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2014/10/09

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  • 「ああ初勝利」

    我が家にも、待ちに待った花が見事に花を咲かせた。背丈は低いし花自体も小さめで、道行く人が振り返る、ほどのことはない。それでも純粋に輝くような黄色はこれに勝るものはない。地面近くに集団で咲くことで存在価値を誇示している。咲かせようと精いっぱい応援する者にとっては、やはり可愛い大切な花「イトスイセン」である。そんな気持ちに似たような出来事が、マツダスタジアムで開幕を迎えたカープさんの、二連敗を受けた三戦目で見せてもらった気がした。道行く人が振り返るほどのことでもないが、ようやく一勝を飾った。ガチの先発3本柱ではなく、開幕一軍を奮起と努力で勝ち取った、若手の森翔平君の素晴らしいピッチングで一生をもぎ取った。乗っている阪神打線を完璧なまでに抑え込み、兎に角、今シーズンの初勝利を熱狂的ファンに、そして新井監督にプレ...「ああ初勝利」

  • 「プロ野球開幕」

    昨夜の拙ブログは、兎に角熱く戦う男の集団を夢見ての応援投稿であった。これは飽くまでもカープファンの心情を少しだけ代弁する、いうなれば神頼みにも似た祈りなのである。神に祈れば、仏にすがれば、ファンの夢が叶うほど勝負の世界は甘くない、ということ。ま、開幕最初の1試合、143分の1よ、という考えもある。が、練習試合であるオープン戦の戦いぶりや、今宵の開幕戦の戦いぶりから察するに、あまり大きな期待はしないほうが無難かな。などと早くも予防線を張りたくなる貧打とチャンスつぶす症候群は健在である。それでも心のうちは昨日のブログに何ら変わりはない。この矛盾、どう説明するか。説明のしようがない、予測がつかないのが勝負の世界。10月までの半年間の勝負は今始まったばかり。あまり考えずに早く寝るのが得策である。「プロ野球開幕」

  • 「開幕前夜!」

    中国新聞特集「遮二無二突き進め!新井カープ」応募エッセイ『カープのセ・リーグ初優勝は、球団創設から26年目の1975年10月15日で、全国のカープファンが盛り上がった。その記念すべき日の数日前に、私たち夫婦は長男を授かった。当時、出産の不安や産みの苦しみを訴える妻の言葉に、もっと耳を傾けるべきだった。それなのに、私は優勝へ突き進むカープの熱い戦いに連日没頭していた。妻からは「夫失格」の烙印を押されかけた。しかし、長男は無事に生まれ、その後、悲願の初優勝をカープが達成した喜びで、全てを帳消しにしてもらった。その長男もこの秋、満50歳になる。あの年のように全選手一丸となって気持ちを新たに、最後の最後まで優勝を目指して突き進んでもらいたい。温かい親心を胸に選手を見つめ、選手個々に合ったこまやかな指導に明け暮れる...「開幕前夜!」

  • 「春の五計」

    春は5K黄砂飛来予測図春とは直接関係ないが、かつて職場環境・労働条件として問題視されたときの「K」は三つ。いわゆる「きつい・汚い・危険」の3Kとして敬遠された一時期があった。そこから環境の整備が進んで、汚いも危険もかなり改善されたが、なかなか完全解決には至っていないようだ。そんな過去を踏まえたわけでもないだろうが、今この季節、まさしく春にもKはある。それも3Kよりもっと多い5Kというから驚きである。一つ目、乾燥。二つ目、強風。三つ目、寒暖差。四つ目、花粉。そして黄砂。春の七草はお正月明けの胃に優しい七草雑炊だが、この季節の5Kはご免こうむりたい。特にここ数日の黄砂は、春霞を3倍くらいにした濃さに見える。杉・ヒノキの花粉も舞飛ぶ。副鼻腔炎手術や、無呼吸症候群対策の器具で鼻炎はひどくなるばかりの人間にとって、...「春の五計」

  • 「葉の色は移りにけりな・・・」

    小松菜のなれの果て、小松菜の花スナップエンドウの真っ白い花春は出会いと別れの季節とは誰が言ったか知らないが、まさしく言いえて妙である。我が家の借り物菜園でも、冬物野菜の主としてさんざん栄養補給をしてくれた小松菜が、いま見事に菜の花を咲かせている。隣では、これから実をつけるスナップエンドウの真っ白い花の盛りでもある。春うらら、こんな季節に、90歳を過ぎても元気で独り暮らしを頑張っていた、母方の従姉から「九州の息子の所に行くことになった。長い間お世話になりました」とお別れの挨拶をもらった。車で30分くらいの田舎に住んでいて、ご主人健在のころには沢山のポインセチアを育てていて、クリスマスの鑑賞品として何度ももらい受けたこともある。若いころは夫婦とも裁判所勤務という、仕事はお堅いが非常に二人とも穏やかな人柄で、い...「葉の色は移りにけりな・・・」

  • 「手紙文化よ どこへ」

    間もなく出番が膨らむツボミそろそろ終わりが近い寒アヤメ花盛り約136億通、この数字はいったい何でしょう。なんてクイズを出すわけではありません。2023年度の郵便物の総量なのだそうな。それも、ピーク時から比べると約半数に減ったのがこの数値というから、如何に郵便物の往復書簡が大繁盛した時代があったかという話である。そんな中に、忘れそうな大昔に書いては送った、幼い拙い、恋文と呼ぶにはあまりにもお粗末だったあの頃のあの手紙も、数百億通の1枚に数えられたのだろうね。その前に、友達の代筆をずいぶん頼まれた時期もあった。書いてはみたものの切手も貼らず投函もせず、ごみ箱に落としたものもあったね~。ここ数年は年賀状の落ち込みに代表されるように、郵便物の減量ははなはだしい。それに逆らうわけではないが、葉書だけは今もってせっせ...「手紙文化よどこへ」

  • 「放送記念日」

    日本放送協会に納められたラジオ日本の放送は1925年3月22日、東京放送局のラジオ仮放送で始まった。とある。アナウンサーの第一声に続き、海軍による演奏そして東京放送局総裁後藤新平氏が、文化の機会均等などラジオの機能を説明した。そんな歴史や物語を秘めて始まったラジオ放送。昭和20年代のラジオは、演芸・スポーツ実況・ニュースなど、内容が盛りだくさん。まるでなんでも出てくる音の魔法の箱のように、鴨居に棚を吊って私たちの頭の高さより高い位置に置くべき、大切な物であった。親父の大好きな浪曲夜話、上方演芸会、花菱アチャコと浪花千恵子の「お父さんはお人よし」などは必死に耳を傾けたラジオ放送であった。そしてテレビ放送が始まったのは1953年、昭和28年。まさにラジオの全国放送が始まってテレビの映像放送に移るまでに28年間...「放送記念日」

  • 「春を分かつ日」

    花咲く日を待つイトスイセン暑さ寒さでお馴染みの春を分かつ日。牡丹餅のパックとお花を買って、先祖代々のお墓の前で手を合わせた。それこそ数えるほどしか出向かないお墓ではあるが、お盆前の墓石磨き・草取り・清掃だけは欠かしたことはない。そんな無精者の私でも、手を合わせて帰る道すがら、気持ちがす~っと軽くなるのを覚えるのが何とも心地いい。^^♪そこにわたしはいません、ねむってなんかいません、千の風になって・・・♪などとは言わないおふくろとおやじ、よ~来たの~と言ってくれるに違いない。30年前の今日、東京の地下を走る鉄道5路線の電車に、猛毒のサリンが撒かれ、多くの死者や数えきれない負傷者を出した「オウム真理教」による東京地下鉄サリン事件の当日である。本社勤務を命じられて、生まれて初めて親元・故郷を離れて一人暮らしをし...「春を分かつ日」

  • 「清楚に力強く」

    逆戻りした寒さのなか、華やかにそして清楚に、艶やかさの中にキリリと張り詰めた空気感。短大の学位記授与式にお邪魔した。幼児教育課程を修了した50人の卒業生。そのうち47人が女性。その大半が思い思いの振袖に袴姿も凛々しく、靴音を鳴らして壇上に立つ。過去に何度か学位記授与式に侍ったが、今年ほど艶やかな振袖袴姿に目を奪われたのも珍しい。そしていつも思うのは、こんな華やかな場で素敵な送辞・答辞を述べる学生に思わず拍手を送りたくなるが、厳粛な儀式だけにそれは許されない。これがアメリカ方式だったらどうなんだろう。涙を精いっぱい押し殺して、教職員に対してあるいは後輩へ保護者へ切々と訴える感謝の言葉、未来への決意を語る晴れ姿。間違いなく感動シーンである。日本式ではシーンと静まり返るが、本場アメリカ会場だったら大いに湧き上が...「清楚に力強く」

  • 「球春到来」

    日本全国高校球児のあこがれ「春の選抜高校野球」が甲子園球場で始まった。夜の東京ドームでは、6年ぶりという日本でのメジャーリーグ開幕戦。大谷翔平に代表されるドジャース対鈴木誠也・今永投手を擁するカブスの公式戦が行われている。高校野球ファンにとってもプロ野球ファンにとっても、たまらない季節到来。人呼んで『球春到来』。メジャーリーグでは特にひいきにしているチームはないが、全体的に日本人選手の活躍を心から応援している。そんな中でもやはり大谷選手、鈴木誠也選手らにはどうしなくても目がいってしまう。そして今、開幕に備えてオープン戦を戦っている広島カープが気になっているのは言うまでもない。一進一退イマイチ強さを発揮できていない現状に、ちょっと首を傾げたりしている。甲子園の選抜大会も、一度見始めたら限りなく見てしまう魅力...「球春到来」

  • 「春分ける日を前にして」

    三寒四温とは、冬から春に移りゆく日々の中で、三日寒い日が続いたら四日温かい日がやって来る、そんな状況を言うと思っていた。実はこの三寒四温とは冬の言葉なのだそうな。本当の意味は「いくら冬と言っても三日間寒かったら四日間は温かい日がある」というのが本当だと。目からうろこは私だけかな?でもやはり春分ける日を前にした寒さ・温かさのサイクルは三寒四温。やはり春の言葉だよね~、と逆らってみたくはなるが、元々冬の寒さの変化を言い表したものというから、逆らわないでおこう。そして春分ける日、つまり春分という言葉の意味がまたむつかしい。地球は1年の周期で太陽の周りを公転しており、この太陽の年周運動を天球上で表したもの、太陽の通り道が黄道という。黄道と天の赤道は天球上の2箇所で交わっており、春分点は太陽が天の赤道を南から北へ横...「春分ける日を前にして」

  • 「断て 特殊詐欺」

    『銃殺恐れ詐欺に協力』「ミャンマーから帰還の中国人」こんな見出しが躍る新聞紙面。いま盛んに報道されるミャンマー犯罪組織拠点から発せられる、特殊詐欺の複雑巧妙な手口。騙されてキャッシュカードを渡したり、大枚の現金を見も知らぬ他人に渡しておいて、家族や警察に相談して詐欺にやられた事実を知り呆然とする。こんな構図を聞き飽きるほど耳にし、イヤになるほど目にしてきた。それでもこの犯罪は手を変え品を変えて、益々劇場化、巧妙化して私たちに迫って来る。犯罪拠点には1400人ほどの男女が監禁されていて、朝から晩まで電話をかけまくる「かけ子」として働かされる。仮想通貨を売りつける詐欺の実績が上がらない仲間は、夜に入って𠮟責の殴る蹴るの暴行を受ける。いたたまれなくなって逃亡を企てたら銃殺される。こんな無法が今の世の中にまかり通...「断て特殊詐欺」

  • 「気持ちほんわか」

    外は冬の雨まだ止まずこの胸をを濡らすよに……。冬の雨ではないが、温度が上がらない初春の冷たい小雨が降り続いた一日。30年前には、東京霞が関駅を舞台に大量殺戮が計画された「オウム真理教、地下鉄サリン事件」発生。単身赴任の出勤に東京メトロに揺られて、渋谷駅に着いて肝を冷やした体験を思い出す。そんな今日3月15日は、冷え込む世間をよそに、ほっこり心温まる仲間内の小さなお別れ会であった。定年退職後小休止して、再び元の会社から声が掛かって5年頑張った。後輩に道を譲るために退職した67歳から始まったのが「広報部担当」というボランティアの地域活動であった。A-4版4ページ構成で、1年間に3回発行の地区社会福祉協議会の広報紙である。私たちの地区社協は自主財源を持たない、営利活動はご法度の、純粋な社会福祉活動であり、運営費...「気持ちほんわか」

  • 「アンタもか」

    来年度の予算案が年度内に決まるのか決まらないのか。春闘の平均的賃上げ結果がどのように落ち着くのか。そんなお金の話が世情のニュースを牛耳っているときに、またぞろ権力者が若手議員に商品券を提供するという性懲りもない、お金にまつわる疑惑が勃発。現職の総理大臣の椅子を揺るがしかねない、忌まわしいお話。世の大中企業が政策の行方を考慮して大幅な賃上げに傾いたという、庶民にうれしいお金の話なら我慢が出来ようというものだが。理由が何であれ、新人議員に手土産替わりに10万円の商品券配布は豪儀だねー。何の思惑もないのに10万を手渡せる金銭感覚のマヒが、庶民感覚とかけ離れていること。それでなくとも政権交代さえすれば全て世の中がうまくいくという錯覚を持つ政治家集団の攻撃の的となったこと。ややこしいねー。こんな時思うのは、予算委員...「アンタもか」

  • 「14年の歳月」

    隣の空き地に、大小10本の梅の木が一斉に満開。あれから14年。未曽有の大惨事となった東日本大震災。死者行方不明者合わせて22200人超。それ以外の負傷者や避難生活を余儀なくされている人たちの苦難や如何ばかりか。常人では想像も及ばない被害の大きさである。発生が午後2時46分という、昼間の地震発生にもかかわらず、逃げることのできない速さで襲い来る大津波。復興もいまだ完全でないことに苛立ちも覚えるが、自然というとてつもない破壊力の前には、人間の営みがなかなか追いつかないのかもしれないが、一日でも早い復旧復興が待たれる。ただただ犠牲者のご冥福をお祈りするしかない、発生から14年を経た今日の思いである。そして、日本列島を襲うと予測される「南海トラフ地震・津波」も不気味さを帯びてきている。地震の規模も津波の高さも、予...「14年の歳月」

  • 「趣味の世界は・・・」

    同好仲間の1年1度のお楽しみ「はがき随筆」山口県大会。毎日新聞読書投稿欄「はがき随筆」に、昨年1年間に投稿された約1900~2000編のうち、先ずは支局長が選んで掲載されのが500~600編。その中から15編が厳選され、そのうちの1編が大賞に輝く。文部科学大臣賞として大きく重量感のある優勝カップが贈られる。リボンに名前が刻まれカップに結ばれる。次の2編に準大賞が、以下選者賞や支局長賞などが贈られる。幸運にも15編のうちのその他大勢の1人として招かれた。湯田温泉でお馴染みの山口市まで行ってきた。昨年度の大賞は下関在住89歳の男性作品であった。何回か記してきたがこのはがき随筆はタイトル8字以内。本文は「252字」以内。たとえ1字でもオーバーしたら選外とされる。状況描写、いわゆる写生を抑え、思い入れや感情を表現...「趣味の世界は・・・」

  • 「孫君、中学校卒業式」

    緊張の面持ちで卒業式場に入る孫君授与された卒業証書を頂く孫君すぐ近くに住んでいる娘一家の三兄弟の三男君が、今日中学校を卒業した。三兄弟まさに三人三様、それぞれの特徴を存分に発揮しながら、目の前で確かな成長を遂げてくれた。いま、中学校を卒業した三男君は、自分が卒業した小学校校区の中学校には野球部がないことから、野球部のある今の中学校へ越境入学をしてでも野球をやりたいと頑張ってきた。ジジとしてもできる限りの応援をしたい。それはこの春からの3年間も同じ。ひょっとしたらまだその先も、と言いたいところだがそのころには墓石の下から声なき声を送っているのだろうか。そんな夢のような話は置いといて、今日の卒業生は73人。その一人ひとりの名前が呼ばれたとき、1組3番目の孫君の「ハイッ」の声が並外れて大きくて、野球部で鍛えられ...「孫君、中学校卒業式」

  • 「百獣の王はライオン」

    黄金の地色に黒い縞模様、頬から下あごにかけて真っ白い髭がのびる。前足をついた腹ばいで顔をすっくと上げたときの雄姿。そのかっこ良さは他に類を見ない、それはそれ勇壮そのもの。しかも清潔感もあって、まさにあらゆる動物の頂点に立っても決して恥ずかしくないのがトラ。なのに百獣の王様にはなれない。百獣の王は言わずと知れたライオンであり、和名は獅子と呼ばれる。このたび、本来なら世界をリードし、世界の警察権を持って久しかった大国の主になったのがトラさんである。このトラさんも、弱肉強食の世界を生きる動物のトラさんと共通するものがあるねーと感じている。弱肉強食の世界を生きるのだから、弱い者いじめはお手の物。たとえお腹が減っていなくても、目の前を弱い動物が通れば容赦なく襲うといわれているトラ。そこへ行くとライオンは、お腹が減っ...「百獣の王はライオン」

  • 「食感サイコー、春ワカメ」

    釜で刈り取り、水揚げしたばかりの春ワカメ波除のコンクリート製テトラポットに根付いて、ゆ~らゆ~ら波に漂って成長、新芽を伸ばした春ワカメ。地域活動を長いこと一緒に頑張った仲間から届けられた。まさに水も滴るこげ茶色のワカメさん。熱い湯をくぐらせると真っ青に早変わり。伸びた新芽をちょっと失敬、醤油を垂らしてつまみ食い。こりゃ旨い!。潮の香りが鼻をくすぐる。まさしく「今が旬」最もおいしい季節である。若いころにはこんなものはどこでも採れた。瀬戸内海沿岸に住む人にとってアサリや岩ガキ、それにワカメなど、海辺に下りさえすればすぐ手に入っていた。やがて海が汚れアサリはあっさり姿を消した。工場排水汚染による海水の酸欠などで砂場からアマモが消えた。小魚も住まくなった。いわゆる磯焼け症状でワカメも生えなくなった。そこへ目を付け...「食感サイコー、春ワカメ」

  • 「公衆電話」

    懐かしの公衆電話ボックス三日連続のあめ・アメ・雨そして大風。卒業式を間近に控えた中三の孫君にとって、この雨この風ばかりはいくらタフな年ごろとは言え、遠距離を自転車で行かせるのもどうかな~と少し気にはなっていた。そこは、孫君の母親も同じ思いだったらしく、最寄りの駅までクルマで送りJRで登校させた。しっかり者の孫君は、人の迷惑顧みず自分が電車に乗る時間に、ばあ様に電話をかけてきて、夕方4時18分に着くから迎えに来て、と帰りのお迎えを約束する念の入れよう。約束通りばあ様が迎えに出かけたところへ彼から固定電話に電話が入った。「公衆電話からです」と電話がしゃべる声に胡散臭いなーと思いながら出ると「じいちゃん、オレ。電車が遅れているから着くまでばあちゃんに待つよう電話しといてくれ」という。そっか、中学生はスマホの学校...「公衆電話」

  • 「ひな祭り」

    春一番と言ってもおかしくない猛烈な風が吹いている。いつも通る国道188も、潮の加減によっては強風にあおられた波が防波堤を乗り越えて、路面に叩きつけている。そんな波を避けようと不用意にブレーキでも踏めば追突のされる怖れがある。これほどの強風でも山口県は単なる強風。関門海峡を渡った九州では春一番だという。別に春一番と認められなくても、自分たちの感覚ではこの時期のこの強風は「春一番だよね」「うんうん」となる。まあどっちでもいいようなものだが、3月3日の今日は、本来はお雛祭り「女の節句」である。孫たちの家には、嫁さんの実家から贈られた近代的な雛飾りが光彩を放っている。それに対して我が家の場合は、50年前の娘の雛祭りに頂いたオーソドックスな七段飾り。朱色の毛氈にお内裏様にお雛様、五人官女の笛太鼓。これはこれで、孫た...「ひな祭り」

  • 「弥生ついたち」

    学校長の式辞に耳を傾ける卒業生退場する卒業生に、在校生から花のプレゼント弥生ついたち、言わずと知れた高等学校卒業式の日。縁あって今も母校のお招きを受けて、式場に侍らせてもらっている。忘れかけているといえばかっこいいが、ほとんどを忘れている遠い青春の一ページを、敢えてよみがえらせてもらっている幸運に酔っている。そんな1年に一度の有難い一日、緊張を覚えるひと時である。袴姿も凛々しい校長先生が、148名の卒業生に卒業証書を渡した後、式辞が告げられた。遠い昔に心に刻んで今もそらんじて歌うことのできる校歌の一節一節を、丁寧にひもとき、卒業生に説き聞かせる内容が、実に心地よく、耳に、胸にしみ込んだ。67年前に入学した当時に歌い始めた校歌であるが、当時は難しい漢文の朗読みたいでなかなか馴染めなかった記憶がある。そんなこ...「弥生ついたち」

  • 「如月つごもり」

    聞き飽きたフレーズであるが、1月・2月の時の流れは速い。寒さに凍えているわけでは決してないし、ごく普通に行くべきところには行き、やるべきことは普通にやっているのに、やたら過行く日の速さを感じる。早くも如月つごもりである。地元の小学3年生から「ちいきのみなさんに感しゃする会を開きます」という嬉しい招待状が届いたことを書いたが、今日がその実施の日で、少し浮かれた気分で出かけた。コンピュータールームとなっている普通の教室に、地域の諸先輩およそ20人が招待されていた。児童の数は20人そこそこ。それこそスキンシップそのままに、ゲームやクイズ、歌に寸劇などなど念の入った、文字通り感謝の会が進められた。子どもたちの素直な発想に、担任の努力が重なってなんとも心地よいひと時を過ごした。最後に、折り紙でこしらえた花束に、案内...「如月つごもり」

  • 「やっと人並みに」

    我が家の玄関わきに植わっている八重の白梅。つぼみは大量に付いていて、いつほころび始めてもおかしくないのにつぼみがなかなか膨らまなかった。この写真を撮ったのは2月2日である。あれから優に3週間が過ぎ、如月も終わろうかというのにどうなってんの、とやきもきした一昨日あたりから二輪・三輪、まさにちらほら。そして昨日・今日の思いがけない暖かさに、あの固かったつぼみが一気にほころんだ。やったぜ。梅のつぼみがほころんだぐらいで何をそんな大げさに・・・という向きもあろうが、手入れをし、水やりを忘れず一緒に春を待ったのよ。それにしても、一旦つぼみが付いてほころぶのは目前の日から、ひどい寒波がやってきてふくらみかけたつぼみを一気にもとの固い小さなつぼみに戻してしまった。つぼみの状態が長く続くと、腹を減らしたヒヨの餌食になりか...「やっと人並みに」

  • 「男性料理教室」

    今日のメニュー昨年の11月に続く男性料理教室。昨年11月が急用で休んだため、5ヵ月ぶりの出席となった。この顔を忘れるような薄情者もいないし、簡単に忘れられるキャラでもないようだ。ただ、1回お休みすると、普段が普段だけに包丁の使い方が少し危うくなっているようだった。ニンジンの千切りを任されたが、指を守るのに気持ちがいって随分時間をかけてしまった。もちろん文句など言う人はいない。これが却って甘えになってはいないか。ま、いいか。今さら調理人を目指すわけでもないのだから。今日のメニューは、主菜「もやしの豚肉巻き」。副菜1「ほうれん草としめじのナムル」。副菜2「ねぎスープ」。デザート「さつま芋のガレット」。以上4種類を、おじさん4人と指導者の女性2人計6人がひと組になって、三つの班に分かれ、それぞれが速さと味と見栄...「男性料理教室」

  • 「物価と昇給と」

    冬枯れた隣の空き地に今も青葉を保ち、みずみずしさを誇っている一角がある。遅くに育った大根である。あの暑かった昨年の秋、一回目に撒いたタネは全部暑さ負けして一本も芽を出さなかった。二度目に植えたのは時期を外した冬前。それでも何とか芽を出し、遅まきながら大根はしっかり食べさせてもらった。そしていまは青い葉っぱをヒヨが朝に夕についばみやってくる。餌の少ないこの季節、キャベツや白菜なら勝手には食べさせないが、ま、大根の葉っぱでよけりゃどうぞお召し上がりを。それにしても何もかもの値上がりで、年金生活の侘しさが身に染みる。などと嘆いてみたところで仕方がない。昭和40年代の所得倍増論・日本列島改造論に乗っかった右肩上がりのウハウハバブルを一度は体験して来たのだ。5月まで4万円だった給料が、6月になったら7万4千円に跳ね...「物価と昇給と」

  • 「春どなり」

    連日の厳しい寒さ冷たさについ引きこもりがちに。昨年夏のあの猛暑酷暑の裏返しのようなこの冬の厳しい寒さ、いったいどうなているんじゃろう。やはり地球の温暖化による異常気象が、夏の異常高温、冬の異常低温に大きく影響しているだろうか。そんな愚痴をこぼしている間にも、我が家の庭の片隅に息ずく「寒アヤメ」が初咲きの花を見せてくれた。なんだかんだ言っても季節は確実に動いているのだから、何とも掴みずらい季節の流れではある。あやめ科特有の花弁が二つ、薄紫の優しい姿で微笑みかけている。これは間違いなく春近しを告げている。こういうのを「春どなり」とでもいうのだろうか。昨年の夏、あまりにも茂り過ぎた葉っぱが枯れて鬱陶しくなっていたのを、かなり手厳しく取り除く手入れをした。根っこも結構掘り起こして風通しをよくした。却ってそれが寒ア...「春どなり」

  • 「地域活動、設立20周年」

    2005年、平成17年4月に設立された我が住む地区の社会福祉協議会。法人格を持たない、営利を求めない、高齢者に優しい町づくり、など数々の理想を掲げて、反対勢力を説き伏せてスタートしたのをはっきりと思い出す。「自治会連合会があるのだから、福祉協議会など必要ない。必要なら自治会活動の範囲を広げればいい」などの頑固な反対派と賛成派が対峙する地区社協設立委員会。その議長を仰せつかったのは若干?62歳の春だった。自治会長や地元有志を一堂に集めた会合は「今夜はどうしても設立に向かう方向で」という密約とまでは行かないが、地元有志の懇願を背負わされた議長職であった。なんでそんな大役をあの若さで仰せつかったのか。それほど人材に貧した地区だったのだろう。その翌年何とか船出をして20年の歳月が流れた。地域住民に支えられ、この2...「地域活動、設立20周年」

  • 「ちょっと、興奮」

    昨日2月20日、待ちに待った「NHK新BS日本のうた」という人気番組の収録を一般公開するステージを観てきた。演歌大好き人間にとってはたまらないご機嫌な100分であった。坂本冬美・鳥羽一郎・夏川りみ・竹島宏・辰巳ゆうと・一条寛太・STUフォーテイエイトなど、総勢11組のメンバーが29曲を熱唱。1000人収容できる広くて高~い天井の素晴らしい音響の中で、腹の底に響くような歌声を聞かせてくれた。あの音響にあのマイクのボリュームで、好きな歌を思いっきり歌ったら、いったいどんな気持ちんなるんじゃろうか、味わってみたくなる。さぞかし気持ちいいだろうねぇ・・・。申込の抽選倍率はなんと13倍ということで、改めて今回ばかりは運の良さを喜んでいる。しかも座席がまたラッキーで、前から14列目、顔立ちも分かる位置。しかもステージ...「ちょっと、興奮」

  • 「癒しの長電話」

    昨日は国立医療センターで定期検診、今日は医師会医療センターで点滴。二日にわたって半日を病院通いに費やす忙しさ。そうやって何とか健康イチバンを保たせてもらっていることを思えば、待たされるだの、病院にかかるトータル時間がもったいないなどと大口は叩かれない。と分かっちゃいても時々横着を言う。やっとの思いで点滴を済ませて帰ったらカミさんは電話中。相手は私の妹で義理の姉妹が長い長いお話中。内容は、妹の旦那が心臓の血流を促す治療で、8時間に及ぶ大手術をした。手術室から出てくまでの気持ちの揺らぎや、最悪をも覚悟した様子などを、私の代理として長々と妹の話しを聞いている。幸いにも二人は同い年で、近ごろの旦那の好・不調はお互いの共通の苦労話。なかなか終わりそうにはない。病院帰りで「オイ、コーヒー」と言いたいところだが、話の内...「癒しの長電話」

  • 「月曜日の病院」

    手術後9か月目の定期検診で、月曜日の今日11:00の予約で、岩国では最も大きな部類に入る国立病院機構岩国医療センターに出かけた。どっこの病院も同様に月曜日は患者の数が多い。待たされそうだな~というイヤな予感が、入り口ドアから一歩足を踏み入れたとたんに的中。カウンターフロアがある2回ロビーは長蛇の列。10時半を回っている時間帯という不運もあって、診察を終えて書類を手に持った計算受付に並ぶ人。もう一塊の団体は、計算受付を済ませて支払い窓口から呼ばれるのを待つ人の群れである。なんであんなに時間がかかるのだろう。この人工頭脳万能な時代、しかもそういった先端技術の宝庫でもあるべき大病院のフロントが、待たせることは自然の理とでもいうように待たせる。具合が悪くて病院に来た患者を、一刻も早く我が家に戻らせるのが責務ではな...「月曜日の病院」

  • 「花のいのちは」

    今を盛りに深紅を誇る花もある。あれ~っという間に、吹き来る風のいたずらに、蜜を求めるヒヨドリのいたずらに、心ならずも散りゆく花もある。まさに花の命は短くて・・・などと柄にもなく、庭に散る花に少しの同情を贈ってみたくなる。この三日間ちょっと忙しすぎたからお疲れなのかもね。というか、冬枯れてまだらになった芝生に彩りを添える紅い花びら。枯れ落ちても粋を見せてくるじゃないか。そしてふと目を上げれば、まだまだ散ってなるものか、「今が旬よ!」とばかりに小枝をしならせるようなさざんか。花はいいね~。散り果てるからもっと深くいとおしい。そしてまた時節が来ればまた花は咲く。能登半島の人たちに贈りたい。ウクライナの人にもガザで苦しむ人達にも、一瞬の安らぎになる花を贈りたい。本当のところは花よりもパンがいい、暖かい飲み物がいい...「花のいのちは」

  • 「かわいい招待状」

    地域にある二つの小学校の一つから一通の封書が届いた。小学3年生K君と名前が書かれている。封を開けると、便箋1枚とA-4版プリント2枚が出てきた。便箋には、一生懸命丁寧に正確に時間をかけて書き上げたのであろう、ご招待の案内文であった。右肩には、私の名前の最初の一字が漢字で次からはじらがな。そして最後の一字が漢字となっている。なるほど、ひらがなの部分は難しい漢字が使われているので小学3年生には習っていない領域である。内容は、「お元気ですか。ぼくたち三年生は、いつもお世話になっている地域のみなさんに感謝の気持ちを伝える会を開きたいと思います。・・・」後略。丁寧な案内の趣旨が書かれて、最後は「きっと楽しい会になると思います、ぜひ来てください」で締めくくられている。もちろん3年生の招待状なので、漢字の部分もほとんど...「かわいい招待状」

  • 「年次総会」

    地元自治会連合会のG・ゴルフ大会1年に1度開催される「岩国グラウンド・ゴルフ協会、総会」に出席した。たとえ小さな団地の小さなG・ゴルフ同好会でも、一応岩国の協会には所属している。協会に所属すれば、当然ながら氏名を登録して年会費を収める仕組みになっている。登録したメンバーだけが公式大会の参加資格を得る。ほかに山口G・ゴルフ協会、そして日本G・ゴルフ協会とそれぞれ段階がある。それぞれに所属するためには別途登録料を納めて、会員の権利を得る。たとえば、大会において8ホールを1周する中で3本のホールインワンを入れたら「ダイヤモンド賞」として日本G・ゴルフ協会の会誌に名前が記録される。そんな場合、日本G・ゴルフ協会に入っていないと、ダイヤモンド賞を達成しても、トータルスコアに影響するだけで、名誉の対象に扱ってはもらえ...「年次総会」

  • 「延命地蔵尊ご縁日」

    2月11日、建国記念日は、国民の祝日として玄関に国旗を立てるくらいのことで、特にこの日を祝う集会に参加するといった行動は起こしたことがない。それよりもこの日は、ずいぶん前から延命地蔵尊ご縁日とのご縁を頂いて、ここ数年お参りに出かけるのが通例となっている。岩国市街地から約20㎞ばかりの山あいにあるこのお寺は、京都に本山を持つ黄檗宗「通化寺(つうけいじ)」という。徳川幕府による長州征伐の折、芸州口の戦いを左右する長州軍遊撃隊の屯所として使用された。そんな歴史と広大な寺領を有した古刹である。雪舟作と言われる「心字池」もしつらえられていて、本来なら参拝者が後を絶たないはずなのだが、時の流れとともに紆余曲折があって、今は訪れる人とてない寂れたお寺となっている。聞くところによると、檀家さんも極めて少なく、高齢の人が中...「延命地蔵尊ご縁日」

  • 「寒さに耐えて」

    家庭菜園に毛が生えたような畑で、この寒さに耐え、必死に上を向いて真っ白い花を咲かせようとがんばっているのは、11月初めに植えた、スナップエンドウとグリンピースである。成長の弦を巻きつけるネットは、木枯らしにも春の嵐にもビクともしない頑丈なおろぎを立てた。ところが、食べ物が底をつくこの季節、食欲旺盛なヒヨにとっては何でもエサにする。弦を巻きつけさせるネットは約10cmの四辺形で割と広い。それをいいことに、どうかするとネットを足場に、豆の新芽をついばみおる。仕方ない、網目の小さい防鳥ネットで豆の木全体をバッサリ覆ってしまう。やっとこさヒヨ対策をしたら、今度は大寒波の今年は寒さにやられてしもやけを起こしている。ただ、弦巻きネットや防鳥ネットのお陰で幾分か雪や霜対策にはなっているようだ。そうやって、野鳥のエサにも...「寒さに耐えて」

  • 「くじらびと」

    少し古い話になるが、2021年に制作されたドキュメンタリー映画「くじらびと」(監督石川梵)を鑑賞するチャンスを得て、今日午後岩国市民文化会館で鑑賞した。岩国ユネスコ協会創立60周年記念として催されたもので、たまたま協会長さんと顔なじみのご縁で、珍しく映画鑑賞に出かけたというお話。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)とは、今さら私など不勉強な者が申し上げるまでもなく、先刻ご承知のこととは思いながら、会場で頂いた数々の資料に目を通す中で、私なりに少し感じたことをおさらいしておきたいと思ってここに記すことをお許しいただきたい。ユネスコとは、諸国民の教育、科学、文化の協力と交流を通じた国際平和と人類の福祉の促進を目的とした国際連合の専門機関のことを言う。と書かれている。ということは、現在の世界情勢は、至る所多くの...「くじらびと」

  • 「梅枝」

    『東風吹かば匂い起こせよ梅の花主なしとて春な忘れそ』古典の入り口1丁目1番地のような詩である。そんな匂い起こした梅の一枝を手折って何と呼ぶか。「梅枝」と書かれる。うめのえだでは能がなさすぎる。「ばいし」これは有りかも知れないなと思う反面、関西落語会一問の新弟子の名前を連想させて、ちょっと夢がしぼむ。これを「うめがえ」と読むと一気に古典の匂いがしてくる。奥深い万葉の宮中人の感性が伺い知れて心地よくなる、などと言えばちょっと大げさな気もしないでもない。思い起こせばこのうめがえと言う言葉は、私たちの身近なところで息づいている。かつておふくろが元気だったころ、4歳下の妹と一緒にいると「岩国の金さん銀さん」と呼ばれたことがあった。この二人が好んで出かけたのが、岩国のもみじ谷公園にある梅枝薬師さん(うめがえやくし)と...「梅枝」

  • 「哀しきかな 恋心」

    ❝人の恋路を邪魔する奴は窓の月さえ憎らしい❞❝沖のカモメに深酒させて主と朝寝がしてみたい❞ひとそれぞれに一度や二度は経験されたであろう、人を恋する真剣な悩ましさ。一度や二度どころか10指にあまるお方もおられるかも。まさしく『恋は盲目』。この言葉には年齢制限もなく、理性も金銭感覚も麻痺させてしまう魔力、魔が差すという不思議が付いて回るようだ。注ぎ込む財産などないからいいようなものだが、幾つになろうと新たな出会い、新たな恋愛感情には理性と言う歯止めもブレーキも利かないというお話。その代償としてもあまりにも犠牲が大きい。その犠牲が大きければ大きいほど世の中のワル達が雄たけび挙げて喜んでいることを想像すると、その喜びになんとも腹が立つのである。絵に描いた餅が今にも転がり出て、思いもかけない大金持ちになれるような甘...「哀しきかな恋心」

  • 「淡い雪化粧」

    薄化粧も薄化粧、白粉をケチったんじゃないの?と言いたくなるほどのウッスラ初雪。豪雪地帯の人には叱られそうな話題で申し訳ないですが、この冬一番の低温注意報の中での初雪がこの程度の地方に住まわせてもらっている。たったこれほどの雪でも、朝の通勤ラッシュは倍近く時間をかけていた昔を思い出す。もっとも、現役のころは雪ももっともっと降っていたような気がする。地球温暖化と言う魔物は、人の迷惑顧みず姿も見せずに神出鬼没。暑い夏には更に地球の温度を上げて人の命を簡単に奪う。あれだけ温度を上げるエネルギーを持っているのだから、列島が凍り付くような低温を退治してくれりゃいいのに。物流の敵である大雪を減らしてくれたらいいのに。寒さの冬は益々低温をもたらす。そんな魔物に対抗するために、世界が知恵を絞って地球温暖化対策に取り組もうと...「淡い雪化粧」

  • 「こいつぁ春から・・・」

    節分の翌日、「立春」を2月3日に迎えた今日。1枚の葉書が届いた。「入場整理券」(1枚2人様)・・・・・・売買禁止と書かれている。差出人はNHK山口放送局。その下に新BS日本のうたのロゴが載っている。当ったのよ!!NHKBSで日曜午後7時30分~8時59分の長時間歌謡番組が、山口県下松(くだまつ)市で公開録画する。その視聴者募集に応募していた。昨夜のこと、2月20日のことを今までなんとも言って来ないんだからハズレだわ、と夫婦で話したばかりであった。半ばというかほとんどあきらめていた。昨年12月最初の大安吉日を選んで、パソコンの応募要項に丁寧に記入して送信したのだった。坂本冬美だの鳥羽一郎、それに竹島宏など錚々たるメンバーが揃うNHKの番組。倍率が高いことを予想して、今年の運試し的な応募であった。こんなことも...「こいつぁ春から・・・」

  • 「痛快丸かじり」

    2月の別称数ある中で、最もわかりやすかったのが「梅見月」であったような。文字通り2月はウメがほころび芳香を放つ季節である。我が家の玄関先にある八重の白梅も今や遅しと、ほころぶ時季を待つように、つぼみを膨らませている。例年より1日早い節分。冬から春への季節を分かつ日と言われるが、今年の場合は季節の分かれ目が近いとは思えないほどの大雪に見舞われている。同じ岩国市内でも、海岸線に沿う我が家周辺は雪ではなく雨であったが、少し山間部に入ると重い雪が降り続き、電線切断などで停電となったりしている。娘の嫁ぎ先など雪に閉ざされているという。昨日里帰りしたまではよかったが、帰りはひどい渋滞となったため、周南市方面まで遠回りしてやっと帰り着いたと話していた。相変わらず食い意地の張っている食欲旺盛爺にとって、節分の楽しみといえ...「痛快丸かじり」

  • 「雨の如月ついたち」

    雨だれ受けの大火鉢を叩く雨久しぶりのまとまった雨を喜ぶ畑長い間降らなかった雨。雨音を聞くのも久しぶりなら、小鳥たちや野良猫の水飲み場となっている、雨だれ受けの大火鉢に溢れる雨水を見るのはほんと、久し振りである。人間も畑も小鳥もノラもみんなを喜ばせる如月ついたちの雨、ええね~。いつものことながら、あっという間に睦月が往き、節分、立春と耳には春近しが聞こえてくる如月ではあるが、本当は最も温度が下がる寒い時季である。インフルやコロナ対策にお出かけにはマスクのスペア持参、そんな季節でもある。その昔、2月の異名「如月」が「きさらぎ」と読めなくて、「どげつ」かなとか迷った挙句苦し紛れに「にょげつ」と読んだ。幸いなことに顔がつながっていた大学教授から「実はね、如月は中国の2月の異名「にょげつ」が日本に渡ってきてそのまま...「雨の如月ついたち」

  • 「睦月つごもり」

    「あ~あ」と思うのか「やり切ったぜ」と思うのか、「もう一つだったね~」と思うのか、人それぞれに色んな1月が往った。まさに足早とはこんな季節の流れを言うのに違いない。お正月の里帰り接待や、接待のない家では自分たちを接待するために旅行に出かけたり、遠くの神社に初詣に出かけることで正月がすぎてしまう。そんなこんなで正月をやり過ごし、ふと我に返って正月のバタバタで手抜きになった家事を取り戻すべく努力する。それに疲れてひと休みするころには成人式という月半ばになっている。1月には1月中にやらなければならないことがある。星まつり表を見て「今年は凶年だ」とばかりにお祓いに神社詣で。我が家では、通院の予約を忘れんように、スマホ予定欄に目を通しながら互いに車の使用を確認し合う。小学校の応援と言う地域活動も1月からガッツリ組ま...「睦月つごもり」

  • 「春めく」

    少し早いかなと思いながら使っている「春めく」という言葉。今日まとめて届けられた各種案内状を目にするとき、自分の中で最初に頭に浮かんだ春の近さを実感させる言葉。それが「春めく」である。各種案内その1、最も早いのが2月12日(水)。Iグラウンドゴルフ定期総会、昼下がりの約2時間程度。〃その2、3月13日(木)Iグラウンドゴルフ協会、〇〇大会Y河川敷運動公園9:~14:。〃その3、4月5日(土)I工場定年退職者の会、お花見歩こう会、9時集合15時解散。〃その4、4月12日(土)Yグラウンドゴルフ協会△△大会y運動公園。ゴルフ協会の総会を除いては春風の中、アウトドア―で普段鍛えた腕を競う協議会や、永年の仲間として共に頑張った友と交わす旨酒。全てに参加したい。そのためにはゴルフは練習しておかないと。歩こう会は体調万...「春めく」

  • 「復活の予感」

    少なくとも5年、どうかすると6年くらい無沙汰が続いた、名付けて「美男美女の会」略して「美々の会」。名前からしてあまり謙虚なタイプの集まりではないのが伺い知れる。元同じ釜の飯を食って某製紙会社岩国工場を支えた、と本人たちは思っているちょっと厚かましい会でもある。厚かましかろうが謙虚さに欠けようが、それぞれの職場で持ち場で、間違いなく大切なポジションを経験した強者の男子4人と女子5人。今日はこれだけしか集まらなかったが、他に数人の男子が名を連ねる気の置けない仲よし会である。久しぶりの招集なので「どんな内容にしよう?」という相談を受けていた。ご無沙汰以前は間違いなく夜の会であった。が、皆さんご高齢の仲間入り、そろそろ宗旨を変えて昼間の招集にしようと。「先ずは久しぶりの集いなので昼食会」とし、アルコールは個人の判...「復活の予感」

  • 「静かなスタート」

    静謐(せいひつ)一人では生きて行くのが難しいと感じた82歳の一年間であったような、昨日まで。口では今までと何一つ変わらず、夫唱婦随を通して来たし、今日からもこのまんまで行くのだ、と自分に言い聞かせてはいるつもりなのだが、新たな病気診察や医師の注意事項の早口説明には、一人では付いて行けていないものを感じる時がある。どんな説明だったのか、どんな指示を出されたのか、後で復習するときにこの耳とババ殿の耳とでは大きな開きがあったりする。それでもオレが所帯主で、遠く深い思考と判断力は、経験の深さが違う。などと、別に威張るわけではないがその立場を続けさせてもらっている場合もある。飽くまでも「そんな場合もある」であって、いつもかつもそうばかりではないこともある。少しずつ自信喪失が押し寄せているというのが現実かも。それにし...「静かなスタート」

  • 「一区切り」

    若い時にタバコを吸っていたころ、紙巻タバコを6・7分目吸ったらもみ消して間もなく新しいタバコに火を点けていた。給料日前になると段々タバコ代まで逼迫してきた。そんな時、ホンのちょっと一服するだけなら紙タバコでなくていいんじゃないか、などとケチな知恵を絞ったことを思い出している。一息か二息軽くニコチンを吸い込んで気持ちが休まるのなら、年老いた伯父がたしなんでいた「きざみタバコ」で十分じゃないかと思い立って、古びた銀ギセルを見つけ出しきざみタバコを吸っていた。ホンの一息、いまそんな心境である。もし今もタバコを吸っていたら、おそらく銀ギセルを探し出して、きざみタバコを詰め、着火マンで火を点けているのかもしれない。あいにく、タバコを辞めて22年になる。ホンの一息もミカンを相手じゃね~。何がホンの一息なの?昨年の1月...「一区切り」

  • 「市民活動カフェ 2025」

    何年振りだろうか「市民活動カフェ」に出かけた。岩国市の中央公民館を拠点として活躍するボランティア団体や、グループで立ち上げた独自の活動を紹介しPRするという、1年に1度の大切な発表会である。市民活動支援センターが音頭を取り、会場を設定し、各グループがそれぞれのブースを設けて、それぞれの活動に興味を持つ人を誘い込み、活動の輪を広げようといった意味を持っている。もちろん音楽活動などもその仲間であり、大切な発表の場でもある。コロナ禍以前のタウンリポーター活動華やかりし頃は、ほぼ毎年出かけてはその年の目を引く活動や、努力の跡が伺えるグループを取り上げ、新聞紙上に載せ、それぞれの活動に光を当てる応援団の役割を担った者としては、全体的な活動の盛衰や個別活動の数の動向も気になるところである。そこは、支援センター職員皆さ...「市民活動カフェ2025」

  • 「No1・・」

    ❝ァメリカンファースト❞❝ァメリカンナンバー1❞とリーダーが叫ぶ。熱狂的な支持者は半狂乱でUSA・USA・USAと息もつかずに連呼する。そんな自らの声と支援者の声に押されて、これまでの大国アメリカの全てを否定するかのような、自身が考える大統領令にサインする。そしたらそれがアメリカ合衆国の大義となって世界に発せられる。国境を接するメキシコに対してもカナダに対しても、アメリカの利益に反する行為の全てが敵対行為と見なされる。文句があれば云ってみろとは言わない。従わなければ自国製品をアメリカに輸出する物品全てに、これまでにはなかった関税を課せ、アメリカ国内での価格を引き上げなければならなくして販売能力を下げる。そうしておいて自国の製品の販路を確保しアメリカ人を守る。何が何でもアメリカ第一主義と言う横暴。どこまで通...「No1・・」

  • 「返信の要る郵便物」

    昨日は郵便事情で少しいい思いをさせてもらった話をした。続いて今日も郵便にまつわる話である。郵政省という親方日の丸時代から、企業体へと民営化されて久しい郵便事業の回し者ではありません。ただ一つ、日本郵船という昔から耳に馴染んだ株価がえらい暴落している。余ったお金があれば「買い」なのだろうけど、惜しいかな資金がない。そんな話じゃなく、今日は珍しく郵便物が5通も届けられた。いつものけたたましいバイク音が間違いなく我が家にも止まり、慌ただしく走るように配達員さんがポストに投げ込んでまた慌ただしく隣に行った。お昼前と言う早い時間は珍しい。どうかすると日の暮れ時分にようやく葉書1枚が届くこともある。届けられた内容は、これまた珍しくレターパックが1通、Aー4版封書2通、普通の封書と葉書がそれぞれ1通。中でも間違いなく返...「返信の要る郵便物」

  • 「お目こぼし」

    遠くに住む友から電話があった。「〇〇ちゃん、あなたからもらった年賀状で切手シートが当たったよ!有難う。ところで私が出したのは当たってなかった?」と言う。「エッそうなの、当選発表はいつだったの?」などのやり取りがあって、まあダメで元々、パソコンで当選番号をチェックして、いざ照らし合わせ。そう云えば、大晦日の昼に発表があった年末ジャンボ宝くじも、神棚に挙げたまま年が明けてからゆっくり丁寧に、慎重にチェックしたのを思い出した。何故発表と同時に飛びついてチェックしないのか。それほどガサついても仕方がない、それより鷹揚に構えて「当たってくれ」と願う心の内を見透かされないように・・・などと男の美学を洒落込む癖がいつしか身に付いていた。但し、年賀状の当選発表はほんとに知らなかった。ま、どうせ当たりゃせんじゃろうという先...「お目こぼし」

  • 「小学1年生と共に」

    三学期を迎えて随分逞しさを増して来た小学1年生を対象に、昔の遊び体験授業のお手伝いをした。コマを長い紐で回すなどの遊び、古くなった自転車のリムからタイヤ・チューブを外して遊び道具にした輪回しなどは、私たち世代が全盛期だったのではないかと思わせるほど流行りに流行った遊びだった。コマ回し輪回したこ揚げさらに、家を一歩出たらそこには至る所広っぱがあって、たこ揚げなんてのはどこででもできた。そんなのどかな昔に戻るわけには行かないので、せいぜい学校の運動場を使うくらいが精一杯である。そんな世知辛い現在と、遠い昔を交錯させながら、目を丸くして挑戦する1年生に丁寧に教える立場も、我が孫に接するのとはまたひと味違った面白さがある。こんなところにも、ジジババが近くに住んでいる子は、どことなく抜け目がない。ほんの少し手先が器...「小学1年生と共に」

  • 「往時を偲ぶ裏通り」

    日本列島寒さの極限を示す、二十四節季の一つ大寒である。そんな寒さに向かっているというのに、ここんところ気持ちがようやく前向きになったように思う。昨年末から続いた身内やご近所さんのご不幸で気持ちどんより、なんかしら吹っ切れないものを引きずっていた。気持ちとは裏腹に身体が少し運動を要求しているみたいな気がしてきて、近回りではあるが珍しくウオーキングに出るようになった。同じ歩くのなら、近道となる国道を避けてくねくね路地がある裏道を選んでいる。その昔は「〇〇銀座」と呼ばれた商店街の面影を残している場所もある。見つけた!その昔栄えた豪商の面影を残した「河本百貨店」。中屋根に載せた金看板には「創業明治25年」とある。待てよ、指では足りない、電卓が要る。大正元年が1912年というから、明治25年と言えば1892年の創業...「往時を偲ぶ裏通り」

  • 「天皇杯、男子駅伝」

    天皇杯、広島男子駅伝。平和大通りを一斉にスタート今やこの季節の風物詩ともいる、都道府県対抗男子駅伝.、こちらは天皇杯である。先ごろ京都を舞台に行われた同じく都道府県対抗女子駅伝は皇后杯となっている。ほとんど知らない選手が走る駅伝競走ではあるが、日本全国都市対抗となれば、我が山口県は。お隣広島県は、東北勢のあの県は、九州勢は・・・など色んな興味が湧いてくる。そして高校駅伝、ニューイヤー社会人駅伝、箱根大学駅伝それぞれに魅力満載だが、この全国駅伝は、中学生も走る、もちろん高校生から大学一般までという幅広い年齢層が7人1チームとなり、タスキをつなぐところに、面白さと残酷さと大きな試練が横たわっているのが魅力である。全学年揃って最高に力を発揮しなければ優勝はない。今大会は、長野県の史上初大会4連覇というすこぶるつ...「天皇杯、男子駅伝」

  • 「試練への入門」

    昨年夏県大会ベスト4をかけて大奮闘結果は敗戦べすと8止まり、涙が止まらない孫君1月18日土曜日そして明日日曜日。日本列島は共通一次試験一色に染められている。高校から大学へ。名門校を目指す人、自分の専攻する道を探求する人、それぞれに蓄えて来た学力・知識が問われる、ある意味一生を左右しかねない、厳しい局面に立たされる。などと考えると切迫した緊張に追い込まれかねない。そう視野を狭くして堅苦しく考えない生き方もあるのではないか、などと無責任かもしれないがそう思っている。人生百年時代、気持ちよくいい人生を長く生きようと思えば、今日明日の共通一次試験で全てが決まるなどと自分を追い込まない方がいい。本人にとっては出来る限りの努力で今日と言う日を迎えている。努力はしたのだ、その結果が世間に受け入れられなかったからと言って...「試練への入門」

  • 「風雪30年」

    何年たっても忘れられない記憶であり、その日が近ずくと思い出さずにはいられない人生の節目みたいな日が何日かある。1月17日は特にその思いが強い日である。1995年、平成7年1月17日午前5時46分。記憶から決して消えることのないメモリアルデー。メモリアルデーとは、単なる思い出の日と捉えがちであるが、それは日本風な解釈であって、アメリカでは真珠湾攻撃の受難、戦争悲劇、9/11世界同時多発テロといったような負のイメージの強い記念の日を言うのよ、と教えてくれたのは、フロリダ半島に長く住んでいた同級生だった。彼女の言葉を借りると、大きなメモリアルデーとなる1月17日ではある。特に思い出の深いわけは、ふる里を遠く離れた東京世田谷区三軒茶屋の単身赴任寮で、普通通りの出勤に備えた朝食のテーブルで、神戸の街が炎や煙に包まれ...「風雪30年」

  • 「隣の芝は・・・」

    ここんところ週に3~4回、ちょっとしたウオーキングを心がけている。毎日と言いたいところだがとてもとてもおこがましくてそれは言えない。ただし、自ら歩いてみようと思うようになったこと、思い立ったら身体が自然に外に向くようになったことは、大いなる進歩であり自分に対して自らムチを当てる気持ちになったということか。問題はいつまで続くか。当面の目的地は1.5km先の郵便局。但し、国道を歩けばこの距離だが、一歩街中に向かうと昔の商店街があり、かつてはバスも通ったくねくね道があるのよ。今の国道沿いより遥かに密度の高い、軒を連ねる商店街の跡がうかがえる。結構歩数を稼げる昔道。国道から折れて旧道に入るとお寺がある。「新たな年を迎えられたのは偶然ではなく必然、だから大切に生きましょう」と言ったような掲示板を横目に見てふと上を見...「隣の芝は・・・」

  • 「成人の日」

    正月明けて早速迎えた3連休。その最終日が今日成人の日である。ただ多くの地区で成人の日のお祝い行事は昨日日曜日に行われたようで、全国的な足並みなど無用論の様相である。少なくとも私たちの時代は、成人式は1月15日と決められていた。それに合わせるように、都会に住む人が故郷に戻って幼馴染などと久しぶりに顔を合わせる感動シーンも数多く見られたものだが、そんな気持ちの起伏を助長する自治体は少なくなった。それぞれの自治体の都合に合わせて成人式が行われるということかな。親にとっては子が成人式を迎えることは、大きな意義と感動をもって迎えられる。ただそんな親の気持ちを本当に理解しているかどうかは個人差がおおきいようだ。私たち世代の多くは18歳で高校を卒業させてもらったら、多くが就職した。大学進学は少数派であった。成人の日を迎...「成人の日」

  • 「今年の年賀状事情」

    年の初めの試しとて、元旦に寄せられる年賀状を楽しみに待つ。はがきの大幅な値上げ、儀礼賀状の廃止、年賀状そのものの見直し、など色んな理由から年賀状が年々減ってきているのはよく承知している。単なる高齢のため賀状を辞めたいといった、分かったような分かりにくい理由でお断りをされる人もある。私個人の今年の年賀状事情は、これこそ年々減る一方で、100枚ちょっとを出したに過ぎない。もちろんその中には返信を期待しない一方通行発信も数枚はある。予想通り80枚はそれなりの返信が寄せられた。ただ、こちらは同じ出すのなら元旦に届くように準備をした。が、6日以降に届いたものが10数枚もある。今年の賀状の特筆すべきことは「今年をもって年賀状を終いとさせて頂きたい」といった内容が多いことである。それも遥か年の若い後輩から三行半を突き付...「今年の年賀状事情」

  • 「ふる里のとんど祭り」

    私の住む町のすぐお隣には、古くから受け継がれた「とんど祭り」が今も盛んに行われている。「とんど祭り」は言うまでもなく、年神様を迎え入れるために飾った玄関のしめ飾りや、古くなったお守りやお札、書初めなどを焚き上げて天に返そうという神事で、地域の安定と繁栄を願うお祭である。今年も地域住民の願いを込めて、地元神楽団の舞い奉納とコラボレーションで、見事な炎の競演が行われた。知己が沢山いることもあって、我が家のとんど祭りも隣町まで出向いてお焚き上げの便を借りている。もっとも、我が済む地区にそんな気の利いた祭りなど一切ない。そして今ひとつ、地域の活動の広報担当という側面もあって、こういった地域活の写真撮影担当を担っている。長く続けて見ていると、微妙なところで色んな変化が目につくようになった。良くも悪くも役員さんの入れ...「ふる里のとんど祭り」

  • 「今年一番寒い日」

    1月10日金曜日。年明け早々、この日を「今年初打ちの日」としてG・ゴルフ会員皆さんに参加のお願いラインを発信していた。ところが今日は今年一番の冷え込みという思いがけない極寒に見舞われた。でも早くから発信していた手前苦情を言う人もなく一人だけお休み、他7人は全員元気に参加。新年の挨拶も早々に「早く始めようや」ということで、今年1年のG・ゴルフがスタートした。かれこれ20日間の冬休みがあった。その間皆さん里帰りの接待やらなにかで大忙しを乗り越えた人ばかり。今日からは自分の時間を持てる喜びに浮き立つ気持ちもあってか、いつもより声も大きくゼスチェアも大きい。クラブ片手に集まってボールを打つかたわら、おしゃべり出来るのが有難いようだ。お陰で点数も伸びず、普段はあまり取らないほどの豪華なスコアであった。しかも土のグラ...「今年一番寒い日」

  • 「太陽と寒風と」

    季節を忘れさせるような、朝からものすごい勢いの太陽が照っていた。がからといって外に出て見れば、とんでもない寒さに縮み上がりそう。足元に生える草を2・3本抜いただけで指先は凍りそうになる。まさに大寒を前にした1年で最も気温の下がる季節には間違いない。太陽の優しさに誤魔化されないようにしないと、すぐに風邪を引いてしまいそう。甥っ子のあまりにも早い黄泉路への旅立ちに気持ちはどんより。どうあがいても、あがかずゆったり暮らしていても、人それぞれの持って生まれた命というものは、天知る地知る神ぞ知る。我々凡人では計り知れないところで決裁されているのだろうか。冬枯れの空き地に生き付くススキが、寒風に晒されて枯れた穂を右に左に大きく揺らしながらも、根っこはしっかり生きている。ススキがこのような姿を見せるこの寒さは、タマネギ...「太陽と寒風と」

  • 「巳年ハードルを」

    10連休という長い正月休みを経て、さてそろそろと人並みに動き始めたのが、先ずは昨日の「病院初め」の点滴治療。私個人にとっては正月休み明けなどは関係なく、いつも休んでいるわけだが、病院が再開してくれたのは心強く思っている。丸1カ月近く意識的に帯状疱疹の痛みを和らげる点滴注射を休んでみた。案の定と言うかやっぱり、皮膚内面のピリピリした痛みは「早く点滴して痛みを和らげて」と悲鳴を上げる。意外とも思えるような点滴の効能。点滴を終えた昨夕くらいから左胸脇腹あたりがずいぶん楽になった。正直これは一つの発見であり、ペインクリニック担当医への感謝の報告が出来るものを感じている。新たな年に向けて、ようやく前向きな話ができる、と喜んだところへ飛び込んできた思いがけない訃報。六人兄弟の第三子で、若くして東京に出て行った兄の一人...「巳年ハードルを」

  • 「三度目の正直」

    12年に1度干支の巡り合わせでやってくる今年は巳年。これまでの殻を破り脱皮して大きく成長する一年になるようにとの願いが込められている。普段足下に突然姿を見せたら腰を抜かさんばかりに驚き、一目散にその場を離れるほどに、決して好かれているわけではない小動物「ヘビ」の年である。岩国市には、青大将の突然変異と言われる色素の抜けた青大将が真っ白い身体に輝くようなピンク色の瞳。毒性を持たず、性格もおとなしいこともあって、天然記念物として国を挙げて大切に保護されているし、金運の神様としても丁重に祀られている。そんなわけで岩国市民はもとより、近く遠くのファンがわんさと詰めかけてんやわんやの大騒ぎ。除夜の鐘と共に待ち望んだ初詣で客を加えて元旦・二日・三日・四日とまさしくその名の通り、参拝客の長蛇の列だと聞いてはいた。私も一...「三度目の正直」

  • 「ようやく平常」

    昨年末から今年の初め、暦に恵まれた超大型連休。まさに帰ってきて良し、戻って行ってなお良し。と言われる孫御一行様のご帰還でやっと一通りの正月が終わった。巳年生まれで最も付き合いの長い孫君が今日午後、ばあちゃんの手土産をいっぱい車に積んで鳥取県へ戻って行った。今年中に22歳を迎える二人目の孫君は、売れ行きのいい自動車ディーラーの整備士で、仕事柄火曜水曜が休みの代わりに、年初と言えども土日は出勤で昨日から仕事に行った。ようやく日常が戻った高校受験の3番目の孫君は、はてさて受験勉強に熱が入っているのだろうか。あまり期待はできないね~、なにしろこのジジの孫だもの。秀才などとは誰一人呼んでくれない、むしろ鈍才なら誰もが認めるワタシの血筋、多くは期待しないことにしよう。ハナッから体育会系なのだから。かれこれ1週間を、ゴ...「ようやく平常」

  • 「欲の初詣で」

    暮れからお泊りが続いていた呉の御一行様と、近くの娘一家との合同お正月が、昨夜遅くまで賑わいだ。呉の御一行様も今朝早く帰って行った。山のような食料の残り物をこれからボチボチ消化するのだ。せっかくの朝から平和が戻った今日、先ずは本格的な初詣でに。元旦早くに地元の氏神様への初詣でだけは出かけていた。それから今日まで柏手を鳴らす機会に恵まれなかった。先ずは巳年のことし、何と言っても注目される金運の神様「岩国白蛇神社」へ駆けつけた。岩国白蛇とは、これまで何度も触れてきたように、数百年前に青大将と言うおとなしい普通のヘビが、突然脱色して白化現象を起こし、今に伝わっている不思議な現象で、国の天然記念物に指定されている。次々に生まれる蛇が真っ白いというのが珍しい。その神社へ。近くの公園に何とか駐車場を見つけ、直近で神社に...「欲の初詣で」

  • 「ご多忙、三日目」

    我が家にとっては今日が実質的なお正月、長男一家と長女一家が勢ぞろい、賑やかな大宴会となる。ただ一人肝心な長男は、勤務体系の影響でフル操業の会社を休めず、一人自宅に残ってお勤め第一。ババ殿は今宵のために元旦から台所に立ちっぱなし。今年は嫁さんがお手伝いをしてくれるので、少しは腰を伸ばすいとまがあったようだ。何しろ一人が「オレ、ばあちゃんのあれが食いたい」と言えば「オレはこれとあれ」と勝手に注文を出す。極めつけは中三の孫君。他の者と同じものを食べずに特別注文を出す。寿司だけでも「田舎巻き」「サラダ巻き」「お稲荷さん」、コロッケを、ギョーザをと口々に個別注文を出す。それらに応えるのはそれこそ大変。その他にもポテトサラダに豚汁、芋煮、から揚げ、煮しめに煮豆。レンコンの三杯酢など定番の正月料理では許さないグルメぞろ...「ご多忙、三日目」

  • 「穏やかな年明け」

    令和7年、2025年の幕開け。元旦、二日と実に穏やかで素晴らしいお天気に恵まれている。ここ瀬戸内地方に住む有難さを改めて享受している。一年の計は元旦にありと言われるように、世界情勢・国内情勢難問山積ではあるが、この穏やかな今年のスタート併せて、紛争解決や一国主義の横暴などない一年になると有難い。なってほしい。トランプ政権誕生という世界秩序の混乱が懸念される今年。この穏やかさが「嵐の前の静けさ」でないことを祈りたい。ここ瀬戸内の穏やかさを喜ぶ気持ちがあるにはあるが、荒れる日本海側の厳しい風と吹雪の寒さ、そして昨年1月1日発生の能登半島地震・津波、そして大雨洪水被災などの復興を待つ人々の難儀に思いを馳せると、何かにつけて手放しで喜べない鬱屈を感じている。正月遊びの中で、様々なトランプ遊びをしてみるが、なかなか...「穏やかな年明け」

  • 「謹賀新年」

    新年明けましておめでとうございます。本年も拙ブログとのお付き合いをよろしくお願い申し上げます。日本列島はじめ世界中あちこちでは、果てしない不幸の出来事が続いているが、時は流れ季節は巡るのもまた宇宙の摂理。新たな1年を迎えるに当って、お目出度い気持ちを抑えることは出来ても完全に消し去れないのも人間の心理なのだと思う。正月早々理屈っぽいことを言わずに、ご来光の美しさに今年の輝く躍進を期待しましょう。「謹賀新年」

  • 「感謝を込めて!」

    2024年、令和6年もいよいよあと数時間となりました。今年1年、色んなことが起き起きては行く日々を、大して深い思考もないまま、感じたままを言葉足らずながら書き綴って参りました。そんな「世の中ちょっとやぶにらみ」ブログを優しく応援して頂きました多くの皆さまに心から感謝申し上げます。特にこの1年は、病気との闘いに負けそうになる一時期もありましたが、皆さまに応援して頂いている感謝だけは忘れず、思いつく事柄があればその都度綴って参りました。暖かい気持ちでお付き合いを頂きまして誠にありがとうございます。どうぞ佳き年をお迎えください。来る年が皆様にとりまして素敵な1年でありますようにお祈り申し上げます。「感謝を込めて!」

  • 「年の瀬点描」

    心の拠り所、神仏にお飾りとお供えをいよいよ今年も明日一日を残すのみとなった。良くも悪くもない交ぜで、終わってみればどれもそんなに悪いことばかりでもないし、特別よかったわけでもない。ごくフツー、これが一番有難いことだと思っている。先ずはこの一年を元気に生きさせてもらった上に、来年も普通に生きられるよう願って正月飾りを飾れることを喜びたい。欲を言えばキリがない、欲がなさ過ぎてもキリがない。中庸、ほどほどがちょうどいい。新たな1年のスタートに当たって、神棚や仏具の清めやお飾り、お供えを準備する。昨年まではウラジロや杠(ユズリハ)はちょっと山に入って手に入れてきた。今年は何となく小回りの利かない足腰を心配で山には入らず、スーパーで買うことにした。ウラジロもユズリハも葉ミカンもそれはそれは丁寧にビニール袋に入れてき...「年の瀬点描」

  • 「年の瀬小休止」

    12月29日。二重の苦労を連想させるところから、吉祥を願うお祝い行動は控えるように、誰とはなく口伝えに教えられてきた。ま、速い話が江戸時代の町人衆が、単なる語呂合わせによる言葉の遊びで、年の瀬を慌ただしく駆け回る人を揶揄したのかもしれない。その程度のことではあっても、無理に逆らうことはない「君子危うきに近寄らず」で、従順な一日を心得たこの日。先ずは半年ぶりくらいの洗車。クルマの内側に掃除機かけたり、ワックスで磨き上げたり。少し気持ちよく新しい年を迎える足しになれば幸いと思って、痛む右肩を壊さない程度に運動させた。そして今ひとつ、応接間代わりに普段使っている部屋がな~んか物足りなさを感じていたことにふと気が付いた。そうだ小さくていい、自分で撮って自分で引き延ばした写真を飾ってみようということに。写財はもちろ...「年の瀬小休止」

  • 「お邪魔のいない餅つき」

    今日を入れてあと4つ寝るとお正月、なんてのはあまりにも子供っぽいが、買い物などに出かけると繰り返し繰り返しこんな歌が流れてくる。12月28日、この日の我が家は随分昔から餅つきの日と決めて来たようだ。今日も朝から頑張った。といっても実際に頑張るのは餅つき機という器械がウイーンと唸りながら、蒸したお米を餅にしている。つき上がったら、小さな手が4本伸びてきて、白い片栗粉を周囲に飛ばしながら「おもちって熱いね」とか言いながら半分はお邪魔虫なのだが、ガマンして「上手に出来たね」などと楽しんだ。そんな孫のいる餅つきはここ最近なくなったね~。そりゃそうだ、冬休みに入ったらいち早く我が家にやってきて、食い荒らしていた近くの孫君はもう半大人になってしまった。少し遠くに住む可愛い方の手は明後日にならないとやって来ない。お鏡餅...「お邪魔のいない餅つき」

  • 「今年最後の患者様!」

    年末から年始にかけての連休は、日々の仕事に追われる人々の「堂々と休める有難い大型連休」と歓迎されているという。有給休暇を取らずに普通の休みが連なって生まれた9連休。楽しみだよね~、と思う人が大半だが、中にはあまりにも連休が長すぎて何をしようか迷ってる・・・と言う人も結構いるのだという。確かにそれも判るね~。ただ、毎日連休の私にはどっちでもいい話ではあるが。さて今日は、そんな楽しみな大型連休に入る前夜、仕事納めの日。元々月末の金曜日午後を予約診療日に決めていた私は、内科クリニックと眼科クリニックを兄弟で営むクリニックを予約通り15時30分に訪れた。先ずは眼科へ。順調に進み16時15分には内科クリニックに移動した。これからが大変だった。もちろん今年最後の診療日だから患者さんも多かった。散々待たされた挙句、定期...「今年最後の患者様!」

  • 「一息ついて」

    何かと忙しく過ごしたクリスマスシーズン。ま、小さな孫さんでもいれば、また別な忙しさを味わうのだろうが、今年の場合は孫もいない、どちらかというと意気消沈の中での忙しさで昨日まできた。今日はようやく一息ついた感じ。クリスマスとは特に関係なくゆとりある時間を楽しんでいる。庭に出てふと見上げると深紅と純白のサザンカが「私たちの存在も忘れないでね」と言いたげに微笑んでいる。地元の二つの小学校でしめ飾り教室が実施されたらもう冬休み。私たちの地域活動も冬休み・正月休みになる。そうなると、普段やりっぱなしの部屋の片づけや迎春準備が求められる。今年は本気で部屋の片づけを含めた機能アップを図りたい。年々身体の動きが緩くなり、機能的に模様替えすることで無駄な動きを取り除いておきたい。それもこれも、師走に三つ重なった葬儀が少なか...「一息ついて」

  • 「安らかな眠りを」

    ついこの間まで、年なりの元気を保ち、切羽詰まった病気もないまま優雅に自らの境遇に甘んじた生活を送っていた義兄91歳。私の家内である14歳年の離れた妹をこよなく頼りにしていた。当然私も義兄の応援団としてささやかな手助けはさせてもらった。公務員生活が長く、あまり大きな声を出したこともない穏やかな性格が、軽い脳梗塞と判定が下されたころから人格が一変した。それまでにはなかった、角張った異常な厳しい発言が続くようになっていた。「脳梗塞と診断されているのにお前たちは見舞いにも来ない」という、いわゆる被害妄想的な発言で、それまで親しく付き合ったり助けて頂いた方が急に冷めた対応に変わった。頼りにしていたはずの私の家内まで完全に敵に回すような3か月が過ぎていた。実際は単に見舞いを怠ったわけでもなく「診断結果はどうだったのか...「安らかな眠りを」

  • 「二度あることは・・・」

    前回のブログで、師走の葬儀参列や思いがけない訃報などもうこれ以上要らないから、最後にして欲しいと神仏にお祈りをした。今年の場合はその霊験もあらたかならずして、妻の兄、私にとって義兄が急逝という身近な訃報が届けられた。師走の通夜・告別式の参列が3回重なったことになる。義兄は91歳という生涯だから大往生と言えなくもないが、それにしてもあまりにも突然のことで驚くばかりである。親族を上げて入念な弔いでもってお浄土へ送り届けたい。明日がお通夜、明後日が告別式。極寒の季節ではあるが、もともと生まれは雪深いところなので、「俺らしい季節を選んだじゃろう」と以外にも微笑んで三途の川を渡るのかもしれない。できるならそう願いたい。合掌「二度あることは・・・」

  • 「最後にして欲しい!」

    これでもか、これでもかと目の前に突き付けられた今年の訃報の数々。もうこれで今年の最後にして欲しいと神仏に願いあげたくなる訃報が今朝早くお隣さんから届けられた。今朝未明にお隣の奥さんが亡くなられた。享年81歳。少し身体が弱く、数年前からいろんな病気と闘っておられた。特に晩年は心臓ペースメーカーを頼りに、ゆっくりな行動が目立っていた。ここに引っ越してきて以来の直近のご近所づきあいだからおよそ30年。ご主人は私と同い年。何かにつけて話が合う気さくな人柄だったが、5年くらい前にあっさりとお浄土に召された。その後奥さんにはG・ゴルフにも誘い、なんとか太陽の下に連れ出そうと試みたが、少し気持ちの沈みが大きく、お家に籠りがちではあった。特にコロナ以降は、まるでお隣さんなのに顔を合わせて言葉を交わすことが極めて少なくなっ...「最後にして欲しい!」

  • 「渡り鳥いずこ」

    今年も隣の空き地にやってきて、せわしげに尾っぽをピコピコ震わせ、今ここに止まったと思ったら、カメラのシャッター切る間もない俊敏さであっちこち飛び回る。その名をジョービタキという。通称やあだ名は色々ある。子供の頃に聞いて印象に残っているのが「ヒンコチ」だった。今では主翼に大きな間白い円形模様があることから、紋付き袴の正装に見立てて「モンツキ」と呼ばれたりするちっちゃなちっちゃな渡り鳥である。このちっちゃな体で東南アジアを舞台に寒い場所を求めて渡り歩くという。渡り歩くという点ではあの旅する蝶「アサギマダラ」こそもっとすごいことである。あの蝶がどうやって大洋を横断するのか、何のために大洋を飛び越えるのか、そのスタミナ・馬力などがどこに隠されているのか、考えれば考えるほど世の中に不思議は幾つもあることに驚かされる...「渡り鳥いずこ」

  • 「金銀財宝ザックザク」

    そろそろ年末ジャンボ宝くじをを買わなくっちゃと少し気持ちに焦りを感じ始める季節だね~。実は昨年の暮れ、何かと忙しくてとうとう買いそびれた宝くじ。大晦日の昼のテレビが実に空しかったのを思い出している。今年は何が何でも買うぞ~~~。そうは言っても自分で買える枚数は知れたもの。それでも1等7億円に一応夢を馳せてみる。何故10億円とは言わないの。それはね、前後賞合わせたを連番クジは当たり外れが一瞬にして解ってしまうので面白くない、だから買わない。その点バラを買うと、1枚1枚最後までチェックする楽しみがあるから。さてあなたは連番派それともバラ派?まあどっちでもいいか。ところで、金銀財宝なんてあるところにはあるもんだね~。一人の銀行員が4年間に20億円近い他人様の金品を盗めるシステムが現存するのだから、宝くじ買って億...「金銀財宝ザックザク」

  • 「今年最後の十六夜の月」

    昨夜は今年最後の十五やお月さんが拝めると少し期待していた。残念ながら朝からの予報通り、夜空には雲が広がり、何度も寒さを堪えてベランダに出ては見上げてはみたものの、雲のいずこに月やどるらん。満月の姿を見ないままに眠った。そして今宵、夕方6時半を回ったころ、東の空にそれはそれは見事な十六夜のまん丸お月さん。今さらまん丸お月さんでもないでしょう、などと無粋なこと言わんといて。1年の始まりの〇〇とか、今年最後の〇〇などという季節の節目の何かを感じることは、小生の中ではごく当たり前のことであり、少しでも時の流れや時の動きみたいなものを感じていたいという願望の現れなのかも。カレンダーの日付の横に小さく書いてある旧暦と、大安・友引・仏滅などの六曜も少し意識している。これも一つの信心みたいなものだから、予測が当たることも...「今年最後の十六夜の月」

  • 「討ち入りは終わったが」

    「あこうろうし」とパソコン入力すると最初に変換されるのが「赤穂労使」である。早くも来年春闘の相場作りや、賃金体系の見直しが声高に叫ばれる時代背景をパソコンが敏感にキャッチしているのだろうか。キーボードを打つこちらの気持ちは、この季節には三つ四つの赤穂義士伝が放映されないと年越し出来ないほどの盛況ぶりを見てきた。だからというわけでもないが、今じゃ自らの命をもってご政道を糺す一石を投じる、などという話は昔話になってしまった。この頃のテレビと言えば「紅白歌合戦」の番宣がこれ見よがしに流される。我が家の二階から見下ろす紅葉が一段と色濃さを増すと師走半ばを迎える。赤穂浪士の討ち入りに目を奪われる暇などないほど忙しくなるのが年賀状の準備である。年賀状推進派、葉書による賀状をやめて電子媒体派、まるっきり辞めてしまう派、...「討ち入りは終わったが」

  • 「小生、この1年の一字」

    令和6年、今年の一字『金』この1年を一字で表すと。京都清水寺の貫主さんは「金」と揮毫された。確かに、パリの地で掲げた金メダルラッシュ。まさしく表の金であり誇りに思う金・ゴールドである。同じ金でも手垢にまみれた、薄汚れた金もある。メダルラッシュのゴールドに対して政治資金規正法違反ラッシュのマネーである。同じ金と呼ばれても、そこには大きな差があるものだ。但し札束が薄汚れているわけではない。使いこなす人の利害が絡むとちょっとねー。今一つ最低賃金にからむ所得の大幅アップ103万円問題もあった。金にまつわる一大政治課題である。どこかに溜まりこんでいるお金を所得アップという形で分配すれば、間違いなく街に笑顔があふれ、消費が伸び税収も増えて国情そのものが豊かに見える。私たちの世代は、働き盛りのころにそんな恩恵をこうむっ...「小生、この1年の一字」

  • 「最初で最後の忘年会」

    早くから約束していた12月13日金曜日正午。自治会事務所集合。お馴染みのグラウンドゴルフ仲間の忘年会。この頃では同級生の飲み会もゼロ、昔の仲間との飲み会ももう卒業といった塩梅で、このささやかな忘年会が、最初で最後になるかもしれない貴重な宴会である。いつもの通り午前8時45分団地公園に集合。ラジオ体操第一に続けて軽い運動、それから始まるグラウンドゴルフ。今日は今年最後の大会と銘打って優勝・準優勝・ブービー賞など商品を買い込み、我が手作りによる賞状を授与する念のいった大会なのである。と本人は思っている。大会が終わったところで、それぞれ自分で調達した食べ物・飲み物持参で自治会事務所に集合。会費はもちろん自分の飲食費実費だけ。先ずは優勝ほか成績に合わせた、蘊蓄を織り込んだ賞状授与式。続いてお互いが勝手にこの1年の...「最初で最後の忘年会」

  • 「二つとはない、切ない訃報」

    一瞬言葉を失う訃報を受け取った。まさか、こんなことってあるの?、耳を疑ったが夢でもなければうつつでもない、現実そのものであった。悲しい。遠い思い出が次から次に浮かんでくる。どの思い出も大切な一コマとして脳裏に焼き付いているものばかり。正式には67年前の高校入学式での出会いである。大学を卒業して4年目の、まだ完全に教師になりきっていない、やんちゃな新しい兄貴分のような人だった。その人が高校3年間の担任であったことが、小生の人生に大きな光を当ててもらった、そんな素晴らしい出会いであった。出身は種子島で、国語の教師を多く輩出した東京の某大学出身。眉が濃くて鼻も高く黒いキリっとした瞳の、垢ぬけたとはこういう人をいうのか、と田舎の高校1年生の男女共通のあこがれの担任教師であった。他の教科はあまりできなかった小生だが...「二つとはない、切ない訃報」

  • 「最後の訃報連絡」

    そろそろ本格的に年賀状の準備に入ろうとした今日のこと。少し遅めの訃報葉書が届いた。仲よし同級生からの一通で「長男〇〇が今年11月、58歳で永眠しました」と書かれていた。この世で何が辛いかと聞かれたら答えに窮する。それは、想像に絶するほどの不幸を体験していないからではないかと思う。彼女にとって、この年齢になって自分たちより先に我が子の不幸を見送る立場に立つことの辛さは如何ばかりか。もっとも、身内の誰が旅立っても深い悲しみに沈むのは確かであるが、親より先に逝く子の気持ちも測ることの出来ない重さを持っているのだろう。中国の古いことわざに「親より先に旅立つことほど親不孝なことはない」と言われるが、確かに一理ある。子は親より長く生きて、親をちゃんと見送るのが中国古来の親に対する最高の尊敬を言い当てた子の道徳心であっ...「最後の訃報連絡」

  • 「よみがえるふる里の風景」

    私の住んでいる岩国市南部の中心に、戦前の海軍病院から格上げされた近隣では特別な大病院として多くの患者を救った国立病院(通称、国病)があった。すぐ横には養老院と呼ばれた特別養護老人ホームも併設されていた。市営バスの南部発着拠点として殷賑を極めた一時期もあった。米軍岩国基地主要滑走路の沖合移設に伴う土砂を採取するため、市街地のほぼ中心に近い愛宕山一帯が新規開発された。その利便性の良い広大な新天地に国病が移転された。それから20数年、雑草に覆われ見る影もなくなった旧国病跡地に今、膨大な資材と建設機器が搬入され、大きなエンジン音を唸らせて槌音も高く、新たな生活拠点に生まれ変わろうとしている。一つには福祉の拠点、科学の学習拠点、その他市民の憩いの場づくりなどの計画が発表されている。ようやく重い腰を上げてくれたか、と...「よみがえるふる里の風景」

  • 「小春日和」

    絶好の小春日和、漁船の修復にいそしむ漁師さん師走に入って数日、ポカポカ陽気の温かい日が続く。この時季のそぼ降る雨を「時雨(しぐれ)」と呼ぶのはご承知の通り。詩歌にも演歌にもよく唄われる。逆にこの時期のポカポカ陽気は「小春日和」と呼ばれこちらも歌には何度となく登場する。今は亡き谷村新司の名曲「こんな小春日の穏やかな日は、もう少しあなたの子供でいさせてください」という心に沁みるあの歌詞である。私たちの手で行った海岸清掃から1カ月、その後の砂浜の状況を見に海岸へ立ち寄った。その海岸につながる船溜まりで漁船のペンキ塗りにいそしむ漁師さんと出くわした。「大きな船ですねー」「なーに、こまい(ちいさい)もんいの」「ペンキ塗りは全部自分がやるんですか」「ほかにやってくれるもんがおらん」「これで何年物ですか」「うーん、おお...「小春日和」

  • 「身近な紅葉」

    昨日は奇特な友から送られた「岩国の紅葉を楽しんで!」というラインの画面を紹介した。そういえば、ということで自分でも心当たりのご近所さんをちょっと見まわしてみたら、なんとものすごい銀杏の古木に出会った。奔放に伸びた枝振りから察するに100年はくだらないだろうと思わせる見事な黄金色である。周囲の赤い葉っぱの木々が小さく見えている。しかも黄落と呼ばれる地面を金色に染める銀杏の落ち葉がまだ落ち始めない貴重な今だ。そいえば、何年前になるだろうか、銀杏の葉っぱが地面に敷き詰められて盛り上がるほどになった黄金色の絨毯を、この目で確かめ、脚で踏みしめた感触を思い出している。これこそ黄落と呼ぶにふさわしい。もう少ししたらそこにもここにも黄落がお目見えするのに違いない。朝から照ったり曇ったり、どっちが本命か分からぬほど入り乱...「身近な紅葉」

  • 「お待たせいたしました!」

    今年は所属する地区社会福祉協議会(地区社協)が発足以来20周年という節目を迎えていることは何度も拙ブログで吹聴して来たところだ。20周年記念事業の一つとして、地区社協発足に至った先輩諸氏の心意気や活動の基本理念がちゃんと引き継がれているか、目的に沿った活動がなされているか、と言ったことを取りまとめた写真集を中心としたパネル展をやろう、そうして賛助会員として活動資金を提供してもらっている多くの住民の皆様に、活動の足跡を再確認して頂こうという話になったのである。過去の歩みを写真集にまとめるとは、広報担当がパソコンに残した数百枚の中から改めてパネル20枚分の写真を抽出する途方もない大仕事である。そうはいっても広報担当とは自分なので、他の人に頼むのは筋が違うんじゃない?やっぱしこの手でやるのが自然の流れでしょ、っ...「お待たせいたしました!」

  • 「最後の従兄弟」

    丘に上がりそうな満潮の船溜まり最後の一枚となったカレンダーに今年最終の月間予定を書きこんで行く。相変わらずあれこれあるもんだね~、ボヤっとなどしていられないし、ボヤっとして予定の活動をすっぽかしたり約束を違えたりしようものなら、一気に信頼失墜「彼には頼みずらいね」などという負の評判が立ちかねない。今のところそれは心外であるし、そこまで耄碌してないよと反論したくなる。何もない日数より何かしら予定を書き込む日数の方が多いことに少しの安堵をおぼえたところへ、父方の最後の従兄弟がついに満ちる潮が満杯になって引き始めるように、静かに黄泉路へ旅立ったという訃報の報せが。昨夜がお通夜、今日が告別式という新たな緊急事態が舞い込むんだ。こちらは他の何を置いても駆けつける一大事である。96歳というから年に不足はないとは思うが...「最後の従兄弟」

  • 「師走ついたち」

    泣いても笑っても、今年の暦はペランペランのたった1枚だけとなった。今年も7泊8日の旅に出たのなら喜ばしいことなのだが、そうも行かない。5月末日の手術で国立病院機構の大きな医療センターに入院したのが7泊8日だった。これを最後に入院手術とか、落ち込みの激しい病気に罹らないよう、静かに祈りながら、半分おっかなびっくりで過ごしている。というのも、泌尿器科手術の後遺症はなかなかしつこく、まだ完ぺきではない。などと可愛い愚痴をこぼす間はまだいい。今年もあの人この人多くの人の喪中はがきが届いている。中でも「え~~??」と思わず声が出そうになる訃報に接した。50歳を過ぎた遅いお上りさんであり、慣れない東京本社勤務に不安いっぱいで有楽町駅に着いたとき、気さくに迎えてもらったのが、敏腕営業マンと名が知られていたYさんである。...「師走ついたち」

  • 「霜月つごもり」

    晴れ間が多い割には北風が舞ったり、ときおりパラついたり、思わず襟を立てたりなんとも落ち着かない1日であった。個人的には昨日摂取した8回目となるコロナワクチンの後遺症に悩まされる、やや憂鬱の一日となった。過去7回、感染症対策の国策に乗っかって無料。申込さえすれば比較的簡単にプチュで話は終わった。手続きも簡単なら接種後の体調不良など全く感じないでここまで来た。ところが今回8回目の接種は、希望する個人が対象、だから2200円の個人負担がある。しかも、同じ薬品を使用する場合一定の人数がまとまるまで受付が延長される。10人~15人がまとまった時点で呼び込まれて行われるという仕組み。先月は、これまで一度も経験のなかったインフルエンザワクチン接種。元々注射嫌いが昂じて出来るだけ針を刺さない生活をしてきた。インフルエンザ...「霜月つごもり」

  • 「日本の四季」

    あれよあれよと言う間に近くの「もみじ谷公園」の紅葉が色あせてしまった。隠れ紅葉の名所と勝手に名付けて、紅葉見ごろを狙って毎年訪れてきた。腕前はともかく、カメラは上等品を引っ提げてささやかながら拙ブログの読者に見て頂こうと、自称最高のアングルから最高の写真を撮ってアップして来た。それが今年の場合、まだ大丈夫だろう、少しは遅くなってもまだいけるじゃろうと高をくくって、追われている自分の作業に没頭していた。そしたら何のことはない「もう行ってもダメよ、見られんよ」と冷たい評価が飛び交って、とうとう今年は行かずじまいの紅葉狩りとなった。ちょうど紅葉のシーズンに孫ちゃんがやって来なかったという不幸も重なった。どんなに忙しくても孫に美しい自然に触れさせるとなると、どんなに忙しかろうともそれは次元の違う話である。隠れ紅葉...「日本の四季」

  • 「いい風呂の日」

    今日は極めて単純な語呂合わせで、11月26日「いい風呂の日」だという。先日のいい夫婦の日(11月22日)の方が少しは文学的な匂いもするようだが、まあどっちにしても11月は頭に「いい」と言う二文字から始まるから何かにつけていい記念日になりそうな気がする。あまり裕福ではない、と言えばかっこいいが、あまりどころかまるで裕福ではない家に生まれた子供時代。風呂にまつわる話には何かしら暗い影がつきまとう。先ずは風呂の水くみの話。我が家の井戸が枯れてしまって隣りからのもらい水。それもうまくいかなくなったら今度は、少し離れてはいるがおふくろの仲よしおばさんの家のもらい風呂。小学校4・5年生だったろうか、何かにつけて恥ずかしさを覚える頃のもらい風呂は、風呂上りから戻る道すがら冷えるのなんの、もらい風呂の哀れさと貧乏が身に沁...「いい風呂の日」

  • 「個人の尊厳って」

    近くの小学校で、災害発生時の緊急引渡しの訓練を行うという情報を得て、地域活動の広報担当としてちょっと覗いてみることにした。午後3時の訓練開始に合わせて出向いた。ものずきやねーとの声を尻目に。児童は既に講堂に集まっていた。登校班の地区ごとに別れて、寝っ転がってリラックスしている子、せわしげに宿題ノートに消しゴムを走らせる子、様々に「保護者が迎えに来るのを待つ」という共通の目的の中で自由に時間を過ごしている。ぽつんぽつんと保護者が現れる。講堂の外では校長先生と教頭先生が、クルマの交通整理をしておられる。教諭と言う教諭はほぼ全員が講堂の中で、保護者に確実に児童を手渡す準備を整えて待っている。この小学校には、写真を一切撮ってはいけない生徒がいるのを知っている。担任の先生に写真撮影の許可をお願いすると「今日は大丈夫...「個人の尊厳って」

  • 「あれは3年前」

    やはりこの季節、「初冬」と呼ぶのがお似合いなので、迷わずそう呼ばせて頂こう。初冬の朝早い川風を心配して少し重ね着で出かけた河川敷運動広場。岩国のシンボル錦帯橋の上流200m。見上げる目に飛び込む岩国城という素敵なロケーションのもと、少年ソフトボールに取り組む近郊の20チームが参加する大きな大会に来賓と言う形のご招待を受けた。かつては地元に進出して来た電力会社がスポンサーとなっていたリーグ戦だが、電力会社の事情で撤退したため財政的に窮していたところを、地元の子どもたちが多く参加するのだから、私たちの地域活動の中で出来る範囲の応援をしよう。これも、地域活動が標榜する「青少年健全育成」の理に叶った活動として実践している。そんな事情があって来賓として招かれ、開会式を盛り上げた。ただ予想通り陽射しのない時間帯は寒か...「あれは3年前」

  • 「似てはいるが異なるもの」

    隣りの空き地に生い茂るピラカンサ。びっしりと付いた実を深紅に染めて、小鳥のエサ場としてヒヨを呼び込む前に、艶姿は人間の目を楽しませている。このピラカンサの実が色付く頃の季節の呼び名には、毎年と言っていいほど悩まされて来た。今年も同じように少し迷っている。「今年も晩秋を迎え隣の空き地のピラカンサが見事に熟した」と表現しようか、「初冬の吹き抜ける北風の中で、隣りの空き地を真っ赤に染めるピラカンサ」と表現するか。どっちこっち大差ないのだから、どちらも間違ってないし、どちらを使ってもいいのよ、という声が聞こえる。ウ~~ン、その時の気分で使い分けるのがいいいようだ。ただ、間違ってはいけないのは季語としての使い分けである。晩秋は文字通り秋の終わりであり「秋の季語」となる。一方初冬は、こちらも文字通り冬の初めなので冬の...「似てはいるが異なるもの」

  • 「コタつむり」

    ♫出ん出ん虫ムシコタつむりおまえの頭はどこにある・・・♬この季節になると、里帰りする姫孫たちが真っ先にするのが、まぁるいホーム炬燵に潜り込んで、カタツムリならぬコタつむりを決め込むこと。顔半分まで炬燵布団をかぶって、ちっちゃな体ながら二人が炬燵を占領する。そうなると割を食うのはこのジジで、寒さに弱いのを我慢してテーブルに移動する。まだ温風ヒーターが準備されていない部屋の足元は冷える。半分はやせ我慢で孫たちの自由にまかせつつ、ちょっと気の毒そうな顔をする彼女たちに、チラッと片目をつむって見せる。ジジはつらい時もあるのだ。ここんとこゆっくり炬燵に入って、世界野球プレミア12を見ることもなく、日記やつぶやきを勝手気ままに綴るブログさえもままならないほどに、期限を切られた地域活動に追いかけられている。自ら背負った...「コタつむり」

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