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きみの靴の中の砂 (サヨナラ —— 旧goo blog版) https://blog.goo.ne.jp/disinfectant1953

このサイトは "Creative Writing" の個人的なワークショップです。テキストは過去に遡り、随時補筆・改訂を行うため、いずれも『未定稿』です。

みなさんに感謝: アラン・ロブ=グリエ アルベール・カミュ 伊藤整 岩科小一郎 エリック・ホッファー 尾崎喜八 金子光晴 クロード・シモン ジャック・ケルアック 田村隆一 辻邦生 辻村伊助 永井荷風 久生十蘭 フィリップ・ソレルス 船知慧 ブルース・チャトウィン ポール・ヴァレリー ミシェル・ビュトール 森鷗外 森茉莉 吉田健一 ル・クレジオ ロラン・バルト

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2022/04/07

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  • それのどこがいいの?

    額装して、いつも自分から見えるところに飾っておきたいような絵画や写真がある。それを飾る理由や選択した切っ掛けは人それぞれだが、少なくとも当人が苦痛でないことは確かだ。中には『それのどこがいいの?』と聞きたくなるものも少なくないが、それは美意識の違いだからとやかくは言えない。オイラはガスメーターの形状が好きだ。それに加えて接続されている配管もまた魅力的に感じる。もう少し踏み込んで説明すると、それら一連の道管のなかを気体が流れているところ(メーター内部を流体が移動するときに往復運動を生みだし、それをクランク軸の回転運動に換え、カウンターを動かす)を想像すると、この静止画が静止してはおらず、今まさに現在活動中なのが見える。それのどこがいいの?

  • あまり歳をとらないうちに...

    人には、『維持しなきゃイケないもの』と『変えていかなきゃイケないないもの』とがある。しかし、その前に、それらを選別しなきゃいけない。しかも、あまり歳をとらないうちに...。あまり歳をとらないうちに...

  • 海岸通り方面一般道右へ

    海岸通り方面一般道右へ海岸通り方面一般道右へ

  • いずれ注文は来なくなる

    日本で言うプロフェッショナルとは、クライアントから注文がもらえるようになり、他のアルバイト収入を加えず、客注文だけで現行のホワイトカラーの初任給(高額な機材を必要とする場合は、その回収経費を加えた額)以上を稼げるようになって初めて正しくそれを名乗れるというもんだ(有名・無名は全く関係ない)——生活費の半分以上がアルバイトからのものでは、趣味としか言いようがない。まあ、これは家族を持って、人並みの社会生活を営むというハードルを想定しての話だから、迷惑をかけるような家族がいなければ、長い修行期間があっても相当の無理は利く。しかし、仮にソコソコ稼げていても、他の社会人同様、加齢と共にいずれ注文は来なくなる。年寄りになっても経済的に修行中と変わらないようでは、半ば夢は果たせていても程なく生活保護者だ——余程の遺産...いずれ注文は来なくなる

  • 脳と時間の仕組み

    子供の時間はゆっくりと流れ、大人の時間は早く過ぎる。その理由は解明されている。人は何か事があると、最良の対処方法を求め、脳内の記憶に検索をかける。子供は蓄積データがまだ少ないこともあって、一応全部の経験・記憶を参照するので時間がかかる。つまり、時間が長く感じられる。一方、大人は膨大な経験データがあるにも関わらず、いちいち検索をかけなくても、自分にとっての決定策が既に脳内のROMに書き込まれていて読み込みが迅速——つまり、これが人生の時間を早く感じる理由だ。子供は早く大人になりたいと願うが、時間は遅々として進まない。なのに老人は、人生は短いと嘆く。*大事に読んだ思い出のある、この『林静一作品集』の初版発行日を見て愕然とするじゃないか!  脳と時間の仕組み

  • 遠ざかる夏

    『遠ざかる夏』をテーマに作品を制作し、提出せよ——自分が学生で、こんな課題が出たらどうするだろうと考えた。いやいや、学生でなくても、プロのイラストレーターやカメラマンが、クライアントからそんな注文が来たらどうだろうと考えてもいい。後者は、対価をもらうわけだから、クライアントが気に入らなければ『やりなおせ!』と言われるだけ。ダメなら二度と注文は来ない。表現のテクニックは学校で教えてくれたり、あるいは(時間はかかるが)独習してもいい。だが、題材自体は作家本人がひらめかない限り、空の彼方からやってくることはない。閃きは、ミューズとの良好な関係でのみ与えられる。他の作家の写真集、画集など、多岐にわたる多くの作品を見て勉強して、印象の強いものをひとつでも多く記憶に蓄積しておけば、閃きの多少の助けにはなるかも知れない...遠ざかる夏

  • 八月のパノラマ

    真夏日。外出自粛の時間帯。街は静かで、看板の色彩だけが存在を叫ぶ。新しい八月のパノラマ。車道の中央線は、強烈な陽射しの反射に半ば埋没しかけている。【そこに鳴る-星空のディスタンス】 八月のパノラマ

  • 300グラム

    雨が降り出しそうな北鎌倉の朝——向こうにホームが見えている——11年前の春休みが終わる頃の撮影。この頃は出かけるというと、五、六台持っていたコンパクトカメラのうち、充電さえしてあれば何でも選ばずに持ち出していたようだ。この日のカメラは、データによれば、CASIOのEXILIMEX-TR100。こんなのも持ってたっけなぁ、となつかしい。どんなに良いカメラを買っても、300グラムを超えると結局持ち出さないので無駄になると、この頃既に悟っていたようだ。300グラム

  • 制服

    「いくら創立以来の伝統だって言ったって、今時この制服はないよね。遠くからでもウチの高校だって直ぐにわかっちゃうし...」とイチ子。「でも、それが着たくて受験する中学生も沢山いるらしいよ」って、なんのフォローにもなっていない。「まあ、似合ってるから良いんじゃないの」と、いよいよドツボにハマっていくのであった。【Lenne&TheLeeKings-StopTheMusic】制服

  • イチ子のお気に入り

    梅雨が明けた七月最後の週末、地下鉄表参道から地上に上がり、欅並木北側の歩道を原宿まで、ゆっくり下りながら水口イチ子を撮る。何十枚か撮影した写真のいいとこ取りをして一枚の絵に仕上げる。*白いワンピースは昔からイチ子のお気に入り。体型が変わらないので服が長持ちするという。白いワンピースは着慣れた普段着のようで、初夏の木漏れ日によく馴染む。イチ子は何年経っても昔のイチ子のままだ。【TheHollyridgeStrings-Wendy】イチ子のお気に入り

  • 理想を着替える

    尾根を離れ、ぼく達が長い坂道を四ッ谷駅の方へ降っていったときのことだ。「男と女って、お互いに相手に対して理想を追い続けていると、いずれ関係が破綻する、みたいなことをこの間どっかで読んだんだけど、そんなこと聞いたことある?」と水口イチ子。「ウーン、覚えがない。それで、著者はどうしろって言うの?」「それはね、季節ごとに衣替えするように、理想を着替えていくといいんですって」「なるほどね、そうやって、新鮮さを更新していこうっていうわけね」目の前の高架橋を西日を受けて電車が通過していく。「ねぇ、あたし達って、自分達じゃ気付かないうちにそうしてるのかもね」【Haircut100-MilkFilm】 理想を着替える

  • 偏屈なのが良いのか悪いのか

    当初は、この写真をいつものスクエアで焼こうと思っていた。しかし、クロップすると情報量が不足してしまい、面白くない。加えて画面のバランスも悪い。作家が採用するアスペクト比は、それぞれの作家のものの見方として重要である。従って個人的な性格としてはスッキリ一種類にしたいが、場合により、状況により、何から何までそれが通るものでも無い。偏屈なのが良いのか悪いのか考えるところだ。【ShaniaYan-HowDeepIsYourLove】偏屈なのが良いのか悪いのか

  • 落語と論語の差くらいはあるかもしれない

    カメラの機能に支配されてしまうと、同じ場所で同じアングルで撮影した場合、誰が撮影しても構わない、似たような出来映えにしかならない。上手に撮るのは心掛けるべきだが、『誰もが撮るようには撮らない』というのは、より大切なことで、日記代わりの記録写真から、初めて、作品と言える領域に踏み込む線がそこに引かれている。同じカメラを持っていても、立ち位置が、その線のコッチ側か向こう側かでは似ているようで大きく異なる。それは、落語と論語の差くらいはあるかもしれない。落語と論語の差くらいはあるかもしれない

  • 知った顔ばかり

    日サロで焼いたか潮焼けかは見ればすぐにわかる。海で痛めつけているはずの髪なのに、手入れの行き届いたそのショートボブに感心したり、ワンピースのビビッドな柄に目が止まったり...。お気に入りのボードって、どんなの?*いち日中、ロコしかいないカフェ——知った顔ばかり——そして、たくさんの夏の妹たち。【YoyoInternationalOrchestra-IWill】知った顔ばかり

  • ぼくのフジペット

    父親に写真の趣味があり、そのせいで、小学生になって間もなくフジペットを買ってもらった。その時以来、鮮明な写真を撮りたいと考えたことはなく、キレイに撮れるか撮れないかは飽くまでカメラ側の問題であって、撮影者の技術の領域ではないと考えることとなった。その代わり、絵描き同様、構図は100%作家の責任と思うようになった。高価なカメラがキレイに撮れるのは知っていても、そんなことが理由で、最新機材への更新にはほとんど魅力を感じたことがなく、大人になって、自由に使えるお金が増えれば増えるほど、高価なカメラを避ける気持ちは増した。ぼくのフジペット

  • 生活費が続く限り

    プロのフォトグラファーは、注文をくれたクライアントを満足させるものを撮って生計を立てるわけだから、クライアントの指示に沿って仕事をすることになる。わかり易く言うと『当社(クライアント)が気に入る写真を今すぐこの場で奇麗に安く撮れ』となる。その希望を満たすと写真一枚の値段が何万何十万にもなる。果たしてプロの仕事が、アマチュアが憧れるに相応しい仕事かどうかは難しい価値観だ。その点、アマチュアには基本的にクライアントはいないから、すべてに自由な制作ができる。オイラだけが気に入ってるような、こんな写真を注文してお金をくれるようなお客さんはいないから、オイラが資産家なら生活費が続く限り、当面こんなものを撮っていても問題はない。ところで、英語のプロとアマチュアの意味の違いは、お金を稼ぐ必要があるかないかの違いだけであ...生活費が続く限り

  • 時代の香り

    歴史の長い、同一文学賞の入選作を10年等間隔で読み比べてみると、それぞれに異なった時代の雰囲気、時代の香りを感じる。例えば、ポケットに入る大きさの携帯電話が出現した80年代後半、それにより生活様式が一変、葉書・手紙は携帯メールに圧迫され、連絡の不備から待ち合わせが叶わなかったりすることもなくなり、それらは小説や映画、演劇の話の筋立てに大きく影響した。時代の香り

  • 後悔

    思春期の、ある種夏の思い出には、なかば後悔に似た感情を伴うものがある。  後悔

  • 登板間隔

    このWeblogの取り得というと15年以上続けていることくらいのものだが、それでも、ある日唐突に『もう止めても良いんじゃないか』と思う時は来る。今迄楽しんでやっていたこと——ローテーションによる登板——が、いくらか重荷に感じ始めたら、もっと気楽な方法に改めるのもいいんじゃないかと思いはじめているところ。とりあえず、プロ野球のベテラン・ピッチャーのように登板間隔を空けるのがいいかもしれない。無理をすると、品質が粗悪になるのは道理。 登板間隔

  • 面白くない

    同じ分野で創作を長く続けていると、当然のように心情にも変化が生じ、気付けば、従来の作風を維持し続けていると昔ほど制作中の面白味が無い、という事態に陥ることがある。それまでのスタイルに改変が許されるなら活路もあるが、既にコマーシャル・ベースに乗った人では、状況によってはそれが困難なこともある。自分の楽しみの延長線上で制作を続けられる幸せもあれば、生活のため、従来のスタイル維持を強いられることもある。要するに、世の中、自分の都合良く事は運ばないということだ。面白くない

  • 晩夏

    もうすぐお彼岸。昔からの言い習わしどおり、暑さもそのあたりで打ち止めだと良いのだが...。整理しきれなかった夏の写真。写る雲は半月前の積雲。鱗雲ではないところに少しだけ違和感。日の角度が少し落ちた。今は夏でも無ければ秋でも無い端境期。陽射しは暑くても日陰に涼しい風の吹く晩夏。晩夏

  • 街路

    猛暑の上にお盆休みのさ中、都内のオフィス街は、人は勿論車さえもまばら。カメラを携え、スナップを撮りながら散策すれば、人のいない静まりかえった街路は、不思議なほどの異空間、まるでオフの映画のセットのよう。喉が渇いたね。冷たいものが欲しい...。坂を下って湯島まで行けば、デニーズくらいやってると思うよ。街路

  • 技術的に撮れない・焼けない

    「好きな写真家は」と聞かれたらラルティーグと答える。たまに、加えてアラーキーと言うときもある。しかし、そのふたりのような写真を撮ろうとしているかというと、それは無く、そう思ったこともない(実際には技術的に撮れない・焼けない、というのが正しい)。ただ、ふたりの写真集を見て(思い出して)「撮らなきゃ!」と起爆剤の代わりにすることは時折ある。技術的に撮れない・焼けない

  • 自称芸術家

    1970年代、日本の文芸が最後のひと花を咲かせていた頃、小説家が小説家として認知されている証明は、毎月どこかの文芸誌に短篇か中編を掲載することだった。その後の時代は読者の減少——文芸の人気離れ——もあり、文芸誌の休刊・廃刊・発行部数の削減が続いた。そんなこともあって、今では小説家の肩書きだけでは生活が困難になった。それは小説家に限らず画家や写真家なども例外ではない。いずれも、生活するには副業が必要になった。他にも肩書きを付けるにあたり、ほとんど存在を証明できなくなった職種もある。例えば映画監督などは、肩書きはおろか職業としてなり立っていないものもある。かつては、どんなにヒット作がなくても、製作費の安い併映用の二級作品を一、二年に一本、生涯十五本程度撮らせてもらえると、現役をリタイア後も映画監督として肩書き...自称芸術家

  • 夏の妹たち op.3199 祭の準備でみんな神社へ行ってしまった

    祭の準備でみんな神社へ行ってしまった。夏の妹たちop.3199祭の準備でみんな神社へ行ってしまった

  • シャッターチャンスを選べなかった

    信号待ちで青に変わる寸前だったので、シャッターチャンスを選べなかった。つまり、手前の2台の車の配置は不可抗力だが、その他の要件は写真学校2年生程度のレベルには達しているだろう。写真は、テクニックとシャッターチャンスの合計点で優劣が決まる。つつがなく、平均的に高得点を取れるのがプロというもんだ。しかし、いくらプロの看板を掲げていても、年収税込五百万円を超えるのは大変なことで、事前の投資額を考えれば、無産のホワイトカラーの方が割りがいい。シャッターチャンスを選べなかった

  • 独身生活

    埴谷雄高は、奥さんを亡くして男手ひとつになって以降、日々の掃除などには多少行き届かない面はあったろうが、正しく独身生活を維持した。夕飯時には、自宅で口に合った酒をチビリチビリとやりながら、大学ノートに発想を鉛筆書きして過ごした。今夜、埴谷雄高を思い出した勢いで、埴谷の好きだったハンガリーの国家管理・トカイ地方産貴腐葡萄酒を久し振りに開けた。普遍的に奥さんに先立たれてガックリ老け込む男は非常に多いが、埴谷はその片鱗も見せず、坦坦と生き抜いたところは、文学者としての定評を超越して今も尊敬する。独身生活

  • 文体を工夫する必要性

    文章表現のテクニックは小・中学校で基本を教えてくれるから、日記くらいは誰でも一様に書ける。でも、それでは個性を見せびらかすことは困難で、文筆家は文体を工夫する必要性が生じる。ところがこれが問題で、文体をいじればいじるほど訳のわからない文章になる危険性をはらむ。つまり、いじりすぎると明瞭・明快度で高校生に負け兼ねない。作曲で言うなら、スリーコードでは在り来たりでつまらないから一小節にコードをふたつ以上入れて複雑なメロディを作ると確かに独創的にはなろうが、複雑で覚えにくい曲ができてしまう。文章も、いじればいじるほど曲作りと同じジレンマに陥る。小説自体は誰にでも書けるが、選び抜いた言葉で構成されたストーリーの集積を目指すとなると、エンドマークを打つまでにどれだけの苦行があるかは鑑賞する側には想像はつかない。文体を工夫する必要性

  • シナリオ構造論

    一冊の本がある。過去数十年にわたり、シナリオ・ライターのバイブルとして版を重ね、古書としても高騰した経緯がある本書、野田高梧著『シナリオ構造論』。気づいたら新版がKindle化されていた。まだまだ『需要』があったわけだ。この需要は、シナリオに限らず、創作分野でストーリーを操作する必要のあるライター達が手引き書として使っているからのようだ。ぼくも学生の頃からことあるごとに必要部分を何度も繰り返し繙読してきた。ストーリーを考えるうえでも、整えるうえでも役に立ってきた。シナリオ構造論

  • 追風に雨の匂い

    予報どおり、南寄りの風が強い昼下がり。夕方から降りだすらしい。でも、今はまだ追風に雨の匂いだけ。 追風に雨の匂い

  • 波の泡のように白い

    7月22日。梅雨明け。夏のはじまり。いよいよ波遊びのハイシーズン。それまで上半身はウエットを着ていたから日焼けしていない——だから水口イチ子の背中は、波の泡のように白い。波の泡のように白い

  • イチ子の由来

    水口イチ子の『イチ子』は、戸籍に当たっても、そのままのカタカナ交じりのイチ子である。その由来が『一子』なのか『市子』なのかは尋ねたことはないが、前者ならば単に長女ということだし、後者だと卑弥呼のような巫女の別名らしい。推測するに『イチ子』は長女だから『一子』で正解だろう。だが、後者であっても特に不都合はない。イチ子の由来

  • イチ子とヤマウズラのいち日

    秋の最初の風は丘陵地の灌木帯を抜け、開け放った窓に吹く。それは、囲炉裏に朱く燃える備長炭の煙を揺らし、またたなびかせる。晴れた休日、静かにイチ子とジビエを食べる。炉端には甘垂れと塩、唐辛子があるのみ。胡椒、にんにく、パセリ、セージ、ローズマリーやタイムなどは用いず焼くのが、猟師風というかお狩り場風というか...。何種かの山鳥を小さな掛小屋の中で食べさせるのがこの店の作法。イチ子とヤマウズラのいち日。イチ子とヤマウズラのいち日

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