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プロフィール PROFILE

たつや(雑賀弘行)さんのプロフィール

住所
城東区
出身
福島区

「いにしえララバイのブログ」の内容 http://historyman.blog.jp/archives/cat_325686.html タイアップしている任意団体 「隠された古代史を探索する会」 http://www.kodaihistory.org/

ブログタイトル
いにしえララバイのブログ
ブログURL
http://historyman.blog.jp/
ブログ紹介文
にほんブログ村に帰ってきました。以前は、Yahoo!のブログで投稿していましたが、2019年12月15日でブログのサービスを終了。そこで、Livedoor Blogに移転しました。今後も「いにしえララバイのブログ」をよろしくお願いします。
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23回 / 346日(平均0.5回/週)

ブログ村参加:2019/04/29

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たつや(雑賀弘行)さん
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たつや(雑賀弘行)さんの新着記事

1件〜30件

  • 蝦夷のアイヌ人論争

     現在、蝦夷地とは北海道を指しますね。日本政府が日本の先住民として認めたアイヌ人。そのアイヌ人が北海道に永住しているので、蝦夷というとアイヌ人という固定概念をお持ちではないですか。北海道は確かに、本州と違った形で歴史が進んでいたのは確かで、縄文文化が永く

  • 邪気と疫病

     令和時代が始まったばかりなのに、新型ウイルスコロナのおかげで世界中が大混乱に陥っています。感染が市中にまで広がりをみせていて恐ろしい事態になってきました。そんな時、心がけないといけないのが平素の規則正しい生活です。睡眠を十分にとり、手洗いやうがい。それ

  • たつやの古代旅日記 7-2

    第7章 温故知新 第2節 たつやの講演の日、朝早くから流正はたつやが宿泊しているホテルにやって来た。 「先生、おはようございます。」 「渡部くん、おはよう。昨日、少し心斎橋から道頓堀辺りを散歩がてら歩いてきたよ。道頓堀も昔に比べてきれいになっていたね。それと

  • たつやの古代旅日記 7-1

    第7章 温故知新 第1節 正月も過ぎ、授業が始まる前に大阪の知人、畑山俊一先生から講演依頼があった。大阪に行くのは久しぶりで、たつやが助手の時代に「稲作の発展と灌漑の進歩」という論文を作成するために、仁徳天皇が行った茨田堤で河内平野を調査したことがあった。 

  • 【私考】古事記 イザナギとイザナミの決別

     イザナミがカグヅチによって死んでしまいます。それでも、神なのですね。黄泉の国、イザナミの故郷、出雲に身を隠したのです。そこで、イザナギはイザナミに会いたくて出雲まで会いに行きます。そこで、イザナギはイザナミに会うことができます。しかし、その姿は腐敗して

  • 土器と剣の話

     韓国の人は、日本の始まりが朝鮮半島にあると主張されています。しかし、先史時代の両国の関係とは別に、日本では縄文時代と言って、紀元前14,000年~紀元前1,000年頃までの長い歴史があります。そこで、韓国の先史時代はどうだったのかちょっと調べてみました。土器からす

  • 瓢箪と卵

     日本で「瓢箪から駒が出る」という古い諺がありますね。瓢箪はウリ科のユウガオ属の変形種で、アフリカが原産で世界最古の栽培種の一つ。それが、縄文時代草創期から日本で植えられていた。福井県の若狭湾国定公園の三方胡から流れる支流と高瀬川の合流地点一帯に12,000年

  • 【私考】古事記 イザナミの死とカグツチ

     イザナミは、アワジノホノサワケシマの神からヒノヤギハヤオの神までを兄のイザナギとまぐわれ、多くの神をお産みになった。火の神であるカグツチの出産後、陰部を火傷されて病気になられ、嘔吐かれた痰や糞から神をお生みになって、ついに亡くなられます。そして、悲しん

  • 【私考】古事記 自然界の神々(神生み)

     イザナギとイザナミが国生みを終えて、次に生み出した神々は自然界、生活感溢れる神々でした。これらの神々の特徴を生かした形で裏には、縄文人と神話を作り出した渡来人との融和やこれからヤマト王権を支えていくだろう氏族が隠されていたと思います。既生國竟。更生神。

  • 【私考】古事記 イザナギとイザナミの国生み(その二)

     近親相姦の結果、ヒルコやアワシマが生まれた。この話は、中国の女媧と伏羲の兄妹神話だけでなく、島国で会ったインドネシア、台湾、沖縄本土、与那国島、石垣島、宮古島、奄美大島などにも存在し、日本本土にも海人系の人達が持ち込んだようです。中国から丸太舟で黒潮に

  • 【私考】古事記 イザナギとイザナミの国生み(その一)

     『古事記』が編纂された当時、各豪族にいろいろな昔の逸話があったと思います。その中で、イザナギとイザナミの神話が最初に選ばれた。『古事記』にはこのように書かれています。於是天神諸命以。詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神。天つ神の諸々の神が、イザナギとイザナミに

  • 【私考】古事記 神代の世界

     日本の正史を編纂したいという天武天皇の願望があり、稗田阿礼が記憶していた『帝皇日継』『先代旧辞』を元に太安万侶が書き留めたのが『古事記』。推古天皇までの天皇記は『帝皇日継』を引用し、『古事記』の神代の世界は『先代旧辞』から。推古天皇の時代に、蘇我馬子と

  • 【私考】古事記 序文について

     『古事記』の前知識として、日本最古の書で現在目に触れることが出来る書籍としては、室町時代の足利義満が将軍を務めていた頃、愛知県名古屋市にある真福寺真言の僧侶、賢瑜によって写本された「真福寺本古事記」が国宝として存在しています。七一二年に太安万侶が元明天

  • 【私考】古事記 はじめに

     学生時代から日本史が好きで、社会人になってからもそれは変わりませんでした。機会があるごとに古代史の新書を読みました。その頃、歴史読本といえば、司馬遼太郎先生の本が書店に並び、ベストセラーになっていた時代です。でも、私はそのようなベストセラーになる本には

  • ヤマト王権の資金源と屯倉制度

     『後漢書』東夷伝には桓帝・霊帝の時代(146年~189年)に倭国大乱が起こったと記されています。実際にはその時期がいつ頃であったか未だに解明されていません。『三国志』魏志倭人伝では、邪馬台国の卑弥呼によって倭国大乱が治まったとなっています。『三国志』は倭国大

  • 天皇家と百済の関係

     世界の王室の中で、日本ほど長期にわたって続いている皇室はないですね。現在の徳仁陛下で126代目。これは、世界でも自慢できる。初代神武天皇が奈良県橿原宮で即位したのが、紀元前660年だそうですから驚きですね。以前、平成天皇が天皇家の祖先について、「私自身として

  • 陰と陽のヤマト王権

     人間として、陰と陽の裏表の性格を世界の人類が持ち合わせていると思います。でも、日本人って、この傾向が強いと思いませんか。「本音」と「建前」もそうですし、犯罪を起こしての「白」と「黒」もそうですね。この「本音」と「建前」は、外見上全く別のものに見えますけ

  • 好太王碑・七支刀と記紀との矛盾

     1880年に清国集安の農民によって発見された好太王碑。この碑は、高句麗の第19代好太王の業績が書かれていて、20代長寿王が414年10月28日に建てた。高句麗は百済と新羅の戦いで、倭国が百済に参戦して新羅を攻めたため新羅は高句麗に応援を求め、百済・倭国の連合軍と高句麗

  • 斎王と葵祭

     京都三大祭のトップを切って、令和元年5月15日に葵祭が開催されましたね。京都御所から賀茂御祖神社・賀茂別雷神社までの平安絵巻を彷彿させる行列がメインですね。この祭りのメインは、今年斎王代に選ばれた京都の女性が十二単をまとい、四方輿に正座され、内侍に牽かれる

  • 鶴と亀の話

     昔からの諺で、「鶴は千年、亀は万年」がありますね。鶴の寿命が千歳で、亀は万歳まで生きる。この諺は、長寿を現しためでたいたとえに使われたりします。野性の鶴の寿命は、およそ20~30年だそうです。最も長く生きた丹頂でも50年以上という記録が。亀は100年位生きている

  • 天皇家の祖がアマテラス

     平成天皇が退位にともなって、伊勢神宮内宮の神殿で4月18日の神宮親謁の儀を済まされた。天皇家の祖先、アマテラス様に退位の報告をするため、皇居で保管されている「草薙の剣」(レプリカ)と「八尺瓊勾玉」を持参され、伊勢神宮に供えてある「八咫鏡」、三種の神器を揃え

  • 息長氏は鉄軍団

     紀元前900年頃に、北部九州(長崎・佐賀・福岡)で水田式稲作が始まった。その当時、で生活していたのは縄文人。稲を湿地帯に植える自然栽培は行っていたが、灌漑とかの土木の技術は持っていなかった。中国では、春秋時代で戦争が絶えず、呉や越の難民が黒潮に乗って、この

  • 旧縄文人と新縄文人

     今日は、平成の時代から令和の時代に移っていく平成最後の日ですね。時代の境目。今上天皇陛下が退位される日。明日は、現在の皇太子さまが新しく天皇に即位される日。皇室では、厳かな神秘的な行事が行われていきます。この儀式、古代から天皇家で永遠と受け継がれてきた

  • 物部氏と難波

     現在では古代史において物部氏で通じていますが、物部と言う名前を崇神天皇の時代に河内国にいた伊香色雄命(いかがしこおのみこと)が帝から頂戴した氏の名前。その当時、物とは「もののふ」の物で、軍事を預かる士族を表していた。安土桃山時代に織田信長が「もののふ」

  • 「令」と古代日本の法意識

     天皇陛下の退位にともなって、元号が「平成」から「令和」に変わりますね。元号は、中国の前漢時代の武帝が最初に採用した年号で、それ以後の中国でも清の時代まで続きました。以前は、大韓民国が1962年まで一時期年号を採用していたことがあり、ベトナムが1945年まで採用

  • たつやの古代旅日記 6-4

    第6章 殷鑑不遠 第4節 陽介は沖縄が琉球国であったことぐらいは知っていたが、その琉球国がいつ頃出来たかは知らなかった。首里城が14世紀の末に建てられたことぐらいの知識でした。 「先生、『中山世鑑』を編纂されたころに琉球国があったのはわかりました。しかし、それ

  • たつやの古代旅日記 6-3

    第6章 殷鑑不遠 第3節 『中山世鑑』は、ニライカナイやアマミキヨの神話的な琉球開闢説話から、源為朝が琉球へ逃れ、その子が実在しない伝説上の王統の舜天になったという説話まで載っています。この為朝琉球渡来説が発端になって、京都の五山僧侶、臨済宗の月舟寿桂等によ

  • たつやの古代旅日記 6-2

    第6章 殷鑑不遠 第2節 大城陽介は、本土と沖縄とは別の国、或いは本土にある程度対抗意識を持っていた。それで、たつやの神話の話を聞いて、琉球神話が本土の神話より先に出来たのかと疑問が湧いてきた。 「先生、沖縄は本土より早く日本人が住んでいるのではないでですか

  • たつやの古代旅日記 6-1

    第6章 殷鑑不遠 第1節 大学校内も日差しがきつくなり、いよいよ夏休みが近づいてきた頃、たつやの部屋に青柳良祐がやって来た。 「やぁ、りょう君。入りなさい。」 「先生、今日は沖縄から来ている大城陽介君を連れてきました。」 「陽介君もどうぞ。沖縄ですか。沖縄の

  • たつやの古代旅日記 5-6

    第5章 百花繚乱 第6節 「先生、徐福茶、飲んでくださいね。長生きして頂かないと。それで、徐福の日本渡来はわかりましたが、徐福伝説なのです。私が育った新宮には、1,700年から1,600年前に掛けて飛鳥山の麓に集落があって、阿須賀神社の境内に弥生式竪穴住居跡があって。

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