ピーピー鳴っていた笛が突然やんだ。しかし、台所にいるはずの陽子から何の返事もない。キャベツを切る音も、包丁をふるう音もしなくなった。床を何かがはうような物音がする。何かを求めているのだろう。陽子が腰をかがめているらしく、カウンター越しに彼女の姿が認められない。それからバタンとお勝手のドアが閉まる音がつづいた。「もおう、どういうことよ。そこにいたんなら何か言ってよ。外に出るんなら出るわよって、ひと言、声をかけてくれたっていいじゃない」真弓が怒った調子で言った。「忙しいのよあたし。学校へ行くんだしね。探し物もあったの。せっかくきこうと思ったのにきけないじゃないの」真弓は台所の方を向き、しばらく立ち尽くしていたが、あきらめたのか居間のソファに腰を下ろした。左手に持っていた歯ブラシを、もう一度口にくわえ、ふんふん...フラジャイル。(1)