前回日本に帰国した際に、時間があったのでカンボジアのマルチビザを取得しておいた。空港で取るビザはシールでベッタリ1ページ使うし、e-VISAを来るたびに申請するのも面倒だ。そしてカンボジアエアアジアがハノイ直行便を運航し始めてチケットが一気に下がった。ただ、2万5
前回日本に帰国した際に、時間があったのでカンボジアのマルチビザを取得しておいた。空港で取るビザはシールでベッタリ1ページ使うし、e-VISAを来るたびに申請するのも面倒だ。そしてカンボジアエアアジアがハノイ直行便を運航し始めてチケットが一気に下がった。ただ、2万5
「hogehogeさん、明日からイベントあるにゃ」「おっけ、時間あれば見てきます」もう少し早く言ってくれれば、スケジュールも調整し易いのだが、まぁ行けない程忙しくもない。打ち合わせが早く終わったので、直帰コースか。が、凄い大雨である。「ドライバー空いていたのでア
家の近くにビアホイらしきものができた。Googleでも評判がつき始めて悪くは無さそう。一件だけ、「偽物ビールだ。頭が痛くなった」というのがあったが、ネガキャンばかり書いている業者っぽかったのでスルーしてもいいかと。ハノイでは、流行っている店や新しい店には嫌がら
珍しく晴れた休日。旧市街でも行くか。ワンパターンなような気がする。上海に駐在していた時は日帰り圏内に沢山古い街があったり、蘇州とか無錫も日帰り圏内だった。ハノイは近郊の街にまだモチベーションが沸かない。ボケてしまいそうだ。せめて土曜日に旧市街は少し新しい
珍しく天気のいいハノイの金曜の放課後。旧市街に行こう。陽が長い時期になっているから明るい。今日は北西部を開拓。ドンスアン市場はあるものの、旅行者は少ない落ち着いたエリア。ここ数ヶ月の間で旧市街でブーム的に増えたクラフトビール屋。店は新しく、店員も若い。極
天気がいい夕方は外呑み欲をそそられる。リンランへ。日系ビアホイが最近オープンした。富士山とベトナムすげ笠をかぶったバイクの壁画。逆にローカルぽいが、日系が売り物らしい。「暑いにゃっ?」「全然大丈夫っ」まだ夕方は少し涼しいから、今年はまだ異常気象のような気
ホテルデュパルクでJCCIの会合。前回2回立て続けに渋滞で遅刻したから10分早く会社を出たら、開始40分前に着いた。全く予測がつかないハノイの渋滞。相変わらず知らない人ばかりで顔を売らないといけないだが、私はコミュ障だから仕方ないと開き直るようにしている。むしろ、
インドの後味が強烈で、ハノイに帰ってきてもポカンとなっている休日。毎度のどよんとした曇り、小雨まで降っている。止んだところを見計らって、ファーアムトゥックの辺りにあるブンドックの店を目指してみよう。濃厚なスープがハノイでは珍しいと評判。ハノイの人は皆、ク
コルカタ上空。コルカタには過去2回出張で来ている。といっても前回は2001年、辛うじてデジカメの時代だから判明できる。高級ホテルオベロイに泊まり、サダルの食堂でカレーを食った写真が残っている。市内へはUberで。New market近く。暑い。この時期のインドは暑い。「マー
5時には起きて、近所のプージャに行こう。日が昇る。空気が悪いのか、弱々しい朝日。地球の歩き方にあった場所にはプージャはやっていなかった。まぁそんなもんだ。朝はあちこちで沐浴が見られる。聖なる河ガンガーで身を清めれば、全ての罪は流れてしまうという。実際には、
夜中にキリキリとお腹が張って目が覚める。直ぐに水下痢。その後何度かトイレを往復。それでも朝方には一旦収まる。ベトナムでもたまにあるのだが、原因は不明。タイミング的には昨晩のきのこのカレーか、ビールに入れた氷が疑わしいが、細菌性の場合は、2日くらい潜伏期間が
今回バラナシに来たのは自分の死生観を見直したいからであった。父親が亡くなった歳まで後6年、母親の歳まで8年。家系的にも長生きでは無いし、飲んだくれだから、心の準備をすべき。母親は自宅で看取ったから、人が最後に衰弱して息絶えていく瞬間には立ち会っている。バラ
デリーの朝。雷がゴロゴロ、そして大雨。チェックアウトの時も止まぬ。ホテルには車止めが無く、ガードのオジサンが傘を指してくれるが、Uberは50mも手前で止まって到着しました風を吹かしているから、キレながら電話する。道は川になっている。こりゃ大変だ。洪水渋滞もあち
昼食後はアグラ城へ。ムガール帝国の歴代皇帝が君臨した居城。Red fortと被る感じだが、更に立派な門。堀には水が入れられて、ワニがいたという。こりゃ攻め入るのは困難だわ。門から続く坂道、内部に侵入するにはここを通らざるを得ず、攻められまくる構造になっている。謁
今日はアグラ1日ツアーを前もって予約しておいた。バックパッカーだったら、個人で行くのだろうけど、昔から詐欺師が蔓延する悪名高い名所である。詐欺やボッタクリならまだいい。睡眠薬盛られて身ぐるみ剥がされて道路で寝ていたなんてこともあったらしい。リスクや面倒はお
レッド・フォートからチョウク探索 My bar headquarters
Uberオートリキシャーでレッド・フォートに。オープンだから信号で止まると乞食がマニーマニー言ってくる。なかなかキツイ。排気ガスを浴びながら40分。100ルピーだから安いのと、渋滞の時は小回りが効くから有利だ。入口でチケットを買う。インド人は50だが、外国人は600で
ニューデリー空港近くのアエロシティのホリデイ・イン。時差もあるから起きてしまう。前夜はナッツとビールしか飲んでないから腹は空いている。絶好のビュッフェコンディション。野菜中心に盛ってくる。Dosaというお好み焼きみたいな。豆のカレーは見てくれは地味だが、美味
「hogehogeさん、連休は日本に帰るにゃっ」「否、帰らへん。インドに行きます」「にゃにゃっ??」ベトナム人は絶句する。何故インドに?「連休はどこも混んでるし高いよね。インドは安いし取れる」これは事実。連休なのにフライトは全く値上げしない。ハノイで働いているイ
今にも雨が降りそうなハノイの日曜日。雨が降ると厄介なので近場の店。Voted By CNNって実際はどういう意味だろう。旧市街でもないのに、よく見つけたなぁと思う。客はほぼローカルであったが、珍しく日本人のグループがいる。それも旅行客だ。「20分位待ってにゃっ」Google
ダナンの朝。徒歩圏内に麺屋があるので目指して行こう。平和に歩けるのは凄いありがたい。リタイアビザが発行されたらダナンに住みたい。ダナンには無数にご当地麺屋が存在する。地元客メインか。外の席も良さそう。メニューは英語もあり。ミークアンは食べたので、カオラウ
二日目も終日会議。昨日から気づいていたが、この会社は紳士的な人が多く、会議のプレゼンもポジティブで綺麗に纏めていてお互いを称えあう。そういう性質の会議なのかもしれないが、ホワイトな会社の性格が良く出ている。前の会社ではそうではなかった。会議の冒頭でマネー
ダナンで会議。それもアジア圏の販社が大集合する国際会議。空港から会議会場でもあるホテルに直行かと思ったが、同行のセールスマネージャーのおばはんが、「ダナンといえばミークアンにゃ。ホテルの飯は大したことはないにゃ」とスーツケースを抱えたまま、飯屋に直行。後
「hogehogeさん、次のQuarterly Dinnerはビアホイにゃっ」「おおっ、いいねっ!」会社のインセンティブで毎Qごとに社員ディナーがあるのだが、毎回似たようなレストランで、前菜が出てきて、食べきれないほどの皿が出てきて、鍋というワンパターン。でも予算に限りがあるから
珍しく太陽が出ているハノイの日曜日。晴れているのでハノイ城北門へ。アオザイおばちゃんが写真を撮っている。何故か若い人はいない。旧市街の外れ、ハノイはどこも旧市街か。露天も多くて楽しい。バインカインの店。バインカインがメインだが、コムタムやフーティウもある
相変わらずどよんとしたハノイの土曜日。ハイバーチュンへ。一度来たかった日本人の知人が勧めてくれた店。三好ではなく、My Oshiなのであった。ローカル仕様である。客もローカルが主体で日本人はいない。不思議なメニューもある。フォーもある。ラーメン風味か。王道の醤油
商工会議所の合同会合とパーティー。ハイズオンの顧客のところに行っていたら、渋滞にハマり見事に遅刻した。もう帰り始めている人がいる。先方が覚えていて、私が忘れていることが多いから気をつけなくてはならぬ。「だってぇ~~(変な)かおぉ~~」って、おねーちゃんに
ハノイには珍しく天気のいい毎日、それも暑くないから極めて例外。平日は酒を控えたいのだが、まだ夕暮れ。近所で少しだけ飲もうか。もう短パンで出かけられる。コテコテローカルな店内。英語は全く通じない。生ビール持ってきてというのも相変わらず通じないが、バドワイザ
旧市街。北側の水道塔から散歩開始。タイミングよく列車が通る。汁麺タイプのブンチャー屋。ブンチャーといえばつけ麺だから、これは珍しい。メニューは写真入りでわかりやすい。味変はバリエーションもあり、清潔。着陣。ブンジエウにブンチャーの焼肉をぶっこんだだけとい
毎度のどよんとしたスモッグハノイ。上空は晴れているみたいだが。たまには新しいラーメン屋でも行かないと、ボケてしまいそうだ。やっているようで、フォーの屋台に化けていて閉店している。改装か潰れたか。最近は入れ替わりが激しいリンラン。いつもの喰龍ラーメンに。違
あっという間の金曜日。「忙しい」というのは口に出すのも、素振りを見せるのも仕事ができない証拠だから、余裕をかますようにしているのだが、期初はなんでこんなに集中するんだろう。来年こそ、改善しよう。何食わぬ顔して、PCをカバンに入れる。飲んだくれの金曜だが仕方
4月になったのにまだ朝晩は涼しいハノイ。ビアホイに行くにはいい気候。天井が開いて開放的な典型的なビアホイ。私のベトナム語がヘボかったのか、ビールがやってこない。催促しても同じ。給仕の若い男の子が頼りない。先にネギ豆腐が着陣してしまった。「あいにゃっ、ビール
今にもスコールが来そうな朝。トンローへ。駅近のバミーコンセリー。旅行者とローカルが半々位の客層。ワンタン麺を。自家製麺に拘る。日本人は好きだろうな。ポークとダックの肉系も。贅沢に食す。マンゴーの名店、メーワリー。ハノイ持ち帰り用大2つと、ホテルで食べる切
バンコクで一番のカオカオムーがあるという。ミシュランも取ってるし、各方面での評判もピカイチだから行ってみよう。休日の朝はGrabはバーゲンでしかも速い。116Bでかつ15分というから破格だ。あっさり到着。ここだけ活気。客層はほぼローカル。ミシュラン凄い。メニューは
朝は部屋から運河が見える。旧市街的な眺め。ホテル近くにも良さそうな食堂があるが。市場が並ぶあたり。今回の目的、メムトムヤムクン。一説によるとバンコクで一番の評判だという。見た目は普通のタイ食堂で、他のメニューも沢山ある。着陣。確かに今まで食べたトムヤムク
連休は安かったのでバンコクをポチった。安易だなぁ。金曜の放課後ノイバイ空港。珍しく行列はゼロ。エアアジアは定刻にドンムアン空港に着陸。しかし、デリーからの便と重なった。なんかカオスな感がするのは偏見だろうか。男ばかりというのもあるな。結局30分並んだ。今回
久しぶりのハノイの休日。少し離れた場所にあるATMに向かって散歩。フーティウか。コンサバで排他的なハノイでも最近増えた南部の代表麺。客は誰もいない。ここハノイでやっていけるのだろうか。リッチに色々な具材が入るのが南部らしい。麺は細麺で、少し硬めなのが日本人的
今日はハノイに戻る日。1日バッファーを見ていたが、無犯罪証明書は日本の祝日を挟んでいるので1日余計にかかり、ギリギリになってしまった。それも午後1時からというので、日本での買い出しブツが詰まった重いトランクを抱えて、横浜に向かった。横浜駅のコインロッカーは全
東京で新疆料理が流行っていて、新店があちこちにオープンしているという。日本人にとっては何じゃそりゃという感じだが、それは日本人向けではなく、中国人向けである。ウイグル人がやっている純粋な新疆料理でもなく、中国人向けである。東京では純粋ウイグル人系は1店しか
今回訪日唯一の一人呑みは御徒町で仕掛けた。もう1日位行きたかったなぁ。今回はどこに行ってもインバウンド感が強い。魚草もインバウンドに占領されていたのでスルー。文楽も厳しいと思われたが、お一人様オヤジ手酌席が空いていた。ここは毎度狙い目である。私が飲みに行っ
長男は昨日からは彼女のケアに集中、次男は大阪で旅行中の友達と合流する予定。妻は夕方に京都の知人と会うらしい。それまでの時間潰しに付き合って頂戴というが、今日はリモートワークになっているから厳しい。できないこともないが、年度末ということもあり、急な承認案件
卒業式の朝、ホテルの1階ロビーには桜が飾られていて、卒業式らしき親子が写真撮影している。会場まで鴨川沿いを歩いていく。父兄関連は、別会場でモニターを通じて見る。むしろ首席の顔がアップで見えるから面白い。医学部はもう大学病院の院長みたいな顔をしているし、法学
京都といえば鴨川。夕暮れの鴨川と妻と散歩。平和な風景である。攻撃性の妻も珍しく大人しく歩いている。三条大橋。今どきのレストランもあるなぁ、外呑みの川沿い。東京にはないかも。クラフトビールのブルワリー。小箱の店。インバンドな客が半分、旅行客が半分か。ビール
富山にhogehoge両親の墓がある。自分の名前も刻まれているから、両親は墓の中でそのつもりでいるとは思うのだが、妻は墓じまいを事あることに提案してくる。まぁ確かに妻や子供達にとっては、何のゆかりも関係もない土地だから、尤もな意見ではある。東京駅はインバウンドの
「今日はスミマセン、歯抜けないあるヨ。病院のライセンスがないあるヨ」「???」「ちょっと待てあるヨ」前回、ハノイの歯医者で、その場でも抜く勢いだったのだが、血圧が高くて出血多量で死んだら困ると言われ、出直しになったのであった。今日は同じ歯医者でネットで空
カンボジア大使館へ。日本に1週間いるので、3年マルチを取っておこう。ハノイではわざわざ大使館まで行ったが、マルチなんて取れないヨと言われてオシマイだった。ベトナム人でそんな人はいないし、歴史的な怨念もあるのだろう。乃木坂。閑静な住宅街。凛とした綺麗な空気、
日本に帰ってきたのだが、何故か雪が降っている。あり、春じゃなかったけ。ホーチミンからの半袖のまま飛行機から外に出るが、当たり前だが寒い。これが家に帰る時には、ビル風も加わって猛吹雪になって、傘なんて役にたたぬ。気温は何と1度しかない。こんな時は、ハノイのベ
今回のホーチミンの会議は、日本人ローカル採用の新人2名に対して、旦那さんの関係でタイに行くので退社するベテラン選手が色々アドバイスするという会で、ホーチミンハノイの日本人が全員集合した。集まるとなんと若い女子が4名もいて、女子会の様相を呈している。夕食のア
ホーチミンで会議があるのだが、ワークパーミットの更新の関係で日本にも帰国する必要があった。日本は要1週間なので、ハノイの会社での不在期間を短くするために、ホーチミンには朝移動、昼から会議、夜に会食してそのまま日本行きの夜行で帰るということにした。ベトナム
相変わらずどよんとしたハノイの休日。土曜は少し暑かったが、日曜は半袖で出たら寒くて上着を取りに帰る。旧市街か。何だろう。社会主義連帯か。フォーガーの有名店、Googleで1900ものコメントがつき評価は高い。値段も高そうなのに評価も高いのはハノイでは異例だ。英語で2
ロシア駐在時代の同僚がハノイにやってきた。クリミア侵攻があって、欧州から食料品の輸入が止まったり、通貨危機でルーブルが暴落したり、それなりに大変な時期だったのだが、それ故にロシアOBの繋がりは強い。今はホーチミンに駐在しており、ハノイには出張なので、ベトナ
ハノイは相変わらずどよんとした曇りが続くが、寒くもなく暑くもなく、これはこれで貴重か。意外と夜は行かないリンラン北部。どうみてもカフェなのにクラフトビールの看板。ベトナムでは珍しいかも。中もどうみてもカフェだが、真新しいビールのサーバーが並ぶのは違和感あ
今日も雨だった。乾季じゃなかったけ。インターコンチの朝食でも楽しもうか。満員。洋食、ベトナム、中華と凄いバラエティ。デザートも凄い。近くの遺跡か寺でも見ようかと思ったが、雨が酷いので断念。ジムは混んでいた。そうだよなぁ。シルバーでレイトチェックアウト可能
ニャチャンと言えばシーフード。天気が悪く、海もプールも空振りだったので、これが今日の一大イベントとなる。ホテル近くでGoogleの評判のいい店を検索した。4000以上もコメントついて4.9だから間違いはないだろう。中は素朴。アジア系外国人とローカルが半々。先に飲み物を
次男が突然ハノイにやってきたのだが、ハノイは相変わらずどよんとした暗い天気が続いていた。気晴らしに来たのもあるはずだから、週末は乾季の南部へ行こうと予約した。飛行機はベトナム航空で一人往復1万8千円位で確保できた。前の晩はPizza 4psで。朝も比較的ゆっくり、8
大学浪人中の次男がハノイにやってきた。出足のセンター試験でしくじり、その後も受験日を間違えたり、名前を書き忘れたり、足切りにあったり、冴えない進捗の中でなんとか1校だけ受かったのは幸い。行けるのは1校だけなんだから充分である。それでもなんとなく失意な雰囲気
誕生日が来てしまった。1年の感覚は歳を重なる程に早くなる。10歳の時は0.1の感覚が50歳を超えると0.02以下になるからこれはしょうがない。昨年は全く覚えていない。日曜日だから特に出かけもしなかったっぽい。歯も回復してきているし、2年分贅沢しようか。単身赴任の誕生日
ハノイはずっとどよんとした天気。正にこれぞハノイである。今年の冬は天気が良かったから空気も悪かったが、雨になってようやく改善した。天気が悪いから遠出をする気になれぬ。ノックハ市場前にある評判のいいフォーガー屋。久々に汁なし麺が食べたい。客層は完全にローカ
パタヤの最終日に左奥の歯が痛みだした。親知らず。虫歯ではないはずだが、歯茎が腫れていてとにかく痛い。翌日には物も噛めないほど悪化している。慌てて日本語対応のクリニックの予約をする。日本と違い、午前中に予約できた。毎度のことながらベトナム人の医者は威厳があ
パタヤからスワンナプーム空港へはBangkok Taxi 24を予約。19時のフライトだから、17時から逆算して15時。通常だと1時間半あれば着くから充分。早く着きすぎると時間を持て余すので、空港までビールはお預け、昼は軽めにする。その場でマンゴー1個を剥いてくれる。100B。カ
パタヤ最終日はAvani Pattaya Resortに移る。泊まっていたBaraqudaが最終日だけ取れなかったのもあり、GHAプラチナで15時までレイトチェックアウトができるから、少し高くてもいいかとした。元々はマリオットだったホテルで、3000B位で泊まれたが過去の話。円安だけでなく、
パタヤWalking streetは相変わらずの盛況。長いコロナのダメージからは完全復活した。日本人は殆ど見かけず、中国人韓国人、そしてインド人が増えてカオスになっている。ファラン(欧米人)の数は変わらないのかもしれないが、アジア系の躍進で目立たなくなっている。中国人
昼間からビール、Hopsへ。本格的ドイツビールが飲めるのだが、実は平日は16時からしかやってない。週末は12時開店。ラガーだがドイツ風の酸味を感じる本格派。前回この店に来た時は、コロナ発生時に当時の駐在地上海への帰還命令がでた時である。絶望に打ちひしがれて苦いビ
どよんとした曇り。乾季じゃなかったけ。バラクーダの朝食は色々あって楽しい。更に肉ボール粥に、食後のコーヒーをゆったり楽しむ。平日なので午前中は意外と仕事があった。休暇中でもできるフォローアップや承認はする。大手を振って休暇を取るコツである。ロシア時代の社
トンロー界隈。平和に歩けるのが嬉しい。近くのスタバでコーヒー。開店同時にポーチャナーのダックヌードルへ。麺はバーミー。トロトロに煮込まれた鴨。アパートはリーズナブルだったが、ジムもプールもついている。パタヤにはBangkok Taxi 24で車を手配。ワンランク上のカム
年に1回は楽園パタヤに行きたい。昨年は春節で人が多すぎてカオスだったから、今年は有給を充てた。チケットは思ったより安くなく、なんとか3万円代では確保。水曜日の放課後は比較的スムーズに、ノイバイ空港に到着できた。「パスポートの余白がありません。これでは搭乗で
ベトナムでの仕事は現地採用だから給料はこちらで支払われる。日本の収入はゼロだから、前の会社で貰った退職金とかを切り崩して日本の家族の生活費等に充てているのだが、この減り方が半端ない。二人の子供たちが、学生だったり浪人中でお金がかかるのは勿論、家族の社会保
どよんとしたハノイの週末。小雨で大気汚染は一休み。雨なので比較的近いブンダウマムトムの店に。Googleでなんと800以上もの評価がついている。同じ名前の店が2つある。分店なのか、偽者かはワカランから、混んでいる方の店に入る。若者ローカルがメインの客層。メニューが
「hogehogeさん、バレンタインデー何するにゃ」「あぁ、今日そうだったけ、別に何も、、ベトナムでは男がプレゼントするんだっけ」「男にゃっ」ベトナムも女子が強いからなぁ。今まで駐在した国はどこもそうだった。というより、女子からチョコ送ったりするのって世界中で日
大学時代の山の部の後輩が出張でやってきた。リンランに宿泊していて、ベトナム飯がいいという感じであった。このパターンは想定していたとはいえ、意外と無く初めてになる。リンランには凄い数の昭和居酒屋はあるが、気の利いたベトナムレストランは殆どない。先ずはビアホ
ミャンマー産のコーヒーを売っているカフェに。カフェ目の前にモヒンガー屋。客も入っているし美味しそう。Google記載なし。オバちゃんが丁寧に作ってくれる。3500MMK。トッピングは指差しで。ミャンマーの麺はスプーンで食べる。スープは濃厚、ナマズ出汁。珈琲店に。時間を
麺オタクの私にとって、ミャンマーといえばモヒンガーである。今回も本場のモヒンガーが食べたくて来たと言っても過言ではない。東京やバンコクでも試したが、パンチに欠けた。モヒンガーは、ナマズの出汁で決まってしまう。日本ではナマズなんて簡単に手に入らないから、鯖
ヤンゴンの夕日が部屋から見られる。19時過ぎにエンペラーを目指す。軍政移行&コロナで壊滅したと思っていた。Premier Disco Clubというカテゴリー。全く灯りがない中を車のライトを頼りに歩いていく。穴もあちこち開いているから危険だ。無事着陣。入場料は2万、ソファー席
昨晩は何も食べていないので空腹である。Pan Pacificの朝食は付いている。ミャンマーは独特の麺サラダがある。セルフではなく、作ってもらえる。野菜多め。カレー風ヌードルも。混ぜご飯か。こちらはセルフで適当に盛ってくる。教会を見ながら優雅に食後のコーヒー。近くのマ
テト明けだが、ヤンゴン往復が普段よりグッと安かったのでポチった。皆、正月ボケで出かけないよなぁ。軍のクーデターがあって早や4年、非常事態宣言も延長された。軍と民主化勢力の問題だけでなく、135も少数民族がいて、人口の3割を占めているから複雑である。オールドメデ
テト明けは、紅包を社員全員に手渡す。勿論個人持ち出しだが、ハノイではまだ根付いているのでこれは止められない。中国では旧正月明けはまだ休んでいる人も多かったが、ハノイではほぼ全員が出社する。初日はオフィスで色々と摘む。One floor & Open space新オフィスになっ
ハノイに戻ろう。成田第一ターミナル。流石の旧正月でアジア人ばかりである。日本人駐在員らしき人もいる。全日空スタアララウンジはカオスで席が見つからない。JALよりマシだろと思っていたが、もう今はプライオリティパスの乱発で、何が何だかわからなくなっている。海外は
上田から新幹線で東京に帰ってきた。夜は義妹夫婦とどっかで食べてこいとの妻の命令だったので、御徒町の海鮮イタリアンの予約をしたのだが、今になって妻からケチがついた。一瞬キャンセルして帰ろうかと開き直りかけたが、折角NYから来ているし、この機会に春節のアメ横な
かしわや朝食は朝から凄い。手作り豆腐が絶品。料理の写真忘れ。蕎麦も出てきた。食後には本格的なコーヒーも飲める。チェックアウトが12時というのも、古い日本旅館の風習を破っていていい。北向観音。平安時代からの厄除観音だという。別所温泉の街と信州の山が望める。寺
たまたまであるが、NYから妻の妹夫妻が帰国していて、温泉に行くという。「私は行けないから一緒に行ってきて頂戴」と妻が言うので同行することになった。「何か気の利いたところ推薦して頂戴」と言うので、那須の源泉宿がいいかなと調べて送ったが、妻は自分が行くわけでも
朝から病院へ。元々旧正月には帰国する予定だったので、前立腺PSAの予約はそのまま残っていた。珍しく待たされることなく、一番に呼ばれた。「PSAは前回より3も上がって14.76になってます」「そうですか。旧正月不摂生だったもので」バンコクから2日しか経ってない中での検査
テト後半はインドに行くつもりだった。バラナシで死生観を見直したいと本気で考えていた。バンコクとの極端なギャップを楽しむのもいい。あり、、そうだったけ。書いてるうちに激昂しているのがよく分かる。微妙な時間差も含めて危険のサイン。オーストラリアや欧州に行くの
トンローの朝からやっているアイリッシュパブ。スクンビットに面した大気汚染な外の席だが、ファラン(欧米人)でほぼ満席。1 pint生のLEOビールが格安。なんと45B。気の抜けた感はあるが、イギリスパブ風か。新規レストラン開拓。遮るものががない道。乾季だから歩けるが、
麺オタクの私はどうしても同じ麵屋に通ってしまう。プロンポンのルンルアンに。「おわわっっっ、、!」ここ中華系だったか、旧正月休みにぶち当たってしまった。タイは旧暦は関係ないからノーマークであった。日本人やファラン(欧米人)も茫然としている。声まで発してしま
エカマイに。カオソーイで有名な食堂。お婆ちゃんが一人で仕切っている。凄い美味しそうな惣菜。9時開店同時なので空いている。昼は混むらしい。雑誌の記事とか。さっきのお婆ちゃん登場しているから有名なのだろう。飲物はセルフで取って自己申告だという。ビール、ワインも
日曜日のバンコクはタクシーで遠くの店を開拓するのにいい。渋滞がないし、公共交通を使うと1時間もかかるところが、大体2-30分で行ける。でもGrabが捕まらない。行先を変えたり、車の種類を変えてなんとか確保。クロント―イの辺りかな。平屋が並ぶ。バンコクにこんな場所
バンコクも大気汚染が酷く、学校は休校、公共交通利用を促進するために無料にするとかの措置が取られているので構えていたが、青空である。ハノイより全然マシである。ブログで見たヌードルや。Googleでは絶対発見できぬ。まだ掃除中だったが入れてくれた。メニューは写真も
テト前の金曜放課後、空港へ。念を入れてTrip.comの空港送迎車を事前に予約していたが、思ったよりはスムーズか。いつまで経っても搭乗案内がないから見に行くと40分遅延している。今回は深夜着トンローリベンジを図りたかったのだが、あっさり潰えた。LCCは朝から飛行機をぶ
会社の日本人インターン生が帰国するので日本人送別会を。とはいえ3人である。テト前で超渋滞の毎日なので、比較的近いリンランで。ビアホイはテト前の宴会ラッシュでローカルで混んでいる上に、話ができない程うるさいのは読めているので、こちらで。「2階もアルヨ」とのこ
「警察がまた来たにゃっ、何でも言うこときくにゃという文書にサインしてちょっ言うてます!」「またぁ、そんなの家主に振ってよ」「家主は出張に行っていていないにゃっ」またか、でもここで一計を案じた。言う事を訊かないと、オフィスをクローズさせるという脅しに対し、
テト前の週末、テト明けに配る紅包を買いに行かないと。ベトナム語で何というかは忘れた。Grabは22万ドンもした。普段の倍である。それも渋滞で手前で降ろされた。年末だなぁ。露天も出ていてお祭りである。金柑、ハノイの人はこのような季節行事を大事にする。富を意味する
テト前だからリンランの床屋に行く。サッパリして、近くのラーメン屋に流れる。新店ができたり、超激戦区である。いつもベトナム人のお姉さんが一人で丁寧に作ってくれる。ここはベトナム人経営かもしれないな。まさかこのお姉さんが老板だろうか。魚介系のつけ麺が美味しい
テトが近づいてきた。今年は天気は良いのだが、朝から空気は悪いし、渋滞も酷い。昼もテトギフトなるものを配るのが風習だから、渋滞は酷いし、街は忙しい。昭和の頃の日本はこんな感じだったような遠い記憶。テト前の金曜の夜にGrabが捕まるとは思えない。戦線離脱をしよう
前の会社の同僚がハノイに出張にやってきた。早期退職も役職定年も厳しく遂行されていたから、同年代の人は既にセカンドキャリアの道を歩んでいる。お互いどうしているのか興味があるし、これは会社のカルチャーだとも思うのだが、卒業してからの絆が異常に強い。世間から見
爽やかな朝、少し寒い位か。朝食は早めに。ベトナム系も種類が多く楽しい。バインミーの屋台もある。野菜系を中心に摘む。韓国人が半分、あとはファラン(欧米人)とベトナム人。日本人はいない。コーヒーとケーキを摘む。少し出遅れただけで、ファランのタオル攻撃に占拠さ
フーコックは、90年代のパトン以外のプーケットに似ている。山とか、西にビーチが点在していたり、島の形然り。ファラン(欧米人)は多いが、比較的落ち着いた雰囲気。街なかにあるナイトマーケットに。ドリアンやマンゴーも美味しそう。シーフードの屋台などもあるが、賛否
フーコック島に。飛行機は遅れて、ホテルピックアップのタイミングも悪かったので、直接Grabで市内へ。フーコックのご当地麺、Bun Quayの有名店。メニューは英語もあるし、わかりやすい。先に支払をする。タレを作るのが大事だという。金柑みたいな柑橘系を3玉位絞って、砂糖
週末フーコック。乾季真っ最中だし、テト前だから空いているだろうと検索するとベトジェットが1万7千円だったからポチった。朝早いフライト。空港内のスタバは6時半なのに開いていた。2時間のフライト。半分寝ていたので早く感じる。少し早着かな。飛行機には何百回乗って
アホ面してVetterを眺めていると「ハノイ中華会」なるものを発見した。何やら、ハノイで中華を食べる会であるという。ハノイでは、紅河が欲しい中国何千年の侵略の歴史があったり、実際中国になった時期もあったので、総じて中国への印象は悪いのだが、最近は米中関係の悪化
「Factを普通に教えて欲しいのだけど」改善してはいるものの、数字が悪いと、言い訳や、私やってますアピールばかりのレビューになる。ベトナム人は総じて優秀なのだが、稀に昭和を引きずっている人がいるのは日本と同じか。ハノイに来たばかりの時は「Please answer my ques
今年の冬のハノイは天気が良くて暖かいのはいいのだが、空気が悪く、晴れていてもどよんとしている。この霧が全て大気汚染だから、恐ろしい。空気に怯んで出足が遅れた。ブンチャー通りという名前ではないが、数軒並んでいるからそう呼ぶ人もいるらしい。写真には入っていな
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前回日本に帰国した際に、時間があったのでカンボジアのマルチビザを取得しておいた。空港で取るビザはシールでベッタリ1ページ使うし、e-VISAを来るたびに申請するのも面倒だ。そしてカンボジアエアアジアがハノイ直行便を運航し始めてチケットが一気に下がった。ただ、2万5
「hogehogeさん、明日からイベントあるにゃ」「おっけ、時間あれば見てきます」もう少し早く言ってくれれば、スケジュールも調整し易いのだが、まぁ行けない程忙しくもない。打ち合わせが早く終わったので、直帰コースか。が、凄い大雨である。「ドライバー空いていたのでア
家の近くにビアホイらしきものができた。Googleでも評判がつき始めて悪くは無さそう。一件だけ、「偽物ビールだ。頭が痛くなった」というのがあったが、ネガキャンばかり書いている業者っぽかったのでスルーしてもいいかと。ハノイでは、流行っている店や新しい店には嫌がら
珍しく晴れた休日。旧市街でも行くか。ワンパターンなような気がする。上海に駐在していた時は日帰り圏内に沢山古い街があったり、蘇州とか無錫も日帰り圏内だった。ハノイは近郊の街にまだモチベーションが沸かない。ボケてしまいそうだ。せめて土曜日に旧市街は少し新しい
珍しく天気のいいハノイの金曜の放課後。旧市街に行こう。陽が長い時期になっているから明るい。今日は北西部を開拓。ドンスアン市場はあるものの、旅行者は少ない落ち着いたエリア。ここ数ヶ月の間で旧市街でブーム的に増えたクラフトビール屋。店は新しく、店員も若い。極
天気がいい夕方は外呑み欲をそそられる。リンランへ。日系ビアホイが最近オープンした。富士山とベトナムすげ笠をかぶったバイクの壁画。逆にローカルぽいが、日系が売り物らしい。「暑いにゃっ?」「全然大丈夫っ」まだ夕方は少し涼しいから、今年はまだ異常気象のような気
ホテルデュパルクでJCCIの会合。前回2回立て続けに渋滞で遅刻したから10分早く会社を出たら、開始40分前に着いた。全く予測がつかないハノイの渋滞。相変わらず知らない人ばかりで顔を売らないといけないだが、私はコミュ障だから仕方ないと開き直るようにしている。むしろ、
インドの後味が強烈で、ハノイに帰ってきてもポカンとなっている休日。毎度のどよんとした曇り、小雨まで降っている。止んだところを見計らって、ファーアムトゥックの辺りにあるブンドックの店を目指してみよう。濃厚なスープがハノイでは珍しいと評判。ハノイの人は皆、ク
コルカタ上空。コルカタには過去2回出張で来ている。といっても前回は2001年、辛うじてデジカメの時代だから判明できる。高級ホテルオベロイに泊まり、サダルの食堂でカレーを食った写真が残っている。市内へはUberで。New market近く。暑い。この時期のインドは暑い。「マー
5時には起きて、近所のプージャに行こう。日が昇る。空気が悪いのか、弱々しい朝日。地球の歩き方にあった場所にはプージャはやっていなかった。まぁそんなもんだ。朝はあちこちで沐浴が見られる。聖なる河ガンガーで身を清めれば、全ての罪は流れてしまうという。実際には、
夜中にキリキリとお腹が張って目が覚める。直ぐに水下痢。その後何度かトイレを往復。それでも朝方には一旦収まる。ベトナムでもたまにあるのだが、原因は不明。タイミング的には昨晩のきのこのカレーか、ビールに入れた氷が疑わしいが、細菌性の場合は、2日くらい潜伏期間が
今回バラナシに来たのは自分の死生観を見直したいからであった。父親が亡くなった歳まで後6年、母親の歳まで8年。家系的にも長生きでは無いし、飲んだくれだから、心の準備をすべき。母親は自宅で看取ったから、人が最後に衰弱して息絶えていく瞬間には立ち会っている。バラ
デリーの朝。雷がゴロゴロ、そして大雨。チェックアウトの時も止まぬ。ホテルには車止めが無く、ガードのオジサンが傘を指してくれるが、Uberは50mも手前で止まって到着しました風を吹かしているから、キレながら電話する。道は川になっている。こりゃ大変だ。洪水渋滞もあち
昼食後はアグラ城へ。ムガール帝国の歴代皇帝が君臨した居城。Red fortと被る感じだが、更に立派な門。堀には水が入れられて、ワニがいたという。こりゃ攻め入るのは困難だわ。門から続く坂道、内部に侵入するにはここを通らざるを得ず、攻められまくる構造になっている。謁
今日はアグラ1日ツアーを前もって予約しておいた。バックパッカーだったら、個人で行くのだろうけど、昔から詐欺師が蔓延する悪名高い名所である。詐欺やボッタクリならまだいい。睡眠薬盛られて身ぐるみ剥がされて道路で寝ていたなんてこともあったらしい。リスクや面倒はお
Uberオートリキシャーでレッド・フォートに。オープンだから信号で止まると乞食がマニーマニー言ってくる。なかなかキツイ。排気ガスを浴びながら40分。100ルピーだから安いのと、渋滞の時は小回りが効くから有利だ。入口でチケットを買う。インド人は50だが、外国人は600で
ニューデリー空港近くのアエロシティのホリデイ・イン。時差もあるから起きてしまう。前夜はナッツとビールしか飲んでないから腹は空いている。絶好のビュッフェコンディション。野菜中心に盛ってくる。Dosaというお好み焼きみたいな。豆のカレーは見てくれは地味だが、美味
「hogehogeさん、連休は日本に帰るにゃっ」「否、帰らへん。インドに行きます」「にゃにゃっ??」ベトナム人は絶句する。何故インドに?「連休はどこも混んでるし高いよね。インドは安いし取れる」これは事実。連休なのにフライトは全く値上げしない。ハノイで働いているイ
今にも雨が降りそうなハノイの日曜日。雨が降ると厄介なので近場の店。Voted By CNNって実際はどういう意味だろう。旧市街でもないのに、よく見つけたなぁと思う。客はほぼローカルであったが、珍しく日本人のグループがいる。それも旅行客だ。「20分位待ってにゃっ」Google
ダナンの朝。徒歩圏内に麺屋があるので目指して行こう。平和に歩けるのは凄いありがたい。リタイアビザが発行されたらダナンに住みたい。ダナンには無数にご当地麺屋が存在する。地元客メインか。外の席も良さそう。メニューは英語もあり。ミークアンは食べたので、カオラウ
「日本人がやってるビアホイがある。フレンドだ」と会社の運転手が言う。フレンドは兎も角、ビアホイに日本人がいるのはGoogleとかで見ると確かなようである。いつか行ってみようと思っていたが、場所が少し離れにあることもあり時間が経ってしまった。昨今ネタも尽きてきた
会社が終わって床屋に直行。何気なく予約したのだが、昨今はスコールによる冠水や、警官サボりによる交通麻痺とかも多発しているから時間通り行けないこともあったなと。日本人がやっているところだから、大遅刻やスッポカシも微妙である。結果15分も早く着いてしまったが、
雨が降りそうではあるが、スコール前の凶悪な感じではないから出かけてみる。ハイバーチュン、バインクオンの店。看板はブンチャーだ。満席。客層は私以外はほぼベトナム人ローカル。全然注文は取りに来てくれずにガン無視だが、隣もその隣もまだみたいで、順番になっている
土曜の昼間はラーメンかなぁとリンランへ。ナルトに行ってみるが、ぐげ。リンランは客が少ない割に店が多いから毎回心配になるのだが、大丈夫かな。暖簾が残っているから改装だということを望もう。一豚軒に向かってみるが、目の前でゴルフ帰りらしき凄い日本人のグループが
金曜日、天気はもっているから旧市街に。大教会のあたりの細道。久々に来たクラフトビール屋は少し改装したか。サーバーが並ぶのは変わらんのだが。外に面した吹き抜けの場所ができている。こりゃ欧米人は好きそうだ。道行くハノイの人や旅行者を眺めながらクラフトビールは
スコールも来るようになり、天気が読めなくなってきた。晴れている夕方にはついつい飲みに行かないと勿体ないと感じる。近くのビアホイというかビアガーデンというか、その間くらいの店。ハノイにあるビアガーデンは、派手な装飾で、ビキニのビアガールとか、もっこり海パン
「JCCIの第一回の会合って来てるんだけど、これって単なる飲み会なんだけ。行った方がいいのか、行かなくていいのか」「食事の前に講演もありますし、デュパルクで飲み放題でワインもありますよ」同じ会社の同僚は役員になっているから、別に予定もないのに行かないというの
相変わらずどよんとしたハノイの週末。それでも少し日が差しているような気もするし、天気が悪くなりそうな気配もある。天気予報はすぐにでも雨が来るというがアテにならぬ。もう1年以上住んでいるが、未だにハノイの天気は読めない。他の東南アジアの街みたいに単純ではない
久々のハノイの金曜日。珍しく晴れているから、家と反対側に向かおうか。こういう時は車が戻ってきてなかったり、渋滞で動けなかったりで出鼻をくじかれるのだが。否、今日は警官が働いでいる!スイスイと西に。前から行ってみたかった、外呑みのSailing barに。まだ18時だか
中央アジアの長旅からハノイに戻り、仕事は3日位で片付けたが、集中したからか肩こりと疲れが酷くて、吐き気すら感じる。あまりにも辛いのでマッサージに。一時的な気休めにしかならないのは承知しているが、それでも我慢出来ないほど辛い。ここは60分で20万ドンと安いし、内
タシケントの空港に入るのに、セキュリティで長蛇の列。チェックインの前に、インドビザ確認の為、イミグレーションカウンターでハンコが必要だったりで、時間はかかったが、なんとか出国。最後の方で搭乗すると、追加料金を払って確保した窓側の席にインド人が座っていて全
ドウシャンべのHotel Shumon。ロシアチックで古めではあったが、小綺麗でお湯もたっぷりでた。市内の眺めもいい。朝食も色々あって楽しい。空港へ。タジキスタンともお別れである。空港は小さく、ほぼスムーズか、、否、税関で、持ち金を細かくチェックされる。隙あれば、賄
来る時には2日かけた行程を今日は1日で一気にドウシャンべまで帰ろうと運転手とは決めていた。6時朝食、6時半出発だと。「Oh. He is always late !」流石に運転手にも焦りが見られる。Y氏は百戦錬磨だから、ドタバタせず、自らのペースを守っている。一方で私は登山や出張で
7時半に出発。一番晴れて欲しい日に晴れてくれた。自らの運の良さにはいつも感謝する。村人たちも朝からお出かけか。手動式ガソリンスタンド。初めて見たかも。ワハーン回廊の上流部分に差し掛かる。そして山を上っていく。アフガニスタン側の雪山の眺めが雄大。お国柄故、未
ホルグのゲストハウスの朝食。ほんのり甘い粥。米はペースト状に化けている。ホルグを8時半に出発。ホルグからはワハーン回廊というエリアになる。なんて素敵な名前なの。ワハーン回廊とは、タクラマカン砂漠を通って東西を結ぶシルクロードの一部で、このアフガニスタン付近
ゲストハウスで朝食。7時半前には出発。今日はカライコムから、アフガニスタン国境沿いを280km走って、ホログという街までの行程。昨日は見えるたびに大騒ぎしていたアフガニスタンの村だが、今日は愈々近くに見えるし、規模も大きい。朝だから村人もちらほら出ている。タリ
ドウシャンべ、Rumiホテルの朝飯は豪華。野菜もフルーツも沢山。本物蜂蜜。8時に出発。今日も冷たい雨が降っていて寒い。夏に来るべきだったと理解したがもう遅い。酒を仕入れる予定だったが、朝早すぎて店が開いてない。シマッタ、昨日買っておくべきだった。Simカードも大
タシケントで、中国駐在時代の知人であるY氏と合流。ウズベキスタン航空なのに荷物のチャージの支払が発生した他は特に問題はなし。飛行時間は40分。タジキスタン入国も20分程行列した他は想定通り。ここからはガイド運転手付のアレンジとなるから少し安心。天気は悪く、雨が
夕方、ティムール広場へ。昔はスターリンの銅像があったらしいが、今はウズベキスタンの英雄に入れ替わっている。ここから歩行者天国風の通り。外呑みには気持ちの良さそうだが、酒類の販売はない。イスラムだからなぁ。否、あった。WOW、ロシア圏だからなぁ。ビールを注文す
デリーからウズベキスタンのタシケントに。日本人の発想だと、ウズベキスタンに行くには、韓国か中国経由かなと検索すると、ハノイからだとベトジェット乗り継ぎのデリー経由が圧倒的に安く、なんと往復燃油代込みで10万9千円であった。デリーのトランジットも久しぶりだし悪