みんなで1枚の大きな紙に絵を描いている。もう遅いからと言って2人が家に帰る。1人で好きなように描きたい僕は最後まで残ることにするが、絵の具は既に青と黄色しか残っていない。 後ろを振り返る。半開きになったままのドアの向こうから入りこんできた熱い風に吹かれる。風は絵のところへ行く。それは絵を乾かそうとしているのだ。 ...
君に手を引かれて、橋を渡った。河岸では花火が打ち上げられている。大勢の見物客がいた。見物客たちは、地べたに座って、夜空を見上げている。そしてなぜか、身動きひとつしなかった。時間が止まったようだったが、彼らの話し声は聞こえた。 動かない唇から、言葉たちは永遠に途切れない涎のように流れ出していた。 僕たちは彼らの間に腰を下ろした。そして口を動かして話をした。そんな僕たちを見て周囲の涎...
用意されていたのは、ニットのワンピースだった。女の着る服じゃないかと思った。しかたなく着た。姿見は見なかった。代わりに目の前の男を睨んだ。 さっき、電話があった。この建物に爆弾は仕掛けられていないと。なぜ相手は、そんなことを話すのだろう。 廊下に出ると、爆発音がした。階下のテレビかも知れなかった。本当の爆発かも知れなかった。わからないのだ。 ふと見ると、僕の服はあちこち...
その扉はシャッターのように縦に開けることができた。障子や襖のように横に開けることもできた。僕は縦に開けた。そうすると向こうはキャンプ場だった。 放置されたテントがいくつかあった。すべてのテントに横に開けるタイプの扉がついている。夜だった。見上げると満天の星だった。もうどの扉も僕は開けなかった。ただまっすぐに歩いた。もうキャンプ場でもなかった。 夜空から星の光が一面の透明な滝となっ...
僕は考えてきたセリフを言った。君はそれをとても気に入ってくれた。君はいつの間にか日本語がわかるようになっていた。僕たちはずっと日本語で話をしている。カフェにいつものメンバーで集まっていた。 僕の考えてきたセリフと同じことをみんなも言った。韓国語や英語やフランス語で。僕のシナリオは正式に採用されたのだ。何もかもが思い通りに進んで行った。翻訳も正確だったしみんなの演技もよかった。しかしそん...
盲目の女がボルダリングをしている。僕は彼女の右横にいる。僕は彼女に指示を出す。彼女はそれを完全に無視する。耳も聞こえないのかも知れない。 彼女は失敗して落下する。床に叩きつけられる。落ちるときに悲鳴を上げたはずだ。落ちたとき苦痛の声を発したはずだ。けれどそれは聞こえない。 なぜなのかわからない。 そして‥‥、ふと気づくと僕には腕がない。腕は僕の体から離れて、壁を軽々と登って...
答えを聞きたくなかったのに、僕は質問した。 テレビには死んだはずのニュースキャスターが出ていた。父だ。朝の7時のニュースだ。彼は未来を見てきたと言った。そして衝撃の事実を語り始めた。 話だけではない。証拠となる映像もあった。コマーシャルは一切入らなかった。僕はテレビのボリュームを上げた。目を覆うようなシーンでは逆に下げた。 目を覆うようなシーンはつづいた。 ついに音...
エレベーターで6階まで上がったのは僕1人だけだった。みんな5階で降りた。みんなが正しかった。僕も6階から階段で5階へ下りた。その間に電車は出てしまった。 5階は駅のホームだ。次の電車が出るのは5時間後だ。 電車はもうホームに停まっている。僕は運転席に乗り込んだ。しばらくそこに座っていた、何もすることがなかった。 夜が明けると、誰かが朝刊を届けてくれた。 ...
レジで前に並んでいた両腕のない女が、買い物袋はご利用ですか? と訊かれていた。そのレジ係にも、腕はなかった。 私には腕がないから買い物袋は使わないのよ、とその女は答えていた。 そうですよね、レジ係も言った。 それから2人は振り向いて、無言で僕の腕を見つめた。 ...
水の代わりに砂が流れている川。水は固まっていた(氷という言葉をそのときの僕は思いつかなかった)。その上を少量の砂がさらさらと流れていくのだ。「さらさら」という声が聞こえた。声のする方に顔を向けた。人が10m置きに川岸に立ち、実際に口で「さらさら」と言っていた。 ...
冷蔵庫を開けると、ヨーグルトの小さなパックが、大量にあった。誰がこんなの買ったんだろう。僕はいつも、900g入りのやつを買っている。そのほうがお得だから。 ガレージには、大きな車が1台。その横に、君と僕の自転車がある。車の助手席や後席に、ビニールの買い物袋に入った、たくさんの食品が置いてある。冷蔵庫にはもう入らないよ。 ...
家に来ていた女性は、誰の客なのだろう。僕がつくったカレーを、おいしいおいしいと言いながら食べていたが、結局半分以上残した。女房がその皿を持ってきた。 「本当はおいしくなかったのかな‥‥」 僕はそのカレーを、ゴミ箱に捨てようとした。しかしゴミ箱はいっぱいだった、僕が昨日家族につくったパスタが、ほとんど手をつけられていない状態で、捨てられていたのだ。 仕方なく僕は、そのカレーの残...
カレンダーを見ると、14日と21日の月曜日が、祝日になっていた。今は何月なのだろうと思う。僕はどこの国にいるのだろう‥‥ 電話がかかってきた。僕にかかってきた電話らしい。けれど電話に出た女は、僕とかわろうとしない、「25日に出勤してほしいそうよ」と伝えた。 25日って、祝日だったっけ‥‥? 「はい喜んで出勤しますって、答えておいた」 ...
「万歩計を持ってる?」 持ってるわけがない。 「だめよ、持たなきゃ。歩数でポイントが貯まるのよ」 そう言って君は、映画館で、カフェで、ホテルで、万歩計を見せた。 料金は、タダになった。 僕たちが空港からホテルまで、何時間もかかって歩いてきたのは、このためだったのだ。 飛行機の中でも、君は歩き回っていた、「席にお戻り下さい」としつこく注意されても。 ...
映画の途中、スクリーンの前で、何かの工事が始まった。観客たちは、大ブーイングだ。一旦、上映は中止され、客席の前に、チアガールたちが出てきた。ハーフタイム・ショーが始まった。 チアガールの数は、観客の数より多かった。何千人もいた。それで観客たちも、ブーイングをやめた。その数に威圧されたのだ。 僕は呑気に、チアガールたちの尻を撮影している。その様子を見て、隣の紳士が言った、 「お...
口紅に乗って移動した。口紅の航続距離は短かった。口紅の全長より短いくらいだった。目的地に到達するまで何度も乗り継いだ僕。 口紅は使い捨てだった。振り返ると口紅の残骸が転がっている。僕が乗ってきた口紅だ。それはいくつも転がっている。 ...
スーパーで買い物をして、レジに並んでいる。重いものを買った女性が、店員から、「ヘリウム入りの袋はご利用ですか?」と訊かれていた。そんなものがあるのだ。 「空気より軽いんで、浮力がつくんですよ」 「いいです、車なので」 と女性は断っていたが、僕はためしてみたい。列を離れ、重い米を探した。 ...
新聞に映画の広告が出ていた。『2人の女スパイ』。1人はふだんOLとして、もう1人は売れない歌手として生活している。 歌手のライブに、OLは行く。 そこで歌われていた外国語の歌詞を、日本語に訳してみる。するとそれは、暗殺の指令である。「歌い手を殺せ」と解読できる。 またその歌詞を、別の言語に訳してみる。それも暗号メッセージである。「歌い手を逃がせ」 ...
ドアを開けると、その部屋には便器があった。トイレのようには見えなかったが、トイレなのだろう。僕はその隣の部屋のドアを開けた。玄関のように見える場所だったが、そこにも便器はあった。 その隣の、キッチンのように見える部屋にも、ちゃんと便器はあった。 ...
シャワーを浴びようとすると、そこには柱がいた。しかも1本ではなく、家中の柱たちが集まって、シャワーを浴びている。僕は怒って、(持ち場に戻れ、お前たちがここでこんなことをしていたら、家は倒壊してしまう)と言おうとした。 しかし家は、倒れていないじゃないか‥‥。それで僕は気づいた、柱なんてあってもなくても、変わりないのだ、と。 柱たちは、見たことのない緑色をしていた。シャワーを浴びる...
傘を開くと空から少量の飴が降ってきた(閉じるとやんだ)。何度か繰り返した。 これを屋内でやったらどうなるのだろう、と思いためしてみた。自分の家でやった。その傘を部屋の中で開いた。すると天井から大量の温水の雨が降ってきた。僕は傘を放り投げ、服を着たままシャワーのようなそれを浴びた。 ...
バス停まで、僕は走っている。1歩ごとに、僕の身長は半分になる。全力で走ったが、バスの停まっているところまで、永遠に辿り着けない気がする。 最終的には、僕の身長は1ミリ以下になる。 辿り着いたはいいが、車内に乗り込むことができない。梯子を下ろしてくれ、と僕は叫ぶ。羽根があるだろ、と乗客は叫び返す。飛べよ。そんなものはない。悪質なジョークだ。別の乗客がロープを投げてくれる。 ...
小便器の脇にテーブルがあって、着飾った男女がワインを飲み食事をしていた。 「気をつけてくれよ」と男の方が言った。女の方は何も言わなかった。 小便が終ると僕は、自分の席に戻った。それからじっくりと時間をかけて、メニューを読んだ。 ...
赤いレンガの壁の一部が円く輝いていた。僕はその円の前に立った。すると動けなくなった。もっと格好いいポーズで固まりたかった。 誰かが写真を撮った。後からあとから人は来て、動けない僕はたくさんの写真に撮られた。 ...
1階のテレビで、みんながドラマを見ていました。2時間くらいある、スペシャルです。僕はそんなものより、録画したビデオを見たかったので、早く終らないかな、と思っていたのですが‥‥ ドラマは、中盤に差し掛かっていました。やくざたちの肛門に酒を流し込んで、ベロンベロンに酔わせて、記憶を失わせる、という場面。 やくざたちを逆さ吊りにして、尻から酒を飲ませるシーンは、すごくおもしろくて、笑い...
自分で自分のことを好きだと言った。そうか、とみんなは言った。僕はドラム管の中に入っていた。みんなは僕を取り囲んでいる。「みんなのことも好きだよ」と僕は言った。スイッチが押された。僕は夜空に打ち上げられ星になった。みんなはジェットコースターに乗りに行った。 ...
機械が出してくれた書類を持って、別の機械のところへ行く。その機械はまた別の書類を出してくれた。書類には風呂に入れと書いてあった。ちょうど機械の脇に風呂場がある。脱衣場で服を脱ぎ中に入った。 浴槽にはお湯の代わりに靴下があった。蛇口をひねると出てきたのも靴下だ。靴下には漢字で「修学旅行」と書かれている。それもまた一種の書類なのだと悟った。僕は今から修学旅行へ行かなければならない。 ...
風呂場に、スピードガンが設置されていた。湯に浸かったあとで、僕は渡されたボールを投げた。いつもよりも、速い球が投げれた。 風呂で歌うと、上手く歌える、あれと、同じ理屈だ。僕は、気分がよい。 ...
ゴミ箱の中に盛りつけられたパスタ。具がたくさん。無料だった。とてもおいしそう。皿に盛りつけられたものよりずっといい。混雑した店内。立ったまま手で食べる。少し残した。食べ切れなかったのだ。 ...
車でコンサート会場に向う途中、チケットを忘れたことに気づいて、家に引き返したが、それでも僕は誰よりも早く到着した。 まだ午前中だった。僕はコンサートホールの地下に穴を堀り、そこに潜り込んで少しうとうとした。 待っている。だんだん人は集まり始めた。僕は穴から出て、ロビーに向った。若い作曲家の友人が、ベビーカーを押してあらわれた。ベビーカーにはサングラスをかけた大人の女性が乗...
僕は午前11時から12時までの時間を男性名詞として扱いたくなる。正午から13時までは女性時間。そこから先はよくわからないが小学生以下の子供たちのものか。 12時59分30秒若い女は僕に花をくれる。その香りを嗅ぐと何か広大で曖昧な共同メモリアル墓地のようなものが僕の心に引き寄せられ、狭められ12時59分37秒しっかりとしたハート型になる。 ...
無人島で助けを待っていると、その男は来た。立ったままボートに乗って、‥‥そのボートは、漕いでもいないのに進んだ。 「よお」とその男は言った。「来たぜ」 「うん‥‥」 「この島、お前らの島か?」 「そうだよ」と僕の友達は嘘を言った。 「ふん、お前ら名前は?」 僕たちは名乗った。 「デビッド・ボウイです」「ジョン・レノンです」 「デビッドくんよ、この島と...
心臓の手術をするのに、麻酔はかけられなかった。執刀は僕の学生時代の友人だ。彼はスーツを着て、手術室に入ってきた。 「心配しなくていいよ、実際の手術は、あのマッチョマンがやるから」 彼の指差す方に目をやると、ボブ・サップみたいな黒人が筋トレをしていた。 「うん、あのさ、麻酔とかしないの?」 「麻酔?」 「あとさ、メスとかそういうの使わないの? 人工心肺は? ここ何にもない...
落ちている帽子を拾う。白い帽子。そこにある「情報」を読み取る。読むための機械もある。だが僕は使わない。それよりもまた別の帽子が落ちていないかと探す。 ‥‥見つけた。その帽子は黒い。帽子と帽子をつなげて、グレーの帽子にした。機械は値段だけを表示する(それは読み取るには大きすぎた)が、僕は支払わない。 ...
落ちている帽子を拾う。そこにはある「情報」が書き込まれていた。僕はそれを読み取り、また別の帽子が落ちていないかと探す。 ‥‥見つけた。帽子と帽子をつなげて、「物語」にした。帽子から情報を読み取る機械もある。機械を使う日もある。だが機械が読み取った情報をつなげた物語は、何か違うのだ。 ...
人間が地面に寝かされて、田んぼの畦になっている。生きた人間がだ。この田んぼの米はとても高くて買えない。 ...
洞窟から男の声がした。声は質問をした。世界は単純なのか、複雑なのか、と訊いていた。僕は答えられぬまま、その洞窟に入った。 洞窟の奥に、光が見えた。光の中に、村があった。川が流れていて、女たちが水浴びをしていた。 その村には、女しかいなかった。僕はそこに、身を隠した。すぐに追っ手は来た。「この村で、男をかくまっているだろう」。追っ手の女は言い、刀を抜いた。 僕はその女の前に出...
「今、何をしてるの?」 「今は、家にいるよ」と僕は答えた。 「家では、母が寝てる。今から、抜け出せるよ」 全部昔のことだった。 写真の中の女が、僕に話しかけてきた。 「君と不倫をしたい」と僕は迫った。 「だめよ、私は太ってるわ。結婚して太ったの。写真とは違う」 「君が理想なんだ、理想のタイプなんだ」 「嘘ばっかり」 「手をつなごう」 ...
ノックの音がした。僕が喫茶店のドアを開けると、黒い競泳用の水着を着た人魚が横向きになって入って来た。泳いで来た、と若い人魚は言った。 外はひどい雨、洪水よ。 「髪が全然濡れてないね」 当たり前でしょ、という顔をする人魚。おかしなこと言わないで。彼女は空気中も泳げる。宙に浮いているように見える。 あなたの店も水の底に沈むわ。 本当だろうか。怖くなって僕は窓から外を見...
アニメのフィギュアに夢中になっているなんて理解できない、と僕は声を上げる。人を批判するなんて、珍しいことだ。 いいじゃないか、と友人たちは言う。ほうっておけばいいさ。 僕はオタクたちに近寄っていき彼らが大事にしているセーラームーンの人形を凝視する。 オタクの1人が人形をつまみ上げ自分の口に入れる。彼はそれをゆっくりと噛む。 ...
出された水は炭酸水だった。喉が渇いていた。僕は一気に飲みたかったのに‥‥ 開店前のレストラン。フランス料理。外は明るいが、店内は暗い。僕は立ったまま炭酸水を飲む。 (心が痛くなるくらいの炭酸が入っている。) 耳を金色に塗ったウェイターたちが出てくる。まだ誰も制服を着てない。上半身裸だ。彼らも僕と一緒に飲む。 暗がりの中でたくさんの耳が光る。 ...
その建物の地下には2台ピアノが置かれていた。それぞれのピアノの周りに人が大勢集まっていた。演奏されたのはクラシックの同じ曲だったが、客層はまるで異なっていた。僕は2台のピアノのちょうど中間に立ち、両方の演奏を聴いた。 それから階段を上がって、建物の外に出た。君と待ち合わせだった。 ...
君は旅行をする。君はレタスを買う。君は鞄の中にレタスを入れておく。持ち物はそれだけだ。 移動中にレタスを食べる。1枚1枚。瑞々しいレタスの葉。齧るときにシャキ、シャキと音がする。それはカメラのシャッター音のようだ。 ...
地下鉄の駅前がスケートリンクになっていた。無料のリンクだが、誰も滑っていない。空が暗くなってきた。足元の氷は発光し始めた。僕たちはスケート靴を持ってなかった。かまわない、と君は言った。普通の靴で滑り出した。 ...
そのおじいさんの胸は膨らんでいた。そこだけ別の人の体を取り付けたようだった。おじいさんはその巨乳を強調する服を着て得意そうだ。僕は胸の谷間を凝視した。手で触ってみようかと思う。セクハラにはならないだろう。 ...
10歳の僕がふざけて電子レンジを「チン、チン」と何度も鳴らすと、脇にあった多肉植物の鉢が倒れた。どういうしかけになっているのだろう。僕は倒れた鉢を元に戻した。そしてしっかりと手で支えた。今度は本当に料理を温めようとする。 ...
その刀が僕を切った。僕からは血が吹き出た。友達の家の廊下だった。玄関のテレビ電話で救急車を呼んだ。 友達のお母さんは逃げる刀を捕まえようとしている。救急車はまだ到着しない。僕は突然悟った。救急車は来ないだろう。友達のお母さんはいなくなってしまった。部屋の中では何事もなかったかのように誕生日パーティーはつづいている。ふと僕は怖くなって逃げ出した。 ...
透明な水があった。重そうな水だと思った。持ってみたわけではないが、その重さは感じられた。 水の入っている容器を、金属の棒で叩いた。ビンビンビーンと、重そうな音が出た。僕は何回も容器を叩き、音を出した。 音は全部抜けた。水は軽くなった。 僕はその水を手ですくって、着ていた服にかけた。服は濡れたが、僕はそのことを感じなかった。 ...
柱が立っていた。柱は緑色に塗られていた。 その柱の向こうにも、緑色の柱はあった。緑色は塗り立てだった。柱はもともとはどんな色だったんだろう、と思いながら進んだ。 何本もの柱はあった。すべてが緑色に塗られていた。その他に緑色のものはなかった。 ...
朝の町、晴れた空からジェット機の爆音の粒が降ってきた。街路樹に粒は降り積もった。粒は木の枝を折った。道行く自動車にも積もった。車は粒の重さで道路にめりこんで動けなくなった。 ...
コンサートの終わりに、前々から考えていた質問をする。相手は世界的な指揮者。フランスで亡命生活を送っている。フランス語でいいだろうと思っていた。だが僕のフランス語は通じない。 僕は彼に本を贈る。「これは本です」と僕は言う。本という単語を英語で言い換えた。途端に高齢のマエストロの目は輝く。「この本であなたについて学びました」と僕は言う。 ...
肉の塊を飴玉のように舐めていると、唐突に出発の時は来た。僕は頷いて動く歩道に足を乗せる。すると僕の身長は1/3に縮んだ。仲間たちは自分の足で歩いている。そうなのかこれが理由なのか。だが動く歩道を降りても僕の身長は元通りに戻らなかった。 草叢の中で巨大な女の人が倒れている。大丈夫ですかと声をかけたが返事はない。別の女の人がやって来て僕に言った。それは女の人の形をした野糞なのよ。人間ではな...
有人のロケットが打ち上げられるというので僕は屋上に出た。間に合った。ちょうど打ち上げられるところだった。ロケットは夜空に飛翔していく。 見物客は僕1人だ。 夜のそれほど遅い時刻ではなかったが、町には車1台走っておらず、静まり返っている。 ところでロケットを見ていると、宇宙服を着た乗組員が1人、窓を開け、パラシュートもつけずに飛び降りるではないか。 ...
子供がベッドで寝ようとしている。僕はその顔の上に蓋をした。蓋は薄いベニヤ板だ。板の表面を軽く撫でた。 蓋を開ける。すると既に子供が眠っているのがわかる。 しかしその子は僕の子供ではなくなっている。‥‥戸惑っていると隣の部屋から本当の親が様子を見に来る。 僕は「とてもかわいいお子さんですね」と言って立ち去る。 ...
さっきのレストランに、大事な拳銃を忘れてきた。慌てて取りに戻ったが、もうなかった。僕は刑事だ。刑事になったばかりだが、クビだろう。先輩の刑事に報告した。 「僕、クビですよね?」 先輩は、あちこちに電話をかけ始めた。何件目かの電話が当たりだったようで、しきりに頷いたり、笑ったりしている。そして通話を終えると、シャツの袖をまくり、鳥肌を使った暗号のメッセージを僕に見せた。 「これは...
木を伝って、310号が部屋に上がってきた。 そういえばこの部屋は、310号室だった。満月の夜に310号が来たとしても、不思議はない。 310号というのは、彼の本名だ。年齢はよくわからない。若くは見える。 会うのは数年ぶりだが、見た目は変わらない。金色のジャージの上下を着て、髪も金髪だ。 彼はズボンのポケットから、日本の500円玉を1枚取り出した。 それは金色では...
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みんなで1枚の大きな紙に絵を描いている。もう遅いからと言って2人が家に帰る。1人で好きなように描きたい僕は最後まで残ることにするが、絵の具は既に青と黄色しか残っていない。 後ろを振り返る。半開きになったままのドアの向こうから入りこんできた熱い風に吹かれる。風は絵のところへ行く。それは絵を乾かそうとしているのだ。 ...
ラジオをつける。待っていたかのようにDJが喋りだす。「○○君においらの先生を紹介するよ‥‥」どうして僕の名前を知っているのだろう。 「先生はすごいんだ‥‥」 「先生はバレーボールの選手だった‥‥」 僕の背後に背の高い女性が出現する。彼女は僕の隣にやってくる。11時になった。DJはお喋りをやめる。 ...
その宇宙船には刑事だけが乗っていた。何百年も人工冬眠して大宇宙を旅する‥‥。目的地に到着する前に1人目覚めた刑事は不思議に思う。「犯人」はどこにいるんだろうか。 ...
ホテルのロビーのテレビのニュースに映っているのはこの人たちだ‥‥オリンピックで大活躍した選手たち。スキャンダルの渦中にある彼女らと同じホテルに泊まっていた。僕はテレビを消すか、チャンネルを変えようと思ってリモコンを探した。背の高い彼女らの間を、スキー板を持ってウロウロした。‥‥僕はスキーは初めてだということを彼女らにまだ言ってない。 ...
オフィスで働いている僕たち4人のもとに料理が運ばれてきた。仕事を中断して集まった。何なんだろう。注文した覚えはない。後から請求が来るのだろうか。料理を運んできた女性は何も言わずに帰った。 同僚の男性が一口食べた。目を伏せ、何も言わずに仕事に戻った。それを見た僕らは働く気をなくしたのだ。 ...
カンフーのような、護身術の訓練を受けていた、僕の隣では、別の訓練生が、銃の扱いをレクチャーされている。 狙い、構えた。彼は、何発か撃った。弾は、ゆっくり飛んだ。人型の標的に向って、まっすぐ進む、弾丸、彼は自分の撃った弾丸を追い越し、倒錯的な喜びを感じながら、笑顔で標的の前に立った。 ...
最初に人の名前、そして「これは演習ではない」と、放送があった。僕に向けられた言葉ではないのだろう、か。僕は自分の名前が、思い出せない。 容疑者が、非常階段を下りてきた。赤い靴と、スカート。部屋で、着替えてきたようだ。僕は、拳銃を構えた。「これは‥‥拳銃ではない」。そして、僕は、先程の名前を叫ぶ。 ...
「傘貸して」 「やだよ」 雨の季節が来た。地面から緑色の茎が生えている。1本だけ。ネギのように見えるが違う。それは傘だ。それはあちこちに生えている。強い風が吹いて斜めになる。 ...
整形外科医になった妹に手術してもらうことになった。お兄ちゃんは口をもっと大きくした方がいいと言う。横に広げるのだ。洗濯バサミのような器具で僕の唇の両端は引っ張られた。その状態で笛を咥えさせられた。何か吹いてと妹はリクエストした。 ...
無人のゴール前でパスを受けたバスケの選手が、丸出しにした尻をペンペンしたりして、相手チームをからかうが、 どうすることもできない。 彼はシュートを決めた後、ゴール裏にあった平屋の住宅に駆け込み、奇声を上げ、中にあったテレビやソファーを窓から投げ捨てる。 ゴール周辺が、粗大ゴミ置き場のようになる。ボランティアによる片づけが始まる。試合は一時中断する。 ...
宝くじを買う。そこには僕の顔が、紙幣のように印刷されている。手に取り、ずっと眺めている。5億円。当たったのだ。 1日中、ニヤけている。 「お兄ちゃん、もしかして」妹が声をかけてくる。僕は当たりくじを妹に見せる。 「この顔はお兄ちゃんの顔だ、間違いない!」 「これで大金持ちだな」 「金持ち兄ちゃん(笑)、私にいくらくれるの?」 「お前さ、これからバイトだっけ?...
日本の大富豪がモナリザを買ったという。ニュースを見た。世界的名画だ。 例の謎の微笑がテレビに大写しになる。 だがその顔は、どう見ても僕の顔だった。モナリザは、僕だった。 大富豪がインタビューで答えている。 「今日から私がモナリザ」 いつ入れ替わったのだろう。モナリザと大富豪と僕と。 ...
その女性は、バスの中で歌い出す。「あのカーブを左に曲がると、町は外国気取りよ」 僕は初めて聞くが、よく知られた歌らしい。乗客のみんなが、合唱し始める。実際にはバスは、右折する。急停車する。 みんなが降りるので、僕もつられて降りた。しかしそこは、僕の行きたい場所ではない。 みんなは改めて、左に行った。僕はまっすぐ行くことにする。僕の行く道にだけ、雨が降っている。 ...
バスを待っていると知らない女性が話しかけてきた。僕の親しい友人だというふりをしたがっているようだ。東洋人にしては異様に彫りが深く、きれいな人だったし、話もおもしろかったので、僕も演技してあげることにした。 愛想笑いをしたり、「そうだね」などと相槌を打ったみたりである。そのうちにバスが来た。 バスの中では、僕たちは少し離れて座った。すると彼女の隣に座った男性が、彼女に話しかけた。彼...
そこは砂漠だった。歩いていくと雪原になった。足元の雪は固く凍りついている。 何度も滑って転びそうになる僕の、ポケットの中の電話が鳴った。安全な「小屋」にいる友人たちからだ。 「今夜の巨人・中日は、どっちが勝ったんだ?」 知るか、と思ったがテキトーに答える「巨人」 「何対何で?」 雪原の中に、黒いセダンが1台停まっているのを見かける。何なんだろう? 僕は乗せてもらおう...
彼女は高校の制服を着ている。バッジを見ると2年生だ。男の後をついていく。それは学校のある方向とは違う。 僕は高校の方へ向って歩き出す。僕は3年生だ。僕の前を女の人が歩いている。僕も女の後についていく形になってしまった。彼女の顔は見えないけど美人だろう。 ...
国境を歩いて越えたとき、クレジットカードも現金もないことに気づいた。家に忘れてきた。家は歩いて帰れる距離にあったが、戻る気にならなかった。もう面倒くさかった。考えるのも、決断するのも。 1人で来ていた。ジャージの上下を着ていた。パジャマの代わりにしている、紺色のジャージだ。ポケットに煙草の箱があった。国境の兵士に渡そうと思って持ってきたやつだ。彼らがワイロを欲しがると思ったのだ。 ...
カーテンを開けると眩しい日差し。夏の朝だった。朝から暑かった。しかし窓の外は雪だった。激しく降っていた。積もってはいなかった。積もるのだろうか。 子供と一緒に予想した。どのぐらい積もるだろう。スキーができるくらいに? いや積もりはしないさ。結局その日、僕たちは外に出なかった。なので雪がどうなったのか知らない。次の日の朝はいつもどおりの夏だった。 「もう雪は溶けてしまっただろうね」 ...
郵便受けに入っていたスーパーの特売のチラシを手に歩き出すと住宅街は幟の立ち並ぶ商店街に変わっていた。驚いて後ろを振り返ったがそこはもう僕の家のある区画ではなかった。空には飛行船が浮かんでいて通りには賑やかな音楽が流れている。とにかくしばらく歩いてみることにした。 僕の家の前に着いた。どうしてこんな商店街のド真ん中に僕の家があるのだろう。玄関のドアは閉まり切ってなかった。これはいけない、...
僕の家は広い。だからなのか、たくさんの人が集まってくる。何人かは知り合いだ。さっきまで話していた。彼らは自分のウチに帰った。玄関まで見送りに出た。 2階に残っているのは知り合いの知り合いといった連中だ。寝室では女のコが2人、裸になって抱き合っている。その向こうでは誰かが煙草を吸っていた。ここは禁煙だよ、と僕は注意して窓を開けた。 ...
木星の衛星にいました。君と木星を見に来たのです。空に浮かぶ木星。太陽系最大の惑星。 そして足元の水槽の中にも、「木星」はありました‥‥ 水槽に手を入れ、木星をまさぐる僕に、君は訊きます、「木星に生物はいる?」 「探してみるよ」 木星の大きな渦を、ぐるぐるとかき混ぜていたのは僕です。 ...
みんな小走りでした。1人として歩く者はなかったです。僕も小走りしました。疲れると停止して、体力が回復するのを待ち、そしてまた小走りし始めます。決して歩きません。みんなで誓ったのです。 ...
バルコニーに出ました。僕の目の前を蝶が高速で過ぎていきました。あんなに速く飛ぶ蝶を初めて見ました。 次から次と蝶は飛んできます。ここは蝶たちのハイウェイになっていたのです。僕は蝶に撥ね飛ばされそうになりました。 クラクションは鳴らされませんでした。蝶たちは上手に僕を避けていきます。 バルコニーの先でさらにスピードを上げた蝶たちが、空の彼方で虹と一体化するのが見えました。 ...
突然寝室の明かりがつき、人の気配がして僕は目を覚ました。起き上がって確かめようとしたが体が動かなかった。黒い布で目隠しがされていて、目を開けても何も見えなかった。 耳には栓がしてあって、何も聞こえなかった。 誰かがゆっくりと近づいてきて、僕の胸に手を当てた。その手が僕の体内に入ってくる。手は僕の心臓の位置を、正しい場所に置き直しているのだ。 だが心臓の位置がちょっと動くたび...
気づいてみれば、僕が話しかけていたのは、レタスの葉っぱだった。何か、とても大事な話をしていたのだが、相手がレタスだとわかった途端、醒めてしまった。話の内容も、一瞬で忘れてしまった。「今からおまえを食べる」と僕は宣言した。「ドレッシングもつけずにな」 そいつからは、何の反応も返ってこなかった。午後7時のレタスは、午後の5時からレタスだったが、誰も気づかなかっただけなのだ。 ...
ルビー色の蜘蛛の糸のような、レーザー光線の上を、小人が渡ってきた。まっすぐ僕のところにやってきた。 次はオマエの番、と小人は言った。 誰の番だって? じゃ、もういちどオレの番。エヘエヘヘ。 小人がレーザー光線の上に足を乗せ、体重をかけると、レーザーの光は消えた。。 ...
女たちは1人ずつ順番に、まったく同じ質問を僕にした。「私はどうすればいいの?」 僕は全員に、まったく同じ答えを返した。「横になるといいです」 「どうして横になるといいの?」 「あなたはもう死んでいるからです」 ふ〜ん、という顔をして全員が床に横になった。 だが彼女たちは眠るどころか、目を大きく見開いて僕を見つめている。 そして「あなたはもう少し起きていた方がい...
女ばかりだった。またそういう場所に僕は迷い込んでしまった。若い女がいて、若くない女もいた。ほとんど服を着ていないのもいたが、僕を気にする者は誰もいなかった。女たちはみんなとてもリラックスしているように見えた。そして同時に、とても疲れているようにも見えた。 ...
1人の訓練兵と、1つのウンコ、1台の便器がセットになっています。完成させなさい、というのです。すでに完成しているじゃないか、と思いました。それとも脱構築しろというのでしょうか。徴兵され、軍隊に入る夢を見ました。ポストモダンな軍隊です。1週間ほどの訓練の、最初の朝でした。 ...
朝、起きると僕は、知らない場所にいた。床に直接、たくさんの布団が敷いてあり、さっきまで誰かが寝ていたのだろうが、今は全部空だ。部屋の扉は開いていて、外に人の気配がある。気配は感じるのだが、誰もいない。 トイレに行った。便器が異常に小さい。人形の家のトイレみたいに。なぜだろう。僕の体が大きくなったのかも知れないが、よくわからない。あちこちから、水を流す音が聞こえてくる。シャワーを浴びる音...
猫が僕にカードを渡した。どうしろというのだろう。僕はそのカードにポイントを付与して返した。猫は僕の顔をパンチして鳴いた。 ...
手のひらで水をすくって、弱った猫に飲ませた。歯磨きのチューブから少し出して、水に溶かす。水はミルクのように白っぽくなり、薄荷の味がついて、猫は喜んだ。 その猫は、人間の言葉が喋れた。その猫は、銀行に口座を持っていた。大金を僕にくれると言った。ATMについて行った。列に並んだ。 僕たちの後ろに、体長4メートルのキリンが立った。キリンはスーツを着ている。その威圧感が半端なかっ...
「私の瞳、どこにある?」 「どこって‥‥そこに‥‥」 君が笑みを浮かべ、大きくまばたきをすると、君の瞳の中の輝く星は、100個にも200個にもなった。 「えっ‥‥」 君はもういちど、ゆっくりと目を閉じた。僕たちのいた部屋全体が、それに合わせて収縮した。僕たちの距離が縮まった。 君がまた目を開けても、何も元には戻らなかった。君の瞳の中に生まれた、すべての星が一カ所に集ま...
筒の中には巨大なポスターが入っていて重い。家一軒分の重さはあるだろう。 吉幾三の別荘よりは軽いだろうが、ホームレスのダンボールハウスよりは重い。 そんな「家」を抱えて飛行機に乗ったのだが、税関を抜けるときに捕まった。 「こちら拝見してよろしいですか?」 無理だと思う。 ...
僕たちの王が歌うのを、僕は聴かなかった。石を積み上げてつくった玉座に僕はいた。急な段を下りる。もちろん手すりなどない。足を踏み外して転げ落ちたら死んでしまうだろう。だがゆっくりと下りればいいのだ。 下界には人間たちがいて、ピラミッドのような玉座を見上げている。姿の見えない王は。 ...
その大きな車が運んでいたのはたった1枚のレコード。1人の男がそれを大事そうに抱えている。 車はノンストップでもう何日も走りつづけていて、どこまで行くのか知らない。 たまたま乗り合わせた僕ともう1人の男の、鞄の中にある音の出るものはすべて捨てさせられた。 僕が持っていたペンでコツコツとリズムを取っているのを見て(聞いて)、レコードを抱えた男はそれも捨てろと言う。 夜にな...
電話相手は僕に50億円をくれると言った。僕はもらうことにしてその人に会いに行った。川べりのホテルの一室で詳しい話を聞いた。 「本当にタダでくれるの?」相手は若い男だった。 「うーんと、まずワールドカップの得点王になってもらいたいんだ」 「得点王になったらくれるの?」 「そしてヨーロッパのクラブと契約してもらいたい」 「わかった」と僕は請け負った。 「そのとき代理人が要...
いい人が悪い人と一緒にいるとき、悪い人はワニに変身されられた。「この姿も悪くないな」と悪い人は思った。 いい人は人間のままだった。ワニに訊いた。「まだ人間の言葉が喋れるかい?」 返事はなかったが。 構わず「一緒に歌おう」と呼びかけた。そしていい人らしく「希望の歌」を歌った。ワニも口を大きく開けた。 ...
俳優としてのキャリアをスタートさせたのは60歳のときだった。あるドラマの中で僕は30歳の青年を演じて話題になった。たいした役ではなかった。いつも鏡を見て自分の顔を気にしている男の役だった。 その後200歳まで生きた僕は長い牙のある大きな動物に変身して劇に出た。若作りの二枚目役は卒業だった。ラストシーンだった。城の地下に閉じ込められた。王の家臣と一緒だった。「希望はどこにある?」フランス...
2隻の大きな宇宙戦艦があった。それよりも大きな若い女がいた。彼女は戦艦を蹴飛ばした。 僕は宇宙戦艦と同じ大きさだったが、慌てて彼女と同じ大きさになった。しかし彼女は僕も蹴った。 ...