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金生遺跡は天文台 縄文人は太陽暦も太陰暦も作っていた https://blog.goo.ne.jp/johmonkinseistar

金生遺跡は縄文時代の天文台 縄紋土器の突起は太陽暦と太陰暦の完成を示す 金生遺跡では朔旦立春を観測して二十四節気の暦を作成していた

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2021/11/13

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  • 道端にある旧石器時代後期、土器の始め

    道端にあるマメ類の原種を確認できました。 2024.09今年のヤブツルアズキとツルマメ ヤブツルアズキ 遺跡付近のヤブツルアズキ 下ツルマメ上ヤブマメ   初稿2023.09.03投稿ヤブツルアズキはこのようなもののようです  2023.09.09原種の莢ヤブツルアズキアズキの原種 ツルマメダイズの原種 2023.09.08ヤブマメの莢を摘んでみました、エンドウ豆の原種ということでそっくりな莢です。早速茹でて食べてみましたが、小さすぎて幾つ口に入れても味が分りません。花が咲いて少し時間が過ぎたものは、筋張っていて食べられません。ということでサヤエンドウとして食べることは難しそうです。残念!!2023.09.05同一区画でツルマメが莢を付けていました。ダイズか枝豆にそっくりな莢です。ヤブツルアズキは益々元気...道端にある旧石器時代後期、土器の始め

  • カレンダーとは月齢と季節を知るためのものである

    カレンダーとは何なのでしょうか月齢と季節を知るためのものではないか以下引用しますーーーーーー出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』カレンダーとは、日付・曜日などを表形式などで表示し、容易に確認できるものを指す。七曜表(しちようひょう)とも言う。腕時計に内蔵される事もある。なお、英語の「calendar」は、毎月の最初の日を意味するラテン語の「kalendae」に由来し、日本語のカレンダーはこの英語からの借用語である。ただし英語のcalendarは「暦」や「暦法」と上記の「カレンダー」とは区別されない。概要カレンダーの起源は古代バビロニアとされる。カレンダーには日付のほか曜日や祝祭日などが表示される。日本で売られているものは、普通、国民の祝日が、またしばしば六曜が記されている。コパイロ...カレンダーとは月齢と季節を知るためのものである

  • 両面調整尖頭器の開発は新石器時代の始まり3

    両面調整尖頭器の開発は新石器時代の始まりではないか 図両面調整尖頭器がなぜ新石器時代の始まりなのかそれは旧石器時代の石刃、ナイフ型石器、細石刃などの打製石器とは異なりデザインを想定した上で作り出されたものであるからですこれまでの製作方法は、石の塊から打ち欠くことで出来た破片を元に加工して成形してそれぞれの用途に利用していました。両面調整尖頭器はそれとは全く逆で打ち欠いて出来た破片は目的物では無く芯に残るものを想定した形に成形して行くものですそれは木材から鑿で削り、その中に想定する形を彫りだして行くことと同様な加工に相当するものと考えます。   図石刃と打製尖頭器と両面調整尖頭器デザインが最初にあり、それに合うものに成形して行くと言うことですそれは大変な知識と時間が掛かる加工方法ですこのようなものの製作は専...両面調整尖頭器の開発は新石器時代の始まり3

  • 両面調整尖頭器の開発は新石器時代の始まり

    両面調整尖頭器の開発は新石器時代の始まりと成るのでは無いか旧石器時代からの日本列島の歴史 図デニソワ人の道具1.デニソワ人は野尻湖まで来て旧石器を遺していた 図2.クロマニヨン人は石刃技術を持って東の端まで来ていた 図日本列島の北と南から入ってきた 図両面調整尖頭器その後信濃川流域の北と南で大きく分かれて発展した 図三内丸山の有茎石鏃・北ではサケの遡上回帰漁が中心となり、両面調整尖頭器が開発された石刃やナイフ型尖頭器ではサケ漁に対して、不都合があり、繰り返し使用に耐えるバランスの取れた両面調整尖頭器が開発され、それは有茎尖頭器まで進化した 図石鏃・信濃川より南では小型動物が狩猟の対象となり弓矢の開発が主となった弓の弦の開発は早くに出来たが、矢の先に付ける鏃の開発には時間を要した石刃から細石器に変り、初めは...両面調整尖頭器の開発は新石器時代の始まり

  • 東アジアと南西アジアの尖頭器

    東アジアと南西アジアの尖頭器の製作技法には大変な格差があった 東アジアの尖頭器の歴史経過石刃ナイフ型 両面加工35000年前頃からなのか津南岩宿神子柴 南西アジアの尖頭器ヘルワン尖頭器紀元前8000年前頃エジプトからメソポタミアに存在何故これほどの違いが生じていたのか。食料源の違いでは無いだろうか。東アジアと南西アジアの尖頭器

  • 両面加工尖頭器の開発は新石器時代の始まり 石刃、ナイフ型から尖頭器への進化過程

    両面加工尖頭器の開発は新石器時代の始まり石刃、ナイフ型から尖頭器への進化過程 図神子柴型石槍図岩宿の石槍 図道下遺跡これらの石槍の開発が始まったのは新潟津南町の尖頭器開発から始まっていたのではないか 信濃川と火焔土器の分布この地域ではサケ漁のための石刃、ナイフ型石槍の改良が進められていたようだそれは両面加工尖頭器開発の歴史過程を示す始めの遺跡が、サケの猟場である信濃川流域の河岸段丘上に数千年以上展開してきた、ここで両面加工尖頭器が開発されたすぐね、道下、貝坂、越那などの遺跡の時期である図石刃 図ナイフ型 図両面加工尖頭器類  日本列島には、西ヨーロッパでクロマニヨン人が開発した石刃技法が、北と南の二方面から入り込んで石刃、ナイフ型からの変遷がサケ漁を主な生業とする信濃川流域で行われたのでは無いか石刃技法の...両面加工尖頭器の開発は新石器時代の始まり石刃、ナイフ型から尖頭器への進化過程

  • シュメールの暦は春分近くの新月が元旦 曜日とは何か

    カレンダーの曜日とは何か#縄文時代 #カレンダー #メソポタミア旅行2024-07-0807:09:20 曜日とは何かの疑問現代のカレンダーが何故今の形になっているのかその起源は明らかにされているのだろうか現代のカレンダーは7曜表になっている何故この七曜表は月齢に合わせていないのかそれ以上に一年は12月であるものの、一ヶ月の日数が朔望周期をなぜ再現していないのかこの疑問に体当たりで切り込んでみる月の朔望周期30日からは半月の日数30/2が15日である、これから15+15が一ヶ月の日数15日は朔から望または望から朔に対応する15日は15/2から7+7+1と表現できる一ヶ月日数は7+7+1+7+7+1となるこれを曜日に当てはめれば、新月と満月を特別な1日として7は七曜にできるそれは曜日として例えば月火水木金土...シュメールの暦は春分近くの新月が元旦曜日とは何か

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金生遺跡は天文台 縄文人は太陽暦も太陰暦も作っていた
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