月の孤独月は淋しそうだこんな広い天を独りで渡っていく仲間が三つも四つもあったら楽しいだろうに人間の詩ももっと豊かになっていただろう今日は三の月の満月来月は二つの月が重なる夜とか月を眺め続けると狂気になるというが三つ月があったら狂気はもっと増えるだろうか太陽も月も一つというのは神様はちょっとケチではと思うがその単純さがわれらにはふさわしいのか第123日月の孤独
よきもの私の持っている最もよきものはよきものがあると知っていること私にはよきものなどろくにないがそれは確かによきものと肯えるもの声高に言い立てるものではない人に押しつけるものでもないよきものとはよきものを知る者に慎ましい賛美を呼び起こすものよきものなどないと叫ぶ人は地獄に暮らすしかない最も大切なところが病んでいるよきものを現わし出す力はなくともよきものの存在は認めなくてはならぬでなければ世は地獄になる第122日よきもの
澄明ああ澄み渡りたい快晴の正午の空のように凍てつく雪の原野のように深い洞窟にしみ出す一滴の水のように思いの絡まりもなく追憶の悔恨もなく身を焼く渇望もなく振り切れぬ執着もなくすべてを神の恩寵と見られれば澄み渡ることができるのかそれともすべてを無と見ることなのかいや何の観念もなく内に濁りを抱えたまま赤子の目のようにただ澄み渡りたい第121日澄明
きりふかきもりときわぎのしずけさのみちるきりふかきもりにふみいりくちかけたきりかぶにすわりあれたこころをなぐさめんなもしらぬとりのさえずりこぼれおちるこずえのしずくくちきにのびるこけのほにいのちのふるえをあじわわんとおきおもいでのかすかなかおりにたちのぼるあまきかなしみにぎりしめるすべなくもこころをうるおすやがてこのいのちはてるのちはこのもりのごとくしずけくふかくなりてきずつけるこころをしばしやすらわせん第120日きりふかきもり
山は果てなく登り来ればたたなずく山は果てなく人を拒む地の何と広大なことかこの無人が背後に拡がっていることを街人は忘れているそして狭い空間で角突き合っている人がもっと強くなればゆったりと散らばって住み詰まらぬ小競り合いもなくなるだろう広大な緑の海の中にゆったりと暮らすための新しい技術や経済はできないものか第119日山は果てなく
響き今見ているこの景色を他の人は同じように見るのか今抱いているこの思いを他の人は同じように抱くのかこの秋の白い光の風景に幾重もの遠い景色が重なるのは朦朧とした思いが絡まりほぐれるのは私だけのものけれども微かな響きが世界へと放たれるそれはどこかへたどり着きさざ波を立てる私もどこかからやって来るその響きを聞く途切れがちの弱々しい旋律をそれが私の孤絶を癒す第118日響き
柱頭の聖者柱の上にすわって世間を見下ろしていた聖者はいったい何を見ていたのか世間なのかそうではないのか世間を眺めるのは面白い信じられないような人がいて信じられないような出来事が起こる驚き呆れ感心し時には感動する面白がって一生を終えるのかそれとも途中で飽きるのか何か別のものが見え出すのかそこに拡がるのは厖大な混沌混沌を貫く何かが見えてもそれも混沌混沌との戦いは終わりがないだろう第117日柱頭の聖者
謎のもやもや髪の毛は切なくなるほど美しいものでありまた背筋が凍るほど恐ろしいものなぜこんな負荷を背負っているのか原始の下等形態の名残りゆえにわれらの原始的感情を刺激するのかしかしゆるやかに波打って風を受ける美女の髪の美しさは原始的ではない男のつるぴか頭に至っては好色淫乱の印に見られさえする進化形なのにこの理不尽お金と手間を食う謎のもやもやを誇らしげに頭に載せて今日も人間という不思議な生物が歩き回る第116日謎のもやもや
足足は偉いずっと地を踏み続け私を絶景の地まで運んでくれる汚れ役で不器用でろくに構われもしないそれに耐えている足には体全部のツボがあるという大地の活力を取り入れて体全体に運んでいるのだろう臭いなどと言ってはいけない臭くしておいてはいけないわれらはもっと足に感謝しなければいけない第115日足
くしゃみくしゃみが突然やってきて準備するまもなくぶはっちょほへとなった時の惨状たるや鼻の奥は痛いし汁は飛び散るしくしゃみはちゃんとはくしょんと発音しなければなりませんさもないと鼻や耳を痛くしたり汁をとんでもない所に撒き散らすはくしょんと発音するのはそういった事故を防ぐための古来から伝わる作法なのですところでもはや世捨て人となって誰も噂などしているわけがないのにくしゃみが出るのは釈然としない第114日くしゃみ
幼子この子に祝福がありますように幼子を見るたびにそう思うそれは本能かもしれないがいい本能だろう大人を見てもそうは思えない時にはとんでもないことを思うそれもまた本能なのかもしれないがこれは悪しきものどんな人間を見てもその奥に祝福すべき幼子を見るそんな目があればと思うさらにはどんな人間にも幼子としての自分を見てもらうそんなふうになれればと思う第113日幼子
悪の源すべての悪の源は支配だ人はそれを薄々知っているが正面切って認めようとはしない人を導こうとすることも世をよくしようとすることも支配の始まりそれがどれほどの悲劇をもたらしたか支配欲を捨て去ったら人類は違う方向へ進化するだろうそんな日が来るだろうか私は何か誰かを支配する力も金もない何と恵まれたことか第112日悪の源
エレジーあの澄み透った秋の日はもう帰ってこないのかヴァイオリンは古風な調べを奏でず静かな公園に恋人たちはいない私はこの文明の乱舞を砂嵐のように辛く感じる気候は狂い太陽は衰弱し人は技術と情報の奴隷となる私がなすべきことは心を澄み渡らせること目を閉じ耳をふさぎその静寂の奥底にかすかに響き渡る旋律がある私はそれを必死に拾い味わう第111日エレジー
永遠の織物山の頂の大樹から一滴の雫が落ちる時深い海溝の暗い水底でひと塊の渦が湧き起こる数億光年彼方の銀河の光が大都会のビルの壁に映る時寝床でうずくまる私の耳に小さな旋律が生まれる何ものも失われることなく壮大な織物は織られていく絶えることなく永遠に織り込まれた私の小さなパッチは細く長い糸で遠いものと繋がる私はここに在って生きなければならない第110日永遠の織物
空の上風が通りすぎていく時天使たちもまた通り過ぎていく世界の秘密を囁きながらわずかな言葉の響きだけを残して私たちが暗示を探してむなしく空を仰ぐ時ひとひらの花びらが流れていく生と死の神秘を歌いながら夕暮れの鐘が鳴る慰めと希望を籠めてしかし俯く私たちの耳はそれを聞かないこの世界はいつも不思議な謎掛け答えは決して明示されない空には星々が意味ありげに笑う第109日空の上
うんこ毎日毎日うんこをひり出すというこの馬鹿馬鹿しさは耐え難いいや馬鹿馬鹿しいどころではないその厖大な悪臭の塊は途方もなく厄介それを一瞬にしてよきものに変える技をまだ神は与えてくれていないそれは己の醜愚を思い知るようにとの意地悪な配慮なのかもしれず美女も聖人もうんこをひり出すそれは凡人にとっては慰めだうんこは平等だ人間も下等動物もなどと呟きながら私は今日もうんこをひり出すそれは健康の証大きく立派なうんこは生の輝き第108日うんこ
Sake酒は水と見分けがつかない人の舌や鼻を鋭く刺すこともないいかにも日本のものらしい趣がある澄んだ水に洗われるこの風土に内田百間大先生に不遜にも追随して私も水のように淡い酒が好きだ舌でも喉でも鼻でもない体を離れたどこかが美味を感じる酒おいしくてもだめ香り高くてもだめ自己を主張しない酒これもやはり日本らしいさらさらと喉を流れさらさらと酔い心地に招くこの聖なる淡さは素晴らしい第107日Sake
スポーツスポーツが人の心を打つのはそれが現実だからだ球を打ったり蹴ったりそれは動かしがたい現実虚構ばかりの世のなかで肉体が信じがたい姿で動き栄光の勝利や残酷な敗北が告げられるそのあからさまな現実が心を揺さぶる八百長は言うに及ばず感動ポルノや政治汚染はスポーツを殺す現実がそのままあればいいのだ人間の可能性が現実となるそのドラマこそがスポーツなのだ第106日スポーツ
賛美私が愛するものは私が愛することによってわずかばかり輝きを増すその輝きを増すために私の愛はある愛するのは快楽を得るためではなく支配するためでもなく愛を得るためでもないそれは小さな祈り在ることを賛美しより輝くことを願う助けることや守ることはできなくとも愛すれば必ず輝きが増す私はそう信じ愛する第105日賛美
時夜そのものを味わう花や鳥がどうではなく語らいも酒の酌み交わしもなく夜そのものの姿を時そのものを味わうのだ夜明けも夕暮れも朝も午後も追憶でもなく詠嘆ですらなくそれは至高の贅沢いつもできるわけでなく何ももたらしはしないが時は何かを乗せる皿ではない創造のいのちそのものだそれに触れる時私は神に繋がる第104日時
芳醇ウイスキーというのはいいものだ真髄を凝縮し時を熟成し薫り高く酔わせる人もそうでありたい経験を凝縮し思慮を錬成し酔わせはしないが香りを放つまあしかしだいたいそうはならないとげとげと人の舌を刺し悪臭を放つ人間はウイスキーに劣るのか不純物が多すぎるのかそもそも原料が悪いのか第103日芳醇
松風長い旅の途次の静かな夕べ松の木の下の庵で居合わせた旅人たちが柴を焚き暖を取るぽつりぽつりとそれぞれの旅の話をし曽遊の地には懐かしさを未知の地には憧れを抱き夜が明けると旅人たちはばらばらに散っていくもう二度と会うことはない人のいなくなった庵には松を吹く風の音ばかりそしてまた誰か旅人がやってくる第102日松風
十三人の友季節は一番の友苛められたり裏切られたりそれでもたくさんの喜びを持ってきてくれる春夏秋冬の初盛晩そして梅雨十三人の友が毎年やって来るどれだけ世に見捨てられていても友は必ずかまいにきてくれる何と優しいことかこの出会いを味わうだけで生きる意味はあるような気がする生きる幸せはあるような気がする第101日
やまとうた槇山に霧立ち昇りいにしえ人の詠嘆を再生するこの風土の景色にはいつも人々の美への賛歌が響いているこの国の人々が築き蓄えてきたのは知の果実ではなく風景の中に織り込まれた感情を澄み透らせた詩情われらはいつでもそれに繋がるそして遙かな時を旅する心は数多の心と響き合って震える風景に救われ人はまたその至悦を風景に織り込む美と救いの浄土がここにある第100日
地獄こんな情況になっても道を示す人が現われないのは世が沈みゆくしるしなのかそれこそが新しい次元なのか重苦しい世はさらに重くなるだろう楽園の幻想は温かい鉛の寝床に変わるだろうい精神は打ち砕かれてしまった美は打ち砕かれてしまった人は何を見つめればよいのかやってきたのだ地獄が天災や飢餓ではないわれらの精神の地獄が第99日
キンモクセイキンモクセイの香りの流れる時に恋人と出会いたいそして別れたい香りと共に記憶が深く刻まれるからキンモクセイの香りの流れる時に夢を叶え微笑みたいあるいは夢破れて慟哭したいこの香りは心を宥めてくれるから静かに季節が傾いていき風景が奥行きを増す時この香りと共に記憶をまさぐるのはいいそしてキンモクセイの香りの流れる時にこの世の日々に別れを告げたい苦くつらい記憶を少しでも清められるから第98日
曼珠沙華曼珠沙華は死の匂いがするあんなに美しい色と姿なのに彼岸花という名のせいではない葉のない花茎のせいでもないその忌まわしさは何か別のわけがある昔むかし飢饉の時に食べたからか手順を間違えて死んだからかそんな古い記憶がわれらの中にあるのか花は美しいものばかりではない邪悪さを漂わせる花があるそれはこの世の深い味わいだ第97日
水の音水の音をいつも聞いていたい祖母の村のあの清水の音を幼い心を圧倒したあの滝の音を輝いた昼の後に訪れる夏の驟雨の音を水は天から降り野を潤し海を作りまた天に還るその周り巡りの中に命を育むわれらもまた水に貫かれて生きる水はしばしば暴虐に命を奪い取る洪水は根こそぎ地上を破壊し尽くすそれでも水は芽を奮い立たせるその聖なる天意が時に見せる優しい「生きろ」という囁きを心にいつも受け取っていたい第96日
慕雲美しい雲は美しい眺めていると涙さえ出てくる幼い頃の私も雲を眺めていたのか胸の内にはどんな感情があったのかそれとももっと昔何度もの人生で私は雲を眺めていたのか雲と共に私は地を離れる雲は私を永遠に繋ぎ止める第95日
名月UFO梢を透かして見る仲秋の名月は粉々に砕けて少し不気味七つ八つの光の玉が固まっている様は宇宙船の群のようかすかな風に増えたり減ったりUFOのニュースはよくあるが残念なことに私の前には現われない都会の空は星もなく淋しいUFOの魅力は正体が明かされないこといつまで経っても謎のままもっと頻繁に現われてわれらを困惑させてほしい第94日
残映私の中に神が映り風景の中に私が映り時の幻の中に風景が映り静かに世界は完結する言葉も思いもなく過ぎゆく時間もなく私は光になり私は世界になる第93日
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