いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
横道にそれてしまいました。これからも話の途中であちこちと寄り道するかもしれません、どうぞ辛抱強くお付き合いくださいな。どこまででしたっけ?フェリーの乗船前でしたね。16:30頃でしたか、車が動き始めました。シートを倒してのんびりしていましたので、慌ててエンジンをかけました。フェリーの乗船口に向かって出発です。大きくゲートを開いた様は、さながら鯨でした。その鯨の口に向かって、ゆっくりとスタートです。初めてのフェリーです、どんな感じなんでしょうか。ワクワクと不安とが入り交じっての、不思議な感覚です。ああ、ひどい目にあった!プン、プン!です。もう二度とフェリーは利用しません、もしするとしたら、個室にします。何を怒っているのか、ですって。結局は、わたしの期待が大き過ぎたせいかもしれませんがね。1番)レストランでの夕食が...ボク、みつけたよ!(十二)
入院時は、正直のところ「どうでもいいや」といった自暴自棄な気持ちでしたねえ。離婚してまだ半年も経っていない、確か五十三歳だったと思います。娘が高一のときだった筈ですから。でその部屋に、わたしに遅れること二日後でしたか、視覚・聴覚障害者の入院がありました。大変でしたよ、それが。気の毒だとは思うのですが、とにかく大声を発せられるわけです。病室って静かでしょ?テレビにしてもイヤホン使用ですからねえ。会話にしても他人に聞こえないようにと小声じゃないですか。家族の方は手の平に文字を書いての会話をされているのですが、その返事が大声になってしまうのです。ご当人はその認識がないらしくーまあねえ、聞こえが悪いのですからそれも当然と言えば当然なことですが。すぐさま家族の方が大声を出さないようにと手の平に書き込まれるのですが、中々に...ボク、みつけたよ!(十一)
村の寄り合い所に集まった村人たちが、口々に噂話で日々の憂さを晴らしにかかっていた。「しかし竹田の本家も情けない」「そうよ、そうよ。畑を借りて耕しとるとか」「それとも借金のかたに取り上げたのかいの」「それがて、借りてた金を利子を付けて返したそうな」「そりゃまた豪気なことよ、利子を付けてかいな。あやかりたいものよ」「ほんに、ほんに」本音が出たところに、息せき切って佐伯本家の当主である正左ヱ門がかけこんできた。「遅うなって」「なんの。それじゃ、始めようかの」「茂作が、まだじゃが」「構わんさ。いっつも来んから、声なんぞかけてへんわ」「ま、いい。今夜は良い話での。うちの正三の縁談が決まったのよ」「ほんまですかいな、それは」「ほんに、おめでたいことで」そこかしこで祝いの言葉が飛び交った。佐伯本家からの差し入れだと、酒が振舞...水たまりの中の青空~第二部~(百五十四)
コックリコックリと、茂作が陽光の中で至福の時を過ごしている。縁側の向こう側の花壇も雑草だらけとなってしまった。小夜子が作っていた花々も、水をやる者が居なくては見るも無惨に枯れてしまった。最近は小夜子の夢を見ることも、とんと少なくなった。少し前までは、小夜子の夢を毎夜の如くに見ていた。きらびやかな服に身を包み一条の光に導かれて、ホール中央に現れる。その後ろに、多勢のバックダンサーを従えての登場。大きく両手を広げて歓声に応える小夜子がいる。「小夜子、小夜子、、、」。何度か呼んでみるが、年老いた茂作の声は大歓声にかき消されてしまう。「ほら、ここにお出で」小夜子の白い手が茂作に向けられ、手招きをする。夢遊病者の如くにふらふらと、小夜子に近寄る茂作。茂作?いや、そこには小夜子にかしずく正三がいた。正三が小夜子の前にひざま...水たまりの中の青空~第二部~(百五十三)
「う、う、うぅぅ」押し殺した声が隣の部屋から聞こえてくる。「みね!」うめくように叫びながら、障子を勢い良く開けた。「源之助、さま……」すがるような、それでいて身体を捩って顔を背けるみねの姿が、そこにあった。「みね。お前が愛しい、愛しいぞ!やはりだめだ、お前と別れるなど、到底できぬ」「源之助さま、源之助さま。そのお言葉だけで、結構でございます。みねは、十分でございます」しっかりと抱き合った二人に、女将の目から大粒の涙が溢れ出た。そして意を決しって、二人に告げた。「そこまで二人が思いあっているならば、みね。源之助さまの妾におなり」予想だにしない女将の言葉に、源之助は耳を疑った。「なにをバカな!そんなこと、できるわけがない。みねを妾などと、正気の沙汰じゃない!」激しく詰る源之助に、みねの口から「源之助さま。みねは、お...水たまりの中の青空~第二部~(百五十二)
翌日に早速クリニックを受診しましたが、すぐに入院設備のある病院を紹介されました。そこで入院となり諸々の検査を受けました。二日、いや三日後でしたか、狭心症と診断されて大学病院へ移りました。そこでもまた検査検査の日を送り――前の病院と同じ検査のようですが、どうして二度手間をかけるんでしょうかね。お金が勿体ないと思うんですよね。結局の所ほぼ二週間あまり後にステント手術ということになりました。こんな大ごとになるとは想像もしていなかったので、ビックリです。この頃はと言えば離婚後でして、一人暮らしなんですよね。世話をしてくれる人間がいないということで、少々気まずくてばつの悪い思いをしました。6人の大部屋でして、患者さん全員に付き添いの方がいました。色々と世話をしてみえます。けれどもわたしには一人も付いていません。日当を支払...ボク、みつけたよ!(十)
忘れていました、ETCカード初デビューです。「おっそ!」ですか?ETCカードだと安くなるとは聞いていましたがね、ETC機器にお金がかかるでしょ。ほら、わたしは、身障者割引が使えるじゃないですか。でですね、大した差額じゃないだろうと、高をくくっていたのです。ところが、聞くところによると、ETC割引後に身障者割引がきくはずだと。使い道のないギフトカードが12,000円ほどありましたので、決断しました。こんなことなら、もっと早くに取り付ければ良かったと、そう後悔しても後の祭りでした。そういえば、何年前になりますかね、出雲大社に電車で向かったときです。JRを使ったのですが、身障者割引のことがまるで頭になくて、半額利用しませんでした。結構な金額でしたから、一泊のホテル代ぐらいは浮いたと思いますよ。まあいいや、ETCのこと...ボク、みつけたよ!(九)
次第に昨夜の記憶が甦ってきた。宿舎に帰ったものの、襲いくる絶望感と寂しさに耐え兼ねて、ふらふらとこの橘屋まで来てしまった。「酒!」「承知いたしました。それじゃ、離れの方へどうぞ」ぶっきら棒な正三を初めて見る、女将。尋常ではない正三だと、仲居に告げた。「いいこと、多少のご無理にも応えてちょうだい。万が一にも悶着にならないよう、気を付けてちょうだい」「はい、心します。」ベテラン仲居に対応させるなど、最大級に気を使う女将だった。そして、源之助への報告をした。「そうか…、相当に堪えたようだな」。源之助の口調から「女性がらみね。正三坊ちゃんも、苦しまれるのね。相手の女性もさぞかし、のことでしょうに」と、感慨に耽る女将だ。源之助が官吏になりたての頃、この橘屋に足繁く通った。今の正三と同じように、源之助もまた将来を嘱望されて...水たまりの中の青空~第二部~(百五十一)
その夜、夢を見た。いや、夢であってほしいと、切に願う正三だ。じっとりと首に汗を掻いている。起き上がった布団の上で「あり得ない、あり得ないことだ」と、何度も頭を振った。夢の中の、久方振りの小夜子は銀幕のスターかと見紛うほどに、光り輝いていた。傲然と正三の前に立ち、居すくまる正三を見下ろしている。大きく胸元の開いたドレスに身をまといーそう。あの折の、百貨店でのファッションショーのポスターにあったドレスを身にまとっていた。軽く顎を上げて左肩をほんの少しいからせて、両手を腰に当て左足をすりだしている。「これまでね」とでも言いたげにうっすらと開けられた口が呟いている。「許してください、本意ではありません。僕の預かり知らぬところの、出来事なのです。酔っていたのです、前後不覚になっていたのです」「そうだ!プロジェクトです。僕...水たまりの中の青空~第二部~(百五十)
奥方が退室すると、正三を隣に呼び寄せての小声になった。「あの嘉代は、元次官の娘だ。しかし権藤の奴、どこでどう手を回したのか大蔵省次官の娘を娶りよった。大蔵と言えば省の中の省だ。何とか代議士を頼って運動してみたが、やはり負けた。元次官には申し訳がない、まったく。嘉代はそのことについてひと言も不平不満を言わん。しかし不憫でな、次官の娘として育ったのに」一点を見つめる源之助、苦渋に満ちた表情の源之助、初めて見る叔父の、生の姿だった。「いいか、正三。男は、仕事で名を成さねばならん。そして名誉ある地位に就かねばならん。由緒ある佐伯家の跡取として、恥じぬ地位にな。その為にも、嫁は厳選せねばならん。心配はいらん、私が見つけてやる」やっと正三に、話が見えてきた。“小夜子さんのことか?お父さんから話が来たんだな。冗談じゃない!僕...水たまりの中の青空~第二部~(百四十九)
さあもういいでしょう、渋滞解消といきたいですよね。大して走っていませんが桂川PAで休憩です。距離的には短いですが、予定通りなんです、多賀SAが予定外だったんです。どういうのですかねえ、こういう性格というのは。当初決めたコース通りに走らないと、気持ちが落ち着かないんです。などというくせに、予定をすぐに変えたりもするんですけどね。ああ、そういえば……。何年前だったか、このPAで事故に遭いました。それこそ、ぶつけられました。こちらの責任はゼロです。全面的に相手が悪いのです。警察の到着を待つと言うことになり、わたしも車の中で待つことに。これって、今回の旅行時ではなく、少し前の話ですので。免許証がいるなと思って、鞄を漁ってみました。えっ!です。ない、ない、ないんです!車のグローブボックスかと中をかき回すも、ない!焦りまし...ボク、みつけたよ!(八)
話が少し逸れてしまいました。さあそれでは、わたしの[ルーツ探しの旅]へ出発です。平成31(2018)年、12月30日。当日は、まったく雪の気配なし。前夜の雪が嘘のようですわ。晴天に恵まれて、出発です。わたし、晴れ男なんですよね。天気予報にも負けませんし、たとえ出発時に雨が降っていても、目的地に到着時には雨上がりとなっています。大体8割程度の勝率です。ただ、雨男やら雨女同伴事には、少し下がります。ですけど、5割以下にはなりませんから。高速に乗るのはホントに久しぶりで、少し緊張気味です。速度が80kmに達した時点で、固定することに。といっても、オートクルーズとかいった機能はありません。あくまで自分の足でコントロールです。今走らせている車は、ローン・レンジャー号(別名:ダイハツ製のミラ・ジーノクラシック)です。。わた...ボク、みつけたよ!(七)
「今夜はこの部屋にしよう」と正三が通されたのは、初めて入る源之助の書斎だった。大きな窓を背にした幅五尺ほどの無垢材机があり、壁には天井まで隙間なく蔵書が整理されていた。塵ひとつないない部屋は、源之助を如実に現している。緊張の面持ちで立ちすくむ正三に、粗末なソファを指し示した。局長室の模様替えの折に、処分予定の物だった。来客用というよりは、仮寝用にと持ち込んだ。自宅に客を呼ぶことのない源之助で、家族ですら入室を許されない部屋だった。「ま、座りなさい。いいか、正三!お前もいつかは家を持つことになる。その折には、書斎を作りなさい。人間、独りになれる部屋が必要だ。瞑想ができる部屋が、だ。ところで正三お前は、この逓信省で何を為すつもりだ?」「は、はい?」思いも寄らぬ問いかけに、ぐっと言葉に詰まってしまった。「そんな、何を...水たまりの中の青空~第二部~(百四十八)
「はい、佐伯ですが」「お初でございます。わたくし、富士商会の代表を務めさせて頂いております、御手洗武蔵と申します」虚を突かれた源之助だった。外部に公表していない、一部の人間しか知らぬ電話に、武蔵がかけてきたのだ。“この男、どういう男だ。政府関係者に繋がりがあるのか?こりゃあ、迂闊なことはできんぞ”「先ほどは留守をしておりまして、大変失礼いたしました。局長さま直々のお電話だということで、早速連絡をさせて頂きましたが。何ですか、竹田小夜子嬢のことだとか?」慇懃な武蔵の口調に、源之助はつい椅子から立ち上がってしまった。「いやいや、早速のお電話、恐縮です。実はですな、竹田小夜子嬢は私の見知りおきでして。上京していると聞き及びましたので、消息を調べていましたところ、何ですか御社にお世話になっていると聞き及びまして。実家の...水たまりの中の青空~第二部~(百四十七)
「お帰りなさい!社長」階下から、社長を迎える声がした。慌てて部屋から飛び出した五平は、階段下で立ち話をしている武蔵を急かした。「社、長!大変な事態ですよ。早く上がってきてください」「何をそんなにうろたえてるんだ、五平らしくもない」息せき切って、社長室の扉を荒々しく閉じた。「あの、小娘のことです。逓信省の、えーと、簡易保険局局長の佐伯源之助なる人物からの電話らしいですわ。で、そんな社員はいない、と返事したらしいんですわ。いや、あたしが留守の時でして」メモ書きを見ながら、五平は不安げに告げた。「ふん、そんなもの。研修中で社員登録していなかった、とでも言っておけばいいさ」武蔵は、事もなげに素っ気なく答えた。「いやしかしですなあ、未成年ですし。親の了解も取らずに、社長宅に入れたんですから。相手は、なにせ官吏さまですから...水たまりの中の青空~第二部~(百四十六)
どうせ九州の生まれ故郷に帰るのなら住んだ町すべてを回ってみよう、そう思い立って記憶の限りの小学校を書き出しました。生まれ故郷である佐賀県伊万里市立伊万里小、福岡県柳川市立昭代第一小、福岡県久留米市立篠山小、そして福岡県中間市立中間小学校です。卒業したのは岐阜市立木之本小学校です。ただ残念なことに、最初に入学したはずの大分市の小学校時代が思い出せないのです。もう一つ言えば、大分市には幼稚園児の折に引っ越したはずです。そして幼稚園に通うことになったはずなのですが、慣れずに通わなかったと記憶しています。小学校入学前の年次だったと思います。ですが、まるで記憶がないのです。すっぽりと抜け落ちています。ただ覚えていることが、ひとつだけあります。大分駅を降り立ったのは夜でした。見上げればたくさんの星が瞬いていたことを、おぼろ...ボク、みつけたよ!(六)
信じられないことが起きていました。「よもやよもや」の、コンコンチキですよ。使い方が違うかな?3,000,000以上が存在するgooブログさんにおいて、まさか、トップ10入りしていたなんて。「スタッフにアピール」にて、わたしのブログが紹介されたらしく、ものすごい方に訪問して頂けていました。10月6日:7,607人(21位)これだけでも驚きなのに、10月7日:15,517人(9位)という数字に。初め観たときは、目の錯覚だと思い、見直した折には「4月1日か?」と、何かの冗談だろうと思っちゃいましたよ。すべては、「スタッフにアピール」に掲載して頂けたおかげですね。感謝、感謝で、ありがとうございます。ただまあ、明日には……。いやいや、ネガティブに捉えずに、ポジティブに行くぞ!「そう言えば……」と思い出して頂き、再来訪の折...ありがとうございます!
入院時は、正直のところ「どうでもいいや」といった自暴自棄な気持ちでしたねえ。離婚してまだ半年も経っていない、確か五十三歳だったと思います。娘が高一のときだった筈ですから。でその部屋に、わたしに遅れること二日後でしたか、視覚・聴覚障害者の入院がありました。大変でしたよ、それが。気の毒だとは思うのですが、とにかく大声を発せられるわけです。病室って静かでしょ?テレビにしてもイヤホン使用ですからねえ。会話にしても他人に聞こえないようにと小声じゃないですか。家族の方は手の平に文字を書いての会話をされているのですが、その返事が大声になってしまうのです。ご当人はその認識がないらしくーまあねえ、聞こえが悪いのですからそれも当然と言えば当然なことですが。すぐさま家族の方が大声を出さないようにと手の平に書き込まれるのですが、中々に...ボク、みつけたよ!(十一)
源之助は弁護士に全てを任せる気でいたが、正三があれ程にこだわる小夜子に会ってみたくなった。とりあえず電話を入れて来訪の意思を伝えた。しかしそこに小夜子は居るはずもなく、富士商会へ就職したと聞かされた。加藤も、まさか武蔵宅へ転がり込んだとも言えず、会社の寮に入ったらしいとの返事をした。“ほう、とりあえずはまともな生活を送っているのか。まあ、正三が惚れたという娘だ、そうであってくれなくては困るというものだ”と、受話器を持ったまま頷く源之助だった。翌日の午後に、源之助自身が富士商会へ電話をかけた。秘書にかけさせようかとも思ったが、受付の様子で会社が分かるものだと思った。「はい、富士商会でございます」「ああ、そちらに、竹田小夜子なる女性が勤務していると思うのですが、電話に出していただけますかな」「失礼ですが、どちら様で...水たまりの中の青空~第二部~(百四十五)
「おいおい、褒めてるんだぞ。いいか、お前を、坊ちゃんと呼ぶということはだ、お前を一段上の人間と考える素地があるということだ。残念ながら、今のお前はまだ半人前だ。他の者に認められていないだろう。今回のプロジェクト入りで、少しは認めさせることができたろうが、今日の体たらくでは……。とに角酒を飲め。赤坂でも銀座でも、一流の店に行け。一人じゃないぞ、大勢を連れ歩け。今は仕方がない、金をどんどん遣え。軍資金の心配はするな。お前のお父さんから、たっぷり回ってくる。そうだな、週一回は行け。いいな、私の贔屓の店を教えてやる。格の違いを、見せ付けるんだ。それから、女も抱け。女将連中には連絡をしておいてやる。一流の女を抱け。場末の女はいかんぞ。間違っても、あの小娘はいかん、いいな!」語気鋭く、源之助の厳命が下った。反抗を許さぬ、強...水たまりの中の青空~第二部~(百四十四)
“何て、こった。何てことを、この僕は、、、。ああ、小夜子さんに会わせる顔がない”顔面蒼白の正三だった。激しい後悔の念に苛まれながら、頭を掻き毟った。白いシーツの上に、正三の髪の毛が無数に落ちた。床の中から、気だるそうに女が声を掛けてきた。正三は、その言葉に弾かれたように立ち上がった。「:34*;%&$#・・」女から発せられた言葉も、今の正三には異国語に聞こえた。「放っといてくれ!」女の差し出すワイシャツを引ったくるようにして、正三は部屋を出た。“小夜子さん、小夜子さん、、、ごめんなさい、、酔ってたんです、酔ってたんです、、”呪文のように、何度も何度も呟きながら、歩を進めた。その夜、正三は叔父である源之助の前で小さくなっていた。背筋をピンと伸ばしての正座を余儀なくされていた。「正三。今日、役所を欠勤んだそうだな。...水たまりの中の青空~第二部~(百四十三)
もう少し前段のようなものを聞いてください。小学生の折には、作文でよく褒められました。昔々に「計画学習」という教材誌がありました。団塊の世代の方ならば、ひょっとして覚えてらっしゃるかもしれませんね。それに投稿した詩やら作文で賞を頂いたことがあります。誰もが本人の体験談だと思いました。小学生なのですから、それが当然のことでしょう。しかしそれが事実として書いたように見せかけて、実は作り話なのです。実際には体験をしていない事象を、さも事実であったかの如くに書いたのです。こう書けばきっと先生は喜んでくれる、大人は感心してくれる、そんな思いで書いていたのです。忖度という言葉は、現在においてほぼ毎日のように新聞やらテレビのニュース番組で飛び交う言葉ですが、あの折のわたしにピッタリです。例えば小学三年か四年生のときに、一旦離れ...ボク、みつけたよ!(五)
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いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
彼は、心のなかを見せない。たにんの侵入を極端にきらう。それゆえか、彼の部屋をおとずれる者はいない。そのくせ彼自身は、ひとの部屋にズカズカと入ってくる。仲間と友人。彼は、区切りをつけている。それが何故なのか?いままで考えもしなかった。が、学友との口論から、それを考えるに至った。町工場での俺は、労働の代価を受け取る。しかし夜学での俺は、支払う側のわけだ。とうぜん、時間の自由があってしかるべきだ。労働中の俺に、自由のないことは理解できる。しかし何故に、授業の選択が許されない?規則だからと、諦めにも似た気持ちになっている。入学時の誓約書は、強制であり交渉事ではなかった。町工場への就職時には、形だけであっても交渉があった。奇天烈~蒼い殺意~人間性(一)
それが9時近くになって、やっと帰ってきた。その時間が麗子には長く感じられ、不安だけが募った。裏通りにあるアパートである。人通りはまるでない。街頭にしても、アパートの階段に設置してある電灯だけだ。しかもまだ修理されていない。あとは、50mほど先にある。しかも、何時になるのかわからない。麗子の心は、恐怖感におそわれていた。いつなんどき暴漢が現れるかもしれない。そのときには誰かの部屋をノックすればいい。いやこのアパートの住人すらあぶない。〝どんな人が住んでいるのか、まるで分からないんだ。素性はもちろん、男か女かもわからない。というより、こんな場所だ。おとこだろうけどね〟男にきいた話だ。といって帰る気にもなれず、途方に暮れていた。そんなときの、男の帰宅だった。ムラムラと、怒りの気持ちと嫉妬心が渦巻いた。で、悪態を...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十四)それが9時近くになって、
話をもどします。まいどまいど、横道にそれてすみません。校舎のうら手に車をまわしたところで、思わず「ああ!」と叫んでしまいました。見覚えのある大木と、その横に土俵が見えました。あれえ……。でも土俵はあっちではなく、こっちの角のはずじゃ……。すみません。あっちやらこっちやらでは、どこなのかわかりませんよね。東西南北の観念がないので。(ナビで調べれば一発でしたね)。車の進行方向の向こうがあっちで、敷地にそって曲がってそしてまたまがってすぐの角で、停車した場所がこっちなんです。土俵のうえに屋根があるんですが、大木の枝がおおいかぶさっています。台風の進路によっては、屋根をおしつぶしませんかねえ。すこし心配です。たしか、相撲が体育の授業にはいっていると聞いた気がします。やせぎすだったわたしは、それがいやでいやでしてね...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十五)話を戻します。
「山本さん、5番におはいんなさい」当初は聞きまちがいかと思ったが、なんど思い返しても、「おはいんなさい」だった。わたしの前に数人が呼ばれていたが、たしかに「おはいんなさい」だった。なんとも、暖かさを感じさせる呼びかけで、嬉しさを感じたわたしだった。名医だ、瞬間的にそう思った。「良い先生ですよ」が頭で反すうされた。こころがある、なぜか直感的に思った。ドアを開けると背筋がピンと伸びた老医師が、にこやかに迎えてくれた。「はいはい、山本さん。きょうは気分が良さそうだね。うん、良かったよかった。さあさあ、お座んなさい」またしても、「り」ではなく「ん」だった。なんとも、人なつっこい話し方だ。やはりベテラン医師はちがう。なんというか、お医者さま、という雰囲気がある。患者に人気があるのもムリはないと感じた。「ほうほう。山...ドール [お取り扱い注意!](十六)山本さん、5番におはいんなさい
しかしふと不安になった。武蔵のいないいま、だれが「奥さま」と呼んでくれるだろう。「ミタライさん」と呼ばれるのだろうか。御手洗家の主はあるけれども、武蔵はいないけれども、それでもやはり「奥さん」と呼ばれたい。御手洗家の主は、やっぱり武蔵であってほしいと願う小夜子だった。「パッ、パッ、パアー!」。けたたましいクラクションが鳴った。「バカヤロー!」。だれ?だれへの叫び声なの?大勢が立ち止まっている交差点。なのに小夜子は足を止めなかった。赤になっていることに気づかなかった。「ごめんなさい」と、頭をさげる小夜子に「気をつけろ、この有閑マダムが!」と、捨てゼリフをのこして、商用車が行く。やめて、そのことばは。小夜子のもっとも忌み嫌う、有閑マダム。新しい女の対極ともいえる、蔑称ととらえている小夜子。夫の地位そして財力に...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十三)
異端の天才ベートーベン「運命」その烈しさに魂が揺さぶられるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。キモはですねえ、……ないです。強いて言えば、「畏怖」でしょうか。そうだ。初めて聞き入ったクラシックでしたよ。ジャジャジャーン!ジャジャジャーン!jajajajajaja,jajaja~n!CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(ベートーベン)
シゲ子は、その日のうちに長男に問いただした。シゲ子のたしなめるような物言いに萎縮してしまった長男は、口をつぐんでしまった。幼いときから、人に甘えるということのできない長男で、とくに祖母であるシゲ子にたいしては身構えてしまう。シゲ子の長男にたいするぎこちなさが、そうさせてしまっていた。シゲ子のしつような追求にたえきれず「ごめんなさい」と、あやまる長男だった。孝道が「目くじらを立てるほどのことでもないだろうに」と、長男をかばうと「いいんです、食べたことは。でもね、翌日にでも『ありがとう、美味しかった』と、ひと言ぐらいあっても。ほんとに、卑しい子だよ」と、長男を叱りつけてしまった。美味しいサツマイモをほのかに食べさせてやれなかったということ、すこしだけでも残していれば…という、たしょうの罪悪感にもにた感情にとら...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(十)
彼の頭のなかでは、数多の声がとびかっている。ひとつひとつの言葉は、断定的でしかも独善である。無道徳とはいったい何か?社会いっぱんの道徳は、常識なのか?幾多の矛盾を擁する道徳でもか?住みなれた町の地図は必要か?コンパスまでもか?俺は無道徳か?道徳はどうとく、常識はじょうしき?俺は反道徳だ!では、ニュー道徳を創るべきか?では、それに従えるか?違うぞ!単にスネているだけだ!ニュー道徳は、偽善の産物だ!ホワイトカラー族の目的は?教師とは、如何なる人種か?教える義務と、従わせる権利。学ぶ権利と、従う義務。そして反発する権利。殺す自由、生きる権利。人間を殺すことは罪であり、「家畜類の屠殺は許される」という現実。and,その是非は論外、という現実。食べる自由と権利。断食もまた然り。自然界の法則とは?地球の歴史、人間のれ...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(五)
「そう、あのむすめね…。あの娘のこと、好きなのね」と、小声で呟いた。いつもの男なら、そのまま聞きながしてしまう。しかし、今夜の男はちがった。このまま無言をとおせば、気性の激しい麗子のことだ。どんなしっぺ返しをくらうやもしれない。それこそ私立探偵をつかってでも、ミドリの特定をしてしまうかもしれない。そして……。考えるだけでもおそろしい。気色ばんで男は言った。「な、なにを言いだ出すんだ。あの人とは何でもない。友人の妹だ。3人での食事の約束だったんだ。友人の都合が悪くなってのことだ。だからふたりだけの食事になっただけだ」「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」服を着おわった麗子は、いつもの麗子に戻っていた。「時間が早かったからだ。ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。だ...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十三)そう、あのむすめね…。
そうでした、学校です。当然ながら、まるで違います。当時は木造でしたが、いまはコンクリートの校舎です。正門まえに立ちますが、まるで思い出せません。車をうごかして、裏手にまわることにしました。運動場なんですが、意外にちいさいです。もっと広く大きかった記憶なんですが。敷地に沿ってまがると、せまい道路です。大型の車がきたらすれ違えないかもしれません。学校のフェンスをこするか、相手の車が畑に落ちてしまうか、どちらかでしょうね。いっそのこと一方通行にしてしまえばいいのに、なんて勝手なことを考えてしまいました。そういえば、こんなことがありました。いくつだったか、五十過ぎたころだったと記憶しています。両側が畑のせまい道で、ここではすれ違うことはできません。半分以上を過ぎたところで、中型の車がはいってきました。当然ながらわ...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十四)そうでした、学校です。
待合の席にすわろうとしたわたしに、通りがかった看護婦が声をかけてきた。この間の入院時に世話をしてくれた看護婦だった。じつに気立ての良い娘で、いつも明るく笑う娘だった。退院するときに「ありがとうね」と声をかけたかったのだが、シフトで会えずだった。「山本さん、ラッキーでしたね」「なんで?」。笑みを返しながら、尋ねてみた。「良い先生ですよ、岩井先生って。いつもは予約だけの先生なんですよ。ね、島田さん」「きょうはね、畑中先生が休みなものだから、急きょピンチヒッターでお願いしたの」「山本さん、ついてるわ」。うんうんと頷きながら、ひとり納得して去って行った。良い先生かどうかは、診察を受けてからだと、あまり期待もせずにいた。しかしこの医師に会ったことで、わたしの人生が一変したと言っても過言ではなかった。ほどなく看護婦に...ドール [お取り扱い注意!](十五)待合の席にすわろうとしたわたしに
感傷的になるかと思っていた小夜子だったが、意外にもサバサバとした気持ちになった。空はあいにくの曇り空なのに、ウキウキとした気分でビルを出た。全員がお見送りをしたいと申し出たが、五平と竹田のふたりが通りで見送った。最敬礼をするふたりに「やめてよ、そんな大げさなことを」と言いつつも、感慨ぶかいものがあった。はじめて会社におとずれたとき、水たまりがあるからと、武蔵にお姫さま抱っこで車からおろされた。大きな歓声と冷やかしの声、また近隣ビルの窓から、なにごとかと覗かれたこともなつかしい。なにからなにまで、なつかしい想い出だ。帰りの車をことわり、ひとり日本橋界隈をねりあるくことにした。そういえば通りをあるいた記憶がない。いつも契約ハイヤーで会社前まで乗りつけた。竹田の送迎もあったわね、と思いだす。〝大層なご身分だった...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十二)
茶目っ気モーツァルト「25番ト短調」そのミステリアスな曲調にこころがうち震えるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(モーツァルト)
翌日のこと。「きのうのお芋さんは美味しかったろう。ばあちゃんもね、おじいさんとおいしく食べたんだよ」ほのかかキョトンとした顔つきで、「きのうはよらずにかえったよ」と、こたえた。誰かが食べたはずなのだ。「ツグオちゃんだったかね」首をふりながら、つづけてこたえた。「にあんちゃんは、ほのかといっしょだったよ」思いもよらぬ返事がかえってきた。「それじゃだれだったんだろうね。ツグオでもないんだね。近所のだれかかしらね」そうことばにしつつも、だれもいない家にはいりこんで、ましてやなにかを食べていくなどありえない。“まさかナガオが…。いやいや、あの子は寄りはしない”と、否定してしまった。「あんちゃんだよ、きっと。夕食、めずらしくすこししか食べなかったから。それに、もしにあんちゃんだったら、きっとぜんぶ食べてたよ。にあん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(九)
実はこの1週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論のためだった。さっこん耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ青い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるでない我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつける―なすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、じつの所あまり分かっていないのに。『70年安保』の後遺症といっては失礼か。「アンポ、ハンタイ!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。彼はいま窓際でひざを抱いている。そしてときにそのひざに接吻をしたりして、体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。ときおり、バサバサの髪をかき上げては、...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(四)
「舟のない港」というタイトルが気に入って書きはじめた作品です。気乗りのしないままにストーリーを重ねて、次第しだいに二人のヒロインたちの心情にとらわれだしました。なかなか女性心理がわからず、キーボードをたたいてはDeleteを押して、またたたいて、また消しての連続です。時間の移動がはげしいためご迷惑をおかけしていますが、一気読みをご希望の方には、4月の初めには[やせっぽちの愛]にてupする予定です。よろしければ、どうぞ。------------麗子が起きるころには、母親はすでに台所にいる。父親もまた、食卓に着いていた。気むずかしい顔つきで、新聞を読みふけっている父親だった。一日のはじまりに家族そろって食卓を囲む。なによりも大切にしている父親だった。夜の食事は父親の仕事しだいではそろうことが難しい。休日にして...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十二)麗子が起きるころには、
吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、福岡県柳川市の昭代第一小学校へ向かいました。小学なん年生だったか、低学年には違いありませんが新入生ではなかったはずです。幼稚園児だった頃に伊万里市をはなれて、それからどこに移り住んだか。柳川市?いや待て、もう1ヶ所、どこかの……そうだ!大分県の佐伯市に入ったような……。そこで幼稚園に入る予定だったのが、いまでいう引きこもりになったのか、通ったという記憶がありませんね。それじゃ、佐伯市の小学校に入学した?うーん……。新入学したのはどこの小学校だったのか、まるで記憶がない……。昭代第一小学校まえでお店――駄菓子屋さんだと思っていたら、じっさいは酒屋さんでした。店の横にビールびんやら酒びんが山積みされていました。失礼ながら、小学校の真ん前なんですが。でも、すこしばかりの文具もありま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十三)吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、
“やれやれ今はやりの自己責任ですか。大丈夫、先生を訴えたりしませんよ”「はい、これで良いですか?」「ほんとにね、生命に危険があるんですよ。考え直しませんか?山本さん」「先生の言うことを聞いた方が良いですよ」なおもしつこく入院を迫ってくる。わたしのことを考えてくれているとは分かるが、イライラしてきた。「今夜ひと晩だけで良いんです。経過をね、観察したいんです」真剣な目で、せまってくる。「お気持ちだけいただいておきます。ほんとにね、もうずいぶんと楽になりましたから」意地の突っぱり合いの様相をていしてきた。しかし意地っ張りということに関しては、わたしの方にいち日の長がある。医師に書面をわたして、看護婦に会釈をして、意気軒昂にベッドをはなれた。あの老婆、わたしと目があったとたんに目をそらしてきた。聞いてはならぬこと...ドール [お取り扱い注意!](十四)やれやれ今はやりの自己責任ですか。
自宅でのこと、その毎日がなくなるのかと思うと、ここで感傷的になった。平日の朝9時、閑静な住宅街にある自宅を出る。日々の暮らしは、もうはじまっている。学童たちのげんきな声は、もう聞こえない。おはようございますと声をかけあう人々にあふれ、「あら、ごめんなさい」と、声をかけあいながら、ほこりっぽい道路に水をまいている。「小夜子おくさま、おはようございます。これからご出勤ですか?」ななめ向かいの佐藤家のよめである道子が声をかけてくる。「おはようございます」と返事をし、かるく会釈する。するととなりの家からあわてて、大西家の姑であるサトが出てくる。「もうこんな時間ですか、行ってらっしゃいませ」わざわざ外に出てこなくとも、と小夜子は思うのだが、女性たちは必ず声をかける。小夜子にあいさつをするが、じつは小夜子ではない。御...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十一)
その女子は真面目派より一学年下だったが、幸か不幸かふたりと同じバレーボール部だ。ゆえに、放課後にふたりに帯同すれば、ひんぱんに会える。行動派が部活動に熱心なこともあり、ヒネクレ派も必然とがんばっている。そんなふたりを待つという口実のもとに居残りをきめこんでいた。三年ほど前の夏季大会ののちに、理由は分からないが部員ゼロとなってしまった。そして今年までの三年間、廃部となっていた。そんな男子バレーボール部を、行動派が復活させたのだ。気乗りのしないヒネクレ派をムリヤり入部させ、ほかに数人の幽霊部員を仕立て上げた。大会ごとに集合して、試合前のわずかな時間だけ練習をする。そして作戦も何もなく、むろんコーチもいない。どころか、役割すらあいまいだ。皆がみなアタッカーであり、やむなくレシーバーやらセッターにもなる。正直、勝...原木【Takeitfast!】(九)初恋
とうとう、結婚式の前夜がやって参りました。式の日が近づくにつれ平静さをとりもどしつつあったわたくしは、暖かく送りだしてやろうという気持ちになっていました。が、いざ前夜になりますと、どうしてもフッ切れないのでございます。いっそのこと、あの合宿時のいまわしい事件を相手につげて、破談にもちこもうかとも考えはじめました。いえ、考えるだけでなく、受話器を手に持ちもしました。ハハハ、勇気がございません。娘の悲しむ顔が浮かんで、どうにもなりません。そのまま、受話器を下ろしてしまいました。妻は、ひとりで張り切っております。ひとりっ子の娘でございます。最初でさいごのことでございます。一世一代の晴れ舞台にと、いそがしく動きまわっております。わたくしはといえば、何をするでもなく、ただただ家の中をグルグルと歩きまわっては、妻にた...愛の横顔~地獄変~(二十一)式前夜:前
「けどもこんどは、本場で聞こうな。アメリカに行って、アナスターシアだったか?お墓参りをすませてから、ラスベガスに寄ろう。な、なあ。それで機嫌を直してくれよ」涙があふれ出した。揺り起こそうかとも思った小夜子だったが、いまはこのまま夢のなかの小夜子でいいかと思いなおした。「小夜子。俺ほど小夜子を知っているものはいないぞ。頭の髪の毛一本から足のつま先でも、俺は小夜子を当てられる。はらわたの一つひとつまで知っている。肺も心臓も、胃袋だって知っている。きれいだぞ、とっても」ふーっと大きく息を吐いて、カッと目を見開いた。起きたのかと思いきや、またすぐに目を閉じてしまった。「おおおお、ステーキを食べたな?いま胃をとおって、腸にはいった。栄養素に分化されて、肝臓やら腎臓にとどけられるんだ。そしてそのカスが便となって外に出...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十二)
時の流れは今川となりました銀の皿は流れるのですその上に空を乗せたままその夜空は消えましたその朝には太陽が消えました(背景と解説)女友だちとの間が冷え切っていたという時期ではないのです。二股交際という言葉がありますが、わたしの場合は殆ど重なりません。不思議なのですが、ある女性との付き合いが疎遠になると、新たな出会いがあるのです。浮気ぐせ、とも違います。そりゃ、血気盛んな青年時代ですから、色んな女性に目が動くことはあったと思います。でも、この年になって色々思い直して-己を見つめ直してみると、一番の原因は、自分に自信が持てなかったのだと思います。短期間ならば薄っぺらい自分を隠せますからね。当時の連絡手段と言えば、固定電話か手紙ぐらいのものでした。手紙は、正直言ってお手のものでしたから。話を戻します。この詩は、自...ポエム焦燥編(朝、太陽が消えた)
時計の針は、二時半をさしている。貴子の希望で、南麓の岩戸公園口におりることになった。こちらの道は彼にもはじめてだった。こちら側の眼下にはビル群はすくなく、二階建ての個人宅がおおく見うけられた。国道ぞいに車のディーラーやら銀行、そして飲食店がチラホラとあるだけだった。すこし行くと、小ぢんまりとした台地があった。貴子の提案で、時間も早いし腹ごなしもかねて散歩でもということになった。彼に異はなく、真理子もまたすぐに賛成した。外にでた貴子が大きく深呼吸すると、真理子もならんで、大きく空気を吸いこんだ。とその時、強い風がふき、ふたりの体が大きく揺らいだ。とっさに真理子の背を抱くようにし、片方の手で貴子の腕をしっかりとつかんだ。悲鳴にもちかい声を出した真理子だったが、強風に驚いた声だったのか、彼の対応におどろいての声...青春群像ごめんね……えそらごと(三十)
訝しげに見る目を気にしつつ、付け足した。「目が、痛いんだ!」言葉が空を横切った途端、“嘘だ!”と、心が叫んでいた。そう、心が叫ぶまでもなく脳は刺激され、サングラスのない世界の恐ろしさが瞼の裏に醸し出された。そこによぎる全てが眩しいものだった。“信じられないんです”ある時、目に見えぬ何ものかに向かってそう叫んだ時、また心は叫んでいた。“嘘だ!”決して言葉のせいではなく、といって“信じなさい、信じることが唯一の道です”という言葉をはねつけたせいでもない。[ブルーの住人]第七章:もう一つの「じゃあず」(二)
日一日と、光子への周りの視線が変わってきた。子をうしなった母親という憐憫の視線がしだいに、子を産まぬ女という蔑視さえ感じるようになった。そもそもが清子を産んだあとに、二子、三子を産もうとする気配のないことに疑念が持たれていた。そして清子の死という事態をむかえて、導火線に火がついた。光子の年齢からしてためらう必要などなにもないはずなのだから、もうそろそろおめでたの話が出ても……と、口の端にのりはじめた。折に触れてかばってくれた珠恵からも、ことばには出さないが「もうそろそろ」という声が聞こえてくる気がしている光子だった。合原家という家系を考えたとき、光子は言わずもがなで、清二もまた妾の息子ということで他所者として扱われている。ふたりの間にまた娘が産まれたとして、女将を継ぐだろう事は想像にかたくない。しかしそれ...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十四)(光子の駆け落ち:二)
行動派にもヒネクレ派にも、ガールフレンドがいる。しかし、真面目派にはいない。ふたりに比べると、ハンサムである。成績にしても、当然ながらトップグループにいる。しかし、女子からも敬遠されている。モテていいはずなのだが、作者だけの思いこみだろうか?もっとも、その原因は性格にあるのだろう。なにせ、内向的だし、おとなしい。そんな真面目派のきょうのの発言は、わたしもまた驚かされた。はじめてのことだ。もっとも、当の本人がいちばんん驚いていはいるが。そんな真面目派が、最近だれかに恋をしたらしい。いや、いままでも“いいなあ”とも思える女子生徒がいるにはいた。ただ憧れに近い気分を抱いていることが多かったし、それよりなにより、彼氏がいた。が、今回は違うようだ。“恋している”という、実感があるらしい。夜、ひとりになると、その女子...原木【Takeitfast!】(八)“キュン!”
その翌日、もちろん娘をまともに見られるわけがありません。その翌日も、そしてまたその次の日も……、わたくしは娘を避けました。しかし、そんなわたくしの気持ちも知らず、娘はなにくれと世話をやいてくれます。そしてそうこうしている内に、結納もすみ、式のひどりも一ヶ月後と近づきました。娘としては、嫁ぐまえのさいごの親孝行のつもりの、世話やきなのでございましょう。私の布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。なにも知らぬ妻も、哀れではあります。しかしわたくしにとっては、感謝のこころどころか苦痛なのでございます。耐えられない事でございました。いちじは、本気になって自殺も考えました。が、娘の「お父さん、長生きしてね!」のことばに、鈍っ...愛の横顔~地獄変~(二十)陵辱
「小夜子。おまえは、ヴァイオリンだ」突然に己のことをふられて、なんと答えれば良いのか窮してしまった。しかし武蔵はお構いなしにことばをつづけた。「おまえは、ビッグバンドの、いやオーケストラのといっても良い、ヴァイオリンなんだよ。そこにいるだけで、あるだけで、光を放っている。華やかな、存在だ。誰もがひれ伏す存在だ。いや、ヴァイオリンがなければ成り立たない」あまりの褒めことばは、小夜子には面はゆい。「やめてよ、もう。どうしたの、今日の武蔵は。熱でもあるんじゃない?」といって、熱に浮かされている節もない。心底からのことばに聞こえる。目を見ればわかる。しっかりとした瞳がそこにあり、そしてしっかりと小夜子を見ている。まるですぐにも居なくなってしまう小夜子を見忘れないようにと、しっかりとめにやきつけようとしているかのご...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十一)
ある冬の街角で……、そう、少し雪の散らつく寒い夜のこと。ダウンジャケットのポケットに迄、冷たさが忍び込んできた。路面がうっすらと雪の化粧をし、街灯の灯りで眩しい。ひっそりとして、明かりの消えたビルの前を、ポケットの中の小銭をちゃらつかせながら歩いていた。とその時、後ろから恐ろしく気味の悪いーかすれた、腹からしぼり出すような声がする。”だめだ!左はだめだ。右に、行くんだ!”どぎまぎしながらも後ろを振り向いた。全身が血だらけで、片腕のちぎれかけた男が、呼び止める。生々しいタイヤの跡が、顔面に刻み込まれている。その男、確かにどこかで見たような気がする。が、あまりの形相に思わず目をそむけた。そのまま逃げ出し、左へ折れた。そう。男の言う、行ってはならない左へ行った。と、ふと思い出す。血だらけの男の居た場所は、雪が白...ポエム~焦燥編~(右に、行け!)
五月日ざしは肌に悪いからという貴子のことばで、山肌の木陰で食事をとることになった。「三角おにぎりのつもりなんですけど……」と、真理子がはじめて握ったというおにぎりが出された。「形が悪くてごめんなさい」というそれは、すこしいびつな丸っこい形をしていた。「お味はどう?」と問いかけられ、「うまい!」となんども叫ぶように言いながらぱくついた。満足げに頷く彼にうながされて、ふたりも頬ばった。とたん「塩辛い!」と、目を白黒させながら声をそろえて言った。「ちょうど良いって」という彼の必死のことばに、真理子の警戒心がとれてきた。会社ではぶっきらぼうな態度をとる彼だが、それが照れ隠しによるものなのだと知り、そんな彼に親近感を覚えた。(やっぱり、九州男児なのよね)再確認する真理子だった。そして彼を、故郷にいる兄にダブらせた。...青春群像ごめんね……えそらごと(二十九)
部屋の照明は落としたまま、ベッドぎわの灯りだけを点けた。上向きの灯りは、うす暗くはあったが落ち着いた雰囲気で、気持ちも和やかになってくる。ふとんの中に入れと、小夜子を迎え入れた。しわになりにくい素地の服だということで、小夜子も久しぶりに武蔵に触れられるとウキウキしてくる。しかし武蔵の体を感じたとたん、あまりの痩身ぶりに驚かされた。たしかに腕にしろ足にしろ、細くなっていることは見ていた。が、直接に小夜子の体全体で感じる物とは異質のものだった。“こんなに痩せ細ってるの?ううん、だいじょうぶ。退院したらしっかりと栄養を摂らせるから”小夜子のそんな思いを推し量ってか、「小夜子。病院食ってのは、精進料理そのものだな。まるで脂っ気がないぞ。ああ、中華そば食いたい、ステーキもがっつりといきたいぞ」と、両手を合わせてお願...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十九)
海はいつか日暮れてぼくの胸に恋の剣を刺したままその波間に消えた追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ恋はいつか消えてぼくの胸に涙の粒を残したままその波間に消えていった追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ昨日も今日もそして明日も夏の渚に立ってきみを探してもあの日のきみはいないあの日のきみはもういない遥かな海………どこまでもどこまでも果てしなく……が、その海もまた…………限りない空……どこまでもどこまでも広がり続く……が、その空もまた…………水平線では、空と海が一つになるなのに………きみとぼくは追いかけても追いかけても水平線はどこまでも果てしなく広がり続ける……わからないわからない追いかけるほどわからない……(背景と解説)彼女が逃げていくわけではないのです。自分の想いと彼女の思惑がずれている...ポエム~焦燥編~(太陽の詩(うた))
(不良だって、俺が?)しかしつらつらと考えてみるに、そう思われるのが当たり前のような気がしてきた。ポマードをしっかり使って、エルビス・プレスリーばりのリーゼントスタイルに髪を整えている。普段は不良っぽさを意識した言葉遣いで話しているし、口ずさむ歌と言えばロックンロール系が多かった。「日ごろの行いって大事なんだよね」そうつぶやく岩田の顔が突如浮かんだ。「年寄りみたいなこと言うなよ」と反論したものの、確かに損をしていると感じる彼だった。同じようなミスをしても、岩田なら仕方ないさとかばわれ、彼のミスには「集中心が足りない」と、小言になる。(不良だと思っているんだ、やっぱり。仕方ないか。不良まがいの日ごろの態度では)と、じくじたる思いが湧いてきた。写真で見た断崖絶壁の縁に立たされたような思いに囚われている彼に、貴...青春群像ごめんね……えそらごと(二十七)
(五)視線その他には、ぐるりと見回しても、とりたてて言うほどのものはない。強いて言うなら、紺いろにいろどられた扉があることか。小さなのぞき窓があり、ときおり神のような冷たい視線がそこから投げつけられる。しかしそれが、どうだと言うのか。冷たい視線など、どれ程のものと言うのか。忘れたころに訪れる、女よ。いくらでも泣くが良い。たとえそれで体中がびしょ濡れになってとしても、それがなんだと言うのだ。ただ無視すれば良いだけのこと。そんなことに気を取られるほどに、暇人ではない。このこころは、深遠な世界にあるのだ。知りたければ、……。はいってくるが良い。そっと足音を忍ばせて、のぞき込めば良い。ごっちんこをすればいい、ドアはいつも開けてあるのだから。窓の外にはポプラがそびえ立ち、その葉をすける太陽の光、そして遙かかなたにか...[ブルーの住人]第六章:蒼い部屋~じゃあーず~
(十一)(周囲の目:二)無事出産を終えて明水館に戻ったとき、大女将の珠恵を始め、番頭に板長そして仲居頭の豊子たちの出迎えを受けた。然も、玄関口でだ。初めてのことだった、これほどの人に笑顔で出迎えられるのは。思わず後ずさりをした。娘だけを取り上げられて、光子はそのまま叩き出されるのではないか、そんな思いにとらえられていた。「お帰りなさい、若女将!」。「お帰り。さあさあ早く入りなさい、奥の部屋で休むと良いわ」。珠恵の優しい言葉は心底のもので、温かい慈愛が感じられるものだった。そしてそのことばで、やっと光子はこの合原家の一員となったことを実感した。それは突然のことだった。珠恵がお使いから帰ったところを見た清子が「おばあちゃま、おかえりなさい!」と、通りの向かい側に飛び出した。急ブレーキ音とともに、ドン!という音...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~
行動派が言う。「誰も反対しないようだ。委員長、やってくれ。時間が勿体ない」眼鏡をかけたやせっぽちの男が、渋々と立つ。と、あろうことか「待ってください。みんながそれでいいと言うのなら僕もそうしますが、僕としては、自習とした方がいいと思います。第一、先生も居ないことだし。それに、あと二十分足らずの時間です。討論の時間には少ないと思います。風紀については、重要なことですから、誰かが調査して、その結果を元に討論してはどうでしょうか」と、小声ながらも、はっきりと胸を張って、真面目派が言った。クラス内に、割れんばかりの拍手が起こった。真面目派は、“ドクン・ドクン”という心臓音を耳にしながら、真っ赤になっていた。さすがの行動派も、いつも連れ立っている仲間の一人に反対されては、反論のしようがなかった。「それでは、俺とあと...原木【Takeitfast!】(五)意外なこと
断じて許すことはできません。八つ裂きにしても足りない男どもでございます。しかしもうわたしには気力がございません。お話しする気力が、ございません。もう、このまま死にたい思いでございます。まさしく地獄でございます。……地獄?そう、地獄はこれからでございました。じつは不思議なことに、男どもには顔がなかったのでございます。もちろん、その男どもをわたくしは知りません。見たことがありません。だから顔がない、そうも思えるのではございます。しかし、……。そうですか、お気づきですか?ご聡明なあなたさまは、すべてお見通しでございますか。”申し訳ありません!申し訳ありません!!”わたしは、犬畜生にも劣る人間でございます。“殺してください、わたしをこの場で殺してください。この大罪人の、人非人を!”そうなんでございます、男どもは、...愛の横顔~地獄変~(十七)銀蝿などと!
「おお、来たきた。俺の、観音さまだ。富士商会の姫であり、そして俺の守護霊さまだ。さあさあ、ここに来い」と、ベッドの端をポンポンと叩く。強い西日の光をさえぎろうと、看護婦がカーテンの前に立った。「おいおい、そのままにしてくれ。小夜子の顔がはっきり見えるだから」と、怒気のふくんだ声が飛んだ。そこに、医師と婦長が入ってきた。「なんだなんだ、今日は。小夜子とふたりだけの時間は作ってくれないのか。先生、婦長までもか。そんなにおれは悪いのか?まるで臨終の儀式みたいじゃないか」おどけた口調で言う武蔵だったが、「なんてことを!先生、ちがうわよね」と、涙声で小夜子が問いただした。己の死期がちかいことは、武蔵は知っている。しかしそのことは小夜子には言わないでくれと、何度も武蔵が口にしている。気持ちの変化でも起きたのかといぶか...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十八)