百物語 九十三回目「天使」

百物語 九十三回目「天使」

二十年ほど前の話である。そこは、風俗街やホテル街のはずれにあるライブハウスだった。おれは、そこの暗闇の片隅に、踞るようにして座っていた。大体がひとりでいるときに、ひとから話かけられるのがとても嫌いなのであるが。知らないひとから話かけられるのは、それ以上にいやであった。そいつは。憑かれたように暗いひとみを剥き出しにした、まだ十代のように見える若いおとこだったが。何を勘違いしたのか、おれに話かけてきた。「キャニス・ルーパスって北村のバンドですよね」おれは、曖昧に頷くだけで言葉は返さなかった。「北村の持っているのは、ベースじゃなくてギターですよね」夕闇よりもさらに暗いこのライブハウスの中で、さらに遠…