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  • 53歳の独り言「もし仕事がなくなったら」

    昨日で仕事納めだったが、今日も出勤している。私の他に数名が会社に来ている。この会社に就職して27年、年末はたいして用事もないのに会社にいる。今日も朝から年賀状を書いていた。年賀状も最盛期に比べると半分以下になった。それだけ紙媒体が減少しているのだろう。世の中はめまぐるしいスピードで変化している。しかし、私の中では、仕事が自分の中心軸になっている。もし、仕事がなくなったら・・・。自分の中でいつかは来るだろう定年退職という言葉が脳裏を横切る。仕事がなくなったら、自分の居場所は・・・。そんなことを考えていた。53歳の独り言「もし仕事がなくなったら」

  • 53歳の独り言「非日常」

    本来ならば、年末を迎え、街は活気に溢れているはずだった。しかし、オフィスから見える街の風景は、閑散としている。午前中、取引先の老舗の会社が廃業するという連絡を受けた。社長は、「傷口が浅いうちに・・・」と言っていた。今なら、社員にも退職金を払うことか出来ると悔しさを滲ませながら呟いていた。こんな師走を誰が想像しただろうか。こんな時代だからこそ、せめて義理や礼儀を大切に生きていきたい。53歳の独り言「非日常」

  • 53歳の独り言「役立つストレスか」

    日々、たくさんのストレスに耐えている。そんな時、いつも自問自答している。「そのストレスが、自分の人生に役立つか」答えは自分の将来に役立つといえる。全ては「経験」という名のもとに生かされる。修羅場・土壇場では経験が何よりもの采配をふるう武器になる。12月25日、今日も一日が始まる。53歳の独り言「役立つストレスか」

  • 53歳の独り言「自滅しないために」

    忙しい。忙殺されるような忙しさだ。交渉、商談、プレゼン・・・緊張に満ち溢れた決断と判断の連続だ。こんな時こそ、「ゆっくり早く」を意識するのだ。眉間にしわを寄せて、オフィスを走り回り、パソコンのキーを乱暴に叩くようでは、自滅する。最高のパフォーマンスをするために「ゆっくり早く」を意識して仕事をする。12月24日、今日も一日が始まる。今日はクリスマスイブか・・・53歳の独り言「自滅しないために」

  • 53歳の独り言「悪口」

    まあまあ人の悪口が好きな人が多い。性別問わず、あらゆる場所で人の悪口や噂話に夢中になっている軽人がいる。誰かを攻撃対象にしたり見下したのすることによって己の優位性を確認しているのだろう。しかし、そういった人たちはいずれ沈んでいく。また出世もできない。私は人の悪口や嫌なことに時間を費やさないと決めている。かといって、対立も反抗もしない。スルーだ。あたたかい雰囲気での無視だ。それだけでも気持ちよく生きれる。12月23日、今日も一日が始まる。53歳の独り言「悪口」

  • 53歳の独り言「今に感謝」

    やるべき仕事があり、目指すべき目標があると人生は充実する。反対に人生の先が見えてしまうと、「どうせ」「こんなもの」という思いが脳裏を支配する。こうなると、坂道を転げ落ちるように老け込んでいく。同期の50代を見ていると感じる。反対にいくつになっても生き生きとしている人は、何かにチャレンジし、常に「感謝の思い」を持って仕事や人生に立ち向かっている。12月22日、一日が始まる。53歳の独り言「今に感謝」

  • 53歳の独り言「12月の街」

    クリスマスソングが街並みに響いている。しかし、歩いている人はほとんどいない。かつては、人で溢れかえっていたこのメインストリートも今ではすっかりシャッター商店街となっている。あの賑わいはもう戻ってこない。53歳の独り言「12月の街」

  • 53歳の独り言「取り壊し」

    繁華街の雑居ビルが取り壊された。全盛期は数々の飲食店が入っていた。週末はビルの近くには、客やホステス、タクシーでいっぱいだった。もう30年近く前のこと・・・2000年代になってからは、徐々にビルは衰えていった。店も少なくなり、ここ数年は片手で足りるほどだった。店主はみんな高齢になっていた。私と同じくらいの高齢化ホステスばかりになっていた。当然、勢いのある人や若い人は来なくなり、ビルは寂しさを増していった。しかし、私はそのビルの綺麗な年の取り方が好きだった。変わっていく中で変わらずにいる何かを大切にして生きていきたい。今日も一日が始まる。53歳の独り言「取り壊し」

  • 53歳の独り言「1992年の記憶」

    寒さが身に染みる。朝のオフィスは誰もいない。ガランとした空間が何だか心地よい。朝の街の風景が自分の心を癒してくれる。1992年の今頃、自分の人生はどん底だった。定職にも就かず、酒とギャンブルに明け暮れる日々だった。深夜まで浴びるほど酒を飲み、その場限りのインスタントラブで心の寂しさを埋めようとしていたが、ますます深みに嵌っていた。あれから28年・・・何とか生きている。あの頃のどん底の経験があったからこそ、今の自分がいる。12月17日、一日が始まる。53歳の独り言「1992年の記憶」

  • 53歳の独り言「よさを見つける」

    68歳の男性のパート従業員が意外な一面を見せた。雪が降り積もった今週、早くに出勤し、雪かきをしてくれていた。頼まれていないのに自分から進んで行ってくれた。彼のよさを見つけた。職を変えるということは、「この人なら・・・」と相手に思わせて採用されるということ。彼がなぜ職を転々としてきたのかが少しだけ理解できた。私が御礼を言うと彼はうれしそうにしていた。人は認めてやらなければ動かない・・・今日も一日が始まる。53歳の独り言「よさを見つける」

  • 53歳の独り言「イライラする朝」

    甘い顔をしたり、一度、引き受けると、それを当然のごとく、こちらにお願いしてくる人がいる。こういった侮ってくる人々とのかけひきが難しい。「その仕事はこれから部長がやってくれるはずですよね」という一言に朝からカチンときた。怒りをしずめろ今日も一日が始まる。53歳の独り言「イライラする朝」

  • 53歳の独り言「自分の価値観の押し売り」

    この人の言うことは聞きたくないという人がいる。先日、部下から「あの人の言動はパワハラではないか」と相談された。私と同期の部長だ。彼は若いころから自信家だった。話が理論的で弁も際立っていた。しかし、彼には人望がなかった。なぜか、彼は自分の考えが常に正しい論調で人に話しているのだ。価値観の押し売りのようだ。彼の部署は、職員がメンタル疾患でよく休職する。傲慢さが顔からあふれている。反面教師として学ばなくては・・・12月14日(月)が始まる。53歳の独り言「自分の価値観の押し売り」

  • 53歳の独り言「絶対の崩壊」

    この街に昔からある製紙工場が撤退することになった。私の若いころは、この会社に就職するということは、公務員になったように一生の安定が保障されていた。この会社に就職すると、周りから「良かったですね」と声を掛けられた。製紙工場はアイスホッケーチームを持ち、この街の経済と人々の心に希望を与えてくれた。そんな会社が撤退するとは、誰もが思わなかった。しかし、そのまさかが現実のものとなった。時代はものすごいスピードで変化している。絶対が崩れ去る時代・・・先見性と変化をしなければ生き残れない時代12月11日(金)、今日も戦いが始まる。53歳の独り言「絶対の崩壊」

  • 53歳の独り言「絡んでくる人」

    部下が顧客の対応で困っていた。いわゆる質の悪い絡んでくる人たちだ。こういった客にどう対応するかという研修会が行われ、講師として指導することになった。受容的な謝罪⇒状況確認⇒解決策の提案をいかにスピーディーに行うことができるかだと実践例をもとに解決した。それともう一つ大切なことは「恐れない」という気持ちだ。私も現場にいるころは、たくさんの火の粉を浴びてきた。大やけどをしたことも何度もある。しかし、そういったときは、相手の大声や執拗な要求に守りに入っていた。誠実に恐れないで立ち向かわなければ対峙できない。「現場で仕事をするということは、格闘技だ」と伝えた。「綺麗に仕事をしよう」と思っているうちはダメだ。泥水を飲み、這いつくばり、頭を下げながら、仕事をするんだとも教えた。12月10日(木)が始まる。53歳の独り言「絡んでくる人」

  • 53歳の独り言「挫折」

    挫折も苦労もなければ・・・なんて思う時もある。しかし、挫折と苦労が今の自分を創ってくれたことは間違いない。68歳のパート男性は、「俺は若いころから人に頭を下げるのが大嫌いなんだ」と話しているのを聞いた。その報いが、今の人生だということに彼は気が付いているのだろうか。多分、気がついているのだが、もう素直になれないのだと思う。私は人に頭を下げる。自分が頭を下げることへのプライドなんかどうでもいい。それよりも、家族を養っていく方が大切だ。お金を稼ぐために、私は今日も頭を下げる。12月8日が始まる。53歳の独り言「挫折」

  • 53歳の独り言「意地悪」

    新聞のお悔やみ欄に昔、一緒に働いていた人が掲載されていた。78歳だった。私は若いころ、その人に意地悪をされた。報告に行くと、2時間は文句をつけられた。嫌味を言われ、怒鳴られ、最後には捨て台詞を吐かれた。その人は新人に対して誰にでもそういう態度を取っていた。出世コースから外れ、立場の弱い人を苛めるのを生きがいとしていた。その頃は、まだパワハラという言葉もなかった。あれから27年・・・彼はどういう死に方をしたのだろうか。53歳の独り言「意地悪」

  • 53歳の独り言「68歳の強がり」

    たった二ヶ月ほどで68歳のパート男性は、職場で浮いた存在になっている。その最もな原因は、自慢だ。しかし、彼の自慢は、現実の逃避と妄想が混じり合っている集合体だ。どんなに過去の人脈や経験を吹聴したところで、結局は68歳までパートをしなくてはならない現実が全てを虚しさにかりたてている。妻にも見捨てられ、一人孤独な人生を歩んでいる。今日も一日が始まる。53歳の独り言「68歳の強がり」

  • 53歳の独り言「我慢」

    朝焼けの気持ちいい月曜日を迎えている。仕事があるだけ有難いそれも緊張とプレッシャーで押しつぶされそうなポジションを与えてもらっていることに感謝しなくては。今日も一日が始まる。53歳の独り言「我慢」

  • 53歳の独り言「働けなくなったら生活保護」

    「一体今までどのぐらいの職場に勤めたのですか」「ちょっとしたアルバイトも入れると100は超えているよ」彼は誇らしげに応えた。18歳から68歳までの50年間で100の転職を繰り返してきたことになる。また、彼は一年以上続いたことは片手でたりるとものたまっていた。すごい数の転職だ。ある意味、それだけ、渡り歩けるというのは、器用な証拠でもある。彼は口先がうまい。一見すると戦力になりそうな気がする。若い時ならなおさらだ。しかし、彼は「耐える」とか「努力する」という行為が苦痛だとも言っていた。それが月々6万円にも満たない年金にあらわれている。「働けなくなったら生活保護だ」と彼はよく話す。私は器用ではない。今日も我慢料をもらうための私の一日が始まる。53歳の独り言「働けなくなったら生活保護」

  • 53歳の独り言「68歳パート男性」

    彼の業務内容は、「お手伝い」だ。今は主に消毒作業をしている。時給は最低賃金をわずかばかり上回った報酬だ。彼はこの報酬額が不満らしく、自分の時給の低さをいろいろな人に伝えている。もらえる年金額が低いので、働くしかないと言っている。そして、昔はいくらもらっていたという金額を吹聴している。この時代、職に就き、68歳でも雇用され、給料がもらえるだけでも幸せなのだが彼にはそんな感謝の思いはない。全ては周りのせいだという生き方が垣間見れる。今日も一日が始まる。53歳の独り言「68歳パート男性」

  • 53歳の独り言「誇大力」

    職場に68歳の男性がパートで採用された。「俺は・・・・と知り合いだ」「あいつは昔俺が面倒見たんだ」「俺は若いころは・・・の商売もやっていた」「・・・・にも勤めたことがあるから、あそこのことは全部わかっている」人の話に首を突っ込み、自分が知っていると誇示している。周りはその態度を内心馬鹿にしている。「その歳でバイトしねえといけない境遇なのに・・・」自分を大きく見せて生きてきた68歳の男性の人生が透けて見えてくる。今日も一日が始まる。53歳の独り言「誇大力」

  • 53歳の独り言「生きる」

    生きることは我慢の連続だ。耐え忍ぶことが生きること。その結果、自分が成長できる。今日も一日が始まる。53歳の独り言「生きる」

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