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穢銀杏
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2019/02/02

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  • 才子たち ―森有礼と石田三成―

    英国籍の商船が、荷降ろし中に誤って石油樽を海に落とした。 当時の世界に、ドラム缶は未登場。ネリー・ブライがそれをデザインするまでは、もう十三年を待たねばならない。 (Wikipediaより、ネリー・ブライ) 落下着水の衝撃に、ドラム缶なら堪えたろう。手間は増えるが、回収して終わりに出来た。なんてことないトラブルだ。しかし木樽ではそうはいかない。あえなく砕け、中身がみるみる拡散される。汚染域に居合わせた、不運な魚類が次から次へと水面に浮いた。 明治十九年六月の、横浜に於ける出来事である。 それ自体は取り立てて騒ぐに及ばない。以前の記事でも少しく触れたが、港湾作業中の落下事故など毎日のように起きて…

  • 明治のNIMBY ―伝染病研究所が芝区に与えた波紋について―

    時は明治二十六年、芝区愛宕町の一角に伝染病研究所が建設されつつあった際。同区の地元住民が巻き起こしたる猛烈な反対運動は、わが国に於けるNIMBY(ニンビー)の嚆矢と言い得るか。 (芝公園増上寺) NIMBY。 Not In My Backyardの頭文字から成立する概念だ。 「家(ウチ)の裏庭に置かないで」の直訳通り、意味するところは「社会のため、公共のために必要な事業と知ってはいるが、それでも自分の居住地域でやって欲しくはない」という心理から来る、住民の姿勢一般である。 つまりは横着の発露であろう。 この事態を受け、福澤諭吉の――伝染病研究所、ひいてはそこの所長たる北里柴三郎医学博士の、極め…

  • 風去りてのち ―品川霊場古松之怪―

    東京を尋常ならざる風雨が見舞った。 明治十三年十月三日のことである。 季節柄から考えて、おそらく台風だったのだろう。 瓦は飛び、溝は溢れ、街のとっ散らかりようは二目と見られぬまでだった。 品川区の霊場たる東海寺では、樹齢百年をゆう(・・)に超す松の古木が無惨に薙ぎ倒されている。 それほどの嵐であったのだ。 さて、それから五日後の夜。 パトロール中の警官が異様なモノを発見している。 台風の残した、意外な爪痕と言うべきか。 場所はまさに先述した東海寺、横倒しに倒れたままの古松の附近。 月光が生む淡い影だまりの中で、何かがもぞもぞ蠢いていた。 (すわ、妖怪――) 場所といい時刻といい総合的な雰囲気と…

  • 日本人と禁酒法 ―「高貴な実験」を眺めた人々―

    禁酒論者の言辞はまさに「画餅」の標本そのものである。 一九二〇年一月十七日、合衆国にて「十八番目の改正」が効力を発揮するより以前。清教徒的潔癖さから酔いを齎す飲料を憎み、その廃絶を念願し、日夜運動に余念のなかった人々は、酒がどれほど心と体を痛めつける毒物か、懇々と説く一方で、酒なき社会がどのような変化を遂げるのか、未来予測の宣伝にも力瘤を入れていた。 (Wikipediaより、禁酒党の全国大会) 曰く、「労働者が酒と絶縁することで、工場の能率は大いに上向き、米国の繁栄は更にスピードを増すだろう。しかのみならずその賃金を酒場で消費(つか)わず、家に持って帰るゆえ、家庭内不和は解消されて妻子の健康…

  • ある汁粉屋の死 ―浅草観音老木之怪―

    北村某は汁粉屋である。 立地はいい。浅草観音の裏手に於いて、客に甘味を出していた。 店の敷地に榎の枝が伸びている。 根元は塀の向こう側、寺の境内こそである。 樹齢は古い。幹は苔むし、うろ(・・)となり、それでも季節のめぐりに合わせて艶やかな葉を繁らせる。老樹は確かに、生きていた。 ――この書き方だとなにやら霊験あらたかな、加護なり恩寵なりを恵んでくれそうな雰囲気であるが、現実にはさにあらず。むしろ厄介こそを運んだ。 蛇の通り道なのである。 (Wikipediaより、榎) ある時分から根元周辺、さもなければうろ(・・)の内部にねぐらを定めやがったらしい。幹を遡上し、枝を伝って、かなりの頻度でこの…

  • 九州の熊、月の輪の呪詛 ―古狩人の置き土産―

    天性の狩人と呼ぶに足る。 猪の下顎、つるりと綺麗に白骨化したその部位を、所蔵すること二百以上、特に形の優れたやつは座敷の欄間にずらりと架けて雰囲気作りのインテリアにする、そういう家に生まれ育った影響か。 久連子村の平盛さんは、ほとんど物心つくと同時に「狩り」に異様な魅力を感じ、黒光りする猟銃に憧憬(あこがれ)を募らせた人だった。 (Wikipediaより、猪の骨格) 久連子村。 くれこむらと読む。 独特な風韻を帯びた名だ。こういう響きは、平地よりも山里にこそよく似合う。果たせるかな、久連子村の所在地は秘境と呼ぶに相応しい。九州中央山地の西部、人煙稀なる山また山の奥深く、平家の落ち武者伝説を発祥…

  • 赤い国へ ―鶴見祐輔、ソヴィエトに立つ―

    革命直後のペテルブルグでとみに流行った「遊び」がある。 凍結したネヴァ河の上で行う「遊び」だ。 それはまず、氷を切って下の流れを露出させることから始まる。 (冬のネヴァ河) これだけ聞くとワカサギでも釣るみたいだが、しかし穴の規模はずっと大きく、また釣り竿も使わない。 やがて「玩具」が運ばれてくる。「玩具」とはつまり、帝政時代の富豪や貴族、将校、僧侶――まあ要するに、ツァーリの下で甘い汁を吸いまくっていた連中だ。 こいつらを穴の中に放り込み、溺死に至る一部始終――悲鳴を上げて苦しみ藻掻く有り様をにやにや笑って眺めるのが、つまりは「遊び」の正体だった。 チェキストでもなんでもない、ただの民衆がこ…

  • おひざもとの蓆旗

    ――あのころの江戸は酷かった。 遠い目をして老爺は語る。 彰義隊の潰滅直後、「明治」と改元されてなお、人心いまだ落ち着かず、荒れに荒れたる百万都市の有り様を。 その追憶を、落ち窪んだ眼窩の底に満たし、言う。 私の十五六の時分ですから、今から六十年ばかり前だったでせう。お粥もろくに食べられぬ時があった。大勢広場に集まって蓆旗を立てゝお粥を啜った。彼処の家はまだあるだらう、今日はどこに行かうと朝から集ってそんな相談ばかりして居た。小さな地主なんか、広場に出て来てお粥をたいて御機嫌をとらなくてはならないし、物持面をして居る旦那様なんか打ち殺されてしまふと云ふ有様だった。 掠奪団の光景である。 (ヴァ…

  • 同時代人の二・二六批判

    序文に惹かれた。 表紙をめくって三秒で、魂をガッチリ絡めとられた。 所謂二・二六事件は例に依って支配階級の打倒、財閥勦滅の叫聲を天下に漲らせたのである。彼等は壮語して国家改造の重任に当らんと云ひ、所謂愛国的熱情を以て挺身せりと自負してゐるのである。其の動機心境の如何を問はず我等は此の如き企(くわだて)に対し断乎として反対を表明せずには居られないのである。如何に理論ずけようとも、此の如き一挙は至尊の大権と政治の大権とを欺き奉る中世武門政治時代の再現に外ならぬものであって、逆賊的思想行動と断じなければならないのだ。 なんという大胆さであったろう。 青年将校の暴発に対し、ここまで遠慮会釈なき、ほとん…

  • 鶴見と笠間 ―一高生たち―

    言葉は霊だ(・・・・・)と鶴見祐輔は喝破した。 外国語の修得は、 単語を暗記し、 文法を飲み込み、 発音をわきまえ、 言語野に回路を作れても、 それだけではまだ不十分。 いや、学校のテストで合格点を取ることだけが目的ならば、それで十分「足る」だろう。 しかしもし、実生活や仕事の上で異なる言語の使い手と、相当深いところまで立ち入った話をするのなら。互いの心臓を預け合う、極めて強固な信頼関係を結びたいなら。技術一辺倒では駄目だ、どうしても吐き出す言葉の中に、魂を宿らせる必要がある。 それには何より、その外国語で記された古典をたん(・・)と読むことだ。日本語の場合に置き換えればすぐわかる。およそこん…

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