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敏洋 ’s 昭和の恋物語り https://blog.goo.ne.jp/toppy_0024

[水たまりの中の青空]小夜子という女性の一代記です。戦後の荒廃からのし上がった御手洗武蔵と結ばれて…

敏ちゃん
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岐阜市
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伊万里市
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2014/10/10

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  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百十五)

    結局小夜子は、武蔵の元に身を寄せることにした。悩みに悩んだ小夜子だったが、加藤家での居ずらさは増すばかりだった。あの夜以来、奥方の咳払いが毎夜のように聞こえた。小夜子の空耳かも知れないのだが、どんなに足音を忍ばせても聞こえてしまう。そして咳払いの後には必ずと言っていいほどに、嘆息混じりの小声が聞こえてくる。はっきりとは聞き取れないものの、小夜子への当てつけことばに決まっていると感じられるのだ。英会話の授業に支障を来し始めたことも、小夜子の心を決めさせる一因になった。教室内での会話全てが英語となり、時として疎外感に苛まれてしまう。簡単な挨拶程度は理解できるのだが、日常の事柄を語り合う学友の輪に入れなくなることが多くなってきた。「いかがわしい場所で働いているんですって」。「女給でしょ、いやあねえ」。「お酒の匂いをプ...水たまりの中の青空~第二部~(百十五)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百十四)

    小夜子が立ち去ると同時に、梅子が武蔵の傍に陣取った。そして珠子に対し、「珠子!新しいボトルを持ってといで」と命じた。「ボーイさーん!」。手を上げてボーイを呼ぶ珠子に対し、あんたが行くんだよ、男衆を呼ぶんじゃない!」と、珠子を立ち去らせた。「社長!少し甘すぎるんじゃないかい?あれじゃ、世の中をなめきってしまう。贅沢に慣れきった女の末路は、そりゃあ悲惨だよ」梅子が真顔で、武蔵を嗜めた。「いいんだよ、あれで。小夜子には、贅沢な女になってほしいのさ。田舎じゃ貧乏神に付きまとわれた生活だったんだ。ときどき卑屈な目を見せるんだよ。着飾った女がいると、腰が据わらんと言うか……。だから贅沢な女が憧れの的になってるんだよ。あれじゃいかん。贅沢をするって事がどんなものなのか、分からせてやりたいんだよ」「あんたって、人は。本気なんだ...水たまりの中の青空~第二部~(百十四)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百十三)

    あの夜以来、何かとプレゼントを持ってくるようになり、以前にも増して軽口を叩くようになった。小夜子もまた、武蔵に対する警戒心が取れた。何より、正三という婚約者の存在を認めてくれている。“あたしさえしっかりしてれば、大丈夫!”。そんな思いが、小夜子の中にはある。そして久しく味わえずにいた女王然とした態度を喜ぶ、武蔵がいた。“少しサービスしてあげると、感激するのよね”。少しずつ女給たちに感化され始めたことに、まるで気付かぬ小夜子だ。「小夜子、今夜はバッグを見つけてきたぞ。どうだ、最高級のわに皮製だ。小夜子には少し早いかもしれんが、掘り出し物があったんでな。で、どうだ?決心は、付いたか?愛人になってくれたら、もっと凄いプレゼントをしてやるがなあ」女給たちの羨望の眼差しを受けながら、小夜子は嬉々としてそれを受け取った。「...水たまりの中の青空~第二部~(百十三)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百十二)

    夜の仕事は、思った以上に負担になっていた。どうしても、帰り着く時間が午前一時を回ってしまう。家人の眠りを妨げないようにと、息を殺して歩くのだが、時として起こしてしまう。奥方の咳払いに、肩を窄めることもしばしばだった。「今帰ったのかね。ちょっと話があるから、書斎に来なさい」。思いもかけぬ、加藤の声だった。躊躇しつつも、断るわけにはいかない。“明日の朝では、だめでしょうか?”。喉まで出かかった言葉を、小夜子は飲み込んだ。「遅くなりまして……失礼します」。そっとドアを開けて、小夜子は深々とお辞儀をした。加藤だけだと思っていた小夜子だったが、痛いほどの奥方の視線を感じた。蔑みの色が、その目に宿っていた。「いつまでも夜の仕事を続けるのは、どうだろうねえ。聞くところによると、学校では居眠りが多いと言うじゃないか。そもそも、...水たまりの中の青空~第二部~(百十二)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百十一 )

    正三からの恋文を読み終えた小夜子は、思わず小躍りした。すぐにも逢いたいと言う気持ちを抑えることが出来なかった。早速にも返書をしたためようと思ったのだが、封書にも便箋にも住所の記載がなかった。逓信省宛に、とも考えてはみたが、所属部署が分からぬ郵便物では正三に届くかどうか怪しく思えた。“書き忘れかしら……それとも、意図してのことなの?”。小夜子は、恨めしくその便箋を見つめた。“どうして、逢いに来てくれないの。妻として迎えてくださる気持ちがお有りになるのなら、万難を排してでも……。あの方なら、きっと、来て下さるでしょうに”。突然に、小夜子の脳裏に武蔵が浮かび上がった。あの夜以来、三日と空けずに通ってくる武蔵だった。女給たちが多数押し掛けても、小夜子だけとの会話を楽しんでいく。そして三度に一度は、小夜子を連れ出した。昨...水たまりの中の青空~第二部~(百十一)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百十)

    待ちに待った正三からの手紙が、小夜子に届いた。まさしく、情熱が迸る恋文だった。正三の小夜子に対する思いが、切々と込められていた。小夜子さん、お元気ですか。小生、やっと小夜子さんの元に辿り着けました。なんと長い、無味乾燥な日々を送ったことでしょう。僅か三月足らずと、言うこと勿れ。小生にとっては、当に地獄の日々でありました。貴女の如き魅力的な女性を、都会の野獣共が見逃すわけなく。いえいえ、ご聡明なる貴女のこと、見事に難を逃れる術をお持ちとは信じておりました。なれども、小生の思いは千々に乱れました。貴女よりの便りすべてが、親の元に留め置かれておりました。いかにも、口惜しく思えます。その便りが小生の手元に届いておりますれば、之ほどの思いはありますまいに。小生の思いの丈を届ける術もなく、日々落胆でした。小夜子さん、与謝野...水たまりの中の青空~第二部~(百十)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百九)

    そのままキャバレーに戻った武蔵は、訝しがる五平や梅子に、「なんだ、なんだ、その目は。あんな小娘をどうかするとでも、思っていたのか。今夜の相手は、珠子に決まってるだろうが!」と、珠子を呼び寄せた。他のボックスに居た珠子だったが、すぐに武蔵の元にやってきた。「おお、珠子!淋しかったぞ!」と、大げさに声を上げて珠子に抱きついた。「うれしいぃ!」と、珠子もまた武蔵の背に手を回した。珠子の豊満な胸が武蔵の欲情に火を点け、「店が終わったら、付き合うんだぞ。今夜は、寝かさないからな」と、耳元で囁いた。「それじゃ、あとでね」と言い残し、待ちぼうけ顔をしている客の元へと戻っていった。珠子が離れた後に武蔵が、梅子に対して「おい、梅子。あいつのどこが、未通女娘だと言うんだ。思いっきり、淫乱の気があるじゃないか」と、軽く睨みつけた。空...水たまりの中の青空~第二部~(百九)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百八)

    小夜子の不安は、杞憂に終わった。乗り込んだハイヤーは、縦横に等間隔に整備された銀座の街並みに沿って走った。礼儀正しい運転手で、田舎娘に過ぎない小夜子にさえ、丁寧な言葉遣いと仕種で以て接した。小夜子の知る東京人は、何かと言えば「田舎娘が」「小娘の分際で」等々、ぞんざいな口のききようで小馬鹿にした言葉を投げつけてくる。当初こそ言い返すこともあった小夜子だが、なんの後ろ盾もない状態では己の分を思い知らされるだけだった。あれ以来アナスターシアからの連絡はなく、いや連絡の術を互いに知らないのだと知るに至っては、あの夜のことは夢だったのではなかったのかと思えてしまう。確かにホテルに宿泊したという事実だけが、かろうじて小夜子に現実感を与えた。築地場外市場近くにある鮨店の暖簾をくぐると、奥からダミ声が聞こえてきた。「なんでい、...水たまりの中の青空~第二部~(百八)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百七)

    “仕事?そう言えば、何をしたいんだろう?アーシアと一緒に世界を旅するつもりなの、あたしは?だけどそれじゃあたしって、犬のイワンの代わりじゃない!そんなの、だめよ”“そうよ。あたしは、アーシアの妹になるの。だから、あんな田舎に居ちゃだめなの。アーシアの妹にふさわしい、新しい女性にならなくちゃ”英会話の勉強ということが、単なるの口実のように思えてきた。田舎から抜け出すための口実のように、思えてきた。そしてついには恐ろしい思い-疑念が浮かんできた。“アーシアの妹?本気でアーシアはわたしのことを?”。“遠い異国におけるお遊びだったとしたら……”。“そんなことない!あのときのアーシアは本気だったわ”。強い気持ちを持つのよと言い聞かせてはみるものの、いまの己を考えると情けなさが全身を駆け巡ってしまう。「悪かった、悪かった。...水たまりの中の青空~第二部~(百七)

  • 水たまりの中の青空 ~第一部~ (百六)

    小夜子の武蔵に対する第一印象は最悪だった。値踏みをするように小夜子を見つめる武蔵の目に、何か卑野なものを感じた。細面で端正な顔付きをしているが、人を小馬鹿にするような目つきが嫌悪感を抱かせた。「小夜子ちゃん、かあ。歳は、幾つかな?英会話の勉強をしてるんだって?どう、少しは話せるようになったの?」矢継ぎ早の質問に対し、小夜子は愛想笑いをかかすことなく答えた。以前の小夜子には考えられないことだが、茂作からの仕送りなど考えられぬ現状では、とにかく生活費と英会話学校の学費を己の力で稼がねばならない。突っ慳貪な態度を取っていては、チップはおろか、即解雇になりかねない。東京に行きさえすればなんとかなるわと軽く考えていた己が、いまは恥じられてならない。「年齢は、十八です。会話が通じるかどうかは、アメリカ人との会話がないので、...水たまりの中の青空~第一部~(百六)

  • 水たまりの中の青空 ~第一部~ (百五)

    「ああ、いいとも。但し、不足分は梅子の奢りにしてくれよ」。武蔵は無造作に懐から札入れを取り出すと、そのまま梅子に渡した。分厚い札入れを手にした梅子は、「ああ、いいともさ。月末にでも、集金に行くから。で、幾ら用意してきた?」と、中を確認した。「ほお、社長!豪気だねえ、こりゃ。たっぷり入ってるじゃないか。みんな、今夜は騒げるよ!」武蔵と梅子の掛け合い漫才をニヤつきながら見ていた五平に、「やっぱり社長だよ。しみったれ五平とはまるで違うよ」と、梅子が五平をつつく。「いいんだよ、五平はそれで。しみったれだから、俺が目立つんだよ。だからモテる男になれるんだよ」。武蔵の豪放な笑い声に呼応するように、あっという間に十数人の女給たちが集まった。店内を見渡してみると、確かにまばらな客だった。中央のホールでは、数人がダンスをしている...水たまりの中の青空~第一部~(百五)

  • 水たまりの中の青空 ~第一部~ (百四)

    なぜ愛人で留まらせているのか、武蔵にも腑に落ちない。仕事は他の誰よりもできる。無茶な要求をしても、手早く処理ができる。裏切るのではといった思いは一切感じない。信頼もしている、しかし信用ができなかった。仕事を辞めさせて家庭に入らせても良かったのだ。家事一般についても、満足とまではいかなくても――いや、苦手なことならばお手伝いを雇えばいいのだ。世間一般でも、お手伝いのいる世帯は多い。職業として認知されているし、花嫁修業の一貫として考える娘たちも多かった。聡子の容姿については申し分ない。外で連れ立って歩いていると、すれ違う者たちの殆どが振り向いていく。色気があり過ぎるとしても、他の男に気を許す女ではないし、そうさせない自信が武蔵にはある。ではなぜ?それを考えることのなかった武蔵だった。口述筆記をさせていた文書を途中で...水たまりの中の青空~第一部~(百四)

  • よもやま話に、花! (令和3年の元旦話)

    先ずは、前年の大晦日の話からしましょうか。昼過ぎからチラホラとやってきた雪でしたが、PM1:30頃か、スーパー銭湯からの帰りでも、まだチラホラと。「根性なしめが!」と呟きつつ、車を走らせました。スタッドレスタイヤをはいていますので、余裕の運転です。夕方4時にアパートの窓から覗いてみると、本降りになっていました。やっと本気になったようです。目の前の公園がうっすらと雪景色模様へ。夕方6時前、その公園は一帯すべてが真っ白に。明日には久しぶりの積雪となりますかどうですか。それにしても何年ぶりですかね、年末年始をアパートで迎えるのは。平成30(2018)年、フェリー乗船によって九州へ。平成31(2019)年、正月5日には陸路岐阜市へ。令和2(2020)年、四国に渡り、初日の出を鑑賞です。その後ですよね、日本でのCOVID...よもやま話に、花!(令和3年の元旦話)

  • 水たまりの中の青空 ~第二部~ (百三)

    「社長。どうです?今晩あたりに。あちこち出張が多くて、銀座もごぶさたじゃないですか。うるさいんですよ、女給たちが。会社にまで電話が入る始末でして、あたしも閉口してるんです。よその店にくら替えしたのか!って、つめ寄られて。それにね、以前お話した娘にも会っていただきたいんで」五平の執拗な誘いに、あまり気乗りのしない武蔵だったが「まっ、五平の顔を立てるとするか。梅子にも暫く会っていないしな」と、腰を上げた。どうにも熱海の光子を知ってからというもの、武蔵の心持ちに大きな変化が現れてきていた。所帯ということばが武蔵の脳裏にこびりついて離れない。別段、光子と所帯を、ということを考えているわけではない。持ち込まれる見合い話が多くなってきたことも一因ではある。「社長の好みに合いますって、絶対です。保証しますよ」自信ありげに五平...水たまりの中の青空~第二部~(百三)

  • 水たまりの中の青空 (そして、今……)

    差しつ差されつ飲む、このひと時は、互いにとって至福の時間だった。時折、襖の外から「女将さん、申し訳ありません」と遠慮がちに声がかかる。しかし少しの時間を離れるだけで、すぐにまた戻ってくる。武蔵はその間、所在なく庭先に目をやっている。本館の池泉回遊式庭園戸は異なり、熱海地区では珍しい枯山水の庭園様式をとっている。大女将の決断で造り上げたということで、その真意については光子も知らないという。ただ、石や砂などを用いて水の流れを表現するのは「あたくしの人生そのものなのです」と、珍しく酔った折に繰り言が飛び出したという。「無味乾燥だったということじゃないのよ」。「光子さん、あなたなら分かってくれるわね」。正直のところは、大女将の真意は分からないという。ただ推測するに、己を偽り続けたその悔悟の念ではないのか、しかしまた十分...水たまりの中の青空(そして、今……)

  • 水たまりの中の青空 (明水館女将! 光子:二)

    「ご挨拶なさい、佳枝さん。孫娘なのですよ、光子さん」。わたくしに対する声かけです。でも気のせいでしょうか、大女将に挑まれるような視線を送られました。ご自慢の若女将候補なのでございましょうか。慈愛を感じられる穏やかな光をその目に湛えられて、挨拶される佳枝さんの所作を見つめておられます。後ろに隠れるようにお座りだった娘さんから「お初にお目にかかります、佳枝と申します。お見知りおきください」と、鈴のような声でご挨拶をいただきました。お話によりますと、女将さんの娘さんは佳枝さんを出産されてからの肥立ちが悪く、わずかひと月後にお亡くなりになったそうでございます。以後は女将さんが引き取られて、と言いますのも……。いえ、これ以上はわたくしの口からはちょっと。(若女将としてはそれを語ることは出来ないようです。まあ、客商売の基本...水たまりの中の青空(明水館女将!光子:二)

  • 水たまりの中の青空 (明水館女将! 光子:一)

    明水館の門が見えてまいりました。門と言いましても、門柱2本に切妻の屋根をかけた簡便なものでございます。こんなことを申しますと、お造りになった先々代に叱られそうでございますが。でもまあ、やはり良いものでございますね、門がありますのは。なにかこう、格式めいたものを感じずにはいられません。お客さまの中には「俗世から至極の地に入るといった観になるよ」と、仰っる方もございました。わたくしなども、お遣いから帰りました折にこの門をくぐり抜けました折りには、ぐっと身の引き締まる思いが致すものでございます。重くなった足を引きずるようにしているわたくしに、突然「若女将、お帰りなさい!」と歓声が聞こえました。頭を上げて見ますと、仲居たちが勢揃いして、わたくしを待っていてくれたのでございます。驚くどころの騒ぎではございません。到着の時...水たまりの中の青空(明水館女将!光子:一)

  • よもやま話に、花! (三代目、ローンレンジャー号のこと)

    大変なことになりました。三代目ローンレンジャー号に嫌われてしまいました。それは、5月下旬に入ったばかりの雨の日のことです。会社帰りにスーパーに立ち寄ったときのことです。買い物を済ませて駐車場に向かいました。雨の中でわたしを待っていてくれる、うすむらさき色のなんと艶っぽいことか。そしてなんと上品なことか。思わず頬ずりしたくなるような風情ですよ。「待たせたね、それじゃ行こうか」。いつものようにドアに手をかけた途端、「ピーピーピーピー」と連続して鳴り始めました。いいんです、2回ならば。それが「待ってたわ」という彼女の甘える声ですから。ですが、いつまでも「ピーピーピーピーピー」と鳴り止まぬのは、一体どうしたことでしょうか。たしかに、以前にもありました。あのときは、仕事帰りの夕方でした。そういえば小雨が降っていたような気...よもやま話に、花!(三代目、ローンレンジャー号のこと)

  • 水たまりの中の青空 (去れば、去るとき、:四)

    そして大女将との約束の一年が近づいて参りました。瑞祥苑からお暇を頂くために、どう切り出して良いものやらと考えあぐねていた時でございます。「光子さん、ちょっといらっしゃい」と、女将から呼ばれました。お客さまをお迎えする前の時間帯でございます。仲居一同、忙しく準備をしております。そんな時の声かけに、なにか粗相をしたのかと気になりました。普段の穏やかな表情ではなく、口をへの字に結ばれて口角も下がり気味の不機嫌さの漂うお顔も気になるところです。女将の部屋に入るなり、「申し訳ございません。なにか粗相をしておりましたらお詫び致します」と、畳に頭をこすりつけました。ところが、急に女将が笑い出されまして。初めてのことでございます。女将の笑い声など、ついぞ聞いたことがありません。「頭をお上げなさい。そうじゃないの」。いつもの穏や...水たまりの中の青空(去れば、去るとき、:四)

  • 水たまりの中の青空 (去れば、去るとき、:三)

    そういえば、わたくしの先々に女将がおられたように思います。たとえばわたくしがお客さまのお迎えをする時に限りまして、女将が傍に立たれたような気がします。門を入られたお客さまが飛び石伝いに玄関へとおいでになりますが、その際に何枚目の飛び石付近でお待ちすれば良いのか。晴れた日ですとその石にわたくしの影がかかってはいけませんし、雨の日ならば雨水の流れがありますし。わたくしが美しく気品ある姿になる立ち位置はどこなのか。飛び石の縁を踏んではならぬということは分かっておりますが、果たして何寸ほど離れた位置なのか、気になりだしますとどうにも。教えを乞うても、おそらくは答えてはいただけませんでしょう。「どこでもよろしいですよ、あなたの好きなところでお迎えなさい。心です、お迎えの心が大事なのですから」。そう、女将の目が答えているよ...水たまりの中の青空(去れば、去るとき、:三)

  • 水たまりの中の青空 (去れば、去るとき、:二)

    大女将からのご返事のこと、お伝えしていませんでしたね。ありがたいお言葉をいただきました。「あなたの性根が気に入っての若女将なの。決して清二の子どもを身籠もってしまったから、ということではありません。もしそうならば清二の嫁として、清二と共にたたき出しています。しっかりと修行をしてきなさい」。「明水館を出たのは、若女将修行の一環だと、皆には話してありますからね」。「本音を言うと、早く帰ってきて欲しいの。あたくしも寄る年波には勝てません。でもあなたの気が済まぬと言うのなら、1年の修行を終えて帰ったということにしましょう。いですか!戻るからには、立派な、若女将ではなく女将として戻ってらっしゃい」。更には、今お世話になっております瑞祥苑の女将さん宛にも、「うちの大事な若女将でございます。しっかりと躾をお願いいたします」と...水たまりの中の青空(去れば、去るとき、:二)

  • 水たまりの中の青空 (去れば、去るとき、:一)

    うまくまとめていただけて、ありがとう存じます。ただ一点、わたくしに付け加えさせていただき存じます。他でもございません、里江さんのことでございます。あの方にだけは、わたくしが明水館の若女将であることをお話ししました。いえいえ、三水閣でではございません。如何に無鉄砲なわたくしでも、あのようなところでは詳しい素性は明かしませんです。里江さんとの秘密の連絡手段を整えた後に、わたくし逃げ出しました。といいますのも、その後のことを知りたかったのでございます。あくまでも追いかけてくるのか、それとも諦めてくれるのか、それによりまして対策といいますか対抗手段をも考えねばなりませんので。ええええ、もう戦闘態勢に入っております。例のK大先生のご紹介を受けました。さすがに垢を落としてからでなければ、明水館に戻ることは出来ません。無論、...水たまりの中の青空(去れば、去るとき、:一)

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