は桧田藤吾。朽木象二郎。そして、工藤数馬の三人だけだった。志士連隊まで引き連れる事は当然、衆目の目を諮れば、おのおのが別行動でということになったが、有馬兵頭の剣の腕はすこぶる悪いときいている。本人が語るにも今まで生きこしてこれたのが不思議なほど「へぼ」なのだそうだが、若いころには剣術指南所に通っており、一応は免許皆伝とあいなったという噂ももれきいている。是が本当なのか本人が言う「へぼ」が事実なのかをしろうにも、どういう運命の強靭さなのか、いまだかって、有馬が刺客に狙われながら、刀を構えるどころか、抜刀さえせずに事無きをえている。いくら、天が味方するかと思うほど運の強い有馬だとしても、有馬一人で御社の瑠墺の元にいかせた道中で、刺客の狂刃に露と散った後に、『有馬のへぼ』は本当だったと知...宿根の星幾たび煌輝を知らんや13
形だけは数馬の女になったとはいえ、絹の元に、数馬が尋ねるは、数馬にすれば当たり前の事である。くるのが、当り前の顔で絹ににじり寄るが今日の数馬は絹の前に正座した。「なんですよ?」いつもの軽口から始まる男と女の戯事の要求ではない。漁記の離れの奥座敷でみせた数馬の慇懃無礼ににてもいる。「絹は量王に忠誠を尽くすつもりで、俺の物になっているのだろうから・・」漁記の離れでの一件以来、絹は何度か数馬に抱かれていたが、当然数馬も絹の間者としての目論見を承知している。承知している事をわざわざ、正座していいだすには、わけがあろう。「実は・・・」中々、言い出さない所がいつもの数馬らしくなくて、絹は笑いだしていた。「なにをそんなにいいしぶるんです?」いつの間にか数馬の性質をにくからず思う自分に気がついて若い、娘らしい項がそっと色...宿根の星幾たび煌輝を知らんや12
足を踏み入れた離れは焚き染めた白檀の香がきつい。「まるで・・寺のなかだの」呟くと数馬はそのまま、その場にどかりと腰を落した。「まあ。絹も座るがよい」黙って絹も座った。数馬の前に真っ直ぐ座った。「絹のこたえをきこう」促された絹であるが「・・・」黙ったままである。「おまえのことだ。これも間者の使命と腹をくくるきだろう?」そのものずばりと突きつけられれば絹もいいたいことはいくらでもある。「あたしだって、いつだってしぬきでいるんだ」「そうだろうの」数馬の答えは間者の絹のとうからの覚悟を読み取っており、あっさりとうなづく。「だから、有馬の所であたしの正体が知られていると判った時は是で終わりだっておもったよ」「それが、どうして、自害もせずここに舞い戻ってきたか」「そ、そうだよ」確かに数馬は絹の先先の考えまで読んでいる...宿根の星幾たび煌輝を知らんや11
漁記の宿にたどり着くと、絹はまず数馬の座敷にかおをだし、有馬への言付け物を届けたことをしらせる。「ごくろうだったな」木邑の目が笑って数馬をみる。「絹がおらぬとおもしろくないようだ」数馬に酌でもしてやってくれとばかりに徳利を絹につきだした。「はい。よござんすよ」木邑の手から徳利を受取ると絹は数馬ににじりよった。「おお。絹か。絹のご帰参か。恋しい、恋しい、絹殿が御自ら酌か?」いささか、酩酊を見せている。「もう、ずいぶんよってらっしゃるようですね?」「そうでもないさ」「なら、よござんすけど」「そうさ」絹の顔を真正面から見詰める。「で?」数馬が尋ねたい事は有馬に言われた事をどうするかと云う絹の答えでしかない。それと察するのか一座が急に静まり返り、皆の目は絹にそそがれている。「なんですよう?しんとなっちまって、へん...宿根の星幾たび煌輝を知らんや10
胸の鼓動が不規則に騒ぐ。騒ぐ胸に構わず絹ははしりつづけた。そして、いま、有馬の目の前に座っている絹である。「絹さん?ですね?」いったい有馬に絹はどうつたえられているのだろうか?「はい」有馬が語りだす言葉を待つしかない。「ああ。数馬がいうたとおりの人だ」絹は用心深い。「数馬さまが?なんと・・」絹の探る言葉に有馬はかすかに微笑んだ。「私がいってしまってよいものでしょうか?」有馬は湯浴みした様子もなければ、血の臭いのひとつもない。少なくとも才蔵をやった相手ではない。それだけは確かだった。が、うっかり信じてはいけない。影でどう動いているか、絹には依然として正体の掴めない男であり、かつ多くの志士の信奉を集めている。が、不思議に穏やかな人柄が絹を魅了してゆく。「どういうことでしょう?」「貴方の事は、数馬から幾たびとな...宿根の星幾たび煌輝を知らんや9
こう・・、時折部分だけ書いてみたくなります。文章表現は、そのときは、なんとなく、かいてみるんだけどあとから、読むと自分でいっちゃ、いけないが、旨い(あえて、旨い)ときがある。男に渡すものは真心ばかりではない。そのままに欲を受け止める。それが天女。でも、それは不知火が綺麗だから・・・・。だから、不思議。欲にまみれきって苦笑して新町に行くといった不知火なのに、綺麗。だから、不思議。「不思議な不思議な」呟いた理周は、不知火が帰ってくるようなきがして、耳を外に傾けた。じいいいいと鳴くのは、けら。人が通れば、なきやむだろ。朝までかえってこぬのかな?何だかすこし、こころもとないのも、不知火が優しいから?広い部屋がものさびしいのも、不知火があたたかいから?けらのこえは変わらず、地鳴りのように唸っていた。これを旨いと感じ...韻と律が、読みやすさを作る時が有る。
ニューモ@書評ブロガー&フォトリーダーさんの書評から、抜書きされた部分を掲載読書について/ショウペンハウエルオリジナルを読め★ふさわしくない著者の手になる駄作、空っぽな頭が空っぽな財布を助けるために書いているろくでもない書き物は、合わせればすべての本の9割にもなる。★もっとも高貴でもっとも稀有な本を読むことなく、毎日次から次へと出版される三流作家の書き殴りを読んでいる読者の愚かさと勘違い振りは、もう救いようがない。★彼らは刷り上ったばかりの本だけを読みたがる。古人の書いたもの、真の古人の書いたオリジナルを熱心に読め。考えずに読むな★本ばかり読むことは慎まなければならない。精神が代用品に慣れ、肝心の問題を忘れることがないように。★本を読むというのは、私たちの変わりに他の誰かが考えてくれるということだ。★一日...読書について/ショーペンハウエルから・・1
内容は「星読み」(天文敦煌)に関わる事である。で、星となれば光とか瞬きとかという言葉を連想するのであるが、この前からアスペクトによく使っていた煌きとか、輝きが頭の中でちかちかしてしかたがないので是をそのまま拝借して「煌輝」の字をタイトルにいれることにした。が、是を多分「こうき」と読んでいいのだろうが、字だけで決めた事なので、こんな熟語は実際あるのだろうか?と念のため変換で調べてみたが、近いところで光輝がでてくるだけである。まあ、今までも勝手に熟語を造って使用しているのであるが、字面の意味合いで解るだろうと知らん顔して使っている。あるいは実際ある言葉であっても自分がよく知らないだけなのかもしれないが、例えば『蟷螂』の中で、「まさしく有情無常」なんて使用している。有情無情という反語的意味の熟語としては、成り立...作品の題名を急遽、考えなければならなくなった
まあ、世の中には堅苦しくてまじめで融通のきかない人間がいて、そいつの事を岩部金吉などとか、と、たとえるのであるが、これから、少し話しをしてゆく野原新之助という男もそのたとえに類する人物なのである。いや、それにしては、その男の名前・・・。どこかの豪快な幼稚園児と同じではないか?と、その話がただのかちんこちんの岩や金のはなしではないだろうと何となく憶測されていられるであろうが、まさにその通りである。ああ。ただし、ひとつだけ。ご留意願いたい。この野原新之助はシンちゃんと呼称される某幼稚園児とは何の因果関係はなく、親戚、血筋なんて、めっそうもなく、もちろん、遠い先祖であるわけもなく、単に同じ名前であっただけで・・。もちろん、そんな名前にした、作者に何のたくらみもないことは明白な事であり、他にも出てくる聞いたことの...新之助~~~~!!其の1★新之助シリーズ第1話
女将に案内され二階の部屋にあがった新之助である。「それでは、すぐに、菊哉を参じさせます」女将の言葉に新之助はぎょっとした。『鞘を持っているのは女将ではないのか?』鞘の持ち主が客とこの部屋で直接交渉ということなのだな?と、なると・・・。いくら、鞘がきにいっても、持ち主が云といわねば、ゆずってもらえないということなのだな?「その鞘の持ち主は?」気難しい人間なのであろうか?不安に、ついつい予備知識を仕入れたくなるのは人の条理であろう。女将はにこやかに、「たいそうな、人気でございますよ」と、菊哉をうりこんでおいた。『ふううむ・・・』引き手あまたの鞘でありながらまだ、誰にもわたさずもっているのか・・。いよいよ、こ難しい御仁らしい。とは、いうものの、いくら良い鞘であっても新之助の刀に合わなければ何の意味もない。まずは...新之助~~~~!!其の終★新之助シリーズ第1話
直垂の端が水にしみてゆく。澄明はふいと上をみた。足元は沼の水が湧き出るほとり。なのに、なぜか澄明は上を見た。十七の春だった。沼と呼ぶにはあまりにも清浄であった。が、ここはやはり湿地帯の中で滞った水が作った沼でしかなかった。沼の上まで枝を広げた桂の木の枝が澄明の目の前にあった。枝の上に絡みつくようにして、得体の知れない生き物が澄明を見据え手招きしていた。「お、おまえ?なにものだ?」妙な怖気も怨気も悪気もかんじない。おかしな感情を持っていないことだけは確かだった。だが、澄明はこんな生き物をいまだかって見た事がない。陰陽師であるというのに、だ。異形の者に驚く事もなくなった。魂が表す姿は時に異形を通り越す。例えば餓鬼もそうだろう。だが、目の前の生き物は澄明の知る、どの存在にも値しなかった。「よう。気がふれぬの」そ...―沼の神―1白蛇抄第11話
今、先に見た事は夢でなかろうかと反問しながら澄明は静けさの漂う沼を離れた。森を外れ城下に戻る道をややもすると俯き加減に歩む澄明であった。生き物は最初は確かに得体の知れぬ姿をして見せた。澄明が賢人かと思ったとき生き物は賢しい老人の姿に変わって見せた。間違いなく澄明の思いを読んでいる。サトリかとも思った。だが、サトリは対峙する相手の事しか嗅がない。「白峰がお前をくじる」と、白峰側からの事実を断定的には云わず「お前は白峰にくじられるだろう?」と、澄明側の思いを軸に悟りを見せ付けてくる。ましてや、幻惑であるとしても姿を変転させてみせる芸当は出来ない。だから、あれはサトリではない。幻惑を操る類は天狗か妖狐か。だが、それも沼の上に浮かぶは実体を見せずには出来ない。神に類するものだろうが、あんな神なぞ知らない。「わから...―沼の神―2白蛇抄第11話
ところがである。大木である。おまけに鋸の目が立ちきらぬほど堅い。一日かかりで楠の胴の三分目もひききっただろうか。是は三日はかかる、続きは明日にすればよいと、棟梁を筆頭にして今日の労をねぎらうと、その次の日の朝に騒ぎが起きた。三分目ほど切ったはずの楠の切り口はものの見事にもとの鋸傷ひとつもない楠木に立ち返っている。「和尚?でえじょうぶなんですかい?」尻込みする棟梁を宥め、久世観音の夢枕の話を聞かせた。このような怪異を起こすくらいで有らばこそ、この楠を切れといわれたに違いなく是を切れと云うに態々夢枕に立つというのだから吾らに加護はある。と、たたりなぞは無いと説伏せたはいいが、この三日三文目まで引き切ると次の日にはやはり傷ひとつない楠に立ち返っている。「さすがに是ではいつまでたっても切り倒せるわけがない」困った...―沼の神―3白蛇抄第11話
境内の東端の鐘突堂の片尻に堂の廂を庇うように楠がそびえたっていた。教えられなくともそれが件の楠だと察しがつく。「あれでございます」澄明の眼差しを見取り、いわずもがなの応を延べた。「いやはや、どうにも・・・なりませなんだ」和尚の力で怪異を納めようとしたのだろう、楠木の根方には小さな壇がくまれその上には得度の袈裟をつまれていた。きき目がなかったと己の非力を露呈するしかなかった和尚に答えず澄明は楠に近寄ると幹に手をおいた。「・・・・」澄明の瞳が伏せられるのを見詰めながら和尚は待った。澄明の口の中で呟く声が「わかった」と、和尚の耳にも聞こえた時、それは、和尚にでなく楠の何らかの訴えに応えたものであると、和尚に悟れた。やっと幹から手を離した澄明の顔は聞くを躊躇うほどに悲しい。「楠は・・・」澄明の口が重たい。「はい」...―沼の神―4白蛇抄第11話
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