chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
ことばを食する https://www.whitepapers.blog/

私の主観による書評、ブックレビューです。小説のほか美術書、ノンフィクションなど幅広く扱います。ベストセラーランキングもチェックします。

くー
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2019/05/27

  • この迷宮におそらく解答はない 〜「箱男」安部公房

    6月中旬にして今日は真夏日の予報。朝から冷房の効いた喫茶店に逃避し、モーニングセットを食べ、いまノートPCを開いてこれを書き始めました。 このところ、読了した本はそれなりにあっても、ブログに書くのが億劫になっています。理由は単純で、油彩で風景の大作に着手して、時間とエネルギーをそっちに持っていかれるから。でも、たまには何か書いておかないと...ということで。 「箱男」(安部公房、新潮文庫)は、斬新で難解な安部作品の中でも、ひときわ手の込んだ迷宮のような小説です。読み進むほど<?>が積み重なり、登場人物の行動や思考、言葉に違和感を覚えながら、しかし読むのをやめられませんでした。 箱男は、名称通り…

  • 澄んだ水脈に 心ひたすような 〜「月まで三キロ」伊与原新

    気づいたら、泣いていましたーと、文庫本の帯にあったけれど、なるほど泣くかどうかは別にして、いい短編集だと思いました。「月まで三キロ」(伊与原新、新潮文庫)です。 表題作を含め7篇が収めてあり、どれも冷たい渓流の流れを掬って飲むよう。飲んで初めて、自分は喉が渇いていたのだと気づく澄んだ味。 世の中、味付けと効能に工夫を凝らし、ときには奇抜で怪しげな飲料さえ溢れています。そんなドリンク類や酒に慣れてしまうと、喉が渇いているなどと思いもしない。ところが実は....と、はっと気づかせてくれました。 もちろんいま、飲料に例えて小説の世界について話しています。 新しい表現や世界観に挑むのが芸術の最先端だと…

  • 不忍池 上野公園を歩いて

    仕事を通じて知り合い、20年来の友になった4人で2泊3日、東京への「お上りさん」を楽しんできました。帰宅したらブログに書こうと思っていたのに、昨夜キーボードを叩いて記したのは、なぜか駅で買った古本のことでした。あれ。 「お上りさん」は、年に1回の庶民の贅沢なのです。出発駅のホームに立ったときはすでに、缶ビールを1本消費しており。花の東京に着けば、友人が苦労して探し出した銀座の安ホテルにまず荷物を預け、近くで和食のランチ。ビールも飲んで4000円以下は、昨今の物価高と場所を考えればリーズナブルなのかな。 しっとり薄味の上品な食事でした。 夜は神宮球場、ビールで唐揚げパクつきながら、ヤクルトの4番…

  • 本との出会い、そして古本屋さん

    週末にかけて東京に出かけ、両国、翌日の夜は銀座の端で、友人たちと飲みました。2泊して夕方の新幹線で富山駅に帰着。改札を出ると、駅の南北をつなぐ自由通路で恒例の古本市<BOOK DAY とやま>が開かれていました。年数回、地元の古本屋さんたちがこぞって出店する催しです。 ローカル線との接続時間の合間に慌ただしく見て回り、2冊を衝動買い。どちらも初めて知った本です。夜、部屋でちびちび飲みながら、それぞれの表紙を眺め、ぱらぱら拾い読みし、巻末の奥付けで刊行年月日を調べ。古本との出会いを楽しむわけです。 「ベケット・放浪の魂」(堀田敏幸、沖積社、2017年刊)。定価3,500円が、1,600円。 「安…

  • 風景を描き始めて

    このところ、本を読むより絵を描く時間が多いのです。わたしにとって「描く」とは、自分の感性とか、絵画的な効果を考えるとか、そうした類のあらゆる人為的なフィルターを排除すること。 愚直に写実です。描く対象(モチーフ)を見続けて、それが現実に存在することの当たり前、その凄さに、すべてを委ねた絵が理想。どんな細部であれ、形態や色彩に素人の芸術家気取りの改変などあり得ない。 描くに当たって自己の感性を否定すると、これがなんとも清々しい。同時に、自分の技量のなさに常にがっかりして、モチーフに申し訳ない。モチーフを生かすために、わずかでもスキルを高めたいと思います。 もちろん、素人であっても具象、抽象、どん…

  • 日常を破壊する現代の童話 〜「砂の女」安部公房

    「白雪姫」をはじめ、童話や昔話の原典をたどると実は残酷な話が多い....というのは、けっこう知られていると思います。 では、残酷な童話を現代小説として創作すればこうなるのではないか。 安部公房の「砂の女」(新潮文庫)を読んで、最初に思ったのがそれでした。ただし、母が娘の美しさを妬んで殺そうとするとか、内臓を食ってしまいたいとか、グリムのような素朴な残酷は出てきません。 広大な砂浜の寒村。都会から昆虫採集にきた平凡な教師の男が、足元の砂が崩れるように、深い穴の底の異世界に閉じ込められます。そこに暮らす一人の女。 残酷とは、簡略化すればわたしたちの常識から外れた行為、もしくは出来事です。そして童話…

  • 春の譜

    久しぶりに会う約束をした友人から、待ち合わせ場所に着く直前にメッセージが入りました。 「病院にいる。すまん」 彼はある病気と長く付き合いながら仕事を続けています。事情をよく知っているから、怒る気になれないし、必要以上に心配もしません。ときどき悪化して激しい痛みに襲われる。しかし、そのまま命に直結する病気ではない。 悪化すると処方されている鎮痛剤では効きめがなく、病院のベッドで点滴の鎮痛剤を入れて、ひたすら耐えるしかないようです。キャンセルが遅れたのは、直前までなんとか約束を守れないかと考えていたのでしょう。 想像してわたしの心も痛むけれど、元気になったときにまた会えばいい。そんなふうにして、ず…

  • SF小説の古典 名作なんだけど... 〜「華氏451度」レイ・ブラッドベリ

    「華氏451度」(レイ・ブラッドベリ、ハヤカワ文庫)は、1953年に書かれたディストピア(=ユートピアの反対語)小説の名作。アメリカのSFの大家、レイ・ブラッドベリの代表作といえばこれか、「火星年代記」でしょう。 書物を読むこと、所持することを禁止された近未来社会が舞台です。あらゆる図書館は破壊されて本は焼き払われ、大学などの高等教育機関も閉鎖されています。家では室内の壁が巨大なスクリーンになっていて、人びとはそこに流れる映像や音に慰めを見い出して生きています。 民衆を愚民化するための、徹底した管理社会。 密かに本を隠し持つ人がいると通報され、即座に<ファイアマン>が出動して犯罪者を拘束、有無…

  • 哀れ 恋心 自堕落 そして生きること 〜「山の音」川端康成

    旧友を酒に誘い、夕方から早めに出かけました。会社を離れて田舎に引っ込むと、街中に行く機会があまりありません。約束の時間まで、久しぶりに駅前の大型書店とBook・offをはしごして、荷物にならないよう1冊だけ買い、<スタバ読書>で時間を潰そうという魂胆でした。 川端康成の「山の音」を選んだのは、未読だったから。加えて、騒がしい店で飲む前に、川端の静かに張りつめた文章を読むのは、なんとなく合っているようにも思えました。 魅力を伝えようとして、どうにも伝えることが難しい作家がいます。わたしにとって川端康成はそんな一人です。以前、このブログで「雪国」について書きましたが、あのときも書き手の感触として消…

  • 美しすぎるものを焼き尽くせ 〜「金閣寺」三島由紀夫

    幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。 三島由紀夫の「金閣寺」はさらりと、物語の悲劇を暗示して始まります。1956年に雑誌連載後、単行本として刊行されたこの作品は、三島に対して懐疑的だった一部の批評家たちを黙らせ、海外でも翻訳されました。 代表作の一つになり、近代日本文学の傑作に数えられています。その7年前、「仮面の告白」で実質的文壇デビューを果たした三島を、一気に日本を代表する作家の一人に押し上げたのが「金閣寺」でした。 いま読めば、そうした出来事は歴史の一コマになっています。社会状況も人の感性も違う以上、当時と同じ受け止めはできなくて当然です。同時に、やはり色褪せない魅力があるのは確…

  • だから歴史は面白い 〜「磯田道史と日本史を語ろう」

    「磯田道史と日本史を語ろう」(文春新書)は、雑誌に掲載された12本の対話をまとめた1冊です。磯田さんと語り合うのは養老孟司さん、半藤一利さん、浅田次郎さん、阿川佐和子さんら。1対1の対談だけでなく、2、3人の専門家たちと語り合う対話もあります。 「信長はなぜ時代を変えられたか」「幕末最強の刺客を語る」など多彩なテーマで、磯田さんと専門家たちの異なる視点が行き来し、交錯します。一人の著者の脳内で完結する歴史本と違い、会話形式なので読みやすく、視点が外に開かれていて面白い。音楽ならソロではなく、セッションの魅力ですね。 磯田さんは1970年生まれの気鋭の歴史学者。長くNHKBSの「英雄たちの選択」…

  • 繰り返し読む本、読まない本

    本好きは、常に新しい出会いを求めています。書店で、図書館で、目立つよう平積みされた本をチェックし、次は林立した書架にぎっしり並ぶ背表紙を眺めてうろうろ。事前の情報収集で、読みたい本が決まっていれば、真っ直ぐお目当ての1冊に向かうこともあるでしょう。 読んで面白かった本があり、またがっかりする場合もあります。本選びは、作品内容と自分とのマッチングを推測する「目利き」のようなもので、読書の楽しみはもうそこから始まっています。 ときには、読み終えるのが惜しい本に出会います。ところがそんな1冊でさえ、再読することはめったにありません。 音楽なら、お気に入りの曲を繰り返し聴きます。20代にLPレコードで…

  • 日日是好日

    陽が射し、朝から1カ月ほど季節を先取りしたような陽気でした。庭先で桜桃の開花が始まり、春を告げています。20年余り前、一番花の枝を折って母の枕元へ届けたことを思い出します。 末期がんで在宅死を望んだ母は、翌日逝きました。 庭に出て雪つり縄を取り払い、地面を見回せば早くも伸び始めている雑草。小さな花をつけている草もあります。放っておけず、黙々と抜き続けました。 前夜、部屋の本棚の片隅に懐かしい<昭和の路地>が完成しました。 昭和の街並みを再現する模型・ジオラマです。2月初めから制作に入って1カ月半、気づいてみれば大いに楽しんでいました。とにかくパーツが細かい。最初は気が遠くなりました。 雑念が入…

  • 命をかけて、人と自然が交わるとき 〜「ともぐい」河﨑秋子

    読み始めから、歯切れのいい文章のテンポに引き込まれました。北海道の厳しい自然と、街に馴染めず、独り猟師として生きる男の息遣いが立ち昇ってきます。 「ともぐい」(河﨑秋子、新潮社)は、2023年下半期の直木賞受賞作。主な舞台は明治後半の北海道、人里離れた山中。男は相棒の犬と鹿や熊を追い、愛用の村田銃で獲物をしとめて暮らしています。 山から下りるのは、肉や毛皮をお金に換えるため。その金で弾薬を買い、米や酒を仕入れる。生きるために、街の人びととの最低限の交わりは必要です。この二つの世界の対比、描き分けが作品を立体的にし、結果として自然の荘厳さが際立っています。 ある日、雪に残った血痕をたどって、瀕死…

  • 京都・大原の早春

    2月がまもなく終わる寒い日、朝から車で高速道路を走りました。行き先は京都の山里、大原。代わり映えしない日常を、変えてくれるのは小さな旅です。京都は何度か訪れたことがあっても、大原とその周辺は未踏の地でした。 現役引退し、差し迫った仕事に縛られなくなると、むしろ腰が重くなりがちです。だからこそ、思い立ったらすぐ出かけることが大切。地図アプリによると自宅から車で片道3時間余り。観光シーズンではないので、民宿をすぐに予約できました。 民宿の駐車場に車を入れ、谷川沿いの細い坂道を歩いて上ると、右に寂光院。長い石段の向こうに門がのぞめ、門をくぐれば天台宗の尼寺が静かな佇まいで来訪者を迎えてくれました。と…

  • 新しい絵に着手

    遠くに暮らす孫娘を小品に描き始めました。 いまはざっくりした下絵の途中。気が向いたときに、これから少しずつ進めるつもりです。細部を描きこむ前なので、まだあまり女の子らしくないかなw。でも最初のざっくりで、この子の中身をつかみたい、なんて。 第170回芥川賞(2024年1月)を受賞した九段理恵さんが、受賞会見で作品執筆に生成AIを使ったと話し、大きな話題になっています。 また第169回の受賞者・市川沙央さんは、会見で電子書籍による「読書のバリアフリー化」を訴えました。市川さんは筋力が低下する難病があり、分厚い紙の本を読むことが困難で、電子書籍の普及が福音になったそうです。 昔ながらの<本>という…

  • ぼくは二十歳だった。それがひとの... 〜ポール・二ザン「アデン アラビア」のことなど

    昨夜、麦のお湯割りをちびちびやりみながら、武者小路実篤について書きました。小説「愛と死」の読後感を綴ったのですが、投稿を公開してから、やおら立ち上がり、踏み台に乗ってごそごそ。確かこのあたりにあったはず...と、書架の一番上の奥からポール・二ザンの著作集(晶文社)を取り出してきたのです。 前夜は武者小路が「この道より我を生かす道なし この道を歩く」と毛筆した色紙にふれ、若いころはこのフレーズに漂う自己肯定感が嫌いだったと、ひねくれたことを書きました。 逆に、むかし心を貫かれた言葉について考え、真っ先に思い浮かんだのがポール・二ザンでした。 ポール・ニザンは、フランスの実存主義哲学者、J・P・サ…

  • 純愛小説の古典 〜「愛と死」武者小路実篤

    わたしが子どものころ住んでいたぼろ家の、居間兼座敷に1枚の色紙が掛けてありました。本物ではなく、安っぽい複製品です。達筆とはとても思えない毛筆で、こう書かれていました。 「この道より我を生かす道なし この道を歩く 武者小路実篤」 色紙を掛けたのは、無口な職人だった父でした。色紙がいつからあったのか分かりませんが、やがて反抗期・思春期を迎えたわたしは、次第にその色紙に我慢がならなくなりました。 ふつうなら居間に掛かった色紙など、子どもの記憶に残らないでしょう。ところが武者小路は、柔らかい心の土台を逆撫でされるような気持ち悪さが尾を引いたのです。うまく説明できないけれど、不快な言葉だった。ひねくれ…

  • 生成AIは神か悪魔か 〜「生成AIで世界はこう変わる」今井翔太

    2022年秋にChatGTPが現れたときは、個人的にかなり衝撃を受けました。わたしは試してみようと、ChatGTPに詩やラブレターの代筆をリクエスト。そして生成AI(クリエイティブな人工知能)が創造した<作品>に、少なからず驚きと驚異を感じたのです。 詩に関して、実は唸りました。あるテーマを設定して「古風な詩」と「現代的な詩」という要望を与えると、ChatGTPは近代詩と現代詩の特徴を踏まえてしっかり書き分け、それぞれになかなか読ませる言葉を綴りました。 一方、恋文代筆はまだ人工臭のある無機質な文章でしたが、これはわたしの要求が大雑把すぎて、「読書サークルの女性へのラブレター」程度だったから。…

  • 晴れ着と油彩画

    絵の額装は、手塩にかけて育てた子に、晴れ着を着せるような気持ちになります。 子の出来の良し悪しは横に置いて、こんな色合いが似合うだろうか、デザインはどんなのがいいか、できれば安く...。というわけで晴れ着、ではなく油彩額を昨年末からネットで物色していました。 絵のイメージとマッチする額がなかなか見つからず、かといって額の自作も無理。額作りはきっと、絵を描くより難しい。まあ、あれこれ迷うのも楽しみの一つ。最後は、どうせ素人の趣味なのだからと、折り合いをつけて注文したのでした。 ところが一方、絵の方を「これで完成」と思い切ることができません。年が明けても加筆を続けていたら、たまたまその様子を見た人…

  • 今宵、古老の話に耳を傾けませんか 〜「忘れられた日本人」宮本常一

    文学作品を評するのであれば秀作、あるいは傑作という言葉があります。しかし「忘れられた日本人」(宮本常一、岩波文庫)は、フィールドワークに徹した民俗学の仕事。最初の1ページから惹き込まれ、読み終えて、これは紛れもない名著だと思いました。 戦前の昭和10年代から戦後まで、宮本さんは日本各地の農漁村、山間を訪ね歩き、村の古老、老女たちから昔の生活と生き様を詳細に聴き取りました。その内容を忠実に記しながら、民俗学者としての考えを添えたルポルタージュです。 宮本さんの聴き取り調査自体が60年以上前なので、当時の老人たちは江戸時代末期から明治、大正、昭和の初めを生き抜いた、田舎の集落の名もなき人びとです。…

  • 翻訳家と剣客小説

    常盤新平(1931ー2013)という名前を聞いて、「ああ」と、思い当たる人はそう多くないと思います。アメリカのペーパーバックスを読み漁った若い時代を描いた自伝的小説「遠いアメリカ」で、1986年に直木賞を受賞。しかし、小説は余技でした。 わたしにとって常盤さんは、雑誌「ニューヨーカー」のコラムを厳選して紹介してくれる、感度の優れた翻訳者であり、また、お洒落なエッセイストでした。常盤さんを通じて触れる、ニューヨークの一流コラムニストの文章には、あのころのわたしが求めるエスプリが詰まっていました。 アメリカの現代ジャーナリズムと文学、文化について、常盤さんには数十冊の翻訳、著作があります。わたしは…

  • 地震

    うちは震度5強。本が落ち、水槽の水が勢いよくこぼれました。幸いにも本棚が倒れることはありませんでした。津波警報が出て、家の中を確認する間もなく車で丘陵目指したけれど、幹線道路は渋滞。あせりました。 夜9時過ぎまで避難していて、とりあえず帰宅。とんだ元旦になった。 しばしば余震を感じるので、まだ油断できません。震度7や6強を記録した能登地方が心配です。

  • 雨の大晦日

    朝9時ごろ起床し、窓から外を見れば雨。大晦日といえば雪の記憶しかないけれど、いつの間にか年末年始に雪を踏む年が少なくなってしまった。子供のころは炭火の炬燵に首までもぐり込み、ブラウン管のテレビで年末特番を見ながら、まだもらってもいないお年玉の遣い道を考えたものでした。 今日の日中はリビングと台所に掃除機をかけ、くたびれたタオルを雑巾にして床を水拭き。ソファーの底と裏、食器棚や冷蔵庫もごしごし。食器棚のガラスを磨くと、中にあるガラクタの皿や碗までなにやら上品に見えてきました。 朝はコーヒーと小さな胡桃パンを1個齧って済ませ、昼は冷凍のカレードリアとサラダ。かみさんは朝から買い出しや実家の所要に出…

  • 弥生時代は歴史小説たり得るか 〜「鬼道の女王 卑弥呼」黒岩重吾

    ややタイミングが遅れましたが、クリスマスイブ。今年もあちこちの家でケーキにナイフが入っただろうなあ、そして不運な何百人は、高島屋の崩れたケーキの画像をSNSに投稿。あれは一流デパートとして、事後対応も含めひどい。 同じころ、わたしはビールを飲みながら3世紀、弥生時代後半の卑弥呼が統治する邪馬台国へタイムスリップしていました。 ブックオフで上下巻合わせて200円。買って積読本の仲間入りをし、ようやくクリスマス前に手にしたのが「鬼道の女王 卑弥呼」(黒岩重吾、文藝春秋)でした。なぜそのタイミングかと問われても、そもそもわたしの日々はクリスマスの華やぎ感と縁遠いのです。残念ながら。 本を開く前、わた…

  • コーヒーを淹れて「BRUTUS」を読んだ

    マガジンハウスから出ている「BRUTUS」という雑誌があって、最新号の特集が「理想の本棚」。わたしは雑誌類をめったに買わないのですが、表紙に惹かれて少し立ち読みし、戻すことなくレジへ向かいました。 面白そう。この特集、本好きの一人としては、立ち読みで終わるわけにはいかんだろう...ってな感じでした。 書店に寄ったのは昼前だったので、これから帰宅して昼飯は冷凍食品をチン、食後にコーヒーを飲みながら午後を過ごすのに、特集はぴったりに思えたのです。 そして、わたしの期待に「BRUTUS」は十分応えてくれたのでした。メーン企画は画家・横尾忠則さんら各界で活躍する14人の書斎と本棚を写真で紹介し、それぞ…

  • アルジェの太陽と4発の銃声 〜「異邦人」アルベール・カミュ

    1940年代から50年代のフランスを代表する作家の一人に、アルベール・カミュがいます。無名の文学青年を、一躍時代の寵児にしたデビュー作が、1942年に出版された「異邦人」(新潮文庫)でした。 80年前の小説ですから、すでに<古典>の仲間入りか。主人公のムルソーは、普通の、少なくとも、つつがなく社会生活を営むことができる勤め人です。一方で、文庫本カバーの要約から拝借すれば、「母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画をみて笑いころげ」...。 友人と情婦のいざこざに関わって、ムルソーはアラビア人の男を射殺します。1発目で倒した後、身動きしなくなった体にさらに4発。ふつう2発目以降は、激しい怨…

  • 戦国を生き抜いて小気味よく 〜「真田太平記」池波正太郎

    戦国時代、信州(長野県)にあった真田家は、上杉、武田、北条という強国に囲まれていました。その後も織田、徳川が勢力を拡大する中、真田は領国を必死に守ろうとした小大名にすぎません。 その真田家が、なぜ今もよく知られているのか。徳川家康が豊臣家を滅ぼした大坂冬の陣と夏の陣で、真田幸村は孤軍奮闘の活躍を見せました。出城「真田丸」を築いて徳川軍を翻弄した冬の陣。野戦になった夏の陣では、家康の本陣に迫りながらあと一歩届かず討死しました。 豊臣方の必敗を覚悟しながら、信念を貫いて戦った幸村は、後の軍記物や浮世絵でヒーローとして描かれ人気が定着します。確かに日本人が好むヒーロー像ですね。 池波正太郎さんの「真…

  • 凪の日 夕陽の日本海と北アルプス 〜池波正太郎、カミュ

    まだ初冬とはいえ、晴れた日は北陸、東北の日本海側に暮らす人たちにとってかけがえのない1日です。 寒気とともにやってきた冬雲は、北アルプスなど本州の山々にぶつかります。そのときシベリアや中国北部から流れてきた雲は、日本海側に雪や雨を降らせて消え失せる。山の向こうの太平洋側へは、雲のない乾いた空っ風だけが流れ込みます。これが、天気予報でお馴染みの「冬型の気圧配置」です。 これから早春のころまで、わたしの住む地では陽射しを見る機会が少なくなります。おまけに日の出から日の入りまでの時間が短いので、なんとも重苦しいシーズンの到来。 しかし、そうした風土の中で暮らしていると、しみじみと「当たり前」のありが…

  • 名作の続編 壮大な叙事詩再び 〜「2010年宇宙の旅」アーサー・C・クラーク

    SF史上の名作の一つに、1968年公開の「2001年宇宙の旅」があります。映画(スタンリー・キューブリック脚本・監督)が公開され、同年少し遅れて小説(アーサー・C・クラーク)が刊行されました。 同名の映画と小説がある場合、最初に原作の小説があるか、または映画の後にノベライズで小説を出すか、そのどちらかです。しかし「2001年宇宙の旅」は、同時進行でした。アーサー・C・クラークが映画の原案に関わりなから、小説も書き進めたことを本人が述べています。 わたしは映画の方しか観ていないのですが、道具の使用を学んで進化を始めた人類の起源から幕が開き、21世紀になって宇宙船で木星へ向かうという壮大なスケール…

  • 麻婆豆腐 〜食の記憶・file3

    中国の四川に暮らしていた麻(まあ)婆さん。彼女が作った豆腐料理が「麻婆豆腐」のルーツです。30年ほど前に読んだ、中華の鉄人・陳建一さんのエッセイに書いてありました。 その本、探したのですが、6畳しかない部屋のいったいどこに隠れているのか見つけ出せない。あまりムキになると、床が本で溢れて足の踏み場もなくなるので、あきらめました。 エッセイには、レシピが付してありました。以来今日まで、年に数回ですが、わたしは陳建一直伝(?)の麻婆豆腐を作ります。仕事で東京に行ったときには、赤坂の四川飯店(陳さんのお店)で食べてきました。 当時、よく昼飯を食った会社近くの中華料理店のおじいちゃん店主が、聞けば日本の…

  • 田舎のランチにご招待 〜オーベルジュ「薪の音」

    真昼といえど太陽の位置が低い、晩秋の小春日和。里山は紅葉、黄葉の広葉樹が斜めからの光に輝いていました。 ちょいとばかり早いけれど、今年も頑張った自分にご褒美と、車を飛ばしてのどかな中山間地の小さな集落にあるお店へランチに出かけました。ご報告しながら、これをお読みのみなさまを招待し、一緒に楽しめたら良いのですが。 富山県南砺市城端にあるオーベルジュ「薪の音」は、古い農家をリフォームしたホテル(3室しかないので3組限定)で、ランチのみ宿泊以外のお客さんを少数受け入れます。 農家が肩を寄せ合うような集落のまわりは、刈り取りの終わった田畑と山並みばかり。対面通行絶対不可の、落ち葉に覆われた道の脇に駐車…

  • 女の一念を込めた手裏剣が 〜「ないしょ ないしょ」池波正太郎

    池波正太郎の人気シリーズ「剣客商売」には、2作の番外編があります。1作はシリーズの主役・秋山小兵衛の若きころを描いた「黒白(こくびゃく)」(新潮文庫)で、小兵衛の死闘と人生修行が描かれています。 もう1作が「ないしょ ないしょ」。わたしは未読でした。今回はいわゆる書評(のようなもの)を書くつもりはありません。池波小説については、これまで何度か書いてきたし。 1冊の本を読むには、エネルギーが必要です。ところが、このところ疲れているなあ...と感じるときは、本から元気をもらいたい。肩の力を抜いて、理屈抜きに楽しめる小説が最適。書店をさまよい、選んだのは、未読だったこの番外編でした。 秋山小兵衛は、…

  • 一枚の絵、3年目に入りました

    2021年11月から描き始めた油彩のモズの巣。ついに丸2年を過ぎて、3年目に入り、まだ描き続けています。 最初は1年あれば完成するだろうと、甘く考えていました。昨年、さすがにもう1年かければ大丈夫だろう。次は風景か、人物だって描きたいしー、と思っていました。鳥の巣ばかり見て絵筆を使ってきたので、そろそろ新しいモチーフ(対象)と向き合いたい....。 しかし。まだ終わりません。そもそもこれ「終わりがあるのか」なのです。進めば進むほど、見えていなかった粗が、ぼろぼろ見えてきます。 困った...。 F10 1層目が終わっていったん加筆用ニスを全体に塗って表面を固定し、今はニスの上から2層目の重ね塗り…

  • 辿りつけば 哀しく清々しい愛 〜「存在のすべてを」塩田武士

    ぐいぐい引き込まれていく、ページをめくるのが楽しい。それは小説が持つ大きな力です。「存在のすべてを」(塩田武士、朝日出版社)は、久しぶりに読書の醍醐味を与えてくれました。 30年前の未解決誘拐事件。銀座の画廊に長く秘蔵される、無名画家による類まれな作品。この二つが結びついたとき、事件にかかわった人たちの人生が輪郭を持ち始めます。塩田さんの徹底した取材と、小説家としての想像力が展開を支え、最後のページを閉じれば哀しくも清々しい。 この小説は中途半端な内容紹介が憚られるので、本の帯から引用します。痒い所に手が届くような、まったく届かないような微妙なキャッチコピーだけど。 =前代未聞「二児同時誘拐」…

  • <紙>と出会ったあの女王 〜「和紙の話」朽見行雄

    <紙>の歩みをたどって日本の歴史を描く。そんな本はこれまでなかったのではないでしょうか。そもそも紙という素材、めったに表舞台で注目されません。だからこそ紙の視点から歴史を眺めると、思いがけない新鮮な景色が広がっていました。 「日本史を支えてきた 和紙の話」(朽見行雄、草思社)は、ページを開くと弥生時代の終わりごろ、邪馬台国の女王・卑弥呼の話から始まります。 倭国(日本)が初めて文書に登場するのは、3世紀に中国で書かれた「魏志倭人伝」です。学校の教科書にもありましたね。大国の魏が、海の向こうの邪馬台国に詔書を送り、邪馬台国から返書を受け取ったと記されています。 日本の歴史学者たちは、ここに記され…

  • 男の子?が得意??、アンプの接点復活に挑戦

    朝飯食ってすぐ、オーディオ機器のメンテに着手しました。 10数年前から、CDやFMを聴くとき、音量調節つまみを回すと「ガリっ!」「バリバリっ!!」と、一瞬の大音響。経年劣化による、いわゆるガリノイズ(音響マニアのニッチな専門用語)です。 数年前にも一度やったのですが、またアンプを分解して、音量つまみ内部の接点をリフレッシュしました。再発した症状を潰さなければ! 20数年にわたって働いてくれているアンプ(下、上は30年前のCDプレーヤー)。十字ドライバーで分解して、内部のターゲット(これが小さい!)に接点復活剤をスプレーし、ゴリゴリつまみを回して回復を図ります。 ついでに絵画用の筆、ミニ掃除機、…

  • 道化と仮面 それぞれの生と死 〜「人間失格」「仮面の告白」

    プロローグ(...わたしの中の空想図・交友関係) 親しくなりたいと思わない。しばしば目を背けたくなる。けれど、なぜか何度も一緒に酒を飲んでしまう。ダザイ・オサム君はそんな小説家でした。わたしが若いころの話です。 青森の裕福な旧家に生まれたダザイ君は

  • 太宰治と三島由紀夫 〜作家つれづれ・その7

    少し前から、書店に行くと気になっていたのが、角川文庫の近代文学に使われているカバーです。こんな具合。 みなさま、自分のイメージとどれくらいマッチするでしょうか? 文豪ストレイドックスコラボカバーをさらに見る うーん、個人的に太宰はじめみんな垢抜けし過ぎていて、「乱れ髪」なんかは漆黒の長い髪のイメージなんだけど..。 調べてみると「文豪ストレイドッグス」という漫画と、角川文庫のコラボ企画なんですね。どのキャラも、漫画に登場する文豪たちのようです。なるほどそういう戦略かあ〜。 さて、数ある太宰治の小説から1作だけ選べと言われたら、わたしは迷うことなく「津軽」と答えます。 東京で女性たちとのスキャン…

  • おもちさんとユニクロの細いズボン 〜「にぎやかな落日」朝倉かすみ

    朝から気持ちのいい秋晴れ。外に見える木々が陽射しを浴びて輝き、紅葉と冬に向かって急ぎ始めた気配が伝わってきます。部屋の窓際にあるキンモクセイは、例年より1週間ほど遅く満開になり、目覚めの深煎りコーヒーと香りが混ざり合いました。 「にぎやかな落日」(朝倉かすみ、光文社)を読み始めてふと思ったのは、「こんな秋の日にぴったりの小説だ...」でした。主人公は北海道で独り暮らしする、おもちさん。82から84歳にかけてのおばあちゃんの日常と内面が、若かった過去へのファラッシバックを背景に、たんねんに掬い取られます。 人はみんな個性ある唯一無二の存在です。もち子さん・通称<おもちさん>のようなおばあちゃんに…

  • アナログ人間、カメラの進歩に脱帽する

    秋晴れに誘われ、天空の城の一つ福井県大野市の越前大野城まで、往復400キロ車を飛ばしました。 スマホさえあれば途中の情報収集に困らず、財布代わりになり、撮影もできて、なんともすごい時代になったものだと今さらながら感心します。 昔、わたしが新聞記者になって、まず買ったのがキャノンの一眼レフカメラでした。仕事に必須の道具だったから。給料の1カ月分ほぼ全額を費やしました。 もちろん新聞社には、写真部にカメラマンがいます。しかし数百万円のカメラ本体とレンズ類を駆使する彼らが担当するのは、スポーツの決定的瞬間や大物政治家の記者会見シーンなど、事前セッティング可能な絶対に外せない写真が多い。 それ以外の、…

  • 老人はライオンの夢を見ていた 〜「老人と海」E・ヘミングウェイ

    世に中にはおびただしい本があって、どんな小説が好きかは人によって異なります。わたしが「この作品は素晴らしい」と思っても、ついさっきショッピングモールですれ違ったたくさんの人たちは、みんな自分だけのお気に入りを持っています。 若い女性ならハッピーエンドの恋愛ものとか、4人くらい殺されるミステリーに限るとか。いや、そもそも小説なんて読まない人の方が圧倒的に多いかな。 「名作」とはいったい何なのか。「これはいい」と思った人の数が多くても、ベストセラーは、イコール名作ではない。では偉い文学者や批評家が名作だと判断したら、そうなるのか。なんか違うよなあ。さてさて... ..と、こんな1ミリも世の役に立た…

  • 時空を旅して帰り着く 〜「日本の歴史」小学館

    秋。ほんの半月ほど前の9月17日、義父の四十九日の法要と納骨のときは、まだ真夏の陽射しに焼かれる墓地で、汗を流して読経を聞いたのに、秋分を過ぎたころから一気に秋らしくなりました。異常気象の夏も、ようやく過ぎ去ったよう。 朝の陽射しの暖かさを、ありがたく思ったのは久しぶり。例年よりひと月遅い季節の変わり目。みなさま、どうかご自愛ください。 きょう昼前に、小学館の日本の歴史第16巻「豊かさへの渇望 一九五五年から現在」(荒川章二、2009年)を読了。第1巻の旧石器時代から数万年にわたる、この列島の歩みを見聞する時空の長旅から、現在に帰り着きました。 2007年から09年にかけて刊行されたこの「日本…

  • 「旅と郷愁の風景」を見る 〜川瀬巴水展・石川県立美術館

    車のアクセル踏んで小さな旅をして、金沢駅近くのホテルに投宿。深夜まで、腐れ縁の友と飲み、ホテルで目が覚めたら小雨模様でした。 チェックアウトを済ませ、加賀百万石の名園・兼六園に隣接する歴史文化施設エリアへ。駐車場に入れたころちょうど雨が上がり、ぶらぶら散策しました。何やってるかな、と立ち寄った石川県立美術館。入り口を覗くと「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」(2023年9月2日▷10月1日)の掲示が。 や、なんと。これは見なければ。 巴水は大正から昭和の戦後まで活躍し、木版で風景を描き続けた浮世絵師です。欧米では東海道五十三次を描いた安藤(歌川)広重になぞらえ「昭和の広重」と称されています。アップルコ…

  • 新米届く 〜なんでも旬は美味しい

    精米したばかりの新米が、どんと届きました。亡き母の実家は農家。とっくに80歳を越えた叔父が、毎年軽トラを運転して届けてくれます。玄米から表面を削り取った白米はまだ精米時の熱がこもっていて、袋の口を開けて冷ましました。 わたしのウオーキングルートの田舎道も、稲穂がこうべを垂れて収穫期です。残暑どころでない異常気象が続いても、季節は巡っているのか。 旬。 食べ物には、それぞれ季節があります。スーパーの食品売り場に年中、豊富な食材が並んでいるけれど、やはりその時期だけ圧倒的に美味しいものがあって、季節を喰らう楽しみは昔も今も変わりません。 わたしが暮らす地なら、4月中旬からのタケノコ。竹林の中を走る…

  • 激辛でも濃厚でもなく 静かに沁みる 〜「灯台からの響き」宮本輝

    読んでいるうちに、何かしたくなる本があります。「灯台からの響き」(宮本輝、集英社文庫)も、そんな1冊でした。 父の味を守ってきた中華そば屋の62歳の男が、黙々と仕込みをするシーンを読むうち、無性に彼の店に行きたくなりました。下町の商店街とお店が眼前に浮かび、癖のないスープのすっきり味が、口の中に広がったのです。 また急死した妻に導かれ、日本各地の灯台を巡る彼の姿に、いつの間にか自分を重ねて旅に出たくなったり。 戦後に父が開いた店・中華そば「まきの」は、東京のとある商店街にあります。高校を中退した彼は、父の店を継いで結婚、夫婦で店を切り盛りして味を磨き、中華そばを売って3人の子どもを育て上げまし…

  • 長谷川等伯ではなく浮世絵を見る 〜石川県立七尾美術館

    富山県氷見市から日本海に面した山中の高速道路を走り、能登半島の中ほどに位置する石川県七尾市へ向かいました。8月末だというのに、車の温度計は35度。 歴史的に七尾市は海運で栄え、戦国期には背後に迫る半島の丘陵に室町幕府の有力大名で管領・畠山一族の山城が築かれていました。能登は江戸期以降、加賀藩に組み込まれましたが、船の往来でむしろ越中(富山県)と結びつきが強い地でした。 その七尾に、長谷川信春という若い絵師がいました。彼は志を持って京に上り、やがて安土桃山時代を代表する絵師になります。 長谷川等伯です。 松林図屏風(長谷川等伯。国宝、六曲一双。東京国立博物館蔵) 文化的にはきらびやかな安土桃山時…

  • 庶民の悲哀を軽く見るなよ! 〜「五郎治殿御始末」浅田次郎など

    小学館の日本の歴史で、いま明治前期を描いた「文明国を目指して」(牧原憲夫)を読んでいます。ふと思い出したのが、浅田次郎さんの「遠い砲音(つつおと)」という短編でした。 明治維新といえば、身分制度の撤廃、教育義務化、赤煉瓦の建築、ガス灯など前向きな文明開花を連想しますが、この時代は庶民にとって決して楽ではなかったことが日本の歴史に細かく記されています。 近代国家建設のスローガンで、慣れ親しんだ生活習慣を捨てざるを得なかっただけでなく、厳しい税の取り立て、また曖昧な情より法を優先する政策が強行されました。明暗どちらもあったのに、少なからぬ庶民の実感である「マイナス」より、政府が目指した「プラス」イ…

  • 死ぬこと生きること 〜「天地」チンギス紀17、北方謙三

    8月初めに義父が逝って、喪主を務めました。93歳。若いころから交友関係が広かった人で、通夜と葬儀に100人を超える参列をいただき、息を引き取るまでの義父の人生について簡潔に話すことで、お礼のあいさつとしました。 わたしは11年前に実父をがんで失っていて、喪主として故人を見送ったのは2回目でした。自己にとって、たとえ肉親であっても他者の死とは「いた人が、いなくなる」という、単純な事実です。これが遺された人それぞれに、極めて深く、また浅く、疵を刻みます。 そして棺の中で花に囲まれた、無表情な顔を見ると、故人との思い出とともに、自分もまたこの世から消える日が必ずやってくるのだと沁みてきます。それは悲…

  • 我、語りを極めんとす 〜「仏果を得ず」三浦しをん

    「仏果を得ず」(三浦しをん、双葉社)は日本の伝統芸能・文楽の世界で、芸に命をかける青年の物語です。といっても、固い話ばかりではありません。なにしろこの青年、知人が経営するラブホテルの一室を格安で借り切って、アパート代わりにしているくらいだから。 えっ、ぶんらく・文楽?。歌舞伎なら、なんとなくイメージあるけど...。 ところが読み始めると面白く、つい本を置いて文楽についてネットで調べ上げ、再び本を手にして読み終えたころには、表も裏も知り尽くして<通>になった気がします。気だけですが。 三浦さん、あまり知られていない世界を取り上げて、魅力的な作品に仕立てるのがうまい。「舟を編む」は国語辞典の編集者…

  • 酷暑の夏

    酷暑、です。今年はひときわ。ふう。 わたしが暮らす地でも、7月下旬から連日35度超え。基本的に、気温は照り返しのない草地の高さ1・5メートルの日陰で観測しますから、太陽に晒された場所は軽く40度を超えているはずです。どうなるんだろうか、この地球は。 夏休み。麦わら帽子にランニングシャツで、セミを探し続けた昭和のころを思い出します。そんな無謀なこと、いまの子どもたちには勧められません。 氷河期という言葉をだれもが知っているように、気象は地球規模で寒暖を繰り返してきました。日本列島であれば、石器時代は寒冷期でした。縄文時代になると温暖期に入り、人口が増加しました。 縄文時代、人が延々と貝を食べて貝…

  • 鉄砲伝来が変えたもの 〜小学館・日本の歴史

    5月下旬から2カ月近く、小学館が2007年から2009年にかけて刊行した「日本の歴史」を読み継いでいます。全16巻(+別巻1)のうち、今日は第10巻「徳川の国家デザイン」(水本邦彦)を読了しました。 旧石器から古墳時代を扱った第1巻「列島創世記」(松木武彦)に始まり、第10巻で江戸時代前半にたどり着きました。数十万年の歴史の堆積を考えると、小説の時代物でお馴染みの江戸は、かなり現代に近づいた感じがします。「あれ、もうここまで来てしまったか」と、ちょっと残念。過ぎてみれば早い、膨大な時間の旅です。 各時代を専門にする研究者たちが執筆していますが、一般読者を対象にしているので、学会内の論文や専門書…

  • きょう買った本と食べた蕎麦 〜池波正太郎のことなど

    日曜日。モーニングコーヒーを飲みながら、facebookを眺めていると、や!。 地元の古本屋さんが、富山県南砺市井波の古刹・瑞泉寺門前にテントで出店しま〜すと、ポストしていました。朝から日差しが強いけど、行ってくるか。こういう機会に出会える本というものがきっとある、と思い。お寺まで車飛ばして50分くらいです。 少し補足解説。諸大名が割拠した戦国時代、北陸には朝倉氏などの大名がいたけれど、一般民衆は一向宗(浄土真宗)に帰依して、蓮如上人の教えのためには命を捨てる宗教自治国でもありました。 信長が宗教勢力に神経を尖らせて、時には女子どもまで殺戮したのはよく知られた歴史。北陸における拠点の一つが瑞泉…

  • 小さな美術館とわたしの絵

    先週末から、6速マニュアルのわが脚..ではなく車を駆って、長野県の安曇野を巡ってきました。個人的な用件があっての1泊2日でしたが、2日目はフリーだったので、久しぶりにツーリングを楽しみました。 長野はもちろん、日本各地で35度を超える猛暑の中。目指したのは南アルプス、高さ2000メートルの美ヶ原高原でした。ビーナスラインと名付けられた道路があって、この標高までマイカーで登れる場所は、日本にそうないと思います。 クラッチ踏んでガチャガチャと、主に2速と3速を使い分け、登り切れば気温23度。涼しい!。雲上の高原には彫刻の美術館や道の駅もあります。わたしは早い時間に出たのでそれほどではありませんでし…

  • 武士たちの「倍返し」経済小説? 〜「大名倒産」浅田次郎

    積りに積もったわが家の借金が、2500万円になったらどうしよう。利子の支払いだけで毎年300万円。これに対して、どんなに頑張っても収入は年100万円前後。うわあ〜です。いや、もう叫ぶ気力も残されていないか。 もし企業なら、とうの昔に倒産しているはず。むしろ倒産していれば、借金がここまで膨らむことはなかった。ところが時代は江戸末期、わが家でも企業でもなく、3万石の大名家の話となると、おいそれと自己破産もできなかったのです。 代々の<経済的負け戦>による負債の累積。ついに借金総額25万両、利子支払いだけで年3万両。これに対し年貢米を柱とした収入1万両。「大名倒産」(浅田次郎、文藝春秋)は、太平の世…

  • 人は虚しく、哀しい 〜「グレート・ギャツビー」フィツジェラルド

    喧騒と過剰。 アメリカ文学を代表する作家の一人、F・スコット・フィツジェラルドの「グレート・ギャツビー」(野崎孝訳、新潮文庫)の印象を簡素に表すと、わたしは冒頭の言葉が浮かびます。第一次世界大戦が終わり、アメリカが経済的な繁栄を謳歌する1920年に出版された当時のベストセラーでした。 享楽的浪費を繰り返し、欲望を正当化するまやかしの論理がまかり通る社会。そこにうごめく人びとの喧騒が、こと細かく描かれます。唯一、語り手である<ぼく>だけが、健全な良識を備えていています。<ぼく>は澄んだ水のような作品の底流なのですが、目の前の出来事に振り回され、喧騒と過剰に覆われていて、読者にはなかなか本質が見え…

  • 月下孤灼 〜わたしと酒の話

    朧げな記憶をたどれば、それは地元の神社の秋祭りの日。宴席でした。親戚一同が集まって酒を酌み交わしている。父も母も、伯父や叔母たちも若くて働き盛りでした。昭和30年代が終わろうとするころ、高度経済成長期にある日本の片田舎のとある家、座敷に華やいだ声が飛び交うセピア色の点景です。 父は職人、伯父は農家、一番若い叔父はハイカラなレントゲン技師。懸命に働けば必ず、今日より明日は良くなるという<神話>が、生きていた時代でした。祭りの日は、ふだん汗水垂らす大人たちに許された、浮かれてもいい数少ない日だったのです。 小学校に入ったばかりで、隅で皿をつついていたわたしに、酒を充した盃が回ってきたのは余興のよう…

  • 雨の7月1日

    1年の半分が終わり、折り返した7月最初の今日は朝から雨でした。気持ちよく晴れた日が好ましいのは当然だけれど、この時期の雨は緑を濃くしてくれる。庭の木々や芝が、夏に向けて勢いを増すのが目に見えます。 雑草も一緒に元気になるのは困ったものですが、これは庭の事前管理を怠ったわたしの責任。植物の側に立てば、花木も雑草も同じです。なに、ある程度育った雑草をこれからこつこつ抜くのも、現役引退した身にとっては貴重な時間潰しになります。 晴れた日、本を読んだりビールを飲んだりする、庭の一角のベンチも(夏は防虫スプレーが欠かせません^^;)、雨に濡れてこのところ出番なし。奥のクチナシは先週で白い花の時期が終わり…

  • もがいたって、出口はない 〜「椅子」ウジェーヌ・イヨネスコ

    わたしは本を処分するのが極めて苦手です。何年かに一度、意を決して2、300冊程度は廃品回収に出すのですが、生まれる空き空間は微々たるもので、たちまち新たな本で溢れてしまいます。 狭い部屋でまともな身動きもままならず、気を許せば積み上げた本がいつ崩れてくるか分からない。何とかしたいと、本人は何十年も呻吟し続けているのに、解決策はどこにもない。お金があれば増築するのですが、お金はないからやはり解決策はありません。でも、やはり、何とかしたいともがく。 まるで、出口のない<不条理劇>です。悲劇ではなく、喜劇の方の。 電子書籍の流通当初、画期的なことに思えてiPadを読書ツールにした時期がありました。わ…

ブログリーダー」を活用して、くーさんをフォローしませんか?

ハンドル名
くーさん
ブログタイトル
ことばを食する
フォロー
ことばを食する

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用