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風太郎のPな日々 http://futaro1980.blog.fc2.com/

昔の国鉄ローカル線、地方私鉄や最近のローカル線など、旅の写真と思い出で綴るブログです。

1980年代、「鉄道のある風景」を求めて全国を旅した風太郎が写真と文章で綴る、ローカル線紀行。バリ鉄ではありませんが、自然溢れる沿線や、出会った人々など、しばし「鉄路の叙情」を感じて頂ければ、と思っています。しばらく「鉄」から遠ざかっていましたが、最近復活、ローカル線の「今」も綴っています。その他自然風景、日々雑感諸々まで。なるべく頻繁に更新したいと思っています。よろしくお願いいたします。

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2011/12/18

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  • 初秋流れ雲 その8 雷雲去る

    只見線 入広瀬 2023年9月夕刻、秋晴れが俄かに掻き曇り、雷雲が広がった。 叩きつけるような雨と雷鳴。それも通り過ぎれば、わずかに色付いた西の空がのぞく。少しひんやりとした夕べは、やはり秋の入り口なのだろうか。© 2011 風太郎のPな日々 All rights reservedにほんブログ村風太郎初の写真集 「旅のたまゆら 1981-1988」 発売中写真集「旅のたまゆら 1981-1988」 SPECIAL WEB SITEはこちらB4変型判 25...

  • 初秋流れ雲 その7 目黒家

    越後須原 目黒家 2023年9月 昨今鉄道のケツばかり追わずにその土地ならではの歴史を感じるものを見たいと思う。いままで素通りしていた、越後須原駅近くの大庄屋目黒家の見学。帯刀まで許されたという大庄屋から「水呑百姓」まで、封建時代の厳しいヒエラルキーを感じさせるが、土地の名士として近隣のダム開発から只見線の開通まで尽力したと聞けば、利益誘導型政治家のはしりだったのかも知れぬ。築200年以上。部...

  • 初秋流れ雲 その6 終わらぬ夏

    只見線 越後須原 2023年9月秋空高く・・・いや入道雲か。暑い暑い暑い。暫くしたら激しい雷雨。秋は何処へ。 越後広瀬只見線全線開通から一年、しかしコロナに痛めつけられた鉄道会社の経費削減は線路に如実に表れる。伸び放題の夏草を踏みしめてゆく轍を、それでも穂が伸び始めたススキが見送る。© 2011 風太郎のPな日々 All rights reservedにほんブログ村風太郎初の写真集 「旅のたまゆら 1981-1988」 ...

  • 初秋流れ雲 その5 通学列車の朝

    只見線 越後広瀬 2023年9月頭を垂れた稲穂の上に高い秋空が広がった。通学列車が爽やかな風を切ってやって来る。座席を埋めた高校生に、まだ生きている鉄道の役割を見る。越後の山嶺に向けて朝の列車は小さくなってゆく。 毎日繰り返される6時54分である。© 2011 風太郎のPな日々 All rights reservedにほんブログ村風太郎初の写真集 「旅のたまゆら 1981-1988」 発売中写真集「旅のたまゆら 1981-1988」 S...

  • 初秋流れ雲 その4 体内時計

    只見線 入広瀬 2023年9月今回の撮影行の目的のひとつは「治療」にある。夜更かし朝寝の生活習慣は特にリタイア後顕著になって、このところ寝付けないまま朝を迎え、夕方頃読みかけの本を取り落として目が覚めるまで睡眠障害が重症化した。真剣に不眠外来とか行こうかと思ったのだが、待て待て、その前に試すべき治療法があるぞと。飯山線から只見線小出口に流れる。 入広瀬の道の駅は満天の星空の下。下り始発は6時過...

  • 初秋流れ雲 その3 野焼きの煙

    飯山線 西大滝 2023年9月1日の仕事を終えて。 野焼きの煙が流れる風景は良いものだ。傾いた陽が柔らかく里と列車を包む。野焼きの主はもう家路についたのだろう、線路際で燃えるそれにカメラを向けて構図を考えていたら。「何か?」と不審そうに尋ねて来たのは、まさに野焼きの主らしい。いや野焼きと飯山線の写真ですよと申し開いてもどうも心配げなのは、風太郎が「消防署の人」と疑われたから。カメラは証拠写真か...

  • 初秋流れ雲 その2 収穫

    飯山線 横倉 2023年9月9月もまだ上旬、この地方の稲刈りはまだ先だろうと思っていたし、下手すりゃ青田かと心配していた位だが、目の前で刈られていく様を見れば、杞憂というより危ないところだった。毎年の事なのか、それともこの猛暑の夏、稲の生育が例年に増して早いのか。金色の田を往復するコンバインと列車の位置関係は、気を揉んだ挙句にハズレになるのがデフォルトだが、ビンゴ。しかし暑い暑い暑い。日中35℃...

  • 初秋流れ雲 その1 毎度のことながら

    飯山線 替佐 2023年9月替佐の風景はC56の時代にここに詰めた人にとっては懐かしいものだろう。すり鉢状というか、左上の替佐駅までの勾配も相当なもんだね。 そしてご存じ蓮に向けた峠道が始まる。多分大きく変わった里の風景に変わらぬ線路が伸びてゆく。思えば5月の長良川鉄道以来になる。 そもそもあれは名古屋の野球の添え物だったのだから、もう半年近く真面目に鉄道を撮っていない。そもそも昨今の鉄道の何を撮...

  • 車窓の夕陽

    津軽鉄道 金木 1982年津軽鉄道のストーブ列車は17m級のオハ31系+西武の電車改造客車で長らく運行されていたが、1984年初頭に現在のオハ35系に置き換わった。 あまり車両に拘る方では無かったから気付かぬうちに変わってしまったし、それに対して趣味界が大騒ぎする様な風潮も無かったように思う。大宮の鉄道博物館にも収蔵されている通り、貴重な車両であったことは確かなのだが。津軽平野の落陽を背に、ごく当たり前...

  • ススキの波

    只見線 大白川 2019年ススキの波を泳ぐ。© 2011 風太郎のPな日々 All rights reservedにほんブログ村風太郎初の写真集 「旅のたまゆら 1981-1988」 発売中写真集「旅のたまゆら 1981-1988」 SPECIAL WEB SITEはこちらB4変型判 256mm×256mm×20mm収録写真153点 本文184ページオールモノクロ・ダブルトーン240線高精細印刷 (スーパーブラックインク使用)ハードカバー 糸かがり上製本定価 本体4,500円 税込...

  • 拡散

    鹿島鉄道 桃浦 1981年 写真集 「旅のたまゆら 1981-1988」 扉webの世界で「brog」の退潮が囁かれて久しいが、写真や文章を丁寧に見せるという点、そしていくらでも遡れるアーカイブ性は捨て難い。しかしその「丁寧な」という部分がむしろ煩わしい世の中になっているのか、スマホインターフェースを前提にしたSNSが幅を利かせる昨今である。写真は指で弾いて見るもんじゃねえよという抵抗感は強いけれど...

  • 大志集落

    只見線 会津中川 2019年雨雲が通り過ぎる。空を見上げて刈り入れのタイミングを計る季節が始まる。© 2011 風太郎のPな日々 All rights reservedにほんブログ村風太郎初の写真集 「旅のたまゆら 1981-1988」 発売中写真集「旅のたまゆら 1981-1988」 SPECIAL WEB SITEはこちらB4変型判 256mm×256mm×20mm収録写真153点 本文184ページオールモノクロ・ダブルトーン240線高精細印刷 (スーパーブラックインク使...

  • 白日夢

    駅名不詳 1981年 写真集 「旅のたまゆら 1981-1988」 「故郷の駅」より駅名不詳。 ミルクを流したような海霧に包まれた駅は、本当に在ったのだろうか。写真集序盤に見開きで出て来るこの写真は、ちゃんと記録を残さない性癖故に何処で撮ったものやら分からない。いや心当たりはある。 というより98%位根室本線は厚床だと思う。まずネガの並び。 このコマの直前まで海霧に覆われた、標津線沿線の物憂げな景色が...

  • 日出谷暮色

    磐越西線 日出谷 2015年結局写真集に載せたのは「目次」の1枚しかなかったけれど、日出谷ではよく撮った。当時は無論駅員が詰めていて、片面ホームに島式ホーム、多数のヤードが伸びたDD51の駐泊施設もあった。有名な駅弁屋が経営する駅前旅館の窓辺には、夜更けまでホイッスルが響いていたものだ。構内照明も煌々としていたはずのそこで、なぜ夜間撮影(当時の言葉で夜も楽しい「夜タノ」)しなかったのか、今でも悔...

  • 山里を歩く

    青梅線 軍畑大人の遠足。 鉄道公園のあとは「撮り鉄」も忘れません。 大幹線でもないのに雄大なトレッスルは産業鉄道の記憶。 ツタが這い上るはコスト削減のあおりかもしれないけど、赤ペンキとの真夏のコントラスト。橋脚を見上げる位置まで降りる小道が良かった。 まだやっている駅前雑貨屋に床屋、谷底の家まで草むらを下りてゆくランドセル小学生。鉄橋に抱かれた山里に遊ぶ。 青梅線 軍畑赤錆びた火の見櫓が、里を見下ろ...

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