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きみの靴の中の砂 (サヨナラ —— 旧goo blog版) https://blog.goo.ne.jp/disinfectant1953

このサイトは "Creative Writing" の個人的なワークショップです。テキストは過去に遡り、随時補筆・改訂を行うため、いずれも『未定稿』です。

みなさんに感謝: アラン・ロブ=グリエ アルベール・カミュ 伊藤整 岩科小一郎 エリック・ホッファー 尾崎喜八 金子光晴 クロード・シモン ジャック・ケルアック 田村隆一 辻邦生 辻村伊助 永井荷風 久生十蘭 フィリップ・ソレルス 船知慧 ブルース・チャトウィン ポール・ヴァレリー ミシェル・ビュトール 森鷗外 森茉莉 吉田健一 ル・クレジオ ロラン・バルト

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2022/04/07

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  • 眠くなる場所

      由比ヶ浜の西の端——堤防と消波ブロックの陰——うっとり眠くなる場所。(op.20240930/Studio31,TOKYO) 【SusanCowsill-Don'tWorryBaby】 眠くなる場所

  • ついに...

     北東の風のいち日。ついに夏の終わりか...。【CatStevens-MorningHasBroken】ついに...

  • 東京湾まで46.8km

      多摩川土手にて。東京湾まで46.8km。(op.20240930/Studio31,TOKYO) 【ThePeppermintRainbow-WillYouBeStayingAfterSunday】 東京湾まで46.8km

  • 出番無し

      十月第一週もまだ続く夏日予報。今年は間服の出番は無しか。こんな気候が来年も続くとしたら、グズグズ言ってないで体を慣らした方がいいかも。さっきネットで見たら、いまだベトナム辺りと同じ陽気。高温多雨な気候では、農家の作る作物の品種にも関わってくる。洋服屋さんは既に秋物の仕入が済んでるから、売れないと冬物の仕入が出来ず、今年は大損害だとか。 【JackElliot-Connection】 出番無し

  • ありがちな評価

      クラシックのファンでなくても欧州の音楽家フランツ・リストの名前くらいは聞いたことがあろう。調べてみると『ピアニスト、作曲家』と紹介されている。本業ピアニスト、副業作曲家と思うと、それにしては侮れない作曲数がある。だったら『作曲家、ピアニスト』という順番の表記があっても良さそうなものだが、それは見たことがない。理由は、余りにも駄作が多いことのようだ。『あなたは、ピアノだけ弾いてる方がいいんじゃないですか』とも聞こえるが、世の中にはありがちな評価の一例だ。 <ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv1113...ありがちな評価

  • 痩せ我慢をする日もあるけれど...

      十月が来れば、学校も秋の服装。でも、この海辺の町に住むマリンスポーツをする人達は、例年少なくとも十月いっぱいは半袖で過ごす。多少痩せ我慢をする日もあるけれど...。  <ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>痩せ我慢をする日もあるけれど...

  • 烏瓜(からすうり)の蔓

     毎年秋が近付くと、家の西側で、他の雑草の繁茂を抑え、烏瓜(からすうり)の蔓が勢い付く。根は薩摩芋に似た塊根で活力があり、初夏に蒔いた除草剤に負ける素振りも無い。晩夏の早風呂の折、窓に絡みついた蔓が西日に照らされる中、微風に揺れている葉陰を眺めるのには独特の趣を覚える。この蔓がもし葡萄だったらと考えると急に喉が鳴って、風呂あがりに、これでもかと冷やしたロゼワインをクーッと喉に流し込みたいと思う、そんなこの頃である。【BrianWilson-Wouldn'titBeNice】  烏瓜(からすうり)の蔓

  • 好きなように生きればいいんじゃないの?

    いつだったか、イチ子さんと『人生をどう生きるか』を話題にしたことがあった——言わば人生の時間の有効活用についての話だ。*お金は、運もしくは貯蓄の努力により変動的だが時間はそうじゃない——お金も時間も、あり余る程あると使い方が雑になる——『時間』は一様に若い世代で、また一方『お金』は一部の高齢者の間で超バブルだ。人生の残り時間のカウントダウンが耳に聞こえてくるのは、おのおのの置かれた状況にもよるが、定年延長も終了し、いわゆるリタイア状態になった頃がそのピークだろう。人生に残された時間を如何に使うか。これについての考察は、イチ子さんによれば、二千年前のローマの哲学者セネカが論文にしているので、岩波文庫で読めば、自分の考える時間の大部分を端折れるので便利だそうだ。お金が少なくなってきたら無駄遣いを止め、人生の時...好きなように生きればいいんじゃないの?

  • 予感

     今日は、これまでとは違ういち日になる予感がする。 予感

  • 英語で俳句

     辱中、ケルアックの『BOOKOFHAIKUS(俳句の本)』を読む。英文で数行に分かち書きされ、『ハードな省略』を多用し、読後感が日本の俳句のそれと同じになる辺りを狙ったエクリチュールの工夫が面白い。読者は省略された部分を考え、補いながら雰囲気をあぶり出していくのだが、それが殊の外難しく、簡単な単語しか使われていないにも関わらず、日本の学校教育で授かる英語力では翻訳は困難かもしれない。【TheBeatlesExperience-Itwon'tbelong】 英語で俳句

  • 8,000kmの向こうからやってきたワイン

      旅行雑誌に頼まれて、東ヨーロッパへ取材に行っていた水口イチ子が、ジョージア産の赤ワインを持ち帰って来た。エチケット(ラベル)は、ほとんどグルジア文字で書かれているので読むのに往生したが、ジョージアを含む地域は何と新石器時代、つまりおよそ八千年前からワインを作っていたことが判明しているという。言わば世界中にあるワインの総本山だ。次の週末に飲もうとイチ子は言うが、果たしてそこまで待っていられるか...。  8,000kmの向こうからやってきたワイン

  • 華氏186.8度

      摂氏三十度(華氏186.8度)以上の真夏日に体が慣れたせいか、二十五度の夏日が涼しく思える。(op.20240927/Studio31,TOKYO) <ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>華氏186.8度

  • 思い出を旅する

    霧ヶ峰に登り着く途中に古くからの呼び名で『池のくるみ』という不思議な名前の湿原(踊場湿原)がある。東の端に『アシクラの池(葦が生え、岩の近くにある池のことか)』があって、そのまわりを湿原が『くるむ』ように囲んでいることからの呼称と言われている。戦前の諏訪の町の人達にとっては格好の行楽地で、季候の良い季節は大層賑わったようだ。ところが、戦後の観光開発から取りこぼされるとバス観光のルートからも外れ、その後は酔狂な登山者・写真家の類を除けば訪れる人も少なく、のどかな風景に埋没したい向きには今時めずらしい穴場となった。一帯のニッコウキスゲのハイシーズンは八月の初め頃。涸れ沢を上り、ビーナスラインに飛び出すと、見上げる空に夏雲を背景にグライダーがポッカリ浮かんでいたりする。思い出を旅する

  • 実りの秋は、ぼく達の愛情にも恵みがあるようだ

    「きっと、このまま秋になってしまうのね」とイチ子さんが言ったのは、散歩の道すがら、球技場と植物園を隔てる小道から航空宇宙研究所裏のバス通りへと足を向けたときのことであった。幾分堅さを増した陽射しの中で九月最後の風が肩先をかすめる——冷ややかな感触が首筋に残った。「今夜は、なにか温かいものを食べたいわね。衣かつぎが出始めたから茹でて、まずそれを前菜に、温くお燗したお酒など如何でしょう」「灘の生一本『黒松白鷹』と土岐の『三千盛』がまだ手付かずであったはずだ。さあて、どっちにするかな...」とぼく。「生鮭も出始めたから石狩鍋もいいわね。それに庭の無花果も、そろそろデザートに食べ頃だし。鳥に突っつかれないよう、あたしは、ちゃんと紙袋を被せといたんだ」どうやら、実りの秋は、ぼく達の愛情にも恵みがあるようだ。<ahr...実りの秋は、ぼく達の愛情にも恵みがあるようだ

  • シナモンスティック

      新しい朝が来る度、キャスルトンやチャモンの茶葉が薫る。 サンルームのテーブルにイチ子が片付け忘れたシナモンスティックが一本。  【LaniHall-Where'sYourAngel?】  シナモンスティック

  • 5時間も決めかねているのだった

    午前4時の40号線——カーラジオも点けず、今は車のエンジン音しか聞こえない。2時間ほど前に遠くを走るサンタフェ鉄道の灯りが見えた。オクラホマシティから延びてきた路線だろう。夜明けまであと3時間。さっき、すっかり寝静まったアマリロの郊外を通過した。このスピードなら、昇った朝日がバックミラーに反射する頃には、ニューメキシコ州最大の都市アルバカーキに着く。さて、それから北上して25号線を州都サンタフェへ行くか、このまま西へ行くか、実はもう5時間も決めかねているのだった。  【WynonnaJudd-TellMeWhy】  5時間も決めかねているのだった

  • メキシコ湾流

      海流は風によって生じるから、海流に乗れば、必然、追風にも吹かれるわけで、言わば無限の一方通行動力となる。文字のなかった太古の旅する海洋民族は、どうやってこの動力の知識を得たり、伝えたりしたんだろう。インカのミイラから縄文人と同じDNAが出たという報告があるが、縄文人が黒潮(日本海流/北太平洋海流)に乗って太平洋を周回、サンフランシスコ辺りで北米大陸に上陸、徒歩インカという行程には矛盾はない。途中、歩き疲れて留まり、インディアンになった人達もいただろう。*さて、目の前を流れるのはメキシコ湾流。島々が海流の中に点在する。前述のように海流をたどれば、果たして日本に帰れるのか。  【BrianWilson-SloopJohnB】 メキシコ湾流

  • あたしには向いてないのかも

    卒業アルバム制作委員のイチ子さんが、自分の写真を写しそびれているから撮って欲しいと、ぼくに重いデジタル一眼を押し付けてきた放課後、ふたりで校舎の屋上に出た。何枚か写した後、イチ子さんが、「ちょっとだけピントを甘くしてソフトフォーカスで撮ってみて」と言う。そのうちの一枚がこれ。いい笑顔だったので、ちゃんとピントを合わせてもう一枚欲しかったけれど、彼女が撮られるのを意識したせいで、同じ笑顔は次の場面では叶わなかった。「写されるのって、やっぱり、あたしには向いてないのかも」と言って、彼女はクスクス笑うのだったが...。【JeffChristie-YellowRiver】<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="...あたしには向いてないのかも

  • 象を食べる

      大人数でBBQをした後、なぜかみんな一斉に帰ってしまい、後片付けを自分ひとりですることになったらどうするか——食器はすべてハードウェアで使い捨てのモノは何もないとします。まず、庭の端に立ち、二十メートル四方に散らかった狼藉の跡を見る。後片付けの未経験者は途方に暮れます。食器を全部洗って、拭いて、キャビネットに元どおりに収納し終わるまでには、誰がやってもそれ相当の時間はかかります。しかし、その手の作業に慣れている人は呆然とすることは滅多にありません。なぜでしょうか...。それは、簡単なコツを知っているからです。ポイントはたったひとつ——現場をあまり広くを見渡さず、手近なものから鼻歌でも歌いながらコツコツと地道に片付けていく——たったこれだけのノウ・ハウです。俯瞰で広く見渡していればいいのは、自分では手を...象を食べる

  • OH!!! 地中海ドリーム!

      OH!!!地中海ドリーム!

  • 頭に注射

      マグロは、寝るときでさえ休まず泳ぎ続ける(睡眠中は、尾ビレをゆっくり動かし、エコ・モードに入るらしいが...)。オイラも起きてる間は何かしら考え続け、書いたり・撮ったり・描いたりしているが、睡眠中は脳が空想状態に入り、勝手にプロットを考えているようだ(これを潜在意識というらしい)。かつて、ニューヨーカーマガジン1939年3月18日号に掲載された"TheSecretLifeofWalterMitty"の前例もあることから、この症状を持つ人は、いないわけでは無さそうだ。しかし、これが重症化すると、病院へ行って頭に注射をしてもらわないとならなくなる。 【TheSmith-HereComesMyBaby】 頭に注射

  • 噂の人

    夏の写真や絵を季節を通して作り続けていると、次の季節との変わり目を感じたとき、寂しくなる——ちょうど、楽しかったパーティが終わって、急にひとりになったときの気持ちに似ている。【Everybody'sTalking-Everybody'sTalking】噂の人

  • 伊太利亜大使館の夏別荘あたり

    夏の湖畔の賑わいは遙かに遠退き、まるで別世界のよう。湖水はすでに秋の終わりを思わせるほど冷たい。向こう岸、伊太利亜大使館の夏別荘あたりは、今日は霞んではっきり見えない。【MakiNomiya-LoveSoFine】伊太利亜大使館の夏別荘あたり

  • 夏の終わりの風がイチ子のシャツには少し肌寒いのか

    何年か前の晩夏。陽が落ちはじめた旧イタリア大使館の桟橋の上。「冬の中禅寺湖に来たことある?」と水口イチ子。「子供ながらに凍結した華厳の滝を見上げた覚えはあるけど、冬に湖畔まで来た記憶はないなぁ」とぼく。「また冬に来ましょうよ。スケートもできるんでしょ?」「室内スケート場はあるけど、戦前とは違うから、最早湖上では無理。今は厚い氷が張らないみたいだよ」中禅寺湖が日本のハイランドにある湖としては、標高が一番高いというのを知っていてそんなことを聞いたのだろう。「紅葉の時期になると観光地になっちゃうから、レイク・サイドでのんびり過ごそうっていうなら今頃から紅葉前までの誰もいない頃がぼくは好きだな」そう言うのを聞こえてはいるのだろう、正面を向いたまま首を縦に何回か振ってはいたけれど、湖面から吹いてくる夏の終わりの風が...夏の終わりの風がイチ子のシャツには少し肌寒いのか

  • そうか、土曜の夜か

    そうか、土曜の夜か。*きみのお気に入りのバーってある?——例えば『スロッピー・ジョーズ』みたいな...。でなきゃ、チャールズ・トムソンのような遊び仲間がいるとか...。*東京の夏は今年も異常気象で、フロリダみたいな亜熱帯気候(雨も多かったから、マレー半島のような熱帯雨林気候かもしれない)。ついでに、家から出なくても旅に出た気分になれたらよかったんだが...。しかも、回りの景色が1930年代のキー・ウエストに化けたら最高。でも、そもそもフロリダは避寒地だから冬に行くに行く場所、やはり夏はエアコンのある部屋から出ないのかも...。*さて、まず何か飲もう。*(へぇ、きみは、フローズン・ダイキリなんか飲むんだ!?)「ぼくには、ウォッカをオレンジジュースで割ってください(キー・ウエストの『例の店』のカウンターの端に...そうか、土曜の夜か

  • アーバン・ストーリー

    アーバン・ストーリーは都市を背景にした物語に限定されない。それは、都会的で大人の精神性とセンスを兼ね備えた物語の総称。背景は、砂漠だろうがジャングルだろうが構わない。【TheFendertones-DoYouWannaDance】アーバン・ストーリー

  • 遅く起きた週末

    『クロック・ムッシュ(Croque-monsieur)』や『クロック・マダム(Croque-madame)』、イングランドの『ウェールズの兎(WelshRabbit)』など、ヨーロッパ各地に伝わる、いわゆるチーズトーストには、それぞれに伝統的で奇妙な名前を持つものが少なくない。日本の『猫まんま』も同じ仲間だろうか。と言うわけで、遅く起きた週末。前夜、飲み過ぎていない限り、ぼくがブランチを作る。いつものように、「今朝は、なに食べますか?」と未だ睡眠中のイチ子さんに問うと、「今朝は食べたくない」と答えるか、あるいは、「クロック・マダム」と答えるのが常だった。それは、目玉焼きを作る手間が多い分、ぼくには多少面倒なのだが、彼女にとってそれ以外のメニューは、はっきりと目覚める前の頭には即答しづらいというのが真相のよ...遅く起きた週末

  • 酢豚

    老年代以下の世代では、専業主婦がめずらしい世相となった。故に支度に時間のかかる料理、例えば、「酢豚など家では食べられなくなってしまいました」と嘆くと、「まあ、『クックドゥ』があるにはありますけど...」と教えられた。なるほど、手順どおりに作れば、誰にでも簡単に美味しいものが作れるようで頗る便利に聞こえる。昔、所帯を持つ重要な理由のひとつに『家庭料理が食べられる』なんてことを挙げていた時代も確かにあったにはあったが、今は『クックドゥ』さえあれば婚活も不要で、大変経済的な人生になりそうな気もする、と思った人も少なからずいたかも知れない。だが実は、家庭料理は家族で食べるところが良いのであって、然程、美味しい美味しくないは(余程の特殊な場合を除き)問題にならない。【ForOnceInMyLife-20Musici...酢豚

  • まさか適中するとは...

    梅雨明け頃、高校最後の夏は、何も面白いことなく終わりそうな予感がしていた。だけど、まさか適中するとは...。*先日、近所では遊び好きで知られるシローさんと鎌倉の駅前で出くわした。どこから見ても遊び人そのものの日焼けした顔で、「ボード、新調したぜ...」とムリヤリ自慢話を聞かせられ、それがまた結構羨ましかったりもしたっけ。【RuneLarsenogFriskLuft-I'llNeverFindAnotherYou】まさか適中するとは...

  • まだ終わらない

    まだ終わらない、もうひとつの夏の宿題。【TheBuckinghams-KindofaDrag】まだ終わらない

  • 水口イチ子と焼け石に水の秋

    秋色も次第に濃くなろうという十月最初の週末午後三時、母に頼まれて例大祭の奉納金を納めに自転車で向かった氏社。秋とは言っても、昨今の気候では、いまだに陽射しが肌を焦がす。*社務所で立ち働く氏子の婦人会・老人会のおばさん達の中に、手伝う水口イチ子の姿を見つけた。高校三年生の彼女が、平均年齢をひとり頑張って押し下げているように見えるが、間違いなく焼け石に水。社務所の縁側には達筆なご隠居様が文机の前に陣取る。奉納金を差し出すと、「ご苦労様です」と言って、引き換えに御札と神社の名を染め抜いた手拭いを渡してくれる。気付くと、社務所の奥の水場からエプロン姿のイチ子が、ぼくに裏へ回れと盛んに手で合図をしている。「はい、ご苦労様」彼女は冷たい麦茶のコップをぼくに手渡しながら、「花掛け?」「そう、お袋のお使い...」「これか...水口イチ子と焼け石に水の秋

  • 港に夏の喧騒と太陽が充満していた

    『港に夏の喧騒と太陽が充満していた』——カミュの初期中編"LaMortHeureuse"の一節。この作品は1930年代の終わり頃には成立していたとされているので、著者二十五歳頃の作品。年齢にしては豊富な語彙。小説家として、ほとんど完成目前の文体を呈している。哲学者よりは、やはり小説家に分類しておきたい。【TheWalkerBrothers-MyShipIsComingIn】港に夏の喧騒と太陽が充満していた

  • イチ子さんのある日の三食

    ある日の朝食——時間が無いからピーナッツバターとジャムのサンドウィッチにしたが、それでもやっぱり人と会う約束に遅れそうになった。ある日の遅い昼食——トマトピューレとケチャップでナポリタンを作ろうとしていたところ、ヒビの入った卵があったのを思い出し、寸前でカルボナーラにスイッチ。ところが直に玉子を割り込もうとしたので、ズルッと白身も入ってしまい、予想と違う見た目のカルボナーラになった。生クリームを入れたら多少はごまかせたかも知れないが、あいにく無かった。ある日の夕食——朝から部屋に籠もって、旅行雑誌のテキストを書いていた。二食抜いているので胃酸過多になるのが気になる。なにか食べないと...。鶏ガラスープの素があったのを思い出し、従姉が送ってくれた新米でリゾットを作ってみようかと思った。 【TheHollyr...イチ子さんのある日の三食

  • 海の蜃気楼

    金沢から能登半島の先端まで、随分長い時間をバスに揺られていたのを覚えている。終点から岬を歩いて回ってたどり着いたのは、辺境のランプの宿——だいぶ遅い午後の時間のことだった。夕食時、食堂に集まった客達の話し声より、開け放った窓から聞こえる、目の前の日本海の波が岩に砕ける音の方が騒がしい。*その人は、ぼくと同じく東京から来たという女子大生数人のグループの中にいた。家も学校も吉祥寺だと告げたその人は、夜更けて、部屋のランプの芯をうっかり油壺に落としてしまったと、廊下から扉越しにぼくに助けを求めた。手は灯油臭くなってしまったけれど、そのランプに再び火が灯るまでのわずかな間、ぼくは、その人の横顔が、招き入れた部屋の灯火に揺れるのをそれとなく何度も見ていた。*翌朝、宿泊客達は、大雑把なバスの時刻表を気にする風もなく、...海の蜃気楼

  • 硝子玉

    過ぎて行く夏ごとの想い——色さまざまな硝子玉のよう。遠くから聞こえる、なつかしい呼び声にも似ている。【JackGoldSound-SummerSymphony】硝子玉

  • ハッキリ思い出せる

    部活帰り、銀杏坂の教会の鉄柵にトンボが停まっているのをイチ子さんが見つけて、「見て...」と指差す。「トンボって昔ほど見なくなったよね。小学生の頃は、この辺にも沢山飛んでたのにね」とぼく。トンボから目を離さず、イチ子さんが、「そうそう、あの頃はトンボどころか用水路でヤゴやタガメなんか捕って遊んだよね。覚えてる?」*小学校に上がった年だったか、ぼくの捕った昆虫を見て、「怖い!」と走って逃げて行ったイチ子さんの後ろ姿を、あれから十年以上経った今もぼくはハッキリ思い出せる。【TheKingstonTrio-TomorrowIsALongTime】 ハッキリ思い出せる

  • 遠ざかる華氏98度の夏

     岩礁の東側に広がる砂州の浜に今年最初のオータム・ブリーズ遠ざかる華氏98度の夏【TheBeachBoys-SummerMeansNewLove】遠ざかる華氏98度の夏

  • 終わらない終わり

    「いつも終わりを考えてるの?」と聞かれれば、「まぁ、そんなこともないことはないです」と答えることもある。でも、「終わらない終わりを考えることもあります」と答えたくなるときもある。ちょうど、今のように。【JuiceNewton-Love'sBeenALittleBitHardOnMe】終わらない終わり

  • ビーチ・バーから聞こえてくるラジオ

    この島のラジオ局はひとつだけ。だから、点在するビーチ・バーから聞こえてくる放送はみんな同じ。砂浜を歩いていると、それぞれの店のラジオからの距離が変化するので、放送に妙なエコーがかかったり、風に消されて強弱があったりと結構面白い。DJは、フランス語を話す。【NancyBoyd&theCappello's-Let'sHangOn】ビーチ・バーから聞こえてくるラジオ

  • 誰か発音してくれないか

    十七歳のアルチュール・ランボーが学業を放棄し、三度目の家出をした頃、つまり1871年頃に書いた韻文を、突然、深夜に読みたいと思ったとき、詩集が手の届くところにある幸せ。ああ、韻律の美しい一節を、誰か発音してくれないか。【ClaireTrévien/"Mabohème"byArthurRimbaud+translation】誰か発音してくれないか

  • 秋が突然来るかも...

    「今時、日暮れに三十度もあると、この先、秋が突然来るかも...。しかもそのあと、直ぐに冬の初めなんてことにはならないで欲しいよね」とイチ子さん。「そう言えば、来週早々お月見よ」見上げると上弦の月が既に高い。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>秋が突然来るかも...

  • 人それぞれの夏

    八月も終わりが近づくと、避暑地に点在する平屋造りの家々は、一軒また一軒と、日を追うごとに雨戸が閉じられ、人はみな渡り鳥のように都会に戻っていきます。今となっては、盛夏の頃のあの賑わいも蜃気楼のよう。毎年同じ夏が来ても、人それぞれに異なる夏があったのに気付かされるのは、いつも八月の終わり。夏の間の恋心もどこかへ行ってしまいます。【OPUS-Room335】人それぞれの夏

  • 半袖

    春三月、朝の風に吹かれて、半袖を着るのが少しはばかられた頃が懐かしい。半袖

  • ポケットの底に

    『陽射しの乱反射』『ロープに揺れるTシャツ』『濃い色のサングラス』『砂混じりの風』『ハイビスカス色のサンダル』『森の匂い』『燃え残るキャンプ・ファイアー』『真昼の通り雨』『短い出会い』これら古い記憶に加え、新しい期待と予感で再びポケットをいっぱいにして、わたし達は毎年新しい夏を迎えますが、いつも秋風が吹く頃になって気付くのは、決着をつけられないまま蒼カビが生えた思い出ばかりが、再びまたポケットの底にしゃがみ込んだように取り残されていることです。わたし達は、それらを頭の片隅の鍵の掛かる引き出しに仕舞い込んで、また次の夏を待つことになるのですが...。【EastSideBand-Don'tGiveUpOnUs】ポケットの底に

  • グレゴリー・コーソ語る

    詩人グレゴリー・コーソは、ケルアックについて語る。「彼は詩的な表現を多用する散文家であったが、決して散文詩人ではなかった」と。【ONTHEROAD:OfficialTrailer】グレゴリー・コーソ語る

  • 一方通行の人生を行く旅人

    『帰ることを前提にしているのはTourist。Travellerは帰らないかもしれない旅人』と最初に定義した作家は誰だったか。かつてある旅人もまた「帰るところがないのが旅」と言った。詰まるところ、人はみな本来、進むしかない一方通行の人生を行く旅人なのだろう。【AlbertHammond-ItneverrainsinSouthernCalifornia】<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>一方通行の人生を行く旅人

  • この夏の思い出が揺れている

    この夏、海から戻ったぼく達がウェアを干していた風の通る場所。秋が来ても、木製の古い洗濯ばさみの先には、イチ子さんとぼくのこの夏の思い出が今もまだ揺れている。【AnneMurray-YouWon'tSeeMe】<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>この夏の思い出が揺れている

  • ユベール・ロベールの廃墟画

    夜中に目が覚めて再び眠くなるまでの時間、活字を読むよりは、画集や写真集を見る方が一頁ずつ完結するので都合が良い。ところで、歳をとって蔵書を整理する時、良書ではあるが手元に残すのを躊躇する一群がある。それは重たい本。手に持っていられないものは再読する頻度も落ちるし、場所もとるので、止むを得ず古書肆に持っていってもらうことになる——多くの画集や写真集がそれに当たる。しかし、それでも手放せないものが何冊かある。ユベール・ロベール(1733〜1808)の上野国立西洋美術館(通称セービ)での展覧会時解説本は、そんな残留した中の一冊である。ユベール・ロベールの専門は『廃墟画』、華々しさのない、地味な分野である。日本の打ち捨てられた廃村風景画に趣が近い。または「これのどこが美味しいんですか?」と下戸に問われる酒の肴のよ...ユベール・ロベールの廃墟画

  • 晩夏、その夏の果てへ

    去年の九月最後の週、その夏の余りに中途半端な——季節を楽しむでもなく、何かに打ち込んだわけでもない——生活にうんざりしていたこともあって、夜、急に思い立って、気の変わらぬうちにと車で旅に出た。日付が変わろうという深夜の出発だったから、長野県と新潟県の県境近くの湖畔にたどり着いたのは翌朝のことであった。そこには、旧知の主人一家が営む、夏の間だけ開く小さなリゾートホテルがあった。*フロントというよりは帳場と呼ぶにふさわしい玄関口の事務室に古い旅鞄を預け、四人掛けのテーブルが半ダース程の小さな食堂にぼくが入っていったのは、もうそろそろ朝食の時間も終わろうかという時間であった。食堂の隅の窓辺に女性が一人座っていて、給仕役のホテルの若いお嫁さんによると、今日のお客さまは、その女性とぼくの二人きりだと言う。「先週の日...晩夏、その夏の果てへ

  • カリブ海に浮かぶ、とある小島でのこと

    長い船旅の途中に立ち寄った、カリブ海に浮かぶ、とあるフランス領の小島でのことだ。ここはかつて、十七世紀に英国から移ってきた漁師が暮らしはじめた村。質素な石積みの波除けから何本かの繋留索が海に向かって伸びているだけで、その水深の浅い静かな入り江に桟橋はなかった。*昨日の夕暮れ、鄙びたホテルのバルコンから目の前の箱庭のような船着き場を見おろしていると、曇り空の下、波が一際穏やかな岩場の影にマホガニー色の小さなスクーナーが碇を降ろした。フランス海外県も、とりわけこの寒村では公用語のフランス語とわずかな現地語以外耳にすることは稀なのだが、そのスクーナーからは、慣れた手つきでセイルを畳みつつ談笑する父娘らしいふたりの英語が聞こえてきた。目を凝らすと、船尾にアメリカ・フロリダ州の船籍識別旗が掲げられているのが見えた。カリブ海に浮かぶ、とある小島でのこと

  • 写実にこだわる画伯ではあった

    太陽光が、やや逆光気味に上から来ているのに、お腹の辺りに来ている光量とボード裏の陰とのコントラストに不自然さがある。つまり、左側から助手によるヘタクソなライティングが為されているわけだ。昔のASA64のコダクロームの時代なら兎も角、フィルムの感度が上がって以降は、「それじゃあ、太陽がふたつあるみたいだろー」とか「もっと頭を使って、レフの当て方を工夫しろ」とか間髪を容れずに怒られたものだ。モタモタしているとモデルさんが日焼けするので、それはそれでまた怒られた。絵にするときに巧く補正して描けばいいだけのことなのだが、変なところの写実にこだわる画伯ではあった。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https...写実にこだわる画伯ではあった

  • 後ろ指を指されて

    陶工濱田庄司がテレビに出ていた頃のことだ——どれだけ古い話なんだ。その教養番組で、自らの作陶工程をレクチャーしていて、配合する土の種類やデザインのコツまでも明かしていた。興味を持ってチャンネルを合わせていたファンは、『これで、ぼくもアタシも今日から濱田庄司』と思ったに違いない。しかし、たったひとつ『土の配合率』は明かさなかった。似た話に『俳句の作り方』『小説の書き方』『詩の方法』など、無数に上梓されているこの手のレクチャー本がある。それらは、出版社にしてみると大当たりはしないが、ある程度部数が読めるジャンルで、昔から版元の小金稼ぎによく使われる。これらの本を書くに必要な肩書きを持つか、あるいは多少名の売れた文筆業の方々も濱田庄司同様、肝心な勘所というかコツについては上っ面をなぞるに過ぎず、深々と掘り下げる...後ろ指を指されて

  • いつだったかの夏

    また会える?【BobCowsillBand-TellMeWhy】いつだったかの夏

  • 足は細いが...

    子供の頃から色白でソバカスの多い子だった。中学に上がった頃にはソバカスは色白のせいだと信じて疑わなかった。高校生になって、半袖の下に見える腕の産毛が夏の光線を金色に反射するのに気付いた。髪も脱色したように見えたが不思議がらなかったのは、部活が水泳でプールの塩素がそうさせているものと思い込んでいたからだった。大学に入って、彼女から自分はロシア人の血が八分の一入っていると聞かされた。ひいおじいさんが帝政崩壊時に日本に渡ってきたのだという。それを知ってから、体型に違いがあることに気付いた。*今ではうしろ姿がすっかり白人の中年女性そのものになった。足は細いがウエストはその逆という、あのスタイル。思えば長くもあり短くもあった、あれらの日々からの半世紀。【GaryLewis&ThePlayboys-GreenGras足は細いが...

  • 秋のいち日にふたりですること

    祖父のそのまた父の時代からあるという庭の柿が実りつつある。「もうすぐ沢山収穫できるね」と嬉しそうにイチ子さんがぼくの腕に手を回し、喜ぶ。彼女は、実が多く穫れれば豊作だと考えているようだが、それは正しくない。実は今年、ぼくはうっかりして、梅雨明けに実を間引くのを忘れてしまった。枝に実を沢山実らせてしまうと、甘く、おいしくはならないことを子供の頃からの経験で知っていたのだったが...。そう説明すると、「へぇ、そうなんだぁ」と彼女は残念そうに言ってぼくを見る。続けて、「でももし、甘くなかったらジャムとかジェリーにすればいいよ。それに、チョコレートと一緒に食べてもおいしいし...」とも言う。「ふーん、したことないなぁ。でも、すりおろしてカレーに入れたことはあるよ」「へぇ、それっておいしくなるの?」「そりゃあ使う量...秋のいち日にふたりですること

  • 忘れもの

    信州は、旧盆が過ぎると野尻湖辺りなど早くも空の色が秋めいて、湖畔の別荘村では、八月最後の週末を待たずして都会にもどる人達の車が目に付くようになる。湖畔のコテージを月のうちの何度かの週末に使う人と定住者を除けば、それぞれの小屋は来年の春まで戸締まりや雪への養生をしたままになり、帰京時に大事なものを置き忘れたりすると都会で気がかりな半年間を過ごすか、2メートルもの雪が積もる前に取りに戻るかの二択を迫られる。若い頃、頼まれていた翻訳の下訳を記録した400kのフロッピーディスクを10枚ほど、ベッド脇のサイドテーブルの引き出しに忘れ、忙しい中、取りに行くのに往生したことがあったっけ。【DaraMaclean-ForOnceInMyLife】 忘れもの

  • 水口イチ子に呆れられて...

    区役所通りが公園通りに名前が改まったのはいつの頃だったか。昔、区役所通りの坂の途中にジローのピザ・ハウスがあった。その頃、バンドでエリック・アンダースンのコピーなどをやっていた十六歳のぼく達は、日曜の午後は近くの酒屋の息子の家の倉庫で三時間ほど練習した後、ピザとジンジャエールを目当てにジローへ行って、道路側の硝子窓のある席に座ったものだった。やがて、その日、渋谷公会堂で行われるプログラムに見合った年代の人達が坂道を上って来る。<fontcolor="#ff9900">*</font>ある日曜の夕方、若い学生世代が随分上って来るので、今日の公会堂の出し物は何だろうなどと話しているときだった。ちょうどその時、舗道を行く一団の中に、ぼくは、中学の時に同じクラスだった水口イチ子を見つけた。店の外まで走って行ってイ...水口イチ子に呆れられて...

  • サザンビーチ

    真昼なり。南東の風4メートル。波の高さ2.5メートル。東京から一時間で来られる海は、波のコンディションが良いと知れると直ぐに混んでしまう。慣れた人は、みんなが帰り始める夕方の波で遊ぶ。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>サザンビーチ

  • 天才って誰?

    夏に太平洋から丹沢山塊を越えて南風が吹くと、丘陵地の保護緑地帯に滞った摂氏で二度ほど冷涼な空気を北側の山麓に押し出す。それは、まるで天然の冷房機があるかのような涼しい風だ。さて、九月もなかばを過ぎ、都会で暑気がようやく落ち着く頃には、このあたりでは夕暮れが近付くと早くも肌寒さを感じる。それは、夏服でランチができる季節はそれ程残されていないということだ。*家の庭には家を建てたときの廃材で作った据え置きの椅子を伴った大きなテーブルがあり、晴れた日の昼は大抵そこで過ごした。友達でも来ない限り、ここでの食事は火を使わない至って簡単なものばかりで、例えばパンにスプレッド、ソーセージ、チーズ、他にドライ・フルーツがあれば豪華な方であった。こうして見ると自由度が比較的高いのが飲物で、ぼくは概ねアルコールを飲んだし、その...天才って誰?

  • 伝統の回復

    神社の社務所で祭りの準備会。例大祭は、ここ数年の猛暑のお陰で、先年からひと月遅らせて十月最初の週末に改めた。季節的には、明治時代以前の伝統的な期日に戻ったことになって、結果はオーライ。伝統は回復した。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>伝統の回復

  • 夏を過ごした場所

    再訪。自転車で巡る、この夏を過ごした場所。江ノ島、鵠沼、辻堂、茅ヶ崎。結局、海ばかり。<fontcolor="#ff9900">*</font>帰りに仏蘭西人のおじさんが焼くパン屋さんに寄る。ランチに、ホットサンドかフレンチトーストを食べたくなった。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>夏を過ごした場所

  • 何気に古いだけの...

    時折、何かしらの拍子に(きみを)思い出すことがあります——昔、治療した虫歯のあとが疼くようなものです——だからと言って、(きみが)記憶の端に引っかかったままになっている人というわけでもなく——もう、とっくに諦めました——だから、つまりそれは、ただただ何気に古いだけの、淀んだ語り草のようなものなのかもしれません。今年も気の早い夏の西風は、(きみの)麦藁帽子を飛ばそうとしていますか。 【BobDylan-IWantYou】 何気に古いだけの...

  • 恋は愚かというけれど...

    【FoolsRushIn-HerbOhta】恋は愚かというけれど...

  • 戦闘配食

    以前、東京では午前6時に開店する飲食店がどの駅・どの街にもあって、特に出勤途中の独身者は重宝した。しかし、テレワーク時代の今は、そういう店も大分減ってしまい、結局、出勤者は出掛けにコンビニなどで買い置きしたものを食べることになる。だが、そうであっても出来れば温食を摂りたい。日本も外国も軍隊が(野戦で劣勢でも)温食を重視するのは、その方がデータ的に兵隊の戦闘意欲が格段に上がるのが理由だとか。例えば、朝食に『炊きたてのご飯と熱い味噌汁』と『菓子パンと冷たい牛乳』では、どちらがやる気が増すかは試してみなくてもわかる。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura....戦闘配食

  • 半径2キロの夏休み

    『都内で遊ぶなら、地下鉄表参道駅から半径2キロの円の中が好き』とは言っても、いち日で全部は遊べないから、東西南北で4等分して四日かかる。三泊四日で遊べば、ちょうど良い夏休みになる。皇居を境にして東側には滅多に行かない。あっち側は違う文化圏で馴染みが薄い。さらに隅田川を越えて向こう岸には、用事があっても、二十年に一度くらいしか渡ったことがない。『剣客商売』の時代に遊んで暮らせる身分だったら、どんなに楽しかったことだろう。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセス...半径2キロの夏休み

  • 暇つぶし

    無産者は、人生を概ね達観できる年齢になると、社会の仕組みで第一線を退くことになる。宮仕えの基本は『体力と知力』だから、それらが衰えれば後進と代わらざるを得ないのは仕方がない。『でも、あの人の知力は捨てがたいものがあるから、しばらくは相談役で会社に残ってもらおう』などという習慣は、今時はもう失われて無い。必然、その知識と経験は持ち腐れとなる。が、人間はここからで、世間を見渡すと不思議と『ツブシの利く』人がいる。『ツブシが利く』とは、元の金属細工などを壊し、他のものに作り替えるのが容易であることを指す。過去の経験を生かすことと『ツブシが利く』こととは別もので、前者は社会生活が長ければ誰でも出来るが、後者はそうはいかない。果たしてこの違いは何か。暇つぶしに考えてみるのも良いだろう。<ahref="https:/...暇つぶし

  • 偶然の場面

    創作では、予期しない『偶然の場面』に出会える事がある。例えばこの絵画、写真で再現するならライティングを工夫するか合成するかしないと難しい。すなわち、実写では、ほぼあり得ないコントラスト(全体の明暗の調子)になっている。作家により、計算し尽くされたものがあれば、あるいはそれとは全く逆のものとがある。作家の個人的な体験を鑑賞者が追体験するところに鑑賞の面白味が隠れている。偶然の場面

  • インディアン・サマー

    去年、インディアン・サマーのいち日に。(op.20240904/Studio31,TOKYO)<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>インディアン・サマー

  • ピーナッツ・バターとフルーツ・ジェリーのサンドウィッチ

    さて、サンドウィッチのウンチク本を見ていたら、アメリカでただ単にサンドウィッチと言うと、PB&J(ピーナッツ・バター+フルーツ・ジェリー)サンドのことだと書いてあった。取材先はNPB(全米ピーナッツ協会)だというから都市伝説ではなく、マジなお話らしい。ところで、アメリカのピーナッツ・バターって日本製のように糖分が添加されておらず——まったく甘くない——それを補うために例えばイチゴやベリーなどのフルーツ・ジャムをペクチンで固めたジェリー(これはこれで日本製と比べ、どうしちゃったのかと思うくらい甘い)をピーナッツ・バターに重ねて塗るんだとか。記事では、そのPB&Jサンドというのアメリカ人は生まれてから高校を卒業するまでに平均1500個ほど食べるそうだ。一生だと何個になるのか想像も付かない。今の日本人のソウル・...ピーナッツ・バターとフルーツ・ジェリーのサンドウィッチ

  • 奥日光の秋

    最高気温が25度を下回って肌寒くならないと、脳の中の季節感が秋にスイッチしそうにもない。奥日光辺りは、もしかしたら、もう秋が始まっているかもしれない。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>奥日光の秋

  • 正岡子規の梨好きは、俳句を嗜む粋人の間では有名で、今が旬の九月、いち日に二つ、三つ食べていたと日記にある。結核による発熱で、常に喉が渇いていたようだ。夏が過ぎると、いよいよ果実が豊富に出回る季節だが、子規の渇いた喉には、柿や林檎の水分量では物足りないことだったろう。 <ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>梨

  • ケイマン諸島2024

    カリブ海流に囲まれるこの小島へのフェリーは、本島から一日一往復のみ。それも、ハリケーンが来ていないのが条件。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>ケイマン諸島2024

  • Try-X

    学生の頃のTry-Xを懐かしく思い出させるコントラス。写真のスタイルにもそれぞれの時代の傾向があって、ボクが学生の頃は、森山大道や沢渡朔が撮るような写真を『写真』と思っていた。今になってみれば『写真』とは何をどう撮るかであって、『美しくキレイに撮らなくてはならない商業写真とは一線を画す』という初期の印象は今も変わらない。Try-X

  • 夏2024

    夏2024(op.20240903)/Studio31,TOKYO【TheBeachBoys-Wouldn’titbenice】夏2024

  • 柳島海岸の石積み

    茅ヶ崎漁港までは日常的に買い物に行くけど、その先の相模川までは滅多に足を伸ばさない。そのワケは、川まで往復すると、普段のサイクリングにしては少し距離があるから...。大体、柳島海岸の石積みが見えると引き返してしまう。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>柳島海岸の石積み

  • 永遠の時間

    夏に製作したものは新鮮なうちにUpしたい。秋になれば賞味期限は切れるし(秋の半ばまでは『この夏の思い出』とでもすれば、多少延命は出来るが...)、ましてや次の夏までストックしておくなど、自身の精神衛生上論外。三十年後、改めて見て古さを感じさせなかったら、それは永遠の時間を手に入れた可能性のある作品として価値が生じるかもしれないが、凡そそういうものは滅多に出現するものではない。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>永遠の時間

  • 異なるスタイル

    結果が芳しくなくても、他人とはなるべく異なるスタイルの写真を撮りたいと願う気持ちが制作の原動力になっているようだ。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>異なるスタイル

  • 鳥の声が午睡の夢を妨げる

    秋の公園。鳥の声が午睡の夢を妨げる。あれは、ジョウビタキとカワラヒラの声か。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>鳥の声が午睡の夢を妨げる

  • そっとしておいて欲しい

    『そっとしておいて欲しい時は、誰にでもある』そんなコピーを手帳に書き留めながら、画家兼カメラマン氏は、寂しげな風情を少しも滲ませることなく、「サッサと済ませて打ち上げにイコー」と元気に陽気であった。<ahref="https://blogmura.com/profiles/11138716?p_cid=11138716"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv11138716.gif"alt="PVアクセスランキングにほんブログ村"/></a>そっとしておいて欲しい

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