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敏洋 ’s 昭和の恋物語り https://blog.goo.ne.jp/toppy_0024

[水たまりの中の青空]小夜子という女性の一代記です。戦後の荒廃からのし上がった御手洗武蔵と結ばれて…

敏ちゃん
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住所
岐阜市
出身
伊万里市
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2014/10/10

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  • 奇天烈 ~蒼い殺意~ 哀しい事実(五)

    夜学の始業時間は、五時半である。そして、40分間ずつの授業である。6時10分が給食時間である。20分間という限られた時間で、食べ終えなければならない。6時半には片づけることになっている。正確には6時40分までが給食の時間なのだが、後片付けの時間がいるのだ。当番が調理場に食器類を持ち込まねばならないのだ。暗黙の了解で、20分しかないのだ。彼の町工場の終業時間は、五時である。工場から学校までは、バスで十分ほどかかる。残業を1時間行ったとして、バスの時間は6時20分しかない。お分かりいただけるであろうか、給食時間は終わっている。その為に3ヶ月の間、給食抜きであった。これは辛い。食べ盛りの17歳だ、猛烈にお腹が空く。しかもである、翌日の朝食用のパンの問題もある。クラスの中には必ずパンを残す者がいる。彼はそれら残り...奇天烈~蒼い殺意~哀しい事実(五)

  • [淫(あふれる想い)] 舟のない港   (二十八)雨は上がっていた。

    雨は上がっていた。通りをおおいつくすようなネオンサインがかがやき、満点の星々のかがやきは弱かった。車の乗り入れを規制することにより、夕方ら深夜までのあいだ歓楽街は歩行者のみがかっぽしている。なのに人混みがはげしく、ときとして肩がぶつかりあうほどだ。あちこちで「いてえぞ!」とののしり合いがおきるほどだった。男はしっかりとミドリを抱き寄せて歩いた。しだいに、足取りもしっかりしてきた。ひとり歩きもできそうだった。しかしミドリ自身、男のうでから離れるようすはない。それどころか、ますます腕にしがみついてくる。ひと夜かぎりの恋人気分を、楽しんでいた。急にミドリの体が、男の腕からずり落ちそうになった。側溝板のあみめにヒールがひっかかってしまった。男はすぐにミドリのうしろにまわり、右手でミドリのからだを支えた。羽交いじめ...[淫(あふれる想い)]舟のない港 (二十八)雨は上がっていた。

  • [ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十九)どうしたと思います?

    どうしたと思います?そうなんです、そのまま脱兎のごとくに、だれにもなにもいわず、教室を飛びだしたわけです。そしてバスと汽車とを乗りついで、無事に持ってきました。バス停からは、猛ダッシュです。5分と違わないと思うのです。歩いて学校に戻ればよさそうなものなのに、猛ダッシュしたんです。ここらあたりは、真面目に超が付くゆえんでしょうか。(当時のわたしですから。いまは、真面目という意味がすこし変わってきている気がしますね)。汗だくです。たしか、夏休み明けの二学期のことだったと思いますが、残暑が厳しい時期ですからね。さあ、ここからです。教室の扉を引いたとたん、その場に倒れこんだのです。ドアのレールに引っかかったのか、ひざが笑ってくずれ落ちたのか、それとも恥ずかしさから自ら倒れたのか……。「家から走ってきたらしいぞ」。...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十九)どうしたと思います?

  • ドール [お取り扱い注意!](十)「おじいちゃん、○んじゃうの?

    「おじいちゃん、○んじゃうの?おじいちゃん、○んじゃうの?」幼稚園のモック姿の女児が、半泣きしながら叫んでいる。「大丈夫よ、大丈夫。ちょっとね、お熱が出ただから。きょうはこのまま病院に泊まるけど、あしたにはおうちに帰れるから」にこにこと笑みをうかべた老婆が、女の子の頭をなでている。うしろには、母親らしき女性が無表情で立っている。「でもでも、おじいちゃん、目をあけないよ。おくちにカップをかぶせてたら、いきができないよ」なおも女児が、なみだ声で叫んでいる。口にかぶせられたマスクを外そうかどうしようか、迷っているようにみえる。「これはね、おじいちゃんにね、いっぱいいっぱい酸素を送ってるの。おじいちゃんにね、息が楽にできるように、わざと付けてるんだよ」「ほんとに、ほんとに?あしたには、おうちにかえれるの?マーちゃ...ドール[お取り扱い注意!](十)「おじいちゃん、○んじゃうの?

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (四百七十七)

    小夜子の知らぬことではあったけれども、富士商会の株式の51%は小夜子名義となっている。ゆえに、富士商会のオーナーは御手洗小夜子であり、当人が議決をしないかぎり退職などということはありえないことだった。「やっぱりあの株の配分は正しかった」。五平の偽らざる心境だった。五平たちは武士の富士商会への入社をこころ待ちにしている。とくに五平と竹田は、成人式をすませてぶじ大学を出て、そして平社員という立場からのスタートをこころ待ちにしている。そしてゆくゆくは幹部となり、五平の跡を継いで社長となるのだ。服部もまたそうあってほしいと願ってははいるが、それはあくまで本人の精進次第だと思っている。ぼんくらの遊び人ではこまる、それでは後継者たりえない、と公言している。むろんそうなるように、指導をおこたらずサポートもしていきたいと...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十七)

  • ポエム ~夜陰編~ (やけくそ)

    おめでとう!やっぱりもうひと言おめでとう!おめでとう!くどいけれどもおめでとう!おめでとう!たゞひたすらにおめでとう!おめでとう!おしあわせに!ふたりに乾杯!(背景と解説)まったく覚えのないことで、感謝というかお礼というか、報告を受けました。わたしが、このわたしが、恋のキューピッド役を務めたというのです。それも、元カノですよ。自然消滅してしまった彼女との交際なのですが、その何年後だったか、手紙だったかハガキだったかそれとも直接だったか、今となってはまったく記憶にないのですが(連絡方法がですよ)。「おかげさまで結婚することになりました。引き合わせていただいて感謝します」ということなんです。美人でしたよ、絶美人!以前にお話ししたことなのですが、高二になって文芸部の部長(といっても、実質わたし一人だけ残ったので...ポエム~夜陰編~(やけくそ)

  • [青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (四)

    そしていま、にこやかに微笑むシゲ子が思いだされる。学校帰りにいつも立ち寄っては、祖母手作りのおやつを食した。ときに食べ過ぎてしい、夕食が進まぬこともあった。母の道子に「おやつはほどほどに」と言われているのだが、ついつい食べ過ぎてしまうほのかだった。ほのかが小学2年生のときだった。いつもの帰りなかまが風邪でお休みをしていて、ひとりで帰ることになってしまったほのかだったが、たまたまかえりが一緒になった次男とひさしぶりに道草をした。いつも横目でみるだけの公園にはいった。大通り沿いで、そこにはフェンスがはってある。あとの三方にはないものの、垣根代わりに椿が植えられている。濃い緑のなかに点在する赤い色がひときわ映える。その花で季節を知る住民たちだった。ブランコにシーソーそして鉄棒だけのある小さな公園だった。そうだっ...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(四)

  • 奇天烈 ~蒼い殺意~ 哀しい事実(四)

    彼の給料は、手取りで17,600円である。同年代の平均は、新聞紙上によれば23,000円である。中卒の我々だ、たしかに安い。金の卵だと持てはやされてはいる。しかしそれは、安価な賃金で雇うことができるからだろう。まあたしかに、右も左も分からぬ子どもではある。社会常識など、まるで持ち合わせていない。ある意味、先行投資の面があるかもしれない。どんな先行投資かと問われると、返答のしようがないけれども。しかし彼は、社長が好きである。彼はいつもわたしに言う。高給取りだから幸せだとは限らない。毎日が充実していればそれでいい、と。やせ我慢かもしれない。しかし彼は、おのれの分を知っていると言う。彼の実家のある町にも、金持ちはいるらしい。いや、居て当たり前のことだ。そしてそこに子どもが居るとも。それも当たり前のことだろう。ど...奇天烈~蒼い殺意~哀しい事実(四)

  • [淫(あふれる想い)] 舟のない港   (二十七)あたいも糖尿病なんだけど、

    「あたいも糖尿病なんだけど、支配人には内緒にしてるの。やまい持ちだとやとってくれないのよねえ。でもさあ、お店にはいる前にしっかりと食事をとってるのよ。それにお酒といっしょにフルーツなんかも、ね。そうすると大丈夫なのよね。あなた、あんまり食べずに飲んだでしょ。いくら彼氏といっしょだからって、えんりょしちゃだめよ」そう言い残してフロアに戻っていった。男の知りたいことを口にしていったホステスに「ありがとうございました」と、最敬礼をする男だった。そしてミドリに振り返ると、「今度はしっかり食べてからにしようね」と、病気のことは気にしていないよと、言外につたえた。横たわったままにハンカチをぎこちなく使うミドリが、野道に咲くかれんな花に見えた。麗子が人工的に育てられたバラとするならば、ミドリはまさしく野菊だった。けっし...[淫(あふれる想い)]舟のない港 (二十七)あたいも糖尿病なんだけど、

  • [ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十八)畑と言えば、麦も

    畑といえば、麦もうえられていました。ただ、その種類は分かりません。この記憶が事実かどうか判然としませんが、その麦のなかに黒い穂がありました。触れるとその「黒」が付いてしまうのです。のちに知ったのですが、これは黒穂病とかいう植物の病気によって発生するものらしいです。遊びまわっていたわたしへの罰だったということでしょうか。1本2本だったはずなのに、ひょっとして畑全体に?……(農家のみなさん、ごめんなさい。今さらですが、謝罪させてもらいます)。ズボンやらシャツやらに付いた状態で帰宅し、母親からこっぴどく叱られたものです。そうだ!叱られたといえば、こんな言葉を大声で叫びながら帰ったものです。近所の悪ガキとともに、畑のあぜ道を「はらへったあ、めしくわせえ!」と、連呼しつづけたものです。畑仕事の大人たちから「げんきが...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十八)畑と言えば、麦も

  • ドール [お取り扱い注意!](九)わかれた妻の、

    わかれた妻の、やさしい声、新婚どきの甘えた声……。。空耳かと、耳をうたがった。いつも冷たい手足。大学に通っていた頃のアルバイト。居酒屋の厨房で、ひたすら器を洗う。そこでの賄い。レシピを聞いてはノートに書きためた。「店でも持つのか?」「いえ。未来の旦那さまに美味しい料理を食べてもらいたいんです」なんてことだ!そんな料理を当たり前のように食べた。ひと言でも「おいしいよ、うまいよ」と……。「あとがつかえてますから、早くあがってくださいな」まちがいない、妻の声だ。しかしおかしい。妻にせなかを流してもらったことなど、いちどとしてない。新婚時は風呂場がせますぎて、入りたくても一緒というのは無理だった。子どもが生まれてから風呂場の大きいアパートに移ったが、そのときは子どもに妻をとられてしまった。いま思えば、風呂をともに...ドール[お取り扱い注意!](九)わかれた妻の、

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (四百七十六)

    問題は千勢の処遇だった。当然ながら小夜子としては、ともに田舎へひっこんでほしい。いまでは家族もどうぜんの千勢とはなれるなど、とうていのことに考えられない。そのことを伝えられたおりには、おいおいと千勢が号泣した。千勢もまた小夜子を姉とおもい、武士を甥とみていた。ときに我が子と錯覚をしたこともある千勢だった。もともとが田舎出の千勢のこと、田舎暮らしに不安を感じることはまるでない。しかし千勢には、ひとつのこころ残り、いや夢とでもいうか。無謀だということはわかっている。母親の反対があることも知っているし、なにより……。竹田が千勢を嫁の対象として、いやそうではなく、ひとりの女としてみてくれることなど天変地異がひっくり返ってもありえないことは、重重に分かっている。それでも、この地を離れたくはなかった。東京という同じ空...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十六)

  • ポエム ~夜陰編~ (嘘を吐きました)

    うそを、つきましたうそを、つきました“なに、それって?”ごめんなさいご免なさい、です“うそ、だあ!”ほんとに、ごめんなさいほんとに、ほんとに、ごめんなさい“信じない、モン!”ほんと、なんですほんとの、ことなんです“いや、そんなのいや!”ごめんなさい、ですほんとに、ごめんなさい、です“うそ、うそ、よね?”だめなんですもう、だめなんです“うそつきいぃ!”いかなきゃいかなきゃ、いけないんです“逝っちゃ、やだあぁぁ”=背景と解説=どろどろどろ……えっと、あの方、誰でしたっけ?ほら、怪談話がお得意の方ですよ。確か、皆川じゃなくて、そうそう!稲川淳二さんだ!いえ、その方のお話ではなくて、ただ、「どろどろどろ……」の意味をお知らせしたくて、のことなんです。なんてタイトルにしたんだっけ?幽霊の話を描いたもの、覚えてみえま...ポエム~夜陰編~(嘘を吐きました)

  • [青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (三)

    よくじつは朝から雨がしとしと降っていた。大勢の弔問客のおとずれるなか、ほのかは母親の背にぴったりとくっついて、かくれるようにすわっていた。どんなに「席にもどりなさい」と言っても聞かなかった。僧侶の読経がつづくなか、孝男かんけいの弔問客がつぎつぎに焼香をつづけていく。あいだを縫うようにして、故人の弔問客が孝道に「気を落とされないように」と声をかけていく。いよいよ出棺のときがきた。棺に花がたむれていくなか、ほのかの手に花がてわたされた。それがなにを意味するのか、ほのかには十分すぎるほど分かっている。そしてこのときが最後の別れとなることもわかっている。いまを逃せば、にどと祖母に会えぬことも。大好きな祖母を見送らなくては、そうは思う。おもいはするのだが、どうしてもほのかの足は前にすすまない。どころか、後ずさりして...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(三)

  • 奇天烈 ~蒼い殺意~ 哀しい事実(三)

    彼は、銀行が嫌いだ。彼の勤める町工場の社長を悩ませる銀行に、良い感情を持ってはいなかった。本来ならば、腰を低くすべきは銀行なのである、と彼は言う。威圧的な銀行に対して嫌悪感を抱いている。裏を返せば、エリートに対するコンプレックスかもしれない。彼の言を紹介しよう。なるほど銀行にたいして預金を積めば、行員は腰を曲げるかもしれない。しかし少額の預金者に対して、心底からのそれをする行員がいるとは、どうしても思えないと言う。そしてまた、これが肝心なのだ。預金者は仕入れの業者であり、貸付先がお得意先になるはずだと、と言う。言われてみればなるほどとも思える。だから彼は、銀行を介するクレジットを嫌った。銀行に負い目を感じることを嫌ったのだ。しかしどうにも、胡散臭さを感じてしまう。質問をしかけると途端に不機嫌になったことを...奇天烈~蒼い殺意~哀しい事実(三)

  • [淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十六)ダンスの途中に、

    ダンスの途中に、ミドリが男の胸のなかによろけた。異性との初デートという心理的要素にくわえ、ダンスというはじめての異性との接触が、ミドリにはげしい高揚感をあたえた。極度に心拍数が上がり酒の酔いも手伝って、ミドリはなかば意識を失った。体中が、火のように火照っていた。男は、すぐに傍らのボックスに横たわらせると、ボーイが届けてくれた冷たいおしぼりを額に乗せた。苦しそうな息づかいをしているミドリに、「大丈夫かい?苦しいの?」と、問いかけてみるが「ハー、ハー」と、荒い息づかいだけがもどってくるだけだった。支配人の手配により、ホステスたちの控え室が提供された。こまったことに、兄の道夫に連絡をとる方法がわからない。ミドリに声をかけても、返事のできる状態でもない。こうなっては酔いが醒めるのを待つしかなかった。すこしは楽にな...[淫(あふれる想い)]舟のない港(二十六)ダンスの途中に、

  • [ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十七)そんなある日のことです。

    そんなある日のことです。降車の段になって、定期券を忘れてきたことに気が付きました。もう、ドキドキですよ。「ていきけん、わすれました。ごめんなさい」。ひとことそう言えば、大目に見てくれると思います。でも、言えないんですね。そのまま顔パスしちゃったんです。ひょっとしたら、顔を真っ赤にしていたかもしれません。あんがい、車掌さんはお見通しだったかも?です。ところで不思議なのが、バスの顔パスは覚えているのですが、汽車はどうしたのか……。当然のことに、汽車も定期券です。どうやって降りたのでしょうか?だれか、教えて下さいな。問題は、帰りです。もう顔パスは通用しません。学校から駅まで、どのくらいの距離だったか。歩いて駅まで行ったと思います。駅まで行かなければ、家まで帰るルートが分からないのです。現代のようなスマホによる地...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十七)そんなある日のことです。

  • ドール [お取り扱い注意!]ドール (八)ま、自業自得よね。

    ま、自業自得よね。お兄ちゃんが言ってたよ。『もう少し、うまく立ちまわればいいものを』って。あたしに言わせれば、いちどでも許せないけどさ。でもお父さん、もてるんだね。ちょっと嬉しいかな」「そうか?やっぱり、もてた方がいいかな」「どんな不満があったの?そりゃまあ、気の強いところはあるけどさ。あたしだって、ときどき頭にくることがあるけど。でも、お母さんにしても一生懸命だったよ」「おまえは、お母さんの味方だからな。父さんだって、いろいろ頑張ってはみたんだ。それにだ、物流を馬鹿にしちゃいけない。第2の営業と言われてるんだから。まあ、しかし、懲罰的人事であることは間違いないがな」「ふっ、まけおしみを言っちゃって」娘には、ひと言もない。親のつごうで離婚をしたのだ。子どもにはなんの責任もない。これからの人生において、なに...ドール[お取り扱い注意!]ドール(八)ま、自業自得よね。

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (四百七十五)

    週に2度の出社もいつの間にか1度に減り、幼稚園に通い始めた武士がぜんそくという病魔に冒されたことと相まって、ついには小夜子もまた退社というふた文字があたまに浮かびはじめた。医師から「いったん実家にもどられて、武士くんを楽に」と、へき地療養をすすめられたことも、大きな因となった。東京を離れ、実家にもどる。考えはしていたが、まだまだ先の話という思いがあった。しかし毎日をつらそうに送る武士を見るにつけ、そしてまた徳子がいなくなるという現実が目の前にせまっていることから、小夜子のなかにはじめて弱気の虫がうまれた。田舎にもどってしまえば、ふたたびこの地にもどれるという保証はない。田舎での入学となれば、学力の差が如実にあらわれる。勉学をとるか、健康をとるか。しかし小夜子のなかに、迷いはなかった。「健全な肉体に、健全な...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十五)

  • ポエム ~夜陰編~ (雲)

    ひとりぽっちのアパートの部屋。空気の入れ換えに、窓を開け放した。冷え冷えとした部屋に、雲の暖が入り込んでくる。そう思える、感じられるいまだ。連なる家々の屋根の向こうに、白い雲を背にした山々。白い帽子をかぶり、燃えさかる太陽の光を跳ね返している。雲もまた、夕日の強い光を受けて大空に泳いでいる。そう見える、感じられるいまだ。澄んだ-清みきった青い空に、ひつじ雲の大群。雲に心があるとしたら、強い絆で結ばれているのだろう。南の故郷で見た雲とは違うようで、しかし同じようで。そう分かる、感じられるいまだ。いつか見た雲、いま見る雲。同じ雲なのに、ひとつとして同じではない。信じていた━と思っていたことが、実は、思いこもうとしているに過ぎない、と知った。(背景と解説)春雲は綿の如く、夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く、冬雲は鉛...ポエム~夜陰編~(雲)

  • [青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (二)

    ほのかの泣きごえが大きく家中にひびいた。ほのかはチラリと布団のなかの祖母を見るだけで、あとずさりしてしまう。道子が「あなたの大好きなおばあちゃんよ。お別れを言いましょうね。待ってるのよ、おばあちゃんは」と諭すのだが、いやいやと首をふる。道子に引きずられるようにとなりの部屋からはいってきたが、火のついた赤児のように泣きさけんでいる。「どうしたのかしら、この子は。おばあちゃんっ子だったのに」母親の道子が、あつまった親戚連の冷たいしせんをうけて、夫の孝男にこぼした。孝男は、ムッとした表情を見せつつ「ばあちゃんっ子だからこそ、ショックから立ちなおれないんだ。あす、さいごの別れをさせてやればいいじゃないか!」と、声をあらげた。不満のこえがいちぶあがりはしたが、孝道の「ま、そういうことだな。道子さん。ほのかには、あん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(二)

  • 奇天烈 ~蒼い殺意~ 哀しい事実(二)

    彼の娯楽は、休日ごとの喫茶店通いと毎夜のステレオ鑑賞だ。彼にしてみれば性能の良いラジオでも良かったのだが、ラジオからの押しつけの曲を聞かされることに辟易すると言う。それにも増して、独りよがりのDJの語りに反発を感じるらしい。聞きたい楽曲を聞きたいときに聞くという自由がいかに大事かと、わたしに陶々と語る。一理あると、思える。が、それでは視野が狭くなると思うのだが。それを告げれば、延々と屁理屈を並べられるのが落ちだ。だから、頷くだけにしている。言葉で肯定はしない。わたしにはわたしの理屈がある。だから、卑怯かもしれないが言葉にしない。彼のステレオは高価なものである。廉価な物もあるにはあったのだが、生涯唯一の贅沢として購入した。理由は、至ってシンプルだ。良い音で聞きたい、ということだ。もっとも、彼の耳がどれ程のも...奇天烈~蒼い殺意~哀しい事実(二)

  • ドール [お取り扱い注意!] (七)「お父さん、起きてよ。

    「お父さん、起きてよ。こたつのうたた寝は、風邪ひきのいちばんの元だよ」「ああ…なんだ、明美か。えっ?いつ来たんだ。というよりはじめてだな、アパートに来てくれたのは。どうだ、元気しているのか。仕事は、うまくいってるのか?教師だなんて、厳しいだろう、いまの学校は。お父さんたちのころの先生は、ほんとに尊敬されていたけれどもな。いまは、たじたじらしいな。ちょっと待てよ。えっと…さよ、いやだれか居なかったか?」饒舌なわたしに、目をまるくしている娘だ。以前のわたしは、たしかに寡黙な父親だった。どうしても妻の前では、口が重くなっていた。というより、わたしが話をしはじめると、すぐにかぶせられてしまう。ひがみかもしれないが、子どもたちを隔離しているような…。そういえば世のお父さんたちは、嬉々としてむすめを風呂に入れていると...ドール[お取り扱い注意!] (七)「お父さん、起きてよ。

  • 俺は、青年!(三)

    杉の大木はもう年だった。その皮は、年老いた老婆のそれのごとくに、ひからび、今にも崩れ落ちそうな……。日当たりのよい縁側に、深く背を曲げて、ひなたぼっこを楽しむ老婆。その背に漂う満足感。と共に、そこに悲しさを見る、この私。杉の大木を見上げる。私の背の何十倍もの高さ。今また、新たな感動で見上げる。「いつかきっと……」あすなろのこころをもってつぶやく。スポーツの価値は、その無償性にある。そして、芸術も無償である。シカゴシティの、シビックセンターにピカソの彫刻がある。その代償が30万$というから、驚かされる。そしてピカソの偉大さの評価は大だった。が、私の感じる偉大さは、己の邸に、その作品を持ち帰りたい!とダダをこねたというエピソードにある。決して、代償はに対する不服というのではなく、その作品のあまりのすばらしさに...俺は、青年!(三)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (四百七十四)

    徳子と真理恵のみぞが深まり、徳子が去ることになった。というよりは、そう仕向けられたというほうが正確だ。総務課を総務部に格上げし、会計課を新設した。総務部長に真理恵がつき、徳子は総務課長のままとした。さらには会計事務所から、会計士の卵――国家試験受験前の人物――をあらたに入社させ、資格取得後には係長の職位を与えるという条件で引き抜いた。そして会計処理がまかされ、徳子の権限が大幅にしゅくしょうされた。これでは徳子の立つ瀬がない。もう用なしよ、と宣言されたにひとしい。辞表をもって社長にのりこんだ徳子だったが、五平と真理恵のあいだでは徳子の退職は既定路線となっており、形だけの慰留にとどまった。そして事務引きつぎのために、今月いっぱいでの辞職ということになった。惜しむ声があがりはしたが、積極的に引き留めようとする者...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十四)

  • 昭和43年に書き留めた詩 (月のしずくの下)

    涙のような透きとおる月のしずくの下ひとり佇むきみよ「ぼくとワルツをおどりませんか?「おれとゴーゴーをおどろうや!「わたしと小唄をおけいこしません?(ステキなプリンスやプリンセスからの申し込みを(すべて断ってひたすらに待っているきみ(でもボクは……きみをダンスにさそうことすらできない(なぜならボクはこのとおりのビッコひき涙のように透きとおる月のしずくの下で待っていますのにどうしてあなたは誘ってくださらないの?あたくしはお待ちしてますのよいつでもあたくしはただあなたのおそばにいたいのですあなたのいのちの息吹を感じる……それだけで倖せです(だめだ、だめだ(ボクにはきみを不幸にする権利などないあたしはあなたとご一緒に不幸になりたいのですわ(きみは不幸というものが(どんなに苦しいものか知らないのだあなたとのつかのま...昭和43年に書き留めた詩(月のしずくの下)

  • 俺は、青年!(二)

    ーええ!そりゃもう。おそらく、ボーイフレンドは二、三人はいると思うんです。でも、そんなことは問題じゃない。あの子はあの子であり、俺は俺。ボーイフレンドの多いということはとりもなおさず、チャーミングということですからね。=なるほど、道理だ。うん、いいぞ!そんなおまえには、何ともいえない若者の美しさがあるよ。やっぱり、人間は恋してる時がいい。もっともっと恋をしろ!ーハイ。俺、とことんまで恋します。そして、とことん失恋します。=そうだ、その意気で頑張れ!ー先生。人間は、いや、俺は強い人間ですか?それとも弱い人間ですか?=うーん。おまえは……。俺の見たところ、残念ながら弱い人間だ。しかしな、弱いなりに強がっている。俺としては、そんなおまえに魅力を感じるな。ー俺、今まで、じゃない。高二の夏休みまで頃までは、弱い人間...俺は、青年!(二)

  • ポエム ~夜陰編~ (あの日の雨が…)

    あの日の雨が、今、生命ちの糧となる。口にしないサヨナラを、今、地獄の門で口にした。形の無い時間の世界へ旅立つ時背中の翼が呪わしい。あの日の雨が、今、哀しみの水となる。聞こえはしない夢を、今、地獄の門で聞いた。色の無い時間の世界へ旅立つ時涙の膜が呪わしい。あの日の雨が、今、希望の光となる。見えはしない愛を、今、地獄の門で見た。音の無い時間の世界へ旅立つ時足かせの鎖が呪わしい。(背景と解説)少し漢字が多くて、堅いですかね。ま、いつものことですか。最近は、漢字を使わずにひらがな表記が増えましたからね。どうして?と思わざるを得ないのですけど。この詩のキモは、難しいんです。いろいろとあり過ぎて、どう解釈すれば良いのか、ねえ。[地獄の門][時間の世界][呪わしい]それと[あの日の雨]が繰り返されています。[あの日の雨...ポエム~夜陰編~(あの日の雨が…)

  • [サイケデリック文学] 俺は、青年!

    押し入れを整理していたところ、箱が見つかりました。「何が入っている?」。ワクワクしながら開けてみると、スクラップブックやら原稿用紙類がいっぱい。「当時の自分がまた見つかった」。喜び半分、恐怖半分の思いで読みふけりました。わずか三人だけの小さなクラブでしたが、充実した一年になったものです。そんなころに囲新一というペンネームを使っていた高校時代に書き上げていたものです。当時のわたしは、どう分類していいかわからなかったようですが、エッセイですね。といってあまりに未熟ゆえに、そう分類することもためらわれるのですが。なにはさておき、原文のまま(誤字脱字だけは修正して)にしたいと思います。また句読点がむちゃくちゃで、少々どころか多々読みづらいとは思いますが、そのままにさせてもらいました。[サイケデリック]ということば...[サイケデリック文学]俺は、青年!

  • 昭和43年に書き留めた詩 (詩・二編)

    バランス「失恋しちゃった」――「そりゃおめでとう」「なぐさめてくれる?」――「キスしよっか!」相手があなたでなくて、ほんとに良かったわ。パープルレインいろが溶けあって昇華した雨のふるあさのこと冷たいかぜに吹かれて地上におちた木の葉のようにわたしの恋はやぶれてしまった水たまりに映ったわたしの影はとっても淋しいものになっちゃった昭和43年に書き留めた詩(詩・二編)

  • [青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (一)

    通夜の席でのことだ。やすらかな表情で横たわるシゲ子の枕元で、憔悴しきった孝道がすわっている。そのよこに孝男が陣どり「西本さんだよ、福井さんだよ…」と、耳元でつげている。「うんうん」とうなずきながらも視線はシゲ子に注がれたままだ。孝男のよこには長男と次男がかしこまっている。長男がじょさいなくお辞儀をするのにたいし、次男はじっとうつむいたままでぐっと口を閉じている。反対側には縁者たちがじんどっている。80を過ぎてのことだから、大往生だろうさと、ささやきあっている。孝道もまた、そう思っている。思ってはいるが、ひとり取りのこされたという思いは消えない。そしてまたこれからのことを考えたとき、いちまつの不安を消せずにいる。「これからどうする。こっちに来るかい」、と孝男が声をかけた。あと2年もすれば80になる孝道だが、...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(一)

  • 昭和43年に書き留めた詩 (レール)

    世の男どもが女にもとめるものはただひとつただひとつ優しさだ世の女どもが男にもとめるものはただひとつただひとつ服従だ為せば成る――為さねば成らぬそこに男がいれば男の世界そこに女かいれば女の世界誰もいなければ…それでも人の世赤さびたレール汽車が通って通って通るだから頭頂部がぎん色にひかる腹部も底部もただそこにあるだから赤さびてしまった「ゴットンゴットンゴットン」「イタイイタイイタイ」その叫びにだれも気づかない頭頂部だけが妙にぎん色にひかっているせんろの先にステーションがありその周りに家があってとなりに家があってそのとなりのとなりに家があってそして人がいる昭和43年に書き留めた詩(レール)

  • 奇天烈 ~蒼い殺意~ 悲しい事実(一)

    彼は、二階建てのアパートに住む。2階中央の部屋で、間取りは1Kである。ドアと言えるか分からぬような板戸を開けると台所となり、その奥が六畳間となっている。築30年いや40年だろうか、所どころ壁が剥げている。竹の編んだような物が露出してもいる。そこにわたしから奪い取っていったポスターを貼ってごまかしている。べつだん隠す必要を感じないけれども、やはり見た目に悪いと言っていた。それにしてもわたしのお気に入りのポスターであるプレスリーを持って行くとは。まったく油断のならぬ男だ。しかもその捨てゼリフが気に入らない。「なんでも良いが、大きさがピッタリだから」たしかに大判のポスターは、それしかない。いや待て、もう1枚ある。しかしあのポスターだけは、いかに親友といえども渡すわけにはいかない。谷ナオミの「花と蛇」だけは、だれ...奇天烈~蒼い殺意~悲しい事実(一)

  • [淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十四)ナイトクラブで、ふたりして

    ナイトクラブで、ふたりしてグラスを傾けた。高い天井には無数の照明が設置してあり、おおきなシャンデリアが中央にひとつ、そして間隔をあけて左右にひとつずつが輝いている。それらのそばにはミラーボールがそれぞれ設置してある。ロマンスタイムという時間になると全体の明かりがおとされ、そのミラーボールが動き出す。柔らかい光でもって、全体に海の世界をつくりだす。ゆったりと光の色がかわり、波間のように上下してくる。異性との酒、ましてやダンスなどはじめてのことで、終始ほほを赤らめ、男の目を正視することができなかった。これまでミドリに対してアプローチしてくる男が、居ないわけではなかった。いやむしろ、多かった。しかし、そのことごとくを兄である道夫は許さなかった。ミドリの気持ちのなかに〝兄がいちばん〟という、強烈な印象がつよい。成...[淫(あふれる想い)]舟のない港(二十四)ナイトクラブで、ふたりして

  • [ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十五)初恋が甘酸っぱいものだとすれば

    初恋が甘酸っぱいものだとすれば、大人の恋はどうなんでしょう。マンゴーのように甘くあま~く、そしてやっぱりおおいに甘いものでしょうか。そんな恋を教えてくれたのは――みずから追い求めたものではなく与えられた恋のお相手は、やっぱりminakoさんでしょう。わたしよりも年上の女性でした。といっても、高校の同級生です。看護学校を卒業後に高校入学された方で、最終学年にしりあいました。きっかけがなんだったのか、いまとなっては思い出せません。在学中から交際がはじまったのか、それとも卒業後の同窓会かなにかがきっかけだったのか……。どうしても思い出せないのです。思いだすのは、……体がカッと熱くなることばかりで、外でのデートではなくわたしのアパートでのこと、そしてトラックの車内でのことなのです。ライトバンでのデートならばいざ知...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十五)初恋が甘酸っぱいものだとすれば

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