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敏洋 ’s 昭和の恋物語り https://blog.goo.ne.jp/toppy_0024

[水たまりの中の青空]小夜子という女性の一代記です。戦後の荒廃からのし上がった御手洗武蔵と結ばれて…

敏ちゃん
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住所
岐阜市
出身
伊万里市
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2014/10/10

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  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百十四)

    繁蔵が役場を出ると、タクシー運転手が「あのお、すみませんが……」と、声をかけてきた。後ろからは村長の声が聞こえてきている。早くこの場を去りたい繁蔵としては迷惑な声かけだった。富雄に対して、お前が聞けとばかりに顎をしゃくり上げた。「竹田茂作さんのお宅は、どちらになりますか?」。思いも寄らぬ名前が繁蔵の耳に入った。茂作じゃと?まさか、さっきのタクシーなのか?この村に、一日の内に二台のタクシーが来ることなど、確かにありえぬことではある。運転手によると、小夜子は車酔いが収まらず、あっちだこっちだと指さすがその先に民家がないと嘆いた。少し離れた場所にある民家に声をかけるが、あいにくと誰もおらず確認がとれない。困りはてた運転手が「役場までもどっていいでしょうか」と、武蔵にお伺いをかけた。今日は終日貸し切りなので、賃走ではな...水たまりの中の青空~第二部~(二百十四)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百十三)

    久しぶりに車中から見る田畑、そして車中に流れ込む雑多な匂い。懐かしさを感じる前に、嫌悪感を覚える小夜子だった。「どうした?」駅を降りてタクシーに乗り込んでから寡黙になってしまった。心なしか、顔も青ざめている。「酔ったのか?道が悪いからなぁ。運転手さん、停めてくれ。外で空気を吸わせよう」「いや!このまま行って!」。小夜子の金切り声が車中に響いた。「分かった、分かった。それじゃこのまま行こう。運転手さん、少し速度を落としてくれ。ゆっくり走ってくれ」これほどに取り乱す小夜子を武蔵は知らない。金切り声などはじめて聞く。今にも泣き出しそうな空の下、役場の前をタクシーがゆっくりと過ぎた。「あっ!だんなさん、だんなさん」。大きく目を見開いた若い男が、茂作の兄である繁蔵の着物の袖を引っ張った。「なんじゃ、びっくりするじゃろうが...水たまりの中の青空~第二部~(二百十三)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百十二)

    しかし嬉々とした表情を見せる武蔵――はじめて見る屈託のない笑顔の武蔵に、小夜子もまた嬉しくなってくる。ワイシャツの袖をまくり上げて、ふーふーと熱い中華そばをかけ込んでいる。「中華そばってのはな、上品に食べたんじゃ、ちっともうまくないぞ。こうやって、ずーずーと吸い込むんだ。このスープが飛び散るくらいに勢いよくだ。小夜子もやってみろ、くせになるぞ」一本二本を口に入れていたのでは、おいしいとは感じない。不満げな表情を見せている小夜子に、武蔵の指南が飛んだ。周りを見ても、皆が皆ずーずーと音を立てている。いかにもうまそうに食べる武蔵に、額に汗をふきだしながら食べる武蔵に、憎らしささえ感じてくる。「どうした?食べさせてやろうか、小夜子」。突然に小夜子のとなりに移ってきた。「いいわよ、食べるから」。もう子供じゃないの!と言わ...水たまりの中の青空~第二部~(二百十二)

  • ボク、みつけたよ! (五十二)

    伊万里小を出てから、まだ初詣でに出かけていないことを思い出しました。いつもは大晦日に大きな有名神社に出かけています。そして大体新年2日に、岐阜市の金神社(こがねじんじゃと読みます。)を参拝です。その名の通りに商売繁盛の神さまですが、慈悲深き母の神さまとしても鎮座されているんです。今回は小晦日の30日に出発していますが、まだどこの神社にも参拝していません。大丈夫です、神さまは意地悪をなさいません。1月いっぱいの初詣でも許していただけるということのようですから。ということで、伊万里神社に参拝させていただきます。おそらくは幼児のおりに参拝していると思うのですよ。伊万里川沿いに東へ走ります。どうしてなのか、親不孝通りと名打たれていて幸橋ちかくに、伊万里神社はありました。急な階段がつづき、ハアハアと息を切らしながら手すり...ボク、みつけたよ!(五十二)

  • ボク、みつけたよ! (五十一)

    ピッカピッカの一年生として入学したのは、どこだったんだろう。大分県の佐伯市だったはずなんです。でも、学校の名前が浮かばないんです。それよりもなによりも、通学した記憶がまるでないんです。これは大問題ですぞ、ほんとに。頭の中のひきだしをあちこち開けてみますが、なかなかに。片っ端から開けていくうちに、なにやらうっすらと浮かんできたことが。学校とは関係のないシーンなのですが、辺りが暗く街灯の付いていた道路わきの屋台に。たぶん佐伯市だとおもうのですけれども、駅舎近くでした。ラーメンをすすったような、すすってないような。親父に食べさせてもらったような、やっぱり自分で食べたような。ただ不思議なことに、その場には母も兄もいないんです。父とわたしのふたりだけでして。おかしいですよ、これは。実のところは、いたと思います、というより...ボク、みつけたよ!(五十一)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百十一)

    「う、うーん。タケゾー、タケゾー!」となりに居たはずの武蔵がいないことに、声を大きくして呼んだ、叫んだ。手にグラスを持って小夜子を振り返る武蔵が目に入った時、小夜子の胸の奥底をぐっと締めつけるものがあった。「小夜子。どうだ、中華そばを食べに行かんか?若いもんたちが食べたらしいんだが、美味いと言ってる」「行く、行く。おいしいもの、食べたい。お腹へっちゃった。お昼、食べそこねちゃったの。着替えてくるね」小間物を並べている店の横に、間口が二間ほどで奥行きが五間ほどの縦長な小屋のようなものがあった。元々は倉庫として使っていたのだが、小間物店の次男が始めたと、武蔵は聞いている。三人組の一人である山田が常連になっている食堂だ。土間を利用しての店の造りに、顔をのぞかせただけできびすを返す客もいる。「店はきたないですが、味は絶...水たまりの中の青空~第二部~(二百十一)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百十)

    その怒りの矛先が、いま武蔵に向けられている。「そうか、悪かった。俺が悪かったよ、小夜子。そうか、小夜子の夢をうばったのは俺だったのか。心配するな、な、小夜子」幼子を抱え込むように、あやすように、ゆっくりと武蔵が語りかける。「どうだ、アメリカに行こうじゃないか。すぐにと言うわけにはいかんが、アナスターシアのお墓参りに行こう。それで、アナスターシアに報告しよう」「ほんとに?ほんとに、連れて行ってくれる?」涙でくしゃのくしゃの顔を上げる小夜子。うんうんと頷く武蔵。ぼんやりとした月明かりの中、ゆっくりと武蔵の胸にしずむ小夜子だった。一時間ほど経ったろうか、小夜子がすやすやと軽い寝息をたてはじめた。そっと小夜子の体をはずし、ソファに横たえさせた。ひじ掛けに頭をのせて、満足げに微笑んでいる小夜子の寝顔をのぞきこんだ。“ふん...水たまりの中の青空~第二部~(二百十)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百九)

    「どうしたんだ、灯りも点けずに。寝てたのか、このソファは良いだろう?このひじ掛けを枕にして眠ると、良く眠れるんだ。俺もよく眠るぞ。そうだろ?小夜子にいつも起こされているよな」饒舌な武蔵に対し、唇を真一文字に結んだままの小夜子が、一点を凝視して身動きひとつしない。灯りを点けると、出かけたままの洋装姿だ。帰宅時には着替えるのが常の、小夜子なのにだ。「どうしたんだ?正三くんには会えただろう?喧嘩でもしたのか、それとも変わってしまった正三くんに、驚いたのか?まあ男というのは、三日会わないとと変わるものだからな。まして、官吏さまとなると、いろいろあるだ、、、」「タケゾー!タケゾーのせいよ!タケゾーのせいで、わたしの人生は無茶苦茶よ。あの人は、正三さんじゃない!わたしの正三さんじゃない。別人よ、他人よ。タケゾーのせいよ、タ...水たまりの中の青空~第二部~(二百九)

  • ボク、みつけたよ! (五十)

    伊万里駅から北に延びる伊万里大通りを走ると、伊万里川があります。相生橋の欄干端にある親柱に、少しくすんでいますが本来は派手派手しい彩色の伊万里焼の陶器ががすえられています。橋をわたりさらにすすむと、右手に時計台がありました。伊万里市立伊万里小学校の看板です。平成元年度卒業記念、とあります。バブリーですねえ、時計台とは。さあ、この坂を上がると学校に着くようです。校門前に着き、校内の駐車場に車を停車しました。が、まだ気付かずです。車から降りてコンクリートの校舎を眺めても、正直、感慨の念は湧きません。もう60年の以上が流れて、木造だったはずの校舎が立派なコンクリート製に建て替えられているのですからねえ。まったく、見覚えがありません。「こんなに立派な建物になったのか……」。これは、回った全ての小学校に共通した感情です。...ボク、みつけたよ!(五十)

  • ボク、みつけたよ! (四十九)

    思春期に注がれなかった――と感じている家族愛を、自分で自分にたっぷりとふり注いでいるんです。宿をビジネスホテルにしているのも、できるだけマイカーによる移動にしているのも、節約のためです。疲れますよ、そりゃ。東京のような大都会に出向く場合には夜行の高速バスをつかいますしね。新幹線等をつかっての移動のほうが、そりゃ楽ですよ。とにかく移動やら休息に関しては、ケチケチです。収入が少ないですから、本来はそんなには旅行なんて出かけられません。ですので日々の遣いを節約して、旅行費用に充てているわけです。「お大尽はちがうねえ」。会社の同僚やらお隣さんたちから言われますが「いま愉しまなくちゃ、いつ愉しむの」と、ことばを返しています。刹那主義?かもしれませんね。ですが「あと何年うごける?」と、よく自問自答しているんです。おそらくは...ボク、みつけたよ!(四十九)

  • I have a Dream!

    ”IhaveaDream!”良いことばですねえ。「わたしには夢があります」。故ルーサー・キング牧師の演説からの引用だそうですが、ウクライナ大統領であるゼレンスキー氏には、ただただ感服するばかりです。そしてウクライナ国民のみなさんの、祖国に対する思いにも、です。「子どもたちには戦争を見せたくない」。ウクライナ国民としての思いが、そのことばの中にしっかりと聞きとれる気がします。返すことばが見つかりません。無邪気に遊ぶ「こどもたちに幸あれ」。こんなエールしか送れません。そして、「わたしには、夢があります」。昨年に、親友を失いました。「おまえより先に逝くとは思わなかった」。余命宣告を受けての、彼のことばです。コロナ禍のもとでは、入院中の彼を見舞うこともできず、でした。退院後に電話で会話した折りには、明らかに生気がみなぎ...IhaveaDream!

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百八)

    「小夜子ー、帰ったぞ!どうだった?元気にしていたか、正三くんは。つもる話もあったろうが、故郷の話に花が咲いたか?小夜子、小夜子ー、いないのかー」矢継ぎ早に声を上げるのは、小夜子の反応が気になっているからだ。早く小夜子に聞きたい気持ちとともに、先延ばしにしたいという気持ちもある。そんな相反する思いが錯綜するなか、大声を張り上げつづけた。大きな門灯が武蔵を出迎えた。そして玄関の灯りは、煌々と点いている。廊下もまた明るい。しかし居間に客間、そして台所の灯りは点いていない。そして奥からは、なんの返事もない。階段下から二階をのぞきこんでみるが、ぴっちりと襖が閉じられている。どかどかと大きな音を立てて、階段を上がった。その足音に小さなふくみ笑いが返ってくるのが常なのに、今夜は声がない。“まさか……”背筋を冷水が滑り落ちた気...水たまりの中の青空~第二部~(二百八)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百七)

    しかし床が用意された部屋に入ったとたん、正三の意識が一変した。「ぼ、ぼくは、小夜子さんひとすじ決めている」と、身体を固くした。「ほらほら。なにごとも、お勉強ですよ。すべての殿方は、みなさんお勉強をされてから事にのぞむものですよ」芸者の言葉に真実味を感じてしまった。小夜子との初接吻。いきなりとはいえ、体が硬直してしまった。あのおりのことが、小夜子と正三との主従を決定づけたんだと考えた。呆れる芸者をしり目に、正三が脱いだ服をたたんでいく。「早くいらっしゃいな」と急かす芸者に、「明日の出勤に着ていかなければならんから」と、言い張る正三だった。「ふふふ、照れ屋さんなのね」。芸者の妖艶な声が、いま、はっきりと思いだされた。小夜子にきつくなじられる正三――逓信省に入省以来、源之助以外にはない。皆が皆、正三にかしずいている。...水たまりの中の青空~第二部~(二百七)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百六)

    目を伏せて、テーブルの一点をみつめてはなす正三に、小夜子から三の矢が射られた。「男らしくありませんことよ!」「違います、違います。ほんとうに正気ではなかったのです。ですから、ですから……、けっして小夜子さんを裏ぎってはいません」正三の必死のさけび、それは小夜子の許しを請うというよりは、己に対する言いわけだ。“ぼくは悪くない、酩酊状態のぼくになにができるというのか。芸者と情交をかわしたかどうかすら、怪しいものだ。いや仮にだ、仮にそうだとしても。かたわらにあった物体を抱いてねたというにすぎない”執拗に否定する正三だが、しづのところ、少しずつ記憶が蘇ってきている。あれこれと世話をする芸者に対して、不遜な態度をとりつづけたことを思いだしている。連れの二人を残して、芸者にうながされるままに席をたった。「さーさ、行きましょ...水たまりの中の青空~第二部~(二百六)

  • ボク、みつけたよ! (四十八)

    疲れました、今日は。あちこち歩き回りすぎたかもしれません。って、変なの?別府での地獄巡りやら吉野ヶ里遺跡公園なんかも、けっこう歩いたんですよね。今日の方が、距離からすると少ないです。きのうの疲れがのこってる?否定はしませんが、でもねえ。たぶん、もろもろのことを思い出すうちに、こころが疲れたんですよ。ということで、早めにホテルに入ることに。わたしの生地である伊万里市のビジネスホテルです。基本的に宿はビジネスホテルと決めています。なんといっても安いですから。それに昔とちがって、ホテル側もビジネス客のみとは考えていませんからね。あれは東京でしたかね、大挙した観光目当てのグループとはち合わせしましたから。朝の食事どきだったんですが、どっと入ってきて大変でした。どちらかといえば小さめの場所でしてね、テーブル席が……10い...ボク、みつけたよ!(四十八)

  • ボク、みつけたよ! (四十七)

    翌日に、父にはないしょで母のもとにいきました。前夜しこたま叱られた兄が、もうおまえの相手はしてられんとばかりに、母親に投げたわけです。うち沈んだ表情をみせる母親にたいして「かあちゃん、ズルイぞ。じぶんだけたべて!」と、部屋にはいるなり、なじりました。甘いにおいが充満していたのです。なつかしいにおいでしたが、すぐにはそれが何なのかを思い出すことはできませんでした。きょろきょろと部屋をながめますが、わかりません。そのにおいをかもし出すお花があるわけでもありませんし、果物があるわけでもありません。そこは殺風景な部屋で、真っしろなかべが印象的でした。ベッドの横にいすがひとつと、小さな正方形の台があるだけです。そしてその台の上にあるのは、水差しだけです。くすりを飲むおりにつかうのでしょうが、ひょっとしてその水がにおいの正...ボク、みつけたよ!(四十七)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百五)

    二の矢がきた。正三が必死のいいわけをする。「えっ?!そ、それは……。いえいえ、ぼくとしましても。役所というのは文書によってうごくものでして。その、実体のない情のようなものでは、だめなのです。なにごとも前例によって事がすすみます。上にお伺いをたてて、その許可なり了解がないものはだめなのです。がんじがらめの状態なのです。どうぞ、ぼくの立場をおわかりください。ぼくの心のなかでは、小夜子さんは身内です。生涯の伴侶とおもっておりました。しかし、法律上では他人なのです。戸籍に載っていないことには、身内としてみとめてもらえないのです。ぼくとしましても、どれほどに連絡をとりたかったことか。しかし許されない行為なのですよ。ぼくの苦衷も、どうぞお察しください」ハンカチで額の汗をぬぐいながらの、正三の精いっぱいの弁解だった。しかし小...水たまりの中の青空~第二部~(二百五)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百四)

    じっと黙したまま、正三のことばを聞きつづけた小夜子。蝶ネクタイ姿の正三をまのあたりにして、三年という歳月がみじかいものではないことを知らされた。口べたで、おのれの思うところの半分、いや十分の一も語れなかったはずの正三。ときとして口ごももってしまい、うつむいてしまう正三だった。しかしそれでも、意図することは伝わってきた。“違う、けっして違う。この男性は、正三さんではない”いまそれぞれに、たがいの知る相手ではないと感じた。小夜子、正三ともに、たがいが思うふたりとはまったく異質なふたり人になったと気づいた。「すてきな殿方だこと、ほれぼれしてしまうわ」「ご令嬢もうつくしいわ、うっとりしそうよ」「ほんとにお似合いのおふたりだこと」「ほんとに。美男美女とは、このおふたりのことね」そこかしこからもれる、ため息と賛辞。ふたりの...水たまりの中の青空~第二部~(二百四)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百三)

    昨夜のことだ。屈託なくわらう武蔵に、小夜子は頬をふくらませる。“どうしてなの?不安に思ってないの?正三さんに気持ちがうつるとは考えないの?”「御手洗小夜子だ、と言えばいい。ロビーに、佐伯正三が待っているはずだ。すこし話をして、それから食事しろ。窓ぎわの席を用意させておく。ゆっくりと話をしていこい」「ホテルだなんて、なにを考えているの」「食事のためさ。いつものステーキの店はだめだ。あそこは、俺と小夜子のためだけの店だからな」いま、対峙する二人。やくそくの接吻から、はや三年ほどが経っている。そして今、やっとの再会だ。喜びに打ち震える正三に対し、小夜子の高ぶりは、意外なほどにおだやかなものだった。「本当に申し訳ありませんでした。すぐにも連絡をとりたかったのですが、連絡先がふめいで。あとから分かったのですが、手紙をかく...水たまりの中の青空~第二部~(二百三)

  • ボク、みつけたよ! (四十六)

    海水浴場に着きました。ええっ!ここが?まるで様がわりわりです。防風林のあいだを国道がはしっているのですが、そこは記憶とおなじです。ちがうのは、海岸までの距離です。まるでせまい。いくら幼児のころだったから大きく感じたとしても、こんなにちっちゃな砂浜じゃなかったのに。第一、海の家がないんです。いや、それを設置するスペースがないんです。それに、砂浜にあった散髪屋がない!野球中継で大騒ぎしていた大人たちがいたのに。八百屋がないと、スイカが買えないじゃないか!それにそれに、あの岩山はどこ?トンボロ現象で、干潮時に岩山までの道がうまれたはずですぞ。ここじゃなかったのか、でもここしか考えられないんです。兄がそういったのだから。兄がまちがえるはずはないんです。話をつづけましょう。病院、いや診療所だったでしょうか。母が入院してい...ボク、みつけたよ!(四十六)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百九)

    「どうしたんだ、灯りも点けずに。寝てたのか、このソファは良いだろう?このひじ掛けを枕にして眠ると、良く眠れるんだ。俺もよく眠るぞ。そうだろ?小夜子にいつも起こされているよな」饒舌な武蔵に対し、唇を真一文字に結んだままの小夜子が、一点を凝視して身動きひとつしない。灯りを点けると、出かけたままの洋装姿だ。帰宅時には着替えるのが常の、小夜子なのにだ。「どうしたんだ?正三くんには会えただろう?喧嘩でもしたのか、それとも変わってしまった正三くんに、驚いたのか?まあ男というのは、三日会わないとと変わるものだからな。まして、官吏さまとなると、いろいろあるだ、、、」「タケゾー!タケゾーのせいよ!タケゾーのせいで、わたしの人生は無茶苦茶よ。あの人は、正三さんじゃない!わたしの正三さんじゃない。別人よ、他人よ。タケゾーのせいよ、タ...水たまりの中の青空~第二部~(二百九)

  • ボク、みつけたよ! (四十五)

    昭和33年でした。わたし、9歳です。小学3年生です。ミスターこと長嶋茂雄さんがプロデビューされた年です。母を講師とした「お化粧教室」なる企画で、あちこち田舎をまわりました。夏休みに女子中学生をあつめての、お化粧の仕方を教えるといったものです。九州の片田舎のことですから、ほっぺの赤い純朴ないなか娘ばかりです。もうねえ、大騒ぎのはずです。うれし恥ずかし、そうじゃないですかね。そこにわたしも連れられていったんです。と、記憶しています。まあねえ、9歳の子どもです。じっとしていろというのが無理な話でしょ?そこでとんでもないことを、しでかしたんです。教室ですから、教壇があります。本来は中央には教卓があるのですが、確か横にずらしていたとおもいます。お化粧をする女子生徒を、中央にすえた椅子に座らせてのことだったはずですから。当...ボク、みつけたよ!(四十五)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百二)

    小夜子さんは、アナスターシアとか言うモデルでしょうな。それまで無理をしていたと思いますよ。砂上の楼閣でしたでしょう。いつくずれるとも分からぬ、ですな。必死の演技でしたでしょう。それを、アナスターシアというモデルによって、演技ではなくなった。いや演技をする必要がなくなった。これは大きい。よろいを身にまとう必要がなくなったんですから。ところが、突然の死だ。ふわふわの状態に逆戻りだ。大きな船から、大海原に落ちたもどうぜんだ。飛行機からジャングルの中に落ちたもどうぜんです。全身から針を出している、やまあらしですよ。そんな折に、白馬の騎士だ。御手洗武蔵と言う、ね。ところが、今まで邪険にしてきている。ほいほい貢いでくれる男ぐらいにしか考えていなかった」五平の長口舌のあいだ、聞いているのかいないのかわからぬふうの武蔵。“いい...水たまりの中の青空~第二部~(二百二)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百一)

    「頼まれてくれ、五平。佐伯正三という男にれんらくをとってくれ。小夜子にあわせる」腹の底からしぼりだすような、重い声だった。沈痛な面持ちの武蔵から、思いもかけぬことばがでた。「社、社長。どういうことです、そりゃ」ひっくり返った声で、五平が言う。伏せられた武蔵の目を追いかけてのぞき込んだ。「いいんだ、いいんだ。いまのままじゃ埒があかんのだ。小夜子の中から、消さなきゃならん。小夜子の時間は、まだ止まっているみたいだ。普段の生活ぶりから、もうふっ切れていると思っていたが、まだこね切れていないみたいだ」キッと、五平の目を見すえる武蔵。腹をくくったときの武蔵の射るような目が、五平にそそがれた。こうなると、なにを言っても武蔵の意思はかわらない。己に不利な状況に追いこまれようとも、かえはしない。「そうですか。まだたち切れていな...水たまりの中の青空~第二部~(二百一)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百)

    いや武蔵ばかりではない、実のところは小夜子にも分からないのだ。いや、ひとつは分かっている。正三に対する不実さを認めたくないのだ。しかしそれだけではない。まだ他のなにかが小夜子を苦しめている。武蔵に、処女を与えてしまった。いくら新時代の女を自認する小夜子といえども、肌を許すことの重大さは認識している。いまさら他の男に嫁ぐことできない。それは分かっている。しかしそれでも正三の元に飛び込むかもしれない。世間の聞こえを気にする小夜子ではない。“こんなに世話になったんだもの、仕方のないことよ。それに、お父さんの借金まで肩代わりしてくれてたんだし。それに正三さんなら何も言わないわよ。許してくれるわ、きっと”「約束する、小夜子。不自由な思いは絶対にさせんから。もちろん茂作さんにもだ。な、だから俺の嫁さんになれ。アメリカさん相...水たまりの中の青空~第二部~(二百)

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