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日々これ好日 https://shirane3193.hatenablog.com/

57歳で早期退職。再就職研修中に脳腫瘍・悪性リンパ腫に罹患。治療終了して自分を取り囲む総てのものの見方が変わっていた。普通の日々の中に喜びがある。スローでストレスのない生活をしていこう、と考えている。そんな日々で思う事を書いています。

杜幸
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2023/03/09

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  • 線路内にて

    - 只今蒲田川崎間にて線路内で不審な立ち入りがあり電車は緊急停止を行います。 - 先ほど大井町駅にて人身接触がありましたので当駅にて運転を見合わせております。お急ぎの方は京浜急行への振替乗車を行っております。 そんな放送が流れるたびにいつもイライラしていた。通勤電車だった。満員電車の中、ただ待つ。遅延証明書を貰えば良いな、などと思うが車内の暖房は暑く気持ち悪くなる。コートを脱ごうにも脱げない。するとこうなる。 - ご気分を悪くされたお客様の対応のために少し出発が遅れます。 会社通いはこんな風にストレスと抱き合わせだった。 高原の駅で僕は電車を持っていた。一時間に一本の各駅停車だった。総合病院で…

  • 露天風呂の気球

    温泉といえば草津、別府、登別だろうか。がそこは火山国日本、無名でも温泉には事欠かない。引っ越した高原の地が属する市のサイトによると市内には九つの温泉があると書かれている。 僕たちはそれを片っ端から潰していこうと言う計画を持っている。どこもサウナ付きで市民割引。四百円程度だった。やっと三つ目だった。そこはこれまでの三箇所の中では最もリゾート感に溢れていた。 サウナで汗を流しきって外に出た。広い露天風呂だった。見回すと湯船全員が西洋人だった。ぬるい湯は長風呂を可能にさせてくれる。すぐに会話の仲間に入れてもらった、いや、割り込んだ。 ツーリストか?こんな無名の地をどうして知ったの?日本のオンセン、楽…

  • 甲斐からの山歩き 小楢山・山梨市

    緩い登りは優しく続く。小さな峰に登りついても小径は先へ伸びていく。登山靴の靴紐がほどけかけていた。ザックを降ろして紐を締め直した。膝に手を突き立ち上がりザックを背負うと僕は一瞬ぐらりと揺れた。天と地が入れ替わったように思えた。しかし僕は焦らない。この感覚は知っている。新緑の季節に広葉樹の山を歩き空を見上げるならばいつも襲ってくるのだから。蒼い空の下に緑の葉が揺れる。光は木の葉を透過して降り注ぐ。葉緑素が落ちてくるのだ。それが僕には眩暈に思える。好きな感覚だった。 眩暈が収まり目線を下に向けた。驚いた。そこは一面フキの群生地だった。直ぐに思った。妻に煮物にしてもらおうと。 甲斐の国に引っ越して最…

  • とうとう来たか

    あれれ分からない。広大な駐車場を十五分は歩いた。 地方都市の若者に取り最大の楽しみの一つはショッピングモールだと聞いたことがある。デートに買い物にと。そんなモールは郊外にあることが多い。駅から直通バスが出ていることも多い。そこは広い敷地に航空母艦のように横たわっていた。ちょっとした要塞のようにも思えた。シネマコンプレックスがあり、流行りのテナントがあり全国展開をする多くのレストランやカフェ、スイーツ、パン屋が連なる。僕は首都圏の駅前にあるショッピングモールを思い出した。それと全く変わらなかった。アパレルに関心のない自分はこの店のテナントがどんな位置づけなのかは分からない。しかし楽器屋もあり家電…

  • こうして覚醒するのか

    好きではない、むしろ苦手だな。そんな思いはないだろうか。 それは国民楽派と呼ばれる音楽だった。19世紀中ごろから20世紀にかけてのヨーロッパではドイツ・ロマン派の影響を受けながらも自民族に継承されていた音楽や伝説を反映させた民族主義的な音楽が出てきた。東ヨーロッパからロシア辺りの音楽がそれにあたる。バッハに始まりモーツァルトからブラームス、ブルックナーに至るまでドイツ・オーストリアの音楽に傾倒したが、国民楽派は少し違うなとおぼろげ気にわかっていた。何か香りがするな、と中学生のころから思っていた。それを自分は「スラブの節回し」と呼んでいた。ゲルマン民族ではないスラブ民族の音楽だ。 主としてヨーロ…

  • 新しい日々

    高原の地に引っ越すと病院もまた変わることになる。自分の診療科は血液の病を診療する科であり「血液内科」と呼ばれている。一昔前ならば内科といえば総合的なもの以外は呼吸器科、循環器科、消化器科程度、加え神経内科あたりしか細分化されていなかったと記憶する。それが今は腫瘍内科、腎臓内科、糖尿病内科、そして、血液内科と細かくなった。ジェネラシストからスペシャリスト化が進んでいるのだろう。 新しい病院に通う必要があった。何処にしようかと迷った。血液内科の看板を掲げている病院は多くない。大学病院、県立病院、そして赤十字病院あたりだろう。いずれも急性期病院であり症状の安定した患者は受け入れない。自分が入院してい…

  • モハに乗ってはならぬ

    鉄道の中での暇つぶし。学生時代はウォークマン、いまならスマホで聞く音楽か。社会人なりたての頃は漫画雑誌。いつかそれは新聞になりビジネス書や自己啓発書になった。 しかしやはり音楽を聞くのが楽しい。スマホにメモリーカードを増設すればいくらでも好きな曲が聞ける。サブスクはどうも自分にはピンとこない。好きな音楽は自分で探したい。いやそれもつまらぬこだわりだろう。 JRの電車には鉄道ファン以外には意味不明な記号がついている。モハとかクハ。サハもあればクモハもある。その後に車両形式が続く。さてこの呪文のようなカタカナなど誰も気にしない。 モハはモーターの付いた車両。クハは制御台、つまり運転台のついた車両、…

  • 異邦人

    作家北杜夫氏。彼を有名にした一冊「ドクトルマンボウ航海記」は自分を読書の世界にいざなってくれた。彼はマグロ調査船である600トンの船に船医として乗り込み東シナ海からインド洋、地中海そして大西洋、北海までの船旅に出る。寄港地で異文化に触れ驚く様は今も色褪せない。青春の鮮やかさに加えユーモアに満ち溢れた作品は自分にはとても大切な一冊だ。ドイツ文学とりわけ、トーマス・マンに惹かれていた彼にとり北ヨーロッパは憧れだったのだろう。ドーバー海峡を抜け憧れのドイツはハンブルグへの寄港。時間を使い彼はマンの生誕地リューベックへ赴き感慨にふける。そんな書の冒頭は面白い。東京の桟橋を出航した船はまずは房総の館山に…

  • 洗礼

    洗礼とはキリスト者として生きることを決め信者となるための儀式を受けることを指す。転じてそれはあることについての経験を持つ事をも指すだろう。 カトリックの洗礼を受けた友がいる。なにか拠り所があるのだろう、彼女はしっかりとご自分を持っているように思う。教会で祈る彼女には近寄りがたい。自分など何の拠り所などないのだった。 新しい高原の土地に引っ越してから、自分はどうも体調がすぐれない。直ぐにだるくなり何事も長続きがしない。引越し前の作業から引越し後の解梱や、インフラづくりと心も体も疲れているのだろうか。加えて思ったよりも海抜九百メートルの地は冷える。環境への順応が必要だった。 三十代からずっとヨーロ…

  • 回らぬ寿司

    寿司とは自分にとり父親が時折持ち帰る経木の箱に入ったものだった。電力会社を相手に営業職をやっていた彼は接待や宴席の残り物を良く包んでもらっていたのだろう。しかしそれは握りだったのか巻き物だったのかも覚えていない。余り美味しいとは思えなかった。 さすがに成人すると寿司の味を知る。学生時代にアパート隣室の友と共に寿司屋に行った。その頃ようやく回転寿司が広まったのだろう。 空手をやる彼はタンパク質信奉者で脇目も振らずに赤身を中心に十八皿食べた。自分は十六皿。中身は覚えてはいない。レーンの上を廻る寿司が楽しかった。 恥を忍んで書くがあれ以来自分は日本では「回らない寿司屋」に行ったことがない。回らぬ寿司…

  • コゴミとホタルイカ

    犬を連れての朝の散歩。リビングの南面にみる甲斐駒にかかる雲の流れで今日の天気はいかほどか、と推測するのも楽しい。戸外でると八ケ岳が北に見える。そんな道を辿っていくと、妻は突然しゃがみこんで摘むのだった。花ではない。それは野生のコゴミだった。フキもまだ元気で先日は十本ほど頂戴してきた。横浜の路肩の蕗とは大違いな立派なものだった。こうして毎日何かを摘む。もちろん他人様の土地だからそれはいけない事なのかもしれないが嫌になるほど生えているのだから大目に見てほしいのだった。 僕は僕で枯れ枝を探して歩く。桜の枯れ枝だろうか、薪ストーブの火つけ用にもってこいなのだ。松ぼっくりも良いという。落としものだから遠…

  • 鹿往く道

    引越しの疲れか、果て無き家の荷物整理か、まだまだ整わぬインフラなのか。体調がいま一つさえない。朝は東側の森の木漏れ日で目が覚める。ウグイスの鳴き声が二重窓を越して響いてくる。体にムチ打ち起床して朝食を取り犬を散歩に連れ出す。帰宅すると精魂尽き果てたように床に就く。体に嘘をついては駄目よ、と癌病棟で入院中に学生時代の友人からアドバイスを受けたことを思い出した。サレンダーなのよ、無理せずに従ってね、と彼女は言うのだった。 情けないけれど仕方ない。午後になってからようやく体を動かすことが出来る。六十七箱あった段ボール箱もようやく片付いたが棚に収まりきらないものは床に置いたままだった。すこしづつ棚もク…

  • 来客

    ピンポンとチャイムが鳴った。以前ならば誰だろうとカメラで覗いたかもしれない。しかしこの辺りには向かいの家と隣の家、その隣しか人家はない。昼過ぎに来たのは郵便配達で以前の住所から転送されてきた書留を持ってきた。転送サービスがようやく機能したようだった。 午後遅くに又チャイムが鳴った。ドアを開けて驚いた。しかし僕は彼が誰なのか直ぐにわかった。ずっとこの日を待っていたのだ。 信州は飯山の地に鍋倉山という1289mの峰がある。そこは越後と信州の国境稜線で「信越トレイル」という名のハイキングルートが在る。鍋倉山はその一部に過ぎないが好事家はこの峰を逃さない。JR飯山線は豪雪の地を行く鉄道で余りの積雪の多…

  • あの白い峰は?

    高原の地に引っ越してきてから毎日碧芙蓉こと甲斐駒ケ岳を眺めている。まだまだ残雪を纏いたいのだろうが峻険な岸壁がそれを許さない。僅かに山頂部とルンゼの様な谷筋にそれを見る。まさに如何にも剛毅にして高邁な鉄の峰だった。そこから東への長い連嶺はこれも見飽きない。一部を残して自分は甲斐駒からその東端の鳳凰三山までをテントを担いで縦走していた。地蔵岳のオベリスクも又下界から見てもよくわかる。一人ポツンと天を指している。こんな懐かしい稜線はいつ見ても心を揺るがせてくれる。甲斐駒から西にも峰は続く。鋸岳といういかにも峻険な名の通り高度感ある岩場ルートという事で体力・気力溢れる三十代四十代でも今一つその気にな…

  • 営業職

    営業という単語は分ったようでわからない。広辞苑によると「営利を目的として事業を営む事、またその営み」とまずは書かれている。新入社員研修を終え「海外営業部配属」と聞いた時に困った、外国人は怖い、英語は喋れない、人見知りだ。そんな自分が営業などできるのかと。しかし改めて広辞苑を考えるなら営業とは事業を営む事やその営みとある。大義になるが営業職というとわかりやすそうだ。いずれにせよ自分などその一部を担うだけという事だろう。 モノを売る相手も企業が相手なのか消費者が相手なのかによって仕事の内容は変わるだろう。自分は欧米の情報機器メーカーに対して自社の製品をOEMで扱ってもらうための販売部門の営業職だっ…

  • 平和な共和国

    癌の放射線治療は強力だった。巨大な機械で頭に無慈悲な光線を当てるのだ。抗がん剤攻撃にも耐えていた我が毛髪軍は一気に壊滅した。その戦にはいくつの弾や砲弾が使われたのか、最後に残ったのはまるでそんな弾丸の親玉の様につるつるな我が頭だった。 もっとも攻防戦に入る前から我が頭髪陣営は後退しており敗色は濃厚だったのだ。降伏です。そう白旗を上げようにも残った頭髪軍の兵士は誰もいなかった。戦後の日本は焼け跡に闇市が出始めて、混沌の中からやがて生きる事へのエネルギーが溢れてきたのだろう。自分の頭髪軍も砲弾の様に丸い荒れ野にそよぐスギナの如くポチポチと伸び始めていた。 病前と同様な長さに毛が伸びた時点で床屋に行…

  • 素敵な足慣らし

    こんにちは、と声がした。引っ越した高原の家は敷地を示すフェンスも無ければ門扉もない。家に鍵をかける必要もないと思っているが流石にそれはないだろう。ただ車を停めた庭先からは誰もが自由にやってくる。昨年だったか庭に鹿の糞があったのだから人間以外も自由に往来している。 声の主は家の敷地内にいらした。ウッドデッキに出ると友人夫妻だった。彼らは自分達より一回りは年上だが同じように関東平野の都会の街から山を求めてこの地へ引っ越してきたのだった。海抜千メートルに白い素敵な家を建てている。山歩き、庭仕事、陶芸、写真、音楽活動、と夫婦そろって高原の生活を楽しまれている。山が好きな僕は登山やサイクリングの帰りには…

  • 雲を見る日

    転居した家の書斎の窓からは甲斐駒が見える。海量というお坊様がこんな漢詩を読んでいる。最後の行だけを引用しよう。主語は「雲間ニ独リ秀ズ鉄リノ峰」、すなわち甲斐駒ケ岳2966mになる。五月に残雪が残るころに、この僧はこの鉄の峰をこう詩っている。「青天ニ削出ス碧芙蓉」と。深田久弥の「日本百名山」は僕にこの素敵な言葉を教えてくれた。碧芙蓉とは美しい表現に思う。 手に取れるように聳えているのに決して平面な地続きではない。我が小屋と甲斐駒の表玄関登山口の間には富士川が刻んだ深い谷がある。白州の谷、そこには名水が湧く。甲州街道がそこを通る。ウィスキーメーカーの工場があり同時にそこは南アルプス天然水の採取地で…

  • 彼女の作品

    娘は女子大の付属高校に進んだ。彼女が何故その学校を選んだのかは分からぬが確かに自分はそこを勧めた。中学から入学すればとも言った。その大学は漫画家・高橋留美子の母校でもある。高校生の頃にクラスメイトから教えてもらった漫画にすっかり僕は虜になってしまい、コミックスは買いアニメのセル画まで買う始末だった。 中学から入学すると良いだろうなと思ったの辛い受験は一回きりで終えたら、と思ったからだろう。いつか本人もその気になっていた。しかし彼女が小六の秋に自分はドイツへ転勤となりひと月遅れて一家が北緯五十度の街へ引っ越してきた。娘は受験を諦めたが、悔しかったのかホッとしたのかは分からない。 現地の中学校では…

  • 五十年前の扉

    断捨離をしていた。押し入れの奥からレコード盤が出てきた。約二十枚はあっただろう。今はアナログレコードプレーヤーも処分して再生のしようもない、これらは十年前に中古レコード店に持っていき買い取りできずで戻ってきものだった。70年代までの英国ロックと荒井・松任谷由実、フュージョンバンド・カシオペアなどのレコードだった。なぜか、アニメのアルバムもあった。これらのアナログ盤はアニメ以外は全てCDで買い直しそれもデジタルファイルでパソコンに取り込み済だった。 アナログレコードは最近ブームであるという。ただ捨てるのも惜しいので再び中古レコード店に持ち込んだ。アニメ「うる星やつら」サントラ版も含め今度はすべて…

  • なんでもDIY

    新しく住み始めた家の建築には時間がかかった。ハウスメーカーの話ではこの地辺りの大工さんが不足しているという話だった。加えコロナの真っ最中から余韻の期間で、物流の遅延、電子部品の品切れと資材面でも滞った。コロナが五種移行されたころからようやく工事が始まった。 基礎工事はかなり深く掘った。この地は冬は氷点下に下がる。土地は凍結する。凍結深度という用語を初めて知った。70センチは基礎を掘るというのだった。溝を掘り水糸で場所を張り木塀を立ててセメントで固める。基礎工事にはベタ基礎と布基礎がある。これも初めて知った。自分の家のサイズならば敷地全部を掘りセメントで固めるベタ基礎ではなく立ち上がり部分を掘り…

  • あずさ二号

    八時ちょうどの「あずさ二号」で歌の主人公は「貴方」と別れ信濃路へ旅立った訳だ。がこれには鉄道ファン的には齟齬がある。新宿から松本に行く下り列車は奇数番号であり、偶数番号は上り列車なのだから。しかし歌に載せた時の字数的には二号でないとピンとこなかったのだろう、そう思っている。 さて自分は「あずさ」に乗ってきたわけではないが新宿から西へ160キロの街に居る。この高原へ来たのは車だった。そして翌朝には家財道具一式を積み込んだトラックもこの地へ着いた。僕たち夫婦は四十年近く住み慣れた横浜を離れた。自分に至っては五十年住んでいた街だった、この場所は海抜九百メートルで南側を見れば目の前には南アルプス北部の…

  • 頑張っているな

    80歳を迎えてもステージに立ち動き回る。頑張っているなと思う。凄いと思うが同時に奇跡にも思う。ストーンズ(ザ・ローリング・ストーンズ)について語りだすときりが無くなる。だからあまり書かない。 まぎれもなく世界でも有数の長寿バンドだろう。1962年の結成だから。60年間現役でポップミュージックの世界を転がり続けている。昨年はなんと新作スタジオアルバムまでも出した。メンバーは皆80歳を迎えようとしている。エッジの効いた黒っぽいサウンドは紛れもなく彼らだった。 ブルースやR&Bの模倣から始まるのは1960年代当時のロンドンの音楽シーンだったのだろう。そんなカバーバンドで始まった彼らはやがてミック・ジ…

  • 壊れた屋根

    雨上がりの翌日は良く晴れていた。玄関のチャイムが鳴った。作業服を着たような若いお兄さんがそこに居た。 「余計なお世話かもしれないですが・・・」そう少しもじもじするのだった。彼は続けた。「ご主人の家の屋根、カサギが外れていますよ」と。数軒隣の建築現場で足場作業をしていたから気が付いた、そんな話だった。 カサギとは何ですかと問うと屋根の一番上にのっている金属の材だという。その片側が捲れているというのだった。このままでは雨漏りしますよ、と続ける。上がって修理しましょうかとでもいうのかと思った。 彼は耳にブルートゥースイヤホンを付けたままだった。自分はまずそれが何処を指すのか理解しようと思った。質問を…

  • 三枚の絵

    何故だろう、この十年以上の間、飾らなかった。生活に彩が無かったのだろうか、余裕が無かったのだろうか。押し入れの奥から絵が出てきた。それはドイツを去る日に買ったものだった。 デュッセルドルフは当時人口五十万人の都市だった。そこに日本人が五千人住んでいた。1%が日本人の比率だった。日系企業の欧州本部としてこの地は多くの日本の会社の支社が置かれていた。駐在員の多くは街の真ん中を流れるライン川の西岸地区に住んでいた。そこはオーバーカッセルやニーダーカッセルという地名だった。またデュッセルドルフ市内を出てしまうがその西のメアブッシュという街にも多くの日本人がいた。ライン川西岸が日本人居住区というとわかり…

  • 炭酸水

    初めて六本木に行ったのは十八歳だった。学生仲間でもお洒落な奴や好奇心のある奴らはディスコに行っていた。しかし自分はそんな場所は怖かった。何より女性に話しかける勇気もなく、振り絞って行っても歯牙にもかからぬだろう。容姿が劣っているという点が全ての自分の行動の足かせになっていた。その年齢で既に自分は諦めを知っていた。 噂に聞く六本木。遊び慣れた大人の街。大学は渋谷にあったが自分の学年から基礎課程の二年間はなぜか厚木の新キャンパスだった。自分は神奈川県中部の相模川が流れる街のアパートを借りた。隣室の住人は宮城県の男子高校から来た男だった。学部は違うが同じ厚木一回生。男子校卒業ということもあるのか彼は…

  • 192グラムの夢

    カメラ、自動巻き腕時計、鉄道模型、自転車のパーツ・・。好きなものを上げていくとわかる。自分は精密なメカが好きなのだと。腕は二本しかないのに幾つ腕時計があるのだろう。父の遺品、叔父の香典返し、勤続二十五周年の記念品、欲しくなかったのに我が手に来たものもあるがそれらはどれも電池で動くクォーツ時計だった。欲しいがどうするか、と迷って買った時計は自動巻きだった。 自動巻きは時刻が狂う。一つは遅れ、一つは進む。がクォーツですら狂う。電波時計はそうはならない。色々個性があって楽しい。狂う時計はその求められる機能を満たしていないことになるが、それも愛嬌がある可愛らしい。 カメラだ。今カメラはスマートフォンで…

  • 道しるべ

    会社員なりたての頃。昭和のモーレツの痕跡はもう無かったが、やはり自分も会社を中心に動いていた。男女雇用機会均等法の初年度に社会人になったが、世間はまだまだ男社会で今風に言えば「不適切」だらけだった。配属は海外営業部門で出張の機会もあり、かつ達成感もあった。しかし自分は仕事だけの人間で終わりたくないと何処かで無意識に思っていたのだろう。 その雑誌の存在は知っていた。時々買っていた。その一冊が今でも書棚にある。海辺だろう。オフロードバイクを前に小さなテントから女性が顔を出している。隣にはコッヘルが湯気を上げている。女性ライダーのソロキャンプツーリングの一コマが表紙だった。魅力的だった。 中を開いて…

  • 埃まみれのブラッキー

    ブラッキーと言えばギター好きならははぁと思うだろう。1977年の録音「スローハンド」のジャケット写真にはネックしか写っていない。ギターに愛称をつけるギタリストがいる。ミカウバーそれにマルコムはキース・リチャーズ。ルシールはBBキング。そして・・。ブラッキーとくればエリック・クラプトン。そんな有名な一本にはロックやブルースが好きならため息が出るかもしれない。 ブラッキーとは黒のフェンダー・ストラトキャスター。自分は幸いにもこのギターの音をレコードやCDではなく生で聞いたことがあった。武道館だった。クロスロードやホワイトルームといった60年代のナンバーから、いとしのレイラやコカインなどの70年代の…

  • 夢中な日々

    昔から年賀状を出すのはいつも遅れていた。流石に越年は無かったが大晦日に出すこともあった。当時交際していた女性とは結婚を意識していた。彼女宛の年賀状はやはり元旦に到着してほしいものだがそれは晦日や大晦日に吐くセリフでもない。 例によって遅れてしまった。そこで僕は一計を案じた。彼女が住む街の集配業務をする郵便局本局まで直接持ち込もうと考えた。大晦日も暮れようとする日に家から三十分かけてバイクで直接本局窓口に一枚の年賀状を手渡しに行った。 久しぶりに羽田に行った。飛行場に用事があったのではなく川崎まで出たついでに一般道で通れる多摩川の最下流の橋を渡ろうと思ったのだ。そこからの東京湾と羽田空港の風景を…

  • しばしの御機嫌よう・丹沢

    ここら辺りだったかな、テントを張ったのは。鹿の気配が濃厚であまり寝付けない夜だった。いや、それとは別に水場のあるカヤトの峰でテントを張った事もあったな。風の強い夜で朝はグンと冷え込んだ。しかし下界が朝焼けに染まるさま、それは見事だった。 様々な風景を思い出す。昔の記憶をたどりながら歩く山だった。稜線に上がるまではヒノキの林を沢に沿って登る。道型が小さな雷光型になり一気に高さを稼ぐと稜線だった。ブナの林が心地よい。 やれやれ一汗も二汗もかかされた。呼吸は落ち着き、行動食の大福餅を口にして水を摂った。長い主脈縦走路だった。地味な上り下りが続くのも尾根歩きのいつもの風景だ。あれほど多かった鹿の糞はし…

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