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ブログタイトル
邦楽・洋楽・我が青春の音楽
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http://p-9635305-2.blog.jp/
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自宅にあるレコードを主に紹介。懐古を共感できる世代の方や若い世代も参考にどうぞ。
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299回 / 338日(平均6.2回/週)

ブログ村参加:2020/10/19

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RANDOさんの新着記事

1件〜30件

  • Moody Bluesの10枚目、Long Distance Voyagerは米国でまたまた1位です。

     前作から3年を隔てて1981年に発売されたLong Distance Voyageですが、米国で再度1位になったアルバムです。特に先頭の「The Voice」は個人的にもノリノリのROCKの曲ですのでお気に入りの曲です。Youtubeで映像と共に楽しむのがお勧めです。また「Gemini Dream」もシングル

  • Moody Bluesの再始動は1978年のOctave。

     実質9作目になるMoody BluesのOctave(和名、新世界の曙)。前作が1972年発売でしたのでもう活動は無いかと思いきや、やっと再始動になりました。しかし商業的には英国で6位と若干のランクダウンにはなりましたが、待っていたファンも多かったと思います。先頭の「Stepin'

  • Moody Bluesの8枚目、Seventh Sojournは米国で1位に輝く。

     1972年発売のこのアルバムは遂に英国で5位なのに対して米国で1位になったアルバムです。アルバムタイトル’7番目の滞在’とはデニーレインがいた1枚目を除くと7番目のアルバムという事なのですかね?このアルバムのコンセプトは神秘当たりの言葉が似合うででしょうか。「Is

  • Moody Bluesの7枚目、童夢は英国で連続1位だよ。

     1971年発売の童夢は連続の好セールスではありますがアルバムとしての一体感は発売ごとに薄れてきた感じです。何と言ってもアルバムタイトルは単位コード進行の頭文字(E.G.B.D.F)なだけ様ですのでいい加減なものです。唯一シングルカットされている「The Story In Your Ey

  • Moody Bluesの6枚目、A Question Of Balanceは再度英国1位だ。

     1970年発売のA Question Of Balanceですが「Question」に始まり「Balance」の曲でラスト曲になりますが、段々アルバムのコンセプトがわかりにくくなります。先頭の「Question」はシングルでもようやく好セールスになり英国で2位までになったようです。またYoutubeで「Quest

  • Moody Bluesの60年代最後のアルバム’子供たちの子供たちの子供たちへ’

     1969年にはアルバムを2枚リリースしているMoody Bluesですが、こちらのTo Our Children’s Children's Childrenも英国で2位と実に好セールスを記録しています。コンセプト的には未来を描いた感じですが、これも聴く側の感性で自由に捉えて噛まないと思います。唯一シングル

  • Moody Bluesの4枚目、夢幻(On The Threshold Of The Dreem)で遂に英国1位獲得。

     1969年に発売された4枚目のアルバム夢幻は初めて英国1位を獲得したアルバムです。げんそうてきなジャケットデザインは相変わらずで、今度はオリジナルレーベル(このCDはこのレーベルの5枚セット)にもなりました。今度のコンセプトはタイトル通り夢幻ですが、その感覚は聴

  • Moody Bluesの3作目、’失われたコードを求めて’は英国でやっと売れた!

     幻想的なジャケットデザイン(以降も続くが!)と前作に続いて1つのアルバムが1作品の傾向で1968年に発売された失われたコードを求めてですが、前作のような1日を表した分かりやすいものではなくて今度はよりメンタル的要素の作品と思われます。しかしシングルカットされた

  • Moody Bluesはここからスタート。2枚目のDays Of Future Passed。

     Moody Bluesはプログレッシブロックのジャンルを築いた代表グループですが、1967年発売の2枚目からジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジが加入して1枚目とは全く違うバンドになったようです。「Go Now」をヒットさせたデニー・レインも違う道(Wings)で成功している

  • べーやんの名前がしっくりくる。堀内孝雄ベスト。

    フォークシンガーから演歌歌手へ変わってしまったべーやんですが。アリス以降のソロ活動初期のベストアルバムがこの堀内孝雄ベストです。1975年から1979年までの東芝EMI在籍中のヒット曲を集めていますが、何と言っても谷村新司との作品「君の瞳は10000ボルト」がのりのりで

  • フォークデュオのBUZZもいた。

     何と言ってもBUZZといえ1972年に発売された「ケンとメリー~愛と風のように~」がスカイラインのCMソングだったので有名になりました。このGENTLE MIND FROM BUZZのアルバムは1976年に発売されたものですが「はつかり5号」がシングルカットされてヒットしました。しかし80

  • 伝書鳩。フォークブーム時に出ては消え!

     フォークブーム時には表れてすぐに消えていったグループがいくつかあります。そんな典型なのが伝書鳩かと思います。この’目覚めた時には晴れていた’は1976年に発売された2枚目のアルバムで、結局これ以降はアルバムは出しませんでした。シングルも5枚しか発売されていま

  • ブレッド&バターのデビューアルバムは1973年発売のイメージ。

     ブレッド&バターは兄弟デュオなので狩人のフォーク版ていう感じです。このアルバムを発売前に岸部シローがボーカルを務めた「バタフライ」のシングル(1971年発売・ポリドール)が家にあったのでこのコロンビアでの「デビューアルバムの’イメージ’以前に知っていました

  • 異色のフォークシンガーに中山ラビもいる。

     残念ながら先日亡くなってしまったが、中山ラビの1972年のファーストアルバム私ってこんなです。典型的なシンガーソングライターで商業的に成功したかは別としてずっと全曲作詞作曲でアルバムを出し続けた(後期は加藤和彦の曲だが!)オリジナリティーの高いアーティスト

  • ニューミュージック世代のフォークのシンガーソングライター永井龍雲。

     長渕剛やこの永井龍雲はフォークブームが去ってから現れたフォークのシンガーソングライターっていう感じのアーティストです。一応70年代ギリギリにはデビューしていますが、若干メジャーを感じないのはなぜでしょう。実は非常に印象に残っていて25才の誕生日の理由もなく

  • 岸田智司(旧名)はニューミュージックかな?

     個人的には「きみの朝」しか記憶ありませんが、フォークブームも去った1976年のデビューの岸田智司のベストアルバムです。今は敏志になっているようですが、このアルバムの頃はまだ智司の時代です。CBSソニー時代のデビューシングルの「蒼い旅」から「黄昏」「部屋」、そし

  • デュランⅡの最終ライブ・時は過ぎては貴重盤。

     解散してから時間をおいて発売されてディランⅡの最終アルバムが時は過ぎてのライブアルバムです。短い活動でしたがライブの味のある関西ファークをじっくり味わえるアルバムです。選曲は耳に馴染んだ定番曲「プカ・プカ」や「サーカスにはピエロが」などですのでライブで

  • 本田路津子もフォーク時代の女性シンガー。

     森山良子の少し後の1970年に「秋でもないのに」でデビューした本田路津子のベストアルバムです。自身のシングル曲はデビュー曲以外には「風がはこぶもの」と唯一自身で作詞した「一人の手」が挿入されていますが、2枚組のLPには当時のフォークの他人のヒット曲を歌ったアル

  • ディランⅡのあとにオリジナル・ザ・ディランの名義で1974年に発売された悲しみの街。レアかも!

     ディランⅡのメンバー(大塚まさじ、永井よう、西岡恭三)に加え(林敏明Dr、田中章宏Bass、魔矢イタルA・G、石田長生E・G、佐藤博Pf)らを加えたディランならではのアルバムです。シングルカットされた曲はありませんが実のこの時代のフォークっぽいアルバムになっていま

  • 森山良子もフォーク世代の歌い手です。

     今や直太朗の母やかつらのCMのイメージになってしまった感がありますが、60年代後半からフォークシンガーで売れていましたね。この美しさでは当然でしょうか!デビュー曲の「この広い野原いっぱい」は自身で作曲していますが、70年代前半までのヒットシングルはすべて他人

  • 憂歌団のファーストアルバム、憂歌団は1975年発売。

     フォークからニューミュージックへと変遷していた中で個性的なバンドとして憂歌団も欠かせません。フォークでもなくニューミュージックでもない、どちらかと言えばブルースバンドでしょうか。木村さんの独特なボーカルは他のバンドにない味を出しています。「嫌になった」

  • フォークルは加藤和彦だけではない。北山修も重要人物。

     戦争を知らない子供たちのアルバムタイトルですが、もちろん曲名でもあります。医学博士の人生で若い時のほんの短い間だけ音楽活動をしていただけですが残された作品は有名なヒット曲ばかりです。「戦争を知らない子供たち」はジローズのヒット曲ですが、はしだのりひこの

  • マイペースは「東京」しかヒットしなかったがLPも出している。

     1974年のフォークブームも終焉という時期に「東京」という曲をヒットさせたグループがマイペースです。しっかり曲名と同じタイトルのアルバムも発売しています。結局一発屋になってしまった感があります。その後もう1枚アルバムも出していますが、「東京」以外の曲は知名度

  • 喜太郎のファーストアルバムが天界です。

     フォーク世代より若干若いのですが、シンセサイザーの代名詞の喜太郎がデビューしたのは1978年の天界のアルバムからです。まだシルクロードで名前が広がる前のアルバムですが、シンセサイザーというジャンルの草分け的アルバムでフォークソングと全く違うジャンルも気分転

  • GAROも一時はヒットした。

     このゴールデン・スター。デラックスはコロンビアレコードから1975年に発売されたGAROのベストアルバムです。何と言っても「学生街の喫茶店」が大ヒットだったのですが、この曲は自身らが作った曲ではなかったので相当苦悩があったようですね。若くして日高さんが自殺して

  • 関西フォークの中心的存在。高田渡のベルウッドファーストアルバム。

     1969年にURCからLPも発売せれていますが、この’ごあいさつ’はベルウッドでのファーストアルバムで1971年の発売です。「自転車にのって」は自身での作詞作曲でシングルヒット曲ですが、作詞作曲ともに行っている曲は数曲で作詞は半分以上は他人の作詞です。しかし実に庶民

  • Chicagoの11作目はChicago 13。またアルバム発売順になった。

     前作のHOT STREETが発売順では12枚目なので(ライブ2枚を含め)このアルバム名がまた発売順の数字になったのでChicago13になる訳です。そしてジャケットデザインもまた大きくChicagoの文字を配したデザインに戻されました。1979年発売のこのアルバムでは何と言っても「Stre

  • Chicagoの10作目はジャケットデザインを初めて変更。

     この10作目のChicagoのアルバムは曲の前に初めてChicagoの文字を大きく描いたジャケットデザインを初めて起用しなかったアルバムでメンバーの写真を写したものに初めて変えられました。おまけにアルバムタイトルも数字でカウントしていたのを止めてHOT STRRETと名前も付け

  • Chicagoの9作目はChicagoⅪ。キャスの最後のアルバムです。

     このアルバムが発売された1977年は個人的にやたら洋楽を聞き出した頃でエアチェックでこのアルバム発売後にカセットテープに録音していたので一番耳に馴染んがアルバムがChicago Ⅺです。しかし世間では流石に9枚目にもなればまんねり化は拭えないでしょう。USのチャートは

  • Chicagoの8作目はChicagoⅩ。もう一つずれた!「

     Chicagoの8作目がまたまた順番がずれたのは以前と同じで9作目がライブアルバムだったのでスタジオアルバムで数えると8作目が1976年発売のChicagoⅩになる訳です。ジャケットは板チョコの銀紙を剥がしたデザインでChicagoの文字を大きく描いたジャケットデザインは変わって

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