黄金の朝靄朝靄のたゆたう湖に黄金の陽は差しこの世ならぬ何かの誕生を祝うようにこんなに美しい朝はこの世ならぬ何かが誕生してほしいこの世が少しだけ変わるようにいやいつも世界のどこかでこの世ならぬ何かは生まれているのだろうこの世を生き生きと保つためにそれは人の目には見えぬものただ輝く瞬間として現れるものこの黄金の朝靄もまたその瞬間第853日黄金の朝靄
懐かしさ懐かしさとは時を超えて私が生きてきたことへの喜びだあの時私は生き今も私は生きているあの日の思いと感情は今の私の中にも生きているそれは世の時を超えて私が存在することの凱歌私はゆらめく灯し火時に消えまた灯り色合いさえ変わるけれどもあまたの思いと感情が私を貫いて生きているそれに触れて心は震える第852日懐かしさ
わが命何をあくせく明日を思い煩うことはもうなくなった明日は今日と同じ日だろうその次の日もそうだろう幸せなのだろうかそれとも地獄なのだろうかただ死がやってくるのを待つともなく待ち死んでいるわけではない内には様々な蠢きがあるけれど外が変わることの期待はない私は老人だからそれでいいけれど若い人々は違うだろう明日を思い煩うのが生きるということだ第851日わが命何をあくせく
滑走軽やかに氷の上を滑り猛烈な速度で走り出し制御不能になり奈落へと落ちるいくつもの姿がある私もやったことがある滑っていくのは気持ちよく一抹の不安があっても構うものかという気になる生きていくことは泥の中をもがくかごつごつした岩場で傷を作るか軽やかに滑るのは至福その先に墜落が待っていてもその誘惑にはなかなか勝てない第850日滑走
水ぶくれ素足にサンダルで歩くと半時間もしないうちに水ぶくれができるこの足の皮膚の弱さは何なのか運動や山登りで鍛えても無駄だった牛車や駕籠ばかり使う高貴な血筋だったのだよなどと嘯いてみるが系図はどう見ても貴族ではないつまりは出来損ないないしは退化衰弱足の皮膚でもそんなことがあるのか自分の足で大地を踏み締められないそんな生き物があるものか人は体だけ妙に獣から離れようとする第849日水ぶくれ
ソースせんべい昔屋台でお気に入りだったソースせんべいを菓子屋で見つけた息せき切って買い込んで大きな袋を三日で食べてしまった美味というものではないけれどおいしいソースや梅ジャムとせんべいの調和それだけではない握りしめた十円硬貨で籤をやってわずかに手に入れたあの切望がまだ生きているのか「大人買い」してたらふく食べるそれは古く幼い渇望の補償でもあり飽食して墜落した自分への揶揄でもある第848日ソースせんべい
夢中案夢夢の中で夢を案じているのか醒めねば真実はわからぬのかであるならなすべきことはない面白可笑しく時を過ごすほかにはいや夢の中でも掴み取ってやる真実の尻尾の先の毛でも夢であっても何かを積めば醒めた後にも何かが残るはずだもし人間の思考というものがそもそも間違ったゲームだとしたらなすすべはないが思念や感情に何の価値もないなら何を積むこともできぬそんなことがあるものだろうか第847日夢中案夢
秋の永遠梢が静かに揺れる秋の午後にあの世へ旅立ちたい旅立ってほしい澄んだ陽光の哀しさに別離の涙を紛れさせられるから拡がった空にこころを蒸発させられるから季節ごとに永遠はちらつくが秋ほど遠い永遠はない秋ほど高い永遠はない日が落ちて虫の声に眠る時それはやさしい永遠の眠り第846日秋の永遠
星へのまなざし同じ水準で同じ方角で話ができる相手がいればそれは大きな喜びこの広大な世界の中でやはり人は淋しくなる生きることは孤独だとしても心の通い合いがあることは嬉しいそれぞれの喜びや苦しみは色合いが違っていても同じ星を見られるのはいい暖め合うためではなく星が確かにあるということをよりしっかりと感じるために第845日星へのまなざし
おしゃべり三十分人が一日累積三十分だけしゃべれるのだったら世は平和で静かになるだろう世の人間はしゃべりすぎではないかあれこれしゃべるからうるさいしつい余計なことを言って余計なトラブルも起こる時計を見てあと五分となったら言うべきことだけ簡潔に言うだろう言ってる途中で時間切れというのも面白い逆に鬱憤を溜め込んで瞬時に爆発させる輩も出るか孤独な老人が街でやっているように第844日おしゃべり三十分
難解若くて糞生意気な頃は難解なものを好んだ少しだけ理解できたところを得意げに振り回して難解なものには警戒せねばならない実はただ表現が下手なだけだったり果ては怪しげな魂胆からやっているのもあるソーカルの悪戯はいい冷や水だったそれでも難解なものに頭をひねることは思考を鍛える役には立つ幽妙たる真理に触れることもあるけれど年老いた私にはもうそんな気力知力はない単純明快な真理こそが十分難しい第843日難解
手紙手紙というものをもう十年以上書いていない私が孤絶したせいもあるけれど世からも絶滅しかかっている出すのに手間が掛かり着くのに時間が掛かり返ってくるのにさらに時間が掛かるIT時代では化石のようだけれどその間延びしたところに何とも言えぬ味わいがある天使とのやりとりのようで誰かに手紙を書きたい気がするがそんな相手はいない代わりにこうやって詩を書いている第842日手紙
レベルダウン創造的無能の勧めという説があった自分より少し下のレベルで活動した方が楽しく過ごせるというものだったプロ野球人が社会人野球に行くようなものかまあタイトル総なめで楽しいかもしれないけれど飽きたり虚しくなったりしないだろうか周囲の不甲斐なさに苛立ったりしないだろうか有能でない私の経験では優れた人に囲まれて足掻くと劣等感は持つが自己鍛錬にはなる下のレベルに降りたつもりが思わぬ無能をさらけ出したりするのは恥ずかしいしひどくへこむ第841日レベルダウン
巻き上がる泥泥の沈殿した池で手足を動かすと泥は巻き上がり水はたちまち濁るせっかく鎮めた心なのに何か行動を起こすと煩悩がたちまち巻き上がりうるさいことこの上ないじっとしていると退屈で死にそうになるけれど動くと泥が巻き上がるじっとしているのがいいのか泥だらけになっても動くのか泥をなくす方法はあるのか第840日巻き上がる泥
美真も善も個的なものではないが美は個的なものたりうる美こそはわれらの存在の個としての存在の本質なのだ醜くとも傷だらけでもわれらは美にならねばならぬそれこそがイデアが形相になるという創造の本質なのだ第839日美
無明讃いいのだ無明こそがこの世の生き甲斐煩悩こそが宝どれだけ輪廻を繰り返そうとやがては上がる上がりたくないなら延々と繰り返せばいいそのうち飽き果ててもうたくさんと言うまで混沌の中を生き続ければいいこの混沌もまた創造の花もがいてそれを豊かにするそれも創造への賛美第838日無明讃
秘密の書秘密の書の冒頭には凡庸な詩句が書かれているそこに凡庸しか見ぬ者は秘密に向けて歩むことはできぬ秘密の書の最後には悲惨な物語が書かれているそこに悲惨しか見ぬ者はついに秘密に触れることができぬさてさてそんな秘密の書はどこにあるのでしょうそれもまた秘密けれど自分の人生をよく見ればそれが段々秘密の書に見えてくるそんなこともあるかもしれませんね第837日秘密の書
発現これこれのものでできているというのはそのものを説明したことにならない当たり前の話だがわれらはそれをよく取り違える基体たるものとそれを利用して発現しているものは別々のものだすべて存在とはそういうものだそこに何が発現しているのかさらにその発現を基体にして何が発現しようとしているのか下へ下へと探るのではない上へ上へと目を凝らすのだでなければ世界は見えない第836日発現
巨大生物私には想像すらできないが大きな企業は途方もなく複雑で難しい仕事をやっているらしい何千もの脳が思案し何万もの顔が交渉し何十万もの手足が実働する何という巨大生物か何百もの巨大生物が地表を這いずり機械も道路も都市もそうやって造られるそれが今の文明無縁でいることはできないが私は人間の身の丈の活動に与したいわれらは巨大生物ではないのだから第835日巨大生物
カレーカレーはカレー日本人にとってほとんどのインド料理は「これカレーだろ?」インド人は渋い顔をするカレーの定義はないらしい何かをスパイスで料理すればカレーけれど胡椒やショウガだけではカレーではない何がカレーをカレーたらしめているのか日本のカレーライスはうまいイギリスを経て入ってきたらしいがあのマズ飯の民はなぜカレーを国民食にしなかったのか北インド流も南インド流もネパール流もカレーはだいたい美味しい遠く離れた地の民を魅惑する不思議第834日カレー
熱情ひとつの恋情に悶え苦しみひとつの言葉に壮大な観念を組み上げひとつの情景を熱い夢として抱いたあの若い日年老いた目から見ればどれも小さなことだがあの溢れんばかりの熱情は羨ましい生は熱情老成は生からの遊離生きていくことは生を失うことかいや夢想や熱情は死に絶えていないこの世の事物に対して結ばなくなっただけそう思いたい第833日熱情
疲労疲労は体のものか心のものか別であったり絡まっていたり体だけの疲労は心地よく心だけの疲労は不快心の疲労は体の疲労を毒に変え恐ろしい地獄を作る運動すると酢酸が溜まるように悪しき思念の澱が心に溜まるそれは体も魂も蝕む外のストレスが問題ではない心が自ら分泌する澱が危険なのだそしてそれを掃き清める方法はなかなかない第832日疲労
非獣幸福の最大化をめざすのは所詮ケダモノの様態でしかないどんな高度な技術や知恵を駆使しようと欲望の満足はケダモノの世界ぶくぶく肥え太った欲望と何としてもそれを満たそうとする傲慢と決して解けることのない欲求不満とでこの世は濁流のようになっているケダモノでいたいのならいればいいケダモノにしかなれないならそれでいいけれど私はケダモノでない人間を探したい幸福とも欲望とも無縁な純粋な精神の営みそれはどこにあるのだろうか第831日非獣
蘇生苛烈な夏は突然崩れ去ったしかし梅雨のような重い湿気が秋を隠すそれでも戦争の終わった後のような静かな安堵感に包まれ人々は生きる楽しみを求めて街や野に繰り出す懲りもせず人は生きようとする天災に打ちひしがれてさえも仕事を生きるように人は季節を生きるその苦楽が人を救う第830日蘇生
煩悩煩悩を消してさてどうする?静かに生きる?それならこの世に生まれる必要はない煩悩は消したいよ振り回されるのは苦しい大失態もしでかすでもそれが成長の道なんだろう煩悩がなくなれば真の慈悲の道に勤しめるのか慈悲もまた煩悩ではないのか簡単に消えないものだから騙し騙し行くしかないなどと言っているうちにまた大火傷をする第829日煩悩
醜死首吊りや飛び込みや飛び降りは美しくない醜悪な死体を見せつけるのはそれ自体犯罪に等しいそんな思いも浮かばないほど切羽詰まっていたというのは嘘でないだろうが切羽詰まってもすべて許されるものではない自殺は創造への反逆けれど絶対悪というものではない必ず地獄へ行くわけでもない罪は人が裁くものではないけれどその醜悪と残酷は加重される罪になるだろう第828日醜死
天使の体天使になったとしても体を持たないわけではない感覚し行動し創造するには体を持たなければならない天使の体は思念や情念に反応する巨大になったり色を変えたり激しく振動して明確な形すら脱したり色合いと熱量と影響力それが天使の体の本質その美と力はわれらには想像すらできぬ人間の体は天使の体ではないそれは物質世界を味わうためのものけれどそこに天使の体の小さな欠片はある第827日天使の体
祝福する音楽ひとつの旋律が昔の光を掬い取り祝福する魂は震えるいくつもの光が眠っている道や建物や草木山川祝福されるのを待ちながら私にとって最もよき音楽は過去を祝福するもの私の永遠に導くもの誰も知らない私さえも知らない私の魂の永遠に第826日祝福する音楽
逆撫でぶり返しの暑さは神経を逆撫でされるようで癇癪が起こる怒ってもしょうがないけどああやっと終わったよとほっとしているところにほれほれと意地悪される気候というものはたちが悪いジグザグを描くというのは機械はやらない気候というのは生きているんだな時々人間のお願いを聞いてくれるようだけど最近は人間があまりに傲慢になったのでかなり怒っていらっしゃるようだ第825日逆撫で
季節という神季節を歌っていれば下手な詩でも詩らしく響くいいような悪いようなわれらは季節の下僕なのかそう季節は神様なのだわれらの生に味わいを与えるそれを味わうだけでわれらは生きていける神様を讃える歌ならどれだけあってもいい上手じゃなきゃいかんということもない延々と和歌は神様を讃えてきたそして今も日本人は神様を讃える日本には四季という神様がいるのだ第824日季節という神
衝突地の底から湧くものと天の極から降るものとそのぶつかり合いの中に存在の地表が生まれる地から湧くものは何を爆発させようとしているのか天から降るものは何を結晶させようとしているのか地表を転がる像は無秩序に見える動きの中に巨大な線画を描くその絵は地上から見えぬがそこに宿る色は天をも地をも彩っていく第823日衝突
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