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ブログタイトル
浪漫飛行への誘(いざな)い
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/frasst
ブログ紹介文
海外旅行、世界遺産、飛行機、音楽、歌謡曲、初物、卓球、語学シリーズ等の趣味の世界をブログに
更新頻度(1年)

309回 / 365日(平均5.9回/週)

ブログ村参加:2017/01/12

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浪漫飛行への誘(いざな)いさん
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浪漫飛行への誘(いざな)い
更新頻度
309回 / 365日(平均5.9回/週)
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浪漫飛行への誘(いざな)いさんの新着記事

1件〜30件

  • 菅政権誕生、日本は竹中平蔵に乗っ取られるのか? 

    菅政権が誕生して、いろいろな施策が動き出そうとしているが、政権発足後の高い支持率にもかかわらず、小泉政権の再来とも言われるほど日本をやばい方向に舵を切ろうとしている点が憂慮されている。菅政権は、仲の良い竹中平蔵氏及びデービッド・アトキンソン氏(元ゴールドマン・サックスの外国人アナリスト)の提言を実行に移そうとしているようである。菅政権は、「菅・アトキンソン政権」又は「菅・竹中政権」と言ったほうがいいという。アトキンソン氏の提言に従い、中小企業改革で中小企業の数の半減を狙うとかとんでもない改革をやろうとしているらしい。ふるさと納税は菅さんが推進したものであるが、緊縮財政の奪い合いの政策で、問題も多いようである。菅首相は、反対する官僚は首にすると公言しているし、秋田の豪農出身で、庶民派なんていうのは真っ赤な嘘らしい...菅政権誕生、日本は竹中平蔵に乗っ取られるのか?

  • 定期・小銭入れの紛失

    9月26日、近くのお店に買い物に行った際、小銭入れ付き定期入れをどこかで落としてしまった。八百屋やスーパー等4軒ほどで買物をしたので、すぐに4軒とも問い合わせたが、見当たらないとのことで、警察に落し物届を出した。定期入れは高級な本革製であったが、人からいただいたものであった。小銭は、ちょうど使い切ったため、ゼロ。ただ、SUICAを入れていたので、4~5千円は損した感じ。いくつかのポイントカードが入っていたが、その中に約4500ポイントたまっていたヤマダ電機のカードがあったので、即、停止、新規発行手続きを行った。案内ハガキが手元にあり、カード番号がすぐわかったので、クイックアクションで4500円はキープすることができた。クレジットカード等大事なものは入れてなかったのが不幸中の幸いであった。この小銭入れは、以前にも...定期・小銭入れの紛失

  • テレサ・テン名曲熱唱 没後25年目の真実

    9月26日夜、BS-TBSで「テレサ・テン名曲熱唱没後25年目の真実」という特別番組が放映された。何となく見たことがあるかなと思ったら、今年5月に放映されていて、その再放送であった。ファンとしては、何回見ても嬉しいが、彼女が亡くなってから、早いもので、25年も経つというから感慨深い。再放送されるくらいだから、未だに彼女の歌声を聴きたいという人が多いという証拠であろう。テレサは早くして亡くなったが、生きていれば、今、67才、どんな感じになっているであろうか?彼女は情感あふれる歌声と卓越した歌唱力で人々を魅了したアジアの歌姫として、我々の心に永遠に残っている。彼女は、1985年に紅白出場を果たしたが、その前の12月15日にNHKホールでコンサートを実現している。その時は、ドイツ駐在中で、コンサートに行くことができな...テレサ・テン名曲熱唱没後25年目の真実

  • 「キャッシュレス還元ポイント」交換手続の煩雑さ

    9月24日、DCカードから「キャッシュレス還元ポイント」交換手続きの案内メールが届いた。キャッシュレス・消費者還元事業は、2019年10月1日の消費税率引上げに伴い、需要平準化対策として実施され、キャッシュレスだと最大5%還元されるという6月末で終了した政府主導の事業である。終了から3ヵ月も経っているが、今頃、自分で交換手続きをやれという案内が来てビックリ。しかも、11月30日が締め切りという。問合せしたら、以前にも案内メールを出しているらしいが、受け取った記録はない。そういえば、楽天カ-ド利用分については、数ヶ月以上前から、還元の案内があり、近くのコンビニのマシーンで還元ポイントを受けていたので、面倒だなと思っていたが、DCカードの場合、何も案内がなかったので、てっきり自動的に還元の処理が行われているものと思...「キャッシュレス還元ポイント」交換手続の煩雑さ

  • 女のロマンティック歌謡曲ベストテン

    9月24日のBS₋TBSの昭和歌謡ベストテンDXは、「女のロマンティック歌謡曲特集」であった。この番組は、毎週見ているが、浪漫飛行のロマンティックを標榜する自分にとっては、タイトルに興味が惹かれた。番組での集計の結果は、下記の通りという。第10位「ロマンス」岩崎宏美第9位「天城越え」石川さゆり第8位「涙の連絡船」都はるみ第7位「長崎の夜はむらさき」瀬川瑛子第6位「二人でお酒を」梓みちよ第5位「経験」辺見マリ第4位「かもめはかもめ」研ナオコ第3位「オリビアを聴きながら」杏里第2位「かもめが翔んだ日」渡辺真知子第1位「愛の終着駅」八代亜紀泣ける!せつない女のロマンティックな気持ちということで、歌詞がポイントになるが、女性にとってこの順位はどうであろうか?我々世代は、昭和に生まれ、平成・令和の時代まで生き延びたが、何...女のロマンティック歌謡曲ベストテン

  • ネパール旅行の思い出 

    2012年3月12日、ダッカからバングラデシュ航空でネパールの首都カトマンズに入った。これで、ネパールが82番目の訪問国となった。格安のゲストハウスに4泊したが、料金はシャワー付きシングルの部屋で、1泊たったの450円。カトマンズには日本食レストランがたくさんあり、連日日本食レストランのお世話になった。13日は、終日、スワヤンブナート、アサン・チョーク、ダルバール広場、シヴァ寺院、カスタマンダブ寺院等カトマンズの市内の観光スポットを歩いて見て回った。万歩計は約25000歩。14日は、お釈迦様(ブッダ)の生誕の地(BC463年4月8日)として有名なルンビニに日帰り旅行をした。早朝発のイエティ航空でバイラワ空港に向かい、そこで車をチャーターしてルンビニを見て回り、夕方17時発の同航空でカトマンズに戻るという日帰りツ...ネパール旅行の思い出

  • 習近平遂に失脚か?!中国共産党瓦解の序奏

    最近、中国の習近平体制にほころびがでている趣旨のニュースが飛び交っているが、9月21日の及川幸久-BREAKINGNEWSでも、中国において権力闘争が激化しており、習近平の失脚も十分ありうる旨の解説をしている。新型コロナ問題に関連した海外のいろいろなメディアの記事を紹介しながら、世界各国が習近平体制について、強い批判を展開していることに言及している。新型コロナの原因究明のため、オーストラリアの提案で、WHO独立調査委員会が設置され、11月に中間報告が発表されるという。その結果次第では、国際社会の圧力で、中国共産党は、2つの選択肢が迫られる可能性があるという。一つは、習近平の解任か、もう一つは西側諸国と冷戦状態に入るかだという。独立調査委員会の委員長は、元ニュージーランドの首相だった女性で、徹底的に調査をする可能...習近平遂に失脚か?!中国共産党瓦解の序奏

  • バングラデシュ旅行の思い出

    2012年3月に香港経由でバングラデシュの首都ダッカに足を踏み入れ、バングラデシュが81か国目の訪問国となった。初日は、ショドル・ガット(船着場)、スター・モスジット、ラールバーグ・フォート、ダケシュワリ寺院等ダッカの旧市街を見て回ったが、ほとんど歩いて回ったので、万歩計は27000歩を超えた。世界の最貧国の一つとして有名なので、ダッカの旧市街はゴチャゴチャして道路も建物も汚く、人と車がやたら多い。車といっても、オート三輪のタクシーみたいなもの(CNGという)と三輪自転車のリキシャがほとんど。街全体が埃っぽいので、マスク着用が欠かせない感じであった。宿は日本人が経営する「ホテルあじさい」というところで、1泊朝食(日本食)付で約2800円。日本食レストランが併設されているので、夕食も日本食。ホテルの部屋には昔懐か...バングラデシュ旅行の思い出

  • 世界温泉遺産~台湾 

    9月20日、BS日テレの「世界温泉遺産」は、台湾の基隆、九份と礁渓温泉を紹介していた。この番組では、毎回、健康・癒し・保養に特化した世界各国の温泉文化と異国情緒を紹介しているが、今回は、親しみのある台湾の温泉であった。台湾東部では、花蓮・太魯閣には行ったことがあるが、この北東部の礁渓温泉については、恥ずかしながら初めて知った。昔は交通の便が悪かったが、今は、台北から列車やバスで1時間ちょっと行けるようになったという。テレビで見るかぎり、日本の温泉にそっくりで田舎情緒たっぷりでのんびりできそうである。その昔、台北近郊にあった北投温泉という温泉地に足を運んだことがあるが、それ以外には台湾の温泉に泊まったことがないのが残念である。台湾には、日本の昔からの情緒や雰囲気が残されているところが多いので、大変魅力がある。今回...世界温泉遺産~台湾

  • 荻村伊智朗さんの偉業と統一コリアの奇跡

    9月19日のBSテレ東の「卓球ジャパン!」は、日本が生んだ卓球界の偉人、荻村伊智朗さんの偉業を特集していたが、卓球愛好家としては惹きつけられるように見入った。現役プレーヤーとして世界卓球で12個の金メダルを獲得して、日本の卓球黄金時代を牽引したが、引退後は、指導者として日本のみならず、スウェーデンや中国等世界中で活躍した。さらに、国際卓球連盟の会長に就任後、数々の改革を実施し、日本という枠に収まらず、世界の卓球界でその力を発揮し、1991年の世界卓球では、統一コリアチームを実現させるほど国際貢献した伝説的な人物である。タモリから「卓球は根暗のスポーツ」と揶揄されてから、荻村さんは卓球のイメージアップ作戦の陣頭指揮を取った。ボールをオレンジ色に変え、ユニフォームもカラフルなものに変え、卓球台も暗いグリーンから明る...荻村伊智朗さんの偉業と統一コリアの奇跡

  • バハマ旅行の思い出

    グアテマラシティからマイアミに飛び、1泊した後、2011年9月5日にバハマの首都、ナッソーに入った。2週間前にアイリーンというハリケーンがバハマ諸島を襲ったので、心配していたが、無事入国でき、これで、バハマが80番目の訪問国となった。バハマ諸島は数多くの島から成り、首都ナッソーはニュー・プロビデンス島にある。日本では馴染みの薄い国であるが、個人的にはインターライン卓球大会に参加していたバハマ航空を通じよく知った国である。グアテマラ等は、高地にあることもあって、涼しかったが、さすが、カリブ海に来ると日差しが強く暑い。初日は、ダウンタウンの散策と砦の名所を歩いて見て回り、万歩計の数字も25000歩を越えた。一人で歩き回ったが、治安の心配はほとんどない。2日目は、ナッソーで一番大きいシャーロット砦から街全体を見渡した...バハマ旅行の思い出

  • エルサルバドル旅行の思い出 

    グアテマラシティ滞在中、2011年9月3日に、隣国のエルサルバドルにあるホヤ・デ・セレン遺跡、タスマル遺跡、サン・アンドレス遺跡への日帰りツアーに参加した。これで、エルサルバドルが79番目の訪問国となった。国境越えは、ホンジュラスと違って、若干厳しい印象であった。中米の北と南を結ぶ幹線にある国境なので、車の出入りも多く、パスポートチェックにも時間がかかった。ホヤ・デ・セレン遺跡は、世界遺産にも登録されていて、中米のポンペイとも呼ばれるマヤ住居跡の遺跡で、火山の爆発で、街全体が灰で埋もれ、1300年も地中に埋もれていたものが、1976年に偶然発見され、近年発掘されたもの。やはりマヤ遺跡であるタスマル遺跡とサン・アンドレス遺跡は、ともに小規模だが、全部が発掘されているわけではなく、その多くは、まだ地中にあるそうだ。...エルサルバドル旅行の思い出

  • ホンジュラス旅行の思い出

    グアテマラシティ滞在中、2011年9月1日、隣国ホンジュラスにあるマヤ文明のコパン遺跡への日帰りツアーに入った。これで、ホンジュラスが78番目の訪問国となった。コパン遺跡はグアテマラシティから250㎞も離れており、車で約5時間かかるので、若干強行軍であった。早朝5時に出発し、帰りは渋滞に巻き込まれたこともあり、夜9時頃になった。プライベートツアーなので、一人だと割高となるが、運よく、同じ宿の日本人の方と二人で参加できた。車で国境を越えるはヨーロッパでは何回か経験があるものの、中米では初めてであったが、極めてスムースであった。ガイドブックに国境越えも危ないとの情報もあったが、ツアーに入ったためか、全く問題なし。コパン遺跡は、世界遺産にも登録されたホンジュラスを代表するマヤ文明の都市遺跡で、8世紀、壮大な芸術文化が...ホンジュラス旅行の思い出

  • グアテマラ旅行の思い出

    2011年8月29日からグアテマラの首都グアテマラシティに6泊した。当時長男が駐在していたカナダのカルガリーに1週間ほど滞在した後、エアカナダ便で、ヒューストン経由でグアテマラシティに入った。これで、グアテマラが77番目の訪問国となった。治安が心配だったので、日本人の経営する民宿に宿泊し、空港にもタクシーの出迎えをお願いした。30日はグアテマラシティのダウンタウンを見て回った。ダウンタウン地区はガイドブックでは治安最悪との情報で、厳重警戒でカテドラルや中央市場や国立考古学民族博物館を見て回ったが、治安の悪さはさほど感じなかった。ガイドブック情報はいつも大袈裟すぎる感があり、我々の行動を左右しかねないのは残念である。31日はシャトルバスで1時間のところにある古都アンティグアを一日中見て回った。アンティグアは、コロ...グアテマラ旅行の思い出

  • サグラダ・ファミリア教会、26年の完成「ほぼ不可能に」

    スペインのバルセロナにある世界遺産サグラダ・ファミリア教会の建設責任者は16日、新型コロナウイルスの流行による観光客の減少で、これまで予定してきた2026年の完成がほぼ不可能となったとの見方を示したというニュースが流れていた。建築家アントニ・ガウディの作品である同教会は1882年に建設を開始し、2026年はガウディ没後100年に当たる。教会の建設費は入場料や寄付で賄われているが、昨年7月は1日平均の入場者が約1万5600人だったのに今年は約2千人。来年の建設予算は1700万ユーロ(約21億円)にとどまる見通しという。コロナ禍がこんなところまで影響しているのかという思いである。この教会には、1987年と2012年に訪れているが、2026年完成を楽しみにしていたので残念である。1987年の時は、まだまだスカスカとい...サグラダ・ファミリア教会、26年の完成「ほぼ不可能に」

  • 菅政権が日本を没落させる3つの理由~三橋TV

    菅首相が誕生し、閣僚メンバーも決まり、最新の内閣支持率も64%(毎日新聞),65%(朝日新聞)もあると発表され、マスコミも前途洋々の感を醸し出しているが、本当にそうであろうか?信頼できる経済評論家である三橋貴明氏が、日本の政治構造を解説し、菅政権の危うさについて公式チャンネルで警鐘を鳴らしている。菅政権の政策の特徴は、1緊縮財政2構造改革3国家観なき政治だそうである。こういった政策により日本は没落、解体されていくことになるという。初めて聞いたが、デービッド・アトキンソン(元ゴールドマン・サックスのアナリスト)という外国人の提言を菅さんは丸呑み採用しているようである。知らないことばかりなので、一般のマスコミも正しい情報を我々に提供してほしいものである。安倍政権時代もひどかったが、菅首相は就任して即、持論である携帯...菅政権が日本を没落させる3つの理由~三橋TV

  • ラオス旅行の思い出 

    2011年2月、LCCのエア・アジアを利用して、クアラルンプール経由ラオスの首都ビエンチャンを訪問した。ラオスが75カ国目の外国となった。羽田からのエア・アジア便はほとんど満席で、日本人もかなりいるが、マレーシア人と思われる人も多数乗っていて、彼らの足となっていることがよくわかる。首都ビエンチャンは昔の日本といった感じで、親日ということもあって、皆、人懐っこく、フレンドリーであるが、英語はホテル等観光関連のところしか通じない。25日にローカルのバスに乗って、ブッダパークという多くの仏体が置かれている公園と友好橋(ラオスとタイの国境のメコン川にかかる橋)に行ってきたが、英語が全く通じず苦労した。片道約1時間かかるが、なんと運賃は約50円。午後は街中をウォーキングし、ラオスのシンボルとなっているタート・ルアンや凱旋...ラオス旅行の思い出

  • ヨルダン・ドバイ旅行の思い出

    2007年7月にヨルダンの首都アンマンでアジア陸上競技選手権・総会が開催されたが、それに出張で参加する機会を得た。ヨルダンが57か国目の外国となった。会議・大会がメインでほとんどはホテルや競技場にいたが、合間を見て、市内観光もできた。アンマン城やローマ劇場など市内に見どころも多い。大会終了後、車をチャーターして、6人で死海まで遊びに行く機会を得た。途中、マダバ(聖ジョージ教会のパレスチナのモザイク地図が有名)やネボ山(モーゼの十戒の終焉の地)に立ち寄り、死海のアンマンビーチでは浮遊体験もできた。死海の水の塩分濃度は27%もあるようで、海岸は塩分で白くなっていた。誰でも簡単に水に浮くことができるが、貴重な体験であった。ヨルダンといえば、ペトラ遺跡が有名であるが、時間の都合でそこまでは行くことができなかったのは残念...ヨルダン・ドバイ旅行の思い出

  • 新・地球絶景紀行~知らなかった「虹の山」

    9月16日のBS-TBSの新・地球絶景紀行は、ペルー・クスコの標高5000mの天空にそびえる「ビニクンカ山」を紹介していた。別名「レインボーマウンテン(虹の山)」と呼ばれ、虹色の輝きを放っているまさに天空の山である。ペルーといえば、マチュピチュの遺跡やナスカの地上絵が有名であり、最後の旅行にとってある国であるが、そこに今回紹介された「虹の山」があるなんて、全く知らなかった。虹の山は2013年に発見されたばかりというから驚きの話である。地球温暖化の影響で、氷河が溶け出し、この虹の山が姿を現したそうである。虹の山は、昔の鉱物の層が酸化してできたもので、赤や黄色、淡い青などカラフルに染まった山は虹そのものに見えるという。虹色に染まる奇跡の山は死ぬまでに一度は見たいペルーの新絶景スポットになっているようであるが、標高5...新・地球絶景紀行~知らなかった「虹の山」

  • シリア旅行の思い出

    2005年4月、シリアの首都ダマスカスでアジア地区の会議があり、出張旅行であったが、合間を見て、ダマスカスの街の観光スポットにも足を運んだ。シリアが50番目の訪問国となった。当時は内戦などなく、街を歩いていて治安上の不安を感じることも全くなかった。シリア航空を利用し、アレッポ国際空港経由で現地入りした。見て回ったスポットは、ヒジャーズ駅、アゼム宮殿、ウマイヤド・モスク、スークハメディーエ、サラディーン廟、軍事博物館等であるが、どこも好奇心を駆り立てるスポットであった。新約聖書に出てくる「真っすぐな道」が実際にあったり、ローマ時代の柱や廃墟が残っていたり、歴史を肌で感じることができた。シャーム・パレス・ダマスカスホテルの最上階にある回転レストランから伝説の山であるカシオン山や市街を臨む景観が印象的であった。内戦状...シリア旅行の思い出

  • プエルトリコ旅行の思い出

    2003年7月にプエルトリコの首都サン・フアンでマスターズ世界陸上競技選手権及び世界マスターズ総会が開催され、出張旅行で、1週間ほどサン・フアンに滞在した。プエルトリコが47か国目の地域となった。プエルトリコは独立国ではなく、アメリカの自治連邦区であるが、カリブ海に位置するユニークな地域となっている。歴史地区は世界遺産として登録されており、スペインによって建設された軍事要塞であるエル・モロ要塞、サンホセ教会、ラス・アメリカス博物館、サン・フアン大聖堂、サン・クリストバル要塞や郊外のバカルティ・ラム工場を見学することができた。要塞は広大で見どころ十分であった、ラム工場では、試飲もでき、工場内を見学できるようになっている。全体的にのんびりした雰囲気で南国情緒が漂っていた。プエルト・リコといえば、ミュージカル「ウエス...プエルトリコ旅行の思い出

  • ブルネイ旅行の思い出 

    ヨーロッパは、コソヴォ訪問により、53の国と地域のすべてに足を踏み入れ、ヨーロッパ完全制覇を果たした。次に、旅行の思い出としては、アジア及び他の地域で人があまり行かない国々への旅行の思い出を振リかえってみたい。まずは、2001年7月に行ったブルネイである。2001年7月にブルネイでアジアジュニア陸上競技選手権が開催され、出張で4日間ほど、首都バンダルスリブガワンに滞在した。競技会がメインであるが、合間を見て観光をすることもできた。国王の個人資産で建てられたというジャメ・アサール・ハサナル・ボルキア・モスクやカンポン・アイル(水上集落)やブルネイ博物館等を見ることができた。この国では国王は絶対の権利を持っており、皆からも支持されているようである。国として、飲酒は禁止されているが、お目こぼしもあるようである。外国人...ブルネイ旅行の思い出

  • 卓球による国際交流

    卓球は、大学で始めて、今でも地元のクラブで楽しんでいるが、1977年に初めて外国人との親善卓球をやって以来、卓球の国際交流を何度も経験している。個別には、1977年にカンタス航空、1983年にルフトハンザ航空、中国民航(当時の国営会社)、1996年にイラン航空との親善試合を経験した。1983年の中国民航との親善試合は、代表団を結成し、9日間にわたり、北京、杭州、上海に遠征しての交流であった。北京空港到着時、赤じゅうたんを通って貴賓室に入ることから始まり、VIP待遇の親善交流であったが、こんな貴重な体験ができたことを今でも感謝している。中国とのレベルの違いは明らかで惨敗に終わったが、意義ある親善試合を行うことができた。自分の知る中国と昨今の習近平による共産党独裁政権とのギャップに違和感を覚える。航空会社間では、1...卓球による国際交流

  • 二人目の孫が誕生

    9月14日、息子のところに二人目の子供が生まれ、孫が二人となった。初孫は男の子(現在2才半)であったが、今度は女の子。何と誕生時刻が息子の時と全く同じ12時42分と聞いてビックリ。予定日より早い出産となったが、体重は2700gを越え、母子とも元気なようでまずは一安心。事前に性別はわかっていたが、我が家系では初めての女の子なので、嬉しい思いである。コロナ禍の中、奥さんが上の子を連れてタイから一時帰国し、出産は日本で行ったが、未だに、日本とタイ間は、ビジネスですら往来できないので、駐在中の息子は可哀そうなことに帰国できず、出産の立ち合いもかなわなかった。コロナ禍の中、対面できるのはいつのことになるやら。日本では外国との往来をほぼ禁止しており、現状では、観光どころかビジネスでも往来できないので、その影響は大きい。PC...二人目の孫が誕生

  • コソヴォ旅行の思い出

    2017年5月5日、ヨーロッパで一番新しい国、コソヴォについに足を踏み入れ、ヨーロッパ53ヶ国(国と地域)の完全制覇を達成した。世界中では、コソヴォが101ヶ国目となったが、想像するよりはるかに街中は平和で治安も悪くない印象で、コソヴォ紛争なる言葉だけで我々が勝手に危ないと誤解しているようである。当時、現地で日記を書いているので、振り返って記してみたい。(一部加筆訂正)5日、イスタンブール経由でコソヴォの首都プリシュティーナに早朝に着いたが、今回はホテルに空港での出迎えを依頼していたので、極めて楽でスムーズなホテル入りであった。個人旅行をしていると最初の難関が見知らぬ空港に降り立ち、現地の通貨を用意し、いかにスムーズにタクシーまたは公共交通機関を利用するかであるが、今回のように前もって予約しておくと大変楽である...コソヴォ旅行の思い出

  • パレスチナ旅行の思い出 

    イスラエルのエルサレム滞在中、2014年4月1日にパレスチナ自治区にあるベツレヘムに日帰り旅行した。パレスチナが、96番目の外国(地域)となった。ベツレヘムはエルサレムからバスで45分ほど行ったパレスチナ自治区にあるイエス・キリストが生まれた町である。バス料金は8シェケル(約240円)で、行きはパスポートのチェックもなく、帰りのみパスポートのチェックが車内であったが、荷物の検査もなく、治安上の心配も全くなかった。スポーツの世界では、イスラエルはヨーロッパに属しているが、パレスチナはアジアに属していることに疑問を感じていたが、行ってみてよくわかったのは、ベツレヘムは、イエス生誕の地であるが、今ではアラブ人の町でイスラム色が強く、まさにヨーロッパではなくアジアの一部というかイスラム社会の町で、聖書にも出てくる地名の...パレスチナ旅行の思い出

  • イスラエル旅行の思い出 

    2014年3月30日、イスタンブール経由でイスラエルのエルサレムに入国し、ヨーロッパでは52番目、世界全体では95番目の訪問国となった。当時旅先で日記を書いていたので、振り返って記してみたい。(一部加筆訂正)ホテルは、ヤッフォ門にあるニュー・インペリアルという100年以上前から営業しているという老舗のホテルでドイツ皇帝のヴェルヘルム2世も宿泊したとのこと。また、セルマ・ラーゲルレーヴというスウェーデンの女性作家(『ニルスのふしぎな旅』の作者で、ノーベル文学賞を受賞)が1900年にこのホテルに宿泊したということで、スウェーデンからの観光客は必ずホテルに見学に来るそうである。そんな由緒あるホテルであることは全く知らずに、ロケーションと値段(1シングル朝食付で70ドル)から選んで予約したものであるが、建物や内装も雰囲...イスラエル旅行の思い出

  • ジョージア旅行の思い出

    2013年5月25日、アゼルバイジャン航空でバクーからジョージア(当時はグルジア)の首都トビリシに入った。ジョージアは、91か国目の訪問となった。26日は朝から強い雨が降っており、観光にはあまりにも悪条件であったが、ジョージア正教の総本山のツミンダ・サメバ大聖堂、ゴーリキーも幽閉されていたメテヒ教会、6世紀創生のトビリシの中心的教会のシオニ大聖堂、プーシキンも絶賛したハマム浴場等を見て回った。ジョージアは1991年5月26日にソ連から独立したが、その日がちょうど独立記念日(祝日)となっており、街中でいろいろな記念イベントが行われていた。昼すぎには雨が止み、街の中心に行くと独立記念日のイベントがいっぱいあって、ジョージア人に紛れ込んで楽しませてもらった。観光客らしき人はほとんど見かけず、もちろん日本人も一人も見か...ジョージア旅行の思い出

  • 室伏広治さんがスポーツ庁長官に

    11日、アテネオリンピック、ハンマー投の金メダリストの室伏広治さんが10月からスポーツ庁長官として就任するという嬉しいニュースが飛び込んできた。初代の鈴木大地さんに続いて2代続けてオリンピック金メダリストが長官に就任することになるが、まだ、45歳とのことで大抜擢である。彼とは、現役時代に一緒に仕事をしたことがあり、今でもお父さんの重信さんとともに年賀状の交換をさせてもらっている。前にも書いたと思うが、ハンマー投のハンマーのハンドル部分のルール改正問題で、世界陸連とやりあったことがある。彼を不利にさせようとオーストラリア陸連がルール改正を提案し、長い間議論が続いたのである。結局、アテネオリンピック時は、旧ルール適用で、金メダル獲得の一因となったものと思われる。自分が定年を迎え、陸上競技の仕事から卒業した時、彼から...室伏広治さんがスポーツ庁長官に

  • アゼルバイジャン旅行の思い出

    2013年5月22日、イスタンブール経由アゼルバイジャンの首都、バクーに無事到着。これでついに訪問国が90か国となった。バクーはカスピ海に面したコーカサス最大の町で、前年の5月にユーロビジョン・ソング・コンテストの会場になったところ。当時、旅先で日記を書いていたので、それを振り返ってみる。(一部加筆訂正)23日は乙女の塔、シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿等城壁都市バクーの世界遺産を観光。午後は地下鉄とローカルバスを乗り継いで、近郊にある拝火教寺院を観光した後、ケーブルカーに乗って、町とカスピ海を一望できる高台にある殉教者の小道のある公園に上り、素晴らしい眺望を楽しんだ。天候にも恵まれたが、カスピ海の風を肌に感じながらのバクーの城壁都市の散策は最高の気分であった。高台から見る旧市街と海岸公園のマッチングは何ともいえ...アゼルバイジャン旅行の思い出

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