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  • 白い朝に・・27

    小さな設問コーナーがあり、鬱病は薬では完治しないと聞きましたが本当ですか?と、問われていた。私は薬で治る病気もあるし、薬だけじゃ治らない病気もあるだろうと、思いながら回答を読み進んでいった。回答は通り一遍のもので、ちょっと調子が良くなってきたと思っても、自分の判断で薬をやめたり、減らしたりすると、ダイエットと同じで薬をやめると却って、リバウンド作用がおきるので必ず医者に相談することと書かれていた。副作用の心配についても薬の仕組みが書かれていた。鬱病などは、何らかの環境の変化が原因で起こりやすいものだが、環境の改善を図ることが出来ない場合、薬で症状をおさえることができるようで、その薬の作用について、説明されていた。鬱病の発症に付随してくる感情の一つに倦怠感ややる気のなさが挙げられる。これは、実はドーパミンと...白い朝に・・27

  • 白い朝に・・26

    ドアを開けると瞳子が私にむしゃぶりついてきた。「もう一度、お仕事に行きますよ」帰宅ではないことを告げ、夫人を呼んだ。「どうなさいました?」早い時間の来訪を夫人はいぶかしく問い直してきた。「クリニックに行ってきました。瞳子の治療に催眠療法があると解かって、クリニックから同意書を貰ってきたのですが、教授が同意してくれません」夫人は私にもぶりつく瞳子を見つめていた。瞳子の様子が夫人の思いを揺さぶっていた。「主人が同意しなかったのですよね」夫人は教授が同意しなかったわけを考えているようだった。「不安なのだと思います。もしかしたら、もっと悪くなるかもしれないとお考えのようでした。ですが、この療法は表面的には、なんの変化もおきません。そして、最大の目的は瞳子の深層意識に入って発症の根本原因を探すということなのです。根...白い朝に・・26

  • 白い朝に・・25

    「あなたはかなり精神力の強い人だと判断しました。ですが、この事実を確かめたときにあなたに話すかどうかは、私に一任してもらえませんか?」女医の提言は女医の譲歩と誠意であるのだが、私は女医の言葉の裏側を読み取ってしまう。「それは、私が知るにつらいことだということですか?」私の顔を見つめながら女医は私をたしなめるように、話し出した。「人が狂気に陥るとき、必ず根っこに大きなきっかけ、いえ、傷があるのです。治らないほうが幸せかもしれないというのは、瞳子さんだけのことじゃないんですよ。たとえば、あなたがおっしゃったように、夫婦の行為を目撃したことがきっかけ、傷になって、瞳子さんが狂ったとするならば、このことを覚醒させたのがもとで、瞳子さんが完璧な廃人になってしまったら、瞳子さんも親ごさんをうとむでしょう。そして、その...白い朝に・・25

  • 白い朝に・・24

    「まず、信頼関係が成り立ってそこから、本人の意識を、自分への客観視にふりさすことが出来るようになってくるのですが、これは、お父様にもお話しましたが、瞳子さんの場合、それをなりたたせることが非常に困難なのです」私は大きく首を振ったと自分でも気がついた。「何故ですか?何故、困難なのですか?瞳子は現状、私にいろいろ話し始めています。それは共有理解をもとうということでしょう?それはつまりは、自分を客観視しつつあるということでしょう?」「おっしゃることはよくわかります。確かに他の人に理解をしてもらうために自分への客観視が重要な要素になり、そこからだんだん、自分の状態を自覚していけるようになるのです。ですが、それでも、瞳子さんの場合は二次覚醒が引き金になって本当の狂人になる可能性が大きいのです」結局、女医は瞳子がこの...白い朝に・・24

  • 白い朝に・・23

    「貴方は昨日、初めて瞳子さんの状態を知らされたとおっしゃっていましたよね。確か、私が往診に出向いたのは2週間以前前のことだとおもうのですが、婚約者である貴方にご家族が事実を知らせようとしなかったのは・・・」瞳子の状況では婚約破棄もありえる。女医はありえる話を想定して私にたずねようとしていることが私には見えた。本当は家族が婚約破棄を申し出ているのに、あなたがそれを承諾していないのではないか?そういうことだろうと私は思い、女医の言葉をさえぎった。だが、これも、あとになってわかったことであるが、女医は私の瞳子への愛情を量っていたのだ。私は女医が「で、あるならば、家族の意志を尊重し、貴方を家族とはみなさない」といいだすのをねじふせるためにあえて、事実を率直に話すことにした。「おさっしの通り、瞳子の状態を私に隠して...白い朝に・・23

  • 白い朝に・・22

    私は次の日、自分の携帯電話から手帳に書きとめた女医、藤原怜子に連絡をいれた。受付から電話を取り継がれた女医はまず藤原怜子本人であることを名乗った。私は瞳子の名前を出し、相談したいことがあると告げた。だが、女医の返事はにべないものだった。「ご家族の方ではありませんね。患者のプライベートにかかわることをお話することはできないのですよ」女医に瞳子の名前をだしただけなのに、女医の頭の中には瞳子の家族構成までインプットされている。私の声が教授の年齢とはずいぶんかけはなれたものでもあり、聞き覚えのない声からも、女医は教授でないとすぐにわかったのだろう。これは、私には女医がブログで語っていた方針は実践されている証拠にしか見えなかった。確かに家族構成を把握していれば、何者かもわからない人間に、うかつに患者の情報を話すこと...白い朝に・・22

  • 白い朝に・・21

    私のなぞなぞに瞳子はぼんやりと考え込んでいる様子だったが、残酷なことを告げるときのように唐突に切り出した。「あなたの蟲を退治しなきゃならないのよ」やはり・・・。そして、私は今もう、瞳子にとって「YOSHIHARU」でなくなっていることにも気がついた。「瞳子さん。私の名前を覚えていますか?」瞳子の人格がわずかの間に入れ替わっているに違いない。私は狂った瞳子に後戻りした瞳子を確認する。「あなたは・・もちろん、知っているわ。あなたは・・・あなたは・・・えっと・・」瞳子はやはり、私の名前を思い出せない。だが、私が「義治」であることを理解している。それは、夫人が「義治さんは明日お仕事なのよ」と、なだめたときに瞳子がすんなり認識していたことで解かる。だが、どうして、記憶が固定されないのだろう?瞳子のなかのなにかが、記...白い朝に・・21

  • 白い朝に・・20

    深夜、寝静まった部屋のドアのノブがきしんだ音を立てた。私は一瞬、瞳子が来たかと思った。食事を作るとき、瞳子は体が覚えているのだろう、夫人に差し出された材料でかなりてきぱきと調理をこなしていた。調理メニューについては、夫人に指図されなければ考えつけないようで、何を作るかたずねると、答えを口の中で何度もつぶやいていた。「肉じゃが・・肉じゃが・・卵サラダ・・いんげんのごまあえ・・お豆腐とねぎの味噌汁」つぶやきながらメニューを頭の中に叩き込むようだがいったん決まったメニューに対しての手順は、体が覚えこんでいるのだろう、迷いなく手が動いていく。私はその様子をみつめながらまたひとつ、瞳子の回復の希望を見出した。意識は確認を要するが、瞳子の五感は「記憶」をバックアップしている。私に親密な親近感を覚えたのと同じ部位にバッ...白い朝に・・20

  • 白い朝に・・19

    私の行動を教授は黙って見つめていた。それは、女医の言うとおり、これ以上瞳子の回復を期待しないほうがよいと批判めいたまなざしにも、その反対に女医に言われ、そのままあきらめるしかないと一種、なげうった自分を露呈した気まずさにも見えた。「今日の瞳子の様子は今までとちがっていたんでしょう?そういう部分も話して回復の手立てを探ってみたいのです。それと、私はこれからもちょくちょく、瞳子の様子をみにきますから、教授は・・簡単に手放し気分にはなれないかもしれませんが、夫人とともに、食事とか・・なにか、気晴らしをなさってください。教授はまだしも、夫人は一日中、瞳子の様子をみているわけですから、夫人のほうがまいってしまいます。普段どおり、普通通り、楽しんでください。それくらい気長に構えて、鬱々した気分を上手に解消していかない...白い朝に・・19

  • 白い朝に・・18

    ―ご家族様へ―何よりも、患者本人が医者を信頼できる、環境をつくる、手助けをしてください。治療は家庭環境が整うほどに効果が上がります。その―ご家族様へ―に、リンクが張られている。環境を整えるとはどういうことだろう。まず、最初にもっと、詳しく知りたいと思った。リンクを開き、内容を読み始めると私は疑問を感じ、疑問が不安になってしまったが、女医の治療概念に納得できるものがあった。精神病という病は本人だけのものでなく、本人を取り巻く「環境」を整えることも病状の回復を促すという。本人だけを治療していても、周りの環境が患者の精神に不安材料を与えることがあったり、時に患者本人が家族へのすまなさなど、病を患った自分への重圧感がよけいに症状をこじらせる要因になりかねない。家族が病気への理解が薄く、適切な対応や対処ができず、治...白い朝に・・18

  • 白い朝に・・17

    教授はパソコンのパスワードをログインするために、私の前にたち、教授の書斎に案内してくれた。8畳の書斎の壁際は、天井まである本棚達に占領され、出窓に向けておかれた机が本棚の城兵にとりかこまれ、ひっそりちじこまり、その上にパソコンが置かれていた。パソコンがたちあがると、私は精神病を検索にかけた。私の知らないことが多すぎて、自身、整理がつかなかった。PSTD,境界異常、二重人格、幻覚、妄想、うつ病、アンダーチルドレン、双極性障害、解離性障害・・・・。など、通り一遍の症状解説だけでは、瞳子の行動を理解できるものではなかった。それでも、2,3、私の中でひっかかるものがあった。ひとつは逆説的症状であるが、レイプや虐待などにより、精神状態がゆがむと自分側からサービス行動を起こしたり、性的虐待など、長い間、繰り返されてい...白い朝に・・17

  • 白い朝に・・16

    私は瞳子が寝入ったと、小さな声で教授と夫人に告げると、さらに声をひそめて、たずねてみた。「教授・・お母さん、瞳子が小さな頃にお二人の夫婦生活を目撃してしまったと、いう事はなかったでしょうか?」瞳子と私の会話を黙って聞いていた教授と夫人だったが、私の質問にすでに思い当たるものがあった。「瞳子が幼稚園の頃に一度、そういう事がありました。それが、白い蟲がみえる原因なのでしょうか?」夫人の不安は、瞳子が幻覚を見ることに集約されてしまう。おそらく、あるいは、それが原因だとなれば、夫人の神経まで病んでしまう。そんな原因がどうであるかを詮議したいのではない、瞳子の心理を理解していくことが、今の私には重要なことだった。「いえ、白い蟲は瞳子の幻覚でしかないのですが、おそらく、瞳子のあいいれたくない物事が外界に押し出されて、...白い朝に・・16

  • 白い朝に・・15

    私のひざに頭をもたらせかけると、肌の接触が瞳子に確実な庇護感をもたらすのだろう、わずかであるが、おちついた様子に見える。「あそこ・・・白い蟲がいっぱい蠢いてる・・・」私は瞳子の指差すあたりを見つめなおした。とにかく、瞳子の意識世界を共有できる存在にならなければならないと考えた。「白い蟲・・どんな格好かな?」瞳子が見えているものが、自分にみえなくても、けして、瞳子の視覚を否定してはならない。「見えないの?あれは、これから、さなぎになるために、壁をはいあがって、天井にぶらさがるの。ほら、もう、天井にもいっぱいぶら下がっているぢゃない」瞳子がみつめたあたりを私も見つめた。「ああ、ほんとうだ・・蛹からかえったら・・」私は言葉に詰まった。瞳子の幻覚が悲しく、瞳子の世界があまりに遠すぎて、私は瞳子においつけなかった。...白い朝に・・15

  • 白い朝に・・14

    恐ろしい?私にとっても意外すぎる答えは当の教授には、意外を通り過ぎ、大きな衝撃だろう。仲のよい父娘の会話からして、瞳子が父親を恐ろしいと否定する感情をもっていたとは、とても、思えない。だが、現実、瞳子は父親を認識しようとしない。否認する要素として、「恐ろしい」があるのは、確かに瞳子の言葉通りだろう。だが、何をもってして、「恐ろしい」と思ったのか?瞳子の姿は私には幼い子供のようにも思える。父親にこっぴどく叱られたか?幼い頃の記憶が芯に残り、この境界異常のさなか、ときはなたれてきているのか?「恐ろしい」という思いは、むしろ、暴行事件、そのものに対してだろう。瞳子は事件と、同じように「恐ろしい」と思った父親像もろとも、記憶から葬り去った。「恐ろしい」を、受け入れまいとする心の働きにより、事件の傷も記憶のなかから...白い朝に・・14

  • 白い朝に・・13

    「おかあさん。私に私の人生があるように、瞳子にも瞳子の人生があるんですよ。瞳子の人生を無明にして、私がこの先自分の人生を歩めると思いますか?救うという言い方はおこがましいものの言い方ですが自分の伴侶になる人を救い出すこともできない人間がこの先ほかの人間とうまくやっていけるわけがないでしょう?何かあるたび、逃げる、この繰り返しになる、そんな人生は・・空虚なだけです。私自身が瞳子を支えることで私が救われるのです。ここで、瞳子を見放したら、私の人生は敗北そのものでしかなくなる。私にとって、瞳子はもう、私の分身なのです。どうぞ、そこを、ご理解・・」くださいと言い切る言葉をとめたのは、台所から瞳子が姿を現したからだ。「コーヒー、居間におもちしましょう。皆様いらして・・」一見はいつもの瞳子でしかない。だが、教授がかた...白い朝に・・13

  • 白い朝に・・12

    「瞳子・・お茶を・・ああ、コーヒーがよいな。いれてくれるかな?」教授に言いつけられると、瞳子は実行がかかったプログラムのように起動しはじめ、「はい」とうなづき台所にたっていった。「あの調子なんだ。言われたら言われたとおりに動く。だけど、自分で判断してなにかするという状態じゃない」瞳子が台所に入りきったのを確かめると、教授は声を潜めた。「双極性障害って知ってるかな?躁状態と鬱状態の両方を持っている。今の瞳子は躁状態の入り口ぐらいにいるんだ。だから、積極的に人と交わろうとする兆候が表に出てきている。欝状態に入ったら、部屋に閉じこもって、何かわからないものとひそひそと会話している。食事もまともにとろうとしないし、夜も眠れないんだろう。瞳もうつろで、何か話しかけても、何か・・わからないんだけどね・・何か、傷に触れ...白い朝に・・12

  • 勝手な願望

    誰かのために、物語を書くと、いうことがある。、じつは、思案中(4)も、そうだった。某作家さんに、こんな「できた女性」なんか、いるものだろうか?と、疑問を投げかけられたことがある主人公の不倫相手の奧さんであるが・・・世の中、もっともっと、できた人はいるwwwその時は、内情なんか、話さなかったが妄想列車の、中でも、似たようなことがあった。自分の勝手な考え方だけど物語の中で語られる貴女が人間に生まれ変わった時、次も人間にうまれるために、伴侶になる人が貴女の人間性をひきだし、蛇性をなぎはらってくれる。こういう相手がお互いの伴侶になっているのですあるいは、昔から言われるーその家(人)に嫁ぐ女性は、その家(人)の因縁を(良いものに)変えていける人が嫁ぐーこれは、相身互いだと思う。仮にその家(人)がもつ因縁がすでに良い...勝手な願望

  • 白い朝に・・11

    「わかった。瞳子との結婚云々は早決すぎるし、白紙でなく、保留として、考えることにしてくれまいか?君もまだまだ、情に流されてると思うし、ゆっくり、考え直す時間を持ってほしいと思う。そして、君の言い分も確かに一理ある。瞳子が君に、ほかの男性にどんな態度をとるか、君の言うとおりか、そうじゃないのかも確かにわからない。そして、君がそこまで、瞳子を思ってくれるのなら、君の言う通り、瞳子にあって、確かめてみるしかない。瞳子がどんな態度をみせようとも、君は情に流されず、白紙に戻したほうがよいか、それを、考えてくれ」私はやっと、ひとつの障害をとりのぞけた安堵感を手にした。けれど、本当の障害の排除はこれから、はじまっていくのだ。教授は机の電話をとると、夫人に電話をいれはじめた。「ああ。話した。もう、これ以上・・う、うん。今...白い朝に・・11

  • 白い朝に・・10

    私の記憶の中の瞳子・・。瞳子をだきしめた、あの日、瞳子は異性との接触に恐れを感じていたのは事実だと思う。私だけが、瞳子にとって異性であり、異性に抗体をもっていない瞳子は、血小板の中に入り込んだ私を感情では受け入れようとしながら、やはり拒絶反応を起こしていたと思う。私というワクチンが、そのまま、瞳子に抗体を作りあげたとき、私と瞳子はなんの不安も拒絶反応という副作用を発症することなく、自然に結ばれるはずだった。だが、瞳子はワクチンの母体たるべき私でなく拒絶するべきウィルスに冒された。だから、当然、拒絶反応を引き起こすに決まっている。それが、なぜ、父親である教授を誘うのか?教授は瞳子が別人格をもったと考え、その別人格が娼婦のような人格なのだとショックをうけている。だが、あの瞳子がかいまみせた拒絶反応を知っている...白い朝に・・10

  • 白い朝に・・・9

    「君にも辛いことだと思うし、僕にとっても辛い・・瞳子は・・娼婦のように僕を誘うんだよ・・」「え?」私は教授が端的に事実をしゃべろうと努力していると、理解はできた。だが、教授に告げられた事実が、すぐに、理解できなかった。「暴行を、暴行と認めず、たんにしゃべりあうくらいのそんな接触のひとつにすぎないと、考えることで、恐怖や傷を緩和しようとする一種の治癒現象なのかもしれない。だが、そんな考え方を容認できる瞳子じゃないから、別人格が生じて、瞳子を支配してしまうのかもしれない。そんな状態の瞳子を君にもらってもらうわけにはいかないだろ?目をはなしたすきに、他の男にさそう・・そんなことをするかもしれない。瞳子にさそわれた男が瞳子をどうするか。結果は火を見るよりあきらかだろう。別人格がしでかしたことで、瞳子の本来の人格が...白い朝に・・・9

  • 白い朝に・・・8

    なんでもないことといってくれる男だとあてにしていたというのに、何故?何故?なに?まさか・・・?私の胸にかすかによぎった不安が大きな黒い塊になり胸をおさえつけ、呼吸さえつかせない。「教授・・・?まさか?まさか、瞳子が自殺・・?」口にしてはいけない不安を口に出すと、私の目に大きな鎌をふりあげる死神がみえる気がして、私は教授ににじり寄り、頼み込んだ。「教授・・・お願いです。瞳子にあわせてください」教授はひどく、ぼんやりと私をみつめかえしてきた。それは、私の不安があまりにも、的外れすぎて、教授が私の不安を理解できないようにも、見えた。「ち、違うのですか?元気で、あの・・教授?」教授は彫像のように、表情を凝固させたままだった。それが、茫然自失の呈だときがつくと、私は教授を何度も呼んだ。「教授?しっかりしてください・...白い朝に・・・8

  • 白い朝に・・・7

    「おそらく?おそらくとは、どういうことですか?さっき、瞳子は承諾しているといったばかりじゃないですか?教授の言い方を聞いていると、瞳子に、話しているとは、とても思えません。教授が勝手に決めていらっしゃる。いったい、何があったというのですか?私がなにか、教授の気に触ることをしましたか?もし、そうなら、それを教えてください。何もわからないままでは、私も落ち度をなおしようがないでしょう?」私の瞳から真っ赤な血が噴出しているのではないかと思った。瞳子をうしないたくない。私に落ち度があるなら、いかにしてでもやり変えてみせる。私の思いが瞳から噴出していた。そんな私をみつめていた教授の口から二つの言葉が出た。「瞳子をそれほど、思ってくれて・・ありがとう。そして・・すまない・・」「教授!!」このままでは、教授の一方的な宣...白い朝に・・・7

  • 白い朝に・・・6

    私はおろかにも、話を切り出してみてから、此処まで、教授が憔悴しきっていると、悟った。私は、教授の慟哭がおさまるのを待つことしか出来なかった。いらぬ事をいってしまった非礼を詫びることもできないまま、私は教授を見つめ続けるしかなかった。やがて、覆った両手がはずれ、教授の顔があらわになった。唇の端が細かく震えているのは、言葉を出すのさえ、辛いことを私に伝えようとしているせいだろう。教授の母親は私が類推したような簡単な状態じゃないのだ。それは・・・。私の中で、教授がここまで、取り乱し悲しむわけを推し量っていた。たとえば、教授の母親は余命いくばくもない状態でありながら、意識もしっかりしていて、本人は病気だとは思っていない。だとすれば、私が会いに行くなどという行動をとれば、本人があやしみだし、余命いくばくもないことに...白い朝に・・・6

  • 白い朝に・・・5

    次の日。出勤すると、教授の姿が無かった。事務局女史が、「教授のお母様の容態が・・」と、だけ、教えてくれた。確か、宮城に独りで暮らしていると聞いた事がある。「住み慣れた土地を離れたがらない。動けなくなるまで頑張るつもりだろう」気がかり半分と寂しさ半分とがいりまじった溜め息を教授はついた。教授の母親だというのだからもう、75歳くらいだろうか?それが、昨日の電話だったのだ。瞳子も一緒に行ったにちがいない。しばらく、帰ってこれないのだろうか?教授もそう長くは講座をやすみこともできないだろうし・・そうなると、瞳子と奥さんを宮城において、帰ってくるかもしれない。私は自分の底にふと、教授の母親が瞳子達を長く足止めしないですむ、ひとつの結果をなんとなく期待している自分がいることに気がついた。看護が長引けば、瞳子と会えない...白い朝に・・・5

  • 白い朝に・・・4

    瞳子との、結納が納まる頃には私は毎日、教授と一緒に帰り、瞳子にあいに行った。一人暮らしの私の夕食をきづかい、瞳子は父親にねだった。「よろしいでしょう?」娘のいいぶんに文句をいうすじあいがないのは、無論なのだが、瞳子はすでに、昼食の手弁当を届けてくれていた。そのうえに夕食のあと、瞳子との団欒のあと、帰宅する私に、朝食の握り飯と、おかずと味噌汁をポットにいれて、手渡してくれる。当然、翌日には昼食の弁当箱と朝食のポットなどを、瞳子に返さなければならなくなる。「君をこさせるために、瞳子も一計案じたな・・」苦笑まじりで、教授は笑い「はやくも、尻にしいたか」と、瞳子の世話女房ぶりに安堵しながら、一抹の寂しさがにじむように思える。多少の炊事や洗濯は自分でする。いや、してきた。ああ、せざるをえなかった。だが、婚約が整った...白い朝に・・・4

  • 白い朝に・・・3

    陽ざしがかげるとあたりがそろそろ冷たく感じる秋のおわり、私は瞳子と婚約した。はじめて出会ったときから数えて半年がたっていた。教授の目論見どおり、瞳子は私に好意をいだき、私もまた、瞳子に惹かれた。教授が娘を託すにふさわしいと私を選んでくれたその厚意にこたえるためにも、また、私の中にほのかにともりだした愛を育てるためにも、私は瞳子に誠意を尽くすことで、瞳子の心を私にかたむけさせるに勤めた。「はじめて、会ったときから、素敵な人だとおもっていたのよ」瞳子の告白は、まぎれもない私への恋情。自分が漏らした言葉の意味合いに気がついた瞳子は戸惑いとはじらいをみせ、私は瞳子の思いを確信した。「一緒になろう」瞳子の返事が小さな嗚咽に変わった。「ずっと・・好きだったの・・」それでも、優しい男は誰にでも優しい。それだけにすぎない...白い朝に・・・3

  • 白い朝に・・・2

    私が瞳子とであったのは、篠崎教授の企てだったと思う。小さなお弁当包みをたずさえて父である篠崎教授の元に訪れた瞳子は薄い萌黄色のカーディガンをはおっていた。「せっかく、作ったのにわすれていっちゃ、だめでしょ」と、父親をたしなめると、瞳子は私にぺこりと、頭を下げた。「父さまは、忘れっぽいから、いろいろ、ご迷惑かけてるんでしょうね?」黒い瞳の奥に父親の真っ直ぐな愛情をうけて育ったものだけが持つ優しさが柔らかくひかっていた。その時に私は瞳子への恋におちたといっていい。「いや、いや、ごめん。御免」娘にあやまりながら、差し出されたお弁当をうけとると、おもむろに、教授が私をふりかえった。「娘の瞳子だよ。このとおり、初めて会った人にきちんと挨拶することもできない世間知らずな娘だが、唯一明るいところが、とりえだ」瞳子の素直...白い朝に・・・2

  • 白い朝に・・・1

    序小さな唇の隙間がひらいて、音にならない嗚咽が形に成る。俺はそれを読みとる。YOSHIHARU確かにお前は俺を認識してる。空洞の向こうににげこんだまま、お前の瞳が俺を映すことがないというのに、このときだけ。俺とお前がひとつのものになったときだけ、お前は俺を知る。お前を空洞の中に追い込んだ野蛮な獣と同じ物でお前とつながれているというのに、お前は、それでも俺の名を呼ぶ。一瞬の閃きの中、お前は俺を認識する。それを愛と呼ぶか、渇括とよぶか。あるいは、紅蓮の炎か。一瞬の閃きはイナ妻のようにお前をつらぬく。狂気の狭間、肉欲だけが瞳子を俺のものにする術になる。白い朝に・・・1

  • 白い朝に・・は、書けている所まで掲げます。

    白い朝に・・・を掲げていこうと思う。先にふれたように、停滞中で、まだ、続きを書く自信がない。書けている所まで、あげて、完成して無いので、順番替え(頭出し)はしない。ーそのほうが、続きを書く拍車になるかもしれないーなぜ、白い朝に・・・と、いうタイトルにしたか、考えていた。タイトルは、大事だと思う。中味が透けすぎてもいけないし・・・離れすぎてもいけない。多く、ふと、おもいついたままを付けている。だから~~!!なんで、そう思いついたか・・・と、いうことなんだよね。おそらく、目覚めたとき(脳が活発にうごきだしていく、その朝)白いもやがかかった世界に居る。白いもやを取り除くことができたら主人公は、本当の「狂気」の世界に落ちていくだろう。まだしも、覚醒する朝が、白くもやっていても、明るいのなら良いといえるかもしれない...白い朝に・・は、書けている所まで掲げます。

  • ―洞の祠― 1 白蛇抄第16話

    ―序―黒龍の傍らにうずくまる少女が居る。白峰の瞳が少女を嘗め尽くしていた。立ち尽くす白峰に気が付いた黒龍が少女から目を上げた。「おまえのものか?」白峰の心に生じた思いを気取る事が出来ず、黒龍は問われた言葉に僅かに瞳をいこらしていた。「馬鹿な事を・・・」人としていかせしめる。何ぞ、我のものにできよう。「そうか」白峰とて、男。黒龍の中にある少女への情愛は見抜けぬものではない。―そうか―だから、どうだという?護るとは我がものにすることぞ。我がものにされるを無上の由縁とせしめねば。―略奪あるのみ―白峰が湧かした心を暴露するわけもない。―まだ、童。されど、女子―鈍く光る瞳がきのえをとらえた。―きのえ―護って見せよう。この白峰の思いの丈で、白峰が物になることにこそ生まれてよかったと言わせてみしょう。「きのえ」うんと顔...―洞の祠―1白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 2 白蛇抄第16話

    洞の祠―黒龍の抄―」祠の中に敷き詰められている御影石の中央は湧き水がたまり、池の様相を呈している。池の中央に一段高い御影石の台座があった。きのえは暗い祠に瞳を馴染ませ、台座に目を凝らした。何かがいる。誰かがいる見えた事を確かめる為にきのえは池に足を踏み入れた。池の底は浅くなだらかに台座のある中央に降っていた。中央の台座に手をつくと、えいっと池の底をけり台座によじ登った。御影石の平面は広く、人が五、六人は裕に寝転んでいられる。その中央に男が片肘をついて上がってくるきのえを見詰ていた。「おまえ。祠の神かや?」きのえは自分を見つめる男に尋ねた。とたん。男はぎょっとした顔を見せた。「おまえ。わしがみえるのか?」みえるもなにも。頷く少女に男はさらにたずねた。「どう、みえる?」「男の人じゃ」黒龍が映している人の姿のま...―洞の祠―2白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 3 白蛇抄第16話

    「ああ・・いやじゃあ」祠の黒龍のところにきのえがやってくると途端に溜息を漏らす。「どうしたという?」「婆さまがうるさいに」「どう?」うるさいという?「藤太がところによめにいけというんじゃ」「藤太か?」黒龍はすぐさまに藤太の人柄を読んだ。「よいではないか?」「よいものか」「良い男じゃ。何よりも優しい男じゃ」「優しいがよいか?優しいがよいならおまえの方がたんとやさしいに」「わしは」「やさしいに・・・」そうかもしれない。だが、おそらく藤太の優しさとは種類が違う。「おまえが事を誠にたいせつにおもうてくれるわ」「おまえはどうじゃ?」何故いちいち黒龍をひきあいにださねばならぬ?「わしは・・・」きのえを得心させる言葉に戸惑った。「そうじゃの。わしは、藤太のようにおまえを女子として優しくおもえん」「女子?」やはり、そうと...―洞の祠―3白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 4 白蛇抄第16話

    弥生の花見月を映す琵琶の海は静かに夜をのみこんでゆく。祠の中に湿った空気が流れ込むのは来訪の印である。直垂を濡らしてやってきたのは白峰だった。「白か?」「ああ」黒。そうだと冷たい微笑が口元に浮かぶと男ながらも惚れ惚れする美しさに背筋が張り詰める。「なんだ」「女子にうつつをぬかしておるらしいの?」「おなご?」「かようてきておるらしいの?」ここにかようというほどに姿を現すのはきのえだけである。だが、あれを女子と言う特別な者に見えるのがおかしくて黒龍はふきだした。「なにをわらう?」「うわさをきいて、みにきたというか?」きのえが事を黒龍の女子と思ったのも可笑しいが、白峰という、およそ人の事なぞに無関心な男が噂ごときにここにわざわざ現れると言う事が不思議を通り過ぎて可笑しく思えた。「ざんねんじゃの」「なんだという?...―洞の祠―4白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 5 白蛇抄第16話

    少女が白峰にくれたのは一瞥だけである。この白峰の麗しさに目も留めず、全ての者がみせる、はっと息をのむ白峰の眉目への賛美がない。黒龍の側ににじり寄ると、客人の目をはばかりもせず、寝転がる黒龍に背をよせた。その所作にけれんみもない。黒龍もいつもがそうであるがごとくのようにじっと少女の背を支える。その姿に男と女の痴話がない。雛鳥を羽の下に暖めるようである。「名前をなんという」物憂げに少女は白峰を見詰返した。「きのえ・・・」「おまえ。わしがみえるのか?」「おまえも神か?」わざわざ見えるのかとたずねるくらいだからこれも神なのだろうときき返した。さとい答えでもある。きのえの答えは黒龍が神であるという事を既にわかっているという事である。ならばこの白峰も見えるという事は嘘ではない。「おまえの目にわしはどううつっておるのだ...―洞の祠―5白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 6 白蛇抄第16話

    「水じゃろう?蛙?たがめ?鮒?鯉?山魚?山椒魚?蛍、かわにな?鮎?亀?」あてずっぽうに並びたて始めたきのえにくびをふり「どれもちがう」白峰はきのえのひとみの奥に住む女を刺し貫くように瞳を覗き込んだ。「あ」きのえを見る白峰の瞳の底に異様な妖しさがある。『まるで、蛙をにらむ蛇のようじゃ』ぞっとする思いを抱き込んだきのえがきがついた。「へ、蛇か?」「よう・・・わかったの」きのえの逆撫でされた思いにきがついた白峰は胸のうちでにやりとわらうた。きのえが白峰を蛇だと気が付いた裏はきのえが自分を蛙だとおじけさせられたからだ。きのえの中の女が白峰の前で蛇ににらまれた蛙同然といってみせた。上っ面のきのえはその恐れが何に起因するかさえつかめない。男を知らぬ少女が気が付くわけもない。だが、いずれ、きのえの中の女が白峰に屈服する...―洞の祠―6白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 7 白蛇抄第16話

    それから時はたつ。相変わらず、きのえは黒龍に背をもたせかけている。柔らかな後れ毛が黒龍の目に映る。かぐわしい少女の香にふと黒龍は瞳をとじてしまいそうである。「あいかわらずだの」ぬっと現われる白峰もいつもの来客を通り越し二人の友人のごとくである。黒龍の胸にはぐくまれてゆくきのえへの情愛を見ぬふりをして、きのえと黒龍の間に立ち入る隙を作ってきた白峰である。「白峰。することがないかのようじゃの?」黒龍の元へ来る、三度いや、二度に一度かもしれない。兎に角、よく、顔を合わせる。黒龍の唯一の友であるらしいと、考えるときのえも白峰をいやなめでみることもない。「きのえ」呼ばれてきのえは白峰をみなおす。「なんじゃ?」薄い笑いを下に隠しそっときのえの耳元で小さくたずねる。「まだ、嫁にしてくれぬか?」「うん」頷いたきのえに安堵...―洞の祠―7白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 8 白蛇抄第16話

    明日を過ぎれば、どのみち、黒との争いがはじまろう。宣託の結果も同じ。きっと、諍いはさけられぬ。どの道同じ。宣託との結果と違う事といえば、間違いなくきのえを手に入れたあとに争いは始まる。それだけの違いだった。だが、そのことこそ、この二年、きのえをまちこした白峰の執念の結実である。明日からは友でなくなる、いや、今、この時から決別ははじまり、きのえを選び取った白峰でしかなくなった。やってきた娘はおずおずと白峰の前に座るともう話はどうすれば黒龍の嫁になれるかと、いうことになる。「あれも・・・神といえど男にちがいわない」きのえがその意味合いをさっしたか、僅かに頬を染めてうなづいてみせた。「けれど、黒龍はきのえがことを女子とおもうておらぬ」いくら、黒龍とて、男であっても、きのえを女子と思わぬ男は男としてきのえに対峙し...―洞の祠―8白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 9 白蛇抄第16話

    村中は大騒ぎである。昨日の夕刻に姿を見たきり勝源のところの娘が夜更けても帰って来ない。探し回る勝源の顔色が蒼白になっているのをみると、村人も「藤太がところへいったのでないか」と、からかい半分では勝源を安心させる事が出来ないわけがあると悟る。「いやだといってはいたが・・・」もう七日もない祝言の日を前にきのえが姿をくらますとなると、やはり理由はそれしか思いつけない。ぼそりと呟いた勝源の不安であるが「それでも、娘心と秋の空。気が変わってこっそり藤太にあってみりゃあ、それ、そこは男と女。頭じゃ馴れない仲になりってこともあろう?」まして、祝言を控えている男と女である。世に言う確約を得た二人が堪えきれず忍び合ったとしても、親さまも大目に見るしかないというところにいる。「そうであろうか?」「そうであろう」きのえにはこの...―洞の祠―9白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 41 白蛇抄第16話

    勝源の屋敷に戻るためにきのえの舟を我が舟にゆわえつけきのえが乗り移ってくるその様子を、伺い見つめていた。どこまで、柳廠の話を解したか、わからないが黒龍のこの先の安否がうかがい知れぬことだけは、聞き及んだはずである。きのえがなにを思うか。勝源のきがかりが、勝源の瞳に暗い影を落としていた。柳廠はきのえと勝源の面差しを黙って見つめていた。『この娘・・死のうとしている・・』あふり事の解決のために、白蛇神にその身を殉ずると黒龍につげてみても、もはや、黒龍も諦めて身を退くことも無い、と、理解している。かといって、このまま・・生きていれば、白蛇神のもの。されど、万が一、黒龍が勝ち越したとしても、多くの被害のうえにきずかれる結びに、のうのうとのることもない。どちらの神が死んでも、その犠牲のうえでの暮らしも虚ろなものでしか...―洞の祠―41白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 42 白蛇抄第16話

    その肝心の藤汰であるが、藤汰は玖珂沼に身を沈めて賊ヶ岳の中腹でうけたあふりの毒を中和させていた。**あふりの毒はいわば、強い酸のようなものである。この毒を体外へ押し出すために沼に漬かっていた。イオン化傾向の図式で、体の表面からの浸透圧を利用し、徐々に中和がすすむ。体内からは灰汁をすすり、アルカリ物質による、中和を促しあふりがあたらぬように、屋根囲いをつくり、もう、何日も、沼に漬かっていた。**玖珂沼は落ち葉が体積したはての腐葉土が主な成分であるが、朽ち葉の堆肥は、かすかなぬくみがあり、これが、中和を一層高進させ、朽ち葉の活性瘴気沼に中和能力があると、気がついたのは、藤汰自身である。あふりの毒におかされ、ほうほうの呈で山をおりた、その途中の玖珂沼が今まで見た山中の様相と違っていた。沼の周りの小立はさすがにし...―洞の祠―42白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 43 白蛇抄第16話

    勝源の奥底をみきわめ、八代神を呼ぶといってはみたものの、まだ、問題は有る。相手は八代神である。地界の統括者である。この統括者をよぶには・・・。柳廠は帝を見つめ返した。柳廠の瞳の色を悟ると帝は頷いた。「神おろしであろう?よりしろが要るのだろう」低級な生霊や、神、狐狸の類いなら、誰が神おろしの台になっても降りてこよう。だが、相手は地界の統括者、閻魔ともいう八代神である。凡庸な台では、神の気にふれて、気が狂う。尚且つ、位の高い神であらば、なお、凡庸な台には、おりてこない。天照大神。素盞嗚尊。月読尊。三柱の天の神を後ろに控える日嗣皇子ならば、神の位と同位である。日嗣皇子を八代神の台にすえられれば、気も触れず八代神もいやがおうでも下りてくるしかない。だが、よりしろという巫女の如き、扱いを帝に呈すは、柳廠にとって、苦...―洞の祠―43白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 44 白蛇抄第16話

    「きのえをば、元とおり、藤汰がとこに・・」これが、黒龍に示唆された、親のそもはじめの理である。だが・・・。八代神の顔は渋い。「勝源。それは、元親のわしが、反古にしてしもうておる。きのえが、白峰のものになる願はもはや、定め。元に戻らすに、元がもう、違うてしまうておる」勝源の苦渋を眺めながら、八代神はきのえに目を向けた。きのえを見つめる、その八代神の瞳から、勝源に暗じる腹蔵が勝源に沸いてきた。『定めを変えず、抜ける道はきのえが、言うた事しか無いと言わるるか・・』「ならば・・・」勝源の喉仏がぐびりと蠢いた。言いたくない、最後の決断。だが、もう、この法しかないと、八代神も暗下に示唆している。争いをいさめるだけの法。八代神とて、魂の親といえど、やはり、黒龍の元親である。その命。潰したくないは、定法であろう。いずくか...―洞の祠―44白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 45 白蛇抄第16話

    「きのえ、勝源・・まことにまことじゃわのう」親子の底に流れる思いはただただ、琵琶の海を近江の人々を護りたい。そのために、わが身顧みず「この願い、立ちますか・・?」大きく頷いた八代神にほっと胸をなでおろす勝源には、悲しみと安堵がいりまじり、明暗共有の勝源の表情をかすめみながら、きのえは、八代神のまえに一歩、進み出た。「近江の人々は安泰ですね?双神の争いは終りますね?黒龍は、黒龍は・・死にませんね?」深く頷いた八代神に全てをゆだねるしかない。悟った娘は喉の奥から沸いてくる嗚咽を堪えるために固く口を引き結んだ。『そして、吾は約束通り白峰大社の巫女になる黒龍、あれが今生、おまえと交わした最後の言葉最後の黒龍・・』湖にもぐりおちた黒龍よ。叶わぬ事なれど、おまえに勝ちて欲しかった。胸の中で黒龍に決別を告げるたきのえだ...―洞の祠―45白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 46 白蛇抄第16話

    双神が天空界にのぼりきると、光の塔がきえ、どんよりと垂れ下がった雲にすきまができ、あたりに、柔らかな陽光が輝返され始めた。「浄化がはじまっています・・」あふりの毒が拭い去られ、中和されどんよりと、あつぼったい雲がちぎれだし、塵が砕ける如く、雲が霧散していくと、湖の上空から、陽のひかりが、あふれはじめた。「終息です・・」何もかも、終息したとはいえないが、双神の争いはいさめられ琵琶の海に、近江の地に平和が戻ってくる。なにもかもをせおいたった、きのえという幼さを残す娘御にかける慰めの言葉も励ましの言葉もみつけられず、柳廠は屋敷に戻り、しばしの睡眠を提案するしかなかった。眠りだけが、悲しみと、張り詰めた精神を、いくばくか癒すことができるから。柳廠の提示にしたがって、勝源は黒龍が昇りきった空の一角を見つめ続けるきの...―洞の祠―46白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 47 白蛇抄第16話

    「きのえは、まだ、かえってこぬかや?」虚をつかれたといって、良い。何故、きのえが居らぬをこの男が知っているのだ?きのえが屋敷から、でてゆくのを見たという事か?双神の争いに終止符がうたれたさまは、この男にも、見えていたと、いう事か?争いの終ったあと、あふりがおちこらぬを知った男は、外にでて、野良仕事でも、しておるところにでも・・きのえがどこかに行くをみたというか?「きのえ・・を、見かけたかや?」刹那に男をおしはかりて、尋ねた勝源の問いに男のほうが怪訝な顔になった。「何を言うておるか・・。きのう、きのえがおらぬようになったと大騒ぎしたおまえに、藤汰がとこにいったのではないかと、いったのは、わしのほうじゃ。その時にも、わしは、知らぬというたでないか?同じ事をたずぬる・・んん?勝源、おまえ、きのえかわいさで、ぼけ...―洞の祠―47白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 48 白蛇抄第16話

    相変わらず、きのえは黒龍に背をもたせかけている。柔らかな後れ毛が黒龍の目に映る。かぐわしい少女の香にふと黒龍は瞳をとじてしまいそうである。「あいかわらずだの」ぬっと現われる白峰もいつもの来客を通り越し二人の友人のごとくである。黒龍の胸にはぐくまれてゆくきのえへの情愛を見ぬふりをして、きのえと黒龍の間に立ち入る隙を作ってきた白峰である。「白峰。することがないかのようじゃの?」黒龍の元へ来る、三度いや、二度に一度かもしれない。兎に角、よく、顔を合わせる。黒龍の唯一の友であるらしいと、考えるときのえも白峰をいやなめでみることもない。「きのえ」呼ばれてきのえは白峰をみなおす。「なんじゃ?」薄い笑いを下に隠しそっときのえの耳元で小さくたずねる。「まだ、嫁にしてくれぬか?」「うん」頷いたきのえに安堵しながら、白峰はこ...―洞の祠―48白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 49 白蛇抄第16話

    まさかとは思う。八代神が時を戻した元々の理由はきのえがこめた条理。来世には、魂をふたつにわかちて、きのえの人生を一方を黒龍に一方を白峰に分け与えると定めた。この条理に応諾するしかなかったのは、きのえの覚悟の深さ。近江の地を近江の人々を護るため。わが身をふりきった、きのえであるから・・・。たとえ、黒龍が争いに勝っても、きのえは黒龍のもとに戻らない。おおくの犠牲のうえに培われたさいわいのうえに座れるきのえではない。だからこそ、わが身ふたつに裂く因縁を記章した。白峰が勝ったとしても、きのえの思いは同じ。多くの犠牲をかえりみない白峰のものにならざるをえない不幸をあじわいながら、悲しい思いを刻み付けた魂が転生ののち、またも、白峰の願により、白峰の手中に収められる。刻まれた悲しみが白峰をいとい、九代・・そのくりかえし...―洞の祠―49白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 終 白蛇抄第16話

    「きのえ・・」こっちをむいてくれ。そればかりを祈り、黒龍は再び、きのえの背に深々と頭をさげた。土下座の呈が白峰の目に痛い。あるいは、また、己の姿でしかない黒龍であり、その黒龍から、今、きのえを奪うは無理でしかない。おそらく、白峰に抱かれながら黒龍をおもうきのえができあがるだけ・・・。その思いがきのえの転生の魂に因を生じさせる。今、この時の巻き戻しを活かすも殺すも白峰の裁量ひとつ。きのえの底にうずもる黒龍への恋慕を昇華させ、思いを残させない。これは必須であろう。八代神とて、きのえが九代の転生の間に黒龍への思慕が魂からわきたたされる苦悩をあじあわせたくない。こう、考えたに違いない。だから、今、きのえに諦念をかこさせるためにも、このきのえをば、黒龍に渡してやる。それが、永久にきのえを我が物にするためのあるいは・...―洞の祠―終白蛇抄第16話

  • 作品がー語ってしまうー

    休止中、停滞中の作品で、「物語は完成してこそ・・だと思っているが、その裏で、作者の、「向き合う強さ」対象をしっかりつかみ、「表現できる筆力」その薄さに、泣かされたままでいる。」この言葉であることを思い出した。作品を書くことは、自分の現身を入れる事だ。あるいは、命を削るような作業である。どなたが、コメントをしてくれたか覚えてないがそのようなコメントだったと思う。ようは、「あなたは、そのような想いで作品を書いていない」と、言いたいと判った。確かに命を削るほどの真摯な向き合い方はしていないだろう。だが、言っても、判らないと思って、黙ったのが作品に自分の現身をいれるために、血を吐くような思いをしなくても、作品は自分の現身を(勝手に)反映していく。コメントを下さった人が言いたいことはむしろ、「作品の中に、訴えたいこ...作品がー語ってしまうー

  • 休止中、停滞中の作品

    もう、7~8回で、―洞の祠―白蛇抄第16話(39)おわると、思う。残すは、「17話、銀狼」と「空に架かる橋」のふたつと考えていたが、休止中、停滞中の白い朝にを、先に移行したく思う。草案では、完成している(めずらしく、下書きを作っている)内容は、解離性障害に関わる。簡単にいってしまえば、二重人格というのかもしれない。主人公は、解離性障害になってしまったが、そこから、救い出そうとする婚約者はその理由を知らなければ救い出せないと悟る。その理由を書くのが、主人公におきた事件の真相を書くのが、むごすぎて・・・途中、やめになっている。それをこちらに、もってきておけばなにかの拍子に続きを書く。乗り切れる・・(書くむごさを)かもしれないと思う。実際に起きたことをモチーフにして婚約者を励ましていこうと考えた所もあった。が、...休止中、停滞中の作品

  • ―洞の祠― 40 白蛇抄第16話

    『黒龍、おまえの命、きえはてても、白蛇神は結局、勝源の娘を妻神にする。いっそ、今を退いて一千年後のために何かしら、手立てをこうじる。そのほうが・・』だが、その進言にもはや、耳を貸す黒龍でもない。命、たたれるが先か。いや。このあふりが続く様をみれば、黒龍への加護や加勢の祭壇を作るどころか一刻も早く、黒龍が討たれることを望みたくなる。あふりが溶け込んだ湖水をのみこんだ魚が白い腹をみせて、幾多となく浮かび上がった。浮かび上がった魚で双神の居場所がわかるほどである。「むごい」いっそ、黒龍、潔く死なん。仁理を外れたものの無法であるのに、おろかにも、仇な想いを沸かせてしまう、むごい様をこれ以上みていては、いけない。「帝、何かしら手立てがあるやもしれませぬ。一度は、勝源の屋敷にひきあげましょう」白峰大神を追って水中にも...―洞の祠―40白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 39 白蛇抄第16話

    「勝源、それでも、我はかまわぬ。我が欲するはきのえの心。この先のことは我ときのえで乗り越えること、気にすな」勝源に声をかける黒龍を白峰が遮った。「勝ち越すつもりでいるは、笑止。なれど、きのえは・・渡さぬ」その一言が決戦の再開の警鐘である。再び、波間にもぐり始めた双神に日嗣皇子は背におうた草薙の剣に手元に手繰り寄せた。「素盞嗚尊よ。我が心に加勢せよ。この白蛇神、天照大神をもおそれぬふるまいにて、天地神道よりはずるるをも、恥とせず、傍若無人の行いで子女を誘惑し、狂導を壮語し、天地神明の理をも、覆し、勝源親子の悲しみも、単に娘の身を案ずるだけのものなら、まだしもや、人心万民、万象にあふりのわざわいをもたらすさえも顧みん。我、天照大神にかわりて、このもの、成敗す」わが身は勾玉主の月読尊にゆだね舟板から身をはずませ...―洞の祠―39白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 38 白蛇抄第16話

    湖上に浮かび上がった双神の姿にて、きのえは父、勝源の帰りきたるを悟り勝源の元へ舟を操りだした。「おや・・きのえにみつかってしもうた」争いの決着をつけるためにも、きのえの介在も今は邪魔でしかない。「行くぞ」争いの余波が被らぬ湖の底。きのえや勝源達がたちいられぬ、湖の底にもぐりて、今日こそ、決着をつけようという双神の意見があうのを見ているとあらそわずとも、解決できそうにさえ見える。だが、双神両雄、お互いに死を決しての争いの覚悟が良友の如き、意見の一致を見せているに過ぎない。いまにも、水の底にもぐりこまんとする双神に柳廠が再び待ちをかけた。「待たれよ。日嗣皇子の御言葉・・聴き申せ」「いや・・」無駄だと黒龍が首をふり、勝源を振りかぶった。「この争いが決着したのち・・吾はきのえを望む」きのえの臍が固まった以上、勝源...―洞の祠―38白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 37 白蛇抄第16話

    「お話くだされ。きのえがことは、双神の争い静まらねば我が手で・・。その覚悟の上で天子さまに一縷の望みをかけたそれだけの分を超えた父娘であると判っておりますですから、このうえ、なにをきこうと・・」促され、柳廠は勝源を見つめ返した。見つめ返した目で帝を振り返ると「その白蛇、八代神に願をかけております」「八代神?」己の祖神しか知らぬか、帝は首をかしげ「願?」勝源は白峰がかけたという「願の如何」を聞きとがめた。「八代神は人の世の、阿吽の時を掌る神ひらたく申せば閻魔」「あ?」言い換えれば、双神のうしろに、閻魔が居る。「それで・・か」それで、平気で日嗣皇子を侮蔑し、仲裁も無駄と豪語した。「御中主のおわします天界と別区だての地界を牛耳る閻魔は目の前の異種の類いの神が昇る天空界にすまい、そこで、八代神と呼ばれています。天...―洞の祠―37白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 36 白蛇抄第16話

    水しぶきを上げて、双神が琵琶の湖(うみ)におちた。波がしぶき、勝源の舟をゆらし、柳廠も天子様も舟縁をつかみ、かがみこんだ。勝源ひとり、舟中にたちて、双神があらそっていた元の空の下をこらしみていた。きのえの声がかぼそく聞こえる。争いを止めようと風の凪に争いの下に舟を繰り出しているに違いない。「黒龍。白峰を必ずや・・討ちや」きのえの心定まった援勢の声は勝源をいくらか、安堵させていた。舟の揺れがじんわり静まると勝源の横顔に柳廠がたずねた。「娘御・・な?」波間に届いたおなごの声の如何を柳廠は悟っている。「左様です」この争いの元凶。神が子供のように取り合っているものが、この勝源の娘。「争いを諌めようとしたのでしょう・・が、おなごの浅知恵。男が争うということがいかなることか、わかっておらぬ。目の前のさまで、己の進言ぐ...―洞の祠―36白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 35 白蛇抄第16話

    風の凪を待って舟を漕ぎ出したきのえが双神に叫ぶ。「黒龍・・吾の心さだまりてや。白峰・・手を引け・・。吾の心はお前に・・傾かぬ」あらん限りの絶叫も神の争いをいさめはしない。むしろ・・・。火に油を注ぐだけ。きのえの姿をみとがめた黒龍に白峰のあざけりがあびせかけられる。「きのえに庇うてくれと・・いいそえたかや」嘲笑に屈する黒龍でもない。嫌な罵倒をあびせかけたくもないが、白峰のあざけりを押さえつける一言を返してみせる。「おまえは・・庇うても、もらえなんだの。お前の意地と執心はきのえの心をくだきもせぬ」横恋慕の一人相撲でしかないと、いまさらにみせつけられれば、後は退くしかあるまいと諭すに「いまさら・・。きのえがかほどにお前を想う・・その一途さに魅せられたのが、そも、はじまり。益々・・気に入った・・」邪恋でしかないの...―洞の祠―35白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 34 白蛇抄第16話

    泥の眠りから勝源を引きずり起すざわめきがよもやの察知を確かにする。静かな軋みが勝源の部屋に忍び入り「帝が帰られた」柳廠に告げられた。慌てて、飛び起きた勝源は板戸から漏れさす日の光にしばし、まなこを瞬かせた。「あまりに、よく、寝入っておいでだったので・・」そのまま、勝源の草臥れを癒すが良いと柳廠は勝源を捨て置いたようだ。そのままが翌日になって、朝早く・・帝が帰還された。伊勢からよっぴて、走らせた馬の荒い息が勝源の耳に届いてくる。静かな邸内に湧き上がったざわめきよりも野太い馬の息が、帝のせいた思いを語る。柳廠が踵を返した。帝の下に参じる柳廠を追いかけ、勝源もしたがった。「帝は夜通し、馬を走らせ帰還なさったに相違ない」一刻も早く、近江へ行く。そんな帝を安全に近江につれもうす大役が今、始まる。馬の荒い息がまだ、静...―洞の祠―34白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 33 白蛇抄第16話

    勝源の呟きを目の前に端座した祀り装束の男、白河柳廠がうけとめた。「八坂瓊曲玉。八咫鏡。草薙剣・・天叢雲剣とも呼ばれておりますが、八坂瓊曲玉は帝の神意を高めると共に破邪の守護を司ります。八咫鏡は正邪を映しだします。この鏡に映しだされたものを、見ることができるのは天意に叶うものだけと聞きます。そして、草薙剣。邪悪な心根を持つものは、たとえ、神であろうと、貫き通す正義の聖剣です」「すると・・・」天子様は近江に参られて、黒白の神をさにわ・・あるいは、征伐される心づもりである。こういうことになるか。「ふむ」勝源の悟りを手にとるように見透かすと「ゆえに、貴方をお待ちもうしておりました。私の読みのなかに、貴方の来朝は筋の事になっておりました。帝が近江に登られる法を考えあぐねていた私にはまさに天啓。あなたが、此処へきた法...―洞の祠―33白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 32 白蛇抄第16話

    勝源の応諾に深く頭を下げた住職が顔を上げた時、もうそこには勝源の姿はなかった。青陵殿を目指し寺社の門を抜ける勝源の背に黒き龍の影がみえた。その影により勝源が黒龍の加護を受けていると知らされると住職はいっそう、安堵と確信をもった。なぜならば、青陵殿の元々のあざなが青龍殿であったから。代々の帝は、天文敦煌を習得した陰陽師を抱えている。この陰陽師の守護神が青龍で、難波津に遷都したのも青龍からの啓示があったと伝え聞く。都の守護、あるいは、帝の守護を奉じる青龍であるが、古の都の頃から、四神への信奉は厚く特に青龍は天地を結ぶ神として崇められる。一節に青龍がその手に持つ宝玉は人の魂とも人の世の誠を映しだすともいわれる。青陵殿の屋根には龍を象る瓦が掲げられいっそう、青龍の加護を象徴していた。その龍と同じ・・黒い龍もまた、...―洞の祠―32白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 31 白蛇抄第16話

    洗った顔を手ぬぐいで抑えながら勝源はその声の主をうかがった。ざんばらと肩口におとした髪は男のものにしては、長すぎるがそれも、また、神の気を拾う者のしるしであろう。加持、祈祷の神事をつかさどるものか?だが、それが、なにゆえ、寺の御手洗の老爺に声をかけてくるのか?だが、男は勝源の問いにこたえなかった。「帝は昨日の朝、南に向かって出立なされた」「え?」男は勝源が天子様にあおうとしていることもみぬいていた。だが、そんなことよりも・・。「天子様が?清涼殿におられぬ?」それも、近江とは真反対の南にむかった?そして、それをおいかけようにも、すでに一日の遅れがある。「うむ・・む」情けなくこうべをたれる勝源になる。己が困った時だけ・・天子様にすがろうという身勝手な思いゆえにかくも、天子様の民を思う気持ちと呼応しない。己の身...―洞の祠―31白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 30 白蛇抄第16話

    「父様は夜通し、舟をこぎなさるんじゃろうか?」そうするしかあるまい事をわざわざ口に出してたずねるきのえの手は父、勝源を拝んでいた。「きのえ。勝源の思い・・仇にすなよ。おまえが一番さいわいであるためなら勝源はどんな苦労もいとわぬ。その思い・・無駄にすなよ」「はい」勝源の無事をいのり、勝源の情にひれ伏しきのえは勝源の舟の方向に手を合わせ続けていた。「きのえ・・屋敷にはいろう。風が動き出したら・・ここまであふりが来ぬともかぎらぬ」見上げた空にたちこめるあふりの中で黒き神龍と白き蛇神が大きくうねり、身体をぶつけ互いに相手を地べたに叩き落そうともがきあらそっていた。「きのえ・・見るでない。見れば、おまえの心がふれる」そうだと思う。必死にきのえを追った白峰が憐れになる。きのえの心が定まった今、黒龍の刺傷はきのえを取り...―洞の祠―30白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 29 白蛇抄第16話

    婆の一言は真理である。悠久の時の流れの中におよそ、生きとし生けるものは己が生きた証を刻み付けることは出来ない。だが、ただ、ひとつの例外がある。それが血である。愛するものと愛されるものが融合し血が受け継がれ未来永劫、伝えられていく。生命の起源が母であるならば、母が護り、伝えてゆくものこそ血である。己が生きた存在の証である血の継承を望むとき女はより尊い愛をつかもうとする。業とも欲ともいえる女の本能は己の存在を量りにかける。時に命をかけて子を産む女だからこそ、「誰の子を産みたいか」この答えが究極を見せ付ける。くっと引き結んだ口元は答えを胸の奥に秘めた証拠であろう。きのえは、婆の言った口に出さぬで良いの言葉に押され素直に自分の心を覗きこめた。呵責も懺悔も悔恨ももたず、むしろ・・わきでてくるというが正しい。産着の中...―洞の祠―29白蛇抄第16話

  • 手短にかける技量が無かった。

    ―洞の祠―白蛇抄第16話28まで、掲げましたが長いwwww黒白対決にもっと、簡単に決着つけてもよさそうなのに付けられない。最初(白蛇抄第3話くらいか・・)から読んでいてくださる方には周知の事。あるいは、記憶されてるか。洞の祠のきのえの魂を二つに分けることで、黒白対決を納めるわけだけど二つに分けられた魂は以後、双生としてうまれ片一方は黒龍の望み?人として生かさしめたいの思いのままに、人として生きる。これが、かのとでありひのえは、白峰の1000年の願の成就させるべく,双生の片割れ・・・で、あったのだけど・・・黒龍と白峰の争いの結末はひのえの時に付けられる。神が、人に介在してはならぬ(我が物にしてはならぬ)という、黒龍の思いが成就する。その魂を二つに分かつ・・という決断をするまで、もがくのが、父親。つまり、もっ...手短にかける技量が無かった。

  • ―洞の祠― 28 白蛇抄第16話

    されど・・・。黒龍とて・・。どちらかを択べば・・どちらかが天子様に討伐されるやもしれぬに・・きのえの裁量がさだまるはずもなく勝源の問いにきのえは黙り込むしかない。「定まらぬかや?」きのえの沈黙はつまり、そういうことになろう。琵琶の湖のほとりの村長の娘のただの一言で神の命を絶つやもしれぬ。神選びの裏側に神殺しという重すぎる責荷があればきのえとて、口にだす決断もつけきれまい。これが、普通の婿選びでもあらば・・。勝源の苦渋が口元を歪ませる。まだ、十八。娘という雛が妻になり、母になり、女としての人生を歩み始める。人して、ごく平凡につつましく、ありふれた、平穏な日々を・・なぜ、きのえだけがおくることができなくなる?成ってしまったことは、今更取り返しがつきもしない。無駄な悔懇だとわかっていながら、繰言のように無念が浮...―洞の祠―28白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 27 白蛇抄第16話

    勝源の考えたことは確かに的を得ている。だが、「て・・天子様が・・あってくださるものか」「そうだろうか?人を、民を、思い、いつくしむ天子様ならば、この有様を知ればすぐさまにうごいてくださろう?ただ、この有様をおきかせするものがおらぬだけだ。お聞かせするに・・しのびない。あまりに、しのびない。人が苦しむも平気で神が争うを、さぞかし、お嘆きになるであろう。そして・・」勝源の声が低くこごまった。「その神の争いの元凶は・・・きのえ・・だ」勝源のこごまった声の奥に悲壮なものがみえる。「勝源・・?おまえ・・・」口にだせない。まさか、おまえ、きのえをば、殺す気であったのではないか?神をあらそわす元凶・・。それさえ、なくせば、神があらそう因がない。かくなるうえは、きのえを殺すしかないと空を見上げ地にひれふし、きのえをころさ...―洞の祠―27白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 26 白蛇抄第16話

    だが・・・。「いくら、法がありとても、まちごうておる。人を人として、生かせしめぬ事が出来ぬは、白峰もわしも同じなら・・・」つぶやいた言葉が黒龍のうなりにかわった。まちがいなく、白峰と黒龍の争いになると八代神は瞳を伏せるしかなかった。「勝源!!」血相を変えて村長の勝源の元に走りきた男は震えながら、琵琶の湖の上空を指さした。「どうしたという?」ゆっくりと腰を挙げ外にでてみただけで、勝源の目に飛び込んでくる琵琶の空はおどろしいほどの暗雲を立ち込めている。「勝源。空がおかしいだけじゃない。あの空からふわふわした、煮凝りのようなものが陽炎のようにあたりいったいにおりてきて・・・」その陽炎を受けた生き物が倒れているという。「どこかに逃げようとしていた鳥も陽炎にあたると空からぱたりとおちてきおる」「瘴気だ・・・」「瘴気...―洞の祠―26白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 25 白蛇抄第16話

    黒龍は天に昇っていった。目指すは八代神であるが、はたして・・・。黒龍を眼の前に八代神は渋い顔をしてみせただけである。「もう・・・。どうにもならぬわい・・」黒龍の目論見がきのえとのことでしかないとをみぬくと、かける言葉はそれしかないのである。「なにゆえ。断言できる?」ねめつける黒龍の瞳を間向こうからうけとめると、八代神はほううと、ため息をつく。「おそろしいほどの惚れようじゃわい。いまさら、おまえには、どうにもできぬ」白峰が本意だという。それは、いまさらながらであるが、黒龍とて、同じ。「後手にまわったら、それで、らちが、あかぬというか?」「そんな、単純なことではないわい」白峰がかけてきた願はすでに、八代神の差配の折のなかにある。「なんだという?」黒龍のおぼこさが、うんだ後悔をさらにふかめるだけでしかないが、八...―洞の祠―25白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 24 白蛇抄第16話

    白蛇はあたまをもたげた。「なにゆえ?」きのえの元にちかよった黒龍がきのえにして見せた事が白峰につたわってくる。わずか、一日。簡単には、きのえをとりかえせまいとたかをくくっていた。『黒・・・よう、やってくれたの』だが、七日七夜。この契りはしきつめられる。「きのえとおまえの七日なぞ、とりかえせぬことではない」それには、きのえが再び白峰をのぞまねばならぬ。逆にこのまま、きのえが黒龍をのぞむかもしれない。だが、白峰にはその不安はないといっていい。「この七日で・・黒、おまえがしることは、さぞかしつらかろう」きのえ。おまえの身体は執拗なほどの白峰の寵愛をうけている。その身体が見せる反応はことごとく、白峰に咲かされた女をかたどる。其れを見る黒龍は悲壮な物になる。きのえを諦めるしかないつらさのほうがよほどらくなものになる...―洞の祠―24白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 23 白蛇抄第16話

    戸口に近寄るときのえは黒龍をよんだ。「きのえ?」きのえの声に黒龍はとぐちにちかよった。「きのえは白峰のものになる。お前が、うろつくは、めざわりじゃに」つめたい別離の言葉をなげかけられても、黒龍はたじろぎもしなかった。「きのえ。それが真の心なら此処をあけて、わしが目の前でいうてみせい」黙りこくったきのえだった。が、それでも意を決っして、戸を開け放とうとしたきのえの側に既に黒龍はたたずんでいた。「おうてくれる気ならば・・・」黒龍には板戸一枚くぐりぬけることなぞかんたんなことでしかない。きのえの前に立った、黒龍をしると、きのえはついと、下をむいて黒龍の瞳をさけようとする。「なぜ、さける?」「なぜ?」さけてきたのは、おまえではないか?きのえの唇がわななく。「きのえ。わしが胸がどんなに張り裂けそうか、判っておって、...―洞の祠―23白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 22 白蛇抄第16話

    朝になって、そとをみて驚いたのは勝源である。きのえの部屋の戸張の外。達磨のように座禅を組んだ黒龍がいる。百夜通いどころの決意ではないらしい。きのえは黒龍を察してか、戸張をあけようともしていない。むりもないことであろう。夜這いの如く、きのえの身体をむさぼりにきたかと、きのえも黒龍をおそれているのだろう。だが、忍び込もうと思えば神のすることである。どうとでもできよう者が外にへいつくばっているというところに黒龍の本意がにじんでいる。「おまえ。やはり、きのえの心を解く気でおるんじゃな?」思わず呟いた勝源の言葉に黒龍がふりむくと、わしが、みえているらしいのと小さな目礼をしてみせた。白蛇神は黒龍が先にきのえをみそめたと言っていた。その黒龍がきのえに本意でないようなくちぶりであったが、しずが岳を舞う黒龍をみておれば、そ...―洞の祠―22白蛇抄第16話

  • 二つの書評・・ブロー・ザ・ウィンド

    前回応募作の「白蛇抄」同様、やはりこれらの作品にも「憂生ワールド」と呼べる物が確固として存在している。細かい心理描写の積み重ねによって織り成す著者の人間ドラマは、恋愛というテーマを掲げながらも、決してそこだけには留まらない。とりわけこの三作品《蛙・・他)に関しては、「人間」と云うものを真っ直ぐ見据え、人が生きるという事を誠実に問う姿勢が終始貫かれており、静かな感動に満ちている。●まず『ブロー・ザ・ウィンド』は、「大切な人の死」を乗り越えられずに苦しむ女性の葛藤と、そんな彼女を愛し、見守る男性とが次第に心を通わせ強い絆で結ばれてゆくという、恋愛小説の王道とも呼べる物語。文章には「青さ」が残るものの、心理描写に長けた著書らしく、精緻に主人公らの心の機微を描きとっている。また「吹き返した風が風見鶏を再びくるくる...二つの書評・・ブロー・ザ・ウィンド

  • アーネスト・ヘミングウェイの若かりし頃の恋を映像にした、「ラブ&ウオー」を見た。

    場面がよく変わる作品だったけど転換のタイミングが良い。何よりもカメラワークがよく、監督の計算付くに舌を巻かされ、目にも映像は秀逸だった。珍しく最後まで観てしまったついでに監督の名前を探した。・・・アッテンボロー。彼のほかの作品に何があるかは知らないが、名前はよくきく。大御所であるのも知っている。に、してもきれいなカメラワーク。上手な場面転換と恋の心理を駆け引きに映像美は盛り上がる。こんなことを思わされていたときふと監督の名前を見損ねた一作の映画を思い出した。やけに、アッテンボローの技術に重なる。それもひょっとして彼の作品だったのだろうか?地中海の小島でバカンスを楽しむ何人かの男女。1人だけちょいとふけた男が居るんだけど、この男が彼女と恋に落ちる。ところが、彼女はじぶんが余命いくばくも無い事にきがつく。それ...アーネスト・ヘミングウェイの若かりし頃の恋を映像にした、「ラブ&ウオー」を見た。

  • 嗤う伊江門?をみていた。

    ようは、お岩さんであるが、題名が意表を突いていたので、チャンネルを開いた。画面のムードに独特のものを感じ見続けていた。お岩さんが、小雪であったのも、良かった。映画が持つムードーにあう。そして、憂生は日ごろから、この人は美人だとたたえていた。最初に見たときのせりふかから、すぐに、独自の解釈であることがわかった。お岩さんの形相は、はじめからという設定になっていた。これも、新しい解釈である。そして、その醜いお岩さんが結婚するとなるわけだから、当然?ただれた顔でない側は美人でなければならない。そして、「目は白くにごり、顔半分は額からみにくくただれている・・・けれど、それでも、美しい人だ。もし、まともな顔だったら・・・お岩さんの美貌はいかなるものであるか・・・」と、ウワサされるわけだけど、憂生はちょうどこの場面から...嗤う伊江門?をみていた。

  • ―洞の祠― 21 白蛇抄第16話

    「きのえ。さあ、たべようぞ」きのえを促せば婆もさまに膳のしたくをはじめる。いつも通りの生活の規律に戻してゆく事が最善の策に思える。湯気の立つ味噌汁がはこびこまれ、婆の言ったもろこも香ばしいにおいをたてている。「とにかく、まずは、くうことだ」うなづいたきのえが箸をとった。形だけはいつもの三人の生活になった。あとはきのえの心底を日常にもどしてゆくだけである。膳をきれいにたべおえたきのえがぼんやりと茶をすする。「すこし、よこになってきたらいい」勝源の提言に素直に頷いたきのえがふせこむと、どんなにか精神がくたびれはてていたのだろうか、夕刻をすぎても泥のように眠る。娘の疲労がこの安息でいくらかぬぐわれてゆくとおもえた。夕刻をすぎてもきのえは起きてこない。「まあ。よいわ」よほど、心底、くたびれていたのだろう。きのえの...―洞の祠―21白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 20 白蛇抄第16話

    「かえってきた」外の気配は異様にひややかで、あの夢枕にたった白蛇神のものとわかる。家の外に飛び出した勝源はきのえを地に立たせる白蛇神の姿をみた。「き、のえ」白蛇神の陵辱に晒された娘の胸中を慮る勝源はきのえの顔を伺い見るしかない。「確かに渡したぞ」勝源にいいながら、白峰はきのえをみやる。「いいな?」なんの念をおされたか、きのえは白峰にうなづいてみせた。そのきのえの横顔から白峰への感情をよみとろうとする勝源にきのえはゆっくりとふりむいた。「かえりました」振り向いたきのえの顔は我が家に辿り着いた子供の顔でない。父親を慕う娘の顔でもない。どんなにかつらかろうと案じた哀しい顔でもない。「心配をかけました」むしろ、勝源を労わる言葉まで吐くと、きのえは白峰をふりかえった。「帰りや」云われた白峰はうむとうなづくときのえを...―洞の祠―20白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 19 白蛇抄第16話

    黒龍が降りた先に白峰がたちつくしていた。「黒か」黒龍を見咎めた白峰は皮肉な言葉で牽制をあたえる。「祝いにきてくれたか」白峰はきのえを我が物に勝ち取った余裕をただよわせる。「ちがう」否定はしたものの、黒龍に焦燥が浮かぶ。あっさり、白峰は喜びをみせている。このさいわいをおまえもよろこんでくれるだろうという。つまり、きのえにとっても、さいわいになったということなのか?白峰に『お前に渡さぬ』とでもいわれれば、きのえの中に黒龍への思慕が残っていると判断できる。ところが黒龍の予想を覆す白峰の喜びに上気した顔をみると、邪恋を仕掛けたのが白峰でなくなり、まるで黒龍のようにさえみえる。かてて、きのえのなかには、とっくに黒龍への思いなぞなくなって、二人は昔から通じ合っていたいたようにさえみえる。―きのえをかえせーと、いえもし...―洞の祠―19白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 18 白蛇抄第16話

    その藤太が山にのぼったという。「ようも・・・」黒龍にしろ、おまえにしろ、憎き神であるが、白蛇神にしろ、きのえがことをようもおもうてくれる。自分の娘がなにゆえ、こまで人だけでなく神にまで思いをかけられるのか、よくはわからない。しずが岳に眼をやれば、勝源の眼の中で黒い溶岩の塊が蠢き、うねるたびに亀裂から真っ赤な熱焔が吹く。怒りと苦しさと悲しさだけがいまの黒龍のすべてでしかない。「きのえ」いっそ、誰の物にもなってはならないのだと。お前が与える物は業と苦しみでしかないのだと。わが手で、帰ってきた娘をくびり殺すしかないのかと考えそうになる。あわてて、めをつむり、耳を塞ぎ、記憶を藪に伏せ、勝源は家に入った。「勝源」婆がにじりよってくる。勝源の顔をみると、小刻みに首をふる。「なんねえよな。なんねえんだよ」婆が念仏のよう...―洞の祠―18白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 17 白蛇抄第16話

    勝源は七日が明ける日までしずが岳を見詰めていた。片時も離れず黒龍はきのえのそばにいようとしている。白峰への怨みつらみや怒りでなく、きのえに一番近い場所に居るしかない哀れな男の恋情にみえる。勝源が軒先でしずが岳を見詰め続けている事に気がついた村人に「何をみていなさる」と、訊ねられるまで勝源の眼にしか黒龍が見えていない事に気がつかなかった。「みえないか?」たずねかえしても、村の男は不思議そうに首をすくめた。きのえが神隠しにあってから、勝源は山ばかり眺めている。噂どおりなのだと村人は腹の中で頷く。「藤太がの・・」その噂を聞いて山の中にはいってみたそうだ。きのえを隠した神がきのえと山に居るに違いないとおもった。だが、山にはいって、暫くもしないうちに、気分がわるくなって、悪心がおきた。このまま、進めば山の中でたおれ...―洞の祠―17白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 16 白蛇抄第16話

    ―うっとおしいー山中の祠の中にきのえを連れ去った白峰は周到な結界をはり、結界の気配さえ消し去った。だが、その結界の周りを黒龍がうろつきだした。(天空界に帰って、おそらく八代神にききただしたにちがいない)白峰の居場所を教える教えないは八代神の勝手でしかない。黒龍との諍いも怨みもとう昔に覚悟の上。そんなことよりも、今このきのえを手中に納めるべき、七日七夜の潤房の時にうるさき蝿のように結界の上を飛び回る黒龍がうっとおしい。(女々しい・・・)きのえの泪もかれはて、今はただ、白峰の恣意に従順になるしかないと諦念したきのえに黒龍の思いを気取らせてはならない。「きのえ」よんでみたとて、返事があるわけがない。黙りこくったきのえに白峰はささやきつづける。「きのえ。白峰は一時の欲でおまえをほっしたのでない。この先、お前にこそ...―洞の祠―16白蛇抄第16話

  • 傷だらけの男達

    男の自慢話。この言葉から二つの映画を思い出す。一つは。リーサル・ウェポン犯人との格闘などによる傷跡を自慢する。だが、負けじと自慢を繰り広げる相手が女性であるので、男の自慢話と言い切れない。むしろ、この後の二人の会話のほうが純然たる男の自慢話といえるだろう。「さて・・・七回の裏に・・いくか」ってのだが・・・・。お二人がどういう格闘をなさってるかは想像に任せるが。念のために言っておくが野球ではない。だいいいち、野球では人数がたりない。で、もう一つの映画というと・・・。最近、見たばかりなので、記憶が深い。ジョーズである。うつぼに噛み付かれた。さめに食いつかれたと。キズをみせあい、勇猛果敢ぶりをアピールしまくっていたのであるが、胸をさらけ出した男「コノ・・・傷が一番大きい」が、胸には金色の胸毛が生えているばかりで...傷だらけの男達

  • ―洞の祠― 15 白蛇抄第16話

    勝源の夜は悲しい。藤太にどう告げればいい。考えては、軒を出るがやはり、藤太のところに行くに行けない。ぼんやり、外を眺めてみては、考え直そうと家にはいり、やはり、どうにもならぬと外に出て藤太の所へ行くしかないと軒下で立ちすくんでしまう。其の勝源が眼にしたものは正に異様な光景としか言いようがない。黒い闇の中にもっと黒い塊が蠢いている。「?・・!」其の場所はしずが岳にまちがいがない。勝源が見たものはしずが岳の尾根に浮かぶ大きな黒い塊だった。漆黒の夜の闇の中。さらに黒い塊が闇の中を蠢く。黒い塊の中から炭火のような赤い光が発せられると黒い塊の姿をなぞらえてゆく。「黒龍?」そうだ。黒龍がしずが岳の尾根の上をうねっている。きのえがあそこにいる。黒龍は白蛇神の元に辿りつき気炎を上げている。「とりもどすつもりでいるというか...―洞の祠―15白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 14 白蛇抄第16話

    「ひとつだけ、ききたい。きのえの先を読んだ時、何故あの娘がわしの女雛になるとでた?」「なに?」女雛。つまり妻という。黙り込んだ八代神はうでをくんだ。黒龍が嘘を言うはずがない。だが、それならば、なおさら・・「それを知って何故素直に・・」きのえとの運命を享受しようとしなかった?「人だぞ。人の子だ。許しては成らない結びつきではないか?」「おまえ・・・」馬鹿だといおうと思った。天は地に住むものを天空に住む者の姿に似せてつくった。天と地。この隔たりの中、そこに住まうものは生きていく時間も寿命もちがう。だが、この地に住む者の場所に天空に住むべき者を介在させている天である。この逆はありえない。天に住むものの中に人をいれることはない。すなわち、神が人の世に触れざるをえないのは、地界を作った天のおもわくがある。「天は己が愛...―洞の祠―14白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 13 白蛇抄第16話

    「なんということを・・・」洞の祠に現われた勝源の言葉で黒龍はきのえに何がおきたかを理解した。と、同時に黒龍の心に湧いた物をそのまま言葉にするとこうなる。「藤太にやるなら、諦めもしよう。このまま白峰なぞに渡すため己が心をふさぎこんだのではないわ」確かにきのえを求むる心がある。それは事実である。だが、それもきのえを人としていかせしめたいと思ったゆえふさぎこんでいた。それを良い事に・・・。「白峰、よくも・・・」どれだけの思いできのえを人として生かせようとしたか。知っておるはずの御前がした事は、畜生よりも堕ちる。「許さぬ」だが、それよりも、「きのえ・・」こんな事になるならばいっそ御前の気持ちを受止めておけばよかった。幾度と。何度と。御前と一つになれる機会はあった。御前の望みをつぶしたのは。「白ではない。このわしじ...―洞の祠―13白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 12 白蛇抄第16話

    それだけでない。まだ・・・ある。『藤太・・わしが、お前に託したかった娘はもう・・』どう、つげればいいのだろうか。村長同士の寄り合いで教えられた男は、きのえの婿に相応しいと推し進められたとおり勝源の目にかなった。きのえよりむしろ、勝源が気に入ったといっていい。男親がたいそうきにいるような男だから、まちがいがないとおもっていた。だから、いくら、きのえがなんといっても、添うてみれば変わると信じていた。三年も前。藤太はまだ、十九だった。「まだ、十三のねんねだが、三年もすれば嫁にだせよう。おまえ、貰ってくれぬか」と、訊ねた親ばかぶりをわらいもせず、藤太は「親父さんとこの、娘なら間違いない。良い娘だろう」と、はにかんだ。その約束を果たそうという矢先だった。朝になってもやはり、きのえが返ってこぬ。勝源はやはり、夢のお告...―洞の祠―12白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 11 白蛇抄第16話

    布団の上に端坐したまま、勝源の一夜が明けた。夜が白む頃まで、身体を布団に包ませたまま、きのえの事を考えていた。きのえは藤太の所に行ったに違いないという作三右門の言葉を信じようと努めるのだが、どうしても、腑に落ちない。言いたい事をはっきり言わずに置かぬ性分のきのえである。親の目を盗んで藤太と深い仲になっていたとしても、すでに許された仲であれば、むしろ堂々と「いやでもこうでも、藤太の所に行くしかない自分になった」くらいはつげてきそうである。だが、作三右門の言う事も一理ある。女と云う別の生物になったきのえが、男に組み敷かれる自分をみせるのは、藤太だけになるわけである。『組み敷かれた女』という今までなかった部分を知った事を他のものにけどられたくないと思うか、むしろ、結ばれた喜びとしてけどらせるくらいのきのえになる...―洞の祠―11白蛇抄第16話

  • ―洞の祠― 10 白蛇抄第16話

    「いやじゃ・・・」なんど懇願しても白峰に穿たれた物から、離れえない。「きのえ・・・無駄じゃ。蛇の物は果てるまで離れぬ」いつまで続くか判らぬ蹂躙がきのえを苛み、悲痛な泣き声が喉を虚しく通り過ぎてゆく。「父さ・・まが案じて・・おる。帰して・・・くれや」「心配すな。勝源には、知らせをやる」きのえの一計はあっさりと握り潰される。白峰という神格の面倒さがここにもある。わざにでむかなくとも、勝減の夢枕に立つか、朧の姿を降臨させ神託をつげるか。どちらにせよ、きのえを抱いた手を緩めずにすむ事だけは間違いない。『どうしても、七日をとめおくしかないのか』ほんの一時の辛抱と高を括った交わりも恐ろしく長い。是が七日の間に何度くりかえされることか。白峰の実に嬲られつくされる七日により、きのえの中の黒龍への思慕は完負なきほどに叩き潰...―洞の祠―10白蛇抄第16話

  • 映画談義「ま、いっぺん、いってみたかった。」 から・・

    ずいぶん、前に書いたものですが、今回の地震のことでも、恩恵を受け取った事すら知らないと、似たパターンのものを感じます。別件で、カテゴリをつくって、ぶつぶつ、書いていますが、PDSTに配慮しない報道陣のあり方や、見た目だけの問題にとらわれ、「ひとつにまとまる」ということを棚上げしてしまう自己主張など、どこかで、たとえば靖国神社参拝への反対意見などに教唆される洗脳状況ににています。パールハーバーにしろ、アメリカの海上封鎖により、日本をおいつめ、先に手をださせるしかない状況を計画的に作っていたことなどを知る人もすくなく、日本が悪いんだ。とか、パールハーバーを忘れないなどというアメリカ人の言い分をまにうけたりしてる。歴史の中で繰り返される政治的乖離現象ではあるのですが、ゴジラの映画をみながら、アメリカが計画的に日...映画談義「ま、いっぺん、いってみたかった。」から・・

  • 空に架かる橋へのコメントから・・

    最近になって、マッカーサーと天皇だっけ?なんらかの本がだされて、その中でマッカーサーは日本を占領国にせよ(天皇も処刑せよとか・・)と本国から指令をうけていた。と、いう話があったと思う。だが、実際問題、現場仕事は現場のものじゃないとわからないというのと同じで、天皇を処刑に課した日には、どういうことになるか、一番わかっていたのが、マッカーサーであったと思う。かといって、そのまま、天皇を日本の国主にしてしまったら、天皇の元、日本はひとつにまとまってしまう。これはいかぬと、妙な位置にすえたわけだけど、一方で、国民の忠義心を分散させる方法を投入していく。日本の鎖国政策、および、キリシタン排除の考え方を思ってもわかるが、いわば、二君をまみえず、と、いうのが、ある。天皇が現人神として国民の感情の中にあることを一番、けむ...空に架かる橋へのコメントから・・

  • キリストがエジプトに滞在していたと?

    おもしろい記事を見つけた。イエス・キリストの教えは仏陀の教義に類似しているという。キリストが、仏陀の教えを吸収したという考えはなんと、ショーペンハウェルが最初に唱えたという。それは、なんの確証もないのだが、教えを比較して、哲学者であるショーペンハウェルだからこそ、見えてきたものであろう。ところが、キリストがエジプトに逃れたとされる12歳からの18年間にエジプトに仏教徒が居た。あるいは、教えが残っていたか根付いていた。可能性があるという。ギリシャ僧がアレクサンドリアからスリランカへ30000人!も行ったと記された書物があるそうだ。それが、紀元前2世紀のことで、キリストがエジプトに行ったころでも、それほど大規模な人数をスリランカへ送り出すことができた、仏教教団が消滅するとは思えないし何らかの形でアレクサンドリ...キリストがエジプトに滞在していたと?

  • アマロは、如月童子に拾われる・・その2

    アマロは、如月童子に拾われるでも、かいたのですが・・・如月童子に救われて?そのまま鬼と暮らせるだけの、通り越しが無いといけない。性格ももともと、強い物をもっていてその通り越しが拍車をかけるとともに諦念ももたらす。複雑な設定(通り越し)を考えなきゃいけない。ただただ、アマロを如月童子に拾わせそのまま、暮らしていけるだけの、アマロの通り越しに膨大な量(文字)を費やした。2,3行で済むようなエピソードの中身を掘り下げたのはいいけど・・・まだまだ、追従が足りず読み手(自分を含む)側を説得できていない。その当時の一発書きのままなのですが、表現しきれないところは(筆力不足)とにかく、書き上げる。を、優先。自分でもアマロを如月童子に拾わせそのまま、暮らしていけるだけの、アマロの通り越しに膨大な量(文字)を費やした。エピ...アマロは、如月童子に拾われる・・その2

  • ―アマロ― 1 白蛇抄第15話

    伊吹山には鬼が居る。人はそれを高麗童子と呼んでいる。高麗とは外つ国の事である。うすく青い瞳を持ち、ちじれた髪は僅かに異種の血である茶色を呈していた。其の容貌を垣間見た人は高麗童子と彼を呼んだ。これが、大台ケ原から居を移した光来童子であるとは、知る人はいなかった。「かなえ」心に刻んだ思いのままを口に乗せると童子は空をあおいだ。瞳は空の色を移したかと思うほどに青い。双眸に浮かぶ一抹を孤独と呼ぶ。葵い瞳が溶けおち、涙の雫も青いのではないかと思えさえする。だが、童子は空に向かい手を差し延べた。舞い落ちてくる伊勢の姫君の幻影をしっかりとつかみとるために。「かなえ・・・」何度、かなえを連れ去ろうと思った事であろう。其のたび(かなえを人として、いかせしめたい)この楔が足をからめた。父。如月童子は人と通じて自分をもうけた...―アマロ―1白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 2 白蛇抄第15話

    アマロは英吉利のケジントンにくらしていた。伯爵の爵位の通り、絢爛な生活は裕福としかいえない。このアマロが、ケジントンからリバプール行きの船にのったのは、年老いた母の病の報をしったゆえである。アマロは三日の船旅の後、母にあえるはずであった。家に残した七つの娘と五つの息子の事がきになったが、長の別れではない。この後には長の別れになるだろう母に、せめて一目合いたいと、アマロは単身、故郷に赴く法を船旅にした。ゆれる船内で母への不安が一層大きく揺らされる。アマロは船室にこもったまま、母の延命をいのりつづけていた。だが、運命と云うものは皮肉なものでしかない。この船はアマロの祈りも虚しく、盗賊船に遭遇する事になる。母の延命を祈るどころではない、己の命の灯さえかき消される事態がおきた。身に着けている貴重な品物を奪い取られ...―アマロ―2白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 3 白蛇抄第15話

    「さて・・・」男がアマロを見る。目はもう一度上から下までアロマを舐める。「お前の心がけ次第だが。他にやるにはおしい・・」アマロの美貌をして、アマロを独占したくなると男はもらした。だれかれお構いなく伽の相手を勤めるよりは、この男だけの女で居た方が良いだろうと、男はアマロをなだめてみたのか、おどしてみたのか。「どっちにしろ・・」答えかけてアマロはやめた。陵辱にかわりはしない。こういえば、男の癇がたつ。癪に触ったばかりに男はいうとおり、アマロを群れの中になげこむ。せめても、たしかにこの頭領格の男の独占下に入った方がアマロの身も安泰である。アマロが言いかけた言葉を飲み込んだ事で、男はアマロを支配下に置いたと覚った。「いい心がけだ」アマロの選択を了承すると「俺の名はロァだ。ついてこい」男の名前をしらされた。ロァに命...―アマロ―3白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 4 白蛇抄第15話

    ロァの横をすり抜けた女に惜別の翳り一つも見せぬまま、ロァは新しい女を部屋の中に迎え入れるに大げさすぎる礼を見せた。ドアのノブを押さえ大きく開くと、胸元に左手をあて、右手の平で部屋の中へどうぞとアマロをいざなう。「公爵夫人。どうぞ、中に」もちろん、今あったばかりのロァがアマロの身分をしるわけはない。多少なり着衣の品が良く、その好みもアマロの気品につりあうものであった。アマロの外見上をいうか、あるいは、ロァのアマロへの気に入りようを公爵夫人とたとえてみたか。ロァの部屋に一歩入れば後ろ手でドアを閉めるロァはアマロを食い入るようにみつめていたが、「俺の女になっておいてそんはない」なおも、アマロに向けて、服従すべきを説く。「まず・・」ロァは部屋の奥にあるもう一つのドアを指指した。「バスタブがある」船の中で何よりも得...―アマロ―4白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 5 白蛇抄第15話

    「ロァ」居高々に呼び捨てにしてみせると、一気にいいつのってみせた。「私は、公爵夫人ではありませんことよ。伯爵夫人でしたの。もっとも、海賊風情の愛人に身をおとすのですから、どちらでも、よいことですけれど」棘のある言葉をぶつけられたロァは、怒るかと思った。だが、「おまえは、俺を充分にそそる女だ」男にこびることない、女の自尊心の高さをしてロァはいう。「俺は鼻っ柱の強い女を、こいつでくみしく男だ。それを今からめにみせてやる」ロァは着ていた服をぬぎだした。下着の中でこんもりと存在を主張している物で、アマロを組み敷くと豪語すると「伯爵夫人に失礼になってはいけまい?」素裸になった男は浴室のドアをあけた。「俺のローブをかえすきはないか?」アマロは黙って首をふった。「ベッドの中でまっているか?それとも、ドアを開けてそのまま...―アマロ―5白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 6 白蛇抄第15話

    「おや?おきたかね?」ドアを開けて入ってきたロァはアマロにわらいかける。女を牛耳った男の余裕がただようと、アマロはさっき伯爵夫人の名にあらぬ自分の変貌ぶりをおもいかえさせられていた。思い返しても身の毛がよだつはずであるのに、アマロの膚は赤らみ上気のさまをあらわしはじめている。「ふん?」女の中におきた変革が何を物語るか、嫌と云うほど、女を女に替えてきたロァには、語るに落ちたアマロの主張である。「お前の荷物を・・・」ロァがアマロの前に差し出した鞄は確かにアマロのものである。「あっているか?」アマロは不思議な目をしていたに違いない。(貴方が、わざわざ?)略奪したもろもろを一塊にした中からアマロのものと思われる鞄を探し、ひとつ、ひとつ、中身をたしかめてみたことだろう。ロァの意外な心配りに驚きながら頷いたアマロは、...―アマロ―6白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 7 白蛇抄第15話

    品物のように売買される惨めさと、このまま下にいて、何人も男の欲望を拭う惨めさとどっちがましだろうか?どのみち、先の運命はかわりはしない。どのみち、これ以上惨めになんかなりゃしない。「でも、ジニーはどうだろう?」人の命を犠牲にして生きてゆく海賊なんかに抱かれてるより、見知らぬ異国であっても、精一杯、稼いだ金で買われるなら、この方が自分を腐敗させはしない。いずれアマロもジニーと同じ運命ではある。ならば、いっそ、アマロもシュタルトに売渡される方をえらぶべきであろう。だが、こう考えたに関らずアマロはジニーが此処に残る事を選択するかも知れないと思った。アマロはジニーがここに残ると選択するかもしれない一つのわけにきがついた。それに気がつくと言う事はアマロもまたジニーと同じように、ロァを愛し始めているということである。...―アマロ―7白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 8 白蛇抄第15話

    アマロが部屋に戻るとロァがまっていた。「いい風だったろう?」甲板をほっつき歩いたロァの仔猫をなであげるとロァは葉巻にひをつけた。アマロはロァにひきよせられると、目を閉じた。「ふううん」ロァの次の動作でアマロを求めだすと判っているアマロであることを確認させるに充分なアマロであるが、「おまえは・・」ロァの心に嫉妬を湧かせるにも充分なアマロでもあった。「この葉巻の匂いに何をかさねあわせている?」アマロがロァの葉巻の香でロァと夫ケジントンとを錯覚させる事に努めていた事にロァはきがついていた。「いつまで、自分をごまかすきでいる?」どんなにアマロを抱いている男がケジントンだと思い込もうとしてみた所で、事実はちがう。「え?お前は・・・」お構いなしにロァの砲弾はアマロをうちぬく。ロァの容赦ない責めにアマロははからずも嗚咽...―アマロ―8白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 36 白蛇抄第15話

    「リカルド・・が怖いか?」自分の一言がリカルドを制していると信じきっている男は臆病な子猫を笑う。すでに、リカルドに漁られている事実を気取られないように、用心深くアマロは答える。「そうじゃないの・・。日差しがきつくて・・」伯爵夫人だったころには光沢のある白い厚地の布に家紋の刺繍を施した日傘を使っていた。ここでは、そんなものもないし、船の甲板を日傘をさして、歩くは滑稽だと付け足した。「ふん・・どうせ、俺はしがない海賊さ」最初のころは、上品な女だったアマロの変貌ぶりが、うらはらの美学をかもし出していたが、ここしばらくから、だんだんと、ロァの生まれ育ちに染まっていくアマロに見えていた。『結局、俺が下衆な女にしたてあげちまうわけか・・』だが、女の変貌ぶりが、鼻につくにも、わけがある。もう少ししたら、ロァは島にあがる...―アマロ―36白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 37 白蛇抄第15話

    ロァがわざわざ、隠し立ている事実を横からすっぱ抜けるのは、島に上がる男たちしかいない。仮にジニーから、聞いたとアマロがいいぬけたとしても、そのジニーにマリーンの名前まで知らせることができるのも、やはり、男たちの誰かでしかない。いずれにせよ、ロァの女にいらぬ告げ口をするような男は、ろくな考えを持っていないことは確かだ。ろくな考え。わざわざ、ロァの女に女房の存在を教えなければ成らない裏側の心理。ふたつにひとつ。その女のロァへの執心をたちきって、自分へ関心を向けさせたい。ロァへのやっかみ。気に入った女を独占し、親方としての地位に君臨するロァへのねたみ。それが、ふたつにひとつでなく、ふたつにふたつならば、間違いなくちんけな行為でしかない告げ口も平気でこなす。それほどに、僻みとやっかみがある男。いいかえれば、それな...―アマロ―37白蛇抄第15話

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