ハンドル名
はりさんの旅日記さん
ブログタイトル
はりさんの旅日記
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/k-harisan
ブログ紹介文
山歩き、まち歩き、街道歩き、寺社めぐり、花めぐり、鉄道の旅など、カメラを片手にぶらりしてます。
自由文
更新頻度(1年)

62回 / 1010日(平均0.4回/週)

ブログ村参加:2016/04/19

はりさんの旅日記さんの人気ランキング

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はりさんの旅日記さんのブログ記事

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  • 阪急電車の上牧駅でドクターイエローを撮りました

    この日は京都に用事があったので、いつもの阪急電車でお出かけです。高槻市駅を通過する快速特急です。この日は阪急京都線のダイヤ改正の日でした。私が乗った準急が、高槻市駅を出発しました。めざすのは次の上牧(かんまき)駅です。上牧駅ホームにやってきました。すぐ隣を新幹線が走ります。阪急電車の上牧駅から大山崎駅までの区間は、阪急電車と新幹線が並行して走っています。実はこの区間、阪急電車が新幹線のレールを走ったことで知られています。新幹線が開業する1年前の話ですが、高架工事の際の話です。黄色い車体がやって来ました。そうです。この日はドクターイエローの運転日でした。先月の富士山との撮影の際には、肝心の時に富士山に雲がかかってしまいました(笑)京都鉄道博物館から、東寺を背景にした写真も過去に撮ったことがあります。ということで、...阪急電車の上牧駅でドクターイエローを撮りました

  • 建仁寺で禅の心にふれました(3)

    建仁寺といえば「風神雷神図屏風」(国宝)でしょう。俵屋宗達の作です。これは、もちろんレプリカです。本物は京都国立博物館にあります。風神です。去年は風神が暴れまくったので、今年はおとなしくお願いしたいです。雷神です。山では一番怖い神様です。どうかお静かに願います。瓦は建仁寺の特注でした。500円で、けっこう長い時間を過ごさせていただきました。つづいて、建仁寺の境内を歩きました。建仁寺にはいくつかの塔頭があります。これは開山堂だったでしょうか。三門です。建仁寺の塔頭は最盛期の頃は60を数えたそうです。境内の南東にお気に入りの道があります。右に曲がれば六道珍皇寺に行く道です。このあと、閻魔さまにもお参りしました。延仁寺はレプリカが多いとはいえ、自由に撮影できるのが嬉しかったです。おかげさまで、35mmレンズでの修行を...建仁寺で禅の心にふれました(3)

  • 建仁寺で禅の心にふれました(2)

    建仁寺は京都最古の禅寺とパンフレットに書かれていました。それは、知らなかったです。鎌倉時代建仁二年(1202年)の開創で、寺名は年号から名付けられたそうです。方丈の廊下を進んでいきます。手水舎がありました。この襖絵は「竹林七賢図」ですが、他にも「雲龍図」など海北友松筆による襖絵がありました。(「雲龍図」はブレてしまいました。)もちろんこれらの襖絵はレプリカですが、栄西禅師800年記念事業の一環として京都文化協会・キャノンの協力により高精細デジタルにて複製されたそうです。お庭を見ながら茶室に向かいます。清涼軒の屋根越しの木が面白かったです。茶席「東陽坊」の「光と影」です。大雄苑(だいおうえん)と称される枯山水の前庭です。この窓とお庭を撮ったのですが、白砂が白とびしてしまいました。法堂(はっとう)へやって来ました。...建仁寺で禅の心にふれました(2)

  • 建仁寺で禅の心にふれました(1)

    久しぶりに建仁寺を訪れました。建仁寺は、阪急四条河原町駅からは比較的近いのですが、通り過ぎることが多く、今回が二度目の訪問だと思います。今回は、FUJIFILMX-T10とXF35mmF1.4Rというコンパクトな組み合わせで写真の修行に励みました。禅寺らしい佇まいの本坊が迎えてくれます。◯△□乃庭は禅宗の四大思想を象徴したものと言われていますが。いきなり禅の世界に入りましたが、凡人は写真で四苦八苦です。「35mmでは入りきらんな。光も眩しいな。」石にも意思があるようです。(失礼しました。)ガラス障子越しにお庭を写しましたが、手前の映り込みが入ってしまいました。喝じゃ!という声が聞こえて来そうです。落ち着いた雰囲気のお庭でした。散った花びらが無常観を感じさせてくれます。石畳も素敵でした。光がさし込むお部屋の襖絵で...建仁寺で禅の心にふれました(1)

  • 北条鉄道 法華口駅にて

    北条鉄道の法華寺口駅に行ってきました。北条鉄道は兵庫県の南西部を走るローカル線です。法華寺口という駅名は、前回のブログで紹介した法華山一乗寺への最寄駅ということでしょうが、歩けば1時間以上はかかると思います(笑)登録有形文化財の木造の素敵な駅舎です。中にはパン工房があるんですよ。実は、この駅に来たのは3回目になります。前回は、女性のボランティア駅長さんが撮りたくてやって来たのでした。1回目はお休みでしたが、2回目にやっと凛々しい姿を撮ることができました。その駅長さんも2017年の10月に退任されました。北条方面から列車がやって来ました。こういうシーンが大好きです。一両編成の気動車です。列車が発車しますが、見送る駅長さんはいらっしゃいませんでした。せっかくなので、走行シーンも「撮り鉄」しました。30分待てばどちら...北条鉄道法華口駅にて

  • 法華山一乗寺を再訪しました

    西国三十三所巡礼の旅に出たのは、もう10年以上も前のことになります。巡礼の旅といっても、歩いて巡ったわけでもなく、車で1日に2~3ヶ所を巡るというものでした。御朱印帳や掛け軸の印が貯まっていくのが楽しくて、1年で三十三所を巡ってしまいました。今回訪れた法華山一乗寺は西国第二十六番札所で、西国の中でも一番西にあるお寺です。西国三十三所のお寺は何故か山の上にあり、長い階段を上っていくところが多いです。(四国八十八ヶ所はそれ以上に厳しかったです。)常行堂は、がっしりとした建物でした。三重塔は国宝です。お寺のパンフレットでは、真っ赤な紅葉と写っていました。三十三所も花の名所が多いのですが、花の季節は無視してお参りしていました。今から思えば、惜しいことをしました。本堂を見上げます、まだ、階段が残っています。本堂でお参りを...法華山一乗寺を再訪しました

  • 堅田の浮御堂で芭蕉さんをしのびました

    先日、琵琶湖畔の寒咲花菜を撮りに行った帰りに堅田の浮御堂に寄ってきました。堅田は、寒咲花菜を撮った守山とは琵琶湖大橋で結ばれています。近江八景の一つ堅田の落雁として有名な浮御堂は、海門山満月寺と称する禅寺です。浮御堂といえば芭蕉さんのことを忘れてはいけません。芭蕉さんは近江の地を愛した人で、晩年の10年間で8度も湖南の地に滞在したそうです。「行く春を近江の人と惜しみける」とこんな句まで詠んでいます。司馬遼太郎は「行く春は近江の人と惜しまねば、句の向こうの景観のひろやかさや晩春の駘蕩(たいとう)たる気分があらわれ出て来ない。(中略)この句を味わうには「近江」を他の国名に変えてみればわかる。句として成りたたなくなるのである。」(『街道をゆく24近江散歩』より)と書いています。元禄4年の仲秋名月の翌日、十六夜に近江の...堅田の浮御堂で芭蕉さんをしのびました

  • 大阪城の石垣を眺めながら

    私が大阪城を訪ねるのは、ほとんどが梅園に行くことが目的なので、JR大阪城公園駅から大阪城ホールの横を通って青屋門から入るというコースを歩きます。広い大坂城の北東側のほんの少しの区間ですが、それでも十分に大坂城の素晴らしさを感じることができます。駅から歩いて15分ほどで梅園に到着です。でも、まだ梅の花は咲いておらず、蠟梅が咲いているだけでした。ところで、大阪城の天守閣ですが、これは三代目の天守閣です。初代は豊臣秀吉が築いた天守ですが、ご存知の通り「大坂夏の陣」で焼け落ちてしまいます。その後、徳川幕府が立派な天守を築いたのですが、落雷で消失します。そして、昭和になって大阪市民の寄付で建てられたのが現在の天守です。266年ぶりの再建だったそうです。大坂城といえば立派な石垣で知られていますが、こちら側にはそんなに大きな...大阪城の石垣を眺めながら

  • 大阪城公園のジョウビタキ

    大阪城には蝋梅を撮りに行ったのですが、野鳥にも会うことができました。先日、万博公園でジョウビタキの雌に出会いましたが、ここでもジョウビタキの雌に出会いました。ジョウビタキの雌は、本当に人懐っこいです。色々とポーズをとってくれました。大阪城公園も野鳥が多いそうです。この梅園にも梅の花が咲く頃には、たくさんの野鳥がやって来るのでしょう。結局、撮れたのはこのジョビちゃんだけでしたが、そのかわり、こんな大きな鳥も撮れました(笑)※撮影日2019.1.11大阪城公園のジョウビタキ

  • 大阪城の蝋梅を撮りに行きました

    大阪城の蝋梅を撮りに行きました。昨年は6日に訪れましたが、五分咲き程度だったと思います。今年はそれを踏まえて、日にちを遅らせて訪れました。思った通り、蝋梅はいい感じで咲いていました。蝋梅は大阪城公園の梅林の中に咲いています。実はここも台風21号の被害を受けたようで、10月に訪れた時には立ち入り禁止になっていました。と言っても高い木が中心だったようで、梅の木はそんなに被害はないように感じました。この日も、あわよくば野鳥に会えるかと望遠レンズを持って行きました。ジョウビタキには会えたのですが、蝋梅の撮影にも役に立ちました。(蝋梅は柵の中に植わっているので。)まだまだ寒い日は続きますが、蝋梅を見ると春の訪れを感じますね。梅の咲くのは2月になってからだと思いますが、気の早い梅もありました。※撮影日2019.1.11大阪城の蝋梅を撮りに行きました

  • 今年も琵琶湖畔の寒咲花菜を‥(その2)

    琵琶湖畔の寒咲花菜(カンザキハナナ)と雪山の続きです。この日は下見のつもりで行ったのですが、寒咲花菜は八分咲きでした。自転車で琵琶湖を一周する「ビワイチ」が流行っているようです。このチャリダーもそうなんでしょうか。遊覧船がやって来たようなので、ちょっとだけ高いところから写しました。寒咲花菜と雪山と琵琶湖の三拍子です。トンビも飛んでいました。その昔、観光船でここを通った記憶があります。船の名前はミシガンだったでしょうか。少し移動して、寒咲花菜と琵琶湖と比良山系の三拍子を写しました。やっと琵琶湖を写しました。琵琶湖は本当に素晴らしい湖です。琵琶湖大橋の向こうに見える山並みは比叡山です。※撮影日2019.1.今年も琵琶湖畔の寒咲花菜を‥(その2)

  • 今年も琵琶湖畔の寒咲花菜(カンザキハナナ)を撮りに行きました

    今年も琵琶湖畔にある守山第1なぎさ公園の寒咲花菜(カンザキハナナ)を撮りに行きました。はじめてこの場所を知ったのは、10年ほど前に新聞に載っていた写真を見たときです。冬なのに菜の花が咲いているのと、後ろの雪山のコントラストに感動を受けたことを思い出します。それからほぼ毎年のように行くようになりました。年によって咲く時期が微妙に変わりますが、今年は咲くのが少し早いようです。後ろに見える山もいい具合に雪が積もっていました。これで青空だったらいうことがないのですが。基本が菜の花と雪山の構図なので、同じような写真ばかりです(笑)一昨年は大雪で茎が折れてしまいました。望遠レンズでも撮ってみました。土手の向こうには琵琶湖が広がっています。琵琶湖を写すには脚立が必要です。少し構図を変えて、菜の花畑だけを写しました。人が歩いて...今年も琵琶湖畔の寒咲花菜(カンザキハナナ)を撮りに行きました

  • 冬の万博公園をぶらり(2)

    日本庭園にやって来ました。花の少ない中で山茶花だけが目立っていました。どちらかというと、散りモミジならぬ散りサザンカがきれいでした。アップで迫ってみました。どこにピンがきているのでしょう。さらにアップで迫りました。ところで、山茶花といえば「さざんかの宿」を思い出しますが、いやまちがえました「♪さざんかさざんか咲いた道‥」でした。この歌の曲名は「たき火」なんですよ。この歌のような情景も、最近は見なくなりました。焚き火が条例で禁止されているのもありますが、都会ではそんな場所もありませんね。「まず咲く花」マンサクも、まだ蕾でした。花も無いので、ベンチを写します。(実は、いつも写しています。)ボケの花が、寂しそうに咲いていました。帰ろうとしたら、日がさしてきました。(よくあるパターンです。)もう一度、カワセミのいた所に...冬の万博公園をぶらり(2)

  • 冬の万博公園をぶらり(1)

    冬の万博公園は、さすがに咲いている花も少なかったです。そんな中で見つけたのが水仙です。般若寺の水仙も咲き始めたようで、ちょっと前にコスモスを見に行ったと思っていたのですが‥。昨年の2月は淡路島の水仙郷に行きましたが、本当に時の立つのは早いです。こちらは望遠レンズで撮りました。上の写真とカラーが違い過ぎるのはどうしてでしょう。名前はわかりませんが、赤い花がきれいでした。池では水鳥が優雅に泳いでいました。赤い花をもう一枚。花が少ないので、枯れた花を撮りました。この野鳥の名前もわかりません。やはり鳥撮りにはなれそうもありません(笑)またまた、赤い花です。いつもの並木を違う方向から撮りました。日本庭園に向かう途中の植え込みにあった紫の花です。(花の名前は、わかりません。)ピンクの花もありました。花の名前も鳥の名前も知ら...冬の万博公園をぶらり(1)

  • 万博公園でバードウオッチング(カワセミの巻)

    前回はジョウビタキでしたが、今回はカワセミです。カワセミの撮影は久しぶりです。ジョウビタキは、すぐそばまでやってくるのですが、カワセミは警戒心が強いのか、決して近づいてはくれません。私の望遠レンズも限界があるので、写真は少しトリミングしています。少しだけ近くに来てくれました。野鳥専門で撮っておられる方のようなレンズがあればと思いますが、あまりにも高すぎます。(軽自動車が買えるそうです。)FUJIも2倍になるテレコンバーターがありますが、そんなに使う機会もないので、現状で我慢しましょう。ダイブもありましたが、追えませんでした(笑)今回も手持ちで撮影です。いちおう三脚は持っていますが‥。天気はなぜか曇っていました。晴れの予報でしたが‥。今年もお日様に嫌われたままなのでしょうか(笑)万博公園は冬の装いでしたが、なんと...万博公園でバードウオッチング(カワセミの巻)

  • 万博公園でバードウオッチング(ジョウビタキ♀の巻)

    前回、万博公園を訪れたのは11月の末で紅葉が見頃でした。あれから約1ヶ月、万博公園はすっかり冬の装いでした。今回はそんなこともあろうかと、鳥撮り用に望遠レンズを用意していました。そして、姿を見せてくれたのがジョウビタキの雌でした。人なつっこい野鳥です。飛んだかと思っても。すぐそばにいます。そして、ポーズを取ってくれます。すぐそばまでやって来ました。上手に撮ってねと言っているようです。手が届きそうでした。ジョビさん、ありがとう。次回は、あの鳥です。※撮影日2019.1.7万博公園でバードウオッチング(ジョウビタキ♀の巻)

  • 京都に初詣に行きました(後編)

    知恩院に初詣に行きました。日本1初詣の参拝者が多いのは明治神宮で、京都では伏見稲荷大社だそうです。どちらも神社なので、初詣は神社が多いのかというとそうでもなく、第2位の川崎大師は平間寺というお寺ですし、第3位の成田山も新勝寺というお寺です。日本人にとっては神様も仏様も大切なものなのですね。阿弥陀堂の前に桜が咲いていましたが、もう終わりかけのようでした。せっかくなので御廟まで行ってみることにしました。また長い階段を上っていきます。知恩院は山に沿って造られているのがよく分かります。法然上人の生きた時代は、平安から鎌倉へと大きく時代が変わる頃でした。そんな不安定な時代背景もあり、専修念仏の教えが多くの人々に受け入れられたのでしょう。法然さんの頃は、こんな立派なお寺では無かったようで、江戸時代になって今のような大伽藍に...京都に初詣に行きました(後編)

  • 京都に初詣に行きました(前編)

    今年の初詣は京都に行きました。京都で初詣といえば、伏見稲荷や八坂神社などが思い浮かぶのですが、4日とは言え、まだまだ混んでいるような気がしたので、知恩院に行くことにしました。四条通の混雑を避けて、祇園白川を抜けて行きました。思った通り、新橋通は空いていました。新橋通は「重要伝統的建造物群保存地区」です。「ラ・メゾン・ジュヴォー」という、洋菓子屋さんのようです。白川にかかる一本橋です。きれいどころでも、やって来ないかと思ったのですが‥。知恩院の三門に到着です。1621年に徳川2代将軍秀忠の命で建立されました。日本でも最大級の木造の門だそうです。我が家は、いちおう門徒(浄土真宗の信者)なんですが、知恩院は浄土宗のお寺です。でも、親鸞さん(浄土真宗)は法然さん(浄土宗)の弟子でもあるし、同じ「南無阿弥陀仏」なので許し...京都に初詣に行きました(前編)

  • 弓ヶ浜海岸の夕景

    皆生温泉のある弓ヶ浜海岸は、「日本の渚100選」・「日本の白砂青松100選」などに選ばれているそうです。この日はあまり天気が良くなかったのですが、夕方に急に空が赤く染まり出しました。あわててカメラを持って海岸に‥。夕景を見ながら、なぜか加山雄三の「君といつまでも」を口ずさんでいました。♪ふたりを夕やみがつつむこの窓辺に‥。向こうに見えているのは美保関です。♪君のひとみは星とかがやき恋するこの胸は炎と燃えている‥。♪大空そめていく夕陽いろあせてもふたりの心は変わらないいつまでも。「幸せだな‥僕は君といる時が一番幸せなんだ‥」日本海の荒波が打ち寄せます。♪今宵も日が昏て時は去りゆくともふたりの思いは変わらないいつまでも。こうして2018年の大晦日は暮れていきました。※撮影日2018.12.31弓ヶ浜海岸の夕景

  • 正月の境港をぶらりしました

    お正月は、年寄り孝行を兼ねて皆生温泉で過ごしました。元日は、皆生温泉から車で30分ほどのところにある境港(さかいみなと)の町を訪ねました。初詣に出雲大社も考えたのですが、とんでもない混雑だと聞いたので早々に諦めました。向かったのは「水木しげるロード」です。境港の町は、今や妖怪の町として知られるようになりました。元日の昼前でしたが、たくさんの観光客で賑わっていました。海外からの観光客もおり、「ゲゲゲの鬼太郎」が海外でも人気なのでしょうか。「水木しげるロード」は、境港駅から約800mに139体の妖怪ブロンズ像が並んでいます。2018年の夏にリニューアルされたようで、以前より立派になっていました。「ゲゲゲの鬼太郎」では、ネズミ男のキャラが好きでした(笑)私の好きなレトロな建物もありました。この建物は海岸に面していまし...正月の境港をぶらりしました

  • ドクターイエローと富士山のツーショットのはずが

    富士山と新幹線の写真を撮りに行きました。この日はドクターイエローの運行日だったので、それを撮るのが目的です。早朝は雲に隠れていた富士山ですが、徐々に雲が切れて富士山が姿を見せてくれました。しかし、中腹には雲が残ったままです。撮影ポイントに着いたのは、10時半ごろでしょうか。この時間が一番いい感じで富士山が見えていました。ドクターイエローがやって来るのは、12時半ごろです。あと2時間なんとかこのままでいて欲しいと願いました。ここに来るのは4年ぶりです。その時の写真は、確か年賀状にしたと思います。少し雲が増えて来たようです。ここは有名な富士山と新幹線の撮影ポイントなのとドクターイエローが走るのとで、すでに沢山の鉄道写真愛好家が陣取っていました。ちょっと流し撮りにも挑戦しましたが、すべてが流れているようです(笑)待つ...ドクターイエローと富士山のツーショットのはずが

  • あけましておめでとうございます

    あけましておめでとうございます。お正月は、おめでたい富士山の写真からスタートです。富士山の裾野を走る新幹線です。富士山と新幹線の写真を撮りに行ったのは4年ぶりのことです。富士山も新幹線も好きなので、最高の組み合わせです。会えると幸せになれるというドクターイエローですが、富士山に雲がかかってしまいました(笑)今年もよろしくお願いします。※撮影日2018.12.25あけましておめでとうございます

  • 2018年を振り返りました(後編)

    2018年の後半です。夏山シーズンを迎え、山の写真が多くなります(笑)霧ヶ峰の朝です。(7.13)ニッコーキスゲの群生は見事でした。(7.13)みくりが池に映る立山です。(7.22)雷鳥荘に泊まって立山の夕景を楽しみました。(7.22)ほんのりピンクに染まるのはタテヤマチングルマです。(7.23)奥大日岳の帰り道からの立山です。(7.23)唐松岳頂上山荘からの夕景の剣岳です。(8.1)コマクサが朝日に輝いていました。(8.2)八方尾根からの白馬三山です。(8.2)黒部の釣りです。黒部湖の向こうは針ノ木岳です。(8.12)黒部の渓流を釣るヒゲさんです。(8.13)はじめてのクルーズです。小樽港に停泊中のダイヤモンドプリンセス号です。(8.27~9.3)北海道やサハリンを旅しました。コルサコフの港が見える丘からの写...2018年を振り返りました(後編)

  • 2018年を振り返りました(前編)

    2018年も、あと1日と数時間になりました。今年もおかげさまで、元気にあちらこちらと出かけることができました。その中から思い出深い旅を、今日と明日の2回に分けて振り返ってみます。1月はスキーからスタートです。赤観スキー場と妙高山です。(1.15)美山かやぶきの里のライトアップに行きました。(1.31)淡路島の水仙郷です。(2.6)マキノ、雪のメタセコイア並木です。(2.9)守山の菜の花はちょっと寂しかったです。比良山系も雲に隠れていました。(2.9)京都鉄道博物館からのドクターイエローです。(2.16)富士山を撮りに行きましたが空振りで、セツブンソウを撮りました。(錫杖さんありがとうございました)(2.22)万博公園の枝垂れ梅とメジロです。(3.6)いすみ鉄道を「乗り鉄」しました。(3.28)小湊鉄道も「乗り鉄...2018年を振り返りました(前編)

  • 気分はアマルフィ海岸

    イタリアの有名な観光地であるアマルフィ海岸に行って来ました。なんちゃって(笑)イタリアには行ったことがないので、本物のアマルフィ海岸は知りませんが‥。こんな感じなのでしょうか??実は、ここは和歌山県の雑賀崎にある雑賀崎漁港です。漁港らしく漁船が並びます。室町時代に開かれた漁港だそうで、「一本釣り」を編み出したことで漁業が発展したそうです。現在は底引き網漁だそうです。雑賀は「雑賀衆」として名高い日本最強の鉄砲集団の根拠地だったところでもあります。あの織田信長の手を焼かせたのも雑賀衆でした。そんな歴史のある雑賀崎ですが、今や日本のアマルフィとして話題になっているようです。アマルフィと呼ばれるのもいいのですが、やはりここも、日本のどこの漁村にもあるような風景が残っているのがいいですね。年末のお墓まいりの帰りに、ちょっ...気分はアマルフィ海岸

  • 富士山を撮りにいきました(2)

    富士市にある岩本山公園からの富士山です。徐々に雲が切れてきて、少しずつ富士山が姿を見せてくれました。「あたまを雲の上に出し♪」富士は日本一の山です。中腹に雲が残っていますが、なんとか富士山らしい姿を見ることができました。大阪人には遠い存在の富士山です。たまにやって来ても姿を見せてくれないのが富士山ですが、今回はラッキーだったのでしょう。蝋梅と富士山です。富士山の頂に立ったのは17年前のことです。もう登ることはないでしょう。名残の紅葉越しの富士山です。ここでは、梅や桜とともに富士山が楽しめるようです。皇帝ダリアと富士山です。静岡はお茶どころです。岩本山公園から降りてきたところにあった茶畑と富士山です。このあと次の撮影地に移動しました。私の好きな新幹線と富士山とのツーショットを撮るためです。※撮影日2018.12....富士山を撮りにいきました(2)

  • 富士山を撮りにいきました

    富士山の写真が撮りたくて、静岡県まで遠出をしました。24日の朝10時に大阪を出発して高速道路を東へ走りました。そして、4時前に東名富士川SAに到着です。目の前にドーンと富士山が見えるはずなのですが‥。今年の2月に、山中湖からの富士山を撮りに出かけた時も、富士山は姿を見せてくれませんでした。今回もまた、そうなるのでしょうか。翌日の天気を期待して、この日は富士市内で一泊です。翌朝、富士市内にある、富士山の撮影ポイントの岩本山公園に向かいました。今回、富士市内にこだわったのには理由があるのですが、それは後ほど分かります。岩本山公園からの、夜明けの富士市内です。肝心の富士山は、雲の中でした。2時間後、雲の切れることを期待して、再び岩本山公園に戻って来ました。しかし、富士山は相変わらず雲の中です。しかたがないので、公園に...富士山を撮りにいきました

  • 西陣あたりを歴史散歩しました(3)

    西陣を散策しています。千本通の釘抜地蔵から少し南にやって来ました。京漬物の近為があります。千本通を挟んで向かい側には五辻の昆布屋さんもあります。どちらも明治時代から続く老舗です。渋い街並みを眺めながら五辻(いつつじ)通を西に進みます。千本釈迦堂に到着しました。報恩寺というお寺ですが、千本釈迦の名で親しまれています。千本釈迦堂の大根だきは有名で12月7・8日は大変な賑わいだそうです。おかめ桜も有名ですが、この時期はこんな感じです。千本釈迦堂は応仁の乱の際、西軍の本陣になったところです。応仁の乱で他の堂は失われましたが、本堂だけが奇跡的に残りました。1227年に建てられた京都で最も古い木道建造物です。道内の柱には、応仁の乱の時の刀傷が残っています。さらに西に進んで上七軒にやって来ました。ここは京都五花街の一つです。...西陣あたりを歴史散歩しました(3)

  • 西陣あたりを歴史散歩しました(2)

    西陣を散策しています。烏丸今出川を出発して、白峰神社や三上家路地に立ち寄りました。次にめざすのは千本通の釘抜地蔵です。紋屋図子を後にします。正面に見えているのは本隆寺です。現在は改装中のようです。以前にもこの辺りを歩いて、本隆寺の塀の写真を取りました。練り込まれた瓦が特徴的です。中古カメラ屋さんもいい雰囲気です。こちらは、ちがうパターンで瓦が入っています。ここは岩神ホールという建物で、織工場だったところを改装したそうです。みかんの木やポストが面白いです。古いのか新しいのかよく分からない京町家でした。千本通までやってきました。ちょっと探しましたが、釘抜(くぎぬき)地蔵:石像寺(しゃくぞうじ)に到着です。門を入ると大きな釘抜が迎えてくれます。ここには初めて来たのですが、ちょっと感動しました。観光寺では無いので観光客...西陣あたりを歴史散歩しました(2)

  • 西陣あたりを歴史散歩しました

    京都の西陣あたりを歩きました。西陣という地名は、応仁の乱の際、西軍総大将である山名宗全が陣地を構えたことから由来します。高級絹織物の西陣織はよく知られていますが、私にはあまり縁がありません。京都地下鉄の今出川が出発点です。はじめは今出川通に沿って西へと向かいました。すぐに、室町将軍室町第跡を示す石碑があります。この辺り一帯に「花の御所」とよばれた御殿があったのでしょう。その御殿も応仁の乱で焼けてしまいます。しばらく行くと、白峰神社があります。この神社は明治になってできたものです。祀られているのは保元の乱で敗れて讃岐に流された崇徳上皇です。崇徳上皇は天下滅亡という呪いの言葉を書き残し、我は日本の大魔王となるといって死去したといわれています。その後の日本の様々な災いは、崇徳上皇の祟りかもしれませんね。堀川今出川を北...西陣あたりを歴史散歩しました