●午後4時 今年最後の放課後デイサービスに 2人の子供をお迎えに行くと 出迎えてくれたスタッフの顔が険しい。 2人が帰り支度をしている間、今日の様子の報告があった。 「実は今日、U一郎君が、お昼ご飯を全部ひっくり返したんです。 その後も、他の子供のコップの水を自分のコップに入れたりして、トラブルになりました。 あと、新年の飾りつけを壊してしまいました。 壊されたものは、こちらにあります。(指差してくれた) また、スタッフに急におぶさろうとして、スタッフが指にケガをしてしまいました。」 「そして、O次郎君ですが、A君(上級生)と口論となり、A君に胸を押された後、コブシでA君をは叩き返したため、A君がどなってO次郎君を手で払いのけた拍子に後ろに転びました。 O次郎君は、尻もちをついただけで頭とかは打っていませんが、激しく泣いて怒っていたので、クールダウ..
子供たちに発達障害などがあるため、 医療や福祉関係の施設などに通うことが多い。 そこは、普通の子供たちは、 一生行くことのない場所だろうし そこが一体どんなところなのか、 大人ですら知らない人が多いだろう。 私の子供たちに問題が多いせいなのか それともやっぱり運が悪いのか 溜息を押し殺して過ごすことは少なくない。 だから、他の障害のある子供を持つお母さんと お互いに、たまった愚痴を聞きあうことがある。 ある時、その中の一人のお母さんに言われた。 「でも、A国なんて時間は守らないのが普通だし、B国なんて嘘つきがいっぱい。だから、それに比べれば、予約の時間は守られるし、一見まともにやっているんだから、全然まし。こっちも、適当にやってればいいのよ!」 このお母さんは、海外経験の豊富な方で、 合理的に物事を考える明るい方だ。 あまりお会いする機会は..
私の子供たちは、とても運が悪い、 これまで、小児神経科や児童精神科などで さまざまなお医者さんに会ってきた。 でも、子どもの障害の原因や治療に 向き合ってくれる人には出会わなかった。 「障害は、病気じゃないから、治らない。」 「原因不明だし、あまりできることはない。」 「学校や家庭で大変なら、薬を出せるよ。」 「あとは、自治体の福祉や療育で相談してみて。」 こんな言葉を何度も聞かされるたびに思った。 「お医者さんって、治療したり回復させたりする人じゃないの?」 「原因を突き止めたい、僕が治したいとは思わないの?」 「どうして、お医者さんになったの?」 「どうして内科とか外科じゃなくて、この科を選んだの?」 でも、もちろん聞いたことはない。 そんなこと、知っても仕方がないし。 子供が治りさえすれば、 そんなこと、どうでもいい。 ..
O次郎の足の関節は、とてもゆるく、 何かの拍子に、普通では曲がらない方向に曲がりそうで いつもいつも、とても不安だった。 幼稚園での運動会のことだけでなく、 O次郎が、足の発達のせいでケガをする危険も考え、 幼稚園ではなく、保育園を時々利用することにした。 O次郎は、すでに、行動も普通とは変わっており、 集団保育でも、なにか問題を起こしそうだった。 そこで、複数の保育園を利用して、週に2回くらい、 朝から昼食の短時間だけ、預けてみることにした。 すると、O次郎は、何もないところで、 よく転んでいたようだった。 それでも、自分で立ち上がり、 また、思いのままに足を動かそうとしていたらしい。 行動面では、想像できなかったような問題も起こし、 「二度と保育をお願いできない保育園」もできた。 でも、保育園で、O次郎が楽しそうにしている..
U一郎とO次郎が通っている放課後デイサービスでは、 どこも、スタッフが退職などでよく変わるし、 そもそも毎回固定して担当するスタッフはいない。 どの施設でも言われる理由は、だいたい、これ。 「スタッフは全員、高度なトレーニングを受けたプロだから、どのスタッフでも同じ。」 別に、もう驚くこともない。 U一郎が、左手で、ハサミや鉛筆を使おうとするようになったので、 先日、放課後デイサービスにその話をしてみると、 「引継ぎの資料では、左利きとなっていたので」と回答。 この春から、左で練習してくれていたそうである。 一応、引継ぎ資料とやらを確認してもらったが、 どうも、人間違いか誤解だったもよう。 どうして「U一郎は、右利きだよ。」と先生に言わなかったのか O次郎にたずねてみると ..
【2020年12月現在】 O次郎は、最近、ADHDの要素が強い。 自閉症傾向は相変わらだけれど、 コミュニケーションとマナーの問題が大きい。 知的障害については、あまり目立たなくなったが、 独特の理解・習得の仕方をするので そこが、今後どうなっていくかかな。 この子は、U一郎とは別の意味で ちょっと変わっている子供だと思う。
【2020年12月現在】 U一郎は、自閉症の特徴が目に付く。 最近は、ADHDの要素も強い感じ。 そして、知的障害は、重く見えやすい状況。 ハッキリ言ってしまうと、 この子は文字も書けないし 言葉も理解できないと思われがちだ。 でも、そこは少し違う。 わかっている人は少ないけれども、 学年相応の学習レベルは、ほぼできる。 耳から言葉を理解するのは難しいけれど 目で言葉を理解することはかなりできる。 そして、言葉を話すことのは難しいけれど 文字で書いて表現するのは、ある程度できる。 だから、今後も、環境を整えて教えれば、 ある程度は、学習もできると思う。 問題は、本人の気持ちを落ち着かせて、 それなりの時間、ものごとに集中させ、 字を書かせることがとても難しいこと。 それと、やっぱり社会性かな。 ..
眞子様と小室さんの姿勢を見ていて 少し考えてしまうことがある。 どれほど批判や助言をされても 自分の権利や考えを主張し続け、 あらゆるものを押し切って進もうとする 驚くべき強さについてだ。 普通、こんな状況に陥ったら 秋篠宮様くらいに憔悴するだろうし、 致命的なダメージを受ける人もいるかもしれない。 それなのに、眞子様と小室さんには そのような気配があまり感じられない。 少なくとも、私には。 誰か、強力な後ろ盾でもいるのだろうか。 それとも、若さ故、絆の強さなのだろうか。 何にしても、このお2人の姿を見ていて 私も、子供たちのことについて もっと強く出るべきだったのだろうかと 過去を振り返るようになった。 たとえば、それは、公園でのこと。 奇声をあげたり、問題行動があるため、 皆がいる時間に遊ばせるのは避けてき..
新型コロナウィルス感染拡大の影響により 児童虐待の件数も増えているらしい。 放課後デイサービス、学校jなどで 虐待に関するいろいろな話を、 今年の春頃から、耳にすることが増えた。 そして、今年の秋頃からは、 「いろいろと障害のある子供たちは、 普通の子の何倍も虐待されやすいようなので、 お母さん方は、特に気を付けて下さいね」 と、明らかに「お母さん」に対して 虐待の疑いが向けられた話もされた。 他のお母さんとも話をしたけれど 「本当に嫌な感じ」である。 子供の姿をしばらく見ていないとか 明らかにケガや体調不良があるとか そういった場合でもないのに なんてひどい言い方。 でも、誰も、たしなめたりはしない。 そんな失礼なことを平気で言う人は きっと、発達障害の「グレーゾーン」の人で、 私達の子供の仲間だと思うから。..
●午前4時半 布団でうつらしていたら、 ガァーーンガァーーンと音がして頭が揺れ、 クレーン車が近寄ってきた。 「あぁっ?何?」と思って跳ね起きると、 O次郎が、私の耳に頭突きを繰り返していた・・。 「いい加減にしなさい!」 一喝して追い払うも、謝罪の言葉もない。 布団をかぶり、もう一度うたたねを始めると 「ぎゃぁぁーっつ」「ウゥゥーっ」 ドスドスンッ ビリッ ビーッ 音のする方を見ると、朝からケンカだった。 どうせまた、O次郎が、眠っているU一郎を 蹴飛ばしたりして、起こしたにちがいない。 ぼんやりしながら、よろよろと立ちがり、 揉み合う二人の顔と顔の間に、まくらを挟み込み、 2人の体をくすぐりながら、引き離す。 そして、まずはO次郎をリビングに引きずっていき 録画しておいた「ドラえもん」を見せておとなしくさせる。 次に、寝..
発達が遅かったU一郎とO次郎が 言われ続けたいくつもの「悪い予言」。 今になって、落ち着いてふり返ると 根拠のない占いレベルのものが多かった。 それでも、それなりに心を乱されたけれど、 必ずしも悪いことばかりではなかった。 どうしてかというと、それはやっぱり、 その「悪い予言」が的中にしないように 出来る限りの手を打とうとしてきたから。 「悪い予言」がなければ、 「そのうち、できるようになるかも」と ただ様子を見て過ごしてしまって 取り返しがつかなくなったこともあったかもしれない。 そして、いくつかの「悪い予言」は すでに「当たらなかった」と言える。 その一つは、「発語」。 多くの関係者が、 「この子達は。喋れないかも」という想いを抱きつつ 私達親子と接してきたように思う。 そんな風に感じることが何度もあった。 そ..
U一郎とO次郎は、2人とも発達が遅かった。 そのため、乳児期から、医療機関や福祉施設など 様々な場所に出入りする機会があった。 そこで、いろいろ人と話をする中で、 子供たちの発達について、 いくつもの「予言」をされてきた。 【2人について】 ・発達検査の伸びについて ・言葉を理解する能力について ・発語の有無について ・鉛筆やおはしをもてる時期について ・オムツはずれの時期について ・絵のレベルについて ・読み書きの成長レベルについて ・国語や算数の文章題・読解の可否について ・運動能力について ・就学先について ・家庭生活の問題について ・就職について ・恋愛・結婚について ・住居について 【U一郎について】 ・人間関係について 【O次郎について】 ・足の動きについて ・二次障害について ・視力について ..
放課後等デイサービスを利用している子供が 施設や送迎車から勝手に出て行ってしまって 行方不明になってしまうことある。 子供が行方不明になった時、 どのように対応するかは、 施設によって本当に様々である。 私が知っているある施設では、 子供が行方不明になったら、 すぐに、保護者と警察と関係先に連絡し、 別の店舗のスタッフなどにもお願いして 関係者が総出で、捜索を開始していた。 無事に見つかった子供は、GPSをつけていたが、 発見されるまで少し時間がかかった。 また、私が知っている別のある施設では 子供が行方不明になった時、 空き時間のスタッフ1人だけが、近所を歩いて探した。 営業時間中で、他に空いている人がいなかったからだ。 結局、その子どものお迎えに来た保護者に、 行方不明であることを知らせた後、警察に連絡。 時間はかかったが、..
学齢期の障害のある子供に対する福祉施設には、 放課後等デイサービスというのがある。 小学生1年生から高校3年生までが利用でき、 U一郎とO次郎も、この施設を利用している。 その施設に集まっている子供たちは 知的障害、自閉症、ADHDなど、多種多様だ。 預かり型の施設だと、10人程度の子供たちを 3~4人程度の指導員で、面倒みることも多い。 その施設通う子供たちは 分別とか 自分を律する力とか 危険を避ける力とか そういうことが 年齢よりかなり低いことも多い。 そのため、「脱走」とか「内緒でこっそり外出」とか そんな意図もなく、なんとなくフラフラ~っと 誰にも断らずに、外に出て行ってしまう子供がいる。 そういう子供は、施設での預かり終了時刻までに 自分で施設に帰ってくるはずもなく、 ..
U一郎とO次郎は、ともに発達が遅かった。 どちらも、2歳ごろの発達検査では 何度かやっても 全て DQ50以下だった。 言葉もほとんど出ていなかった。 かすかに、O次郎の方が喃語が出ていたが U一郎の方が、体の発達は少しだけ普通に近かった。 子供たちは、今後、普通の人よりもどのくらい遅れるのか 子供たちは、大人の年齢になると、どんな状態なのか 現状の不安と 未来を知りたい気持ちで 医療関係や福祉関係の人に会うたび 質問した。 でも、手掛かりになりそうな話は、誰からも聞けなかった。 不安と期待の入り交じった気持ちで過ごすうちに、 自治体の療育センターの施設長から、回答が飛び出した。 「現状で、普通の子供より半分程度の遅れがあるわけだから、 そのままのペースで大人になる、という感じになりますかね、」 ..
●午後4時半 私の用事が多かったため、 いつもよりおやつの時間が遅れる。 U一郎は、特に変わりない様子のため、 U一郎の好きな肉まんを用意する。 「おやつだよー」と呼ぶとO次郎がとんできた。 けれど、おやつには絶対反応するU一郎が来ない。 様子を見に行くと、 U一郎が右のこぶしを口に入れて座っており、 私を見ると「ウゥゥーッ」と悲し気にうなった。 慌てて、U一郎の口から手を出そうとするが、 無理に引っ張ると、顎が外れたりしそうで怖い。 私の背すじから首にかけて緊張が走り のどの奥がキュウっとすぼまった。 「これは、救急車呼ぶしかないかな、、?」 私の目から口にかけても、強く引き締まり 鼻息を荒くしながら 口を閉じて鼻呼吸する。 「ウゥゥーッ!」 U一郎が涙目で大きくうなり、体を揺らす。 「大丈夫。とれるから、落ち着..
幼稚園に行かせるか否か迷っていた頃 家の近くの幼稚園で開かれる運動会では、 入園前の子供が参加できる徒競走が行われていた。 O次郎とU一郎を連れて行くと 靴の着脱、トイレ、言葉など、あらゆることで、 2人は、他の子供と大きく異なっていた。 私は、瞬きもできなくなり、唇をかみしめた。 緊張しながらも2人を連れて 徒競走の列に並んだものの 本当にゴールまで走りきれるのか、 途中で、寝そべったり騒ぎださないか等 心配がふくらみ、下を向いた。 順庵は、すぐに回ってきて 心の準備をする間もなく 「よーい、ドン!」と声がした。 足を動かすのが遅くて、全く進まないO次郎と 私にぶらさがりつつ、横や後ろへ行こうとするU一郎。 私は、片手ずつ、2人と手をつなぎ ゴールを目指すが、進むことさえ難しい。 たちまち、私達だけが取り残され、 「..
新美南吉さんの童話「でんでんむしのかなしみ」では でんでんむしが、自分の背中の殻に カナシミがいっぱい詰まっていることに気付き 「もう生きてはいけない」とまで嘆く。 けれども、お友達のでんでんむし達も 皆同じようにカナシミを抱えているのを知って 嘆くのを止めた、とある。 えらいんだねぇ、と思う。 嫌味ではなく。 なぜなら、私は大人なのに、 たぶんずっと嘆き続けるから。 誰かに嘆いて話すことはないけど。 これから先、もしも私が 嘆かなくなる時が来るとしたら、 それは、きっと 子どもに関するカナシミの原因がなくなった時。 私は、往生際の悪い母親だね。 でんでんむしのかなしみ ※「でんでんむしの..
児童文学の名作「ごんぎつね」や「てぶくろをかいに」の 作者としてよく知られている新美南吉。 童話「でんでんむしのかなしみ」は、 昭和10年に発表された全文カタカナの短いお話だ。 この作品は、美智子様が紹介されたことでも知られている。 新美南吉は、29才の時に結核で亡くなっている。 彼はどのような「カナシミ」と向き合って この作品を書き上げたのだろうか。 「でんでんむしのかなしみ」 新美南吉 一匹のでんでん虫がありました。 ある日、そのでんでん虫は、 たいへんなことに気がつきました。 「わたしは、今までうっかりしていたけれど、 わたしの背中の殻の中には かなしみがいっぱいつまっているではないか」 このかなしみは どうしたらよいでしょう。 でんでん虫は お友だちのでんでん虫のところにやっていきました。 ..
●午後4時 お役所で手続きをする用事があったため、 多めのおやつでお腹を満たしてから U一郎とO次郎を連れて外出する。 また問題を起こすかもしれないため、 用事が終わるまで静かにしていたら、 帰りに「ハンバーガー」を買ってあげると 食べ物で釣っておく。 マクドナルドが大好きな2人は 目を輝かせてさっそく笑みを見せる。 お役所に行きなれない2人は、 目新しい場所に好奇心いっぱいで とりあえず、用事は無事に終了。 帰りに、マクドナルドに寄るが。 混んでいて少し並ぶことになってしまった。 「まずいな」と思うが、どうしようもない。 少し待って「ハンバーガー」を手にした時には U一郎が我慢の限界を超え、O次郎にキック! O次郎は、すかさずU一郎の髪の毛をひっぱり返す。 マクドナルドの前の道路上に出たところで 2人が大声で叫びつつ激しく揉..
眞子様の「お気持ち発表」から もう三週間くらいだろうか。 なぜか気持ちが揺れる日が続き、 ブログに何度も吐き出しては 自分の心を見つめなおし 心の落ち着きどころを探した。 そして、結局のところ私は 「眞子様の余裕」に 最も心を揺さぶられたのだと思った。 ある意味では恵まれた人が、 より恵まれた世界で さらに華やかにやっていく姿ではなく、 どう見ても危うさを感じる状況に 前代未聞の反対を押し切って 「愛」とか「幸せ」を頼りに まるでおとぎ話の主人公のように 自らを投げうとうとしている その「不幸」を知らない若さに 「深いカナシミ」を知らない環境に そしてその「余裕」を見せてしまう「幼さ」に 私は自分と子供たちの現在と将来を悲観し 1人で沈んだのだと思う。 これ以上、しんどいことや心配ごとを ..
●午前6時 早起きのO次郎が、 まだ眠っている私のそばにきて、 私の背中に頭突きを始めた。 よくあることなので、 無視して少しでも休もうとしていると、 私の体の上を、上り下りするように 横になりながらゴロゴロと転がり始める。 「いい加減にしなさい!」と叱りつつ よろよろ起きて朝食の支度にとりかかる。 食事の支度中、味付けをしたり 忙しくて手が離せない時には必ず 「ビデオ見たいからつけて」 「粘土で遊びたーい」」 などと、考え事ができないくらい大声で出して しつこく何度も要求し続けて邪魔をする。 ●午前10時頃 宅配便が届いた時、O次郎が玄関にきて 「すいませーん。助けて下さーい。」 「ぼくをここから出してぇー」と 配達員をからかう。 もう何度もやっているため、 慣れっこの配達員は全く相手にせずに去った。 ●午後1時 ..
O次郎より小さい子がトコトコ駆けだしたりする中 特に、O次郎は寝返りもスムーズにできなかった。 布団に傾斜をつけたり、手を貸したりして 一日に何度か寝返りの練習をしたものの すぐにできるようにはならなかった。 寝返りの練習に並行して、 少しずつ歩く練習も始めてみた。 両手を持ったり、片手をつないだりして、 家の中や、家の外の階段などで お天気、そしてO次郎の体調や機嫌をみつつ ずいぶんと私自身の気持ちを奮い立たせて 練習をするように努めた記憶がある。 O次郎の足のこと、そして親子練習のことを なんとなく知るようになった人の中には 執拗に批判してくる人達がいた。 「練習なんてしなくても大丈夫」 「こんな小さな子に訓練なんて、かわいそう。」 「親の見栄と傲慢でしかない」 「自然にまかせるべき。神様が決めること。」 「本当に足が壊れ..
眞子様の「お気持ち発表」に なぜか大きく心を揺さぶられ、 少しずつ自分の心を探ってみた時 思い出したことがある。 以前、ある皇族の方が 知っている障碍者施設を訪問された。 たしか、「激励された」などと 報道されていたように思う。 当時から、うっすら違和感を感じていた。 この度の「お気持ち発表」によって ハッキリと気付かされたのは、 「子供たちの関係する施設には来ないで」 「励ましも寄り添いも、別にいらない」 と思ってしまう私の心の在り様。 そんな風にしか思えない障害児の母の気持ちなんて きっと、眞子様にはおわかりにならないだろうと 「お気持ち発表」から、私は勝手に想像した。 そして、勝手に深く沈んだ。
●午後4時 本日、マンションの各居室内の配管について 10分ほど清掃作業が行われる予定があった。 そのため、2人には、お菓子を多めに食べさせ、 お気に入りのDVDをつけておき、 さらに、画用紙1冊ずつと色鉛筆を渡しておいた。 予定時刻に業者の方が来て、作業が始まる。 子供たちが、変なものを配管に流していて 叱られるのではないかと、ヒヤヒヤしていたが、 あっという間に作業は終了。 ほっとしてリビングに戻ると、 U一郎の顔と手が、まだらにブルーマンになっていた。 そして、指からひじにかけ、骨にそって、 黒のペンで線がひかれており、 もはや人間とはとても思えず、 まさに気味の悪い生き物そのものだった。 あまりのことに声も出ない私をみて、 キャヒヒィッ!と笑い声をあげたU一郎は テラテラと青く光る歯と舌を見せつけた。 猛ダッシュで洗..
●午後3時 洗面所に、U一郎の気配がするので見に行くと、 家族全員の歯ブラシとはみがきを使って遊んでいた。 歯ブラシの先は割れ、排水溝ははみがきで詰まっていた。 思わず「あぁっ!」と叫ぶと、 キャヒヒィッ!と目を輝かせて大声で叫び、 ワオキツネザルのように横跳びして逃げて行った。 「歯ブラシで遊びません!」と注意するも 人間の言葉は全く届かない様子で跳ねていた。 ●午後4時 U一郎が、いきなりO次郎の背中を足でキック! 2人でケンカが始まる。 力づくで2人を引き離したら、 U一郎のうなじにマジックの落書きを発見。 「100えん」と書いてあった。 O次郎に問いただすと、 「U一郎はいらないから、売るんだ」と回答。 O次郎を叱るも、反省の色は見えず。 U一郎にシャワーを浴びさせたが、 マジックの落書きは、石鹸では落ちない。 「100えん」..
子供たち2人を連れて、子育て広場へ行くどころか、 家の近所を歩いて散歩もできない毎日。 さらに、2人とも発語も遅かったので とにかく静かで何もない日が長く続いた。 歩く練習をさせようにも 2人の子供たちは、体がグニャグニャで 何をするにも不安定な様子だったため、 どうしたら良いのかわからなかった。 TV番組「いないいないばあっ!」で、 少し大きい子供や着ぐるみのマネをしながら 楽しそうによく動く子供たちを見ては、 「もう、あんなことできるの!?」と ただただ驚いて、呆然としていた。 そんな頃、寝そべっているO次郎の体を たまたま 少し大きくユラユラ揺らすと そのはずみで、いつもより軽く寝返りをした。 「腕抜き」には、やっぱり四苦八苦していたが O次郎は、珍しく目を合わせてニコニコ笑った。 それがきっかけとなって、 私は、2人の「寝返..
検診で言われたのは、不吉な予言だけで、 O次郎が あまり歩けない原因の手がかりすら 全く得られなかった。 そして、紹介先された療育センターでも 状況は同じだった。 療育センターでは、定期的に通うように促されたが あまり長く歩けないO次郎に加えて、 眠り病のように 寝てばかりのU一郎も抱え、 ほとんど通うことは できなかった。 他の子供は、エネルギーの塊みたいに よくしゃべり、動き回っているのに どうして 私の子供たちは まるで 魚屋に並べられた大型魚のように グデッと 床に横たわってばかりなの? 同じような悩みを抱える母親に 出会えたことは 一度もなかった。
未熟児で生まれたO次郎は、 最初から、発達が少しゆっくりだった。 なんとか立って 歩き出したものの すぐ座り込んでしまい、長く歩けない。 同じ年の子達が 活発に動き回る中で O次郎は 動きそのものが少なかった。 心配になって 医療機関などで相談しても 一様に「まずは 様子をみましょう」だけ。 そして迎えた検診で、保健師さんに言われた。 「もしかすると、あまり上手に歩けないままかもね。」 その日は、とてもお天気が良く、 窓から 太陽の光がサンサンと差し込んでいた。
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