黄昏の漁砂がまだ温もりを残しているうちに、彼は浜辺へと現れる。一本の竿と、ゆるやかな歩み。ただそれだけを連れてくる。彼は漁夫ではない。生活のためでもなければ、戦いでもない。──これは、遊びだ。だが、その“遊び”は、日々の何かを洗い流すように、黄昏の海へと吸い込まれていく。釣果は、ないに等しい。日によっては魚篭に一尾か二尾、あるいはボウズ。それでも彼は、海に背を向けない。沈む太陽が海面を染め、潮風が声を失いはじめるとき、彼はなおも、静かに竿を握っている。釣り糸の先にあるのは、魚ではないのかもしれない。それは、一日の終わりに自分を戻す場所であり、何も得なくても、すべてを受け取っているような時間。誰に見られるでもなく、何かを証明するでもなく。ただ、海と黄昏に身を預けて、今日という日を、すこしずつ手放していく。見...黄昏の漁文字数:1572