ある晩、ユウキはふと、般若心経のある一節を思い出した。>「色即是空空即是色受想行識亦復如是」何度か繰り返し読んでいた箇所だ。けれど、その意味が、今になってゆっくりと、自分の内側に沈み込んでいくような気がした。「色即是空」――この世界に存在する“すべてのモノ(色)”は、実体を持たない“空”のあらわれである。「空即是色」――その“空”はまた、すべてのモノの中に具体的にあらわれている。形あるものは空であり、空は形あるものに他ならない。つまり、「無」であることは、「存在しない」ことではない。次の週末、ユウキは再び古書店を訪れた。あの店主に、もう一度会いたかった。静かな店内に入ると、店主はいつものように柔らかな笑みで出迎えた。「ずいぶん、顔つきが変わられましたね。」ユウキは、少し照れながら笑った。「“無”について、...第7章:存在の彼方へ