いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
仲居たちの間では評判が悪く、三水閣の女将もまた苦々しく思っている。しかしこの旅館の主には、金を稼ぐ雌鶏が大事だ。傍若無人に振る舞う光子に対し、大物然とした度量の大きさを示したがる客が少なからずいた。地位の高い層が多く、そんな中で一人、光子の振る舞いに興味を覚えた人物がいた。風変わりな女たちを指名してくる、ある大物政治家だった。三十路を過ぎた里江が、仲居頭として腕を振るっていられるのも、このKという政治家に可愛がられたからだった。「フェミニストとして世に知られた、えら~い政治家さんなんですよ」と、里江に教えられた。「女性を大事にしない国家は、必ず衰退していく」。「考えてもみなさい。世の男どもにはすべからく、おっ母さんがいる」。「みな、おっ母さんのお腹を痛めてこの世に出てきたんだ」。「十月十日という長い月日で育んで...水たまりの中の青空(光子の言い分:四)
ポエム・ポエム・ポエム =番外編= ~佳き女よ~ (よきひとよ)
佳き女よ雨の降る日に花を愛でる女よ佳き女よ雪の積る日に花を労わる女よ佳き女よ恋獄の炎に焼かれる吾を抱かん佳き女よその赤き唇もて吾を誘わん佳き女よその乳房もて吾を惑わさん佳き女よかぐわしき香にて吾を狂わさん佳き女よいつの日も吾と共に戯れん佳き女よ命果つるまで吾と共に歩まん佳き女よいつまでも吾を愛でん(背景と解説)この作品、セクハラ、になるでしょうか。女性蔑視、と感じられるでしょうか。基本的に、女性崇拝者だと自認するわたしなんですが。以前に所属していた同人会において、発表した作品のすべて(といっても良いと思いますが)で、その女性蔑視的傾向を感じると講評されました。どの部分ですか?と反論しても良かったのですが、やめました。おそらくは不毛の議論に入ってしまう気がしましたもので。感性というものは個人個人で違うものであり、...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~佳き女よ~(よきひとよ)
ではそこでのわたくし、「人のこころを失ってしまったわたくしでございます。まさに、武蔵さまが仰った地獄を見ました」と申し上げた、わたくしのことでございます。好いた殿方に裏切られた、それだけでも女にとっては十分に地獄ではございます。ですが、まだ入り口に立っただけのことでございました。先ほど申し上げましたが、料理旅館という体をとってはおりますが、その実態は売春宿に他なりません。まあ、高級という冠がつくやもしれませんが。さかのぼりますれば、江戸の世において旅籠には飯盛り女という者がおりましたこと、殆どの方はお聞き及びと存じます。その通りでございます。ただ、一応、仲居の方にも選択権があるとか。どうしても気に入らぬ客ならば断っても良いとのこと。但しその場合には、そのお客さまの一晩のお遊び代を負担せねばならぬ決まりだそうで。...水たまりの中の青空(光子の言い分:三)
それでは三郎さんとの逃避行生活をお話しいたしましょうか。汽車内でのことは、ほとんどが眠りについておりましたのでさほどに申し上げることはございません。ああそうでございますね、三郎さんがどこの駅でしたでしょうか、お弁当を買い求めてくださいました。冷めた幕の内弁当でございますが、旅館での賄いのようにはいきませんですが、結構美味しく食べられましたわ。色々と面白いお話を交えながらの食事でございまして、久しぶりに心の底から楽しめたお食事でございました。その後眠くなったと、わたくしの膝を枕にしようと奮闘される三郎さんでしたが、汽車の席は座るものでございます。諦められました。ですが、清二の折とは違い、わたくしの気持ちの中には甘えさせてあげたいとという思いが溢れておりました。汽車の中でのこと、他にでございますか。取り立ててござい...水たまりの中の青空(光子の言い分:二)
あらあら、まあ。ずいぶんな言われようですこと。でもまあ、それは、女の勲章とでも思うことにいたしましょうか。けれども昔々の大昔ですのに、そんなにお気になりますの?ならば、わたくしのことですから、わたくし自身がおしゃべりしてもよろしいでしょうに。確かに、わたくしという、光子という女を創り上げてくださいましたお方のことばでしたら、確かなことで間違いはないと思います。でもでも、やはり殿方でいらっしゃいますから、女の細かなこと――こころのひだといったものはお分かりにならないでしょうから。「嘘は吐かないように」ですか?それはもちろんですわ。「自分をかばうな」ですか?そんなにお疑いなら、もしも嘘を言ったり自分に都合の良いことだけしか言わなかった折には、その旨仰ってくださいましな。それでは、わたくしからお話を。大阪と言いまして...水たまりの中の青空(光子の言い分:一)
すこし時期が戻るのですが。11月のいつだったですかね?ちょっと覚えていませんが。以前にお話ししたと思うのですが、騒音問題のことです。何年前に発生しましたかね、3.4年かな?もっとになるかな。いやあ、非道かったですねえ、ほんとに。10m、いやもうちょっと離れているかな。こちら側まで聞こえるほどの音だったらしいです。「らしいです」というのは、わたしの留守時のことなんで。「あれじゃあ、驚くは」と、聞かされました。いつもは夜間なのですが、ある日、昼日中にあったらしいんです。とにかくですね、なんどか警察を呼びましてね、わたしも立ち会うのですが、相手がドアを開けない限り警察官といえども、勝手に踏み込むわけにはいかないみたいで。それにしても、もうちょっと大きくドアを叩かないと、相手には聞こえない筈なんですがね。まあ夜間だとい...よもやま話に、花!(自慢話は……)
わーい、自由だーい!どんなもんだい!たっぷりと、時間があるぞお!どんなもんだい!お金だって、ほらっ、この通り!夏休み中、しっかりと、バイトしたもんね!だれかあ、アソボウよお!東京に、行った新幹線で、行った修学旅行以来だだーれも、知らないだーれも、話しかけないだーれも、見向きもしない足が、すくんじゃった体が、金縛り状態だ頭が、ビビッてた檻の中から、周りを見回してた田舎もんが!そんな声が聞こえてきた誰も口を開いていない、声で聞いたんじゃないよーだ。お前だって、あんただって、田舎もんだったろうがあ!って、言い返してやった。けど、なーんもない。つまんねえの!(背景と解説)「つまんねえの!」このひと言に尽きます。そうそう、気がつかれましたか?句点(。)のない箇所があるでしょ?あれ、忘れたんじゃないですよ。読点(、)だけ打...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~なんで???~
その日の昼過ぎ、あの三郎が顔を腫れ上がらせて、明水館に転がり込んできた。背広の袖口が破れ、ズボンには泥がこびりついている。泥の乾き具合から見て、まだすこしの時間しか経っていないことが分かる。騒然とした中、光子の指示の元に昨夜三郎が泊まった部屋に運び込まれた。すぐに医者を、と光子の指示かあるものと思っていたが、聞こえたのは驚くものだった。場に居合わせた二人の仲居に対して「他には漏らさぬように」と、厳命してきたのだ。「お客さまのたっての希望です」ということばも付け加えられた。一時間ほど後に、上気した表情の光子が番頭に対して「近江さまをお医者さまに診てもらうことになりましたから」と言い残して、三郎と共に出かけていった。「行ってらっしゃいませ」と声をかけつつも、何かしら違和感のようなものを感じた。旅館に転がり込んできた...水たまりの中の青空(光子の駆け落ち:三)
日一日と、光子への周りの視線が変わってきた。子を失った母親という憐憫の視線が次第に、子を産まぬ女という蔑視さえ感じるようになった。そもそもが清子を産んだ後に、二子、三子を産もうとする気配のないことに疑念が持たれていた。そして清子の死という事態を迎えて、導火線に火が付いた。光子の年齢からしてためらう必要など何もないはずなのだから、もうそろそろおめでたの話が出ても……と、口の端にのりはじめた。折に触れてかばってくれた珠恵からも、言葉には出さないが「もうそろそろ」という声が聞こえてくる気がしている光子だった。合原家という家系を考えたとき、光子は言わずもがなで清二もまた妾の息子ということで他所者として扱われている。二人の間にまた娘が産まれたとして、女将を継ぐだろう事は想像に難くない。しかしそれが果たしてその娘に良いこと...水たまりの中の青空(光子の駆け落ち:二)
清子の死から一年ほどが経ち、明水館を覆っていたどんよりとした黒雲が取れかかった頃、関西から客が来た。ビジネス関係の客は来ても、観光で訪れる人はいない。宿帳に、京都市近江三郎と書かれた折には、皆が皆、おや?と思った。案内をする仲居には、ビジネス目的とも思えず無論観光目的とも思えない。不思議な感覚に囚われながら部屋に案内した。「素泊まりで結構ですから。部屋も庭に面しているとか海の眺望が良いとか、そんな贅沢は言いません」。安い部屋で良いからと力説したが、ならば明水館ではなくもっと格下の旅館でいいのではないか、そんなことも仲居たちの間で交わされることばだった。挨拶に来た光子に対し「あなたが若女将ですか。お噂は伺っております。申し遅れました。ぼくは芦田権左衛門の親戚筋の者です。母方の繋がりなので、おじさん、いえ大おじの権...水たまりの中の青空(光子の駆け落ち:一)
[水たまりの中の青空]が第2部に入るということで、すこし冷却期間を持とうかなと考えました。旅館の女将である光子に関して、わたし自身が惚れ込んでしまったわけです。これは思いもかけぬ事でした。小夜子という女性に惚れ込んでいながら、他の女性に心が動かされるとは、実生活の自分を見てしまったようで釈然としません。本編の中で、「人のこころを失ってしまったわたくしでございます。まさに、武蔵さまが仰った地獄を見ました」なんて言うものですから、一体全体どんな地獄を見たというのか、と気になり始めました。原案的なものをと思っていましたので、本音を言えば、2回程度長くても3回ぐらいのものにするつもりでした。先ずは、従業員やら同業の他旅館関係者に、思いっきり光子の悪口を言わせる。その上で、「それの何が悪いの!」とばかりに、光子の言い分を...よもやま話に、花!(よもやよもやの、長編に?)
光子が若女将修行に打ち込めば打ち込むほどに、従業員たちの反発はひどくなった。明水館の仲居ともなると、一応は名の通った商家の娘やら出自のはっきりとした娘たちが多く、世間的にも庶民という立場ながらも格の高さを誇っていた。それがどこの馬の骨とも分からぬどこぞの村からやってきた小娘に、どう紛れ込んだのかと訝る仲居たちを尻目に、あれよあれよと若女将の地位にまで上り詰めたのだ。突然に現れた跡取り息子の嫁という立場ではあるものの、清二が惚れ込んだ娘だとされているけれども「案外のところ、光子がたぶらかしたんじゃないの」という陰口が囁かれているのだ。ここぞとばかりに反発がひどくなった。そんな中、ただひとり光子をかばう者がいた。「大女将、どうされたんですか。若女将を追い出す良い機会ですよ。なんでしたらわたしが音頭を取って、仲居たち...水たまりの中の青空(周囲の目:三)
とうとう来てくれなかった……しょんぼり帰るぼくにいたずら?…神様の……セント=バレンタイン=デー零時を過ぎて帰ると、ドアの前にリボン付のプレゼント二人して食べるつもりだったのだろうかチョコと、フライドチキンふたつ置手紙のないプレゼント“Buwa-kuA!”もうひとりのoreが言う。約束、してたわけじゃないもんナ。oreの勝手な思い込み。oreの超能力の、効果なし!フォースが不足してんのかな?今度逢ったら、ツン!って、してやろう。今度逢ったら、ソッコー、キスしてやろう。今度逢ったら、セカチュー、してやろう。今度逢ったら……今度逢ったら…………(背景と解説)いやあ、女々しさ満載ですわ。弱さを前面に出してますなあ。「今度逢ったら、」って、何回繰り返しても繰り返したりない。ねえ、逢えなかったんですよ、というより約束がな...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~なんで??~
無事出産を終えて明水館に戻ったとき、大女将の珠恵を始め、番頭に板長そして仲居頭の豊子たちの出迎えを受けた。然も、玄関口でだ。初めてのことだった、これほどの人に笑顔で出迎えられるのは。思わず後ずさりをした。娘だけを取り上げられて、光子はそのまま叩き出されるのではないか、そんな思いにとらえられていた。「お帰りなさい、若女将!」。「お帰り。さあさあ早く入りなさい、奥の部屋で休むと良いわ」。珠恵の優しい言葉は心底のもので、温かい慈愛が感じられるものだった。そしてそのことばで、やっと光子はこの合原家の一員となったことを実感した。それは突然のことだった。珠恵がお使いから帰ったところを見た清子が「おばあちゃま、おかえりなさい!」と、通りの向かい側に飛び出した。急ブレーキ音とともに、ドン!という音が響いた。珠恵がオート三輪の接...水たまりの中の青空(周囲の目:二)
「光子さん、あなた、何様のつもり?若女将と周りから言われて、いい気になってませんか!いいこと、若女将というのは、雑用係みたいなものですよ。仲居たちの手が足りないところを補っても、頼まれてからでは遅いんです。気配りが足りませんよ、あなたは。豊子に聞きましたよ、『そんなことをするために、若女将になったんじゃありません』って、ご不浄の掃除を嫌ったんですって?」。「ご不浄の掃除はね、最も大切な仕事の一つです。ここで気分良く滞在して頂けるかどうか、それが決まると言っても過言ではありませんからね」と、きつい言葉で詰られた。「女将さん、違います。後でやりますって言ったんです。清二さんがお腹が痛いと言いますので、お薬が切れていましたし、ちよっと買い物に行くつもりで、、、」「口答えはやめて!清二に聞いたら、それほどでもなかったと...水たまりの中の青空(周囲の目:一)
令和2年12月31日。予定では、豊川稲荷の参詣をして、伊良湖あたりのホテルに一泊する予定でした。翌日の元旦には、[日出の石門・岸の石門]あたりで、初日の出を観ることを考えていたんですがえ。新型コロナウィルス騒ぎで、令和2年の旅行から中止の連発です。令和2年3月京都御所ツアー(高御座及び御帳台の見学)の中止は、ほんと痛かったですわ。もうこれで、永遠に、テレビ等ではなく実際に観覧できるチャンスはなくなったと思いますよ。残念、残念、無念なり!!!です。2014年12月29日、山陰:出雲大社参詣からスタートした、年末年始の長期間旅行も、2019年~2020年にかけての、京阪神:四国旅行で終えてしまった。そして令和3年(2021年)元旦、巣ごもり正月スタートです。全国各地、もちろん岐阜においても猛威を振るっている[COV...よもやま話に、花!お正月のこと
十年近く経ったたとき、何の前触れもなく栄三が倒れた。脳卒中だった。すぐに往診で医師が駆けつけたけれども、自宅での治療は無理だと病院に搬送された。「暫く前に頭が痛いと仰ってました」。「めまいがすると言われていました」。「手足がしびれると聞きました」。一つ一つの症状が軽くすぐに収まってしまったが為に、珠恵に伝えられることはなかった。「若女将の教育がお忙しそうでしたので」と、異口同音に皆が言った。「それに旦那さんは冗談がお好きで、いっつもわたしたちを笑わせてくださいましたので……」と、消え入るような声もあった。そのことが同業者の間に知られると、長年の不平不満がついに爆発したのだと周囲からは受け止められた。「そうね、わたしのせいですね。わたしが夫をないがしろろにしてきたせいですね」。憔悴しきった顔でこぼす姿は、大女将の...水たまりの中の青空(大女将の引退:一)
ちょっとよそ見をしていたら、みんな離れていった……みんなちがう道を、歩いていっちゃった……たくさんの、想い出がのこった。だけどそれを、消し去ろうとするboku。ほゝをつたう、水滴……涙じゃないモン!ぬぐっても、拭っても、つたう水……ひとりぼっちの部屋で灯りを消して……今日だけは今夜だけは許してください涙が止まりません。拭っても拭っても溢れ出てきます。勘弁してくださいもう許してください。今夜は明るい月です。でも歪んで見えます、雨降りのように。かべぎわに腰をおろして、膝を抱えてみます。少しずつですが、冷えた体が温まります。ついでに、心も温まってくるようです。でもやっぱり、bokuのとなりにいて欲しいんです。(背景と解説)この作品は、離婚時に創ったものです。よくよく考えたら、若い頃ーそう!十代にしっかりと味わったはず...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~なんで?~
光子にとって、寝耳に水のことだった。事前に告げられたことではなかった。えっ?という表情――口をぽかんと開けて、目を大きく見開き――で、思わず珠恵を見た。(そんな!清二なんかと夫婦だなんて、絶対にいやだ。こんな男、こんな卑劣な男となんて、絶対にいや)。しかし、若女将にするという珠恵の言葉が、グルグルと光子の仲で渦巻いている。夢にも思わなかった「若女将」という言葉が、こんなにも魅力的なものだとは、今の今まで思いもしなかった。と同時に、大きな不安が襲ってきた。(こんな自分で務まるのか)。しかしそんな思いはすぐに消えた。(そんなことじゃない。誰が付いてくるの?)。(みんなに馬鹿にされている今の自分に、一体誰が……)。(女将さんの後ろ盾があるわ)。(表面だってはそうでしょうけど、裏に回れば馬鹿にするに決まってる)。(あた...水たまりの中の青空(名水館の女将、珠恵)
次第に光子のお腹が目立ち始め、仲居の仕事をさせるわけには行かなくなった。常連客から「おめでたなの?いいわねえ」と祝福の言葉がかけられるようになった。中には「少し早いけど、お祝いの品代わりに」と、多額の心付けを手渡す者が出てきた。少額ならば「ありがとうございます」と受け取れるのだが、封筒に入った、然もその膨らみ方は尋常ではない。「とんでもございません」と辞退をすると、光子にではなく女将の珠恵に渡すようになった。そして「旦那さんって、どんな人なの?」という言葉かけがあり、珠恵も答えに窮してしまう。「次回おいでになった折にでも」とごまかしてはみるものの、そろそろ決断の時が来たと考える珠恵だった。実のところ、心は決まっていた。ただどのようにそれを告げれば良いのか、いやそうではなく、誰に告げれば良いのかで迷いがあった。当...水たまりの中の青空(若女将誕生!)
栄三から珠恵に告げられたことばは、清二の純な想いなどまるで図られてれない、光子に対する温情のかけらもない冷酷なものだった。「光子の色仕掛けに清二がはまってしまった」。名水館の跡取り息子である清二に取り入ろうとした光子の策略だ、と告げたのだ。そんな娘ではない、と珠恵には思えた。しかし断じる栄三に対して反論して良いものかと考えてしまう。仮にも夫なのだ、栄三は。そして、清二は行く行くは跡取り息子となる。単なる一従業員のことを慮る必要はなかろう、そうも考える珠恵だった。しかし何かが引っかかる。このまま捨て去るには惜しい娘だ、そんな思いが消えない。いっそ堕ろさせようか、そしてなかったことにしてしまおうか……。逡巡する珠恵に対して、栄三がとんでもない提案をした。「どうだろう、清二の嫁として光子を迎えられないだろうか」。栄三...水たまりの中の青空(冷たい視線)
年に一度の、従業員に対する評価を行う日が来た。昨年までは珠恵と番頭、そして板長という三人だったが、番頭からの強い進言もあり、今年から栄三の席が用意された。「先代女将には口を出させるなと言われていますしねえ」と迷う珠恵に対して板長の進言が加わり、ならばと認めた。栄三にしてみれば(今さらですか)という思いを抱えつつも、仲居たちの愚痴話を聞かせて欲しいという珠恵のことばに、それならばと同席をした。あくまで参考意見として聞くのですからと念を押されてのことではあったが、いざその場になると栄三の熱弁は止まらなかった。仲居たちの不満を珠恵に告げ、板長には清二の処遇について頼み込み、果ては番頭に対してまで己の裁量権を少しは認めてくれと談判した。口出しせぬ事を条件としたはずなのに、あまりのことに「この場から離れて」と、珠恵が一喝...水たまりの中の青空(清二の告白)
久方ぶりに、四方山話でもしましょうか。読み方は、ご存じでしょうけれども「よもやま」ですよね。使い方としては、「よもやま話に花が咲く」と言った風に、いろんな話をしたときなどに使われています。でもね、ちょっとここで考えてみたいことがあるんですよ。当て字でも何でなく、四方山なんですが、四方の山って、山の話が語源なんでしょうか。気になって辞書を引いてみました。そうしたら、「四方八方」が「よもやも」と読まれていたことから、少しなまって「よもやま」になったと……。まあねえ、確かに、山の話ではないので、四方八方での噂話が集まってきた人たちによって広まり……、というところでしょうか。もっと詳しい、もしくは正確な事柄をご存じの方がおられたら、教えて頂けませんかねえ。専門知識に乏しいわたしです、分からないことはすぐにインターネット...ひさびさの、四方山話でもひとつ。(売り込み?)
京都で修行をしていたという清二の触れ込みが、実は真っ赤な嘘だったことが明らかになったのは、当人が厨房に立ったときだった。「何ができる?」と板長に問われた折に、キョトンとした表情を見せた。問われるままに話し始めたことは、そのまま大女将の知ることとなった。「想像はしていました。料亭の名前を聞いても、はぐらかされましたからねえ」。「仕込みますか」という板長に対し「その必要はありません。厨房については、すべてあなたにお任せしていますから」と、傲然と言い放った。(かわいそうなものだ、あの子も)。しかしだからといって、今さら板前修業をさせるわけにはいかない。何の基礎もない人間に忙しい時間をつぶしてまでは無理だ。必然、板長の時間を割かねばならないのだ。(嘘を吐いた親が悪い。まあ、女将の代替わりを待つしかないだろう)。父親であ...水たまりの中の青空(清二という男)
「ブログリーダー」を活用して、敏ちゃんさんをフォローしませんか?
いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
彼は、心のなかを見せない。たにんの侵入を極端にきらう。それゆえか、彼の部屋をおとずれる者はいない。そのくせ彼自身は、ひとの部屋にズカズカと入ってくる。仲間と友人。彼は、区切りをつけている。それが何故なのか?いままで考えもしなかった。が、学友との口論から、それを考えるに至った。町工場での俺は、労働の代価を受け取る。しかし夜学での俺は、支払う側のわけだ。とうぜん、時間の自由があってしかるべきだ。労働中の俺に、自由のないことは理解できる。しかし何故に、授業の選択が許されない?規則だからと、諦めにも似た気持ちになっている。入学時の誓約書は、強制であり交渉事ではなかった。町工場への就職時には、形だけであっても交渉があった。奇天烈~蒼い殺意~人間性(一)
それが9時近くになって、やっと帰ってきた。その時間が麗子には長く感じられ、不安だけが募った。裏通りにあるアパートである。人通りはまるでない。街頭にしても、アパートの階段に設置してある電灯だけだ。しかもまだ修理されていない。あとは、50mほど先にある。しかも、何時になるのかわからない。麗子の心は、恐怖感におそわれていた。いつなんどき暴漢が現れるかもしれない。そのときには誰かの部屋をノックすればいい。いやこのアパートの住人すらあぶない。〝どんな人が住んでいるのか、まるで分からないんだ。素性はもちろん、男か女かもわからない。というより、こんな場所だ。おとこだろうけどね〟男にきいた話だ。といって帰る気にもなれず、途方に暮れていた。そんなときの、男の帰宅だった。ムラムラと、怒りの気持ちと嫉妬心が渦巻いた。で、悪態を...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十四)それが9時近くになって、
話をもどします。まいどまいど、横道にそれてすみません。校舎のうら手に車をまわしたところで、思わず「ああ!」と叫んでしまいました。見覚えのある大木と、その横に土俵が見えました。あれえ……。でも土俵はあっちではなく、こっちの角のはずじゃ……。すみません。あっちやらこっちやらでは、どこなのかわかりませんよね。東西南北の観念がないので。(ナビで調べれば一発でしたね)。車の進行方向の向こうがあっちで、敷地にそって曲がってそしてまたまがってすぐの角で、停車した場所がこっちなんです。土俵のうえに屋根があるんですが、大木の枝がおおいかぶさっています。台風の進路によっては、屋根をおしつぶしませんかねえ。すこし心配です。たしか、相撲が体育の授業にはいっていると聞いた気がします。やせぎすだったわたしは、それがいやでいやでしてね...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十五)話を戻します。
「山本さん、5番におはいんなさい」当初は聞きまちがいかと思ったが、なんど思い返しても、「おはいんなさい」だった。わたしの前に数人が呼ばれていたが、たしかに「おはいんなさい」だった。なんとも、暖かさを感じさせる呼びかけで、嬉しさを感じたわたしだった。名医だ、瞬間的にそう思った。「良い先生ですよ」が頭で反すうされた。こころがある、なぜか直感的に思った。ドアを開けると背筋がピンと伸びた老医師が、にこやかに迎えてくれた。「はいはい、山本さん。きょうは気分が良さそうだね。うん、良かったよかった。さあさあ、お座んなさい」またしても、「り」ではなく「ん」だった。なんとも、人なつっこい話し方だ。やはりベテラン医師はちがう。なんというか、お医者さま、という雰囲気がある。患者に人気があるのもムリはないと感じた。「ほうほう。山...ドール [お取り扱い注意!](十六)山本さん、5番におはいんなさい
しかしふと不安になった。武蔵のいないいま、だれが「奥さま」と呼んでくれるだろう。「ミタライさん」と呼ばれるのだろうか。御手洗家の主はあるけれども、武蔵はいないけれども、それでもやはり「奥さん」と呼ばれたい。御手洗家の主は、やっぱり武蔵であってほしいと願う小夜子だった。「パッ、パッ、パアー!」。けたたましいクラクションが鳴った。「バカヤロー!」。だれ?だれへの叫び声なの?大勢が立ち止まっている交差点。なのに小夜子は足を止めなかった。赤になっていることに気づかなかった。「ごめんなさい」と、頭をさげる小夜子に「気をつけろ、この有閑マダムが!」と、捨てゼリフをのこして、商用車が行く。やめて、そのことばは。小夜子のもっとも忌み嫌う、有閑マダム。新しい女の対極ともいえる、蔑称ととらえている小夜子。夫の地位そして財力に...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十三)
異端の天才ベートーベン「運命」その烈しさに魂が揺さぶられるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。キモはですねえ、……ないです。強いて言えば、「畏怖」でしょうか。そうだ。初めて聞き入ったクラシックでしたよ。ジャジャジャーン!ジャジャジャーン!jajajajajaja,jajaja~n!CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(ベートーベン)
シゲ子は、その日のうちに長男に問いただした。シゲ子のたしなめるような物言いに萎縮してしまった長男は、口をつぐんでしまった。幼いときから、人に甘えるということのできない長男で、とくに祖母であるシゲ子にたいしては身構えてしまう。シゲ子の長男にたいするぎこちなさが、そうさせてしまっていた。シゲ子のしつような追求にたえきれず「ごめんなさい」と、あやまる長男だった。孝道が「目くじらを立てるほどのことでもないだろうに」と、長男をかばうと「いいんです、食べたことは。でもね、翌日にでも『ありがとう、美味しかった』と、ひと言ぐらいあっても。ほんとに、卑しい子だよ」と、長男を叱りつけてしまった。美味しいサツマイモをほのかに食べさせてやれなかったということ、すこしだけでも残していれば…という、たしょうの罪悪感にもにた感情にとら...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(十)
彼の頭のなかでは、数多の声がとびかっている。ひとつひとつの言葉は、断定的でしかも独善である。無道徳とはいったい何か?社会いっぱんの道徳は、常識なのか?幾多の矛盾を擁する道徳でもか?住みなれた町の地図は必要か?コンパスまでもか?俺は無道徳か?道徳はどうとく、常識はじょうしき?俺は反道徳だ!では、ニュー道徳を創るべきか?では、それに従えるか?違うぞ!単にスネているだけだ!ニュー道徳は、偽善の産物だ!ホワイトカラー族の目的は?教師とは、如何なる人種か?教える義務と、従わせる権利。学ぶ権利と、従う義務。そして反発する権利。殺す自由、生きる権利。人間を殺すことは罪であり、「家畜類の屠殺は許される」という現実。and,その是非は論外、という現実。食べる自由と権利。断食もまた然り。自然界の法則とは?地球の歴史、人間のれ...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(五)
「そう、あのむすめね…。あの娘のこと、好きなのね」と、小声で呟いた。いつもの男なら、そのまま聞きながしてしまう。しかし、今夜の男はちがった。このまま無言をとおせば、気性の激しい麗子のことだ。どんなしっぺ返しをくらうやもしれない。それこそ私立探偵をつかってでも、ミドリの特定をしてしまうかもしれない。そして……。考えるだけでもおそろしい。気色ばんで男は言った。「な、なにを言いだ出すんだ。あの人とは何でもない。友人の妹だ。3人での食事の約束だったんだ。友人の都合が悪くなってのことだ。だからふたりだけの食事になっただけだ」「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」服を着おわった麗子は、いつもの麗子に戻っていた。「時間が早かったからだ。ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。だ...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十三)そう、あのむすめね…。
そうでした、学校です。当然ながら、まるで違います。当時は木造でしたが、いまはコンクリートの校舎です。正門まえに立ちますが、まるで思い出せません。車をうごかして、裏手にまわることにしました。運動場なんですが、意外にちいさいです。もっと広く大きかった記憶なんですが。敷地に沿ってまがると、せまい道路です。大型の車がきたらすれ違えないかもしれません。学校のフェンスをこするか、相手の車が畑に落ちてしまうか、どちらかでしょうね。いっそのこと一方通行にしてしまえばいいのに、なんて勝手なことを考えてしまいました。そういえば、こんなことがありました。いくつだったか、五十過ぎたころだったと記憶しています。両側が畑のせまい道で、ここではすれ違うことはできません。半分以上を過ぎたところで、中型の車がはいってきました。当然ながらわ...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十四)そうでした、学校です。
待合の席にすわろうとしたわたしに、通りがかった看護婦が声をかけてきた。この間の入院時に世話をしてくれた看護婦だった。じつに気立ての良い娘で、いつも明るく笑う娘だった。退院するときに「ありがとうね」と声をかけたかったのだが、シフトで会えずだった。「山本さん、ラッキーでしたね」「なんで?」。笑みを返しながら、尋ねてみた。「良い先生ですよ、岩井先生って。いつもは予約だけの先生なんですよ。ね、島田さん」「きょうはね、畑中先生が休みなものだから、急きょピンチヒッターでお願いしたの」「山本さん、ついてるわ」。うんうんと頷きながら、ひとり納得して去って行った。良い先生かどうかは、診察を受けてからだと、あまり期待もせずにいた。しかしこの医師に会ったことで、わたしの人生が一変したと言っても過言ではなかった。ほどなく看護婦に...ドール [お取り扱い注意!](十五)待合の席にすわろうとしたわたしに
感傷的になるかと思っていた小夜子だったが、意外にもサバサバとした気持ちになった。空はあいにくの曇り空なのに、ウキウキとした気分でビルを出た。全員がお見送りをしたいと申し出たが、五平と竹田のふたりが通りで見送った。最敬礼をするふたりに「やめてよ、そんな大げさなことを」と言いつつも、感慨ぶかいものがあった。はじめて会社におとずれたとき、水たまりがあるからと、武蔵にお姫さま抱っこで車からおろされた。大きな歓声と冷やかしの声、また近隣ビルの窓から、なにごとかと覗かれたこともなつかしい。なにからなにまで、なつかしい想い出だ。帰りの車をことわり、ひとり日本橋界隈をねりあるくことにした。そういえば通りをあるいた記憶がない。いつも契約ハイヤーで会社前まで乗りつけた。竹田の送迎もあったわね、と思いだす。〝大層なご身分だった...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十二)
茶目っ気モーツァルト「25番ト短調」そのミステリアスな曲調にこころがうち震えるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(モーツァルト)
翌日のこと。「きのうのお芋さんは美味しかったろう。ばあちゃんもね、おじいさんとおいしく食べたんだよ」ほのかかキョトンとした顔つきで、「きのうはよらずにかえったよ」と、こたえた。誰かが食べたはずなのだ。「ツグオちゃんだったかね」首をふりながら、つづけてこたえた。「にあんちゃんは、ほのかといっしょだったよ」思いもよらぬ返事がかえってきた。「それじゃだれだったんだろうね。ツグオでもないんだね。近所のだれかかしらね」そうことばにしつつも、だれもいない家にはいりこんで、ましてやなにかを食べていくなどありえない。“まさかナガオが…。いやいや、あの子は寄りはしない”と、否定してしまった。「あんちゃんだよ、きっと。夕食、めずらしくすこししか食べなかったから。それに、もしにあんちゃんだったら、きっとぜんぶ食べてたよ。にあん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(九)
実はこの1週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論のためだった。さっこん耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ青い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるでない我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつける―なすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、じつの所あまり分かっていないのに。『70年安保』の後遺症といっては失礼か。「アンポ、ハンタイ!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。彼はいま窓際でひざを抱いている。そしてときにそのひざに接吻をしたりして、体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。ときおり、バサバサの髪をかき上げては、...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(四)
「舟のない港」というタイトルが気に入って書きはじめた作品です。気乗りのしないままにストーリーを重ねて、次第しだいに二人のヒロインたちの心情にとらわれだしました。なかなか女性心理がわからず、キーボードをたたいてはDeleteを押して、またたたいて、また消しての連続です。時間の移動がはげしいためご迷惑をおかけしていますが、一気読みをご希望の方には、4月の初めには[やせっぽちの愛]にてupする予定です。よろしければ、どうぞ。------------麗子が起きるころには、母親はすでに台所にいる。父親もまた、食卓に着いていた。気むずかしい顔つきで、新聞を読みふけっている父親だった。一日のはじまりに家族そろって食卓を囲む。なによりも大切にしている父親だった。夜の食事は父親の仕事しだいではそろうことが難しい。休日にして...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十二)麗子が起きるころには、
吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、福岡県柳川市の昭代第一小学校へ向かいました。小学なん年生だったか、低学年には違いありませんが新入生ではなかったはずです。幼稚園児だった頃に伊万里市をはなれて、それからどこに移り住んだか。柳川市?いや待て、もう1ヶ所、どこかの……そうだ!大分県の佐伯市に入ったような……。そこで幼稚園に入る予定だったのが、いまでいう引きこもりになったのか、通ったという記憶がありませんね。それじゃ、佐伯市の小学校に入学した?うーん……。新入学したのはどこの小学校だったのか、まるで記憶がない……。昭代第一小学校まえでお店――駄菓子屋さんだと思っていたら、じっさいは酒屋さんでした。店の横にビールびんやら酒びんが山積みされていました。失礼ながら、小学校の真ん前なんですが。でも、すこしばかりの文具もありま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十三)吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、
“やれやれ今はやりの自己責任ですか。大丈夫、先生を訴えたりしませんよ”「はい、これで良いですか?」「ほんとにね、生命に危険があるんですよ。考え直しませんか?山本さん」「先生の言うことを聞いた方が良いですよ」なおもしつこく入院を迫ってくる。わたしのことを考えてくれているとは分かるが、イライラしてきた。「今夜ひと晩だけで良いんです。経過をね、観察したいんです」真剣な目で、せまってくる。「お気持ちだけいただいておきます。ほんとにね、もうずいぶんと楽になりましたから」意地の突っぱり合いの様相をていしてきた。しかし意地っ張りということに関しては、わたしの方にいち日の長がある。医師に書面をわたして、看護婦に会釈をして、意気軒昂にベッドをはなれた。あの老婆、わたしと目があったとたんに目をそらしてきた。聞いてはならぬこと...ドール [お取り扱い注意!](十四)やれやれ今はやりの自己責任ですか。
自宅でのこと、その毎日がなくなるのかと思うと、ここで感傷的になった。平日の朝9時、閑静な住宅街にある自宅を出る。日々の暮らしは、もうはじまっている。学童たちのげんきな声は、もう聞こえない。おはようございますと声をかけあう人々にあふれ、「あら、ごめんなさい」と、声をかけあいながら、ほこりっぽい道路に水をまいている。「小夜子おくさま、おはようございます。これからご出勤ですか?」ななめ向かいの佐藤家のよめである道子が声をかけてくる。「おはようございます」と返事をし、かるく会釈する。するととなりの家からあわてて、大西家の姑であるサトが出てくる。「もうこんな時間ですか、行ってらっしゃいませ」わざわざ外に出てこなくとも、と小夜子は思うのだが、女性たちは必ず声をかける。小夜子にあいさつをするが、じつは小夜子ではない。御...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十一)
その日の昼すぎ、あの三郎が顔を腫れ上がらせて、明水館に転がり込んできた。背広の袖口が破れ、ズボンには泥がこびりついている。泥の乾き具合から見て、まだすこしの時間しか経っていないことが分かる。騒然とした中、光子の指示の元に昨夜三郎が泊まった部屋に運び込まれた。すぐに医者を、と光子の指示かあるものと思っていたが、聞こえたのは驚くものだった。場に居合わせた二人の仲居に対して「他には漏らさぬように」と、厳命してきたのだ。「お客さまのたっての希望です」ということばも付け加えられた。一時間ほど後に、上気した表情の光子が番頭に対して「近江さまをお医者さまに診てもらうことになりましたから」と言い残して、三郎と共に出かけていった。「行ってらっしゃいませ」と声をかけつつも、何かしら違和感のようなものを感じた。旅館に転がり込ん...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十五)(光子の駆け落ち:三)
その女子は真面目派より一学年下だったが、幸か不幸かふたりと同じバレーボール部だ。ゆえに、放課後にふたりに帯同すれば、ひんぱんに会える。行動派が部活動に熱心なこともあり、ヒネクレ派も必然とがんばっている。そんなふたりを待つという口実のもとに居残りをきめこんでいた。三年ほど前の夏季大会ののちに、理由は分からないが部員ゼロとなってしまった。そして今年までの三年間、廃部となっていた。そんな男子バレーボール部を、行動派が復活させたのだ。気乗りのしないヒネクレ派をムリヤり入部させ、ほかに数人の幽霊部員を仕立て上げた。大会ごとに集合して、試合前のわずかな時間だけ練習をする。そして作戦も何もなく、むろんコーチもいない。どころか、役割すらあいまいだ。皆がみなアタッカーであり、やむなくレシーバーやらセッターにもなる。正直、勝...原木【Takeitfast!】(九)初恋
とうとう、結婚式の前夜がやって参りました。式の日が近づくにつれ平静さをとりもどしつつあったわたくしは、暖かく送りだしてやろうという気持ちになっていました。が、いざ前夜になりますと、どうしてもフッ切れないのでございます。いっそのこと、あの合宿時のいまわしい事件を相手につげて、破談にもちこもうかとも考えはじめました。いえ、考えるだけでなく、受話器を手に持ちもしました。ハハハ、勇気がございません。娘の悲しむ顔が浮かんで、どうにもなりません。そのまま、受話器を下ろしてしまいました。妻は、ひとりで張り切っております。ひとりっ子の娘でございます。最初でさいごのことでございます。一世一代の晴れ舞台にと、いそがしく動きまわっております。わたくしはといえば、何をするでもなく、ただただ家の中をグルグルと歩きまわっては、妻にた...愛の横顔~地獄変~(二十一)式前夜:前
「けどもこんどは、本場で聞こうな。アメリカに行って、アナスターシアだったか?お墓参りをすませてから、ラスベガスに寄ろう。な、なあ。それで機嫌を直してくれよ」涙があふれ出した。揺り起こそうかとも思った小夜子だったが、いまはこのまま夢のなかの小夜子でいいかと思いなおした。「小夜子。俺ほど小夜子を知っているものはいないぞ。頭の髪の毛一本から足のつま先でも、俺は小夜子を当てられる。はらわたの一つひとつまで知っている。肺も心臓も、胃袋だって知っている。きれいだぞ、とっても」ふーっと大きく息を吐いて、カッと目を見開いた。起きたのかと思いきや、またすぐに目を閉じてしまった。「おおおお、ステーキを食べたな?いま胃をとおって、腸にはいった。栄養素に分化されて、肝臓やら腎臓にとどけられるんだ。そしてそのカスが便となって外に出...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十二)
時の流れは今川となりました銀の皿は流れるのですその上に空を乗せたままその夜空は消えましたその朝には太陽が消えました(背景と解説)女友だちとの間が冷え切っていたという時期ではないのです。二股交際という言葉がありますが、わたしの場合は殆ど重なりません。不思議なのですが、ある女性との付き合いが疎遠になると、新たな出会いがあるのです。浮気ぐせ、とも違います。そりゃ、血気盛んな青年時代ですから、色んな女性に目が動くことはあったと思います。でも、この年になって色々思い直して-己を見つめ直してみると、一番の原因は、自分に自信が持てなかったのだと思います。短期間ならば薄っぺらい自分を隠せますからね。当時の連絡手段と言えば、固定電話か手紙ぐらいのものでした。手紙は、正直言ってお手のものでしたから。話を戻します。この詩は、自...ポエム焦燥編(朝、太陽が消えた)
時計の針は、二時半をさしている。貴子の希望で、南麓の岩戸公園口におりることになった。こちらの道は彼にもはじめてだった。こちら側の眼下にはビル群はすくなく、二階建ての個人宅がおおく見うけられた。国道ぞいに車のディーラーやら銀行、そして飲食店がチラホラとあるだけだった。すこし行くと、小ぢんまりとした台地があった。貴子の提案で、時間も早いし腹ごなしもかねて散歩でもということになった。彼に異はなく、真理子もまたすぐに賛成した。外にでた貴子が大きく深呼吸すると、真理子もならんで、大きく空気を吸いこんだ。とその時、強い風がふき、ふたりの体が大きく揺らいだ。とっさに真理子の背を抱くようにし、片方の手で貴子の腕をしっかりとつかんだ。悲鳴にもちかい声を出した真理子だったが、強風に驚いた声だったのか、彼の対応におどろいての声...青春群像ごめんね……えそらごと(三十)
訝しげに見る目を気にしつつ、付け足した。「目が、痛いんだ!」言葉が空を横切った途端、“嘘だ!”と、心が叫んでいた。そう、心が叫ぶまでもなく脳は刺激され、サングラスのない世界の恐ろしさが瞼の裏に醸し出された。そこによぎる全てが眩しいものだった。“信じられないんです”ある時、目に見えぬ何ものかに向かってそう叫んだ時、また心は叫んでいた。“嘘だ!”決して言葉のせいではなく、といって“信じなさい、信じることが唯一の道です”という言葉をはねつけたせいでもない。[ブルーの住人]第七章:もう一つの「じゃあず」(二)
日一日と、光子への周りの視線が変わってきた。子をうしなった母親という憐憫の視線がしだいに、子を産まぬ女という蔑視さえ感じるようになった。そもそもが清子を産んだあとに、二子、三子を産もうとする気配のないことに疑念が持たれていた。そして清子の死という事態をむかえて、導火線に火がついた。光子の年齢からしてためらう必要などなにもないはずなのだから、もうそろそろおめでたの話が出ても……と、口の端にのりはじめた。折に触れてかばってくれた珠恵からも、ことばには出さないが「もうそろそろ」という声が聞こえてくる気がしている光子だった。合原家という家系を考えたとき、光子は言わずもがなで、清二もまた妾の息子ということで他所者として扱われている。ふたりの間にまた娘が産まれたとして、女将を継ぐだろう事は想像にかたくない。しかしそれ...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十四)(光子の駆け落ち:二)
行動派にもヒネクレ派にも、ガールフレンドがいる。しかし、真面目派にはいない。ふたりに比べると、ハンサムである。成績にしても、当然ながらトップグループにいる。しかし、女子からも敬遠されている。モテていいはずなのだが、作者だけの思いこみだろうか?もっとも、その原因は性格にあるのだろう。なにせ、内向的だし、おとなしい。そんな真面目派のきょうのの発言は、わたしもまた驚かされた。はじめてのことだ。もっとも、当の本人がいちばんん驚いていはいるが。そんな真面目派が、最近だれかに恋をしたらしい。いや、いままでも“いいなあ”とも思える女子生徒がいるにはいた。ただ憧れに近い気分を抱いていることが多かったし、それよりなにより、彼氏がいた。が、今回は違うようだ。“恋している”という、実感があるらしい。夜、ひとりになると、その女子...原木【Takeitfast!】(八)“キュン!”
その翌日、もちろん娘をまともに見られるわけがありません。その翌日も、そしてまたその次の日も……、わたくしは娘を避けました。しかし、そんなわたくしの気持ちも知らず、娘はなにくれと世話をやいてくれます。そしてそうこうしている内に、結納もすみ、式のひどりも一ヶ月後と近づきました。娘としては、嫁ぐまえのさいごの親孝行のつもりの、世話やきなのでございましょう。私の布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。なにも知らぬ妻も、哀れではあります。しかしわたくしにとっては、感謝のこころどころか苦痛なのでございます。耐えられない事でございました。いちじは、本気になって自殺も考えました。が、娘の「お父さん、長生きしてね!」のことばに、鈍っ...愛の横顔~地獄変~(二十)陵辱
「小夜子。おまえは、ヴァイオリンだ」突然に己のことをふられて、なんと答えれば良いのか窮してしまった。しかし武蔵はお構いなしにことばをつづけた。「おまえは、ビッグバンドの、いやオーケストラのといっても良い、ヴァイオリンなんだよ。そこにいるだけで、あるだけで、光を放っている。華やかな、存在だ。誰もがひれ伏す存在だ。いや、ヴァイオリンがなければ成り立たない」あまりの褒めことばは、小夜子には面はゆい。「やめてよ、もう。どうしたの、今日の武蔵は。熱でもあるんじゃない?」といって、熱に浮かされている節もない。心底からのことばに聞こえる。目を見ればわかる。しっかりとした瞳がそこにあり、そしてしっかりと小夜子を見ている。まるですぐにも居なくなってしまう小夜子を見忘れないようにと、しっかりとめにやきつけようとしているかのご...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十一)
ある冬の街角で……、そう、少し雪の散らつく寒い夜のこと。ダウンジャケットのポケットに迄、冷たさが忍び込んできた。路面がうっすらと雪の化粧をし、街灯の灯りで眩しい。ひっそりとして、明かりの消えたビルの前を、ポケットの中の小銭をちゃらつかせながら歩いていた。とその時、後ろから恐ろしく気味の悪いーかすれた、腹からしぼり出すような声がする。”だめだ!左はだめだ。右に、行くんだ!”どぎまぎしながらも後ろを振り向いた。全身が血だらけで、片腕のちぎれかけた男が、呼び止める。生々しいタイヤの跡が、顔面に刻み込まれている。その男、確かにどこかで見たような気がする。が、あまりの形相に思わず目をそむけた。そのまま逃げ出し、左へ折れた。そう。男の言う、行ってはならない左へ行った。と、ふと思い出す。血だらけの男の居た場所は、雪が白...ポエム~焦燥編~(右に、行け!)
五月日ざしは肌に悪いからという貴子のことばで、山肌の木陰で食事をとることになった。「三角おにぎりのつもりなんですけど……」と、真理子がはじめて握ったというおにぎりが出された。「形が悪くてごめんなさい」というそれは、すこしいびつな丸っこい形をしていた。「お味はどう?」と問いかけられ、「うまい!」となんども叫ぶように言いながらぱくついた。満足げに頷く彼にうながされて、ふたりも頬ばった。とたん「塩辛い!」と、目を白黒させながら声をそろえて言った。「ちょうど良いって」という彼の必死のことばに、真理子の警戒心がとれてきた。会社ではぶっきらぼうな態度をとる彼だが、それが照れ隠しによるものなのだと知り、そんな彼に親近感を覚えた。(やっぱり、九州男児なのよね)再確認する真理子だった。そして彼を、故郷にいる兄にダブらせた。...青春群像ごめんね……えそらごと(二十九)
部屋の照明は落としたまま、ベッドぎわの灯りだけを点けた。上向きの灯りは、うす暗くはあったが落ち着いた雰囲気で、気持ちも和やかになってくる。ふとんの中に入れと、小夜子を迎え入れた。しわになりにくい素地の服だということで、小夜子も久しぶりに武蔵に触れられるとウキウキしてくる。しかし武蔵の体を感じたとたん、あまりの痩身ぶりに驚かされた。たしかに腕にしろ足にしろ、細くなっていることは見ていた。が、直接に小夜子の体全体で感じる物とは異質のものだった。“こんなに痩せ細ってるの?ううん、だいじょうぶ。退院したらしっかりと栄養を摂らせるから”小夜子のそんな思いを推し量ってか、「小夜子。病院食ってのは、精進料理そのものだな。まるで脂っ気がないぞ。ああ、中華そば食いたい、ステーキもがっつりといきたいぞ」と、両手を合わせてお願...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十九)
海はいつか日暮れてぼくの胸に恋の剣を刺したままその波間に消えた追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ恋はいつか消えてぼくの胸に涙の粒を残したままその波間に消えていった追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ昨日も今日もそして明日も夏の渚に立ってきみを探してもあの日のきみはいないあの日のきみはもういない遥かな海………どこまでもどこまでも果てしなく……が、その海もまた…………限りない空……どこまでもどこまでも広がり続く……が、その空もまた…………水平線では、空と海が一つになるなのに………きみとぼくは追いかけても追いかけても水平線はどこまでも果てしなく広がり続ける……わからないわからない追いかけるほどわからない……(背景と解説)彼女が逃げていくわけではないのです。自分の想いと彼女の思惑がずれている...ポエム~焦燥編~(太陽の詩(うた))
(不良だって、俺が?)しかしつらつらと考えてみるに、そう思われるのが当たり前のような気がしてきた。ポマードをしっかり使って、エルビス・プレスリーばりのリーゼントスタイルに髪を整えている。普段は不良っぽさを意識した言葉遣いで話しているし、口ずさむ歌と言えばロックンロール系が多かった。「日ごろの行いって大事なんだよね」そうつぶやく岩田の顔が突如浮かんだ。「年寄りみたいなこと言うなよ」と反論したものの、確かに損をしていると感じる彼だった。同じようなミスをしても、岩田なら仕方ないさとかばわれ、彼のミスには「集中心が足りない」と、小言になる。(不良だと思っているんだ、やっぱり。仕方ないか。不良まがいの日ごろの態度では)と、じくじたる思いが湧いてきた。写真で見た断崖絶壁の縁に立たされたような思いに囚われている彼に、貴...青春群像ごめんね……えそらごと(二十七)
(五)視線その他には、ぐるりと見回しても、とりたてて言うほどのものはない。強いて言うなら、紺いろにいろどられた扉があることか。小さなのぞき窓があり、ときおり神のような冷たい視線がそこから投げつけられる。しかしそれが、どうだと言うのか。冷たい視線など、どれ程のものと言うのか。忘れたころに訪れる、女よ。いくらでも泣くが良い。たとえそれで体中がびしょ濡れになってとしても、それがなんだと言うのだ。ただ無視すれば良いだけのこと。そんなことに気を取られるほどに、暇人ではない。このこころは、深遠な世界にあるのだ。知りたければ、……。はいってくるが良い。そっと足音を忍ばせて、のぞき込めば良い。ごっちんこをすればいい、ドアはいつも開けてあるのだから。窓の外にはポプラがそびえ立ち、その葉をすける太陽の光、そして遙かかなたにか...[ブルーの住人]第六章:蒼い部屋~じゃあーず~
(十一)(周囲の目:二)無事出産を終えて明水館に戻ったとき、大女将の珠恵を始め、番頭に板長そして仲居頭の豊子たちの出迎えを受けた。然も、玄関口でだ。初めてのことだった、これほどの人に笑顔で出迎えられるのは。思わず後ずさりをした。娘だけを取り上げられて、光子はそのまま叩き出されるのではないか、そんな思いにとらえられていた。「お帰りなさい、若女将!」。「お帰り。さあさあ早く入りなさい、奥の部屋で休むと良いわ」。珠恵の優しい言葉は心底のもので、温かい慈愛が感じられるものだった。そしてそのことばで、やっと光子はこの合原家の一員となったことを実感した。それは突然のことだった。珠恵がお使いから帰ったところを見た清子が「おばあちゃま、おかえりなさい!」と、通りの向かい側に飛び出した。急ブレーキ音とともに、ドン!という音...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~
行動派が言う。「誰も反対しないようだ。委員長、やってくれ。時間が勿体ない」眼鏡をかけたやせっぽちの男が、渋々と立つ。と、あろうことか「待ってください。みんながそれでいいと言うのなら僕もそうしますが、僕としては、自習とした方がいいと思います。第一、先生も居ないことだし。それに、あと二十分足らずの時間です。討論の時間には少ないと思います。風紀については、重要なことですから、誰かが調査して、その結果を元に討論してはどうでしょうか」と、小声ながらも、はっきりと胸を張って、真面目派が言った。クラス内に、割れんばかりの拍手が起こった。真面目派は、“ドクン・ドクン”という心臓音を耳にしながら、真っ赤になっていた。さすがの行動派も、いつも連れ立っている仲間の一人に反対されては、反論のしようがなかった。「それでは、俺とあと...原木【Takeitfast!】(五)意外なこと
断じて許すことはできません。八つ裂きにしても足りない男どもでございます。しかしもうわたしには気力がございません。お話しする気力が、ございません。もう、このまま死にたい思いでございます。まさしく地獄でございます。……地獄?そう、地獄はこれからでございました。じつは不思議なことに、男どもには顔がなかったのでございます。もちろん、その男どもをわたくしは知りません。見たことがありません。だから顔がない、そうも思えるのではございます。しかし、……。そうですか、お気づきですか?ご聡明なあなたさまは、すべてお見通しでございますか。”申し訳ありません!申し訳ありません!!”わたしは、犬畜生にも劣る人間でございます。“殺してください、わたしをこの場で殺してください。この大罪人の、人非人を!”そうなんでございます、男どもは、...愛の横顔~地獄変~(十七)銀蝿などと!