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  • ―アマロ― 38 白蛇抄第15話

    「おまえは・・最近・・ちょいと、おかしい」そう、あの娘が海にとびこんじまってから。ジニーがシュタルトの船に乗ってから・・・。ロァだって、判っている事実だ。むごい事をしている。生身の女を手下どものなぐさみものにさせて・・。あげく、女がはらんでいようが、おかまいなし。女の顛末がかきだししかないと判っていながら、物、金と女を交換する。自分だって、島に帰れば、3人の子供の父親だ。むごい仕打ちと引き換えに得たもので、子供たちを育てている。それが、海賊で、それを判って、平気で非情になれなきゃ、海賊家業なんか、やってられない。だからこそ、目の前で自分の惨酷さにうちのめされ、良心の呵責と悔恨に精神をひきつらせてるアマロだと、同情し慰めてやることはできない。この非情さに時折、胸の芯がいたみはするが、それも、マリーンがなにも...―アマロ―38白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 39 白蛇抄第15話

    ロァを送り出すとアマロはベッドの上に身体を投げた。「ジパング・・・?」男のでかす心の底をよみとることは、アマロには不可能だ。だが、なによりも、ロァが果てしない航海の道連れにアマロを必要としていることには、確信を得た。これが、最後の逢瀬になるかもしれないマリーンへの惜別は、アマロにとって、むしろ、心機一転のロァのいっそう深い覚悟に見えた。『ロァ・・・』胸の中でロァを呼ぶと、アマロは睡魔の手に自分をゆだねた。いつごろか・・・。階段の軋む音でアマロは覚醒を覚えた。いつのまにか、夜闇。誰かが、ロァの小部屋に足を忍ばせている。『ロァ?』ありえない。今頃、ロァはマリーンとの最後の晩餐。最後の饗宴にもつれ込むまで、男はきっと、わき目を振らない。だとすると・・・。この軋む音をたてさす主は?はたして・・・。「アマロ・・」扉...―アマロ―39白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 40 白蛇抄第15話

    「いつまで、そうやってる?」ロァはアマロの屈辱をあざ笑う。いつまでも、なにも、命をなくした物体がどんなに重いものか。「死体が腐るのが先か、私が飢え死にするのが先か・・」どう生きようもない女にとって、どう死ぬもさほど重大な問題じゃない。腐っていく男にがんじがらめになって、飢えに苦しみながら死んでいく。大笑いもいいとこ・・・。だけど、ロァはアマロの皮肉を知らぬ顔で聞く。「おまえほどの女が・・そんな男の身体ひとつ、どかせぬわけがなかろう?だから、頼みがある。ひとつ、てつだってもらえまいかね?」「頼み?この部屋の掃除でもしてくれって?そして、いらなくなった塵と一緒に海にほうりこまれてくれとでも?」「あいかわらず、窮地にたつほど、負けん気が強くて、アマロ・・今さらながらにぞくぞくするぜ」「へらず口をきくのは・・」言...―アマロ―40白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 41 白蛇抄第15話

    マリーンと過ごすわずかの日々の間に大きな変化があった。リカルドを海に投げ込んで5日。ガスを含んだ腐乱死体が島に打ち寄せられた。「リカルド?」泣き崩れる知己を目の端に変わり果てた姿を目にやきつけ、ロァは出発の日を手繰りなおした。リカルドを失いジパングに発つ。無謀ともいえる。だが、それでも、ロァはアマロを選んだ。その証ともいえる出帆は、ロァの人生のおおきな賭けだった。一介の海賊で終わるか、一国を脅かす権力になるか、ロァの鼓吹はアマロへの誇示にもつながった。「俺のものであえぐ女は、権力の象徴に酔いしれる」一個人の夢と夢想と野望が時のはからいに乗り切れなかったとき、無残な懲罰が待っているとも知らず、回避の綱であるリカルドを失ったロァの運命はもう、見えていた。見えていなかったのはとうのロァとアマロ。破綻の波をかぶる...―アマロ―41白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 42 白蛇抄第15話

    アマロの日中は陽光の中のおいて燦然と輝いているかのように見えた。だが、闇が忍び寄ってくると、アマロの瞳はうつろい、影を見つめ始める。ドアを開けたそのうしろにふと女の影がうずくまる。つかの間の残像を追うアマロの傍らに立ったもうひとつの影はアマロの耳元で荒い息を吐く。忍び寄ってくる劣情はリカルドの亡霊が発するものでしかない。アマロは瞳を閉じて神に祈る。神は無言のままアマロの祈りを聞き届けてくれ、ふっと、男の影も女の影も消え去っていく。だが、アマロの祈りが途切れるのをどこか部屋の隅に隠れて待っているとしか思えない。アマロの心が神から離れるとやはり、ふたつの影が忍び寄ってくる。神は・・・。アマロは思う。神はアマロに手をさしのべはしないと・・。と。アマロが神に祈り、少しでも神の傍らに近づこうとするのを赦すだけ。神を...―アマロ―42白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 43 白蛇抄第15話

    「おかしい・・・」甲板を吹きぬけた風がロァの頬に異様な生暖かさを感じさせていた。そのわずか、瞬きをする間も無く風の流れが変わった。「どこかで雲が湧き上がっている」大気が流れが変えて雲に向かう。暖かな空気が上空に吸いあげられ大気が希薄になった空間にむかい、別の場所から、大気が流れ込み、風が起きる。それが急激に起きるということは、スコールか?タイフーンか?いずれにしろ、早く、陸地を見つけて入り江に避難しなけれならない。とてつもない雨風が吹き出すと読み取ったロァは空を仰いだ。抜けるような蒼い空は一点のかげりも無くロァの読みを嘲笑うかのように広く、深かった。二日後の夜・・。ロァの予感は的中した。が、ロァはまだ、島影ひとつ見出せずに居た。その昼、どんより曇った空が波間まで覆いつくし、二日前とうってかわった冷たい空気...―アマロ―43白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 終 白蛇抄第15話

    打ち寄せる波の音を耳にした覚えがある。水の中に身を横たえたまま身動きできずに死を待つばかりのアマロを抱きかかえ暖かな火の傍らで誰かの肌に凍える身体をぬくめられた覚えがある。粉々に砕け散った船は船人もろとも、海の藻屑になった。アマロと何人かの男たちは島の磯辺に流れついたが助かったのはアマロだけだったに違いない。何故なら如月童子が息あるものだけを確かめていたから。浜辺に流れ着いた船の破片や死体の異質さに如月童子は山から浜辺に下りてきた。いつか見た紅毛人の仲間をまじかに見たかった。死体を蹴たぐり、瞳を覗き込んで、息がないとわかっていながら、それでも童子は心の蔵に耳をあててみた。3人・・4人・・皆・・死んでいる。いつか紅毛人の女が流れついた浜の岬に足を運んでみることにした。もしかすると、そこにも、紅毛人が流れつい...―アマロ―終白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 35 白蛇抄第15話

    その疑問の回答はすぐにやってきた。自ら、シュタルトの船への足場に向かった娘は半分も歩かないうちにその身を板のうえからよろめかしていた。まさに・・・。殉死。こういってもいいのだろう。あっけなく、板場の上から姿を消して海に踊りこんだ娘の姿をジニーもアマロは見つめ続けていた。「あ?あ?あ?」なんで?なぜ?わかるけどわかりたくない。なんで・・なんで・・・とめられなかった結末をいやがおうもなくうけとめざるをえなかったジニーはアマロを振り返った。振り返ったジニーの耳に海に踊りこんだ娘の哀れな結路がきこえてきた。「ああ。ああああ。食われちまってるよ・・」足場の下のさめの餌食になってしまったと、手下の誰かがつぶやいている。ジニーのさす眼光よりも、鋭くアマロの胸に今、はじめて、大きな痛みがつらぬいていた。「ま・・まさか・・...―アマロ―35白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 34 白蛇抄第15話

    「あ?」小さな驚きの声は悲鳴にもきこえ、ジニーの瞳は確かにあの娘を見つけていた。「アマローーー」甲高い声がジニーの喉からほとばしり、ジニーはつきつけられた事実を受け止められなかった。「なぜ?なぜ?なぜ?」よってきたジニーの恐ろしい形相を真正面から受け止めるとアマロはうっすらと笑って見せた。「なぜ?・・それは、私がいいたいせりふよ」「アマロ?」アマロへ罵声を浴びせかけようとしたジニーだったが、アマロの表情とおなじように、アマロの気持ちを変える事は無理だと悟った。気にしなくて良いとジニーを一言とてせめもしなかった、アマロは、もうその時にこの結末を、心にひめていたのだ。喉の奥から上がってくる「うらぎりもの」の一言をしゃにむに飲み込んで、ジニーは自分をなだめていた。結局自分で呼び込んだ結末。うらぎりものは、アマロ...―アマロ―34白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 33 白蛇抄第15話

    船の横へりに渡されたシュタルトへの通路は細い板一枚。ロープを手すり代わりに左右にひきのばし、男たちは荷物を抱えてわたっていく。その作業がおわると、次はあの隅っこで固まってる女たちが順繰りにロープをたぐりながら、シュタルトの船に乗り込むしかない。板場一枚、地獄沙汰というとおり、船と船のすきまを覗き込めば青黒いさめのひれがいくつもみえている。足をすくめながら、大きな身震いに打ち勝ちながら、シュタルトの船に乗り込むほうが、生き延びれる道だと教えてくれる。アマロはリカルドの部屋から、あの娘がつれだされてくるのを目の端で確かめると、ジニーを見つめた。ジニーがあの娘の運命に気がついたときの驚愕をあまさず、みつめるつもりだった。ジニーはアマロの仕打ちだときがつくだろう。そして、懇願する。『お願い・・私はどうなっても良い...―アマロ―33白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 32 白蛇抄第15話

    アマロの心の底を見切った男はただ、アマロへの忠誠をみせるふりをして、元凶をたちきることをきめていた。二日後に現れたシュタルトの船に足場をかけると、采配を振るうリカルドの近くにロァはちかづいていった。身をかがめ、小声でリカルドに指図を与えるロァの姿を目で追いながら、ロァの選んだ事実を見届けるだけのアマロに徹していた。『リカルド・・おまえの小娘も・・』ロァの指示にリカルドは従う以外ない。「そして・・・おまえの片棒をかつぐおろかな女も・・・」おろかな女・・それは、ジニーにほかならない。黙りこくってロァの指示にしたがう以外法がない。なぜなら・・。「おまえもその船にのせちまっても、いいところだが・・」リカルドの技能ゆえに、制裁はくわえないとロァが言う。なにもかも、アマロがロァにばらしたわけでないらしい事だけが、今の...―アマロ―32白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 31 白蛇抄第15話

    ジニーを船底への扉の前まで先導すると、アマロはマストの先のあほう鳥をさがした。ロァの姿はもうそこにはなく、ロァの部屋をめざし、アマロはゆっくり、歩み続けた。時間を見計らって第3倉庫をぬけだしたリカルドがアマロの目の端にはいってきていた。「ジニーと、楽しく話せたかね?」なにごともなければ、いつものリカルドが吐くせりふにすぎない。「もちろんよ。この船のなかには、あなたほど、つまらない相手などいないのよ。ほかの誰と話しても、最高に楽しいにきまっていてよ」精一杯の虚勢にしか、きこえないと誇示するために、リカルドは小さな声でさきのアマロの特別な声音をまねてみせた。「話よりも、良いものが俺にはあると、お前が教えてくれたばかりなのに・・つれない返事じゃないか?」笑い出しそうなリカルドの頬へぴしゃりと平手をはなつと、「笑...―アマロ―31白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 30 白蛇抄第15話

    「リカルド・・」瞑想から現実に引き戻すジニーの声でリカルドはやっと、アマロを離した。もちろん、その耳元に「俺の女」になったアマロを引き込んでおく事を忘れはしない。「また・・こいつで、かわいがってやるさ」アマロの手を己の股間のものにふれさせる。とっくにはりつめた存在感がアマロの体にさきの高揚をよみがえらせると信じた男はアマロの顔に浮かんだ苦渋さえ、リカルドの手管に抗えなくなった女の悶えに見えた。第3倉庫の扉をあけた、ジニーはアマロをみつめた。さっき見せた狂態がうそであるかのように、冷めた美しい横顔がジニーの前をとおりすぎていき、ジニーはアマロの後を追った。さも仲良く歓談でもしていたかのように、とりつくろうにも、アマロがうけた衝撃がいかほどのものか、ジニーの身に痛い。「アマ・・ロ・・・」いいわけにしかならない...―アマロ―30白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 29 白蛇抄第15話

    リカルドがアマロを離したのは、アマロの醜態によりこの関係がこの先も保証されると確信したせいもある。あくめを味あわされたアマロではないといいつくろえるのは、ジニーに対してだけでしかない。外見をいくらとりつくろってみても口でどんなにごまかしいいわけをしてみてもリカルド自身の局部に応え見せられたアマロの登頂の印は鮮やかすぎる。アマロのその場所がぐいぐいとリカルドの肉ははみ、リズミカルな伸縮が繰り返されアマロの轡の中は降伏の音色に充ちていた。だが、アマロの精神は肉体の暴走をうとむ。寄せた甲高い波がひき、己の醜態を自覚する覚醒は哀れである。アマロの屈辱は肉体を操った男より、無様な醜態を目撃しつくしたジニーに向けられる。いびつな感情としかいえないがいっぽうで、無理もないと思える。陵辱の恥さらしを高みの見物。その見物人...―アマロ―29白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 28 白蛇抄第15話

    「どうぞ・・、そうすればいいわ。でも、そうなれば、あたしは、アンタがしでかしたことをロァに告げるよ。アンタ・・どうなってもしらないよ・・」その時、実に楽しげにリカルドがわらいだした。「俺の目ン玉は節穴だとおもってるのかい?お前が妙な仏心をだしたのは、あの女が孕んでるからじゃないか。あの女を俺のオンリーにさせといて、シュタルトの船をやり過ごす。こういう手はずだったんだろう?涙が出るような優しいジニーさんの御心をくんで、俺は交換条件を出したんだぜ。俺だって、なにが悲しくて、他の男の子供を孕んでる女をオンリーにしてやらなきゃならない?それもこれも、全部お前のためじゃないか?おまえはそういう状況を俺に隠し、俺を利用しようとしたじゃないか?なのに、俺はそのまま、黙っていたよ。俺は、お前が心配しているとおり・・・ロァ...―アマロ―28白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 27 白蛇抄第15話

    後ろを付いてきたジニーの言うとおりに梯子を上がりきったアマロの足元からむこうに向かい細長い通路が伸びていた。一番奥がジニーたちのいる船底の上層にあたるのだろう。「一番、奥の部屋に甲板から荷物を下ろせる天窓のような扉があるんだよ」甲板からその部屋に分捕った品物をおろすと、「どういう風に区分けするのか、わからないけど、今度は手前の部屋に品物をわけるんだけどね・・」梯子を昇りきったジニーが今度はアマロの先にたった。通路には甲板からの明かり取りの窓の隙間からの光がわずかに入り込んでいる。「あの窓を開け放てばここも十分に明るいんだけどね」ジニーの居る船底には煙突のような灯り取りの穴があり、雨の日以外は船の底の女達は差し込む明かりで、時のうつろいを量った。量ったところで、どうにもならないけど・・・。人一人が通れる明り...―アマロ―27白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 26 白蛇抄第15話

    マストまで追っかけていけないと、溜め息をついてアマロはロァの部屋に戻り紅茶を立てた。大事に保管されていた紅茶の高い香りが部屋の中にみちていく。ケジントンの休日、昼下がりに立てた紅茶は庭先のチェアで楽しんだ。やわらかい風が紅茶の湯気をゆらし・・子供達がテーブルのスコーンを食べによってくると、ケジントンはアマロに目配せをする。ミルクを温めておやりと。過ぎ去った日々が胸の中に沸いてきたのはこの暖かな日よりのせい。もう、帰ることのない暮らしへの憧憬はせつない痛みを連れてくるけれどもう、元のアマロには戻れない。アマロの胸に巣食った悪党への恋慕があまりにも、めくるめくから・・。紅茶のカップを片手にアマロはロァの姿をさがしに、ドアの外に出た。どうせ、小1時間はマストにのぼったきり・・。遠くから焦がれる人を見つめる少女の...―アマロ―26白蛇抄第15話

  • 「思いをもつもの」

    先日から、あちこちにでかけていてまあ、写真に変なもの?がうつってしまったりwwwwオーブは家の中にわんさか、いて、嫌な気配というのではないのですが、何で、こんなにうつるん?と思うばかりです。で、でさきで、取った写真に写っているオーブですが、当然、あとで写真をみてきがつくというものなので、そのときのその場所のそのときの思いというのをなかなか、思い出せないことがおおいのです。おもいだせないながらも、やはり、なんとなく、ああ、それでかなというあとのせ?こじつけみたいな「思い」はでてきます。建物の反対側、100mくらい離れたところからなんとなく、その建物がきにかかっていたのです。そして、すでに、そこには他の人がのぼっていて、それをみながらのぼってみたいという気持ちと「よく登れるなあ」と、いう気持ち?がありました。...「思いをもつもの」

  • ―アマロ― 25 白蛇抄第15話

    わざわざ、第3倉庫にあつらえた鍵により、ロァの宝玉は掠め取られる。まさか、その鍵がリカルドの懸想をかなえる『鍵』になるとは、ロァもおもってもいなかっただろう。扉をあけると、同じ鍵で内側から鍵をかけることが出来る。つまり、一度中から鍵をかけたら、外から、開けることは出来ない。鍵は長いくせに胴は太い。だから、鍵穴から、中を覗くことが出来るくらい、鍵穴も大きい。鍵穴に鍵をつっこんでおかないと、まずいだろうなと用心深くリカルドは考える。倉庫の中は暗く、壁にすえつけられたランプに火をいれる。なおさら、鍵穴から明かりがもれ、誰だって中を見たくなるだろうから。点火の油くさい匂いをきにかけながらリカルドは明かりに浮かび上がった略奪品を見渡した。ぐるりと見渡した一点にリカルドの目が留まった。繊細な彫刻飾りを施した机がある。...―アマロ―25白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 24 白蛇抄第15話

    操舵室うしろのロァのキャビンをのぞきこむと、ロァは相変わらず海図を広げている。「またかい?」声をかけたリカルドにわずかな一瞥をくれると「ああ」と、言葉少なく、腕を組む。何を考えているのか判らないが海図が途切れてしまうあたりをデスクの上においているから、地中海にまわりこむつもりなのかもしれない。アトランティスの財宝でも探す気か?けれどリカルドの興味はロァにそってゆこうとしない。なぜならば、どこに眠るか判らない財宝よりももっといいものがある。それが、もうすこしあとにリカルドの手中のものとなる。今も、ロァはアマロを片時も手離さず、操舵室キャビンにまで、連れ込んでいる。ロァの傍らに立つヴィナースに目を奪われながらリカルドは第3倉庫の鍵に手を伸ばした。『ご執心なことで・・・』リカルドに手中の宝玉を奪われることも知ら...―アマロ―24白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 23 白蛇抄第15話

    錨を下ろした船は凪のままにただよう。この前から、このあたりから船を動かさないのはシュタルトの船とコンタクトする場所だからだろう。シュタルトの船が隣接したら、男達はおおいそがしになる。分捕ったお宝をシュタルトの船に移すとそれらは金にかわり、食物にかわり、衣類にかわる・・。板一枚をわたして、シュタルトの船と自船を往復する作業は単調で単純だが、労力と多大な時間を費やしシュタルトの船が離れる頃には男達はボロ布のようにくたくたになる。だから・・いっそう、今、男達はしばしの休息をむさぼる。そんな男達に混ざってやっぱり、船底の晩餐会にやってきたリカルドにジニーは約束の実行をつきつけた。「なんだよ・・いきなり、ご挨拶じゃないか・・」リカルドの条件を飲む前にあの娘の進退をはっきりさせなきゃならない。「わかった。おい!そこ...―アマロ―23白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 22 白蛇抄第15話

    「アマロ・・・」ジニーは呟く。事実を話せば・・・アマロはあるいは、リカルドの手におちることを承諾するだろう。だけど・・・。それは、裏を返せばアマロの裏切りに成る。何も知らせずにおけば、何も知らず脅しと策略に載せられたアマロでしかない。それとも、何もかも承知してあえて、ロァを裏切る・・・。「ううん・・」そんなアマロにさせたくは無い。愛する人間を裏切る痛み愛する心を裏切る痛みそれは、ジニーが一番良くわかっている。アマロには・・・、ロァを裏切って欲しくない。自分の代わりというわけじゃないけれどアマロには・・・。考えめぐらした末の想いにジニーは笑いだした。「ロァをうらぎってほしくない?あはは・・・、このあたしが、アマロをリカルドになげおとそうっていうのに?」問題はアマロの心の介在の仕方だけでしかない。「アマロは・...―アマロ―22白蛇抄第15話

  • 「音」「韻」からうけるイメージ

    アマロを読みながら思う。アマロと対峙する女ジニーどうにも、ディズニーの映画アラジンのランプの精「ジニー」とタブる。名前の持つ「韻」なのか、時に別人(作家)が、おなじ名前の登場人物を書いている。まったく、無関係なはずなのにキャラクター・路線が同じ色ということがあった。近しい人のイメージが被りその近しい人が同じだったりすることも有ろう。が、まったく、近しい人が同じでないのに、路線・キャラクター・が同じということが有った。「韻」「音」のもつイメージー多少は音階も影響するか?と思えるーが、近いものがあるのだろう。アマロの文字を選んだわけは自分でも判らない。もしかすると天(あま)路(ろ)を重ねてイメージしたのかもしれない。天の神様の言う通り・・の道(路)なるがままに、通ってゆく女と、いうイメージだったかもしれない。...「音」「韻」からうけるイメージ

  • ―アマロ― 21 白蛇抄第15話

    「なんだって?もう一度・・いっておくれでないか?」ジニーはたずねなおさずにおれない。「だから・・・、多分・・・まちがいないよ。あの娘は・・身ごもってる。だから・・・」皆まで、言われなくてもジニーなら判る。娘は恋人の子をはらんでいる。ソレは、間違いない。なぜなら、この船の男は商品を孕ますどじはふまない。ふむとしたら、あえて、女をバシタ(女房)にするための手段だろう。だが、あの娘に本気になってる男なぞいなかった。いや、いたとしても・・・今、孕んでるらしいとわかるということからして、おそらく、3~4ヶ月?あの娘が船にとらえられてからの月日をかぞえあわせても、この船の男の情のすえの所産ではない。「そう・・」「そうだよ・・だから・・」だから・・・。女が口にだしたくないのは、自分の運命も同じだから。シュタルトの船に移...―アマロ―21白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 20 白蛇抄第15話

    「と、いうわけで」リカルドはあっさりとジニーに要求する。「お前はここに残れ」「そう?」冷たい笑いがおきるのは、アマロへのふがいなさのせいではない。「何のために、私をのこそうっていうのさ?」リカルドの性欲を漱ぐため?ならば、そんなに特別な女なら、オンリーにすりゃあいいじゃないか?『あんたの魂胆はみえてるよ』リカルドの計略。それは、この船の男達の気持ちを自分に惹きつかせるためだけ。もし、リカルドがジニーをシュタルトに売り払うときめたら、何人かの男達はジニーを失った怨みをリカルドにむける。それ程ジニーは今この船の中の男達の渇望を興深くさらえてきた。自分の保身のためと、仲間からの嘱望を得るためにジニーをシュタルトに売り払うわけにはいかない。こういうことだろう。「だけど。あたしもただでは、うんといいたくないね」「は...―アマロ―20白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 19 白蛇抄第15話

    ロァの側に寄ってきた男におぼえがある。いつか、甲板を歩いたアマロに声をかけた男にちがいない。あの時と同じように男は親方の女にだって遠慮会釈なく好色なまなざしをむける。男はアマロを舐めるようにみつめると、ロァと話し込み始めるが時折、ロァの後ろに居るアマロを盗みみる。アマロは嫌な男だと思った。ロァも気がついているだろうに、その所作を咎めようとしない。ロァがその男の存在を重要なものとしているせいか、自分の女が他の男の目を奪うことにいささかの満足をえるせいか。そこのところは良く判らないがとにかく、頭領と対ともいえる横柄な態度がアマロの心に不穏を呼ぶ。「で、何人残す?」聴こえてきたロァの言葉にアマロの胸の底がぐっと縮んだ。『シュタルトに売渡す女達のことだ』と、わかったからである。「まあ、めぼしい女が・・・」言葉を止...―アマロ―19白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 18 白蛇抄第15話

    あの娘がリカルドを選んだのはリカルドの背景のせいだけじゃない。恋人の名を呼んだと聞かされたとき、ジニーは胸のすく思いをあじわったけど、これも違う。あの娘はリカルドに恋人を重ね合わさせられはじめている。ジニーの考えは事実とはちがうかもしれない。でも、リカルド以外の男にだかれても、あの娘はきっと、恋人の名前を口にだしたりしない。胸の中で恋人を呼ぶだけで充分だろう。ところが、リカルドに抱かれた時胸の中の恋人の存在がきえてゆく。リカルドのものになってしまう身体が恋人まで遠くに追いやると知ったときあの娘は恋人を敢えて、意識しなければならなくなった。意識の中から遠く去ってゆく存在だからこそ呼び戻さなければならなかった。あの娘は身体から先に、リカルドに染められ、いつのまにか、リカルドの女になっている。こう考えられるとジ...―アマロ―18白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 17 白蛇抄第15話

    船があらたなる獲物、輸送船を襲った後だった。すっかり様変わりしたあの娘はもう、叫ぶ事もなく新入りの女達も同様、大人しく男にだかれるようになっていた。リカルドが船倉にあらわれると、女達を並ばせ始めた。ジニーを含め18人の女はのろのろと立ち上がる。ジニーの前にたったリカルドは「お前はおしい。だが、惜しい女ほど高くうれる」と、つぶやいてみせた。それで、ジニーに判った。リカルドはシュタルトの船に渡す女をえらんでいる。言い換えればどの女を船に残しておくか、リカルドに権限がある。わざわざそのリカルドがジニーに呟いてみせたのは、ジニーの口から此処に残りたいと嘆願させたいせいらしい。だが、ジニーがシュタルトの船に乗ると言う事はアマロによってロァにも伝わっている筈である。なれば当然リカルドまで伝えてあるはずのことがリカルド...―アマロ―17白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 16 白蛇抄第15話

    よってきたリカルドにジニーを抱いていた男は慌ててその場を譲ろうとする。「かまわしねえぜ」ゆっくり、待ってられねえほど飢えてるわけじゃない。ロァの補佐でもあるリカルドはその地位を考えれば、ロァのように特定の女を囲うこともできる。だが、リカルドはそれをしない。多くの手下ともども女をなで斬り切りにするばかりである。はあっという男の声がせつなくもれると、男は自分の体液を手の中に受止めリカルドにジニーの場所を明け渡す事に急ぐ。「いいっていったろうが・・・」後始末をはじめようと向こうの隅に行き座りこんだ男からジニーにむきなおると「と、いいながら・・ジニーさんはそうでもないか?」いつだったかも、この男にいいほど弄られ、はからずもあくめを覚えさせられたジニーだった事をリカルドは覚えている。「あの娘にたりなかったって?」新...―アマロ―16白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 15 白蛇抄第15話

    船倉の中に新たに捉えられた女達が、一塊になってふるえている。すでに男達の欲望を舐めさせられた初めの虜囚を先輩と呼ぶのは滑稽だが、此処で女が海賊達に何を差し出せばいいか知っている女を先達とよぶしかないかもしれない。塊り、震える女達にかける言葉なぞあるわけがない。先達である女たちが黙っていても、男達に生き延びる術が何であるかを、いやおうなくその身体におしえられる。それを敢えて同じ女の口からいわなければならないとしたら、言うほうも聴かされる方もいっそう惨めな運命に飲み込まれた自分をのろうだけしかなくなる。やがて、デッキの上に並べた樽にためた雨水で血飛沫を洗い落とした男達が裸同然の姿で船倉に降り立ってくる。戦闘の興奮が収まりきらない男達は乾いた服に袖を通すのさえもどかしい猛りを沈めるべき女を定め始める。叫び声が悲...―アマロ―15白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 14 白蛇抄第15話

    突然。殺戮への準備を知らせるドラがなる。女をいたぶっていた男たちがあわただしくうごきはじめる。「襲撃だよ。船をみつけたんだ」捨て置かれたあの娘の側ににじり寄るとジニーはその悲惨さに目をふせたくなる。口の中の抵抗をふさいだだけであきたらず、娘の手は縛り上げられ、括られた部分は娘の抵抗の様を物語る擦り傷から血がにじみだしている。「あんた。こんなめにあっても・・」娘の口からぼろ布をひっぱりだしてやると、ジニーは括られた手を自由にしてやる事に必死になっている。ジニーに手を預けた娘の喉からひっと悲鳴が上がるとそれが長く伸び、甲高い嗚咽が絶叫に近い号泣にかわった。「なくがいいさ」ジニーは黙って側にいるだけしかできない。床に突っ伏し、泣き伏す娘の指に指輪の痕を見つけた時ジニーは胸が潰れそうになった。「あんた。約束した人...―アマロ―14白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 13 白蛇抄第15話

    「それで、元の話ってのは要するに、あんたがロァの女でい続けられる限りは私にシュタルトか、此処かを選択させてやるってことだったよね?」「そうね。そういうことね」ロァの女でいれる限りにおいては、ジニーの選択をかなえることはできる。「ふーん。あんた。その約束は当然ロァも承諾しているんだよね?」「あたりまえでしょ」約束も取り付けず、ジニーに話すわけにはいかない。少し、癇に障ったらしくアマロの顔が切りつまり、それが、一層、端正さに輪をかける。「あんたを見てると一つだけ判ることがあるわね」「なに?」はすかいに瞳を動かしてみせるだけだから、まだ、ちょっと怒ってるんだなとジニーは思いながら「ロァは、あんたをわざとおこらせるでしょ?」「どういうこと?」尋ね返したアマロはまだ、どことなくつっけんどんさを残している。「あんた、...―アマロ―13白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 12 白蛇抄第15話

    「私の場所を奪った女が、ロァを愛しもせず、あの馬鹿はそんな女に本気になってる。そんな女にどっちにしたいか?なんて、きかれる事がどんなに惨めか判るかい?よほど、ロァを独り占めしたがってシュタルトに売っ払われたほうが、せいせいするよ。だって、それなら、少なくとも、あんたはロァに本気だろう?」「ジニー。違う。そうじゃない。だって、考えてみてよ。私もいつ下にいけといわれるか判らないのよ」「それが?それがどうしたっていうの?それが怖くて、ロァを愛せない?そうじゃないわよね?もう、既にロァを愛しているから、私みたいにぽいと棄てられるのが怖くて、愛していると言う事を認めたくないだけでしょ?」「あ、貴女に、貴女になんか、判らないわ。三年もロァの気持ちを繋ぎとめた貴女になんか、わかりゃしない」「え?あ、あははは」ジニーは笑...―アマロ―12白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 11 白蛇抄第15話

    自分の心を覗き込む事を止めて目の前のジニーに真っ直ぐ顔を向けると待っていたかのようにジニーの方が切り出した。「で、わざわざ、こんな女に話があるっていってたのはなんなのさ?海に飛び込むのをみていてくれってことなら、さっさとおやり。さっきも言ったとおり私はとめやしないよ。気紛れだったと気がついても飛び込んじまえばもう、完了さあ」語るに落ちたともいおうか。アマロはジニーにもある死への憧憬をかぎとった。「そうやって、気紛れをうまくすりぬけてきたのね?」アマロのさっきの事は、気紛れにのみこまれかけたに過ぎないと言下にふくませた。「そうだね」いつだって海はジニーの目の前でかいなをひろげていた。「いまだって、いっそ、藻屑になってしまいたいのはわたしのほうさね」足下にアマロは言い添えた。「でも、死なない。いきてく」アマロ...―アマロ―11白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 10 白蛇抄第15話

    「ジニーにあわせてほしい」ロァは背を廻しアマロの表情をうかがいみた。「俺は、本当にジニーのことなぞ・・」アマロはストップといった。「あなたのことじゃないのよ。ロァ。是はケジントンの私への気持ちがどうであるかを気にかけるあなたなら判る事よね?私もジニーのあなたへの気持ちがしりたいの。どうにも成らないこの先であっても、せめて、ジニーの心に」後はアマロの涙の声で潰れた。「アマロ?」ううん、とアマロは首を振った。「後は・・ジニーと・・・」むせび泣きそうなアマロの肩を抱いたロァはアマロが本当に自分を愛し始めていると思った。ロァへの愛が重苦しいほど自分の中に存在すると気がついたアマロは同じ思いでいるだろうジニーに詫びずにおけない女になっている。それは男の独占欲の世界では、存在できない共有意識だろう。いくら、ケジントン...―アマロ―10白蛇抄第15話

  • ―アマロ― 9 白蛇抄第15話

    「どちらかと云うのは、何と何なんだろうかね?」「あ・・」シュタルトの事を話そうとしたアマロが急にぞっとした思いにつつまれたのはアマロもまた、いつかシュタルトの船に連れてゆかれる事を恐れるせいだ。「おしゃべりな男にどこまできかされた?」「シュ・・、シュタルトのことを・・・」「なるほどな・・」アマロの身を包むおびえが一層理解できる。「それで、一層、お前はジニーのように俺に捨てられる事に脅えたというわけか」違うと言い切れずアマロは唇をかんだ。「だが。覚えておけ。俺は本気だ」何に本気だと言うのか。アマロが、ロァの女で居る事が嫌ならサッサとシュタルトにうりつけるくらいのきがあるということか?本気でジニーを見限ったといいたいのか?あるいは・・・。「お前は信じないかもしれないが、俺はお前を本気で思っている」まともな出会...―アマロ―9白蛇抄第15話

  • アマロは、如月童子に拾われる

    ―おんの子(鬼の子)―白蛇抄第14話(35)終えました。明日、順番替えします。次が光来童子の母如月童子の妻外つ国の女・・・アマロの話。鬼の子の中では、一国の姫、と、書いていたのですが、いざ、書きだしてみると、無理があったwwwキャラクター設定というのは、自分の中にあるもので、頭の中で計算する。まず、1国の姫が日本(らしいwww)にたどり着けることに無理がある。如月童子に救われて?そのまま鬼と暮らせるだけの、通り越しが無いといけない。性格ももともと、強い物をもっていてその通り越しが拍車をかけるとともに諦念ももたらす。複雑な設定(通り越し)を考えなきゃいけない。と、・・・ケジントンの侯爵夫人が(伯爵夫人だったか・・物語の中で書いている)どうすれば、ジパングにたどり着けるかそして、見知らぬ国で鬼にひろわれながら...アマロは、如月童子に拾われる

  • 祈る

    読みなおしていた。*****そも因縁を通るとは、親もしくは前世からの引継ぎである。ただ事を通るだけで、おわらせとうなかりましょう?かなえさまの思いを、光来童子の思いを二人の身で実際に味わうことこそが事が通り越す事であり、因縁納消につながるのです。それが、光来とかなえにとっての本当のせいじゅでもある。「かなえの思いをあじわえというのだな?」「で、なければ同じ事を繰り返すだけです」因縁通りの形を通ることが違う結末を迎える事につながるとは信じ難い事であろう。「離れ離れになり、十年先に死であがなうしかない恋でよろしゅうございますか?」べつに死ぬのはかまわぬが、かなえが十年先にでも光来とそいとげたかどうかわからない。これが、今生の別れになり、悪童丸と再びあうこともかなわぬとなるが、つらい。「さきゆき、共に暮らせる因...祈る

  • 楼上を飛んだ

    七日七夜・・終白蛇抄第4話の、最後と呼応させている―伊勢の姫君―終白蛇抄第13話かなえはとんだ。童子と生きられるならあそこより落ちてかなえは死にます。天守閣は広げた童子のかいなに飛び込んでゆく踏み台に過ぎなかった。「童子・・・」こころ一つを童子に染め替え長きの裏切りをすてさり、かなえはとんだ。童子・・。童子・・・・。童子・・。かなえのこころは一つに染まっていた。幸せの頂上は、直ぐそばにあった。かなえを抱きとめた童子のかいなはかなえの夢だったのか現だったのか。けれど、確かにかなえは童子だけのものになった。かなえさま。かなえさま。海老名がかなえを呼ぶ。振り返ったかなえは向こうを指差した。「海老名。あの方がかなえの殿御です」「綺麗な・・・青磁の様な瞳」「はい。あの瞳の中にかなえをうつしてくれるのですよ」「おしあ...楼上を飛んだ

  • 「見える人ではない」

    普通の人のつもりでいるが、もしかして、普通じゃなことを書いているのかもしれないwww心霊の、なかで、「もうひとりの人は、陰陽師だとかいっていたけど狐っぽいものがみえていてそれは、たぶん、安部晴明にかかわることであったろう。本人は安部晴明の生まれ変わりだとおもっていた節がある。」これだけ読むと説明不足で以前書いた、「見える人ではない」に矛盾すると思う。で、説明www陰陽師さんは、自分の顔(写真)をブログに掲げていた。その顔・・・額の所に日焼けというか・・・木陰・・などの影が写り込んだか・・・しみ?というか塗り絵とか、一色では無いので、微妙なトーンの違いが見えていた。そのシミの濃淡を見ていた。すると、狭い額の中に(あくまでも、影絵の様な感じ)屏風をたて、その前で平安朝の装束っぽい男とそれによりそう雅な着物姿の...「見える人ではない」

  • あほ単純

    自分は、見える人ではない。だが、勘というのか?ーなにか、判る時が有るーもっぱら、それを証明する物事はー後から判るー話しておけば、「本当だ」と思ってもらえるのだけど後から言うと、後だしじゃんけんみたいなもので信じてもらえないだろう。ただ、幸いなことに信じてくれる人にしかじかに、しゃべることはないし信じてくれる人は本人のほうが、もっと、見えたり?判ったりしている。ユニコーン(8)も、事実を形を変えて書いているが信じる人。信じない人。いるだろうし信じたくない人は、一種のホラー話(法螺話?)と思って読み物で終わらせるだろう。自分をまとめていく意味合いもあるのだけどどう考えてよいか判らない不思議な体験もありさすが、それを公開するのは気が引ける。何らかの、ミーイングをもちたいと思っているし持ったと思う物でないと書けな...あほ単純

  • ―鬼の子(おんのこ)― 1 白蛇抄第14話

    伽羅は、悪童丸がどこに出かけ、誰に会いに行っていたかを知っていたが何も聞こうとしなかった。もうふたと瀬もすると悪童丸は十二になる。鬼の男子は十二になると、一人立ちをする。自分で居を構え、自分独りで生きるための糧を手に入れて生きてゆかなければならない。辛く厳しい生活ではあるが、そのかわり何をしようとどう生きようと、誰にも束縛されることはない大人としても認められる。そうなったら、例え親であっても独り立ちをしたおのこを拘束する事はできない。そのときが近づいてきている。親でもない伽羅であるが、いずこの母鬼でも潜り抜けなければならない別離に確固たる心を構えようとしていたのである。だから、今は伽羅の手元にいる悪童丸であっても、悪童丸の独立と自由を認めてしまわなければならない。誰のものでもない。悪童丸は悪童丸自身のもの...―鬼の子(おんのこ)―1白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 2 白蛇抄第14話

    そして、かなえは子を産んだ。伽羅の予想をたがう事はなかったが、かなえはもう一人悪童丸のほかに女子の子をうみおとしていた。かなえ、そのままの面立ち。姿かたちも人の子そのまま。その子がかなえを死の淵から救い出す事になってゆく。悪童丸を産み落とし海老名の手によってその生をついえられていれば、かなえは、ことの事実を悟ってもっと早く死を選び取っていた事であろう。勢と名づけられた赤子は主膳にも光来童子にも似ていなかった。が、海老名はかなえの母性を極めさすかのように言った。「笑うとよう主膳様ににておらるる」そうなのであろうか?一抹の信心を育て上げてゆくためにも赤子の笑顔はいたいけなさすぎ、かなえは主膳との後世がしかれている事に己を組み伏せていく事になっていった。そうせねばならぬほどに主膳の心もまたとめどなくやさしすぎた...―鬼の子(おんのこ)―2白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 24 白蛇抄第14話

    父。光来童子が愛した女性。悪童丸が童子を思う気持ちがかなえへの追慕をうませた。かなえを一目見たかった。母を一目見たかった。父の愛した女性を一目見たかった。自分の生まれた証を見たかった。だが、解るはずが無い。どんなにいとしいものか。解りえるはずが無い。どんなに愛したか解るはずがない。愛しながら会わない。会わないとわかれる女性と何故結ばれずにおけなかったか。解るはずが無い。だが、かなえは死んだ。この悪童丸におうたあと。かなえは死んだ。何をしらせようとした?何をみせようとした。さほどに恋しい、光来だと、命をかけてあかしてみせたか?『勢・・・』いとしい勢は既に悪童丸のものになりえた。『父さま』なってはならない恋に苦しんだ光来童子が今はわかる。こんなにくるしい。なれど、もとめずにおけない。『勢?』勢も、勢も、いずれ...―鬼の子(おんのこ)―24白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 25 白蛇抄第14話

    鬼の陵辱から護るはずの己が勢をだいた。悪童丸は勢にあう前に無事に行を納めた事を伝えるべき人、伽羅に会いがたくなっていた。当然。伽羅も悪童丸を育てたものの直感であろう。そろそろ、悪童丸が帰ってくるのではないかという予感をむねにいだいていた。が、あらわれない。ちごうたか?おもうが、胸に潜んだ感が外れてない気がしてしかたが無い。やれ、とうてみるか。薊撫のもとをたずねてみることにした。久しぶりに悪童丸の顔もみてみたい。あれから五年。随分おとなびたことであろう。光来童子、そのままの顔立ちもあの十五の時の光来か。いや。悪童丸も十七、はるかに男臭くなってしまっているのだろう。はやる心を抑え葛城山中まで飛び退る。薊撫にしかられるだろうか?行の途中だとあわせてもらえぬかもしれない。まあ。よい。それでも、感が空だとわかればよ...―鬼の子(おんのこ)―25白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 26 白蛇抄第14話

    「わしもおくればせに悪童丸をよみすかしてみたのじゃがの」口ごもるように低い呟きになる薊撫がいぶかしい。「なんじゃという?」何がみえたというか?邪鬼丸のような非業というのではあるまいの?「陰陽師がうかぶのじゃ」「陰陽師?」邪鬼丸の死体を持ち帰ろうとした時の事が鮮やかによみがえる。邪鬼丸の身体を括った縄は刃物も通らなかった。結び目を解こうとした時、はっきりと判った。陰陽師の印綬がかかっておる。それが全てを諦めさせた。陰陽師相手に邪鬼丸を救い出せるわけがない。胴を離れた首は塩漬けの樽の中で死んだも同然。いや。もう、死んでいる。と、諦めるしかなかった。ゆびをくわえ、おめおめと諦めることで死なせとうなかった。わかれとうなかった。この無念が悪童丸に法をおさめさせようというおおきな元だった。泳がぬ者がおぼれる事はないが...―鬼の子(おんのこ)―26白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 27 白蛇抄第14話

    ―童子。光来童子。おまえを救いも出来ず、悪童丸も救えず・・・伽羅はなくしかないか―長浜城の堀囲いの屋根の上に、東雲(しののめ)時から伽羅がとまっている。烏かなにかのようにつくねんと屋根のうえにいるのだから正にとまっているとしか言いようがない。伽羅が待っているのはいわずと知れた悪童丸がことである。白々と夜が明け始め、陽光は雲の隙間を探り、山の端から黄金色に染めようと日輪を広げだす。天守閣に続く廊下の屋根に飛び降りる悪童丸の姿があった。用心深く瓦をきしませもせず、すばやい足で屋根をつたう。と、その姿が止まった。見る見るうちにぎょっとした顔がしなだれた。悪童丸が見つけたのは伽羅である。かくごをきめたか。叱られる子供のように伽羅のまえにたつと、むこうの衣居山を指差した。こんなところで、はなしているわけにはいかない...―鬼の子(おんのこ)―27白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 28 白蛇抄第14話

    悪童丸は百歩も千歩も主膳にゆずっている。そのためだけに、勢を他の男の手の上に出さねばならない。それでも、勢が悪童丸を求むるなら、何もゆずらぬ。そのためへの布石でもあった。三条のもとへとつぐ。そこで幸せに暮らせるならそれでもいい。だから、三条の姿を映した。もう一つある。それでも、悪童丸への心が本意であるなら、三条に抱かれるは勢もつらい。馴らすというと語弊があるかも知れぬ。三条の姿の悪童丸に慣れ置けば、勢も錯覚の中で辛さをのりきれるやもしれぬ。「わたしはひきょうなおとこです」「いんや・・」勢はしあわせものだとおもった。こうまでも、悪童丸の心を占めきった勢はそれだけでしあわせだろう。『何も・・いわん。やってみるがよい』運命の糸をどこまでほどくことができるか。先を見せなかった光来童子に、今はむしろ感謝するべきかも...―鬼の子(おんのこ)―28白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 29 白蛇抄第14話

    ばさりと伽羅の前に落とされた指指をみつめた。「な?」血だらけの口元はしゃかれた舌のせいだ。「陰陽師か?澄明か?」悪童丸がうなづく。「どうすればよい」切り離された指をつなぐ術があるのは知っている。だが、斜にさかれた悪童丸の舌では韻も唱えられない。「お・・おお・・う」とにかく指をもとの場所につけて押さえろというようだった。念誦を与えて元の形にもどそうというらしい。「できるのか?」やるしかない。「薊撫をよんでこようか?」悪童丸は首を振った。縁者の因は己でつなぐしかない。縁者の因の内、離因は他がかけられる。だが、結因は己がかけるしかない。一刻をかけて印綬を念じ不完全ながらも指はどうにか身内につながった。舌を癒せば直ぐに直せる指であろうが、反対に手印をきって舌を治そうにも、指がまともに動かない。「ねんのいれようじゃ...―鬼の子(おんのこ)―29白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 30 白蛇抄第14話

    舌が癒え、指を治しきる頃に式神が現れた。『自然薯をほる。てつなえ』と。示された場所に陰陽師がまっていた。「よう・・辛抱してくれた」陰陽師が悪童丸にかけた最初の言葉だった。「おまえは?」何を考え、われらをどうしようとしている?「あしきにせぬというたであろう」ちらりと自然薯の葉をみつめる。「なくなる陽根のかわりがいるのでな」つまり・・。「かえしてくれるというか?」「勢姫もな」「え?」「おまえのものじゃろう?」本意だというてくれるのか。二人の恋をまがいものではないというてくれるのか?「はよう、てつなえ。おまえはまだやらねばならぬことがある」澄明は自然薯の蔓を手繰って、土を掘り起こし始めた。「おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく」澄明の口をついたのは愛染明王の真言である。「これ...―鬼の子(おんのこ)―30白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 31 白蛇抄第14話

    「はいれぬ」悪童丸の陽根を祭った小さな祭壇の周りの角に竹が埋められ竹を結んであらなわが張られている。ひどく簡単なひもろぎであるというのに、伽羅には入れない。「ただの陰陽師ではない」薊撫のいうとおりのかむはかりの者のせいか?なれど、ほたえを放ち生を継がせる道具をとりあぐる陰陽師のどこがかむはかりの者か?「なにをかんがえおる」悪童丸も舌が癒えぬものだから、何もはなしもできぬ。やけに余裕を見せているのがなぜか判らぬままやもたてもたまらずここに来てみたがどうにも成らない。勢・・おまえもあきらめたかや?せめてみたが、きがついた。勢も鬼の血。ここにはいりきれぬか。『おろがむのみじゃというたな』薊撫の言葉がよみがえる。成らぬことであれば陰陽師は悪童丸の首をきりおとしているはずである。おろがむ。己を無にして考えるしかない...―鬼の子(おんのこ)―31白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 32 白蛇抄第14話

    澄明に言われた百日目の夜である。海老名は祭壇の前までくると、やはり、戸惑いをあらわにする。姫の懇願に負けてここまで来たのは来たのである。が、「姫様」躊躇うような海老名の声が夜のしじまに響く。「早う、悪童丸の陽根を、わらわの手に・・」「なれど・・・」「海老名、今宵を逃したら。そもじも、あの折に言うたではないか、悪しきにはせぬと、なによりも、悪童丸はわらわの弟、かなえのただ、一人のおのこ。母の存念思いおこせば、せめても五体に戻してやらねばなるまいに」「されど」「えええい。早う、せや。わらわはこのひもろぎの中に入られぬのじゃ」「悪童丸様にあれをお返しするだけで御座いますな?誓って、前のように悪童丸様と馴れあそばしたり」「判っておるではないか?わらわは三条時守の所に一月後には、嫁ぐ。この身にまさかのことはない。わ...―鬼の子(おんのこ)―32白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 33 白蛇抄第14話

    それから一月。勢は三条の元に嫁しこした。これで、因縁通り越せるか?勢を懐妊を待つ。待つは無論。悪童丸との結果である。だが、思わぬ落とし穴があった。これが勢をくるしめた。はよう。あからさまになれ。あれから、障りが無い。おくれておるだけか?はらんだか?勢がいかほどに焦るのも無理は無い。「澄明:。この苦しさも因縁か?これもとおりこせというか?」懐妊への不安ではない。三条の心がくるしい。『かなえが主膳をおもうたおもいか?』かなえになるというた。いうたが、かほどに因縁は想いをくりかえさせるか?『勢』嫁しこした姫を抱いた三条の手が震える。心が震える。勢はすでに男を知っていた。どういうことだ?穿たれる憎しみがくやしい。しっておったからこそ、主膳は婚をせいたか?主膳にたばかれたか?勢は主膳をも、たばいてみせたか?口惜しい...―鬼の子(おんのこ)―33白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 終 白蛇抄第14話

    ―勢がある―あの勢いで恋を生き抜く。はらむだろう。はらむにきまっておる。はらまずにおくものか。あの鬼恋しさで何もかもを受け止め己の生き路をつかみとるはげしさで、悪童丸との運命を切り開こうとする。その誠に天が乗る。自然を、人を生み出した天が乗る。なるにきまっております。決まっておる事なぞ口にだすまい。三条の哀れが主膳に重なって見えた。姫。貴方がそこまで、彼らに愛される方だという事をしっておいてほしかった。なぜなら、やはり、主膳と三条の悲しい瞳が浮かぶ。土に返す身体もない。幾日も勢の遺体を求め、夕間暮れてきた堀を捜す二人の姿がみえる。涙を流せば堀の水さえ眼に映らぬ。浮かばせた船の上から涙を堪え水面を凝らす。流せぬ涙が一気にあふれ勢の姿をみつけたくはない。涙が堀の水におちた。波紋が小さく広がり見付からぬ勢を思い...―鬼の子(おんのこ)―終白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 34 白蛇抄第14話

    だが、はらんだか?はらんでおるのか?澄明の言葉が浮かび上がる。―百日精を留め置かれ、膨れ上がった情念を受けながら、それでも孕まねば、自然は三条様のものになれときこしめます――自然はなるがまま。これが自然―澄明がいう。―自然を勝る情念が味方せぬことこそ、なってはならない。そのあかしです―孕まぬはつまり、なってはならぬという神の意思だという。―神の意思というは、自然です。自然というがこれは己の化身とお悟り下さい―「勢のおもいはどうなるという?」語気荒く澄明を正した。―天は相応の人を与えます―光来への心を引かせたかも知れぬ主膳。ひいては三条は悪童丸にまさるやもしれぬというか?「そうあらば、勢の心が三条にかたぶくというか?」―器にあうものがよります―勢の心を絡める男が寄るというか?澄明に反駁して見せた言葉の端がよ...―鬼の子(おんのこ)―34白蛇抄第14話

  • おんのこは、「悪童丸」を反対側から見ている・・・

    やっと、ここに戻ってきた。ー悪童丸ー10白蛇抄第2話確かに姫の側を離れる鬼を見た気がしたのである。「おらぬ」「政勝殿」澄明が姫の打掛が掛けられた鴨居のほうを見上げると天上に張りつくようにして悪童丸の姿があった。その澄明の目線を追って、政勝が刀の柄に手をかけこいくちを切り掛けるのをみると、さすがの澄明も政勝を引き止める事も叶わぬと察して九字を唱え始めた。澄明にとっては政勝の命の方が大事である。唱えたくない縁者の因を悪童丸に与えねば致し方なかった。「怨婆沙羅」が、澄明は九字を唱え終わると「悪童丸。逃げやれ。そして、もう、現れるでない」澄明の必死の叫びが悪童丸に届いたのか政勝の刃をすいっと避けた悪童丸の姿が掻き消えた。「いでよ」政勝の怒涛のような声が響き渡る。その政勝の後ろに又も、悪童丸の姿が現れた。殺気をけど...おんのこは、「悪童丸」を反対側から見ている・・・

  • ―鬼の子(おんのこ)― 23 白蛇抄第14話

    「ひさしぶりに」勢の元に現れた精悍な若人が悪童丸であると判るまで、勢の瞳は確かめるように鬼を見詰め続けていた。青磁の瞳。柔らかな薄茶色い髪。そして、何よりも「勢・・わしじゃろうが?悪童丸じゃが」自分の名前を呼ばわった。「あ・・」言葉もうせはてる勢に「まだ・・・嫁にいかなんだかや?」笑うている。「あ・・悪・・・」つぶらな瞳から落ちるものは再会の喜びのしるしである。その勢を抱きしめてしまいたい。この想いを必死に抑え続け、悪童丸はいう。「わがままをいうておるのだろう?あまり、ごてをいうておると・・」すぐさま勢を読んだ。「三条様が嫌気をさすぞ」『や・・やはり・・そうなのか?』陰陽師白河澄明の読みと同じ名をあっさりと口に出された。「勢も三条様なら不遜はない」「じゃろう?」「じゃが・・」久しぶりに会う姉との垣根は一つ...―鬼の子(おんのこ)―23白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 22 白蛇抄第14話

    行が明けた。告げられた悪童丸がめをしばたたかせた。「もう?」「うむ。わしにおしえられることはもうない」使徒になってはや五年。悪童丸も十七になる。ここに着たときに比べ背も伸びた。声も変わった。胸板も厚くなった。なによりも勢が触った角も若人らしく伸びた。童だった面影が消え、時に憂いを見せる顔が一層おとなびている。「わしが教えられる事はなくなったが・・」薊撫はたずねる。「わしに教えてほしい事がある」「はい?」なんだろう?くるりとおおきくまなこが開かれ、不思議そうに薊撫をみる。青磁を映した瞳が愛くるしい。邪気ない瞳にすいこまれそうである。この瞳で見詰られたら女子もたまるまいの。薊撫に苦笑がもれる。つまるところ、このことであるのだ。「悪童丸。おまえは想うものがおるのか?」「は?はい?」突然である。今の今まで色恋にま...―鬼の子(おんのこ)―22白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 21 白蛇抄第14話

    「結実じゃの」悪童丸の師。薊撫の呟きである。無論、これも鬼である。悪童丸に法を教えて早五年。弟子の飲み込みの速さとその速さを支える必死さを愛した。最後に教えた縁者の印は、己の身を護るためのまさかの時のものである。伽羅から童だった悪童丸に法を伝えよと頼まれた時。薊撫は笑って断る気でいた。ところが如月童子の孫に当るといわれた。つまり、光来童子の子であるといわれた。二人の鬼の血筋がどういう者であるか薊撫はよく承知している。鬼ではある。鬼ではあるが、如月の宿縁が光来童子に人の血を流し込み、さらに光来童子に受け継がれた宿縁が悪童丸の血をいっそう人の濃さにしていた。悪童丸は半妖より、むしろ、いっそう人に近い。なのに鬼の姿形を受け継いで生きねばならぬ。鬼だけでないものを抱え込みながら鬼として生きねばならない。人に近寄ら...―鬼の子(おんのこ)―21白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 20 白蛇抄第14話

    ―苦しい―この身にまとう鬼の血がさわぐ。鬼が・・・恋しい。鬼が・・・ほしい。悪漢のごとく勢を押さえつけその激しさでこの鬼恋しい想いをみせつけられたい。勢は鬼なのだ。人であろうとすればするほど、一層鬼が恋しい。当り前かもしれない。己の基底が鬼でもある。鬼をゆるすまいとする事は己自身を否定することである。たわめられた思いは一層元にもどろうとする。けれど・・・・。勢はふっと思った。ならば、鬼をもとむるば、今度は反対に人恋しさに狂う?悪童丸?お前はどう?同じ身の上。同じ半妖の血。お前は人こいしいか。お前は鬼恋しいか。―あ勢は気がついた事に瞠目した。勢が鬼をもとむれば人恋しさにくるう。人を求むれば、鬼恋しい。鬼ではいかぬ。人でもいかぬ。だから、それは、鬼であり、人でなければならぬ。自分と同じ半妖。その血のものだけが...―鬼の子(おんのこ)―20白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 19 白蛇抄第14話

    緋毛氈が土に柔らかい。野点の席に現れた三条は彼の父に同道され主膳に頭を下げた。幾人かの要人を呼んだのは、勢のためだけではない。婿選びだと知っておれば、他の御仁も年頃の会う子息を主膳の元に使わせていただろう。主膳とて、娘を売るような気はない。邂逅というものは、偶然が作る。ただ、偶然を生じさす機会をおおくつくる。天の時、地の時、人の時があろう。あの日あのとき。主膳がかなえにおうた。どの一つがかけてもことはならない。とくに人の時。三条のご子息は眉目秀麗な若者であったが、恋なぞという感情に興が湧くには、まだ、おぼこかったか。勢を見る瞳も、どこか子供が、子供をみるようであった。作法どおりに茶をすすると三条の父は「いかがですかな?」笑いかけて問うは弓のことである。「春は・・・むごいようで・・」卵を抱く雉も、春を謳歌す...―鬼の子(おんのこ)―19白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 18 白蛇抄第14話

    ひどく・・苦しい。勢を想うと体中の血が騒ぐ。体内の血は急に加速し巡り巡って熱気をこもらせてゆく。勢。その名を呼んでみても、狂おしさが増すばかりだった。熱気は抜け道を探すかのように一点に集中し始めてゆく。一点は切なく張り詰めてゆく。―これが・・・これが、ほたえか?―勢にそれをぶつけることなぞ赦される事ではない。悪童丸は一度は躊躇った手で、ほたえが張り詰めさせた物をむずと掴んだ。手淫である。だが、今の悪童丸が、ほたえの苦しさから自分を逃す法はこれしかない。ほたえは飛翔を求め、悪童丸の男根を固く張り詰めさす。それが、勢を求めたがる。「ならぬ・・・」哀れな男の性に操られぬためにも、狂うた男が、欲情の果てに実の姉に何かをしでかせぬためにも、己がもっては成らぬ恋情を説き伏せるためにも今はこうするしかなかった。―勢・・...―鬼の子(おんのこ)―18白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 17 白蛇抄第14話

    主膳が野点の趣向を思いついたのも、一つには勢の歳の端のせいもあった。そろそろ、嫁にださねばならぬかとも思う。まだ、早くもあるがかなえとであった日の事をかんがえている。自分がそうだったように政略的な婚姻を勢に強いたくはない。若き日の己のように勢に焦がれる男が現れる気がしてならなかった。心のどこかで勢を恋いうる男に自分を捜そうとしたのかもしれない。かなえと自分の恋がくりかえされる。心の底で今も燃え立つ主膳一生の恋の縮図をかなえそっくりの面差しの娘が拡げて見せる。どこにも流す事の出来なくなった恋情は、主膳に淡い夢をみさせていた。だが、嫁に出すにはまだ早い。が、かなえとであった時を考えれば、出会いとしては早くはない。縮図を引く罫線を敷くだけだ。主膳は、かなえが寄せてきた主膳への思慕を思った。いや、敬慕というべきか...―鬼の子(おんのこ)―17白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 16 白蛇抄第14話

    勢は澄明に聞かされたことを考えている。血の中から沸く想いは己一人のものでありながら、己の勝手にはならぬ。想いを追う事は、既に間違いである。だが、苦しい。初潮が全ての兆しだった。―初潮のあと―澄明も同じ事を言った。勢は自分を知らせた一つの初潮のあとの出来事と己に生じた想いを思い返していた。勢はふすまに照らし出された鬼の影をじっと見詰ていた。勢はそっと、後ろを振り向いた。誰もいない。すると、この影は?蝋燭の明かりに照らし出されふすまに揺らめく影は己自身の影と言う事になる。もう一度勢は辺りをゆくりとみまわした。間違いない。―そうなのか?――そうなのだ―己こそ鬼なのである。今しがた、映った影を勢は恐れはしなかった。いや。それよりも、確かに心に流れ込んだ慕情を勢ははっきりと見詰た。悪童丸でない事はわかっていた。が、...―鬼の子(おんのこ)―16白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 15 白蛇抄第14話

    悪童丸がこなくなって三年の月日が流れた。勢も十五になる。お目見えの席に現れた陰陽師、白河澄明が勢と同じ歳だと聞いた。だから、澄明を呼び立てたわけではない。勢の居室に座り込んだ陰陽師に勢は尋ねたい事があった。一つは勢の夫君がだれになるかということ。もうひとつ。「澄明・・・・なぜ。男に姿をこしらえる?」「なぜ。わかりました?」澄明は勢がこの秘密を嗅ぎ取った事を誰にも明かす気がないとわかった。だからこそ勢の居室に一人よばれたということであろう。「なぜ・・・だろう」澄明の中に悲しい女が見えた。それは、勢が己が鬼だと気が付いたせいなのかもしれない。鬼を恋いうる女の血は悲しい。なっては成らない血の叫びが勢に悲しみを深めさす。これと似た女が澄明の中に居る。だから、気が付いた。「私は」澄明が勢に話し始めた事は、澄明と父正...―鬼の子(おんのこ)―15白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 14 白蛇抄第14話

    指きりかと笑いながら悪童丸は小指をたてた。「参らせ候。渡らせ候」指きり唄をうたいだした勢に悪童丸がふきだした。「勢・・それは・・意味が違う」男と女の情恋の常。今宵渡らせ、今宵参ろう。僅かに赤らんだ耳元が勢の耳に識をいれたものがおり、勢は意味合いを既に承知しているといっていた。大人ばかりの中で育った勢は少しばかり耳がふけていたようである。「おまえ・・しっておるか?」大人の恋には、煩雑な感情が伴う。その煩雑な感情が引き起こす事の一つが、先の指きり歌である。「うん」悪童丸が知るは理屈や噂話ではない。春の野辺に集う獣はその存在さながら、自然の営みを惜しげもなく悪童丸の目の中でくりひろげてみせる。「ほたえと、いうんじゃ」相手を求めずに置けない心が、さらに具体的な確証をほしがる。苦しむ事を知らない勢も悪童丸も今は他人...―鬼の子(おんのこ)―14白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 13 白蛇抄第14話

    小窓より顔をのぞかせた悪童丸に気が付くと、勢は辺りを見渡し、襖のむこうまで、誰もおらぬをたしかめ、手招きをした。「ひさしぶりじゃに」「うん」こくりと頷く姉はかわいらしい。ただ一人の血の繋がりである。どの人よりも近しく感じられる。だけど、だからこそ。「ひさしぶりにおうたに。しばらく・・」悪童丸は近づいてくる別離を告げたくなくもあり、告げねば成らぬとも思う。「しばらく・・・?」留まった言葉の先が気になる。「う・・うん」「なんじゃな?おまえらしゅうない」素直で歯切れのいい男童のはずであるに?「あのな」「う・・ん?」言い渋る悪童丸をしっかりとらまえる瞳が優しい。だから・・いいとうない。「あのな」「さっきから、なんじゃな?あのな。あのなと、勢もききあきるわ」どうやら、かなえの勘気な性もうけついでおるらしく、眉がきり...―鬼の子(おんのこ)―13白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 12 白蛇抄第14話

    だが、「かなえ・・が、わしにそういうか?」唇をかんだかなえである。主膳にいかせとうないといえる自分ではない。この頃に海老名は、かなえに後が出来ぬ事に一つの推量を得ていた。―かなえ様の血は、童子に馴れたときすでに鬼の物に塗り替えられてしまっているのではないか?―破瓜の傷跡から童子の精が入り込んでゆく。かなえの思いが童子の精をうけとめ、そして、かなえの血をも童子のものにかえている。だから、主膳の胤を受け止めてみたところで、胤は育ちはしない。かなえの血が、童子の思いが流れ込んだ血が、主膳を拒絶するのだ。―孕むわけなぞないのだ―かなえが童子に抱かれた其の時にこの運命は既にさだまっていたのだ。それに、今頃気が付いたのである。海老名がこんな風に思った頃には、やはり、かなえの中にも同じような疑念が生じてきていた。―童子...―鬼の子(おんのこ)―12白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 11 白蛇抄第14話

    宗門の戸を潜り抜けると、春がそこまで来ていた。かなえの四十九日に墓所に骨を埋める事はできなかった。荼毘に付す身体もなく、惹ききれた内掛けに包んだ僅かな手の残骸だけを土に埋めると、親子は弔いを終えた。それから、二月ちかく。かなえの無残な死にざまが、主膳をすっかり面やつれさせていた。「父さま」勢が主膳を呼んだ。かなえの死が一番応えている人に、かなえの死のわけなぞ聞けるわけがない。「桜が咲きかけておりまする」せめて主膳の心をすこしでも浮き立たせてやりたい勢でしかなかった。「あ、あああ」主膳の眼に映った桜は満開の桜に見えた。その満開の桜の下に敷き詰められた緋毛氈の上で、かなえは茶をたてた。「父さま?」「あ」勢が主膳を覗き込んだ。勢はなんと、かなえににておることであろう。「元気をだしてくださりませ」かなえがそういっ...―鬼の子(おんのこ)―11白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 10 白蛇抄第14話

    「伽羅。そうは言うが・・わしは誰に妖術をおしえてもらわばよいに?」「あんずるな。伽羅がしっておる」「そうか」伽羅との離別がやってくる。悪童丸は少し寂しげな顔になった。「と、いうてもな。お前が十二になってからじゃに」「まだ、いけぬのかや?」妖術師は年に拘るものらしい。と、悪童丸は思った。「いんやあ。鬼のおのこは親の元で一巡りを暮らして守護を得るに」「ひとめぐり?とはなんぞや」「子、牛、寅、卯、辰・・の十二とせで一巡りじゃに」「ああ・・そういうことかや?」「十二でひとり立ちしようという鬼の意気地に、親の守護に、よせてやろうというかむはからいじゃと伝え聞いておる。ひととせでもはよう、親元を離れるとその年の守護はのうなるときくに・・」「ずっとということか?」「そうじゃに。たとえば、お前が子の歳を抜かしてしもうたら...―鬼の子(おんのこ)―10白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 9 白蛇抄第14話

    「お前の血が人の女子をもとめるようになるんじゃ」「え?」「如月童子の外つ国の女子への焦がれが人との間に光来をうましめたがの。光来が如月童子と違うことは、光来の血がかなえを焦がれさせておることじゃ」「血が?どいいうことじゃ?」「光来の中には人の血がながれておる。其の血が人を恋しくさせてしまうのじゃに」「ううん」伽羅の言う意味が判ると悪童丸は首を振った。「なれど、わしはそうならん。わしは・・わかっておるに」「何が?何をわかっておるという?」「鬼と人は一緒には成れぬが本当なのじゃろう?だから父さまは・・ひとりで・・」「う・・ん」悪童丸も己が成ってはならない仲で生まれたという事は理解していた。「だから、父さまはあんなに苦しんでおられた。わしはそんな苦しい事なぞ、繰り返しとうはない。わしが父様に、母さまに、してやれ...―鬼の子(おんのこ)―9白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 8 白蛇抄第14話

    が、悪童丸の言葉を聞く伽羅はほんの少し暗い眼をしていた。悪童丸が目ざとく伽羅の顔色に気が付くと「?伽羅・・なんぞ」「いや、なんでもない」「いや、というかおではないわ。いうてしまえ」「う・・む」伽羅には一つだけきがかりがある。「お前。妖術をおさめにゆけ」「なん?どうして、また、急に?」「血がこわいのじゃ。童子のてて親が人と通じて童子をうましめた事ははなしてあったかの?」「いや・・きいておらぬ」神妙な顔になる悪童丸である。光来童子のてて親は如月童子である。***「七日七夜」においてほんの冒頭にしか登場していない鬼である。***「光来童子は如月童子が外つ国の女子にうませたこじゃ」「それで・・」それで、悪童丸も其の血を引いて異形の姿をしているのである。「うん。だがな見目形などどうでもよいことじゃ。今のお前に言うて...―鬼の子(おんのこ)―8白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 7 白蛇抄第14話

    帰って来た悪童丸が暗いかおをしている。「どうした?」伽羅の声も密かに沈む。「母様がなくなられた・・天守閣からとびおりたそうな」「・・・」かなえなら、有り得る事であると思っていた伽羅である。伽羅は自分の弱さをしっていた。だから邪鬼丸をなくした後、邪鬼丸を追えなかった。後を追おうにも邪鬼丸の死んだわけが、あまりにも不甲斐無さ過ぎたせいかもしれない。色香に狂い、人間の女子に迷い挙句の果てに殺された鬼の後を追う?お笑いぐさでしかない。あまりにも情けない死にざまにだった。想い思われてともにしんでくれといわれたなら、そうもしたかもしれない。だが、自分の事だ。それでも共にいきおおそうとしただろう。共に行きおおそうとした男を失くした痛みを抱えた伽羅を光来童子は、だいてくれた。うせ去った思いの丈を葬り、いきることを選べたの...―鬼の子(おんのこ)―7白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 6 白蛇抄第14話

    城の中がひっそりとしずまりかえっている。人の気配にもどこか重苦しさがただよっている。妙だなと思いながら悪童丸は、勢の居室の小窓の外ににじりよっていった。「勢」ことりと音がすると障子がひらかれた。「ど、どうした?」ひどく憔悴しきっている姉がいる。「母さまが・・・」かなえ、そのままのつぶらな瞳からぽろりと落ちてきた物が、後をひいてゆく。「な・・?」「天守閣から、身をなげた」「え?」「もう、二十日もまえのことじゃ」《な・・なくなられたというのか?》「なんで・・あんな場所から落ちれる?わざと落ちねば落ちれぬに。何で、死なねば成らぬ?」「わざとおちたというかや?」「そうとしか。考えられぬに」悪童丸がはじめてかなえにじかに会ったのが二十日まえである。かなえの死はそのことに起因するのであろうか?「なんで」「わからない。...―鬼の子(おんのこ)―6白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 5 白蛇抄第14話

    「おまえ?おんのこじゃな?」障子が開け放たれ、顔を出した勢が逃げようともしない悪童丸をみつけると、いきなり掛けた言葉がそれだった。「お・・おまえ。わしがこわうないのか?」悪童丸の問いに勢の方が考え直していた様である。「ほんに、いわれれば、こわうない」鬼を見て、怖くないと言うのも妙なものである。「可笑しなおなごじゃの」いうてはみたものの、悪童丸には勢の血が恐れを覚えさせないように思えた。「こわうない。それに・・お前はひどくうつくしい」「え?」悪童丸も勢も知る由はないが、このくだりは光来童子とかなえの出会いの再現をみるようである。「そんな瓦のうえにおらぬでよいから、勢のそばにこや」「よ、よいのか?」「鬼なぞ見るのははじめてじゃ。もそっと、側によってよう、かおをみせてくれや」『そう・・いうものなのか?』好奇心旺...―鬼の子(おんのこ)―5白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 4 白蛇抄第14話

    光来童子の悪童丸を見詰る、その瞳がわななくようであった。一目で己と、かなえの子であると、判ると、童子は悪童丸の前で膝を突いた。「父さま・・・じゃな?」悪童丸の問いかけに答えはいらなかった。悪童丸に差し延べていた手は、迷うことなく父である事をあらわしていた。わななく瞳が悪童丸を捉えると「かなえ・・」と、つぶやいた。呟いた口元に大きな雫が落ち込んできている。その雫がどこからつたいおちてくるものなのか。悪童丸が捕らえた父親の瞳は、伽羅にいわれたとおり、薄い空色をしていた。まちがいなく、父さまなのだ。光来童子は、差し延べた手を悪童丸のあたまにおいた。「いくつになった?」童子もまた、この子が、自分を父親であると理解しているのをわかっていた。「九つになる」「そうか・・・。父をうらんでおるかや?」「いんやあ・・」「そう...―鬼の子(おんのこ)―4白蛇抄第14話

  • ―鬼の子(おんのこ)― 3 白蛇抄第14話

    そして、伽羅はすつられた悪童丸をだきあげた。「みよや。かなえ。みよや。光来。お前らの子じゃ。おまえらの・・・」童子はこない。決してこの子を抱き上げにこない。なれど、どんなに手を差し伸べたいか。童子とかなえの思いを込めるかのように伽羅は悪童丸を胸にくるんだ。それから伽羅は悪童丸を育ててゆく事になる。初めて悪童丸が伽羅を母と呼んだとき、悪童丸は二つになっていなかった。が、その二つにもならぬ子に伽羅は語りかけた。「我は・・お前の母者人ではないに。お前の母様の事はもっとお前が大きくなったらはなしてやるに。我の事は伽羅と呼ぶがいいに・・」つぶらな瞳が伽羅の言葉に素直に頷いた。「お前はあいのこじゃ。二つの意味であいのこじゃ」小さな手を握り締めて伽羅は悪童丸をひざの上に抱いた。言われた意味を理解するにはまだまだ幼い子供...―鬼の子(おんのこ)―3白蛇抄第14話

  • ―伊勢の姫君― 1 白蛇抄第13話

    主膳は今しがたも姫の顔を思い返していた。伊勢の姫君、かなえ様におうたのは昨年である。と、言ってももう年が明けようという冬の暮れであった。新年を迎える日に、二十年振りの奥の間への礼賛がかなうと、聞かされた主膳の父である総顕は主膳を伊勢に向かわせたのである。伊勢の藤村是紀が神宮の守であった事もあり、主膳は年の瀬も押し詰まる日に藤村是紀の元に守の礼を述べるために立ち寄った。そこで、是紀の娘であるかなえを見初めたのである。きりりと引き締まった眼は、是紀の容貌を継いだものであろう。是紀の顔を女子にするとかくも愛くるしいものになるものだろうかと、主膳を苦笑させたが、主膳の瞳はかなえを見詰める為だけの道具に成り代わり、長浜に帰ってきた今も瞳の奥には、かなえの姿が焼きついていた。「恋しい・・・」主膳の胸に沸いてくる想いは...―伊勢の姫君―1白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 2 白蛇抄第13話

    『かなえ様。かなえ様・・かなえ、かなえ、かなえ・・』胸の内で恋しい姫の名を繰り返してよべば、まるで、我が物になったような錯覚にとらわれる。「ああ」深いため息をつくと主膳は弓を手に持っていた。「若さま」近習の本多伊三郎が慌てて主膳の後を追った。「若さま。どちらへ?どちらへ参られます?」主膳は手に持った弓を伊三郎の前に突き出すと「ちと、腕をならしにいってくる」弓の稽古を急に始めた主膳の思惑が気になる伊三郎である。「はい」供をするつもりの返事を返すと、あっさりと「ついてこぬでよい」主膳の肩透かしにおうた。「は、しかし」ついてこんでもよいと言われても、伊三郎にも面目もある。それはそれで伊三郎にはよわりごとでもある。「私が叱られます」主膳に食い下がってみた。「いつまでも、赤子であるまいに・・・」主膳は苦笑する。伊三...―伊勢の姫君―2白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 3 白蛇抄第13話

    『とんでもない本意であらせられるらしい』が、それならばなおのことである。「若。本意なればなおのこと・・・」伊三郎が言葉を濁した。本意であらばこそ好いた姫君を間違いなく若が手中に納めさせてやりたい。が、伊三郎が言おうとする事は、今の主膳に必要なことであろうか?「姫様とふたりきりでおうておられるのですか?」主膳の好意を知らせ姫君も主膳を憎かれはと思っておらぬ仲なのであるか?と、伊三郎は尋ねた。「あ。かなえ様は・・・」またも恋しい姫君の名をぽろりとこぼしながら、主膳は黙った。かなえ様は、主膳の恋しい気持ちなぞつゆ一つも気が付いておらぬ事であろう。「どうなされましたな?」「歯痒いことなれど、わしは、かなえ様と二人だけになっても、なにもいえておらん」包み隠さず己の心の切なさを伊三郎に問い直してみた主膳である。「この...―伊勢の姫君―3白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 4 白蛇抄第13話

    かなえ様の手が茶筅を廻していた。「どうぞ」主膳の前に茶の器をが差し出されると、主膳はほううううとためいきをついた。「もうしわけございませぬ」主膳のため息にかなえはわびた。「あ、いえ」多分、かなえは主膳がまたもや、場を頓挫した是紀に対してためいきをついたのだと思ったのであろう。「そうではございませぬ」主膳はいった。「でも、いつも、いつも・・」呼び立てておいた主膳をほったらかしにしてしまう是紀なのである。「いえ、そうではござりませぬ」強い口調の主膳を見つめなおしたかなえの瞳が主膳を心配そうに覗き込んだ。「なにか?おきがかりなことでも?」「あ」いえるわけがない。主膳の頭の中はこの間伊三郎に言われた事が、そう、まるでかなえの茶筅にかき回される茶粒のように、ぐるぐると回り出していたのである。「女子には急所がございま...―伊勢の姫君―4白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 5 白蛇抄第13話

    「どうなさいました?」「いや・・・」主膳は取り繕う言葉を捜した。「かなえ様にも、私が迷惑なのではないかと・・」つまり、かなえの父、是紀こそが主膳の来訪を疎んじているのではないかとこの若者が心配しているのだとかなえは考えた。「そんなことはありませぬ。父はいつも、主膳殿はまだ来ぬかとよくいっておりますに。あれほど主膳様主膳様といっておるくせに、来て下されば、やれ用事があるといってはもてなしもせず、かなえこそ腹立たしく思いますに、よう主膳様は怒りもせず」「いえ。そうではなく、是紀様は忙しい身の上。それは重々承知の上でございますが、其の代わりにといってはなんですが、かなえ様が私なぞの相手をさせられて・・・」「ああ。そんなことを気にやんでらしたのですか?」主膳はそこはかとなくかなえの心の内を聞きただしてみたのである...―伊勢の姫君―5白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 6 白蛇抄第13話

    ―輿入れなされたかなえ様はほんにおうつくしい―本多伊三郎はため息をついた。「ほんにおうつくしい・・・・」もう一度、伊三郎はためいきをついた。なにひとつ申し分のない姫君である。若がご執心なさるのも無理がない。もう一つ言えば、若が選ぶだけのことはある。「ほんに・・・」お姿を垣間見たその瞬間、何もかもを得心させた。若が、夢中になるのも無理がない。と、思った。その若の思いがかない、姫がこられる。と、知った時の伊三郎は他の誰よりも喜んだのである。喜び勇んだ伊三郎がつい。「本に申し分のない良い姫君である・・が、あれはいかん」良い姫君であるが一つだけ、けちがある。―付いてまいった乳母桜がいけすかぬ―のである。伊三郎がそういうにはわけがある。輿入れなされた伊勢の姫君の家中の者の前へのお目見えのご披露と挨拶のときであった。...―伊勢の姫君―6白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 7 白蛇抄第13話

    海老名の胸中いかばかりであるか?どんなにか、主人を御守りいたそうという思いにおいては伊三郎に引けを取らぬものがあるのが海老名である。見も知らぬ、寄る辺のないものばかりの土地に、とついで来たかなえである。ほんのわずかでも、かなえを軽んじられたくない。海老名の想いの裏には、かなえが光来童子に攫われた痛みがある。主膳様とても知る由もないことではあるが、そのことが引け目である。主膳様に乞われて、かなえ様はきてやったのである。引け目がそのような虚勢を張らせてしまうのである。誰一人にも明かせぬ海老名の心根であるが、ゆえに、かなえ様を毛先一つでも軽んじるような挙動を、海老名は見逃しに出来なかった。蟻の穴一つからでも楼閣は崩れる。海老名が主を思うばかりに、同じ立場の伊三郎の心情を思い量れる事は出来なかった。無論。伊三郎と...―伊勢の姫君―7白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 8 白蛇抄第13話

    「はい。いくひさしゅう・・・」かなえの瞳から、落ちる物があった。童子に誓いたてる言葉であった筈である。童子と共に生きる筈であった。(前世のこと・・・)諦めることにしたはずなのである。諦めるしかなかったのである。父、是紀の言うとおり、己の手で運命を選び取った筈である。だから、かなえの誓いの言葉は、主膳一筋の物でなければならない。が、この涙をなんとすればよい?(夢をみさせてもらったではないか?)あの、七日七夜が一生であった。そして、いまここにいる、かなえは童子に言われたとおり強く生きおおさねばならない。かなえが落とした涙を主膳が拭った。「ように、この主膳の元にまいられた」伊勢の地で育ち、豪放な是紀の慈愛を受け、伸びやかに育った娘が主膳一人を頼りにするしかなくなったのである。父と別れ伊勢の地を後にしたかなえの寂...―伊勢の姫君―8白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 11 白蛇抄第13話

    ―おや。だまってしもうた―伊三郎は、言い過ぎたと思った。どうこういっても、女子が身一つで、姫のためを思いこんな見も知らぬ地に付いてきたのである。男でもなかなか、出来る事ではない。一族郎党に別れを告げ、長年住み慣れた土地を後にして姫のためだけに尽くし生きる。女ながらあっぱれなものである。その心根を判ればこそ姫も敢えて頭を下げたのである。伊三郎の主膳を思う気持ちがかなえ様に判ったのは、逆を言えばこの海老名の誠の尽くしがあらばこそなのである。海老名の主を思う気持ちに頭を下げたかなえ様であらばこそ、伊三郎の気持ちにも頭を下げたのに決っているのである。「ちと・・・いいすぎた」伊三郎は再び詫びた。「何。つい。姫を軽んじられてなるものかと思いこしすぎたのが、いけぬかったんじゃ」「あ・・・」「それゆえ、御前様のような阿呆...―伊勢の姫君―11白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 12 白蛇抄第13話

    だが、雌雛を見つめる海老名の瞳の中には、伊三郎にも誰にも言えぬ不安があった。「成りえたのであろうか?」かなえは確かに海老名の言うとおりに破瓜の細工に応じた。だが、かなえは主膳をうけいれたのだろうか?確かに仲睦まじそうに見えるお二人ではある。主膳殿は優しい御方である。かなえが拒めば主膳は時を待つことを選ぶことであろう。かなえもかなえで童子との睦事の果ての懐妊を望んでいるのではないだろうか?それが、はっきりするまでは、主膳に身体を触れられたくはないのではないか?睦事もないままの懐妊では・・・主膳の胤でない事はすぐにあからさまになる。いや。あえて、離縁状をまつつもりなのであろうか?それとも、童子の子を孕んでいたならば、海老名が一番恐れたようにかなえは身二つになるのを待って生れ落ちた子と共に相果てようというのであ...―伊勢の姫君―12白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 13 白蛇抄第13話

    かなえが主膳の元にとついでそろそろ三月をむかえる。「若!!」伊三郎は真っ先にかなえの懐妊をしらされた。伊三郎は「おめでとうござります」頭を下げた。「いや・・なに・・そうじゃの」伊三郎の入れ知恵のおかげでもある。主膳が照れた笑いを浮かべるのも無理が無い。―あれほど、夜毎に通わせられる、御執心ぶりであらば―「早くも・・父にならされますか?」無理のないことである。ゆくりと歩く、かなえを気遣うように海老名はついてまわっている。もしかすると・・・。おめでたであるのではとうすうす伊三郎も感じてはいた。「わしの方が、さきに気がついてな」苦笑しながら主膳は言った。女子に障りがなくれば、きがつきましよう?主膳をからかう言葉を伊三郎は飲み込んだ。それほどに毎夜のごとく主膳はかなえの元に行ったのである。が、主膳が言う事は違って...―伊勢の姫君―13白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 14 白蛇抄第13話

    この頃から、海老名はひどく傍若無人な態度を見せ始めた。上臈が寄ってくると、さも気に入らないという顔を見せる。「そちらのやり方があるのでしょうが・・・」一言言うと、かなえに着せこませる着物一つから「襟の開き具合が、よくない」いちゃもんとしかいえない些細な事までけちをつけ海老名自らやり直すのである。「海老名・・」かなえがいさめようとしたとき海老名の悲しい瞳に気が付いた。それで、かなえはすべてを悟った。海老名はかなえの出産を一人で牛耳ろうとしているのである。他の者を寄せ付けないために、海老名一人でのかなえの出産に向かうために、布陣を牽いているのである。それは、「どちらの子か。わかりませぬ」このたびの懐妊を海老名に告げたせいである。時期的なことから考えると、確かに主膳の子やら光来童子の子やら、判断は付きかねた。―...―伊勢の姫君―14白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 15 白蛇抄第13話

    春になる。風のにおいが変わり始めていた。夕方遅くに出産の兆しが現れると海老名は産所に、こもりきりでかなえについている。初産でもある。そんなに早くは生まれはしないと海老名も判っていた。夜遅くなってきてから、刺し込んでくる痛みにかなえがもがく間隔が短くなってきた。やがて、海老名が取り上げたみどり児は高い産声を上げた。―おなごの子であらせられる―海老名は赤子の身体を洗いながら、すみずみを見定めた。指も五本、瞳の色も、髪の色もかなえそのままの漆黒である。頭にそっと湯をかけ、さわってみた。角になりそうなふくらみも無い。主膳様の子であろう。あろうとしかいえない。赤子の面差しはどちらにも似ていない。かなえの幼い頃をそのまま、引き継いでいた。―かなえ様かや?―赤子が瞳をしっかりと開けているのを覗き込むと、海老名は不思議な...―伊勢の姫君―15白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 16 白蛇抄第13話

    「海老名殿・・いかがであるや?」戸の外からの声は伊三郎である。海老名は抱き上げた子が静かであるのを確かめながら「また、御前様か?」やってきた伊三郎のせいで女鬼は策をかえざるをえなかったのである。「いや・・それが」上臈さえところばらいをかけているというに、この伊三郎はぬけぬけとやってきたのである。「きになって、しかたない。わしが来た事は若にも内緒にしてくれねば成らぬ・・」「姫であらせられる・・」「え?」伊三郎の手がごとごとと、戸をあけはじめようとしている。しん張り棒をかってあるのだから開くわけがないが「まだ、後産がすんでおらぬ。母子共にお連れ申すまでまっておれ。無礼であろう?」「あ・・」つい、喜び勇んでの愚挙は、あいもかわらずである。が、「姫なのじゃな?若が望みの通りなのじゃな?さすが、かなえ様・・・」かな...―伊勢の姫君―16白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 17 白蛇抄第13話

    海老名は悲しい事をいわねばならない。かなえが二人目に気がついておらぬ事を祈りながら、海老名は産屋の戸をあけた。かなえはうっすらと瞳をあけ、側に蠢く小さな命をみつめていた。海老名は押し黙ったままかなえのあしもとにたった。かなえのはらをなぞり、「もういちど・・」いきむ事を要求した。海老名の手に赤い塊がおちてきた。えなは役目をおえた事にほっとしているかのように生温かく、柔らかい優しさを残したまま、桶の中にとぷりとおとをたてて、落ちた。「もう・・ひとりは?」かなえはやはり気が付いていた。海老名はかなえの瞳に立ち向かうしかない。かなえのそばによると、「おこころして、おききくだされ」かなえの瞳が暗く沈んだ。その瞳に告ぐ言葉を捜す海老名は己の罪に手を合わせるしかなかった。これが、幸いな誤解になった。かなえは死産だったと...―伊勢の姫君―17白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 18 白蛇抄第13話

    飽かず眺めている主膳である。半刻、傍らに伊三郎は墨を磨っては筆をなめさせ待ち受けている。まだ、名前がきまらぬのである。赤子の名前を決める。いいだしては、主膳はかなえと赤子を眺める。ふやあと泣き出した赤子を抱くとかなえが乳をふくませる。かなえが綺麗だった。やさしくて、柔らかい、かなえがもっと柔らかいものをそっと抱き寄せる姿は―綺麗だった―「主膳様・・」催促するわけではない。が、名前を決めると言い出したのは主膳である。飽かず眺める主膳同様。伊三郎も母子を眺めるが、これまたなみだがうるんでくる。―おしあわせでございまするな―母子の姿は麗しい。それが主膳のしあわせなのである。それが、主膳のものなのである。もう、しばらく墨を磨る日が続くかもしれぬ。主膳は姫に極上の名前を選ぶあまり考え付かないでいる。墨が乾き始めると...―伊勢の姫君―18白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 19 白蛇抄第13話

    仮の名もない。光来一子としたためると、産土様の加護を授かりに行った。姿こそ違えども、かなえの子である。ましてや、あれほど、かなえが欲した童子の子としか言い様がない姿である。鬼の子の証を身に呈していたばかりに、捨てざるを得なかったが、それでも、かなえには勢ととも、どちらも愛を注ぐ子であったはずである。「お許しくだされ。海老名の策を。海老名の罪を。海老名の嘘を」ただ、ただ、あの女鬼に祈る。光来童子に、祈る。「おゆるしください」かなえに決していえない心のうちを吐き出すように何度も唸った。強くならねばならない。海老名一世一代の大見栄はきり続けなければならない。それから、二人の間に子は授からなかった。嫡男がうまれぬは、まだしも、子さえ授からぬ。主膳の待てよ待てよも功のないものになってゆく。とうとう、家臣一同が詰め寄...―伊勢の姫君―19白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 20 白蛇抄第13話

    それから、幾日も経たなかった。側女。男子を生めば間違いなくお方様になる八重が入城した。健康な女を選りすぐった。教養。性質。修養。人よりは秀でている。選ばれた女はさる、公家のおとしだね。噂されている通り気品もある。『わしは・・種馬ではない』いくら上等な牝馬であっても、主膳の心は悲しい。昼の間に引き合わされた。「今宵にはおわたりなされるよう」近習がそっと囁いた。夜には中空高く満月が舞い始める。それだけが救いであった。満月の夜に女子は子を孕みやすいという。これとて、飽かずかなえに試した事である。が、甲斐がなかった。かなえを不遇に落としてしまいたくなかった。あっぱれ。女子の本懐。男子をなしてこそ妻。かなえにこそほしかった言葉であるに。諦めざるを得ない。「八重と、申します」顔を伏せた女子をちらりと見た。これといって...―伊勢の姫君―20白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 終 白蛇抄第13話

    伊吹の山は深い。用事を取り付くろい、海老名は城をでた。目指すところは、伊吹の山。住み着いた鬼。光来童子を捜す。「いでませえええ」「光来童子いーーーーーー」「いでませえええええ」声を枯らし、呼び続け呼び求めた童子は現れない。「いでませえええええ」頂上は近い。なれど、海老名の声にこたえる童子はない。「どうせよという」八重は一子をうんだ。子は男。主膳はその名前を一穂と定めた。実りは一つ。それで終わりにしてくれ。主膳の痛々しい想いが刻まれた名より、かなえが気に成る。かなえは己の存在を無にかえそうとしよう?かなえを救えるものはもはや、童子しか居ない。「いでませええええええ」声の限りに叫んだ伊吹の山の頂上にたちても、依然と光来童子は姿を現さなかった。「かなえ様が、しんでよいというのかあ?」恐ろしい切迫感がある。成らぬ...―伊勢の姫君―終白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 22 白蛇抄第13話

    言うてもせんない。伊三郎の呟きが胸の中でこだまする。あれから、子さえ宿らぬ。一口に十年といってみたところで、この十年の間にかなえと主膳の結びがいかにくりかえされたことであろう。なれど、子が宿らぬ。宿った子は・・・光来の子のみ。この事実を知るものは海老名だけであるが、ゆえにいいきれる。かなえの心は今も光来にある。かなえの中に落とされた光来の精はかなえの血に溶け込んでいる。血は思いを変える。変わらぬ思いがいったん染め抜いた血を変えようとさせぬ。相重なり合う物が今もかなえを差配し、かなえこそが思いを差配する。主膳の血を、精を受け止められぬ身体に塗り替える事で、かなえは童子を護ろうとしている。どんなに主膳が望んでもかなえの身体は主膳の胤を受け止めない。感覚や、感性や喘ぎはさも主膳のものであるかのように反応を見せる...―伊勢の姫君―22白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 21 白蛇抄第13話

    八重の元に主膳はわたった。が、それきりである。哀れなるは八重であるが、その後、主膳はどうしても八重に寄り付きもしない。「たしかに」伊三郎は聞くべき筋でない事と十々に承知しながらも八重に尋ねた。主膳との間にことがあったのか?「はい」項垂れそうになる顔を伊三郎に向ける八重は確かに嘘は言ってない。だが、子種を孕む道具としてしか八重を見ようとしない主膳である事も、同時に八重を沈ませている。「お心までいただこうとは・・・」思っては居ない。だが、そのあとの主膳のふるまいは悲しい。八重と肌を合わせたあとの主膳は、そのまま、湯殿に向かった。冷めた湯はもう水といっていい。不浄を洗うがごとく、主膳のみずごりが長くきこえた。そして、主膳はもう、現れなかった。その一度で八重の懐妊をいのったか。水ごりはいのりであったか?主膳の祈り...―伊勢の姫君―21白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 10 白蛇抄第13話

    が、海老名の心労につきあたるのである。海老名に苦労をかけさせている自分であることを承知しているかなえであった。「どうしました?」かなえの顔が沈みがちに成るのである。だからこそ、主膳は庭を歩こうとかなえを明るい陽の下に誘いだしたのである。「いえ・・」「さみしゅうなられておるの」豪奢な父の元を離れ、とついで来てからのかなえはひどく落ち着いて見える。が、あの夜にかなえが泣いたように、変わってしまう生活に、自分に、まだ、慣れ切れぬ寂しさがつきまとうのであろう。「いえ・・そうでは・・」「ならばよいが」主膳の物になった「女」が、かなえを物静かにさせてしまっているだけなのかもしれない。伊三郎の言うとおり、あのことにより主膳に従う女が生じ、かなえはその女に牛耳られているのかもしれない。なぜならば、主膳にだけ見せる女がいる...―伊勢の姫君―10白蛇抄第13話

  • ―伊勢の姫君― 9 白蛇抄第13話

    「仲のよいことであらせられる」庭を巡る新しい夫婦の姿は愛らしい。主膳がつきそうようにして花がほころぶ庭木をかなえに見せている。その姿を伊三郎は見つめていた。「この木にのぼっては・・ようしかられた」ひともと大きな枝ぶりの木の側にくると主膳はかなえに言った。「伊三郎さまにですか?」「おおよ」総顕は大様な男である。男の子であらば、怪我のひとつもするわと笑って見ているのであるが、伊三郎の心配は際限ない。『あの木からおちて、頭でもうたれたら・・・』そうおもったら、もう、いけない。跳んでいった木の下から、いたずらな子烏に矢のようにかあかあとわめきちらすのである。「わしも、伊三郎の口煩いのには随分閉口したものだ」いやだといえば、伊三郎は己の身の重きもかえりみず、木によじ登ってでも主膳を引き摺り下ろす気で木に足をかけ始め...―伊勢の姫君―9白蛇抄第13話

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