ホテルに戻った相馬は、自分の部屋には寄らずに薫が宿泊している部屋を訪れた。 ここ数日、相馬はむつ警察署で事件の捜査を手伝っていたため ―― というより薫の言ったことを全てきちんと調べるか監視する意味合いのほうが強く、それ故にむつ警察署員、ひいては青森県警から来ている刑事たちにひたすら煙たがられることになったのだが ―― このホテルにはまともに帰ってきていなかったし、薫に連絡もしていなかった。 だが薫は久...
薫の『感覚』とやらをどう判断するのか ―― 警視庁内でも、意見は割れた。 これまで薫の捜査協力に直接関わってきたのは相馬や箕輪をはじめとする、ほんの一握りの捜査員だけだ。 実際に薫の能力を目の当たりにした相馬ですら未だその能力を信じきれずにいるのに、実際に接していない捜査員が薫の能力を疑問視するのは当然であった。 加えて今回、薫自身が『覚束ない感覚』であると言い切っているのだ。 そんな不確かなものを...
「・・・は?」、と相馬は言った、「『駄目』?・・・って、何が?」「被害者の女性、ここへ越してきてかなり日が浅いですね」 年頃の女性の部屋とは思えない、がらんとした1DKの部屋を眺めながら、薫は言った。 確かに被害者女性である野間ひかりは、かなり頻繁に引っ越しを繰り返していることが分かっていて ―― 恐らく父親の捜索の手から逃れるためであろう ―― 彼女がこのアパートに越してきて1ヶ月程しか経っていなかった。「...
相馬たちの必死の捜査を嘲笑うかのように、11月5日、五反田のラブホテルでデリヘル嬢の他殺体が発見された。 この法則でゆくと、12月の犯行日は4日である可能性が高い ―― 捜査員全員がそう予測していたにも関わらず、概当日、やはり事件は起きる。 8月は渋谷、9月は上野、10月は新宿、11月は五反田、と来ていたので23区内には厳重な警戒が敷かれていたが、それを避けたのか、12月4日に犯行が行われたのは東京都下、立川郊外に...
灼熱地獄のような夏が終り、漸く秋らしく過ごしやすい気温の日が増えてきた10月上旬。 季節の移り変わりに想いを馳せる余裕もなく、都内では立て続けに凄惨な事件が起こっていた。 20代前半のデリヘル嬢をターゲットにしているとみられる、連続殺人事件。 殺害現場は都内各所にあるラブホテルの一室で、犯人は出会い系アプリ経由、つまり店を通さずに女性と会ってホテルに連れ込み、刃物で胸を一突きして息の根をとめ、その後...
「で、神無月さんのことですけど」 と、箕輪は話を戻して言った。「日下浩二は明日の昼過ぎには東京に帰ってくるらしいので、とりあえずちょっと話を聞くという形で事情を聞きに行くつもりなんですけど、それに同行してもらおうかと思ってます。それでいいですか?」「ああ。よほどの無理難題でない限り、神無月薫のやりたいようにさせていい。上からもそう言われているしな。ただし・・・」「『直接日下浩二とは口を利かないよう...
―― 神無月薫への依頼は、8割方断られる ―― 最初にそう聞いたとき、“解決するのが簡単そうなものを選り好んでいるのだろう”、“仕事なのに有り得ない。自由すぎだろ”と、思っていた相馬だった。 だが“解決出来そうなものを選り好んでいる”という説に関しては、早々に認識を改めた。 先の「連続『誘拐』事件」はどう考えても“解決するのが簡単そう”からは程遠い事件であったから。 一方、“仕事なのに自由すぎ”というのは事実であ...
「冗談じゃありませんよ・・・」 と、相馬は力なく言った。「もちろん冗談などではない」 と、警視庁捜査一課管理官、宮田は言った。 霞ヶ関にある警視庁本部庁舎の一室。 デジャブのように半年ほど前と同じやりとりをしている2人であったが、今回、室内には相馬と宮田しかいなかった。「彼はこれまで2年もの間、超能力を使って捜査協力をするという触れ込みで全国各地の警察を転々としていたんですよね?」 相馬は必死になっ...
神無月薫が車を停めたのは、街道沿いにあるシティホテルだった。「先に上に行っていてください。最上階」 と、神無月薫は駐車場の片隅を顎で指し示しながら言い、自らはフロントへと向かった。 黙って言われた通りの方向に進むと、恐らく従業員用なのだろう、狭い階段があった。 それを上がって扉を開けると、客用のエレベーター横に出ることが出来た。 相馬は小さく肩を竦め、エレベーターで言われたとおり最上階へと向かう...
事件の現場となった別荘の、規制線から十数メートルのところで神無月薫とキスするのがまずいことは、至極当然のことだ。 だがそこから徒歩数分のところに停められた車の中なら良かったのかと言うと、そういう話ではなかった。もちろん。 ―― と、相馬が思ったのは、それから半日近くが経過した後の事だった。 神無月薫のものだという車は、深紅のBMW Z4だった。 らしいと言えば、らしいのか ―― と、相馬は思った。 同時に、...
ベンチに座る相馬と、それを見下ろす神無月薫と ―― 見つめ合ったまま、暫しの時間が流れた。 やがて相馬が言う、「外れだ」「『外れ』?」、と神無月薫が言う。「ああ。残念ながら今度こそ、な」 相馬は言い、立ち上がる。 見上げる側と見下ろす側が、逆になる。 小さく首を傾げる神無月薫を見下ろして、相馬は続ける。「俺は、知り合いとは寝ない。事件や仕事関係者とは特に ―― それだけは絶対と決めてるんだ」「・・・それ...
足元が崩れ落ちる、とか。 目の前が真っ暗になる、とか。 空が落ちてくる、とか。 そういった比喩表現は、こういう経験をした人間が、崩れ落ちた土砂や空の残骸に頭まで埋もれ、真っ暗闇の中で考えついたに違いない。 ぐらつく頭の奥底で、相馬は悟った。『ウルフ』。 それは7ヶ月ほど前に、相馬がメッセージのやり取りをしていた人物だった ―― ゲイ専用の、マッチングアプリで。 義務教育が完了する頃には既に、相馬は自...
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ホテルに戻った相馬は、自分の部屋には寄らずに薫が宿泊している部屋を訪れた。 ここ数日、相馬はむつ警察署で事件の捜査を手伝っていたため ―― というより薫の言ったことを全てきちんと調べるか監視する意味合いのほうが強く、それ故にむつ警察署員、ひいては青森県警から来ている刑事たちにひたすら煙たがられることになったのだが ―― このホテルにはまともに帰ってきていなかったし、薫に連絡もしていなかった。 だが薫は久...
薫と猫塚兄弟がむつ警察署を去った直後から本城拓也の事情聴取が始められた。 彼は一貫して“自分は何も知らない、澤部先生とは同僚以上の関係はない”と主張し、澤部あゆ子の自宅照明から指紋が出たことを尋ねられても“ひと月ほど前に生徒が問題を起こして深夜呼び出されたことがあり ―― 確かにむつ第1高校2年生の男子生徒20人以上が深夜、二手に分かれて大喧嘩をしていると通報があり、教師が総出で対応にあたった事実が確認さ...
ここが警視庁管轄の東京都であれば、“神無月薫の超能力による推察のみで、実際の証拠は何もない”という状況でも、薫を日本警察に引き抜いたバックグラウンド(警察庁次長の袴田亨、その派閥の警視庁捜査一課刑事部長の小野山充、警視庁捜査一課長の安東勝弘など)への配慮から捜査員は内心でどう思っているにせよ普段通りきちんと動く。 が、初めてこの状況に置かれ、薫のバックグラウンドの存在をリアルなものとして感じ辛いむ...
「ということは、噂の“水晶玉の君”のオシゴトを目の当たりにできるってわけか。そりゃ、楽しみだな」 澤部あゆ子の遺体が発見された翌日。 正午過ぎから澤部あゆ子の部屋に薫を連れて入れる段取りを付け、それに同行して欲しいと言った相馬に、坂下が憮然とした表情と声で言った。「お前が内心でどう考えていようがそれは勝手だが、言った通り神無月薫が澤部あゆ子の部屋を見ている間は一切口を利くな。彼に触ったり、質問したり...
「それで、明日からのスケジュールはどうなるんだっけ?」 ひとしきり薫をからかった後で、アランが訊いた。「私は女生徒2人の事情聴取に同席することになるのでしょうね」 と、レオンが答える。「相馬さんからOKの返事、きた?」「いや。でもねじ込んでくるでしょう」「確かに。薫さんにああいう挑発のされ方をしたら、何が何でも!って意地になりそうだもんね、あの人」「別に挑発なんかしてない」 寝そべっていたソファから...
相馬は答えなかった。 そんな相馬の顔を、真っ直ぐに、薫が見る。「レオンの力は、本人の意に反した思考や言動を誘導したり、強制したりするものではありません。混乱、激昂している思考を冷まし、本人が元来持っている正常な思考能力を蘇らせる力です。彼は文字通り、その場に存在するだけでいい。 手配してください。出来うる限り最速で。時間がない。たぶん」「たぶん」 と、相馬は繰り返してみた。「そう、たぶん」 と、...
翌朝、相馬はマントルに沈み込むレベルで深く激しく落ち込んでいた。 当然のことながら夜のうちに自室へ帰るつもりだったのだがうっかり寝過ごし ―― いや、正確に言えば深夜と夜明けの狭間あたりで一度目を覚ましたことは覚ましたのだ。 しかしまるで待ち構えていたかのように(こいつは一体いつ寝てるんだよと、その時相馬は思った)横合いから薫の手が伸びてきて ―― 抵抗はした、一応、抵抗はした ―― が、寝起き直後で、なん...
目覚めると相馬は一人、ベッドにいた。 ソファからベッドに移った記憶はぼんやりとあるものの、どの段階でここへきたのかの記憶はあやふやだ。 自制心は強固な方であると自負してきたのだが、薫が関わってくるとなし崩しになるよな・・・と思いつつ視線だけを巡らせると、メインルームの方に行っているのだろうと思っていた薫が、ベッドルームの窓辺に座って外を眺めていた。 月明かりの中での薫の瞳の色はいつも通り濃いめの...
証拠品袋が薫の手によって床に落とされても、相馬は慌てなかった。「“それ”が偽物だと分かっていたのなら、なんであんなに苦しそうにしてたんだ」 床に落ちた証拠品袋を横目で一瞥してから薫に視線を戻し、相馬は訊いた。「苦しそう? ―― ああ、まぁ、苦しいといえば苦しかったですけど。あなたは私に、感謝するべきなんですよ」「感謝?なにを?」「だってあそこで私が爆笑してしまったら、すべてが水の泡だったでしょう?」 ...
ホテルのロビーに置かれたソファーに座っていた一之宮玲子は、相馬と薫がホテルの正面玄関から入ってくるのを見てすっと立ち上がる。 それに気付いた相馬は、心底うんざりとした気持ちになった。 昨日から今日にかけて山道を含めかなり歩き回ったので、今日は速攻で風呂に入って寝ようと思っていたのだ。 坂下たちの姿はなかったが無視するわけにもいかず、相馬は促されるまま一之宮玲子の向かいのソファに腰を下ろす。隣のソ...
青森県立むつ第1高校の校舎を後にしたその足で、相馬は薫を伴い、むつ警察署へと向かった。 薫が口にした東北郷土史研究部の部員名簿、部員たちの関係性や現在の状況についてむつ警察署に問い合わせたところ、ある程度の情報はすでに揃っているとの回答だったので、聞きに行ったのだ。「あの研究部は歴史が長いので、毎年それなりの数の部員が入ってくるそうです」 昨日車で現場を案内してくれた山本巡査が、用意していた資料...
ひたと見上げてくる澤部あゆ子を見下ろした相馬は、表情を変えずに頷き、「ご協力ありがとうございます」 と、言った。 そして本棚に目をやる。「年季の入った資料が多いのですね。中には貴重なものもあるのではないですか?」 相馬が訊ねると、澤部あゆ子は歩いていって相馬の横に並び、同じように本棚を眺めた。「この部は歴史がかなり古いので・・・こちらの資料とか」、と言いながら、澤部あゆ子は伸び上がるようにして本...
山を降りるまで薫は無言だったが、その間、2度立ち止まった。 1度目は事件現場の崖を最後に見渡せる坂の上で、2度目は寺に入る前に立ち寄った神社の鳥居を望める分かれ道で。 そして山を降り、待たせていたタクシーを呼びよせたところで、薫が口を開く。「相馬さん、ひとつお願いがあるのですが・・・ご対応いただけますか」「嫌だ」 即答した相馬を、薫が信じられないものを見るような目で見た。 その視線を受けて、相馬は...
「やっぱりそう思うよな」 と、相馬は言い、さり気なく薫の腕を取って崖際から距離を取らせた。 薫の察知能力があれば、うっかり落下するなどという事故は起きないのかもしれない。が、事件発生当初に一旦刈られたのであろう雑草は事件から一月以上経過した現在、再び崖際が不明瞭になる程度に育っている。 相馬からすればどこから崖になっていて危険なのか分からないため、見ていてヒヤヒヤするのだ。 「しかし坂下のやつはそ...
薫は引き続き相馬の案内を待つことなく、釣鐘堂を越え、その奥にある小さな通用門を通り、寺の裏手の山道を抜け ―― 女子高生が身を投げた現場で足を止めた。 そして振り返る。「それで、一ノ宮さんはなんと?ここまでの現場では、特に事件についての話はされていませんでしたよね」「ああ。結論としては警察の見解を指示する方向だったな。全て自殺だろう、と」 と、相馬は言いながら薫の隣、一連の事件の最後の現場となった崖...
翌日の午後、相馬は薫を伴い、昨日最後に訪れた寺院に再訪していた。 朝一番で行くことを提案したのだが、薫が、「恐らく行動をチェックされるはずですので・・・相馬さん、何かしら用事がありますよね。午前中、先にそちらを片付けていただいて、済んだら連絡をください。待ち合わせ場所はその時にお伝えします」 と言うので、昨夕むつ警察署で聞いた諸々を東京の班員に伝えて情報収集を頼んだり、関係者に直接話を聞きに行っ...
最後の寺の現場を見て回った後、相馬はホテルに戻る一之宮玲子とそれに同行するという坂下たちと別れた。「どこに行く?」 相馬がこの後は別行動をすると言うのを聞いた坂下に訊ねられ、相馬は、「服部さんたちとむつ警察署。捜査資料や物証を一通り見てくる。お前らも来るか?」 と、訊き返す。 警察庁長官サイドから一之宮玲子に失礼のないように、と釘を刺されているであろうことは想像に難くなく、佐谷戸からも“上から何...
女生徒たちが亡くなったのは、むつ市内にある6つの寺院、そして彼女たちが通っている青森県立むつ第1高校校舎でのことだった。 寺院敷地内でそれぞれ1人ずつ、高校敷地内で2人の女生徒が投身している。 校長や教師から話を聞いた後、2人の生徒 ―― 5番目に亡くなった町田寿子、7番目に亡くなった森梨沙 ―― が倒れていた現場と、飛び降りた校舎屋上に青森県警の服部たちが案内してくれたが、事件発生両日ともに、その前後に不審...
今回の事件は、青森むつ市 ―― 下北半島のまさかりの根本あたりで起きた。 青森までは新幹線が通っているが、そこからむつ市までは車か電車、またはバスで行くことになる。 どちらにしても、青森からは2時間以上かかる。 地方では当然なのだが、主な公共交通機関は日に数本、片手に余る本数しか走っていないため、青森からは車の手配をしていた。 陰陽師・一之宮玲子(と、高性能な人感センサー付きの薫にも何人来ているのか...
翌日の昼少し前、相馬は東京駅にいた。 青森へ向かう新幹線最後尾、車両中程の指定席に腰を下ろしてメールをチェックしながら売店で購入したボトルコーヒーを一口、口に含んだ直後、そのまま吹き出しそうになる。 必死で飲み込んだもののコーヒーの一部が気管に入り込み、激しく咳き込む。 何とかまともな呼吸が出来るようになってから、隣に腰を下ろした男 ―― 神無月薫をまじまじと見つめた。「あ、あんた、何でここにいるん...
証拠品袋が薫の手によって床に落とされても、相馬は慌てなかった。「“それ”が偽物だと分かっていたのなら、なんであんなに苦しそうにしてたんだ」 床に落ちた証拠品袋を横目で一瞥してから薫に視線を戻し、相馬は訊いた。「苦しそう? ―― ああ、まぁ、苦しいといえば苦しかったですけど。あなたは私に、感謝するべきなんですよ」「感謝?なにを?」「だってあそこで私が爆笑してしまったら、すべてが水の泡だったでしょう?」 ...
ホテルのロビーに置かれたソファーに座っていた一之宮玲子は、相馬と薫がホテルの正面玄関から入ってくるのを見てすっと立ち上がる。 それに気付いた相馬は、心底うんざりとした気持ちになった。 昨日から今日にかけて山道を含めかなり歩き回ったので、今日は速攻で風呂に入って寝ようと思っていたのだ。 坂下たちの姿はなかったが無視するわけにもいかず、相馬は促されるまま一之宮玲子の向かいのソファに腰を下ろす。隣のソ...
青森県立むつ第1高校の校舎を後にしたその足で、相馬は薫を伴い、むつ警察署へと向かった。 薫が口にした東北郷土史研究部の部員名簿、部員たちの関係性や現在の状況についてむつ警察署に問い合わせたところ、ある程度の情報はすでに揃っているとの回答だったので、聞きに行ったのだ。「あの研究部は歴史が長いので、毎年それなりの数の部員が入ってくるそうです」 昨日車で現場を案内してくれた山本巡査が、用意していた資料...
ひたと見上げてくる澤部あゆ子を見下ろした相馬は、表情を変えずに頷き、「ご協力ありがとうございます」 と、言った。 そして本棚に目をやる。「年季の入った資料が多いのですね。中には貴重なものもあるのではないですか?」 相馬が訊ねると、澤部あゆ子は歩いていって相馬の横に並び、同じように本棚を眺めた。「この部は歴史がかなり古いので・・・こちらの資料とか」、と言いながら、澤部あゆ子は伸び上がるようにして本...
山を降りるまで薫は無言だったが、その間、2度立ち止まった。 1度目は事件現場の崖を最後に見渡せる坂の上で、2度目は寺に入る前に立ち寄った神社の鳥居を望める分かれ道で。 そして山を降り、待たせていたタクシーを呼びよせたところで、薫が口を開く。「相馬さん、ひとつお願いがあるのですが・・・ご対応いただけますか」「嫌だ」 即答した相馬を、薫が信じられないものを見るような目で見た。 その視線を受けて、相馬は...
「やっぱりそう思うよな」 と、相馬は言い、さり気なく薫の腕を取って崖際から距離を取らせた。 薫の察知能力があれば、うっかり落下するなどという事故は起きないのかもしれない。が、事件発生当初に一旦刈られたのであろう雑草は事件から一月以上経過した現在、再び崖際が不明瞭になる程度に育っている。 相馬からすればどこから崖になっていて危険なのか分からないため、見ていてヒヤヒヤするのだ。 「しかし坂下のやつはそ...