孫娘の結婚式 バージンロードを手を繋いで歩くのが 目下の目指す目標という友が居る。 しかし在宅で九十歳を越えた母親の面倒を見ている 七十歳手前の彼は 至って元気で 現役で仕事をしている。 朝の珈
朝の珈琲屋で時々出る話題だが、日本語の変化が早すぎて、平均年齢が七十歳を越えるメンバーの世代では、付いていけないなぁという話しになる。読む事出来る。意味も分かっているのだが、使う機会が全くない。若い
毎年新年のご挨拶として頂く年賀状に先駆けて、喪中に付き新年のご挨拶ご辞退という葉書が既に何通か届いている中で、 ふと仙厓義梵禅師の弟子が書き記した一文を思い出した。義梵禅師の事は何度か本サイトに取り上
先日 朋友のMさんが,飛びっきり薬価の高い薬を次から次にと認可して 保険対象にして 国庫負担がどんどん膨らむとこの先 国はどうなるのか?と云う様な事をチラッと書いておられた。 手許に有る資料 少し
昨日昼前 『今日は営業されてますか? 予約制ですか?』 と若い女性の声で電話が掛って来た。『昼食時一寸外しますが。午後は5時半頃まで営業し吸います。』し云うと 料金を聞かれた。 カットのみの場合は少し割引
日本に居て 外へ出掛けない人が、どれだけ海外事情本音の部分が判っているかと思うと、柳居子も含めておそらく何も判っていないのではと思われる 新聞やテレビはもとよりSNSの情報システムは世界中行き
昨日は国際色豊かな営業日になった。 朝の珈琲屋仲間からプレゼントされた英文表記の地球儀が大活躍してくれた。そう堪能に喋れる訳では無いから 図体の大きな髭もじゃが理容椅子に座ると同時に 鏡の前に置いて
指に足りない一寸(3.03㎝)の身長だが 志の高い事を謳いあげるのが 背の低い人への差別に繋がるとか 鉞(まさかり)担いだ金太郎の鬼退治 昔の童揺は勧善懲悪 身長が無くても志を高く持てと言うのが歌い上げ
先日 初めてお越しになった客人 年齢は柳居子より何歳か年上と見た。幾らも髪の毛が残っていないにも関わらず 髪型を色々と指示されるのだが、ご自身でもどの様に言えば良いのか 言葉が途中で留まったりで仕事に
昨朝は、月に一度の整形外科通い。 毎日自注射する事はなくなったが、月に一度 両腕に充分痛い目の注射を受ける。 ブログプリント版を一カ月分先生に手渡して 注射の準備をしていた時 先生のデスクに回され
相次ぐ国務大臣の更迭を、我々国民はどの様に考えたら良いのだろうか? 任ずるに相応しいと考えての任命着任では無かったのか? 法務大臣は 死刑決済の判を押すだけが仕事と本音を明かすのは 良くない事と思
『手に職を付ける』という言葉の意味を 七十七歳此の年になつて 今更ながら有り難い事と思っている。先ず六十年間余り 同じ仕事を出来ている事。手に職は本来 喰い逸(はぐ)れないという意味であるが。金を得て
人々の営みの内容が、変るに従って 京都の町も刻々と変化していく様に思う。物心ついてからの町の変遷は時々記事にするし 何か書いておかねばという気分にもなるのだ。 建物の旧態が其の侭残っていると 誰が
染物を生業とする者は、商品造りに忙しく 自分が身に付ける物まで手が回らない。 又 いつでも出来ると思うから 白袴で過ごしているという話しだが、其れに類する話はどの業にも有ると思う。卑近な所では 床屋
地元紙の 現代のことば欄に、作家で立命館大学大学院教授の 千葉雅也氏が『10年続ける』という一文を寄せておられた。 10年とは、一定の熟達に達するための期間で有ると同時に、何か違う事をしたくなる
コロナ規制の部分解除の影響だとは思うが。遠来の客人が 昨日は四人もお越しになった。 年が明けると七十八歳になる老人が、一人で隠居仕事の心算でやっている仕事ではあるが、父が店を開いて以降 一日に外人
梅が一年の始まりの花なら 菊は一年のおわりか 結びの花の様に感じる。自宅庭の梅の木は、元気が難儀 少し選定を怠ると隣家へ枝を伸ばし『おたくのお梅さん お元気どすな。』と手入れをしなさい はみ出した枝払
昨日出掛けた催事の本番は、市民健康講座 呼吸器疾患の事 『咳に付いて学ぼう』というタイトルだった。講師は朝の珈琲屋のメンバー 最近は柳居子の隣りに座る。極最近まで百歳を越える母親の居られたお嬢様 講
新しい総理が誕生して、皇居での新任式を終えて 内閣構成の大臣との記念写真 法務大臣は総理の横に並ぶ位置に立つ。又 新聞報道に載る大臣名簿の筆頭は法務大臣 第二の人 法治国家で有る事を国民や全世界にア
西石垣 この三字を『さいせき』と読める人は少ないと思う。 秀吉が京都の町の大改造をした時、鴨川の流が安定する様にと 四条大路の西側に石造りの堰堤を築いた事から 西の石垣 何故 さいせきと呼ぶようにな
俳聖は、歳月の過ぎ行く様を、『月日は 百代の過客』 百代も続く旅人と表現した。 『光陰 矢の如し』と言う言葉も時々聞く 光陰 光は陽光の事 陰は月光 陰光の事 月日は射った矢が前へ進む様 共に月日
コロナ規制の部分的な解除のお蔭と言うのか、このところ11月に入ってから。海外からの客人が、既に九人を数える。台湾系の米人 モンゴル ハワイ スイス アメリカ ブラジル スペイン イギリス フランス
潮の干満 月の満ち欠けは、ほぼ人類が始まって以来の体験智 多くの暦は月の満ち欠けに基づいて作られているのかと思う。 又其の情報は。今の営みの中でも大事にされている。 陰暦から陽暦に替わったのは明治初頭
小学校の卒業記念文集が出てきて、往時の事を色々と思い出していたが。中学校入学して間もないころに起こった事件 これは以前にも載せた事が有るが 其の後の中学生生活に大いなる関わりも有った事でも有り 最近
1957年 昭和三十二年春 京都市立生祥小学校を卒業した。 筐底(きょうてい)の、その又奥の奥から出てきた 小学校卒業記念の文集、タイトルは『船出』と書いてある、謄写版蝋ひきの原紙に鉄筆で原稿を書い
「顔つき」と言うのは、実に様々な個体差が有る。生まれつきのものだから 整形でもしない限り 生涯付き合わねばならない物ときまっている。美醜をとやかく言うより、自分の顔つきが好きか嫌いかを択一で考えると
昨夜は久し振りにシャンソンリサイタルに出掛けた。親しくしていた友人 三木敏弘さんの細君 貴子さんのリサイタル 三木さんは柳居子より一回り上の昭和八年の生まれ 細君は四つほど年下と聞いていたが 昭和十二
朝の珈琲屋で出た話題だが、『最近は。読む事は出来ても 書く事が出来なくなったなぁ』 書く機会が少なくなってきて、見たら読めるのだが さて書くとなると、戸惑う事が多い。未だ読めるけど書けないという段階
新京極誓願寺の五十五世 策伝和尚は、落語の祖と言われている。八巻千余話は、何百年を経ても今に通じる話と 如何いう意味か判り難いものも有るが、人の営みと言うものに左程 今昔を感じさせない物も数多く有る。
吊り下げて有る カレンダー 十月を捲ると十一月 後ろに控えているのは十二月分一枚だけ。一年の六分の五が過ぎ 今月十一月分を捲る先は一年の十二分の十一が過ぎる事になる。何度か本サイトにも書いている事だ
京都の町 何処を歩いても店舗のテナント募集の張り紙が眼につく。柳居子が外を出歩くのは、日曜祝祭日店の定休日限定だから 本来人の出盛る日だが、繁華街等 混雑で歩けないほどだった。コロナ規制が緩み大分戻
「ブログリーダー」を活用して、柳居子徒然さんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。
孫娘の結婚式 バージンロードを手を繋いで歩くのが 目下の目指す目標という友が居る。 しかし在宅で九十歳を越えた母親の面倒を見ている 七十歳手前の彼は 至って元気で 現役で仕事をしている。 朝の珈
昨夕 最後の客人送り出して、バタバタとして中断していた昼食を食べ終わり もう営業終了と決めた。午後五時四十分ころ 見た事も無い髭面の巨漢が入って来た。例によって『私自身は 貴方をお迎え出来て 有り難
大阪で始まった 万国博覧会に 身近に居る人や 友人・知人が早々と出掛けた話しを聞いたり 予約を取る手段とか 会場内はキャッシュレスオンリーだとか柳居子の世代には 出掛けるまでに今の時代対応を身に付け
あっという間に、月日が経つと思う事が多い 『石の上にも三年』とか『艱難汝を玉とする』 苦労が人間を作ると教わった世代は、もう今の時代には通用しない事ばかり。誰もが一業専一 自分に与えられた仕事を精
日曜日恒例の ブログプリント版の配達 街歩きならぬ自転車配達は、電動アシストの三輪自転車が、自分の足以上に頼りになる。長距離を物を持って歩くのはもう無理な事だが 大きな籠の付いた三輪車は荷物の量 軽
日米間の関税交渉の最中に 日本の安全保障に アメリカが果たしている負担に対して 日本の感謝の意が足りないとか そういう話しが出てくるのは、 トランプ米大統領が アメリカと言う国は どの様な場所で何を
何十年も前 確かソニーの盛田昭夫氏が 『学歴無用論』という本を出され よく売れてベストセラーとなった。無学歴の柳居子には 関心を呼ぶ様な タイトルだったので 読んだ覚えが有る。 盛田氏は 技術系
今迄 何の気負いもなく 出来ていた事が出来なくなる。又 時間が掛かる。後体の何処かが 痛まぬか 等と考え 引っ込み勝ちになる。 其の事自体が 年取って身を守る事になるのだとは 判っていても寂しい事であ
歴史の始まりは 口伝 紙に書かれた事とか 石に刻まれて伝わった物と言うのは、それ以前の信じられない程長い人間の営みの結果と言えるのでは無かろうか 二足歩行が可能となって、手や指先が、他の生物と
京都の街は 歴史が長い分 色々なものが残っている。又 先の大戦で火空襲によって灰燼に帰すと言う事も無かった分 眼に見えない言葉使使いや 地名・町名・通り筋名 等 厳然と今も残っている これ等全ては
1日 · 我乍 下らない話しとは思うのだが お眼を煩わす。 昨晩 いつも通り 自転車で帰宅の心算が 大粒の雨が降ってきた。 雨合羽も持たず 傘差しての自転車帰宅は 無理と判断して 市バスで帰る事を
日本全国を新幹線網で結ぶ事 地域格差を是正するとか 一極集中の排除とか どれも根拠とする理由づけにはなる話だが、何十年も前 山陽新幹線が開通した時 店の御常連で 岡山の 天満屋という百貨店の貴金属
3日 · 河原町四条上がる東側、軒数は図かだが『黒川タバコ店』が在った 大正時代から続く老舗の煙草やだった。 柳居子がこの店を知った時は タバコ屋は廃業して『フランセ』という 当時流行の洋酒喫茶とい
3日 · 変遷というような大層な表題の記事では無い。久し振りに河原町四条から三条迄歩いて 覚えていた店が何時の間にか消え 新しく開店した店も 売上見込みが達成できないし直ぐに撤収するから どの様な
5日 · 今朝の自宅前 哲学の道沿いの 桜の開花状況は、『満開』『散り初め』が昨日までの事で 落花盛んと言ったところ 少し道を下った京大時計台前 東一条 吉田神社参道沿いの桜は 『散り果て』同じ種
4月5日 · テレビ局も巻き込んで 大騒動になっている 中居某の事とか 広末某というタレント 又 入浴中に死んだ女性歌手かタレントの事 柳居子は 名前も顔も全く知らなかったし 同じ世界 日本の事とは判
4月9日 6:39 · 料理屋 『松長』出入りの仲間で、西の親分と呼ばれる神戸在住の T氏が久し振りに店にやって来た・柳居子より少し年嵩だが 元気一杯 京舞篠塚の社中の一人が おさらいの会を開くと聞いて
4月8日 10:22 · 同じ場所 同じ時間 毎日変わらぬ営みをしていると、場所・時間を共有するような 人間関係の出来る事がある。 始発のバス通勤をしていた時 週一回 同じバスに乗り合わせて 口をきく
4月7日 11:46 · 桜 満開 眼の保養を満喫とは言わないのかも知れないが、日曜日恒例の プリント版配達に出掛ける先 何所もかもが 一斉に咲き 枝に蕾無く 地面に落花も無く 今日辺りが盛りの様に 咲き
4月6日 6:56 · 一見という言葉は、初対面 もとは遊里の遊女と客が初めて出逢う様子を表すことばだったという 柳居子は 一限と一字改めて 一回限りの客人と解釈している。遠来の客人は、殆どが一限さんだ
海外旅行の土産になるかと 『ポツダム会談』を取り上げた 未開封のCDを珈琲屋に持ってきた人が居た。「アメリカのルーズベルト大統領は 其の会談にン参加して直ぐに亡くなったのだよ」と話したら CDの表の画
ブログ記事のプリント版を、発刊毎 届けているから ご家族皆顔見知り。娘さんとよく話しを交し FB繫がりも有る。 昨日朝から二人目の客人として娘さんを迎える事になった。随分前 一度か二度顔剃りに見
朝の珈琲屋は、人間観察の勉強の場でもある。 この人は 今 何に関心が有るのか 又 今日は何を喋ろうとやって来たのか? 聞き役にだけ徹している訳でも綯い。 顔見知りには、此方から色々と声掛ける事も
祇園祭を彩るハイライトは、山鉾巡行が一番 京都以外から見て 祇園祭をイメージするのは 山鉾巡行に尽きるかと思う。 祇園祭の山鉾は、以前は町家(ちょういえ)と言って鉾山を出す庁内は町所有の土地建物を
殉職という言葉は、今も時々眼にするし聞いたりもする。職務上 仕事を全うするために死ぬ事。 主君の怨みを晴らして、後追い切腹の赤穂浪士も 殉死と言うのだろう。殆ど使われなくなった言葉に 『殉節』が有る
ブログ記事のプリント版を 在京の新聞社に三部ずつ 発刊毎に届けている。新聞休刊日の月曜日 大勢の人数で新聞を出しているのに 休みが有るのだね。私は十八年間 一日も休まず一人で記事を書き続けて休み無し
又 面白い体験をさせて貰った。昨日も遠来の客人の多い日で、午前中に集中した。 その仲の一人 小柄な人だが肌色は真っ黒 黒い髭を蓄えている。当初 髪の毛は短いから 髭のトリミングかと思ったのだが、頭髪
子供の頃 親に時々連れて行って貰った 寿司屋さんの湯飲みには。魚の名前と振り仮名を打った 自分の店で扱う魚を漢字柄にした湯呑だった。 漢字の篇・造りに 何が書き加えて字を作るという 母親が考え
『あんた 何時までも 一寸も変らんと げんきやなぁ』と言われ『元気そうに見せる元気だけは、未だ少し残ってる様です。』『鬱陶しい雨やね こんな土砂降りの日は 店までどうして来るの?』と聞かれ『雨合羽の
毎朝出掛ける珈琲屋 いきなり常連席五番テーブルの座るのではない。 開店三十分程前 未だ扉は自動開閉では無い。「只今開店準備中」の立札の横を通って 『開店準備中のお邪魔をして済みませんね。』という顔を
昨日 朝の珈琲屋の柳居子の 隣りの席にやって来たのは、近畿大学準教授 「韓勝旭」工学博士 久し振りにお目に掛り 色々と面白い話で盛り上がった。 日本と韓国との歴史感 捉え方の違いとか 京都から東
観光ガイドを束ねる様な仕事をしている友人が、「西陣」の事を詳しく書いた本を 上梓出版する事になった。 下書き原稿を渡されて、何かご意見 アドバイスをと言われた。 『学術書では無いのだね?』と 尋
一寸強い髭剃り後 柳居子の店は、父の代から メンソレータムが常備してあって、肌の消炎効果を 良く知っている。 今はロート製薬から販売されているが、長く近江兄弟社の人気商品だった。最初に販売した人
小・中学校 同窓同級だった女の子の訃を 彼女の旦那さんから履いた。 ご主人は、朝の珈琲屋の同卓の仲間だから 同級生の奥さんの容態は聞いていたから 突然亡くなったという感じはしないのだが 残された旦那
並べて論じる絵画では無いとわかっているのだが、写生図と、版画の下絵と判っていても 日本人の多くが知る、伝わった安藤広重の『東海道五十三次』と雪舟の『天橋立図』 二点の絵を論じるのではなく 感じた事や
先日 誘われてカラオケに出掛けた時、同行は柳居子より年嵩の女性と 同年配の男性との三人 カラオケシニア割引客だった。 何を唄うのか 出掛ける前 一応準備曲名を書いた紙切れを持って行くのだが、今宵
昨日お越しの客人は、全身刺青の髭面の男性。 顔を剃ってくれというスマホ画面の 日本語表記を見せられて、黙って理容椅子に招じ上げて 仕事に取り掛かった。 全身刺青が 如何いう状態かと言うと 顎から
国立奈良博物館で、開催中だつた『空海展』 最終日九日に出掛ける予定が叶わず残念な事だった。 柳居子の戸籍名『國弘』の一字『弘』が、弘法大師の諡号弘が付いている事から 何となく親しみを覚え 伝記と
朝の珈琲屋で出る話題、テレビの連続ドラマの影響が有るのか、源氏物語が頻繁に出てくる。 今の時代 歴史ドラマに対する理解も 何か一つ疑問が出ると 即スマホの検索をすると 何となく判った様な気がす
日本麻雀連盟の認定 五段を持っているのだが、段位認定書は四段止まり 五段の認定に 二万円と云う金額を払えと言われ 五段位権利放棄をしたのだ。連盟の総裁は、新日鉄の稲山さんがされていた。 何十年も前の