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2021/08/11

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  • 安宅船 あたけぶね

    戦国期日本における最大級の戦艦。小型で500石、大型では2000石にも及ぶ積載量をもち、盾板(装甲用の硬く厚い板)で装甲し、甲板上には2層ないし4層の楼閣(矢倉)を備えていたといわれる。その巨大な積載量を生かして鉄炮や大筒(石火矢)などの大小の火器を搭載して、海戦や拠点攻略に絶大な威力を発揮した。

  • ハガセ船 はがせぶね

    六枚櫂の中型船。近世の史料には「羽賀瀬」「羽風」「波働」「羽海艘」「羽翰」などと書かれ、ハガセ、ハカゼ、ハガイソウ、ハガイなどと呼ばれていたと推定されている。船底は平らで堅牢であったが、ムシロ帆による帆走の性能は低かった。主として櫂走であり、そのため波の荒い日本海においても航行が可能で、日本海沿岸を広く活動したという。

  • 興悦筆「溌墨山水図」 はつぼくさんすいず

    戦国期の関東で活躍した絵師の興悦が溌墨技法で描いた山水図。幻庵(伊勢宗瑞の子の幻庵宗哲)が賛文を附している。現在は東京国立博物館の所蔵。

  • 雪舟等楊筆「山寺図」 やまでらず

    雪舟等楊が美濃国伊自良の楊岐庵を描いたとされる山水図。雪舟は文明十三年(1481)秋に美濃国の正法寺を訪れており、同寺の春蘭寿崇に招かれて楊岐庵にも赴いたとみられる。

  • 俵屋宗達筆「風神雷神図屏風」 ふうじんらいじんずびょうぶ

    江戸初期の絵師俵屋宗達が描いたとみられる総金地の二曲屏風。左右一組(二曲一双)の構成。向かって右の屏風に白い風袋を抱えた緑色の風神が、左の屏風には連鼓を背負った白色の雷神が描かれている。現在は建仁寺所蔵。

  • 景初三年銘三角縁神獣鏡 けいしょさんねんめい さんかくぶちしんじゅうきょう

    神原神社古墳(島根県雲南市加茂町神原)の木棺から出土した銅鏡。中国古代の神仙説話に登場する西王母や東王公などの神仙と、神仙界を守護する霊獣とを表現した神獣鏡であり、中国の魏の「景初三年」(239年)の紀年銘を持っている。

  • 伝小堀遠州筆「定家卿筆道」 ていかきょうひつどう

    藤原定家の筆道を説く一巻を、江戸初期の茶人小堀遠州(政一)が書写したもの。現在は東京国立博物館蔵。その内容は、平安末期から鎌倉初期の歌人藤原定家による印象的な文字造形「定家様」を書くためのマニュアルとなっている。「定家卿筆道」自体は歌人藤原定家への崇拝の中で生まれた偽書と考えられており、小堀遠州が書写した時代に作られたものとされる。

  • 小倉色紙 おぐらしきし

    平安末期から鎌倉初期の歌人藤原定家が、古来の歌人の歌を一首ずつ色紙形に書いたもの。名称は京都小倉山の山荘の障子に貼ったという伝承にちなむ。戦国期の武野紹鴎が茶の湯に用いて以降、床の掛物として珍重された。

  • 寇婁敦 こうろうとん

    三国時代の烏桓(烏丸)の有力者。三郡烏桓の一つである右北平烏桓の単于。魏の幽州刺史である毌丘倹が遼東の公孫淵を攻めた際に、魏に降って朝貢した。

  • 馬(高句麗) うま

    高句麗は三国時代の呉や、南北朝時代の東晋や南朝宋に対してたびたび馬を献上している。『太平御覧』や『宋書』には、高句麗が献じた馬が「千里馬」「赭白馬」と記されており、名馬であったことがうかがえる。

  • 貊弓 ばくきゅう

    高句麗の「別種」とされる小水貊で作られた弓。良い弓として、西晋時代の中国にも知られた。以後も高句麗を象徴する武器であったとみられ、最後の高句麗王である宝蔵王は、唐に投降する際に貊弓を献じている。

  • 国内城 こくないじょう

    高句麗の王都。鴨緑江と通溝江の合流地点の北岸に位置し、平地城(国内城)と山城(丸都山城)がセットとなった構造をしている。中国の三国時代、魏の幽州刺史毌丘倹の侵攻を受けた。5世紀前半、長寿王の時代に南の平壌へと遷都された。

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