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今夜の客は、少しだけ遅れてやってきた。扉の開く音がして、香水のようにかすかに懐かしい空気が流れ込む。落ち着いたベージュのコートを脱ぎながら、女性はカウンターに腰を下ろした。 「何年ぶりだろう、こういうバーに来るの」 少し笑ったその横顔には、年齢の深みと、どこか“はじめての迷い”が浮かんでいた。私は無言でグラスを差し出し、軽くうなずいた。 「片づけをしてたら、出てきたの。昔、ある人にもらった名刺。結局連絡もしなかったけど…」「なんか、それを見た瞬間、ふっと思っちゃったの。“もう一度、なにか始めたっていいんじゃない?”って」 彼女はグラスに口をつけ、ゆっくり言葉を続けた。 「この年になると、“でき…
【鈴の音ラジオ】第3夜:声をかけたのはあの時だけだったけれど
深夜、店内にひとりの青年が入ってきた。ドアを開ける音も、歩く足音も、とても静かだった。席に着いた彼は、上着の袖を軽く引いて、目を伏せたままこう言った。 「ハイボール、薄めで」 私は軽くうなずき、手元で氷を整える。彼はどこか、“話すつもりで来た”ような目をしていた。 「大学の頃、ずっと同じ講義に出てた子がいたんです。毎回、彼女が教室のドアを開ける音が、妙に印象に残ってて」「隣に座ることが多くて…でも、あまり話したことはなかった。1回だけ、ノート貸したときに少し話しただけで」 ハイボールを差し出すと、彼は礼も言わず、少しだけ飲んだ。 「正直…好きだったんです。でも、自分なんかが話しかけても迷惑かな…
彼が扉を開けたとき、店内の時計が深夜2時を指していた。灯りを落としたBar 鈴の音。いつも通り、静かに波の音が遠くから届いている。カウンターの端に腰を下ろしたその男は、60歳くらいだろうか。スーツの襟は少しよれていたが、身なりには誠実さがあった。 「ぬる燗、ひとつ」 それだけ言って、あとは黙っていた。私はうなずき、酒を温めはじめる。 やがて、彼がぽつりとこぼした。 「幼馴染がね、いるんですよ。もう…50年になるかな」「隣の家で育って、小学校も中学もいっしょで、笑うと片方の目が少しだけ細くなる。昔から、そこが好きでね」 私は頷くだけで、何も言わなかった。 「何度か、言おうと思ったんです。好きだっ…
夜風がほんの少しぬるくなったころ、扉がふわりと開いた。 パステルカラーのワンピースに、短めの髪。20代前半くらいの女性が、少し照れたようにカウンターに腰を下ろした。 「ジンジャーエール、お願いしてもいいですか?…ノンアルで」 彼女はそう言って、両手でスカートの裾をなぞった。私は軽くうなずいて、氷をグラスに落とす。 「仕事、辞めようかと思ってるんです」「営業事務で2年目。すごくいい人たちに囲まれてて、それなのに、なんか…“これじゃない”って思っちゃって」「本当は、雑貨のデザインとか、そういう仕事をしたくて」 彼女はグラスを受け取ると、炭酸のはじける音に耳を澄ませた。 「でもね、そんなの無理だって…
その夜、彼は背中を丸めてカウンターに座った。フード付きのジャケットに、少し無精ひげ。一見して、どこか“今日で何か終わった”顔をしていた。 「…ウイスキー、ストレートで」 私は頷きながら、グラスに静かに琥珀を注ぐ。彼は手元を見つめたまま、ぽつりと言った。 「今日、退職代行で会社辞めたんです」 言い終えても、罪悪感のような空気がしばらく彼の周りに残っていた。 「同期も先輩も、悪い人じゃなかった。でも…毎朝、吐きそうになるくらい嫌で。もう限界だったのに、言えなかったんです。“辞めたい”って」 彼はグラスを傾けた。一口目で顔をしかめながらも、どこか落ち着いたようだった。 「“逃げるな”って、よく言われ…
深夜2時を過ぎたころ、ひとりの女性が店の扉をそっと開けた。外は冷たい風が吹いていたが、彼女の顔には、それとは別の静かな寒さが滲んでいた。カウンターの席に腰を下ろすと、私は黙ってグラスを磨きながら、彼女の方へゆっくり視線を向けた。 「この店、ずいぶん静かですね」 彼女がそう言って笑う。その笑顔も、どこか“思い出の続き”のようだった。 「昔ね、毎晩のように電話してた人がいたんです。 声だけで、たぶんお互いを支えてた。会ったのは数回だけ。 でも、なんだかあの時間だけは、現実だった気がするんですよね。」 私は黙って一杯のジンを差し出した。彼女はそれを受け取り、小さく礼を言う。 「終わったんです、結局。…
2025年1月を無職で迎えた私。適応障害を患い、療養しながらAIや量子力学を学んでいた。フリーランスとして活動していくことを決め、準備しているところに現れた壮年の男性。声を掛けられ、不思議な親近感と違和感を感じた。彼は一体、何者なのだろうか?
pixivでようやく更新始まりましたうちの子アイドルパロ2年越しだよ〜やっと世に出せたよ〜!Rinaくんとmegの共同創作。一緒に描いてるんですよ創作BLです…
その珈琲店では、ある決まりがあった。一つ。一人、必ずどこかの国の王を連れて来て、珈琲店で働く王たちの中に加えなければいけない。二つ。自分が連れてきた王の非、短所を、どこか言わなければならない。それをしないと、美味しい 珈琲 はできあがらないのだ。...
太陽電球が発明されました。太陽をえぐりとって、一つの電球を作るのです。それは、いつまでも使えて、普通の電球の何倍も明るいのです。ぜひ、それを世界中の皆さんに一つずつお配りしたいと考えております。ただ、そうなると、太陽はちょうどなくなってしまうのですが。...
ここはどこだ?あたりが真っ白だ。見渡す限り全て真っ白。出口がない。少し歩いてみると、何やら遠くに、小さく赤いものが見える。それの近くに歩いていく。なんだこれ?赤い玉だ。中に浮いている。自分の何倍かほどの大きさの赤い玉が浮いている。そこで僕は、あることに気づく。そうか、ここは日本国旗の中だ。...
「あれは月のじゅうすだね」「月のジュース?」「ううん、月のじゅうす」「何それ」「四角形なんだけど、三角形で、ざらざらしていて滑らかなんだよ」「それが月のジュース?」「ううん、月のじゅうす」...
蠅は、自分の中から一つずつ何かが失われていくような気がした。初めに、楽しいという概念が自分から抜け落ちた。野原を飛び回ったり、素敵な雄蠅を見つけても何も感じなかった。次に、美味しいと言う概念がなくなった。大好物のはずの、地面に落ちたパンも、機械的に咀嚼するだけとなった。そして、飛びたいと思わなくなった。その概念も同じように抜け落ちてしまったのか、それとも。生きたいと思わなくなった。体が動かなくなっ...
どこまでも続く草原、その真ん中に、卵がひとつたたずんでいた。「これは、一年ごとに殻が一枚ずつ割れるのですよ」「殻は一枚ではないのですか?」「ええ、何枚、何十枚、何千枚、もっとたくさんだったでしょうね」「だった、と言うのは?」「はい、大昔、そのまた昔、ここには地球と同じくらいの大きさの卵があったのでした。それが一年ごとにどんどん小さくなっていき、今はこのくらいなのです」サッカーボールほどの大きさの卵...
眠い。眠くて仕方がない。眠いと言うことすら考えられないくらい眠い。そんな時の対処療法をお教えします。まず、「いむくおむくいむくおん」と唱えます。すると脳みそが耳の穴から出てくるので、それを引っ掴んで全てを引きずり出します。脳を空っぽにしたら、耳に蚊の足を3本入れます。すぐに頭の中で蚊が育ち、子を産んで、頭の中は羽音でいっぱいになります。あとは戻すだけです。もう一度「いむくおむくいむくおん」と唱える...
ぽつりぽつりと本音を漏らす人。そう言う人を、ぽつりぽつり星人は狙います。「実はな、俺な、本当はな・・・ぽつり、ぽつ、ぽつぽつり!」本音を漏らす人の脳みそを食べて生きながらえているぽつりぽつり星人はたちまち人間の脳を占領してしまうのです。「ぽつり、ぽつ、ぽっつり、ぽぽぽつり、ぽつぽぽつ、ぽつり!」そうなるともう、ぽつりぽつり星人は歯止めが効かなくなり脳だけでなく心臓や肺なども蝕んでいきます。「ぽつり...
ぽんぽーん、ぽん、ぽぽぽぽん、ぽんぽぽぽぽ、ぽぽーん、ぽん、ぽぽぽぽん、ぽんぽんぽんぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽぽん、ぽんぽんぽん、ぽぽーんぽぽーーん、ぽんぽん、ぽん、ぽぽっ、ぽん ぽ ぽぽんぽんぽん、ぽぽっ、ぽん、ぽん、ぽぽーーんぽぽーぽぽぽぽっぽんぽぽぽぽぽぽぽ、ぽぽーん、ぽぽーんぽぽーぽ、ぽぽぽぽぽぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽぽーぽーぽぽぽぽ、ぽ、ぽ、ぽっ、ぽ、ぽ、...
ほくろでできた人間が生まれた。一年たつごとにそのほくろは一粒ずつ減っていき、50年ほど経つと体の半分からほくろがなくなった。でも、それからほくろは何年経っても一粒も消えることがなかった。仕方なくそのまま生活していると、周りから、新しいファッションと人気者になりほくろを増やす人が続出してきた。居心地が良くなったほくろ人間は、自分のほくろが愛おしくなったのだが。次の日、起きて鏡を見ると体から全てのほくろ...
「人魚姫なんか、絶対にいないよ」「何でそう思うんだい?」「だって、人魚姫なんかおとぎ話にしか出てこないじゃないか」「でも、いつかどこかで人魚姫と会えるかもしれないよ」「だって、僕たち人魚男しか、この世界にはいないじゃないか」「そうだな、やっぱり、人魚姫なんか、おとぎ話なのかもな」...
その扉は、開けると自分の髪の毛の中に出る。時折毛根につまずきながら、進んでいくと、また扉がある。それを開けると、自分の腸の中に出る。地面のひだに足を取られながら歩くと、胃に出る。そこで半分溶けかかった扉をこじ開けると、オポリン星に出る。なぜか、そこには扉がないのだ。すると、オポリン星人が群がってきて、自分の手足についている吸盤を貸してくれる。それを受け取り、その吸盤で、自分の髪の毛の中を探る。ドア...
何か声がする。私は部屋の中を見回る。リビングへ行く。声は小さくなる。キッチンへ行く。声が大きくなる。「・・・も・・・・です」「・・・うも、・・・・人間です」「どうも、私、電気人間です」その声は、コンセントから漏れ出ているようだった。「どうも、私、電気人間です。どうも、私、電気人間です。どうも、私・・」「うるさい!わかったわよ」電気人間の声が、一瞬の間止まった。そして、「どうも、私、電気人間です。ど...
「何でこの子はにんじんが食べられないのよ!」うさぎの母は憤慨していた。そのうさぎは、生まれた時から、にんじんアレルギーなのだ。うさぎは、肌で「これは危険なもの」と察知していた。だから、これまで一切、口をつけてこなかった。だが___「うさぎなのに、にんじんが食べられないなんて!」「そうだぞ、にんじんは、お前がうさぎとして生まれた限り、必ず食べんといかんのだ」母と父に、そう毎日言われ、うさぎはもう、ま...
ある広い原っぱで、太陽がもう少しで消えてしまう時原っぱは真っ赤になる。原っぱの真ん中に一本佇む木は、真っ青になる。その木はとてもとても綺麗だから、じっと見つめてしまう。たちまち真っ青な木に吸い寄せられて、原っぱの真ん中へ歩いていく。そうすると、もう木に触れたくなって、自分の手先が真っ青になっているのにも気づかず。ぺたりと触れる。体の中が、真っ青に染まっていく。染まって染まって、木に吸収される。ゆっ...
アルキョプ粒子というものが集まると、巨大なアルキョプが出来上がるのだ。人間の耳の中から、海の底から、木のほらから、卵の中から。集まれば集まるほど、大きな大きなアルキョプが出来上がる。アルキョプが出来上がったら、それを細かく刻んで、ご飯にかけて食べよう。よだれを垂らす僕の耳の中からも、アルキョプ粒子はどんどん放出されている。...
桃を一つ食べると、尻の割れ目が四つになるのです。桃を二つ食べると、尻の割れ目は八つになるのです。桃を三つ食べると、尻の割れ目は十六になるのです。人間の尻は、元々は一つも割れていなかったのです。でも、お母さんのお腹の中で、取り込まれた栄養分の中に桃が含まれていた時、人間は初めて尻が割れるのです。桃が好物な方は、食べ過ぎにご注意ください。ちなみに、ギネスにのっている尻の割れ目の数は一万ほどだと聞きます...
その喫茶店では、店に入る前に、入り口で「えりえりくとくとあせあせでりんぱ」と言わなければならないのだ。その列車では、決して、しばしば走行中に開いているドアの向こうを覗いてはならないのだ。その森では、切り株の中のこりすをいじめてはならないのだ。何があっても、絶対に。その海の中に、もしぽっかり穴が空いていたとしても飛び込んではならないのだ。朝一番に、水を吸収するのはガジュマルの木でなければならないのだ...
空のずっとずっと上は、地面のずっとずっと奥なんだよ。じゃあ、空のずっとずっとずっと上は、なんなの?地面のずっとずっとずっと奥なんだよ。本当かな、そうなのかな。試そう。父の片腕が急に太くなって、家ほどある大きな石を持ち上げたかと思ったら終わりの見えない空へ、力強く放り投げた。「ドスン」本当に地面のずっとずっと奥から聞こえてきた、その音が私の耳に届く前に地球はアボカドみたいにパックリ割れてしまった。本...
__人間の耳と口には、スピーカーのつまみがついているのだ。耳についているつまみを右に回すと、より多くの音を取り入れられる。反対に左に回すと、小さな音だけを聞くことができる。口についているつまみを右に回すと、声量が多くなる。反対に左に回すと、小さな声しか出なくなる__え、そんなもの、ついてないって?ああ間違えた。これ人間の情報じゃなくて、「わせとん人」の情報だった。どうも失礼しました。...
キジの鳴き声が運悪く耳に突き刺さると、耳はスパッと真っ二つになってしまう。「ケーン、ケーン」そんな声を聞いたら、これは「ケン」ではなく、「キン」だ、と思い込むのだ。そうすると、運が良ければ「金」がどさどさと落ちてくるだろう。思い込み方が足りないと、「菌」が降ってきてベトベトになることもあることはあるが。思い込むのが苦手なものは「ケケーン、ケケーン」と叫び返せば良い。そうすれば、声が打ち消しあって、...
地層から、数字の化石が発掘されるようになった。古い地層からは「1000050000000」新しいものからは「23000」これはいい研究の材料になりそうだと、学者たちは喜んだ。時はすぎ、その数字の化石は、朽ちていく学者の家で時を刻んでいた。「1000050000001」、「10000510000000」、「2000000000000」・・・・「見てみろよ。これ、数字じゃないか?」「ああ、そうだな」ある科学者は古い地層へと発掘をしにきていた。「すごいな、今か...
毎年恒例、馬の中身はなんなのか選手権が始まりました。ピンポーンはい、クマロンチーム。「ガラスですか」ただいま採点の結果が・・出ました出ました。クマロンチームに一点!おめでとうございます。ピンポーンはい、ラッケンチーム。「プラスチックでしょう」ただいま採点中・・はい。ラッケンチームに三点!ラッケンチーム高得点です。ピンポーンはい、クツツクチーム。「アブラムシですか」少々お待ちを。採点中・・クツツクチ...
平凡な、売れない小説家がいた。その小説家、書いている話はとても面白いのだ。だが、なぜ売れないかというと・・「江頭先生、これ、またかぶってますよ」何を書いても、他人が書いた話とかぶってしまうのだ。本人は、何も他の人を真似しようと思ったわけじゃないのだ。でも、悲しいことにその小説家の書く文章は全てお蔵入りになるわけである。「どうしたもんかね」小説家こと江頭は、頭を抱えていた。頭の中には、次から次へとア...
人の毛根は、夜になると起き出して、すぽっ、すぽっと頭皮から抜けると冷蔵庫へと駆け込む。「はああ、ヒトの頭は暑いからねえ」「涼しいや、これがいいや」そしてひとしきり涼むと、夜の野に出て、草と共に風を受けるのだ。しばらくそうして、朝一番の鶏の声がしたら、皆は急いで家へと戻る。寝ている人の頭にすぽっ、すぽっと潜り込むと、また眠りにつくのだ。「ふぁああ、よく寝た」人が起きて、冷蔵庫を開けると、そこにはひと...
「あなたは本当に顔を洗わないのですか」「ええ」「なぜですか」「洗うと、目鼻や口が取れてしまうので」「なんと。体は洗うんでしょう」「いえ」「なぜですか」「洗うと、手足が取れてしまうので」「なんと。歯は磨くんでしょう」「いえ」「なぜですか」「歯なんかないですから」「・・あなたは何者ですか」「ただの魂ですよ」...
物事は、ちゃんと内面を見てみないとわからないことがたくさんあるのです。例えば、メロンだと思ったら、中はキノコだったり人間だと思ったら、中身は宇宙人だったりするのです。メロンキノコをメロンと決めつけて、フルーツポンチに盛ってしまったりするともう取り返しのつかないことになります。そして、人間宇宙人を人間と決めつけて、仲良くなったりすると捕まってどこか遠いところに連れて行かれたりするのです。自分を自分だ...
扇風機だって、呼吸をしている。涼しい息を吐くばかりではない。電源が入っていない時は、扇風機はひたすら周りの少しでも涼しいところの空気を吸うのだ。扇風機をただ置いておくと、周りが暑くなるだけなのである。だからと言ってつけっぱなしにしておくと、扇風機は怒って生暖かい息を吐くようになるので、たまには休憩させてやらねばならない。そんなに完璧な器具など、なかなかないのである。...
教科書に落書きをすると、その落書きの線が動きだし正しい文に取り憑いて、文ををおかしくしてしまうのだ。卑弥呼は、邪馬台国の女王である。という文なら、卑弥呼は、東京都の首長である。という文になってしまうのだ。教科書に落書きをすると、間違った情報を手に入れてしまって自分のテストの点が悪くなるというわけである。...
ぽつ、ぽつ、しゃああ、ざあああ。雨の中で耳を澄ますと、音が聞こえてきます。雨の音と、それから___しゅわっ、しゅ、しゅう、しゅわっ。そんな音も聞こえてくるのです。これは、紫陽花が雨に溶ける音。紫陽花の花びらに雨粒がひとつ落ちると、紫陽花は雨に溶けて、消えてしまうのです。紫陽花が溶け込んだ雨粒は、大地に染み込み、地球にじんわり染みわたっていくのです。もうすぐ、梅雨も終わって、紫陽花も見かけなくなるこ...
ある泥棒二人が、大豪邸に忍び込もうとしていた。「おいお前、窓から入り込んで、鍵を開けて来られるか」「へへっそんなの朝飯前だいっ」男は、意気揚々と駆けて行った。__少し時がすぎて。男は、ボロボロになりながら、フラフラと帰ってきた。「お、おい、どうしたんだ、鍵は開けられたのか」「へへっレーザーにやられたよ、鍵は無理だった。 ・・すまね、朝飯前だった」「何が朝飯前だ、どうするんだよ」「ははっ、やっぱり、...
「そらさって、なあに?」幼い私は、「そらさ」と呟き続ける祖母に、質問を投げかけていた。「そらさはね、お空のすなだよ。何かどうしようもない苦しみや悲しみに襲われた時そらさを一粒、舌の上に乗せるんだ。するとたちまち、心は、晴天になるんだよ」その時はあまり理解できていなかった祖母の言葉。いや、今だって正直信じられない。スコップで空をすくったら、空色のすながたくさん落ちてきたことなんて。ああ、これが、そら...
きりんは、雲でできているのです。遠い昔、動物がほとんど絶滅して、もう地球に何も残っていないような時、雲が、集まったのです。世界中の雲が、雲が、雲が。集まってできたのがきりんなのです。きりんは、それからどんどん子孫を増やし、地球にはたくさんの生物が帰ってきました。私たち人間も、きりんの子孫、つまり雲からできているのです。人間の涙は、雨なのです。...
木の年輪は、多ければ多いほど老木、今までそう思ってきた。でも、実は違った。木は、生まれた時は年輪が千本あって、それから、一年ごとに一本減っていくのだ。年輪が数本しかないような木が、実はものすごい老木なのだ。でも、千年以上生きてしまった木はどうなるだろうか。そんなことは、誰も知らない。...
落花生を掘り出すと、くびれた形のものが出てきます。なぜ、くびれてなくてはならないのかというとそれは二人部屋だからです。ピーナツだって、二人部屋は嫌でしょう。でも、一人一人に部屋を与えるほど、落花生は裕福ではないのです。ただ、たまに、裕福な落花生がいます。その子供が入っている殻は、くびれていない、つまり、一人一人に、部屋があるのです。ただ、今は少子化で、ピーナツたちの数も減っているのでたとえ裕福でな...
こみみみに挟んだのだが、あなたは「こりつむ」ですかええ、ええ、私がこみみみみに挟んだ限り、あやつは「こりつむ」でしょう私がこみみみみみに挟んだ限り、あなたは「こりつむん」でしょうはいんはいん、私はこみみみみみみに挟んだことしかないのだが、あなたこそ「こりつむん」でしょうこみみみみみみみみみみみみうふふん、こみみみみみみみみみみみみみみみみみみみそうです、私が「こりつむ」ですいいえ、私が「こりつむ」...
空腹な狼は、人間を食べようとしていた。「うししし」狼が待ち伏せていると、青いずきんを被った女の子がやってきた。「ううん、なんか食欲が湧かねえ」そうして、どうしたことか狼はその子を逃してしまった。「ああ、いけねえ。次こそ食ってやる」今度は、青い帽子を被った男の子がやってきた。「ううう、なんでだっ、食欲が・・・」狼は、その男の子も見送った。その後に来たの者も、全員、青い物を身につけていたのだ。「うおん...
沖に出ると、水がさあっと引いた。魚が獲れないので、さらに沖へ出ると、また水が引いた。躍起になって、船をさらに、さらに沖へ出した。また水が引く。沖へ行く。水が引く。沖へ行く。水が引く。気づけば、あたりは見渡す限り砂、砂、砂だった。__その男は、海の水を消した男として、島流しにされた。いや、流せなかったのだが。...
2Dの、強いくまがいた。でも、3Dのくまには勝てなかった。「ねえ、なんで君はそんなに強いの?」2Dのくまは聞いた。少し考えて、3Dのくまは言った。「わかんない」2Dのくまは、ふと自分の体を見た。そして、3Dのくまを見た。「なんか、僕って、薄っぺらいんだね」「そうかな」3Dのくまは他人事のように言ってのける。2Dのくまは、分厚くなりたいと思った。毎日、鍛錬をすることにした。岩を飛び越える。また岩を飛び越える。小さな...
ここは、だっくすふんとの国。野原に住んでいるくっくすふんとは、足が長かった。だっくすふんとは、くっくすふんとを馬鹿にした。「なんだお前、そんなひょろひょろした無駄に長い足で。 俺の足の方が、ほれみろ、効率的だぞ」「ううう、僕、だって、走るの、早いもん」「でも、よく足をもつれさせて転ぶだろ」「うう」だっくすふんとは、くっくすふんとをからかっていた。と、そこに、むっくすふんとがやってきた。むっくすふん...