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  • 2-IX-2

    いろんな感情が激しく入り乱れ、いつもは無表情な彼の顔彼の態度があまりに奇妙だったので、ドードラン夫人は好奇心に駆られ、口をぽかんと開け、目を一杯に見開いて耳をそばだて、フォルチュナ氏の前にじっと立ち尽くしていた。それに気づいた彼は怒りの口調で言った。「そこで何をしている?おかしな真似をするな!じっと見ていたんだな!さっさと戻って台所の監督でもしていろ……」彼女は震えあがって逃げていった。フォルチュナ氏自身も書斎に入った。じっくり考えてみると喜びが沸々と湧き上がって来て、やがて来るべき復讐への期待に頬が弛み、悪意のこもった微笑が浮かんだ。「あの娘はなかなか良い勘をしている」と彼は呟いた。「それにツキにも恵まれている……。俺が彼女の味方をしよう、そしてあの恋人、極悪人どもに名誉を傷つけられるがままになったあの...2-IX-2

  • 2-IX-1

    IXアキレスの腱にまつわる神話はいつの時代にも通じる真実を語っている。身分が低かろうが高かろうが、身体が強壮であろうがなかろうが、どこかに弱点を抱えない人間はいない。そこだけが極めて脆く、傷つけらればその痛みは耐え難い。イジドール・フォルチュナ氏のアキレス腱は、彼のふところにあった。彼のその部分が攻撃されることは、彼の生命の源そのものがやられるも同然であった。そこは彼の感受性が最も鋭敏なところであり、彼の心臓が鼓動しているのは胸の中などではなく彼の幸福な財布の中だった。彼が喜んだり苦しんだりするのはその中身によってであり、素晴らしい才覚によって仕事が上首尾に終り、財布が膨らんでいるときには幸せになり、不手際がもとで失敗して空っぽになったときは絶望感に襲われるのだった。さて、かの呪われた日曜日、意気盛んなウ...2-IX-1

  • 2-VIII-19

    「レースでね、もちろん!」とマルグリット嬢は思った。そしてその夜はずっと、良く言えば独創的とは言える節約の仕方についての話題に終始するのを聞いていなければならなかった。真夜中頃になって自室に戻った彼女は腹立ちを抑えることができなかった。そしてもう十回は頭の中で繰り返したであろう言葉を独り言ちた。「一体私のことを何だと思っているの、あの人たちは!私が完全な馬鹿だと思っているのね。私の目の前で私の父から盗んだお金で手に入れたものを並べ立てるなんて!私から盗んだお金でもあるじゃないの!下賤なペテン師たちには自制心がないから、騙し取った金品を使わずにいられなくて夢中になって使いまくる図、というのは分からないでもないけれど、あの人たちは!あの人たちは頭がおかしいんだわ」マダム・レオンはしばらく前に就寝していた。マル...2-VIII-19

  • 2-VIII-18

    あまり、どころではなく、全然問題にならなくなった、のかもしれなかった。『将軍』はその後すぐ、友人の一人を伴って帰宅した。彼を晩餐に招待したのである。その晩餐の席でマルグリット嬢はフォンデージ氏が夫人に負けず劣らずその日を有効に過ごしたことを知った。彼もまたくたびれた様子だったが、確かにその理由はふんだんにあったようだ。まずフォンデージ氏は投資で大損をしたという紳士から馬を数頭買い取ったのだが、それらの見事な姿を見れば、代金が五千フランとは破格の安値であった……。その後一時間も経たないうちに、ある有名な馬の目利きであるブリュール・ファヴァレイ氏から、殆ど二倍の値で買いたいという申し出があったのを断ったのだった……。このことで彼はすっかり気を良くし、立派な鞍付きの馬の周囲をうろついた挙句、それが百ルイで手に入...2-VIII-18

  • 2-VIII-17

    幸いにも味方と頼れる人が一人いた。あの老治安判事である……。彼に相談しようかと考えたことは今までもあった。彼女のこれまでの行動はそのときどきの状況に応じてなんとか切り抜けてきたものだった。が、事態の進展の速さを考えると、状況を制御するには自分よりもっと人生経験を積んだ人が必要だと感じていた。今彼女は一人なので、スパイされる恐れはない。この時間を利用しないのは愚かなことだ。彼女は旅行鞄から筆記用具を取り出し、不意に誰かが入って来ることのないようドアにバリケードをし、治安判事に宛てて手紙を書き始めた。最後に会ったときから起きた出来事の数々を、稀に見る正確さで、細部に亘り省略することなく、すべてを彼女は記した。そしてド・ヴァロルセイ侯爵からの手紙の中味を再現し、何か不測の事態が生じたときには写真家のカラジャット...2-VIII-17

  • 2-VIII-16

    興奮が冷めると、彼女は自分が手に入れた優位を過大評価するのでなく、むしろ疑いをもって吟味し始めた。それというのも疑いの余地のない完璧な勝利を望んでいたからだ……。ド・ヴァロルセイ侯爵の犯罪を暴くことにさほどの意味はないように彼女には思われた。それよりは、彼の計画の真意を見抜くことが必要だと心を決めていた。彼が執拗に彼女を追い求めるその隠された理由を突き止めることだ……。自分自身素晴らしい武器を手にしていると思ってはいるが、侯爵の手紙に書かれていた脅しのことを考えると不吉な不安を追い払うことが出来なかった。『協力者のおかげで』と彼は書いていた。『かの気位高き娘を非常に危険かつ悲惨な状況に置き、一人では脱出できぬと思われるその状況の中で……』この文言はマルグリット嬢の頭から離れなかった。この今にも自分の頭の上...2-VIII-16

  • 2-VIII-15

    マルグリット嬢がフォンデージ邸を出てから一時間超が経っていた。「ときが経つのってほんとに早いのね!」と彼女は呟いていた。人目を引かぬ範囲内で最大限に足を速めながら。それでも、いかに急いでいたとはいえ、ノートルダム・ド・ロレット通りの裁縫材料店に立ち寄り、五分ほどを費やさねばならなかった。黒いリボンやその他の喪のしるしの小物を買うためである。召使の誰かが出て来て外出の理由を聞かれることがあった場合に備え、説明できるように、であった。そういうこともないとは言えず、むしろありそうなことであった。あらゆる可能性を彼女は考えていた。しかし、『将軍』邸の前の階段を上がり、門の呼び鈴を鳴らしたときは緊張のあまり鼓動が胸を突き破りそうになった。この彼女の計画と冒険が成功するか否かは、彼女の行為とは無関係な外的要因に依存し...2-VIII-15

  • 2-VIII-14

    そうこうしている間に助手が機具を持って戻って来たので、彼はその機具を小サロンの中で組み立て設置した。準備がすべて整うと彼は言った。「ではそのお手紙をお渡しくださいますか、マダム」一瞬の戸惑いが感じられた。しかしそれはほんの一秒ほどのものだった。この写真家の誠実で親切な顔つきから、彼は信頼を裏切ることはないだろうと彼女は確信した。この人ならむしろ自分に力添えをし、救ってくれるであろう、と。彼女はド・ヴァロルセイ侯爵の手紙を悲痛な威厳を持って差し出し、はっきりした口調で言った。「貴方様の手に託しますのは、私の名誉と未来でございます……。でも私には不安はありません。何も怖れてはおりません」写真家はマルグリット嬢が何を考えているのかが分かった。秘密にしておいてくれ、と敢えて口にしなかったこと、それは不必要だと彼女...2-VIII-14

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