〇 枇杷の実の貧乏くさき実が成れる路地を曲がれば葬式に遭う 永田和宏 『饗庭』所収。 詠い出しで「枇杷の実」と言い、二句目と三句目に跨って更に「貧乏くさき」という必ずしも誉め言葉ではない形容詞付きで、その枇杷の「実」を強調している。 この「(枇杷の)実」の重出には如何なる意図があるのだろうか? 作中主体(=作者)の胸中には、枇杷というバラ科の常緑高木に成る果実としての「枇杷の実」に対する理想像...
〇 投げられし檸檬のゆくえ思いつつきょう初夏の聖橋越ゆ 藤田千鶴 『白へ』所収。 或の日湯島聖堂の白い石の階段に腰かけて 君は陽溜りの中へ盗んだ 檸檬細い手でかざす それを暫くみつめた後で きれいねと云った後で齧る 指のすきまから蒼い空に 金糸雀色の風が舞う 喰べかけの檸檬聖橋から放る 快速電車の赤い色がそれとす...
〇 隣にて小便をする男不意にわが歌の批評を始めたり 永田和宏 世界的権威の細胞生物学者であり、京都大学名誉教授たる者が! その勢力下に、一千名以上の歌詠みを擁する、短歌結社「塔」の前・主宰たる者が! 掲出の短歌を収めている、歌集『饗庭』をご上梓された後、十数年後の今日、天下に名だたる愛妻にして恐妻たる歌人、河野裕子に先立たれて泣きの涙で暮らしている、歌人・永田和宏氏ともあろう者が、一体全体、真...
〇 やはらかき春の雨水の濡らすなき恐竜の歯にほこり浮く見ゆ (「比叡の肩」)〇 大いなる伽藍のごとく吊られいる骨の真下を見上げつつ行く〇 ミイラ並べる地下より出でて夕光の深き角度はやや不安なり〇 遠り雨過ぎたる坂の石だたみ 無人の坂は立ち上がる気配〇 土まだら草生まだらに濡れている西より日照雨の脚はやく去る〇 川端丸太町西岸に来てりかえる比叡の肩に雨雲は垂る〇 今夜われは鬱のかわう...
「『聖戦の詔勅を拝して』(短歌研究・昭和十七年一月号)」より(参考文献)宣戦の詔勅を拝して 「短歌研究」(昭和十七年一月號)北原白秋 天にして雲うちひらく朝日かげ真澄み晴れたるこの朗ら見よ おぼほさむ戦ならずしかもなほ今既にして神怒り下りぬ 事しありて死なまく我ら一億の定あきらなり将た生きむとす 長き時堪へに堪へつと神にしてかく嘆かすか暗く坐しつと吉井勇 大詔いまか下りぬみたみわれ感極まりて泣くべく思...
〇 投げられし檸檬のゆくえ思いつつきょう初夏の聖橋越ゆ 「投げられし檸檬」とは、さだまさしが歌う「檸檬」のヒロインである、盗癖のある少女が聖橋の上から中央線の快速電車に向かって抛った齧り掛けの檸檬でありましょう。 あの檸檬は何処へ消えしや? 私のあの冷たくて酸っぱい檸檬は! 行方知らずの檸檬よ!〇 門灯のともらぬ家に帰り来てただいまと言いおかえりと言う 「ただいま」と言っても、「おかえり」と応...
〇 さくら散る時間(とき)の光を牽きて散る 何の扉か開くやうなる〇 何いろにわが眼に映る今年花 憲法九条あやふきときに〇 花桃のひらきてわれは九〇歳 ああ零からの出発の春〇 九〇歳は吉事にあらめこれよりはボーナスタイムよ朗ら澄む空〇 中年が宙年ならば老年は牢年なりや 朗年とせむ〇 鳩寿なるわれと並びて二歩三歩土踏む鳩の歩みは優し〇 九十歳に一つを加ふこれよりはほぐれよはぐれよ春の自由...
「雨に近づく」 田村元(りとむ・太郎と花子)作 〇 ポロシャツが少し毛羽立ちたるころに今年の長い夏も行きたり 昨年のの夏は、暑くて長かったからね! その暑くて長い昨年の夏を、君はポロシャツ一枚で過ごしたのでありましょうか! 歌会の席などで、私がいつも感じていることでありますが、短歌を詠む男性の中には、(それが男らしい、と言えば、それまでのことですが、)服装や恰好に気を遣わ...
〇 朝餉とは青いサラダを作ること青いサラダは亡きはは好みき (あさげゆふげ)〇 絶妙に切られあるハムを剥がしてしんめうに二皿とする〇 みめよくて大力にて大食の僧の自在をめでし兼好〇 茶柱が立つてゐますと言つたとてどうとでもなし山鳩がなく〇 するべきかせざるべきかと思ふこと「一言芳談」はすなと訓へき〇 しごと一つしたこともなくて夕焼けにけふは西瓜を食べ忘れたり〇 読むことも物ぐさくき...
音もなく道に降る雪眼窩とは神の親指の痕だというね草原を梳いてやまない風の指あなたが行けと言うなら行こう雪は花に喩えられつつ降るものを花とは花のくずれる速度いっしんに母は指番号をふる秋のもっともさびしき場所にかなしみの絶えることなき冬の日にふつふつと花豆煮くずれる煌々と明るいこともまた駅のひとつの美質として冬の雨なにげなく掴んだ指に冷たくて手すりを夏の骨と思えり前髪に縦にはさみを入れるときはるかな針...
〇 狂うのはいつも水際 蜻蛉来てオフェーリア来て秋ははなやぐ (きれいな地獄)〇 顔を洗えば水はわたしを掘りおこすそのことだけがするどかった秋の〇 雨沁みた重たいつばさ 感情は尖 ( さき )がもっとも滅びやすくて〇 天涯花ひとつ胸へと流れ来るあなたが言葉につまる真昼を〇 ああ斧のようにあなたを抱きたいよ 夕焼け、盲、ひかりを掻いて〇 遠景、とここを呼ぶたび罅割れる言葉の崖を這うかたつむ...
〇 近代の長き裾野の中にいて恍とほほえみ交わすちちはは (躑躅)〇 俳優の名前を思い出せぬまま梨むいている日暮れの窓辺 (九月、棺)〇 黒つぐみ来ても去ってもわたくしは髪をすすいでいるだけだから〇 浜木綿が風にほどけてゆくさまを晩夏すくなき言葉もて追う (残光)〇 うつりかわる母音のように暮れてゆく海のもうしばらくは藤色 (絶対青度)〇 息あさく眠れる父のかたわらに死は総身に蜜...
〇 わたくしが復讐と呼ぶきらめきが通り雨くぐり抜けて翡翠 (愛には自己愛しかない)〇 蜜と過去、藤の花房を満たしゆき地球とはつか引き合う気配〇 姿見で冷やす手のひら かつてここを通り抜けたる巡礼〇 肺を病む父のまひるに届けたり西瓜の水の深き眠りを〇 夕映えは銀と舌とを潜めつつ来るその舌のかすかなる腫れ〇 戦火とおくあざみの花を焼く夜をあなたの胸の白いひろがり〇 あかときの雨を見てい...
○ 舞う虫が織り成す闇と光との秀逸な対比のレトリック○ 目の前に黒揚羽舞う朝がありあなたのなにを知ってるだろう○ 羽虫どもぶぶぶぶぶぶと集まって希望とはその明るさのこと○ よれよれのシャツを着てきてその日じゅうよれよれのシャツのひとと言われる○ 鴨川に一番近い自販機のキリンレモンのきれいな背筋○ この夏も一度しかなく空き瓶は発見次第まっすぐ立てる○ 立ち直る必要はない 蝋燭のろうへし折れてい...
○ 満月の滴る巨きな雲の下地虫のやうに群れるタクシー○ 縁ありて品川駅まで客とゆく第一京浜の夜景となりて○ わが仕事この酔ひし人を安全に送り届けて忘れられること○ タクシーの運転手としてつね語る景気の話題を師走から変へる○ 友達はラジオしかゐない運転手の耳殻に夜の潮が寄せる○ 誰一人渡らぬ深夜の交差点ラジオに流れる「からたち日記」〇 ラジオから流れるる歌声ことのほか力強かり「この世の花」よ...
〇 思うこと絶えない夜にまちがって押してしまったコーンポタージュ〇 雨の日の図書館はとてもしずかでなぜだろう土の匂いがする〇 ほらここは風の逃げ道 地下書庫へ降りるときよくすれ違うひと 〇 開かれたままの図鑑の重たさよ虹のなりたち詳細すぎる〇 上達しないいくつかのこと真っ直ぐにタトルテープを貼りつけるとか〇 追いかけっこの少年たちに囲まれて自分の脚を長いとおもう 〇 空がまたうすくなる...
〇 ぼくの背のほうへ電車は傾いて向かいの窓が空だけとなる〇 ひとりだけ光って見えるワイシャツの父を吐き出す夏の改札〇 ラッセンの絵の質感の夕焼けにイオンモールが同化してゆく〇 夕焼けにイオンモールが染まっててちょっと方舟みたいだ〇 村民が幸福になるイオンへの忠誠心の高い順から〇 あかねさすIKEAへゆこうふたりして家具を棺のように運ぼう〇 ユニクロの部屋着のままでユニクロへ行きよそゆきの...
〇 蔵の扉に餅花一枝添へたれば仕舞ひしものの眠り想ひぬ〇 祖母と母をまねてまろめしまゆ玉のまろみが指に 春のあけぼの〇 春立ちて夜の灯火にでこぽんの恥づかしきまで実の輝けり〇 七草の粥を夜に食む白米にまじりて蘇るみどりの息吹き〇 帰るなき歳月ありて浮かびくる一本脚に立てる白鷺〇 家族とふあかりあまたの夜の街この世のことか彼の世のごとし〇 電車みな止まりし街を人歩むわれもあゆめど待つ...
〇 三月のわが死者は母左折する車がわれの過ぎるのを待つ〇 学歴にも職歴にも書けぬ十九年の介護「つまりは無職ですね」(笑)〇 父が建てわれが売りたりむらさきの都わすれの狂い咲く家〇 医学生が父の解剖する午後をチラシ配りに歩くわたしは〇 献体を終えたる父を連れ帰る父が来たことないアパートに 〇 七月のすずめはスリム足もとに来たるすずめにパン屑落とす 〇 「あの場所」で君に伝わるあ...
〇 もうみんな大人の顔つき体つき冬のすずめに子供はおらず〇 来る人と去る人の数合っていて結局ひとりぼっちのすずめ〇 雨どいに溜まりし水を初恋の味のごとくにすずめは飲めり〇 お手玉になった気分でとびはねる雀よ ぼくにも好きな人がいる〇 一羽かと見れば二羽いる目白かな われは苦しい恋をしており〇 川からの風に露わとなる額理性が恋を長持ちさせる〇 クマノミがイソギンチャクにまた隠れあなたを...
〇 花の名をじゅうにひとえと知りてより咲けば近づく十二単に〇 うすべにのじゅうにひとえよ 無理心中用の太紐我が家にありき〇 じゅうたんのふちに躓き転ぶ父 われの五ミリは父の五センチ〇 上官でありし男の死を聞いて一人笑いをしている父は〇 おもらしの後は黙祷するように壁に向かいてうなだれる父〇 風呂場にて裏返しにして洗うなり父の下着という現実を〇 スイッチの場所を忘れている父が黒い画面を...
「五十子尚夏第一歌集『The Moon Also Rises』」を読む
〇 平成がこのまま閉じてゆくことを告げてさびしい住之江競艇〇 遠雷に微か震える聴覚のどこかにあわれバイオリン燃ゆ〇 信じられるものひとつとひきかえに防犯カメラに映す口づけ 〇 朝焼けのマーキュリーから夕刻のユレイナスへと向く羅針盤〇 アクロイド殺しを語る口調にて綴る君との往復書簡〇 空論を机上に描く八月の美しきハーマイオニー・グレンジャー〇 君がもう夏の終わりを告げたのでわたしの手に...
〇 白壁を隔てて病めるをとめらの或る時は脈をとりあふ声す〇 高窓をかがやき移るシリウスを二分ほど見き枕はづして〇 しばしばも脈細くなる冬一日読みつぐ表紙古びしチェホフ〇 うつつなく聞きゐし遠きひぐらしの声は窓べのこほろぎとなる〇 深ぶかと息吸へば手のあたたまる若葉の夜をわが眠るべし〇 四月より五月は薔薇のくれなゐの明るむことも母との世界 〇 どの窓かうたひいづこか花火してしづくを払ふ...
〇 ただ一人の束縛を待つと書きしより雲の分布は日々に美し〇 わがうしろ掠めて迅きつばくろか脱出はついのまぼろしのごと〇 亀甲の文こまやかに織りつぎてもの念ひなしやこの媼たち〇 春の潮鈍く光れりいはれなき血の驕りもてわれら戦ひき〇 遠く来し木の実のごとくここにありかの夏の日に爆ぜし絵硝子〇 わがロゴス生るるを待てばまつすぐに気球あがりぬ冬空の青〇 手触れつつ眠らむ胸のふくらみのかなし何...
あらくさの最中に光る泉あり春のひかりの在処と思ふ白樫の枝に崩るる残雪のかそけくなりて春たつらしも夕闇に人を渡してひとときはまぶしきものか如月の橋樹の中を水のぼりつつ冷えてゆく泪のごとく花ひらきたる言葉絶えてふたり渚に明るめば二月の湖がつよく匂へる苦しみて花咲かすべし夕闇のなか垂直に木蓮光る合歓の花咲きさだまりて夕べふかし輪郭あはき言葉を放つ黄緑の色濃き花がむらがりて枝ごとに揺る雨の来るまへ春のをは...
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