四川省の省都・成都はしっとりした京都のような古都であり、今やチベットの玄関口にもなっている
温暖で肥沃な米作地であることから「天府之国」と称される。また、海には面していないが中国最大級の湖「瀘沽湖」を擁し、水産物、特に蝦の一大産地でもある。かつて四川省のあたりは蜀の国と称されていた。古く歴史にある省である
私が九賽溝を訪れたのは、2011年8月であった。まだ暑いまっさかりであったため、当然のこととして、紅葉などはこれっぽちもなかった。標高は富士山にほぼ匹敵するぐらいなので、朝晩はそれなりに冷え込むことも考えられたが、杞憂に終わった。というより、かすかな期待があったがので、杞憂というより失望であった。 紅葉はなかったが、九賽溝はやはり美しく私の美的感覚を満足させるに充分であった。
中国と朝鮮の分化の源泉は鴨緑江と豆満江にあり、そして日本人のルーツは?
オホーツク人、縄文人、弥生人が血液の交流を繰り返しながら、現代の本土日本人、アイヌ、ニブフ、沖縄人などになったという説が語られています。 当然のこととして、ツングース族の人々とオホーツク人やアイヌとの間には、アザラシ漁などを通じて、交流があったであろうことは塑像に難くありません。
令和の出典が、『万葉集』であることに拘った意見が広く陳述され、広く流布していますが、日本独自の文化はそれなりのきちんとした評価がなされるべきであることは当然ですが、ルーツが他からくることを、認識し認めることはなんら恥じずべきことではありません。むしろそのルーツを正当に評価してこそ、自国の文化の優れた面を評価できるのではないでしょうか。
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