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ことばを食する https://www.whitepapers.blog/

私の主観による書評、ブックレビューです。小説のほか美術書、ノンフィクションなど幅広く扱います。ベストセラーランキングもチェックします。

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2019/05/27

  • 色とりどりの宝石たち 〜「巻頭随筆 百年の百選」文藝春秋編

    命まで賭けた女(おなご)てこれかいな 川柳の句集「有夫恋」が異例の大ベストセラーになった時実新子さんが、平成6(1994)年4月号の月刊誌「文藝春秋」に書いたエッセイで、取り上げている1句です。無名の人の、知られざる1句。わたしは思わず笑ってしまいましたが、時実さんも思い出しては笑っていたらしい。そして、こう書いています。 この句は見れば見るほどあたたかい。 なるほど。言われた妻の方は怒り心頭か、苦笑いか。しかし、この句の笑いの底には、妻へのどっしりとした愛情が感じられます。 「巻頭随筆 百年の百選」(文藝春秋編)の冒頭に置かれているのが、時実さんのこの随想。思わず、部屋の書架のどこか奥に「有…

  • 芝と語り合う

    昨日は午後から、庭の芝生に目土(めつち)を入れて日が暮れました。目土というのは、夏にかけて芝生が葉を広げる前に、砂をまく作業です。「芽土」ともいい、前年伸びた茎が新たな砂に浅く埋まることで発芽が促され、毎年若くて密な状態を維持することができます。 事前にホームセンターで砂300キロを注文、搬入してもらいました。これを一面にまき広げ、レーキで慣らし、仕上げは掌で葉と葉の間に擦り込みます。素手なので掌はぼろぼろになります。 まんべんなく擦り込む作業は、掌を通して芝や地面と対話しているよう。何だか宗教じみてますが、その感覚があるからできる作業です。ふう、...とため息つけば、すでに日暮れ間近。 ちな…

  • チャットGPT 話しかけてHALを思い出した

    チャットGPT。最近、やたらニュースで取り上げられるAI(人工知能)の会話機能で、アメリカの「OpenAI」という会社が開発して無償提供しています。論文やレポート、読書感想文など、チャットGPTに「書いて!」と頼めば即座に応えてくれるので、大学などでも対応に苦慮しているようです。 学生からチャットGPTが書いた課題論文が提出されても、教授がそれを見分けるのは極めて困難だとか。「それほど進化したAIって、どんなものなんだ?」と思い、チャットGPTにユーザー登録したのが、好奇心旺盛なわたしです。そして話しかけました。 「読書サークルの女性に宛てたラブレターを書いて」 チャットGPT。数秒後に以下の…

  • 1年後に花を買う そしてきみは 〜「平場の月」朝倉かすみ

    50歳。半世紀も生きてきたのだから、波乱や悲しみ、喜びの経験はいくつも胸にしまってある。だれだってそうだろう。もう、冒険を試みるような年齢ではない。暮らしの小さな感情の起伏をつなげて日々が過ぎ、やがてそう遠くないいつか、老いた自分を静かに見つめる日がやってくるのだろう...。 「平場の月」(朝倉かすみ、光文社)は、そんな大人たちの悲しい恋愛小説です。 生まれた町で暮らす中学時代の同級生たち。地元を出ることなく働き、結婚した元女子がいれば、東京から戻ってきた<おひとり様>元女子に、主人公はバツ1の元男子など、そんな50歳の同級生の顔ぶれはどこにでもありそう。 恋の発端は、お昼時の病院の売店。胃の…

  • 旅路の途中から

    昨年11月、落葉が終わるころから長い原稿の仕事が始まり、気づけば桜の開花宣言が聞こえ始めています。 本腰を入れて原稿に向かうと、24時間が仕事を中心に回り始めます。実際に文章を書いている時間は、1日8時間であったり、2時間であったり、全く書かないで終わる日もかなりあります。 しかし、たとえ書いていない時も、極端にいえば朝起きてから寝るまで、頭の中は次の展開をどうするか、既に書き上げたけれど瑕疵が見える部分をどう加筆、修正するか、ぐるぐる想念が回り続けて止みません。わたしはオンとオフの切り替えが、極めて下手なのです。 やや気恥ずかしい比喩を使うと、今は書き始める前にあった日常を離れて、初めての景…

  • たまめし 〜食の記憶・file2

    たまめし。 ちょっと上品ぶれば「卵かけご飯」。小皿にたまご割って、醤油入れて箸でかき回し、熱々のご飯にかけて、またかき回すあれです。 小学校2年だったか3年だったか、朝起きるとお腹が痛くて学校に行けず、母に近所の開業医に連れて行かれました。 顔馴染みのお医者さん、わたしのお腹に聴診器を当て、指で押し、母にたずねました。昨日の晩御飯は何を食べました?。 母は正直に庶民の食卓のメニューを披露し...あれとそれと、この子はまだ何か食べたいと言ってアレも食べました。最後のアレとは、たまめしです。 「ああ、卵かけご飯はねえ、するする入るからよく噛まないんですよ。それで子どもは特に、食べ過ぎて消化不良にな…

  • あすはこれが食べたい!

    昨年11月に長丁場覚悟の仕事を引き受けて、若いころのような馬力はないから、自分を追い込みすぎないようにやってきました。幸い、頭を掻きむしったり、ため息ついたりしながらも仕事を積み上げ、ようやく半ば近くまで辿りつきました。 自分を追い込み「すぎない」けれど、追い込みはします。いつの間にか追い込んでいる。そのプレッシャーから搾り出すしかない部分があって、いい仕事をしたいと思えば仕方がないこと。 のんびり、楽しみながらいい仕事ができる...なんてことは、何であれ絶対にありません。と、わたしは思います。惰性に流れ始めたところから、劣化が進む。少々の強がりも含めてですが、惰性を許すようになったら仕事は引…

  • 光を描くか陰を描くか 歴史の裏表 〜「我は景祐」熊谷達也

    幕末から明治維新までを舞台にした小説はたくさんあって、「幕末・維新物」と呼ぶカテゴリーを設けたいほどです。 その時代の人気ヒーローと言えば坂本龍馬か、西郷隆盛か。吉田松陰のような学者もいます。一方で幕府側には勝海舟、幕府海軍を率いて函館に籠り、海外に向けて独立を宣言した榎本武揚。いや、忘れるわけにいかない新撰組があった。結核に倒れた若き剣士・沖田総司に近藤、土方ら。多士済々の顔ぶれが小説に漫画にと、時代を超えて活躍してきました。 彼らを中心人物に据えるのが「幕末・維新物」の本流とすれば、あえて視点を変えた流れがあります。先日紹介した「幕末遊撃隊」(池波正太郎)や、「壬生義士伝」(浅田次郎)など…

  • カツ卵とじ定食 〜食の記憶・file1

    1976年4月、わたしは早稲田大学教育学部英語英文学科に入学し、東京都大田区南馬込1丁目にある、老人夫婦宅の離れ6畳1Kに暮らし始めました。2023年の今から、遡ること47年前のことです。 下宿代は月15,000円。プラス電気、カス代。仕送りは6万円なので、差し引き1週間1万円が生活のベースでした。夏休み、春休みは土木作業員(まあ土方というやつです)で稼いでも、みるみる本と飲み代にお金が消えて、少々のバイトでは追いつきません。 部屋にはテレビも冷蔵庫も、もちろん電話のような贅沢品はなく、しかし電気釜だけは生協で買いました。いざとなれば本を売り、飯にマヨネーズとソースをかけて洋風、卵と醤油なら和…

  • 家も愛も捨てて滅びへ 〜「幕末遊撃隊」池波正太郎

    幕末という激動期。自らの信念を貫こうとして時代のうねりに逆えば、人間一人など跡形もなく滅びて消えてしまう。そうして歴史の闇に消え去った人は、少なくなかったはずです。 「幕末遊撃隊」(池波正太郎、新潮文庫)は、若い剣士の生き様と死までを、鮮やかな閃光のように描いた小説です。鮮やかであるほど、歴史という怪物の前では儚い。 外国から開国を迫られ、右往左往を繰り返す江戸幕府。下田を開港しちゃったもんだから「尊皇攘夷」(つまり天皇家を尊べ!、西洋など追い払え!!)が大ブームに。ブームに乗った薩摩と長州、弱腰の幕府を糾弾しながら、藩単独で外国船に大砲を撃ちかけたりして、逆に痛い目に遭った。とたんに攘夷はな…

  • 里山に生きた人びと 〜「二人の炭焼、二人の紙漉」米丘寅吉

    これからも、図書館の奥に眠っていたこの本を読む人は、そう多くないでしょう。何人か、せいぜい何十人かもしれません。既に絶版で、ネット検索するも古本はなかなかヒットせず。地元の図書館検索で探し、貸し出し可の1冊を見つけました。 「二人の炭焼、二人の紙漉」(米丘寅吉、桂書房、2007年)は富山県の東端、新潟と長野に接する山あいの集落に、妻とともに生きて生涯を終えた、米丘寅吉さんの回顧録です。 米丘さんは大正7(1918)年、現在の富山県朝日町蛭谷(びるだん)に生まれ、戦時中は中国、フィリピン、ベトナムなどで4年余り従軍。戦争を生き抜いて山の集落に生還、結婚しました。以来、夫婦2人で炭を焼き、炭焼きで…

  • 実はよく分からない、事実と虚構

    長い原稿を書き始めると、いつ戻れるか分からない旅をしている気持ちになります。こう書くと少々気取っているようですが、実態は、旅程は描けても、すぐに資金が尽きて途中で呻吟する貧乏旅です。 資金が尽きたなら、稼ぐしかない。具体的には追加取材を繰り返す、新たな資料を探し、読み込みを深める。 小説のような文芸作品(フィクション)であれば、自らの感性や才能を頼りに世界を自由に構築できますが、ノンフィクションはそれが許されません。確固とした「事実」の破片を少しでも多くかき集めて、再構築していきます。 ところが、ノンフィクションの面白さと難しさは、まさにその土台にあります。 例えば、半世紀連れ添ったおしどり夫…

  • 飲んで 包丁を研ぐ

    面白い小説は、例外なく脇役が魅力的です。悪者であれ善人であれ、主役を生かすのは脇役ですから、彼らがくっきり描かれているほど、その対比で主役が際立ちます。 題名を忘れてしまったのですが、北方謙三さんの時代小説にちょい役で出てくる研師がいます。 偏屈な老人で、気が向かない仕事は一切受けない貧乏暮らし。しかし、研師としての感性がざわめく刀に出会うと、人が変わります。 三日三晩、食い物は塩握りと水だけで刀を研ぎ続けます。何人もの血を吸った刃の曇りを、ひたすら研ぐことで清めようとするのです。これ以上人を斬って曇るな、と。 ところが、刃先を清め、鋭利な輝きを与えるほど、そこに新しい血を求める妖しい気配が宿…

  • 爽やかな復讐劇 タゲは日本国 〜「ワイルド・ソウル」垣根涼介

    読みながら心ざわめき、次の展開が待ち遠しくて、ページをめくる手が止まらなくなる。優れた小説が持つスピード感であり、物語の「力」とも言えます。しかし、どれだけ読者がわくわくしようと、実はもっとわくわくした人物が過去に一人だけいて、それは作者です。 小説は作者が頭の中で組み立て、それを綴った作品。どんなストーリーにし、どんな細部描写で構築するかは小説家次第。作者こそ、小説世界の創造主です。ところが優れた作家ほど、しばしば異なる実感を語ります。 「物語が勝手に私に書かせた」とか「登場人物が生き始めてしまい、死ぬはずだったのに、作者のわたしは殺せなくなって、彼は最後まで生き切ってしまった」といった具合…

  • 素描とメイキングの画廊 〜くーのブログ個展

    連日の仕事の息抜きに、ふと、一昨年から描いた素描を紹介させていただこうかと思いつきました。ささやかな<ブログ上の個展>。出品者としては会場費も額装費も必要なし!。うん、そこに関してははいいかも。 絵は素人のお遊びゆえ、未熟な点はご容赦ください。 <第一部>は、植物から.. +++++++++ バラ、鉛筆 うちの庭に咲いたバラです。デッサンに数日かかったので、モデルは仕上がる前に散ってしまいました。 +++++++++ 無花果、鉛筆と油彩着色 スーパーの食品売り場で買った無花果。油彩のためのエスキース(準備)として描いたのですが、結局油彩の方はもっと成熟して割れた無花果をモデルに使いました。 +…

  • 作り手たちのカオスな日常 〜「最後の秘境 東京藝大」二宮敦人

    おそらく10分に1回くらいは、にんまり頷いていました。30分に1回くらいは、笑い声をあげていたかもしれません。 たまたま、知人と時間待ちをしていたとき。文庫本を開くわたしの不審な笑い声を聞いた知人に尋ねられました。 「どうしたんだ?」 いや、それがさあ..と、面白い部分の概略を話し、わたしは「ここ、ここ」とオチの数行を指し示しました。文庫本を受け取った知人。1、2分ほどページと睨めっこして、一言。 「面白さが分からない」 がくっ。でも、何に面白さを感じるかは人それぞれですからね。「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」(二宮敦人、新潮文庫)は、特にその傾向が強い1冊なのかも...と思っ…

  • ふと目にした、祈りの風景

    雨の鎌倉を訪ねたのは1年前でした。 名古屋、東京にそれぞれ用事があって高速バス、新幹線を使って回りました。用事といっても仕事ではなかったので、余裕を持った3泊4日。2泊した東京では美術館巡りを1日、もう1日は小雨の中、30数年ぶりに鎌倉へ。 北鎌倉で電車を降り、お寺を参拝しながら鶴岡八幡宮を通るルートで鎌倉駅まで歩きました。のんびり、気が向いたらスマホで写真など撮りながら。 かなりの人は同じだと思いますが、撮影した写真はGoogleフォトで整理しています。このアプリ、親切と言うか、おせっかいと評すべきか、スマホを開くと「1年前の思い出を振り返りましょう❤️」みたいな感じで、昔の写真を引っ張り出…

  • 柿を齧って思いをはせる 〜柿の文化史

    80歳をとうに越えた農家の叔父が、軽トラを運転して柿を届けてくれました。これから雪が降ると、白い景色の中に鮮やかに色映えるのは柿です。わたしにとっては見慣れた景色でありながら、どこか懐かしい点景。 江戸時代から、越中の農民は飢饉に備えた非常食として庭先に柿の木を植えました。江戸期後半には、東北地方の太平洋側に移住してその文化を伝えました。東北の飢饉で離散した土地へ入植したのです。 全米図書館賞を受賞した柳美里さんの「JR上野駅公園口」に、そのくだりが描かれています。 もちろん柿は関東その他の地でも植えられていて、子供のおやつなどとして重宝されました。しかし貧しい農村部では、万が一の飢饉をしのぐ…

  • その女、魅力量りがたし 〜「和泉式部日記」

    <女>は世を儚み、日々打ちひしがれていました。愛し尽くした男が前年、若くして病死したからです。 亡くなった男、実は妻帯者でした。おまけに将来は国のトップになったかもしれない皇族。一方で<女>の方にも、役人の夫と幼い娘がいました。許されぬ2人の相思相愛(今の言葉ならW不倫)が、スキャンダルとして世間の噂に上ったのは言うまでもありません。 男の急死で毀誉褒貶は止み、残された<女>は静かに世を儚んでいました。 ある日、彼女のもとへ一輪のたちばなの花が届きました。たちばなは、香りが「懐かしさ」を象徴する花。「和泉式部日記」は、顔見知りの童、死んだ男に仕えていたあの童が花を届けに現れるシーンから始まりま…

  • のろまで不器用で、泣き虫な<希望> 〜「さぶ」山本周五郎

    江戸・下町の表具店で、一人前の職人を目指して修行する栄二とさぶ。男前で仕事もめきめき腕を上げる栄二に対し、さぶはずんぐりした体型、のろまで不器用、おまけに泣き虫。同い年の二人は、強い友情で結ばれ助け合っています。 ところが23歳になったある日、栄二は馴染みの仕事先で盗みの罪を着せられ...。 「さぶ」(山本周五郎、新潮文庫)を読み終えたとき、思い浮かんだのは「パンドラの筺」でした。日本の時代小説とギリシャ神話が、わたしの中で何となく、どこかがつながったというわけです。 よく知られた「パンドラの筺」について、改めて説明するのも憚られますが、自分の復習も兼ねて簡単に書きます。 神々が地上に送り込ん…

  • 秋の譜

    国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。 あまりにも知られた、川端康成「雪国」の冒頭。作品のこの入り、続くセンテンスと一体になることで、見事な存在感を獲得しているのです。 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。 トンネル(という不思議な通路)を抜けた途端に「雪国」という異世界が始まり、暗い夜の底は「白く」なります。読者を幻想のような象徴世界に引き込んだ途端、川端は「信号所に汽車が止まった」と、身近な出来事を具体的に描写することで、幻想を現実へと一気に転化します。たった三つのセンテンスで、読者はアナザー・ワールドのリアルに連れ込まれてしまう。 さ…

  • 生きること、夢見ること 〜「更級日記」の魅力

    父の地方勤務に伴い、思春期を草深い東国で過ごす少女。彼女は姉や継母から、光源氏のことなど様々な物語について教えられます。すぐにも読みたいのですが、何しろ田舎のこと。本屋さんなんて、どこにもない時代です。 「更級日記」=菅原孝標の女(すがわらたかすえ の むすめ)=は、そんな熱烈な文学「推し」だった少女が、やがて晩年に至り、苦い思いと共に一生を振り返った回想録です。 彼女が生まれたのは西暦1008年(寛弘5年)、今から千年以上昔の平安時代。同じ年、政界のトップである藤原家に何が起きたかは、源氏物語で知られるあの人が「紫式部日記」に詳細に記録しています。もちろんそこに、半端な役人に過ぎない菅原孝標…

  • 秋の日射しのような... 〜「古本食堂」原田ひ香

    11月に入って庭のドウダンツツジが赤く色づき、斜めから射す光を浴びています。夏の太陽は頭上から照りつけるけれど、冬を控えたこの時期は真昼も空の低い位置から光が射していて、景色が輝いて見えるのはそのせいだろうか...と、ふと思いました。 「古本食堂」(原田ひ香、角川春樹事務所)はそんな日の、穏やかな午後に読むのがぴったりの小説です。リラックスした心に沁みてくる、何気ない、でも変化のあるお気に入りの曲のような。 東京・神田神保町の表通りから外れた鷹島古書店。長年営んできた男性が急死し、北海道帯広市から上京した妹の珊瑚がとりあえず店を引き継ぎます。遺産を処分して北海道に戻りたいけれど、兄への愛着がそ…

  • かくして世界一の都市は生まれた 〜「家康、江戸を建てる」門井慶喜

    18世紀に人口が100万人を超え、世界最大の都市になったのは徳川幕府のお膝元・江戸です。欧州最大の都市、ロンドンでも当時は85万人程度だったとか。 天下を統一した秀吉が、北条氏の所領だった関東八カ国へ移るよう、家康に申し渡したのは16世紀の終わりころ。家康は京、大阪から遠い関東へ、体よく追い払われたのでした。 家康が関東に足を踏み入れたとき、目の前に広がるのは干潟と海、漁師が住むと思しき集落がぽつり。目を転じれば、どこまでも続く茫茫たる萱原でした。「家康、江戸を建てる」(門井慶喜、祥伝社)は、いかにしてその地に街を作り、都市基盤を整備したのかを語る異色の小説です。 全6話の構成。第1話「流れを…

  • ひと鉢のバラとことしの秋

    「今年の秋に剪定したものを頂戴!」 Kがわたしの投稿にコメントしたのは、昨年の初夏のころでした。Kもわたしもけっこう昔からのフェースブックユーザーで旧友。前年の秋に剪定したツルバラの枝を、挿木して育てた我が家の写真を見て、Kが書き込んだのでした。 わたしは切った不要の枝からいのちが伸びる姿がうれしく、「芽が出ました」「大きな鉢に植え替えた」と、いちいちスマホで撮影してフェースブックに投稿していた時期でした。 次の剪定時期に挿木するから1年(2022年まで)お待ちを....と、Kのコメントに返信しました。 Kは小中学校の同級生。高校は別々になっても、しばしばうちに遊びにきて語り合う仲でした。当時…

  • 恐ろしくも哀しい 〜「破船」吉村 昭

    「破船」(吉村昭、新潮文庫)は、感情を排した描写に徹し、淡々と言葉を紡いで恐ろしい寓話世界へ読者を引き込みます。 背後に山々が迫り、目の前は岩礁に白く波が砕ける僻地。へばりつくようにして人々が生きる小さな村があります。舞台は江戸時代、小舟を出しての漁労、海が荒れれば山に入ってキノコや薪を求める貧しい生活です。 四季折々の営みや、死者の葬送が語られます。しばしば働き盛りの男や娘が、銀と引き換えに期限付きで自らの労働力を売り、何年も村を出る。そうしてようやく、一家は生き抜くことができるのでした。 ふと、姥捨伝説を小説にした「楢山節考」(深沢七郎)を思い出しました。「楢山節考」は山村ですが、こちらは…

  • 秋晴れの道 〜信州へ日帰りツーリング

    朝、目を覚ますと今日も秋晴れ。家に籠るのも飽きた...と思ったら、曜日を気にせず遠出できるのが、引退したじじいの特権です。財布とスマホとマスクさえポケットに入れれば準備完了。あ、まずは顔を洗って。 紅葉には早いけれど、実りの秋です。山間地は蕎麦の収穫期で、新ソバが出回る季節。ピンポイントの目的地は設定せず、長野県安曇野方面へ車を走らせました。 自宅から70キロほど日本海に沿って北上し、新潟県糸魚川市で山に向けて道を折れます。先にあるのは長野県白馬村。スキーのメッカで、長野の冬季五輪が開催されたエリアです。 山道がひたすら続きます。 写真を撮ったのは、白馬の手前にある新潟県小谷村(おたりむら)の…

  • 戦国を駆け抜けた孤独なヒール 〜「じんかん」今村翔吾

    面白い小説は冒頭の数ページで読者を引き込みます。ページをめくったとたんに「むむ!」っと思わせ、先を期待させる雰囲気をぷんぷん発してきます。 暖簾をくぐったら、目の前のざわめきや漂ってくる食い物の匂いで、「この店は当たりだ」と直感するのに似ているかな。そういうお店、めったに出合えないけれど。 「じんかん」(今村翔吾、講談社)は、読み始めてすぐ「当たり!」の予感がしました。戦国時代を代表するヒール(悪役)の大名・松永弾正を、だれより一途で人間的な男として描き、常識とされてきたイメージを覆します。 史実や通説をベースにしながらも、悪のイメージを善に転化する力技の無理を感じません。「じんかん」を漢字に…

  • あいの風とウオーキング

    目覚めると、夏のように影が濃い日差し。食パンと苦いコーヒーで朝食を済ませ、箪笥から仕舞ったばかりの半袖を取り出す。歩いて海へ。 10月半ば。風が肌を撫で、稲刈りの終わった田が広がる。既に初雪の知らせが届いていた北アルプスは今日、微かなシルエットのみ。春のような陽気に大気が霞み、山々の偉容は遠い。 ...わたしが週2、3回のウオーキングを始めたのは5年前からです。幾つかの基本コースが決まっていて、海岸を目指す往復12、3キロの長閑な道筋を選ぶことがあれば、街中のルートを行く日も。 ルーティン化した歩くという行為は、実はかなり暇です。 季節移ろう景色や触れてくる風の変化が楽しいことを否定はしません…

  • はるかな宇宙で衝撃の出会い 〜「ソラリス」スタニスワフ・レム

    満天の夜空を見上げれば、だれしも感嘆します。星に見える輝きの多くは、実は無数の星が集まった星雲であり、光がようやく地球に届いた遠い過去の姿をわたしたちは今見ている。そして宇宙全体が膨張を続けていると聞かされれば、なんとも不思議な気持ちに襲われます。 「ソラリス」(スタニスワフ・レム、ハヤカワ文庫)は、とある惑星を舞台にしたSF史上に残る名作。未知の知性とのコンタクトを通して、人間が持つ感性や価値観の限界を語り、わたしたちを不思議な世界に連れていってくれます。 ソラリスは二つの太陽が空を巡り、酸素のない大気があり、どろどろと粘性を持った広大な海が広がっています。そこでは奇妙な自然現象が繰り返され…

  • 大切にされ続けた本には心が宿る 〜「本を守ろうとする猫の話」夏川草介

    町の片隅にある一軒の小さな古書店「夏木書店」。 床から天井に届く書架を、世界の名作文学や哲学書がぎっしり埋めています。売れ筋の人気本や雑誌などは一切置かずに、「これで経営が成り立つのか」という店です。細々と店を営んできた祖父が急死しました。 残されたのは孫の高校生・林太郎。両親は離婚し、母が若くして他界したため、小学生の頃から祖父に引き取られて2人で暮らしてきました。 「本を守ろうとする猫の話」(夏川草介、小学館文庫)は、そんな冒頭から物語が始まります。 林太郎に遺されたのは、負債ではないけれど、遺産とも言えない小さな古書店でした。祖父が林太郎に遺したのはもう一つ、本を愛する心です。こう言って…

  • 美味しさについて書かれた 美味しい1冊 〜「美味礼讃」海老沢泰久

    もし、「美味しいこと」に関する1番のお勧め本を問われたら、ずいぶん迷います。味の好みが年齢と共に変わるのは確かで、最近は和食や、質素な精進料理の淡白に奥深さを感じます。 一方で、1皿のために時間と素材を贅沢に使うフランス料理に感服する心も未だ残っています。「美味礼讃」(海老沢泰久、文春文庫)はそんな料理と味の奥深さについて語った小説として、わたしの中では1、2位を争います。 手元にある黄ばんだ文庫本の奥付を見ると、1994年5月10日第1刷。最初に読んだのは30年近く昔のことなのか。 小説のモデルは、昭和35年に大阪で調理師学校を開いた辻静雄。当時、超一流ホテルのレストランであっても、出される…

  • 「吉田調書」をめぐって 〜「朝日新聞政治部」鮫島浩

    本についてブログを書くとき、肯定的な心の発露による文章だけを書きたいと思っています。要は、心が動かなかった本は取り上げない。 「朝日新聞政治部」(鮫島浩、講談社)を読み終えて2週間余り。ブログに書くかどうか、迷っていました。個人的には面白かった。記者たちが政権中枢にいる政治家たちとの関係を築く舞台裏、また新聞社という特殊な組織内での力学が、生々しく描かれています。 鮫島さんは元朝日新聞政治部記者で、現在はフリーのジャーナリスト。本の帯から借用すれば「すべて実名で綴る内部告発ノンフィクション」です。 面白かった、しかし...。 今回は、そもそもなぜこの本を読む気になったのか、から書き始めなければ…

  • くーの文章講座? いや酔ったついでの戯言

    このブログをよく訪ねてもらうともこ (id:jlk415)さんから前回、こんなコメントを頂きました。 「美しい」「感動した」などの言葉を使わずにどう表したらいいものか、考えがなかなか浮かばない。 その思い、よく分かります。わたしがいつも気にかけていることと同じだから。このポイントをどう処理するかによって、文章の広がりは全く別物になります。 分かりやすい例文を考えてみます。さて。...例えば印象派展を開催中の美術館を訪ねて体験を書いたと仮定します。 モネの傑作「睡蓮」の美しさに見とれました。わたしの心に深い感動が広がりました。 「美しさ」「感動」と、ストレートに言葉を使ってあります。素直ですが、…

  • 一語多義の豊かさについて愚考する 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その9(番外編)

    書庫であり、書斎であり、アトリエでもあり、見方を変えれば整理不可能なあきれた物置、そして夜毎独り呑みの空間である6畳の部屋。そこにある机上、および手が届く範囲には常時4、50冊の本が積まれているか並んでいます。未読のいわゆる<積読本>がある一方、何らかの理由で昔の本を書架の奥から探し出し、ものぐさで元に戻さないままになっているのも結構あります。 そんな<出戻り本>が手元に積み重なる原因の一つは、今読んでいる作品から連想が弾けて、「確か...」と以前に読んだけれど記憶が曖昧な本を再び開きたくなるためです。 この1年半、途切れ途切れに「源氏物語」を読み進めながら、源氏について書かれた<出戻り本>や…

  • 質素な中の限りない豊かさ 〜「土を喰らう日々」水上勉

    よく行く書店に映画やテレビドラマの原作になった、あるいは近々公開予定の映画の原作を集めたコーナーがあります。眺めて「なるほど」とか「へえー、これを映像化?」とか。もちろん「どんな小説なんだろう」と、想像が広がる未読作が圧倒的に多いのも楽しい。 先日、そこで目にしたのが「土を喰らう日々ーわが精進十二ヵ月」(水上勉、新潮文庫)でした。2022年秋に「土を喰らう十二ヵ月」として劇場公開予定。ちょっと意表をつかれました。そして、わたしは未読の水上作品。 2004年に死去した直木賞作家、水上勉を知る人は今どれほどいるのか。例えば村上春樹さん原作でアカデミー賞に輝いた「ドライブ・マイ・カー」に比べれば、原…

  • 大災害と小さな新聞社の苦闘 〜「6枚の壁新聞」石巻日日新聞社編

    宮城県北東部の石巻市は、太平洋に面した人口13万6千人の市です。沿岸部は漁業や養殖、水産加工業が盛んで、北部にかけてリアス式海岸の複雑な地形が続いています。 その石巻市で1912年(大正元年)に創刊され、石巻と東松島市、女川町をエリアに読まれているのが夕刊紙・石巻日日(ひび)新聞です。wikiによると部数1万8千、月額購読料1800円で従業員24人。 宮城県は仙台市に本社を持つ河北新報(部数45万)があり、朝日や読売といった全国紙も入り込んでいます。夕刊単独の石巻日日新聞はその中で、1世紀以上にわたって読み継がれてきた地域メディアなのです。 「6枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の…

  • 美味しいと、言う必要のないご飯が美味しい 〜「おいしいごはんが食べられますように」高瀬隼子

    近年、芥川賞受賞作と聞くと無意識のうちに身構える部分があります。というのも、普通の生活感覚からズレた(いい意味で)斬新な作風が多いから。文学に限らず、芸術が過去にない新しい領域を世界に付け加えようと作者が格闘するのは当然ですから、純文学を標榜する芥川賞がどちらかというとシュールで、熱量のある作品を選ぶのは理解できます。 そうした作品は一部の強い共感を得るけれど、多くの人にとっては、不気味な騒音にしか聴こえない現代音楽(クラシック)のような、難解で重い小説でもあります。受賞者が若い女性といった話題性が先行すれば、ある程度売れはするけれど。 さて、最新の芥川賞受賞作「おいしいごはんが食べられますよ…

  • 最先端の図書館と昭和の町の図書館

    巨大図書館で思い浮かぶのは日本なら国会図書館ですが、個人的にはもう1館、紀元前に創立されたエジプトのアレクサンドリア図書館です。ギリシャ、ローマ時代の学術のシンボルとも言える施設です。 なぜそんな図書館が思い浮かぶのかは、たぶん....大学の英文科の卒論に書いたイギリス20世紀前半の小説家、ロレンス・ダレルの長編「アレキサンドリア・カルテット」に出てきたから。だと思う。しかしあんまり記憶鮮明ではありません。 アレクサンドリア図書館とは何の関係もありませんが、今日、高速道路に乗って1時間近く車を飛ばし、7月に移転オープンした石川県立図書館に行ってきました。本好きの間では話題(?)の図書館です。で…

  • 絵を描いて、歯痒く、面白く

    絵を描く面白さって何だろう。 よく自問してみるのですが、これがなかなか難しい。そもそも表現行為の「面白さ」とはどんな要素で構成されているのかー、なんて考えること自体が興醒めで愚かなことなんだけど。 ところが分かっていながら、また考えてしまう。本当の面白さは、それを味わうための努力、しんどさ、大変さがセットになっているからです。面白さについて考えてしまう理由は、その苦労はしなくても生活するには全く困らないのに、苦労をしている自分が不思議だからでしょう。わたしの場合。 9月に、通っている絵画教室の作品展があります。絵に関して、わたしは超ノロマなので作品が準備できません。 昨年末から取り掛かっている…

  • テロルが残したもの

    「新盆を迎えた人」とは、この1年間に亡くなり、初めてあの世からわが家に戻る人のことです。それぞれの家が送り火で、ご先祖さまたちを再びあの世に送ればお盆が明けます。 まさか今年、新盆を迎える人の中に加わると想像もしていなかったのが安倍晋三元首相でした。7月8日午前11時30分過ぎ、後方で轟いた爆発音(銃声)に驚き、振り向いたところに浴びた2発目の散弾で、安倍元首相はいのちを奪われました。 現場から刻々流れる中継映像に見入り、レポートを咀嚼し、元首相の容態を気にしながら、わたしに浮かんだ疑問は「なぜこうも易々と狙撃を許したのか」でした。容疑者は身を隠しもせず背後から歩いて接近し、1発目が外れたと見…

  • 苦しみは天から降る光のせい 〜「くるまの娘」宇佐見りん

    話題作「推し、燃ゆ」で芥川賞を取った宇佐見りんさん。受賞後の第一作が「くるまの娘」(河出書房新社)です。 書店に平積みされ、帯にある出版社の<推し>がすごい。まず「慟哭必至の最高傑作」と目に飛び込んでくる。山田詠美さん、中村文則さんの推薦文も「熱をおびた言葉の重なりから人間の悲哀がにじみ出る」などベタ褒めです。 この手の推薦文は狭い業界内のムラ社会の、しかも好意的な同業者による評価ですから、一般読者はあまり真に受けない方がいいかな。当然のことながら、大切なのは書き手側ではなく、受け手側(読者)の評価です。 こう書き出すと、「くるまの娘」を否定的にとらえていると思われそうですが、その意図はありま…

  • 「粋」と「いなせ」 〜「天切り松 闇語り」浅田次郎

    歳はとりたくねえもんだの、くーさんよ。昔なら三日とかからなかったろうに、最近はのんびりかい。まあ、若え時分と同じにやれってほうが無理な話だがの。 ...と、「天切り松 闇語り」(浅田次郎、集英社)を読み終え、わたしは登場人物の東京弁を真似て独りごちたのでした。1日に1話か2話を楽しみ、シリーズ5冊読了まで3週間余り。昔は一気読みが得意技でした。人間、若いころは急ぎ、老いて娑婆にいられる残り時間が短くなるほど逆に気長に構えるんだろうか。 天切り松が語る昔話を読みながら、わたしは盗人・松じいさんの心の<芯>について考えていました。<芯>の通った人間の言葉には説得力があります。それはたぶん、作家・浅…

  • 想像力を超えた究極の創造力 〜「なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論」野村泰紀

    悠久とか壮大とか、そんな形容がちっぽけで使えなくなるのが最先端の宇宙論です。「なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論」(野村泰紀、講談社ブルーバックス)は、理系科目を高校入学と同時にあきらめたわたしにさえ、ぞくぞくするような興奮を与えてくれました。 細部にこだわって苦しむ必要はないと思う。要は全部の理解など、はなから諦めて、大きな知的ストーリーを楽しめばいいのです。わたしの場合。 例えば食いしん坊のあなたが、世界トップレベルのシェフが集う厨房から出された、究極の一皿に心奪われるとします。「この味を創るには、AとBとCの香辛料がこんなタイミングでこのように...」と解説されて、さらに感動し…

  • 今日あった3つのいいこと

    今週のお題「最近あった3つのいいこと」 最近あった3つのいいこと 玄関の郵便受けに、町内のラジオ体操の案内が入っていました。 わたしが暮らす近隣は、夏休みになると近くの公園で朝のラジオ体操が始まります。近年は子供だけでなく大人、とりわけ高齢者の参加も歓迎らしい。 参加印を押してもらうカードを首から下げて、眠い目をこすりながら毎朝ラジオ体操に通ったものです。あれから半世紀以上。 近所の子供たちはみんな寝ぼけ顔で目をはらし、男の子なら半ズボンにランニングで「ラジオ体操第一」をやった。「やった」と書いたのは、間違っても「励んだ」とか「真剣に汗をかいた」とはいえないからです。 ふと、ささやかなタイムス…

  • 浅田次郎 〜作家つれづれ・その6

    10年ほど前、浅田次郎さん、中村文則さんと食事をご一緒したことがあります。わたしが勤務していた会社と某企業が組み、作家の講演会を開きました。講師として話していただいたのがこの2人でした。 講演会は盛況に終わり、関係者数人で夜の宴席を設けたのです。 浅田さんは品格漂う和服で背筋が伸び、美味しそうに盃を傾ける様子は不動の人気作家、大家としての雰囲気満点。当時は日本ペンクラブ会長であり、宴席を持たせようとする心配りも感じました。 一方で中村さんは、「土の中の子供」で芥川賞を取って2年か3年目だったころで、耳が隠れる程度の長髪に黒っぽいスーツ。最近の言葉で言えば、結構なイケメンでした。中村さんからは事…

  • まだ蝉の鳴かない夏

    早い梅雨明けと猛暑。昨日から台風の雨で一服しましたが、追いつけないのが蝉です。 雨は夜半にあがって曇り。午後、陽が差し、風は心地良い。台風で猛暑はひと休み。渇水が心配された地域には、恵みの雨になりそうでよかった。 今年は6月から35度を超え、真夏の日差しが肌を焼いても、何か違う気がしました。考えて、ふと思い当たった。静かすぎるのです。どこまでも続く耳鳴りのような、蝉の鳴き声が聴こえない。近年の異常気象には、蝉も追いつけないのかな。 子供のころ、金網の捕獲かごを肩にかけ、右手に網を持って蝉やカブトムシ、クワガタを探すのが田舎の男の子の夏でした。どこか心もとないニイニイゼミの鳴き声で夏の到来を知り…

  • 貧しさと人の本性 浅田作品の魅力を考える 〜「流人道中記」浅田次郎

    浅田次郎さんの「天切り松 闇語り」シリーズ(5巻、集英社)を読みたいとネットで物色するうち、買ったのがなんと「流人道中記」(上下、中央公論社)になってしまいました。 「天切り松」はヤフオクで全巻揃いを見つけたのですが、オークションの締切が6日後。落札しても届くまで1週間以上かかります。他を調べるうち、PayPayフリマで売りに出ていたのが「流人道中記」でした。スピン(栞ひも)も織り込まれたままの未読本上下で、クーポンを使えば送料込みで700円ほど。オークションではないから即入手できます。 「流人道中記」が新刊として書店に平積みされた2年前、わたしは何度も手に取って買おうかと迷った挙句、違う本を…

  • 最後のコラム

    梅の読みは「うめ」または「ばい」だ。雨を付けて「つゆ」と、例外的な読ませ方をするのが梅雨である。手元の歳時記によれば、梅の実が黄熟するころだからその字を当てるという。 昭和40年代まで母が梅干しを作った。風通しのいい納屋の土間に、陰干しされた梅がずらり並んだ。その光景はさまざまな食の記憶と結びついている。食べ盛りの食卓や弁当に欠かせない脇役。母は旧大門町の農家の生まれだから、塩加減は実家仕込みだろう。 とにかく、しょっぱくて酸っぱい。一粒あればご飯をお代わりできる。「日の丸弁当」とは単に見た目ではなく、真ん中に梅干しさえあれば白いお米を全部平らげることができる弁当を言う。今思えば、庶民の貧しさ…

  • 事実と真実 そして哀しみに至る 〜「朱色の化身」塩田武士

    昭和31年4月23日、フェーン現象で乾燥した強風が吹き荒れる朝、福井県の国鉄芦原駅前の商店から出た火は、福井を代表する温泉街・芦原温泉を焼き尽くしました。「朱色の化身」(塩田武士=たけし=、講談社)は、炎に追われ焼け出された人びとの群像を活写した序章で引き込まれました。 当時の新聞記事、市役所や消防の記録に加え、体験した市民から細かく聴き取りを行って描かれた迫力ある記述です。多くの人生を左右した大火災。 20ページほどの序章に続く本編。舞台は2020年のコロナ禍の東京に飛びます。突然姿を消した一人の女性の行方を追って、物語は始動します。福井出身の彼女は、京大から大手銀行に入り、退職して開発した…

  • 永井荷風の「断腸亭日乗」と、今日

    昨日から、わたしが住む地も梅雨入りしました。 今朝は午前6時起床。なぜか、あまり思い出したくないかつての上司が出てくる夢を見て目が覚め、眠れなくなりました。こんな早起きは久しぶり。 曇り、ときどき細かい雨あり。 昼まで絵を描き、午後は買い物。ドラッグストアで発泡酒と目薬を購入。夕方に驟雨。夜、書架から「断腸亭日乗」を抜き出し、荷風はかつて同じ日、何をしていたのか読んでいました。 六月十五日。快晴。夜銀座にて理髪し、直に帰宅す。弦月の光澄みわたり、風聲秋の如し。(大正15年) 96年前の今日、関東は爽やかな1日だったようですね。この年、永井荷風47歳。小説家として脂がのっていた頃です。関東大震災…

  • 10年後に見えたもの 〜「福島第一原発事故の真実」NHKメルトダウン取材班

    もし巨大な旅客機を操縦中に、全電源が失われ、あらゆる計器類が止まり、操縦桿も含めた全てが機能を失ったらどうなるでしょうか。東日本大震災の福島第一原発は、突然そうした状態に突き落とされたのです。 しかも原発の場合、最悪のシナリオは単なる墜落では済みません。あのとき現場で何が起きていたのか、本当に防げなかったのか。 答えを求めて費やされたページ数734。「福島第一原発事故の真実」(NHKメルトダウン取材班、講談社)は、10年をかけて取材と調査を積み重ねた、ずっしりと重い報告書です。 ここに示された<真実>、特にメルトダウンがどのようなプロセスで進行したかという核心部分については、20年後にかなり違…

  • 短信

    くーの墓が、完成しました。 花壇の底に散骨し、土で埋葬。園芸店で買った花苗を植えました。 夏には、満開に広がるでしょう。もう、来年はどんな花を植えようかと、そんなことまで考えています。 なんだか少し、気持ちの整理がついて、新しい時に入っていけたような...。 幼犬のころのくーをご紹介^^ こちらは生後3か月くらい ..... 関東はもう梅雨入りですね。

  • 墓を積む

    先週から、筋肉痛に苦しみながら没頭していたのはレンガ積みでした。 一昨年11月に逝ったオスのラブラドール・くーの墓を積もうと思い立ったのです。単なる墓標ではつまらないので、花壇を作って墓にし、土の中にくーの骨壷を埋葬しようと考えました。 15歳のくー 16年半、くーの生活の場(放し飼い状態)だったうちの庭。その一角に場所を決め、構想を練ってホームセンターへ何回か往復し、レンガやセメントを購入。レンガの積み方はYouTubeの動画で勉強しました。 YouTubeにはレンガの花壇を自作するガーデニングマニアの動画がいくつもあって、とても参考になりました。すごいなあ、ネット社会! 墓(=花壇)を作る…

  • 謎解きがたどり着く静かな光 〜「ノースライト」横山秀夫

    解けそうもないさまざまな謎の断片が、終盤になって一気に像を結び、幾つもの魂のうめきが聴こえてきます。別れた夫婦、父と子、友。作中で語られる人間関係はどれも軋みを発し、現在と過去の3人の死がストーリーを動かします。 だからと言って「ノースライト」(横山秀夫、新潮文庫)は、手に汗握る派手なミステリーではありません。極悪人もいなければ、残酷な犯罪もない。どちらかといえば静かに読ませる、大人の小説です。 以下は、文庫本の裏表紙から一部を。 北からの光線が差し込む信濃追分のY邸。建築士・青野稔の最高傑作である。通じぬ電話に不審を抱き、この邸宅を訪れた青野は衝撃を受けた。引き渡し以降、ただの一度も住まれた…

  • ブログ開設3年の節目に

    ふと気づけば5月23日、このブログを始めてちょうど3周年の日になりました。 組織の肩書きから離れて3年、ブログを通じて思いもしなかった方々に出会え、コメントまでいただくことを幸せに思います。みなさん、ありがとうございます。 今年も庭のサクランボが実をつけてくれました。写真は2週間くらい前の撮影で、その後大半はカラスのご馳走になってしまいましたが、なんとか収穫したわずかな残り物も酸味があって甘くて美味しかった^^。 さて、はてなブログにおける「最近」とは直近の1週間なのか1か月なのか、範囲の仕様を知りませんが、PCの右ブログメニューに勝手に表示してくれる「最近のアクセスベスト5」によれば、今日現…

  • 国を持てなかった大地と人びと 〜「物語 ウクライナの歴史」黒川祐次

    ロシアによるウクライナ軍事侵攻が起きなければ、手にすることはなかったであろう1冊が「物語 ウクライナの歴史」(黒川祐次、中公新書)です。とてもいい勉強になりました。読みながらつい、このころ日本はどんな時代だったかと、いちいち並置してしまうのがわたしのくせです^^;。 黒海北岸に広がる大地(現在のウクライナ)に最初に住んでいたのはスキタイ人だとか。紀元前1500〜前700年ごろ、乗馬術に優れた遊牧の民族・キンメリア人がここへ大移動してきました。彼らはその地に鉄器時代をもたらしたと考えられています。(以降もさまざまな民族の流動がありました。) 日本では縄文時代後期で、人びとは竪穴式住居の集落を作り…

  • 「はあ」..「やれやれ」とその後 〜村上春樹&映画「ドライブ・マイ・カー」

    少し前のことになりますが、アカデミー賞を獲得して話題になった映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督、西島秀俊主演)を観に行ったのは、4月下旬の大型連休前の平日でした。話題の映画だったにもかかわらず空席が目立ったのは新型コロナのせいか、2時間59分という上映時間のせいか。 映画「ドライブ・マイ・カー」公式サイトから 原作は村上春樹さんの短編集「女のいない男たち」(2014年、文藝春秋)に収めてある小説で、わたしはこの本を読んでいません。だからどこまで原作に忠実なのか分かりません。短編を約3時間の長編映像にしたからには、かなりの改変があるはず。 監督や脚本家の個性が加わっているのは当然で、小説…

  • 春のぶらぶら、「螢川」散歩

    今日は朝からウオーキングシューズを履き、車で4週間に1度通っている循環器内科へ。過労で発症した不整脈の持病があって、ここ10年近く薬が欠かせません。たぶん死ぬまで。 診療後、街中の有料駐車場に車を入れ、川べりの散歩に出かけました。 私が通う医院は隣の市にあって、そこには<いたち川>という、特別大きくもなければ小さくもない、まあ手頃な流れが街中を縦断しています。日本の多くの川の定番として、両岸は2キロほどにわたってソメイヨシノの老木が連なり、花見シーズンには大変なにぎわいになります。 道筋に点々と延命地蔵などのお地蔵さんが祀ってあり、湧水が湧いていて、今日も大量のペットボトル持参で汲みにきている…

  • さはありとも、あやしや 〜「虫愛づる姫君」など、堤中納言物語

    「不潔なおじさん」を筆頭に、とかく女性に不人気な生き物はいろいろ思い浮かびますが、木々の緑が深まるにつれて最近元気になり、這い回ったり、飛んだりする一部の虫たちも嫌われ者の部類でしょう。そもそも「害虫」という言葉はよく耳にしますが、反対語の「益虫」は日常会話にほぼ登場しません。ではちょっと、気味の悪い虫のお話など... 昔むかし、風変わりなお姫様がいました。 顔立ちは整っているのですが、ファッションやお化粧にはとんと関心がありません。日々、下男たちにさまざまな毛虫を集めさせ、これを飼って暮らしていました。 しかも下男には虫のニックネームを付け、例えば<けらお>君が珍しい虫を捕まえてくれば褒美を…

  • 生き抜くために今はただ敵を.. 〜「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬

    今年の本屋大賞はちょっと肌触りが違いそうだ...と、受賞作紹介文で思い、本屋さんではタイトルとカバーイラストにやや尻込みしたけれど、やっぱり買うことにして、読み始めれば「うん、悪くない」と何度もにんまりしたのが「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬、早川書房)でした。 本屋大賞受賞の作風に共通点を指摘するほど詳しくないのですが、個人的には<女性読者をターゲットにした軟派系作品>が近年の印象でした。 ところが「同志少女よ、敵を撃て」は、第二次世界大戦の独ソ戦を舞台にした異色作。戦争という巨大な歴史のうねり、翻弄されるソ連の若い女性狙撃兵たち(実在した!)の生と死を描いて、個を突き抜けた視点へと読者を…

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